ランス再び   作:メケネコ

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NC戦国ランス④

「…ここまで来たか」

 黒部は目の前の光景に柄にも無く喜びを浮かべていた。

 今目の前にあるのは、多数の妖怪…そして黒部を帝にするべく集まった者が集まっていた。

 スラルが「これは」と見越した人間達と、妖怪の中でも相当な実力者が今この場に集結しているのだ。

 自分が帝になると宣言したからまだそう日は経っていないが、それでもここまでの人材が揃った。

 それはこれまでの黒部の生からは想像も出来ないことだった。

 自分用に誂えられた敷物に座ると、ただの人食いの妖怪として恐れられ、忌み嫌われていた自分がまるで別人のように思えてくる。

 自分が座ると同時に、ここに集まってくれた者達が自分に、そしてその隣にいる男に向けて頭を下げる。

「フン」

 それを当然の様に受けるのが、自分と対等の存在である人間のランスだ。

「ここからが本当の意味の始まりよ」

 そしてもう一人…巫女服を着た幽霊のスラルだ。

 ここに居る人間達はスラルが見定めた者達だ。

 長い間魔王として生きてきたが、その生は常に臆病に、そして慎重に生きてきた。

 それ故に、人を見る目は蓄えてきたと自負している。

「それでよ…こっからどうするんだ?」

 黒部が突然ランス達に問いかける。

「何だ、そんな事も分からんのか。だからお前は脳筋なんだ」

「…正直自覚してる」

 ランスの言葉に黒部は項垂れる。

 ランス達の協力が無ければ、黒部は今でもただただ暴れまわっていただろう。

 そしてその後に待っているのは間違いなく敗北だ。

「落ち着きなさいよ。あなたの足りない所を補うのが私達なんだから。とりあえず…長安! 財政の報告!」

「はっ…」

 スラルに名前を呼ばれて、一人の男が前に出る。

 彼はスラルが見出した人間の一人であり、彼が居れば財政は問題無いとスラルも認めている。

「まずはロシナンテの残した財宝、そして隠し財産ですが…」

 長安の読み上げる言葉に妖怪達は首を傾げているが、その価値が分かるものはその顔を驚愕に染めていく。

「予想以上ね…勿論良い意味でだけど」

 改めてスラルはその報告に満面の笑みを見せる。

 それだけの金が有れば、黒部を帝にするための大きな力となる。

(それに…私達にどれだけの時間があるかは分からないしね)

 自分達が黒部が帝になるのを見届けるには、なるべく早く彼を帝にしなければならない。

 ランスは聖女の子モンスターであるセラクロラスの力で時を移動している。

 その期間は長い時もあれば短い時も有り一定していない。

 だからこそ、あまり時間をかけていては自分達は黒部の前から居なくなってしまう。

「さて…まずはこのお金だけどね、ハッキリ言えばこれだけ持ってても宝の持ち腐れなのよね」

 スラルの言葉に皆がどよめく。

「おいスラル。それはどういう意味だ」

 黒部の言葉にスラルは一つため息をつく。

「人の数に比べれば金の量が多い。将来の為にも蓄えとくのが普通なんだけど…その普通をやってたら私達は負けるのよ。だから…」

 スラルはここで一息入れる。

「このお金の一部は平に流すのよ。ほのかの報告では藤原は平の息子を討った…つまりは平と藤原が手を組むことはありえない。それに平は東は藤原、西は私達に挟まれる形になってる。流石に二面作戦は取れないでしょ」

 その言葉に皆が頷く。

 スラルは満足そうに笑うと、

「だから余剰のお金と物資は平に渡して恩を売るのよ。その上で、私達は更なる力を蓄える」

 その言葉に今度は皆が首を傾げる。

 力を蓄えるといっても、今は藤原と平の全面戦争で、殆どの兵はこの二つに流れている。

 それでは兵の徴用など出来ないし、出来たとしても、頭は妖怪なので普通に考えれば二の足を踏んでしまうだろう。

 ここに残った人間達が異常とも言える状況なのだ。

「まあお前達の頭じゃそれ以上は思い浮かばんだろ。だからこの俺様が次なる策を考えてやった」

 ランスが笑いながら立ち上がる。

「まずは引き続き呪い付きの解除をやらせる。しかーし! 今度は違う! 今度は忠誠を誓うのが条件だ!」

 その言葉に皆が唖然となる。

「あ、あの…ランスさん。それは酷いのでは…」

 綾が恐る恐るといった感じにランスに意見をするが、

「別に酷くは無いぞ。お前達の様に最初から来ない奴が悪い! 今になって来るような日和ったような奴など知らん。だからそれが交換条件だ」

「うわぁ…」

 ランスの言葉にエルシールは思わず声を出す。

 かつて自分の家族が他の貴族に陥れられた時、ランスが自分達を救うために色々したのはレダから聞いていたが、その時と同じような言葉を本当に発しているのに少し引いてしまう。

