周辺には炎が巻き上がり、ちょうど睨みあう両者の間でその顔を赤く照らす。
藤原家当主、藤原石丸は倒れて動かなくなっている兵士達を見て、その顔を顰める。
油断していたつもりは毛頭無かった。
だが、それでもあの平清盛を倒し、帝レースを優位に進めた事による気の緩みはあったのかもしれない。
その結果が、今倒れている兵士達だ。
「お前が妖怪王黒部か」
「おうよ! そういうお前が藤原石丸だな?」
石丸の言葉に黒部はその顔に笑みを浮かべながら応える。
妖怪王黒部…確かにそれは異形の存在ではあった。
その巨大な体に、口から生える鋭い牙、そしてその太い腕とその先にある爪からは赤いモノがついている。
それらを使って自分の部下を殺したのは火を見るより明らかだ。
だがそれ以上に、
(あれが妖怪王…予想以上だ)
その巨体から放たれる圧倒的な気配に気圧されそうになる。
人を超えたとも言われる石丸だからこそ分かる…目の前の妖怪王は、間違いなくあの平清盛よりも強いと。
「人の留守に随分な事をしてくれたじゃないか」
「それはすまねぇな。まあこれからやり合う間なんだ。その顔を見ないと楽しめねぇだろ」
石丸の言葉にも黒部は飄々と答えるだけだ。
実際に黒部の認識としては、これからの自分の最大の標的になるであろう藤原石丸の顔を見に来ただけに過ぎない。
今ここで決着をつけるつもりは全くと言っても良い程無かった。
「石丸!」
睨みあっていると、石丸の後ろから北条早雲と、その部下達が現れる。
部下達は一斉に弓を構え、何時でも発射できるように臨戦態勢を取る。
それを見ても黒部はただ笑みを浮かべるだけだった。
(…あれが妖怪王か。噂よりも遥かに不気味だ)
北条早雲は妖怪王を見て冷や汗を垂らす。
ただ暴れるだけでしか無かった妖怪の群れは、早雲から見ても不気味な程に統制が取れている。
「随分な挨拶をしてくれたな。で、今ここで帝レースの決戦を始めるか?」
「ハッ! それも面白ぇかもな…が、止めとくぜ。祭りは少しでも長く続く方が楽しいからな」
妖怪王の言葉に石丸の部下達が鋭い目を向ける。
今にも放たれそうな弓を前にしても、黒部の態度は全く変わらない。
実際に、弓が放たれても自分を傷つける事など出来ないと黒部自身が理解しているからだ。
「あなたが藤原石丸ね」
黒部を睨んでいた石丸に声をかけたのは、黒部の横に立っている異人の隣にいる半透明の女性からだった。
「…幽霊か」
「ふーん…成程ね」
石丸の言葉を無視して、まるで穴が開く様に幽霊―――スラルは石丸を上から下まで見る。
自分の前の魔王であるアベルを倒したドラゴン…そして全く得体の知れない存在であるハニーキング等、あの時は全てが敵に見えた。
部下だと言う魔人すらも警戒し、ようやく信頼できるガルティアを魔人へと誘い、そして自身が無敵となるために無敵結界を手に入れた
が、それでもスラルにとっての一番の防衛手段は、自分の観察眼だと思っている。
その自分の目が目の前の人間言を凄まじい人間だと理解していた。
(恐らくはランスと同等くらいの強さかしらね…まともに戦えばどちらが死んでもおかしくは無い…か)
もし自分が魔王であれば、魔人にスカウトすべくその行動を観察していたかもしれない。
こんな気分になったのは、初めてランスを見た時以来だ。
「随分と美人な幽霊だ。体があれば是非ともお茶をしたいくらいだな」
「それはどーも。でも生憎と間に合ってるから」
「振られちまった」
スラルの反応はまさにどうでもいいといった反応で、石丸はこんな状況にも関わらず苦笑してしまう。
そして異人の男の隣にはもう一人…誰もが見惚れる程の美しい金色の髪を持った女性が立っている。
