「第参階級魔神…」
レダは冷や汗を流しながら悠然と微笑む相手を見る。
以前にも戦った相手だが、あの時は魔人であるケッセルリンクが居たからこそ何とか戦えた相手だ。
第参階級魔神は下級天使に過ぎない自分には荷が重すぎる相手だ。
更にはここが何処なのか分からないという事もある。
周囲を見渡しても、あるのは荒廃した地と闇だけだ。
魔界…では無いようだが、地上でも無いのだろう。
「この前は私に対して随分と無礼な事をしてくれたわね。だから…今こそあなた方を消し去るわ。特にエンジェルナイト、お前はね」
フィオリはその幼く見える容姿とは裏腹に、非常に冷酷な顔でランスとレダを睨む。
そこには以前のような余裕の顔では無く、明確な敵意と殺意が存在している。
「こいつは…そうだ、パレロアの時に居た悪魔だな。俺様におしおきされに来るとはいい事だ」
ランスは右手にある刀を利き手である左手に持ち帰ると、その刀をそのままフィオリに向ける。
しかし気になるのはフィオリが乗っている奇妙な生物だ。
いや、それは果たして生物と言えるのか…全身を奇妙な鎧で覆い、その顔は伺う事は出来ない。
が、そこにあるのは明確な敵意だ。
百戦錬磨のランスから見ても、非常に厄介な相手だというのが分かる。
流石に魔人程の重圧は無いが、それでも人間とは違う気配にランスは鋭く相手を睨む。
「おしおき…ね。この私を前にしてまだそんな言葉を吐けるなんてね…人間風情が笑わせてくれるわね」
ランスの軽口にもフィオリは冷酷な顔を消さない。
「エンジェルナイトは確実に殺す…そして人間、お前も死ぬ。そこの女も運が悪かったと諦めるのね」
巴は周囲を包む濃厚な闇の気配に一度身震いするも、直ぐに気を落ち着けて薙刀を向ける。
「生憎と…私は諦めるという事は嫌いなんです。あなたを倒してでも戻ります」
「威勢だけはいいわね。でも無駄な事。今回は遊びは無い。確実にお前を殺す!」
フィオリはそう言うと鎧の巨人の肩から下りると、真っ直ぐにレダに向かって行く。
あくまでもランスはおまけであり、彼女の目的はエンジェルナイトであるレダなのだ。
そして鎧の巨人は真っ直ぐにランスへと向かって行く。
その手から剣を抜く…だけではなく、その腕が4本に増え、各々に剣を握ってランスへと襲い掛かる。
「何だと!?」
流石に4本の腕は予想もしてなかったランスは驚愕する。
その4本の剣からはそれぞれ異質な気配を感じ、ランスは振り下ろされる剣を刀で受ける事はせず、後ろに飛んで避ける。
「うおっ! あちち!」
十分に避けかと思ったが、相手の持つ剣から突如として炎が溢れ、その炎がランスの肌に少し傷をつける。
「ただの剣では無いわよ。持つ剣の全てが魔剣と呼ばれるモノ…ボルトったら、あなたの持つ剣に心を捕らわれてしまったのよ」
「ボルト…!? アンタまさか!」
聞き覚えのある名前にレダはフィオリを睨む。
そんなレダの視線をフィオリは楽しそうに受け止めると、その形の良い唇が弧を描く。
が、その笑みは明らかに邪悪な者の笑みだ。
「そうよ。ボルト・アーレン…私の協力者であり、私も協力してた。でもその人間の持つ剣を欲しがるがあまり、とうとう悪魔と契約を結んだ元人間よ」
「こいつは…!」
「第七階級とはいえ、中々の強さだと思わない? やっぱり悪魔になるまえの実力も重要なのかしらね」
フィオリの放つ魔法をレダはその盾で防ぐ。
が、流石に第参階級の悪魔が放つ魔法は下級天使であるレダには完全には防げない。
その体に小さな傷が出来るが、レダは構わずにフィオリへと斬りかかる。
「甘いわね。完全な力を出せないエンジェルナイトが第参階級魔神の私に勝てると思う?」
「クッ!」
その手でレダの剣を止めたフィオリの余裕の顔に、レダは怒りで唇を歪める。
しかし相手の言葉が正しいのはレダ自身が良く分かっている。
今は何故かエンジェルナイトとしての力を発揮することが出来ず、翼も出す事が出来ない。
技能こそ失われていないが、それでも力は大きく落ちてしまっている。
さらには相手は第参階級魔神。
第参階級魔神と言えば、LP期における魔人四天王にすら匹敵する実力者なのだ。
(私一人じゃ無理か…! せめてランスとスラルが居れば…!)