 今の状況を解決する手段は自分には思い浮かばないが、まさかランスがこんな方法を平気でするとは流石に考えていない。

 その証拠に、レダと与一以外の人間はあからさまに顔を引き攣らせている。

 与一だけが「素敵…ランスさん…」と言っているのをエルシールは聞こえないふりをする。

「これでいいのよ。さらには借金で送られた人間達は、私達の所に戻って来ればその借金を無かった事にする…それも合わせれば相手の戦力を削ぎつつ私達の戦力を増やせる」

 スラルの言葉にレダと与一を除いた人間達がさらに顔を引き攣らせる。

(この二人、もしかして出会ってはいけない二人だったのでは…)

 エルシールはこの二人が組み合わさる事で、更なる混沌を呼び込んでしまうのではと頭が痛くなる。

 マイナスとマイナスが組み合わさってプラスに転じるように、元魔王と規格外の男が組み合わさる事によって世界がどんどんと混乱していくように感じる。

「でもそれだけじゃ勝てないでしょ? 量もそうだけど質が違う」

 レダの言葉にスラルが頷く。

「そこだけはどうしようもない…今から藤原や平と同じ質を求めるのは時間的に不可能。だから…平の戦力を吸収する」

「吸収つってもよ。一体どうやってだよ」

 スラルの言葉に黒部が首を傾げる。

 ハッキリ言えば、黒部を筆頭に妖怪達にはランスとスラルの言っている言葉はさっぱり分からない。

 だが何かとんでもない事をしようとしているのは分かる。

「言ったでしょ、恩を売るって。この戦いは地理的に藤原と私達に挟まれた形になっている平が圧倒的に不利…それにもう両者は手を組めないしね。問題は平が滅んだ後…残った奴らが藤原を選ぶか、私達を選ぶかよ」

 その言葉にランスとレダを除く皆がハッとした顔になる。

「時には平に利する行動をしなければならないわね。でもその前に…藤原と平のどちらにも属さない奴等を引き込む必要がある。まずは本格的にこの地方を制圧するのが先決。長安は平との交渉をお願いするわ」

「はっ」

 スラルの言葉に長安が頭を下げる。

 まずは何にせよ平とは全面的に戦わないためにも交渉が必要となる。

 これまでのように、戦が全てを解決するという訳では無いのだ。

「じゃあ俺達はこの周辺を制圧するって事か?」

「そういう事。そこはランスと黒部に任せるわ。強いて言えばあまり殺しすぎない事くらいかしらね」

「へっ…そういう事なら俺達の出番だな」

 黒部はニヤリと笑いながら立ち上がる。

 その黒部に合せるように、配下の妖怪達も笑って見せる。

「後は綾とトオトモと与一もね。何よりも妖怪と人間が協力しているという姿を見せる必要があるからね。ここがらが本番よ」

「がはははは! 俺様についてこれば間違いは無い! 貴様ら全員俺様についてこい!」

 こうして最後の帝候補である黒部が本格的に動き始めた。

 

 

 

