黒部と石丸の戦い、それはスラルの目から見ても中々見応えのあるものだった。
石丸の力は確かに凄い…剣の腕、とういうよりも剣の使い方がランスよりも何枚も上手だ。
勿論それはランスと石丸が同じ剣士でもタイプが違うという事もある。
それでもあの独特の技は彼にしか出来ない技だろう。
しかし黒部もまた凄まじい強さだ。
あの剣技にも負けず、とうとう互いの体を其々の獲物が貫いた。
二人はその状態でも互いの命を取ろうと、その獲物が動き始める。
その時、ランスは誰よりも早く動いていた。
ランスの剣から離れられないスラルもそれに引っ張られるが、スラルもまたランスが動いた理由を察していた。
ランスが動いたのと同じように、相手の陰陽師も動いていたのだ。
スラルは知る由もないが、ランスは陰陽師という存在を知っている。
JAPANを制圧する時、北条家とも戦いを繰り広げていた。
その時の北条早雲とは直接ぶつかり合う事は無かったが、それでも陰陽師は大陸の魔法使いとは違う意味で厄介だった。
だからこそ、相手が動く前に潰すべく、ランスは溜めていた力をここに爆発させる。
「がはははは! ラーンスあたたたたーーーーっく!!!」
ランスは思いっきり跳躍すると、その剣に溜まったオーラを爆発させる。
それは相手を吹き飛ばす…と思ったが、そのランスの動きに反応する者がいた。
それこそが今の時代の北条早雲であり、歴代の北条早雲の中でも最強の存在だ。
一瞬の判断で、黒部に向かって攻撃をしようとしていた式神を防御に回し、ランスの必殺技のランスアタックを防ぐ。
恐ろしい事に、北条早雲はランスの必殺の一撃を見事に防いで見せた。
その全てを守れる訳では無かったが、それでも自分の周囲を者を守れたのは敵ながら天晴と褒めるべきだろう。
「でもそれだけだけどね」
スラルはその光景を前に唇を少し上げて笑って見せる。
既に自分の魔法の詠唱は終わっており、後は放つだけという状態だ。
(本来はこの魔法はあまり使わないのだけどね)
スラルが得意としているのは氷の魔法ではあるが、元魔王であるスラルは全ての属性の魔法を習得している。
相性もあるので威力は氷の魔法に劣るかもしれないが、この戦争という舞台ではこの魔法が一番だ。
「雷神雷光!!」
普段はあまり使わない雷属性の魔法だが、相手の数が多い時はこれが一番だ。
魔王の時のように全ての敵を制圧出来る訳では無いが、それでも十分な威力を持つ魔法だ。
突如として無数の稲妻が藤原を襲い、相手は更に混乱に陥る―――はずだった。
少なくともスラルの計算では。
「!!」
スラルは突如として現れた不気味な男…いや、不気味な存在に思わず体を震わせる。
それは何とも言えない不気味さを放っていた。
その手には何時の間にか黒部とやりあっていたはずの藤原石丸が抱えられている。
スラルは思わず黒部の方を見るが、黒部は身動き一つしない。
帝レースはまだ終わっていないのだから、互いにまだ死んではいないのだろう。
「黒部の確保! 全員警戒なさい!」
スラルの言葉に妖怪達は電撃を受けたかのように跳び上がると、気絶しているのか動かない黒部を守るために一斉に壁となり、一部の妖怪達は動けない黒部を担いで急いでこの場から離れていく。
その妖怪達の動きにも目の前の男…いや、それを男と判断していいのかスラルには分からなかった。
確かに顔だけ見ればかなりの年を取った人間にしか見えない…が、それを人間と判断する事はスラルには出来なかった。
「月餅殿…」
北条早雲がその名前を呼んだ事でようやくスラルは目の前の存在を理解する。
『月餅』…その名前はほのかだけでなく、綾や平森盛にも聞いた事がある。
このJAPANに陰陽を伝えただけでなく、鬼の制御の仕方、JAPAN独自の食料の生産、そして軍事知識…その全てが高水準であり、今の藤原の躍進となっている事も。