そちらも石丸が初めて見るタイプの美女だ。
「そっちの金髪の異人さんはどうだい? 俺とお茶でも…」
「興味無いわ」
「………そうですか」
こちらを見るあまりに冷たい視線…いや、自分に興味すら持たれていない目を見て石丸は大いに凹む。
(折角の大陸の美人だと思ったんだけどな…)
勿論大陸の人間は見た事があるが、これほどの美貌を持つ者を石丸は見た事が無かった。
英雄色を好む…藤原石丸も例外では無く、彼もまた大いに好色な人物であった。
「ふん、身の程知らずにも俺様の女に声をかけるとはいい度胸だ。スラルちゃんもレダも俺様にメロメロで貴様なんぞが入る隙間も無いわ」
ランスは馬鹿にするように笑うと、スラルとレダの腰に手を回し自分に引き寄せる。
スラルだけは幽霊なのでその手がすり抜けてしまうのだが。
「ちょっとランス、こんな時までやめてよ」
レダは腰い回されたランスの手を抓る。
「がはははは! 照れるな照れるな! しかしスラルちゃんに触れれないのはやっぱりいかんな」
ランスは本当に残念そうにスラルを見る。
そんなランスの視線を受けて、スラルは一人悪い気がしないでいるのだが、現在の状況が状況だけに真剣な表情で目の前に石丸を見ている。
一方の石丸たちはと言うと、こんな状況にも関わらず、まるで見せつけるように女性を抱き寄せた男に困惑するが、それでもその鋭い視線は外さない。
「で、こいつが藤なんちゃらか」
「…俺の名前すら知らないってのか?」
「知らん。男になぞ興味は無い」
ランスの言葉に石丸は顔を顰める。
自分はこのJAPANではちょっとした有名人だろうが、相手は自分の名前を知らないようだ。
帝レースにおける妖怪王黒部のライバルなのだが…どうやら男にはそんな事はどうでもいいようだった。
「俺は興味があるけどな」
「そいつは嬉しいな。俺も噂に名高い妖怪王黒部に興味を持ってもらえてたとはね」
実際に黒部は石丸には大いに興味がある。
自分を始めて倒したランスもそうだが、目の前にいる男の強さは嫌でも理解できる。
(中々楽しい喧嘩になりそうだぜ…)
「何かおかしいか? 妖怪王」
内心でそう思っていたのが、どうやらそれが顔に出ていたようだ。
「ああ、わりぃな。お前が強いのが分かるからよ」
妖怪王からでたまさかの言葉に石丸は思わず目を丸くする。
すると同時に、石丸の口にも楽しそうな笑みが浮かぶ。
「そいつは嬉しいな。初めて出会って何だけどよ…降伏する気は無いんだよな?」
「降伏? そんなつまらない事をする訳がねぇだろ」
そのまま黒部と石丸は笑みを強くする。
強い者と戦いたい黒部、石丸の思いは今ここで一致したのだ。
「それにしても態々頭が出てくるとは手間が省けたな。ここでぶっ殺すか」
「そうね。余計な時間をかけるのも嫌だしね」
そんな一体と一人を尻目に、ランスは本当に何でもない事のように剣を抜き放つ。
レダもそれに合わせ、剣と盾を構える。
「ちょっとランス」
「こんな所にのこのこ出てくる奴が悪い。いくぞ、スラルちゃん」
ランスにとって、相手の大将が態々出てくるなど鴨がネギをしょってくるようなものだ。
それは相手にも言えるのかもしれないが、ランスはそんな事を気にした事はない。
自分が行くときは、相手を確実に仕留める時なのだから。
それを聞いて石丸は笑う。
まさか自分がこれほどまでに軽く見られているとは思ってもいなかった。
だから、石丸はこの男を斬って戦いの狼煙とするつもりだった。
その石丸の動きはまさに一瞬…このJAPANにおいて石丸の動きについてこれたものはいないし、その剣を防げた者もいない。
一撃は防げても、その連続で繰り出される剣技の前には立っていられた者はいない―――この瞬間までは。
ギンッ!!