レダはランスの方を見るが、ランスの方も4本の手を持つ異形の巨人の前には防戦一方だ。
持っている剣も、何時もの黒い剣では無くその辺で拾ったJAPANの刀だけだ。
それでは悪魔…それも第七階級とあってはランスでも厳しいだろう。
「その顔が見たかったのよ。お高くとまっている天使のその絶望の顔をね。さあ、あなたはどうしてあげようかしら? いえ、余計な事をする前に殺すに限るかしらね」
「悪魔が!」
レダはフィオリを前に、防戦一方にならざるを得ない。
一方のランスも目の前の敵を前にして防戦を強いられていた。
ランスが防戦一方なのは、やはりその手にある剣がいつも使っている剣では無いからだ。
刀も使えない訳では無いが、それでもバスタードソード等の重い剣を使って戦うランスにとっては使い慣れない武器だ。
以前にヘルマンでリックが使っていた刀を使おうとした時もそうだったが、手に合わない武器を扱うのは本当に面倒くさい。
それはランスの生来の面倒臭がりなのが影響しているのかもしれないが、その所為で攻撃に踏み切る事が出来ないでいた。
最初にカラーと出会った時も、ケッセルリンクから貰ったショートソードを駄目にしてしまった。
そしてこの状況は、手に持っている刀を失えば最後、もう相手を攻撃する手段が無くなってしまうのだ。
そうなってはもう終わりなのだ。
だからランスも慎重に機会を伺う。
(とはいえ…きついぞ)
普段のランスであれば盾となるガードが居るのだが、その肝心のレダが別の相手と戦っている。
巴が一応いるのだが、ランスは彼女を盾に使う気など当然の事ながら無い。
「ランスさん…!」
巴はこの状況に何とかついて行こうとするが、相手の強さが嫌でも分かってしまう。
即ち、自分がこの状況ではあまり役に立たないという事が。
「フフフ…死になさい!」
ランスは絶体絶命の窮地に陥っていた。
「おいスラル! どうなってやがる!」
「分からないわよ!」
JAPANの地では、ランスとレダ、そして巴が消えた事で大混乱に陥っていた。
鬼の襲撃を被害を出しながらも何とか乗り切ったが、今度はランス達の姿か影も形も無く消えてしまった。
「お前が前に言ってた事じゃ無いのか!?」
「違うわよ! セラクロラスの姿は見えなかった! 今までは必ずセラクロラスが姿を現していた!」
最初はセラクロラスかとも思ったが、絶対にセラクロラスでは無いだろう。
何よりランスが自分を決して手放すはずが無いという確信がある。
ランスの女好きは筋金入りだし、自分の体を戻すという目的を果たしていない以上、離れるはずが無いのだ。
そして何よりも、ランスがこの剣を呼んでいるというのは嫌でも分かる。
しかし、その目的を果たせない事にまるで剣自体が混乱しているようだ。
「転移魔法…いや、そんな感じはしなかった。だとしたら…まさかゲートコネクト? でもそんな感じもしない…」
魔王であった頃の記憶を頼りに何とかこの事態を収拾しようと考えるが、答えは出てこない。
だが、現実にランス達の姿は消えてしまっている。
しかしランスが剣を呼んでいる以上、生きているという事は確かなのだ。
「おい黒部! 藤原の奴等が動き出したぞ!」
「んだと!?」
窮奇の言葉に黒部は唸り声を上げる。
自分達が鬼に襲われてからそれほど時間は経っていないというのに、相手の動きが速すぎる。
この速さは、藤原家が鬼を操っていると思っても仕方がないくらいだ。
「…テメェ等は退け!」
黒部は少しの間目を瞑って考えていたが、出て来た言葉はこの場から退却する事だった。
「黒部!?」
「急げ! 奴等は待ってはくれねぇぞ! 今ここでやられれば何にもならねぇ!」
黒部の言葉に窮奇も唸るが、自分達の大将の言葉に逆らう訳にもいかない。
「急いでこの場から離れるぞ! …黒部、これでいいんだな?」
窮奇の言葉に黒部はその顔に笑みを浮かべる。
黒部と窮奇の付き合いは長く、昔はどちらが強いかで何度も争ったものだ。
何度目かの喧嘩の末、窮奇は黒部が妖怪王である事を認めたのだ。