(これが月餅…か。でも何なのかしら、この違和感)
スラルも長い生の中で色々と知識を求め、色々な生き物を見てきた。
この世界に最初に現れた人間という種族、魔王である自分に真っ先に忠誠を誓ったケイブリスを筆頭としたまるい物。
そしてカミーラを初めとしたドラゴン、ホルスであるメガラス、そしてカラー。
スラルには、目の前の存在はそのどれにも当て嵌まないように見えた。
「何だ貴様」
ランスもその存在の強さを理解しているかどうかは分からないが、その声は何時もに比べて低い。
だが、警戒をしているのも分かるし、これからどうするかを考えているのもスラルには分かる。
「…ここで石丸を失う訳にはいかん」
それは非常に低く、重圧を感じさせる声だ。
普通の人間の声には間違いないのだが、それ以上に何か不気味なものを感じさせる。
ランスもその声を聞いて、長年の冒険者としての勘が働いていた。
(なーんか不気味だなこのジジィ…気に入らんがどうするか)
突如として現れた月餅に対してランスも不気味に思いつつも、軍団の長として頭を働かせる。
ランスとしては今ここで石丸を殺せればいいと思っていたが、そのためには黒部が必要だ。
流石にスラルに言われた事は忘れてはいないため、この状況で無理をする必要も無いと考えた。
「ランス! 退きましょう。今はまだ無理をする所でも無いわ」
「…スラルちゃんがそう言うならそうするか」
だからスラルの言葉を素直に受け入れる。
今無理をする必要は無いという事は確かだし、何より突如として現れた不気味な男がランスの何かを刺激させた。
それはこれまでの戦いの経験と言えば良いのだろうが、魔人・魔王・闘神といった強者と戦い続けたランスをしてまずいと感じさせた。
「おう、とっとと退くぞ」
ランスは警戒しながら相手との距離を取る。
そのランスに歩調を合わせるようにして、妖怪達も静かに人間から距離を取る。
藤原軍もまたその光景を警戒しながら見ていた。
今なら倒せる、という甘い考えはこの場には誰もが思っていない。
だからこそ、妖怪達が完全に姿を消した時、誰もが荒い息を吐いてその場に腰を下ろし、又はその場に倒れる。
それは早雲も例外では無く、荒い息をついてその場に膝をつく。
「石丸!」
が、直ぐに自分の友である石丸に駆け寄る。
月餅の手から離れた石丸の口元に手を当て、今は眠っているのを確認して安堵のため息をつく。
「石丸の手当てだ! 急げ!」
「は、はい!!」
早雲の言葉に兵士達が慎重に石丸を運んでいく。
運ばれている最中でも剣を決して離そうとしないのは、最後の最後まで黒部と戦っていたからなのだろう。
「手酷くやられたようだな…」
「返す言葉もありません…」
月餅の言葉に早雲が項垂れる。
決して相手を見くびっているつもりは無かった。
石丸と互角に戦う人間いるのも分かっていたので、最大限に警戒をしたつもりだった。
だがしかし、現実は総大将である石丸が傷つき、こちらも多大な被害が出た。
勿論相手にも被害は有るだろうが、妖怪というは非常にしぶとい。
倒したと思っても、時間が経てば復活するというのはよくある話だ。
「………早雲よ。後でお前に話がある」
「わかりました。では後で」
月餅の言葉に早雲は頷くと、今は動けない石丸の代わりに指揮をとる。
早雲の指示に合わせて皆が忙しく動くのを尻目に、月餅…第参階級魔神はこの場に居ない人間達の事を考える。
(あれがフィオリの言っていた人間共か…だが奴の言っていた金髪のエンジェルナイトは存在しない…もう一つの戦場に居たか)
月餅もフィオリの言うエンジェルナイトを何とかしようとは考えていた。
戦場に直接介入するのは危険と考え、遠くから石丸を見えていたのだが、予想外の妖怪王の力と、人間の力に動かざるを得なかった。