ランスの首を狙った石丸の目にも留まらぬ斬撃は、ランスの持つ黒い剣に阻まれ激しい火花を散らす。
そしてその顔に映ったのは互いの驚愕の表情だ。
(うおっ!? マジか!?)
ランスは相手のあまりに鋭く、素早い一撃に。
(防がれた!?)
石丸は自分の渾身の一撃をあっさりと防がれたことに。
だが、石丸の攻撃はそれだけでは終わらない。
直ぐに攻撃のポイントを切り替え、そのままランスの胴を斬ろうとするが、
ギンッ!!
それもまたランスの持つ剣に防がれる。
その後ですぐさま相手の頭を叩き斬ろうとその剣を振り下ろすが、それもまたランスの剣によって防がれる。
鍔迫り合いの形となり、ランスと石丸が睨み合う。
「ぐぐぐ…」
「ぐぅぅ…」
その実力はまさに互角と言っても良いだろう。
だからこそ、互いにこの状態のまま動くことが出来なくなる。
「マジかよ…」
「まさか…ね。ランスと互角に渡り合う『人間』がいるなんてね」
黒部とレダは驚きに目を見開く。
二人はランスと戦った人間ゆえに、ランスの強さを理解できる。
黒部が倒されたときは、ランス、レダ、スラル、エルシールの4人がかりではあったが、それでもランスの異常なまでの剣の威力はその身で十分理解している。
いくらランスが切り札であるスラルとの合体技とも言うべき魔法の剣を使っていないにも関わらず、ランスと互角に斬り合える人間がいるとは思ってもいなかった。
レダは自分がランスに倒された時よりも、ランスが遥かに強くなっているのは分かっている。
そしてドラゴンや魔人オウゴンダマ、魔人カミーラ、そして後に魔人となったというレッドアイや、2級神ラ・バスワルドとも戦いさらに力をつけている。
だからこそ、今のランスと互角に渡り合うという『人間』という存在に驚愕していた。
そしてそれは石丸側から見ても同じだった。
「そんな…殿と互角!?」
「あの異人…一体何者だ!?」
石丸と斬り合う男を見て、皆に動揺が広がっていく。
(まずいな…)
この状況を見て早雲は思わず舌打ちをする。
(いや、動揺しているのは俺も同じか…まさか石丸と斬り合える人間が居るとは俺も思っていなかった)
石丸の強さは幼い時から共に居る自分が一番良く知っている。
その力はまさに国士無双、相手になるものはいない…はずだった。
今、目の前にいる異人を除いては。
そして鍔迫り合いをしていたランスと石丸に変化が訪れる。
「くっ…!?」
石丸が目に見えて押されている。
それはごく単純な膂力の差であり、ランスの腕力が石丸を上回ってのだ。
そしてとうとう石丸が大きく弾かれる。
ランスはそのまま追撃して相手を倒そうとするが、そこに襲い掛かってきたのはまさに神速とも呼べる石丸の剣だった。
「げっ!」
ランスは思わず呻いてその一撃を剣で弾く。
その剣の腕は流石のランスでも肝を冷やす。
(なんだこいつは)
これまでランスは何人もの人間、そして何体もの魔人と戦ってきたのだが、相手はそのどれにも当て嵌まらない厄介さを感じ取っていた。
リーザスのリック・アディスン、JAPANの上杉謙信、ヘルマンのロレックス・ガドラスのような剣の使い手とは全く違う。
そしてノス、カミーラ、ザビエルといった魔人の中でも相当に厄介だった奴等とも違う。
その剣はあまりにも洗練されすぎていた。
リックのような手数がありながらも、魔人ザビエルの剣のような威力が感じられる。
これまで出会ってきた『人間』の中では間違いなく、あのトーマ・リプトンに並ぶ…いや、超えているかもしれない。
が、しかしそんな事で引き下がるランスでは無い。
確かに『人間』というカテゴリーならば確かに最強かもしれないが、ランスが戦ってきたのはその人間を遥かに超える化物達だ。
魔人、そして神の理不尽さに比べれば、この程度はどうどいう事は無かった。
だからこそランスはさっさと相手を殺し、この帝レースを終わらせようとしている。
だが、そんなランスの思惑とは裏腹に、ランスと石丸の打ち合いは長く続く。
互いに決定打を与えるどころか、傷ひとつ負っていない。
その事にランスはだんだんとイライラして来た。
一方の石丸は、自分と打ち合える人間が居るのが嬉しいのか、その顔には笑みが浮かぶ。
石丸の笑みを見てランスは同じような笑みを浮かべるリック・アディスンの事を思い出す。
嫌そうに顔を歪めるランスと、嬉々としてランスに斬りかかる石丸の差が露骨に出始める。
明らかにランスが押され始めたのだ。
それは純粋な技術の差があるのかもしれない。
完全に我流でどちらかといえば力任せに剣を振るっているランスと違い、洗練された技を持つ石丸が若干上回っている。
(こいつは凄いな…まさか清盛の爺さん以外に俺と渡り合う人間が居たとは…それも剣で!)