そんな黒部と窮奇の間だからこそ分かるものがある。
「わりぃな。でもこれが俺なんだよ」
「…馬鹿野郎が。でもよ、それでこそお前だと思うぜ」
黒部と窮奇は互いに笑い合うと、窮奇は周囲の妖怪達を纏めてこの場から撤退を始める。
「退くモリよ! 黒部殿は…」
妖怪達が撤退を始めた事で、人間の纏め役である平森盛も動ける者達を纏めて撤退の準備を始める。
「先に行け。俺も後から行くからよ」
「黒部殿…」
そう言う黒部の顔を見て、平森盛は察する。
平森盛は先の戦いで失った平家の復興、そして平家を破った藤原家を倒すべく黒部の下へと来た。
まさかその妖怪達の中心に居たのが異人だとは思ってもいなかったが、それでも妖怪王である黒部は『王』と呼ばれるだけの事はあると感じていた。
だからこそ、帝レースの参加者にもなれたのだと。
「…それが黒部殿の結論モリね」
「おう。俺は最初からそういう奴さ。俺が帝レースなんてものにのっかったのはアイツ等が居たからだからな」
「…馬鹿モリよ、親父殿も黒部殿も。でも、森盛はそういう馬鹿が好きモリよ。そういう馬鹿が大将だからこそ、森盛の頭が生きるモリよ」
「馬鹿で悪かったな…ありがとよ、森盛」
黒部の言葉に森盛は思わず涙が流れそうになるのを必死で堪える。
軍師たる自分が個人の感情に流されてはいけない…大将を支えるのが自分の役割だと自負しているからだ。
そしてこれが黒部の…妖怪王としてではなく、只の黒部としての答えなのだ。
本来であれば何としても黒部も一緒に撤退させるのが軍師の役目なのだが、森盛にはそれが出来ない。
どんな事があっても大将の願いを叶えたい…それが森盛という男の生き方なのだ。
「黒部殿…森盛は黒部殿が気に入ってるモリよ。出来る事なら、黒部殿に帝になって欲しいモリよ。いや、まだ諦めないモリよ」
「おう、それでいいぜ。俺だって諦めるつもりは全然ねぇぜ。あいつを何としても見つけて戻るだけだぜ」
「…約束モリよ」
「ああ」
平森盛は黒部に対して微笑むと、その巨体に似合わぬ速さで周囲に指示を出して撤退を開始する。
スラルの横で腰を下ろした黒部に対して、スラルはその黒部の顔を覗き込む。
スラルの顔にあるのは困惑、そして僅かな喜びだ。
「黒部…いいの?」
「ああ。お前はランスがいないと動く事も出来ねえしな。それによ、俺は別に帝レースなんかには本当は興味がねえ。あいつと一緒に馬鹿をやりたいから参加しただけだからな」
「…馬鹿ね」
「おう、俺はこういう奴さ。だから後悔なんて微塵もねえ。で、何か分かったのか」
「正直ね…でも考えられる可能性はそう多くない。私の考えでは、ランスは何者かによって別の空間に飛ばされている」
スラルは自分の考えに確信を持っている。
そもそも鬼が突然襲ってきたこと自体が怪しいのだ。
それに加えて、最後の鬼は明らかにランスの命では無く、ランスの剣を狙っていた。
これまでの鬼との戦いから、鬼がどのような存在であるかはある程度理解している。
死を恐れず、死を名誉とし、何も考えずに真っ向からぶつかってくる…それが鬼なのだろう。
そんな鬼があんな事をした理由はこれしか考えられない。
「明らかに私達の事を知っている。そして、私がランスの剣と共にある事も…そう考えると結論は一つしかない。あの悪魔の仕業」
スラルの脳裏に思い浮かぶのは以前にケッセルリンクと共に戦ったある悪魔の姿。
あの少女のような外見を持つ、第参階級魔神以外にこんな事が可能だとは思えない。
「悪魔だと!?」
「ええ…それ以外に考えられない。でもそれが分かってもどうにもならないのが現実…!」
この状況があの悪魔の仕業の可能性が一番高いが、問題はその後。
今の自分にはランスが何処に連れ去られたか分からない。
まだ剣が反応している事から生きているのは分かるが、もし相手の領域に連れ去られたのであればもうどうする事も出来ない。
魔王で無くなったスラルにはゲートコネクトは使えないし、そもそもランス達は本当に悪魔界に連れ去られたのかも分からない。