(これで悪魔だと感づかれる事も無いとは思うがな…)
相手は人間故に大丈夫だとは思うが、それでも一抹の不安は存在する。
だからと言って、自分が積極的に動くのはどうしても避けたい事態だ。
この計画は既にかなりの時間をかけて実行している。
その時間を苦労を考えれば、自分が不用意に動く事で万が一にも天使に気づかれる訳にはいかない。
(やはりフィオリを動かすのが妥当か…しかし奴は己の職務より己の感情で動く事が有る。当てにしすぎるのも危険か…こういう時にネプラカスが居ればよかったのだがな)
自分より階級は下だが、かなりの働き者である悪魔の事を考える。
己の職務に忠実で、何よりも悪魔界のため、そしてラサウムのために動く悪魔だ。
しかし今居ない者を当てにする訳にもいかない。
(そしてあの人間達…只者では無いか。フィオリが言うだけの事はある。そしてアレがフィオリの言っていた剣か…まったく、ポレロ=パタン様も厄介な剣を与えたものだ。しかし契約は絶対、私が口を出すのもおかしな話か)
フィオリに大きな傷をつけた人間と、その剣…最大限に警戒する価値はあると月餅は考えを引き締める。
(全てはラサウム様のため…石丸にはまだまだ働いてもらわねばならぬ。そして全ての魂をラサウム様に捧げるのだ」
月餅は翁の仮面の下から虚空を睨む。
今はまだ動かぬエンジェルナイトを初めとした神…それらからこの地上を奪うために悪魔王ラサウムは力を溜めている。
そのためには多くの魂をラサウムへと送る必要がある。
そしてそのシステムを作るため、月餅は長い時間をかけてこの辺境にあるJAPANという島国に目を付けたのだ。
(こんな所で躓く訳にはいかぬ…しかし私が直接天使と戦う訳にもいかぬ。全く…苦労をかけられるものだ)
勿論その程度に月餅の決意は決して変わらない。
第参階級魔神月餅…彼もまた、悪魔王ラサウムのために動く悪魔の一人なのだから。
黒部軍陣地―――
そこでは配下の妖怪達と人間達が忙しく動き回っている。
戦いは完全に五分五分であり、初戦としてはまあまあの結果だろう。
何しろ数の上では完全に不利で、軍隊としての錬度も相手の方が上なのだから。
それでも互角にまで持って行けたのは、やはり妖怪王黒部、そしてランスの力によるものが大きいのだろう。
そしてその黒部はと言うと…
「あーうめぇ…もっとだ! もっと持って来い!」
石丸との激戦が嘘だったかのように酒を片手に好物のキャベツを丸ごとバリバリと食べていた。
「ねえ黒部…あなた本当に腹を刺されたのよね」
「おう、間違いねえぜ」
レダは既に傷一つついていない黒部の体を見て首を傾げる。
ここに運ばれて来た時黒部は既に気絶してた。
そこでレダが回復魔法をかけようとした時、突如として黒部は目を覚ますと跳ね起きたのだ。
そこには既に傷は無く、もう飲食が出来る程だ。
「むぐむぐ…偉そうに言ってた割には情けないな」
「そいつはわりぃな。まあお前以外に俺とやりあえる人間がいるのが嬉しくてよ…帝レースの事なんざすっかり忘れてたぜ」
黒部は悪びれる事も無く、笑いながら酒をその口に流し込む。
「それによ…あいつはお前よりもつぇえからな」
「何だと?」
ランスがじろりと睨んで来るが、黒部は尚も笑いながら手を振る。
「あくまで剣だけの話だよ」
黒部の体感では剣の技術、そして石丸が見せたあの技…それらを考慮してもランスと石丸では石丸に軍配が上がる。
(実際に戦えばランスにはスラルが居るから、勝つのはランスだろうがよ)
ランスの側には常にスラルが居る。
剣の中からでもある程度の魔法が使え、その魔力を付与した剣を使えばランスが勝つ、と黒部は思っている。
あくまでも個人で戦えば石丸が上…その程度の話だ。
「で、どうだ。平森盛よ。最初のぶつかり合いとしてはよ」
今この場には、主となる妖怪、そして人間達が集まっている。