本来は藤原家を継ぐ立場では無かった石丸には、この剣しか無かった。
それが巡り巡って今は自分が藤原家の当主となった。
そうなってから、もうこんな戦いは無いかもしれないと思っていたが、目の前の異人は違う。
本気で倒そうとしているのに、倒せる気配が一切無い。
そう思うと自身の剣がより鋭くなっていくのを嫌でも自覚する。
石丸はこの時間がもっと続いてくれればいいと思っていたが、その考えは目の前の異人の顔によって即座に否定される。
異人の顔に浮かんでいたのは幾ばかりかの焦りと、明らかな面倒臭さだ。
ランスと石丸…本来に世界において、世界を統べる事となる二人には明らかな違いがある。
二人とも冒険が好きだという事、そして女好きであるという事は共通している。
並外れた強さ、世界を統べるだけの器があるという事も同じだ。
しかし決定的な違いは、自ら望んでJAPANを統べようとする石丸と、本質的には女のために、そして自分のために動くランスの差だ。
ランスは己の強さについては特に考えてはいない。
己の強さとは、剣だろうが権力だろうが全ては自分が好き勝手振舞うためのものでしかない。
藤原石丸の様な『この相手を絶対に倒したい』という絶対的な理由を藤原石丸に見出す事が出来ないのだ。
もしこれがかつてランスと引き分けに終えたアリオス・テオマン、倒さなければ世界が滅びるであろう魔王ジル、自分が認めた友達である信長の体を奪ったザビエルであれば話は別なのだが、生憎と目の前の藤原石丸をランスが絶対に倒さなければいけないという理由が無いのだ。
だからこそ、目の前にいる自分と互角以上の強さを持つ男に対しては「面倒臭い」という感情しか無い。
それこそが、この戦いにおける二人の差として出たのかもしれない。
「貰った!」
「うお!?」
ついに藤原石丸の剣がランスのバランスを崩し、無防備となったランスの首筋が露わとなる。
そしてその一瞬こそが藤原石丸にとっては十分な隙となる―――はずだった。
「うがあああああ!」
もしこれが並の戦士…いや、十分な強さを持った戦士でも首を刎ねられていただろうタイミングで、この男はまさかの事をしてきた。
「何!?」
「ランスターックル!」
それは体勢を崩したままにも関わらず、その肩からまるで倒れ込むように石丸へと飛び掛かったのだ。
まさかそんなタイミングで体当たりを仕掛けるとは思っておらず、流石の石丸もそのタックルを避けるのは不可能だった。
振り下ろした剣を止める事は出来ず、ランスの首を狙った剣はその肩の鎧へと当たり、狙いが完全にそれる。
そしてそのままランスの体が石丸へとぶつかり、今度は石丸が体勢を崩す。
体力や膂力ではランスに分があるようで、石丸はそれを防ぐことが出来ない。
だが、それでも藤原石丸もまた化物と呼ばれるに相応しい人間だった。
たたらを踏みながらも、その剣は決して揺らぐことは無い。
そしてやってくるであろう相手の攻撃に合わせ、今度こそカウンターを取る…そのつもりで剣を構える。
一部に隙を見せる事で、そこからカウンターを打ち込むつもりで剣を構える。
本来であればそんな事をしなくても大抵の相手は倒せてしまうのだが、目の前の異人は違う。
石丸自身も純粋な剣の腕だけならば異人よりも上だろうが、純粋な身体能力では向こうの方が上だと感じている。
だからこそ、この一撃で勝負を決めるべく、あえて隙を晒したのだ。
肉を斬らせて骨を絶つ…そのつもりで全神経を尖らせていたとき、目の前の男がしてきたのはまさかの行動だった。