 ある戦場…そこでは激しい戦いが繰り広げられて―――はいなかった。

 それは戦いとは呼べぬもの、言わば蹂躙と言っても良かった。

「ひぃぃぃぃぃーーーー!」

「ぎゃーーーーー!」

 そこでは人の叫び声が上がり、そこを一人の人間と一匹の妖怪が突き進んでいく。

「がはははは! 雑魚共が俺様の邪魔をするな!」

「おう! 向かって来るってなら俺は遠慮はしねえぜ!」

 ランスと黒部の圧倒的な力を見て尚向かって来る者には容赦せず、二人の通った後には人が山が築かれていく。

 その力はまさに嵐とも言うべきもので、誰もがこの二人に近づく事は出来ない。

 それは黒部の部下達も同じであり、凄まじい力で相手を蹂躙する二人に内心畏怖しながらも続いていく。

「やっぱりあの男は化物だな…黒部様と互角に戦ったのは嘘じゃ無かったんだな」

「ああ…黒部様とランス様が居れば何も問題はねえ…!」

 妖怪達は二人のあまりの強さに畏怖しつつも、その力の強大さに笑みを浮かべる。

 黒部が帝になると宣言した時もそのテンションは最高峰に達していたが、今もまたその勢いは続いていた。

 いや、この二人の戦いを見てよりその勢いは上がっていく。

 そして人間達もその力に見入っていた。

「やっぱり凄い…ランスさんも黒部様も…」

「まさに鬼神の如き…もし妖怪王が本気で攻めて来ていれば、我らは簡単に殺されていたな」

 人間の部隊…侍の部隊の隊長である綾も、新たに黒部に忠誠を誓った足立トオトヨもその力には改めて脅威を、そして頼もしさを感じていた。

 人だからこそ分かる…あの大陸から来た異人がどれ程の強さを持っているのかを。

 その力はまさに強力無比、自分達が相対してもあっさりと斬られてしまうだろう。

 そして改めてみる妖怪王の強さもまた凄まじい。

 見た目通りの強力に、その巨体からは考えられない俊敏さ、そしてなによりもその生命力。

 人間の攻撃も当たってはいるが、黒部は何でも無いように進んでいく。

 誰もランスと黒部を止める事は出来ない…それを思わせる二人の強さが今目の前にある。

「この力ならば…」

 足立トオトヨは自分の判断が間違っていなかった事を確信する。

 最初に妖怪王黒部に降るという話を聞いた時、流石に直ぐには返事をする事は出来なかった。

 しかしこれからの自分の未来…そして呪い付きから解放されるという言葉を信じて黒部の側についた。

 黒部は約束を守り、自分の家族を呪いから解放し、更には自分の力が必要だとも言ってくれた。

 妖怪に仕えるのは抵抗は有る者も多いだろうが、彼はその抵抗よりも己の野心を選んだ。

(私も…この戦乱に名を残す男で有りたい)

 彼の耳にも聞こえてくる藤原石丸、そして平清盛の二人の名前。

 男として生まれたからには、この二人のように名を残す存在で有りたいという思いがどうしても捨てきれなかった。

 そして今そのチャンスが目の前に存在する。

(平に行っても藤原に言っても私が名を残す事は無いだろう…だが妖怪王が帝となれば話は別だ)

 幽霊の女性は明らかに自分達を優遇しようという意思を見せている。

 彼女が妖怪王の頭脳となっているのは周知の事実であり、その考えも判断力も素晴らしいものがあると実感させられている。

 その彼女ならば、最初から黒部に仕える意思を見せた自分を使うだろうという事は目に見えていた。

(だからこそ…私は手柄が欲しい)