その中で名前を呼ばれた平森盛は険しい顔をする。
「やっぱり大幅に不利モリね…数が違い過ぎるモリよ。今日五分に持ち込めたのは、相手がこちらの力を見過っていたからモリよ」
今日の戦いではランスと黒部率いる妖怪軍が、相手の中心人物の一人である北条早雲に迫れたのは相手が油断をしていたからに過ぎない。
「今回の戦いでランス殿と黒部殿の力は完全に知れ渡ったモリ…そうなると今日のようにはいかないモリよ」
藤原軍が強いのは確かに藤原石丸が常識外の強さを持つという事もある。
一人で多数の鬼を使役することが出来る北条早雲の力も凄まじい。
だが、何よりもその結束力や、これまでのJAPANからは考えられない戦術や、農耕といった内政の高さがあるからだ。
「で、お前はどうするべきだと思っている?」
黒部の答えに森盛は真剣な顔で頷く。
「当初の予定通りの策しか無いモリよ。それ以外に勝ち筋が浮かばないモリよ」
森盛の言葉に黒部は豪快に笑う。
「そいつぁいい。それしか無いってんならそれをするだけだ。そうだろ、ランス」
「フン、俺様が力を貸してやっているんだ。あんな連中なぞ蹴散らせて当然だ。それが出来ないならお前達が悪い!」
あんまりな言葉かもしれないが、自身に満ち溢れたこの男を見ていると何かしてくれるのではないかという気持ちにさせられる。
それがランスというこの世界のバグである人間の特徴なのかもしれない。
(そうだ。俺様は今まで何でも出来てきた。今回も問題無いな、うん)
リーザス、ゼス、JAPAN、ヘルマン…全ての地でランスは勝利を収めてきた。
絶望的な状況からでも最後は必ず勝利を収めてきた。
だからこそ今は不利かもしれないが、最後には必ず勝利を収められるとランスは本気で思っているのだ。
「まずは森盛の策とやらを試してみようぜ。そっからでも十分だろ」
黒部の言葉に皆が頷く。
結局の所、圧倒的に不利な状況を覆すには一発逆転の策を実行するしかないのだ。
その策を実行するため、既に人も妖怪も動いている。
「がはははは! 次こそ奴らを全滅じゃー!」
藤原の城―――
そこでは目を覚ました石丸が大量の食事をとっていた。
「石丸様…本当に大丈夫ですか? あれほどの傷を負っていたのに」
「大丈夫だよ。だからもっと持って来い」
石丸の傷は決して浅くは無く、こちらに担ぎ込まれた時にもまだ意識が朦朧としていたほどだ。
しかし巫女達の献身の祈りの下、こうして後遺症も無く食事も出来ている。
今石丸の隣には、石丸を献身的に看病をしていた巫女が言われるままに酒を注ぐ。
その酒を一気に仰ぐと、石丸は本当に幸せそうに息を一つつく。
「お前が俺を助けてくれたんだってな。礼を言うぜ」
「そんな…私は石丸様が帝になるに相応しいと信じています。当然の事をしたまでです」
「嬉しいな…で、どうだ。今夜俺と…」
石丸は少し強引にその巫女を引き寄せる。
「石丸様…」
その巫女を頬を染めて石丸に体を預ける。
「何をやっている、石丸」
そこに呆れた顔をした早雲が入ってくる。
「全く…アレだけの大怪我をしたにも関わらず、相変わらずだな」
「当たり前だ。そんな簡単に俺が変わるわけ無いだろ」
石丸はもう一度酒を一杯飲むと、隣の巫女に「今夜な」とウィンクすると、巫女はその意を汲み取って頬を染めながら退出する。
それを確認して早雲は腰を下ろす。
「で、怪我の具合はどうだ?」
「もう平気さ。最も、それは相手にも言えるだろうけどな」
石丸の言葉通り、本人も問題無く動くことが出来る。
勿論戦闘も可能だろう。
そしてそれは妖怪王である黒部にも言えることだと石丸は確信している。
「そっちの方は動きはあるか?」
「ああ、戦況はこっちが有利さ。元々の領土の広さも数においても俺達が有利なんだ。確かに妖怪は強いが、相手で本当に恐ろしいのは黒部と異人の男だからな」