どうにも八方塞の状態になってしまっている。
「どうしよもないってのか?」
「今の所はね…高位の悪魔が絡んでいるわ。でも何となくだけど場所は分かる…きっとこの剣が教えてくれているのよ」
剣がランスを探しているのは分かるが、それが何処に向かおうとしているのかが全く分からない。
剣も混乱しているようだが、ランスが生きているからこそこうして剣は動こうとしているのだ。
「自分で動く事が出来ないのが本当に悔しいわ…!」
「スラル…」
スラルの顔には本当に悔しそうな表情が浮かんでいる。
ランスが何処にいるのかも分からず、黙って手を拱いているしかない。
そんな自分に何よりも腹が立っているのだ。
「でもどうすれば…」
「…あいつがいりゃあな」
焦るスラルを見て、黒部は自分とは決して分かりえないあの妖怪の事を思い出す。
黒部はあの妖怪がどうしても好きになれなかったが、あの強大な力だけは非常に恐れていると言っても良かった。
だが、今はあいつの力が必要と言っても過言では無い。
スラルと黒部が苦い顔をしていると、
「まあ…駄目ですよ、そんな顔をしてては」
「え…」
突如として聞こえてきた呑気な声に、思わずスラルは声の主の方を見る。
そこにはスラルの目から見ても綺麗で、どこか近寄り難い空気を持つ少女の姿がある。
「あなたは…まくら」
「はい…大変な事になりましたね。まさかランスさんとレダさんと巴さんが消えてしまうなんて」
「…何で知ってんだ? いや、今更か」
まくらの言葉にスラルと黒部は驚くが、前にもそんな事があった。
「まくら! ちょっと!」
そんなまくらを追って、綾が姿を見せる。
「どうしたのよ! まくら!」
「消えてはならない希望が消えようとしているんです…私は何としてもそれを止めないといけません」
まくらはそのまま黒部の大きな手を取る。
「黒部さん…以前にも言いましたが、あなたは大きな決断をしなければなりません。その時が来たのです」
「決断だぁ?」
黒部はまくらを胡散臭そうに見るが、
「そうだよ黒部。これは君が決める大きな決断だ」
突如として聞こえてきた声に、黒部はその口を歪める。
その声には聞き覚えがあり、今までは忌々しくも有り聞きたくない声だったが、今はその声を望んでいた相手だ。
だがそれでも、嫌な存在であることには変わりは無かった。
「…テメェが動くか。耳なし猫」
「そうだよ黒部。久しぶりだね」
何時の間にかまくらの後ろに居たのは、子供程の大きさの奇妙な青い何かだった。
「…耳なし猫? どうみてもタヌ…」
「そこまでだスラル。こいつは耳なし猫だ。誰が何と言おうとこいつは猫だ。だからそれ以上言うのは無しだ」
「そ、そう…」
何処までも真剣な声の黒部にスラルは唇を引き攣らせながらそう言うほか無かった。
「ってそれよりもランスの事よ。で、あなたならランスを助けられるって事?」
話が飛びすぎているかもしれないが、今は何よりもランス達の事がスラルには大事だった。
その手段があるのであれば何でもするつもりだ。
「ボクが助けるんじゃないよ。ボクはその手助けをするだけ。ランス君達を助けるのは君達だよ。黒部、スラル君」
「勿体ぶってんじゃねえ! 時間が無いんだ、とっとと教えろ!」
黒部が耳なし猫にその顔を近づけるが、耳なし猫は顔色一つ変えない。
「でもね、そのためには…黒部には大切な物を捨ててもらう必要がある。君のその指についている、帝の証を」
「何だと?」
黒部は自分の指にはめられている帝リングを見る。
この帝リング、そして藤原石丸が持つ帝ソードと帝ハチマキの三つを揃えれば、このJAPANに帝が降臨する…アマテラスはそう言っていた。
そしてこの帝リングの力は本物で、ただでさえ強い黒部がこのアイテムの力でさらなる力を発揮している。
それは藤原石丸も同じだが、とにかく凄いアイテムだというのは分かる。
「ランス君を助けに行けば、君は帝になる資格を失う。それでも君はランス君を助けに行くかい?」
スラルは複雑な表情で黒部を見る。