 妖怪王黒部、そして異人ランスの下には凄い力を持つ者も多い。

 今自分の隣に居る綾という侍もそうだし、与一の弓の腕には最早呆れるしかない。

 そしてランスの横に居る金色の髪をした絶世の美女であるレダ…彼女も恐ろしい程の腕前だ。

 魔法使いだというエルシールという少女も、その外見に似合わぬ素晴らしい指揮能力を発揮している。

 その中で自分が名を残すのは大変だが、それでもという強い思いがある。

「綾殿! 我らも続きましょう! これは妖怪王の初陣…あの二方だけに任せていては、我らの存在意義がありませぬ」

「そうですね…確かにあの方達の力が重要なのは確かですが、何よりも私達が力を見せねばなりません。それでこそ、JAPANの皆もついてきますから」

「うむ、皆の者! ランス殿と黒部殿に後れを取るな! あの方達に全てを任せていては我らの居場所は無いぞ!」

「「「おおおーーーーー!!!」」」

 トオトヨの檄に皆が雄叫びを上げる。

 ここに居る者達は経験が浅く、まともな軍とは言い難いがそれでも装備だけはきちんとしたものがある。

 そこだけはロシナンテに感謝しつつも、トオトヨ率いる足軽が、綾が率いる武士が足を速める。

「おめえら! 人間達に負けるなよ!」

 それを見て虎の妖怪である窮奇もまた檄を飛ばす。

 妖怪の意地にかけて人間達に負ける訳にはいかない。

 妖怪達も雄叫びを上げてランスと黒部の後を追う。

「で、スラル。本当にこれでいいのか? やりすぎじゃねえのか?」

 黒部はランスの剣の中に居るスラルに問いかける。

「いいのよ。最初は苛烈にやるのがいいのよ。素直に私達に従えば許す。拒めば滅ぼす。それくらいの意志を見せなきゃならない」

 今回この地に攻め込んだのは全ては黒部が帝になるための一歩だ。

 このJAPANは確かに大きく分けて東の藤原、西の平に分かれているが、その全てが藤原と平に従っている訳では無い。

 中には勝ち馬に乗るために、今もこの争いを静観している所も存在する。

 そこで現れたのが、最後の帝候補である妖怪王黒部の勢力だ。

 スラルはまずは未だ何処にもついていない者達に書状を送り、黒部に従うように促した。

 勿論そんな簡単に「はいわかりました」という奴はいない。

 その中でも、最も反抗的かつ力がありそうな所を選び、攻め込んだのだ。

「ここで力を見せれば後は簡単、戦わずして私達に従う所も出てくるでしょ。中には平や藤原に流れる奴等もいるかもしれないけど、今は奴等は全面戦争中。あえて火中の栗を拾いに行く奴がいるかしらね?」

 藤原と平の戦いは長くなる…そう考えていた者が多いだろうが、そこにまさかの妖怪王の参戦。

 それはまさに嵐となってこのJAPANに伝わり、その嵐は今まさに対岸の火事を決め込んでいた領主を襲った。

 それこそが今まさにランス達に攻め込まれている領主だ。

 この地は言わば生贄に近い形でスラルに選ばれてしまったのだ。

「ええーい! 妖怪王なぞ恐れるに足らんわ! 拙者の剣を受けてみるがいいっ!?」

 勢いよく言い放ち黒部の前に立とうとしたその男の額に矢が突き刺さる。

 そしてその男はあっさりと倒れ落ちる。

「おいおい、俺の役割を取りやがった」

 黒部はため息をつきながら自分の後方を見る。

 そこには黒部の目でも小さな点でしかない距離に、弓を構えている男が居るのは容易に想像が出来る。

 こんな事を出来るのは、弓の名手である与一しかいない。

「男などどーでもいい。問題はいい女がいるかどうかだ! 突撃じゃー!」

 ランスの声に会わせて兵士達が一斉に突撃する。

 与一に倒された男はこの地の一番の武将だったのか、相手方は既に怖気づいたのか、散り散りになって逃げるだけだ。

「逃げる奴らは殺すなよ!」

 黒部の言葉に皆が雄叫びを上げて突っ込んでいく。

 残っているのは最早僅か、そんな数ではもう雑兵の勢いすら止めることは出来ない。

 こうして黒部の初陣の相手は僅か一度の戦いで決着がついてしまった。

 そしてこの地は黒部軍によって制圧される。

 

 

 

 