実際に石丸軍は有利に事を進めている。
確かに妖怪王黒部と異人の男は非常に強い…それこそ石丸や早雲でしか対処できない程の強さだ。
しかし、だからといってそれが負けるかというとそういう事ではない。
確かに黒部と異人には勝てないが、それ以外の所で勝利をすれば良いのだ。
相手はまだ指揮官が戦場に慣れていないという明確な弱点があるし、妖怪に関しても確かに個は強いが軍団としてはあまり纏まりが無い。
そこを突いて着実に相手を攻めている。
「そうか…だが俺が行かなきゃ終わらないよな」
「そうだな。妖怪王と異人には流石に勝てないからな。最終的にはお前が帝としての器を見せ付ける必要があると思っている」
早雲の言葉に石丸は苦笑いを浮かべる。
言っている事は確かに正しいが、そのハードルは思った以上に高い。
今回全力で戦ったが、妖怪王黒部とは互角といった所だろう。
「それで、お前がここに戻ってきた理由は何だ?」
一度考えを切り替え、北条早雲がこちらに戻ってきた理由を問う。
早雲は凄まじい陰陽術を持っているが、指揮能力も中々のものだ。
藤原軍のNo2として、その手腕を前線でも振るっていたはずだ。
「ああ…月餅殿から頂いた鬼なのだがな…想像以上に制御が難しい」
あの戦いから月餅によって与えられたのが、セキメイという巨大な鬼だった。
その力は正に凶悪無比であり、制御を間違えばそれは自分達にも牙を向くだろう。
しかし、北条早雲もまた正しく化物と言える力を持っている。
セキメイを制御し、前線に投入して勝利を収めた。
が、その代償として意識を失いかねない反動が有り、もしセキメイが暴れだせばそれこそ止められる者が存在しない。
セキメイはあくまでも切札…これくらいの意識で使うほうが良いと判断したのだ。
「もし俺が意識を失えばそれこそ大変な事になるからな…前線は問題無いと言われて俺も休養のために戻ってきたのさ」
「そうか…俺も見てみたかったな、その鬼の暴れっぷりを」
「直ぐにでも見せてやるさ」
男達は笑うと、石丸が早雲に対して酒を注ぎ、早雲も同じように石丸に酒を注ぐ。
二人はゆっくりと上質の酒を楽しむ。
「さて…俺も一休みしたら行くかね」
「その時も俺も一緒に行こう。異人は俺に任せて、お前は妖怪王との戦いに全力を尽くせ」
「助かる。無茶を言うようだが、なるべく異人は捕らえてくれると助かる」
石丸の言葉に早雲は難しそうに唇を歪ませる。
「捕獲は難しいな…殺すつもりでいって初めて勝負になるレベルだ。それにあの異人の側には恐ろしい力を持つ幽霊も居る」
あの時石丸と黒部が戦っていた時もそうだが、あの幽霊もまた凄い力を持つ恐ろしい存在なのは分かっている。
もしあの時月餅が来なければ、あの幽霊の魔法で致命的なダメージを負っていただろう。
大陸の魔法にはあまり詳しくないが、それでもあの幽霊が放ったのは恐ろしい範囲と威力を持つ魔法なのは理解できる。
そして常に異人の側に居る…それを考えると、捕獲など夢のまた夢だ。
「まあお前の望みなら何とかしようとは思うが…難しいな」
「頼むぜ。俺の大望を達成するためには、優秀な奴は何人居てもいいからな」
「そうだな…」
石丸の大望…それは何れは大陸へ進出し、この世界を統一すること。
人間を苦しめている魔人…そして魔王を倒すこと。
長い歴史の中でも、誰も魔人を倒したものは存在しないらしい。
だが、常識外の強さを持つ藤原石丸ならば…という思いも早雲には存在している。
そしてそのために必要なのはまず『人』だという事も気づいている。
だが…
「石丸。それでも俺はお前とあの異人は決して交わる事の無い存在だと思っている」
「そうか?」
「ああ。確かにお前は強い…このJAPANに留まらない器だと俺も思っている。だからこそ、俺はあの異人が怖い」
「怖い…お前がか」