「フンッ!」
「なっ…」
ランスがしたことは何と地を蹴り上げて石丸に対して目潰しを行うという事だ。
石丸もそれは予想外で、咄嗟にその土を手で弾くが、その時にはランスは既に石丸へと肉薄していた。
そしてその距離から振り下ろされた剣を石丸は何とか受け止める。
力で劣る石丸ではあったが、それでもやはりその技術は人類でも最高峰のものだった。
何とランスの剣を完全に受け流すと、返す刃でランスを斬りつける。
「ぐぅ!」
ランスはそれに慌てることなく刃で受け止めると、なんとそのまま石丸の腹部に膝蹴りを放つ。
この距離でもまさかの攻撃に流石の石丸も腹部を押さえてよろめく。
「がはははは! 今度こそ死ねーー!」
(まずい!)
ここに来て石丸は自分と相手の決定的差を思い知る。
剣の腕だけならば確かに自分の方が紙一重だが上回っている。
しかし目の前の男は、そんな自分の剣技を嘲笑うように翻弄している。
つまりは、何でも有りの殺し合いならば、目の前の男は自分を遥かに凌駕していると言ってもいい。
それが、今この事態を生み出している。
(まさか…俺がこの状況を『楽しんでいた』から…)
自分は幼少から剣の天才と言われ、純粋な剣で自分に渡り合える奴はいなかった。
だからこそ、目の前の男が純粋な剣だけで自分と渡り合った時、そこにあったのは喜びだった。
それこそが、男と自分の差だと嫌でも理解する。
ランスが何時ものように必殺の一撃を繰り出そうとしたとき、
「石丸!」
その声が聞こえたとき、石丸は自分の体を必死に動かして何とか後ろに飛ぶ。
自分の立っていた所には、凄まじい陰陽の一撃が襲い掛かり、大量の土煙が舞う。
「早雲!」
それこそが北条早雲の持つ陰陽の力だ。
その力はJAPAN最強の陰陽の使い手とされ、自分でもまともに食らえばただでは済まない一撃だ。
それが異人を包んだ。
完全な不意打ちの形で決まったと思ったが、土煙が晴れた時にその場に立っていたのは、男の横に居た金髪の異人だった。
「弓隊! 撃て!」
早雲の合図で弓隊が一斉に矢を放つ。
が、そこでも石丸は驚きに目を見開くしかない。
「甘いわね」
異人の女は放たれる弓を全てその盾と剣を用いて防いだのだ。
「痒いな」
もう一人…いや、もう一体その弓を前にして全く意にも欠かさない巨大な妖怪。
そこに立っていたのは妖怪王である黒部だが、放たれた弓はその分厚い毛皮と筋肉に阻まれ、一切当たっていない。
「ランス、もういいでしょ。とりあえず目的も果たせたみたいだし、そろそろ退きましょ」
「何でだよ、スラルちゃん。ここであいつをぶっ殺せばいいだけだろうが」
「それも含めて話があるのよ。だからここは私を信じて退いて。お願い」
スラルに言われてランスは悩む。
もしこれがスラルで無ければ、ランスはこのまま戦いを続けたかもしれない。
しかしスラルの頭脳はこれまでランスを何度も助けており、そのスラルが自分にお願いをするのであれば、それ相応の理由はあるのだと考える。
「分かった分かった。スラルちゃんがそう言うなら退いてやろう。それに目的は果たしたしな」
ランスはその視界にほのかを捉えており、彼女がランスに対して頷いた事で自分の命令を彼女が果たした事を確信する。
「逃がすか…!」
相手が逃げようとしているのを見て、早雲は即座に次の式札を飛ばそうとした時、金髪の異人の手に巨大な魔力が宿っているのを感知する。
「クッ…!」