黒部はあまり帝には興味が無いのは分かっていたが、それでも妖怪の地位の向上のような事は考えていたのだと思う。
黒部自身気づいていないのかもしれないが、黒部もまた妖怪王と呼ばれるだけあり、王となる素質を秘めているのだ。
そして帝になれれば、黒部はこのJAPANの主になる…それは黒部の望みが叶うのを意味していた。
が、スラルの思いを余所に、黒部はニヤリと笑って見せる。
そして躊躇いなく自分の指にはめられた帝リングを外して見せた。
「これでいいか?」
「…本当にいいんだね? 黒部。これはボクが出した条件じゃない。ランス君を助けるためには必要となる条件なんだよ」
「構わねえさ。元々俺は帝になんか興味はねぇ…それよりも、スラルだけが悲しむのを見るのは御免だからな」
「…黒部」
黒部の言葉にスラルは何も言えなかった。
彼の言っている事は本当だというのはこれまでの付き合いからも分かる。
だが、出会って間もないはずの黒部が、まさかこんな事を言ってくれるとは思ってもいなかった。
「それによ…俺はアイツが何より気に入ってんだ。ランスと一緒にいると退屈しねぇからな」
「…それが君の答えなんだね。分かったよ、黒部。君がそう決めたのなら、これ以上ボクは何も言わない。でも、本当にランス君を助ける事が出来るかどうかは君達次第だよ。ボクはこれ以上は干渉出来ない」
「十分よ。私達が居れば十分に乗り越えられる」
「おうよ。妖怪王の力、存分に見せてやるさ!」
スラルと黒部の言葉に耳なし猫は微笑む。
すると突然真っ黒い闇が黒部達の前に現れる。
「ここを通ればランス君の居る所にいけるよ。ボクが出来るのはここまで。でもね、個人的にボクは君達の事を応援してるよ」
「…ヘッ! まさかお前からそんな言葉が聞けるとはな」
「お互い様だよ、黒部。じゃあ行ってらっしゃい」
スラルと黒部は頷き合うと、スラルの姿がランスの剣の中に消える。
黒部はそのランスの剣を手に持とうとして、そのあまりの重さに唇を歪める。
ランス以外の者には持てないとは聞いていたが、まさにその通りだ。
持つくらいならば出来るが、これを振り回すなど黒部にも出来ない。
「行くぜ、スラル」
「ええ。いいわよ」
そして黒部とスラルは耳なし猫の作った闇の中へと消えていく。
その光景を見ていた綾は、複雑な顔で自分の友であるまくらと、この状況を作り出した妖怪耳なし猫を見る。
「まくら…」
「これでいいのよ、綾。これが正しい事だと思うから」
「でも…」
「何よりも…これは黒部さんが決めた事よ」
まくらの言葉に綾は一度ため息をつく。
自分の友達ながら、彼女のやる事には何時もハラハラさせられる。
それもこれもこの奇妙な妖怪である耳なし猫のせいだ。
「これで一つの歴史が終わって、新しい歴史が作られる。このJAPANはどんな未来になるか…今から楽しみだねえ」
耳なし猫の手に合った帝リングが輝いたかと思うと、それが一瞬の内にして消える。
「新たな時代…そしてこのJAPANに初めての帝が現れる」
「終わったんですね…」
その言葉に綾は複雑な表情でまくらの隣へと座る。
「ごめんなさいね、綾」
「いいのよ…あなたの言うとおり、黒部殿が決めた事なのだから」
妖怪王黒部を帝とするために戦ってきたが、それはついに叶わなかった。
だが、それも戦である以上は仕方のない事だ。
自分達は負けたのだから。
「せめて…ランスさん達だけは無事に戻ってきますように」
綾はこの場に居ない、この戦いの原因とも言える異人の無事を祈った。
「だー! クソが!」
ランスは相手の繰り出す剣の前に苦戦を強いられていた。
その理由は極めて単純、今ランスが手にしている刀では相手の攻撃を受ける事すら厳しいからだ。
使い慣れぬ剣、そして味方の援護も期待できないという状況は流石のランスを持ってしても切り抜けるのは難しい。
縦横無尽に繰り出される剣の嵐を、ランスはその刀で時には払い、時には受け流しと何とか耐えてはいるが何れは限界が来るのは自分でも分かっている。