石丸の言葉に早雲は頷く。
確かに石丸はあの異人よりも強さにおいては上だろうが、早雲は何よりもあの異人の別の強さが恐ろしかった。
本来はこの戦いは起きないものだった…早雲はそう信じている。
平清盛を討った時点で、本来は石丸の勝利は約束されていたはずだった。
その石丸の勝利を阻んだのは、妖怪王黒部では無くあの異人なのは間違いない。
「何をしてくるのか分からないのがたまらなく怖い…」
早雲が珍しく弱気の声を出すのに、石丸はむしろ嬉しくなる。
「そうか。常に冷静沈着なお前がそこまで恐れるか。だったら尚の事欲しくなってきたな」
「石丸!」
「これは俺の我儘だ。だけどな、そんな人間が大陸には沢山いるかもしれないだろ。もしそうなら、それくらい出来ないで世界を手にするなんて出来ないさ」
「そうかもしれないが…」
石丸は明るく、対する早雲は不安そうな顔をしているが、ちなみにこんな滅茶苦茶な英雄はこのルドラサウム大陸の歴史上、ランス以外には存在しない。
あのハンティ・カラーが保証するほどに無茶苦茶な事をするのがランスと言う男なのだ。
二人がこうして酒を酌み交わしこれからの事を話している時、突如として襖が乱暴に開かれる。
「げっ!」
襖を開けて入ってきた者を見て、石丸は思わずうめき声を上げる。
「これはこれは…巴殿」
一方の早雲は入ってきた者…女性を見て軽く頭を下げる。
「担がれて帰ってきたと思ったら…目覚めて直ぐお酒ですか? 本当に無意味に頑丈ですね」
そこに立っていたのは、女性としては中々の長身の少し茶色がかかった黒い髪をしている驚くべき程の美女だ。
着物の上からでもそのスタイルの良さが分かる。
が、それほどの美女が前に居るというのに、英雄色を好むを地で行く石丸は少し嫌そうに顔を顰める。
「あら、私が訪ねて来たというのに、随分と嫌そうな顔ですね」
「あーその…帝レースが大変でな。あ、そうそう! それよりも前から言っていた早雲との縁談話は…」
「早雲殿が私を倒せれば考えます」
「ならば無理ですな。私では巴殿には遠く及ばない」
巴と呼ばれた女性の言葉に早雲は苦笑する。
「巴殿のてばさき落としは芸術だ。お前でも見切れない程だからな」
「そんなだから嫁の貰い手がいないんだ。おかげで政略結婚にもなりゃしない。大人しく早雲と所帯を持てばいいんだ」
「あら、それが従姉妹に向かって言う言葉ですか?」
「従姉妹だから言うんだよ」
ため息を吐く石丸に二人は笑う。
「それで今あなたが苦戦している妖怪王と異人はどんな方なのですか?」
「あーそれは…」
巴の言葉に石丸は言葉を濁す。
彼女にはあまり知られたくない事だ。
勿論彼女の命の心配もあるのだが、それ以上に厄介な事がある。
「是非とも見てみたいですね」
目を輝かせる巴に対し、石丸は頭を抱える。
こうなる事が分かっているからこそ、彼女にはあまり知られたくない事だった。
「石丸もそろそろ前線に戻るのでしょう? 私もついていこうかしら」
「それは駄目だ。危険すぎる…って言っても無駄なんだろうなあ」
彼女は昔からアグレッシブすぎる。
石丸も冒険が好きだが、彼女もそれと同じくらい冒険が好きだ。
しかし彼女は長女のため、自分のような自由が利かなく、彼女自身もそれを受け入れていた。
が、石丸が藤原家を継いだことにより、彼女は自由を得た。
その反動からか、彼女はよく城から抜け出してしまう。
「それに異人も見てみたかったのよね…あなたと互角に戦ったという異人を」
巴は無邪気に微笑む。
その笑みを見て、石丸と早雲は互いに顔を見合わせてため息をつく。
この戦い、まだまだ波乱は起きるのは確実だと二人は確信していた。
少し迷いましたが、ランスの特性を出すためには出すしかないと感じたキャラとなりました
真面目な色男はランスに関わると不幸な目にあわないといけないしね