攻撃に使用しようとしていた式札を即座に防御へと切り替える。
「ライトボム!」
放たれた魔法を早雲は式札で受け止めるが、その魔法の威力は思ったよりも遥かに高く、一部の者が光に飲み込まれてしまう。
そして光が収まった後には、既に妖怪王や異人達は既に撤退の準備を完了させていた。
「よう、藤原石丸!」
妖怪王黒部は振り返ると、その顔に獰猛な笑みを浮かべる。
「お前がまさかこれほどやるとは思ってなかったぜ! その取り巻きもな! こいつあ楽しい喧嘩になりそうだ!」
黒部はそこで一度豪快に笑うと、
「また会おうぜ。今度はこんな場所じゃなくてもっと楽しい場所でな」
最後に凄まじい程の気迫を放つと、そのままこちらに背を向けて消えていく。
それはまさに一瞬…まさか妖怪にあれほどの統率力があるとは考えられないほど素早い行動だ。
「石丸!」
「石丸様!」
妖怪達が消えると、直ぐに早雲を初めとした部下達が石丸の元に集まる。
「大丈夫だ。俺も…そしてあの異人もたいした傷は無いさ」
実際自分も相手も傷らしい傷はおっては居ないだろう。
ただ、お互いの一撃がまともに当たれば、互いにその命を散らせていただろう事は想像に難くない。
「あれが妖怪王…そして妖怪王が認めた異人か…」
早雲は改めて相手の強大さを思い知る。
正直、石丸が平家を倒した時には既に勝敗は決したと思っていた。
だが、相手は自分の想像以上の情報力や進軍速度を持ち、尚且つ石丸と互角に渡り合うほどの異人がその側にいる。
「ああ…平との戦いよりも厳しいだろうな。しかも…あの森盛もいるかもしれないからな」
JAPANでも名軍師と呼ばれ、部下からの信頼も厚く、兄の重盛と共に藤原家を苦しめた男…その男が妖怪王を頼ったという話も既に聞いている。
兵力は圧倒的に上でも、相手にはそれを覆すほどの力がある…そう言われても納得出来るほどの何かをこの戦いで感じた。
「だからこそ…楽しみになってきた」
それでも石丸は目を輝かせる。
相手が強ければ強いほど、石丸にはその体から湧き上がる力を感じた。
「今回は痛み分けといったところだろうな。だが次は…」
「大変です! 石丸様! 早雲様!」
石丸が不適に笑って言葉を発しようとした時、突如として飛び込んできた伝令に思わず言葉を飲み込む。
「どうした?」
「食料が…食料が腐ってきています!」
「はぁ?」
「何だと!?」
伝令の言葉に石丸と早雲は顔を見合わせる。
「何者かが…妖怪を食料の中に混入させたようで…何とか無事なものを運び出してはいますが、殆どの食料が…」
石丸はその言葉に思わず天を仰ぐ。
「…まさかそっちが本命だったのか?」
「そのようだな…実際には妖怪王すらも作戦のための囮だったという事か」
ここで食料を駄目にされても本来はそこまで痛手ではない。
だが、相手は間違いなくこれまでの敵とは全く違う手段でこちらを責めてくる。
「…楽しめそうか? 石丸」
「まあ…何とかしてみる」
こうして二人の英雄の始めての邂逅は終わる。
そしてこの戦いが長く続くかもしれない…石丸はそう思い、消えた妖怪王達の跡を見ていた。
まともに戦うと石丸はランスを倒せるだろうけど、殺し合いならばランスが勝ちそうなイメージ。
実際ランスは勝つためならばどんな搦め手や卑怯な手でも使うし
この話では、そんなランスと石丸の対比を描写してみたつもりです
本音は石丸は設定でしか存在しておらず、原作における描写が無いからこうするしかないと言い訳をしてみます