だからこそ一瞬の隙を突いて相手を一撃で倒す機会を伺っている。
しかし相手は4本の剣を繰り出す悪魔故に、その隙も中々見当たらない。
だが、ランスはその戦いの中で相手の持つ癖のようなものも感じ取っている。
それはランスの戦士としての勘とも言うべきか、常に相手の弱点をつき、どんな不利な戦況をも覆して来たランスの本能なのだろうか。
その隙を突くためにランスはその刀に力を溜めている。
勝負は一瞬、その一瞬で相手を殺す事が出来ればそれでランスは勝つのだ。
それは剣を振り下ろした時の一瞬の隙だが、確かにチャンスはある。
最初はその4本の剣の内、一本は自分の身を守るための動きをしていたが、ランスが攻撃出来ない状態にあるのを察したのか既に4本の剣を全てを攻撃に回している。
ランスが狙うのはその4本の剣が一斉に動くその一瞬。
巨人もランスの動きに焦れて来たのか、ついに大胆にその剣を振るうようになる。
その一撃を待っていたランスは振り下ろされた剣を避けると、なんとその振り下ろされた腕を伝って相手に向かって突っ込んでいく。
「嘘…」
まさかの行動に巴も思わず呆然としている。
巨人のリーチは確かに長いが、その分懐に入られればその剣も届かなくなる。
迂闊に剣を動かせば、その剣は逆に己の体を傷つけてしまう。
それを見越してなのかは分からないが、ランスは相手の胸元に向かってその剣を振り下ろす。
「ラーンスアターック!」
ランスの必殺の一撃が巨人の胸元に振り下ろされる。
が、
ガキッ!
「何だと!?」
金属と金属がぶつかる鈍い音を立てて、ランスの持つ刀が折れる。
巨人の鎧も同時に砕かれ、その下にあるモノを見て巴は言葉を失う。
「そんな…」
その鎧の下にあるのは剣だった。
相手の体は鎧の下も剣…その体の全てが剣で出来ていると言っても良かった。
「うおっ!?」
着地したランスに対して巨人の剣が振るわれる。
ランスは慌ててそれを避けるが、相手の攻撃を何とか受け止めていた刀ももう存在しない。
「ランスさん!」
巴はランスの体を引っ張り何とか相手の一撃を回避する。
そして再び振るわれた腕を巴は受け止める。
勿論その衝撃全てを受け流せる訳ではないのだが、それでも巴の技は巨大な腕を何とか止めることが出来た。
それだけに関わらず、その技を利用して相手の腕をへし折ろうとするが、その体は人間の体ではないと嫌でも理解してしまう。
(こいつは人間の体に見えるけど、その実態はただの剣でしかないのね…)
巨人は残りの腕で巴に斬りかかる。
巴はその一撃を完全に避けることは出来ずに吹き飛ばされる。
「いい加減に死になさい!」
「ぐぅっ!」
レダの方もフィオリの魔力に押され、その体は既にボロボロだ。
フィオリの方も、以前のように遊んでいる訳ではなく本気で殺しにかかっている。
レダも第参階級魔神との力の差に唇を強く噛む。
「うぐぐ…やばいぞ」
ランスの手の中には既に立つ事も難しい巴がいる。
そして巨人はランスを殺すべく迫ってくる。
まさに絶体絶命…普通に考えればもう誰もが諦める所であるが、ランスはそれでも諦めない。
この程度の危機はもう何度も経験してきた。
(何か…何かないか)
ランスがこの状況を何とか打破しようとするが、やはり厳しいものは厳しいものだ。
が、それでも何とかなるのがこの男なのだ。
「…む?」
その時ランスの耳に誰かの声が聞こえてくる。
それは自分を名前を呼ぶ声であり、何度も何度も聞いている声だ。
「来い!」
ランスは何時ものように呼ぶ。
そして振り下ろされる巨人の剣を、その手に収まった剣で弾き返す。
「遅いぞ! スラルちゃん!」
「それは悪かったわね! だったら離さないでよ!」
ランスは何時ものように不敵に笑うと、剣を巨人に突きつける。
「大丈夫かよ、レダ」
「…あんたも来たのね、黒部」
レダとフィオリの間に黒部が立つ。
その黒部を見てフィオリは忌々しそうに唇を歪める。
「さて…私達が来た以上、好きにはさせないわよ」
スラルはランスの剣の中から不敵に微笑んだ。