 一方別の場所では、藤原と平の争いが今もまだ続いていた。

 戦いは正に一進一退、どちらが強いという事も無くまさに互角という言葉が相応しい争いが繰り広げられていた。

 ―――つい最近までは。

 一人の若武者の振るう剣はまさに無人の荒野を駆けるが如し、その勢いはまさに一騎当千という言葉が相応しいだろう。

 その男こそ藤原家当主、藤原石丸。

「石丸に続け!」

 武将の言葉に皆が勢い付き、平を攻め立てる。

 その力もまた圧倒的であり、このJAPANの本来の覇者としての威厳を見せ付けている。

 そしてその背中を見る者達も確信する。

 この男こそ帝に相応しい者であり、ついて行く価値がある男だとも。

「流石は石丸だ。やはりあいつが動けば一瞬か」

 北条早雲はこの戦いの勝利を確信していた。

 結局は大将である藤原石丸が自ら先頭に立つのが正しかったようだ。

 万が一の事を考えて、後方に居てもらったがそれは間違っていたようだ。

「やはり石丸はあそこに居るのが一番か」

「頼政殿」

 早雲の隣にいるのは、高名な妖怪ハンターである源頼政だ。

「しかしまさか頼政殿が我らに協力してくれるとは…」

「いや…窮奇を追っていたのだが、まさかの妖怪王の参戦でな…奴を討つためには石丸殿の元に身を寄せるのが良いと思ったのだが…予想以上だな、あの御仁は」

 彼の参加は非常に大きく、妖怪に恨みを持つ者も数多く石丸に協力を申し出てくれた。

「あの妖怪王黒部の所に窮奇が居る。そして黒部もまた帝の候補として勢力を立ち上げた…流石に我等だけでは窮奇を倒すのは難しい」

「それは私にも予想外でした。てっきり藤原と平の一騎打ちになるとばかり思ってましたから」

 早雲の言葉に頼政は苦い顔をする。

 誰もが予想すらもしなかった妖怪王黒部の参戦と、己の勢力の立ち上げはこのJAPANに大きな嵐を巻き起こした。

 第三の勢力としてはまだ弱いが、それでも着々と力を蓄えているのは明らかだ。

「まさか妖怪の呪の解除をしているとは思わなかった。おかげで迂闊に奴らに近づくのも難しい状況でして」

「こちらも大分戦力を削られました…奴等には相当に優秀な人間が軍師としてついているようですから」

 個々の力に勝る妖怪に優秀な頭脳がつく…その恐ろしさを今は嫌というほど味あわされている。

 力ではなく搦め手で攻めてくるとは思わず、どうしても後れを取ってしまっている。

 だからこそこれまで後手に回っていたのだが、今は違う。

「しかし今は月餅殿が的確な教えをくれている。もう奴らの好きにはさせないさ」

 北条早雲はこの状況でも全く負ける気はしていない。

 それも藤原家の躍進の一つである、月餅という名の男が動いてくれているからだ。

 彼の言葉はまさに的確であり、他にも鬼を使役する術を北条早雲に教えたのも彼だ。

 藤原家の知恵袋とも言うべき存在であり、石丸が最も頼りにする者の一人だ。

(ただ…何か因縁のようなモノを匂わせていたのは俺の気のせいか?)

 月餅の態度に少し引っ掛かる所もあるが、まずは目の前の平との戦いが先だ。

 早雲は頭によぎった己の師とも呼べる者の態度を片隅に追いやり、目の前の平との戦いに集中する。

 

 

 

 ―――???

 それは少し時間を遡る。

 謎のピンクの物体が、自分の集めた魂を掠め取り、消えた跡を月餅…第参階級魔神は呆然と見ていた。

 それがどれほどの時間だったかは分からないが、そこにあるのはあの悪魔への純粋な怒りだった。

「あ、アレは一体なんだ!? はぐれ悪魔か!? しかしあの気配は…!」

 悪魔王ラサウムに捧げるはずの魂を掠め取る…その悪魔ははぐれ悪魔と呼ばれる。

 本来であれば絶対に許されないことではあるが、意外にも悪魔はその辺は大らかとも言うべき所もある。

 実際には、悪魔が長い間地上にいるのは危険な事であり、態々はぐれ悪魔に追っ手を出す必要も無い、という事情もある。

 だがそれでも今自分の目の前で、折角集めた魂を横取りされるなど、第参階級魔神である彼には大変な屈辱だった。

「あら…大変そうね。―――」

 突如として己の本当の名を呼ぶ声に、月餅はその方向を見る。

「貴様か。―――」

 そこに居たのは自分と同じ第参階級魔神である少女の姿があった。

「フィオリでいいわよ。その代わり、私も今のあなたにあやかって月餅と呼ばせてもらうから」

「…好きにしろ。しかし貴様がここに何をしに来た。ここは私の領域だぞ」

「分かってるわよ。決してあなたの邪魔をしに来た訳じゃないから。いえ、それどころか私はあなたの手助けをしてあげようと思ってるんだから」

「何だと?」

 フィオリの言葉に月餅は怪訝な顔をする。

 この性悪女が自分のために何かをするなどありえない話だ。

 ましてやこの計画は自分が昔に三魔子の一人に提出した計画だ。

 だからこそ、余計な邪魔は入ってほしくない…例えそれが同じ悪魔であろうとも。

「それなんだけど…どうやら天使がこのJAPANに来ているようなのよ。尤も、その任務は私達悪魔を調べることでは無いみたいだけど。そしてあなたの集めた魂を掠め取った奴もまたその天使と共に居る」

「何だと!?」

 フィオリの言葉は月餅にとってはまさに寝耳に水の話だ。

 彼女の言葉はまさかの言葉であり、天使が既にこのJAPANに居るなど考えても居なかった。

 しかもその天使が悪魔と一緒に居るなど到底信じられない話だ。

「そんなに警戒しなくてもいいわよ。どうにも奇妙な天使でね…その力も大きく落ちている。天界との連絡も取れないみたいだし、天使本体が動いているわけじゃない。でも…」

「分かっている。これから先の保障は無いと言うのだろう。しかし天使がか…」

「で、それなんだけど…そっちは私が受け持ってあげようと思ってね。私も…あの人間と天使には借りがあるしね」

「…いや、まだ動くな。動くにしても本当に最後の最後だ。今はまだ余計な波乱を起こしたくは無い」

 月餅の言葉にフィオリは笑う。

「あら意外。本当にそれでいいのかしら?」

「どういう事だ?」

「その相手は今は妖怪王と共に居る。妖怪王を潰せば自然とその相手も潰せるのよ。でも…その人間は強いわ。あなたが目をかけている人間と同じくらいね」

「…何だと」

 フィオリの言葉に月餅は思わず声が硬くなる。

 月餅が見出した藤原石丸はまさに人とは思えぬ強さだ。

 この人間ならばこの地から大陸への進出も可能だと思っている…だからこそ月餅は藤原石丸に協力している。

 それが自分の目的の一番の近道になると確信しているからだ。

「そして…私達悪魔を殺す武器も持っている。あのボレロ・パタン様が与えた武器を持っている。正規の契約で与えられた物には私達でも口出しできない。そこだけは気をつけなさい」

「ボレロ・パタン様が!? そうか…ならばその人間の対応はお前に任せよう。しかし今動かれるのも少し困る…もう少しこのJAPANを混沌とさせたい。出来れば藤原石丸の手でその人間を始末して欲しいものだ」

「…この地はあなたの領域だものね。私が口出しするのはお門違い。分かったわ、私は暫くは動かないしお前にも会わない。それでいいかしら」

「ああ。人間の中には鋭い者も居る。痛くも無い腹を探られるのも面倒だ。今はこちらに専念する」

 月餅の言葉に少し不満そうな顔をするが、それでもフィオリは特に口出しはしない。

 月餅の行動は三魔子であるプロキーネに認められた行為であり、それに口出しする権利は本来はフィオリにも無いのだ。

「分かったわ。私も今は特に動かないわ」

「そうしろ。私もその人間に対して動く事にしよう…しばらくは口を出さぬつもりだったのだがな。そうもいかんか」

 帝レースは利用するだけ利用して、特に口出しをするつもりも無かったが、どうやらそうもいかないようだ。

 だが、全ては悪魔王ラサウムのため…そのためには何でもする覚悟はある。

 月餅は次の一手を考えながら、今自分が居る場所へと戻っていく。

 月餅が消えた後、フィオリの隣に巨大な何かが現れる。

 それは人型をしているが、フルフェイスを被っておりその顔は見えない。

「フフフ…そう不満そうな顔をしないでよ。大丈夫よ…月餅は必ず私達を頼る。その時があなたがあの剣を奪う時よ」

「……」

 その巨漢は特に何も言わない。

 それでもフィオリにはそれが何を言っているのか分かるのか、その体に優しく触れる。

「あなたも難儀な存在ね…あの剣に魅せられて人間をやめちゃうんだから…ねえ、ボルト・アーレン」

 ボルトと呼ばれたモノは何も答えない。

 それでもフィオリは楽しそうに笑う。

「月餅…あの男はあなたの想像以上に厄介な存在かもしれないわよ」

 自分の腕をあっさりと斬り落とし、永い時間自分に不自由を与えた男を思い出す。

 今は繋がっている自分の腕を見るが、あの時の屈辱と痛みは今でも忘れていない。

「まさかこの時代で見つかるなんてね…想像もしてなかった。借りはしっかりと返さないとね…」

 フィオリは見るものが見れば背筋を凍らせる程の無邪気な笑みを見せる。

 こうしてJAPANの動乱は人の知らぬところで、人ならざる者が暗躍を始めることになる。

 それはこのJAPANがさらなる動乱というなの渦に巻き込まれる証だった。

 




大分遅れました…職場でインフルが蔓延して自分にも移るという最悪な事態に
今の情勢と会わせればアレを疑いましたがそうでは無かったようで一安心
現状が現状なので、どうしても投稿は遅れると思います
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