「フン、今までよくも好きにやってくれたな。今度は俺様が好きにやらせてもらうぞ」
「そうね。私を出し抜いたのは認めるけど…私達に勝てるとは思わない事ね」
ランスは剣を構えて目の前の巨人を睨む。
これまでこの剣が無い事でこいつには好き勝手されていた。
しかも自分の女である巴も大きな傷を負った。
これはランスとしては断じて許せる事では無いのだ。
「それにしてもランス…こいつは随分と変わった悪魔ね。体が剣で構成されてるなんてね」
「そいつは前に私達と戦ったボルトって奴よ。悪魔に魂を売ったのよ」
相手の体を見て少し興味深そうにしていたスラルだが、レダの言葉でその目を光らせる。
「そうか…悪魔か。魔人化とは随分と違うのね。ガルティアもケッセルリンクも容姿そのものには大きな変化は無かったけど…悪魔となるとその辺も違うのね」
自分の意志で魔人としたガルティア、ケッセルリンクは姿そのものには影響はあまり無かった。
まあガルティアに関しては腹に大きな穴が開き、ケッセルリンクは『夜の王』と呼ばれる程夜に強くなったが、代わりに太陽に弱くなってしまった。
そこは大きな変化だが、目の前の存在に比べれば些細なものだ。
ランスが傷つけたであろう首から胸にかけて開いた大きな穴からは、複雑に絡み合った剣が覗いている。
「体が剣で構成されているという訳ね…まさに剣に魂を捧げた訳か」
「そんな事はどうでもいいわ。今はこのふざけた奴をぶっ殺すだけだ」
「そうね。早くここから抜け出したいしね…ランス、本気でやっていいわよ」
「誰にものを言っている。俺様にかかればこんな奴敵では無いわ」
剣が、そしてスラルが戻って来た事でランスには何時もの調子が戻っている。
「ランスさん…」
「がはははは! お前は俺様のかっこいい所を見ているんだな! 行くぞ! スラルちゃん!」
「ええ!」
ランスはそう言って嬉々として巨人…剣の巨人へと襲い掛かる。
その動きは巴から見れば無造作であり、洗練された石丸とはまるで対局の位置にあると感じている動きだ。
だがそれでもランスにはあの剣の巨人の四つの手から放たれる剣は当たらない。
「凄い…」
純粋な剣の技術だけならば石丸の方が間違いなくランスよりも上だ。
しかし、ランスにはそれを感じさせない強さを感じられた。
明らかに死角から襲ってきただろう剣をランスはいとも容易く斬り払った。
それだけでなく、その斬り払った剣にさらなる追撃をし、その剣を容易く両断する。
剣の巨人は両断された剣を見て、即座に折れた剣を捨てると、己の体の中に手を突っ込むとその手には新たな剣が握られている。
しかしランスはそれでも全く動じない。
「全部…見えてるんですか!?」
ランスは相手のその縦横無尽の攻撃をまるで予期するかのように避けている。
「フン、こんなモノはリック以下だな。あいつに比べれば手数が足りんな」
このランスですら強いと認める男であり、もしかしたら最もランスと共に死線を潜り抜けてきたあの男に比べれば、この剣の巨人の攻撃は簡単に避けられる。
確かに手数は多いし、リックに比べればその膂力は圧倒的に上回っているだろう。
だが、相手から感じるのはそれだけだ。
リック・アディスンは一刀にも関わらず、恐ろしい程の手数で攻撃が飛んでくる。
それこそ『攻撃を打ち込んでいるはずなのに別の領域から攻撃が飛んでくる』という非常識なものだ。
それに比べれば、相手の攻撃はランスにとっては単調過ぎた。
「手数が多い、魔力を宿した剣、悪魔の体…でもそんなものはただの飾り。アンタの剣はその中身と同じで空っぽなのよ!」
スラルの放った光の矢、そしてライトボムが確実に悪魔の体に傷をつけていく。
「そんな簡単な方法で強くなったくらいで私達に勝てると思う? 甘いのよ」
この世界は絶対的な才能がモノをいう世界だ。
その中でもランスはスラルが見た中では一番の才能を持っている。
そしてそんな才能を持つランスが魔人、魔王、そして神と戦って尚生きているのだ。
ランスには強さ以外の絶対的な何かがある…スラルはそう確信している。
そんなランスに、強さのために悪魔に魂を売り渡しただけの人間が勝てる訳が無いのだ。
「さーてランス。そろそろ決めちゃいましょ。本命は向こうなんだからね」
「言われるまでも無いわ。こんなふざけた奴はとっととぶっ殺す。それに思い出したぞ。こいつはパレロアの時に居た奴なんだろ?」
「…ランスが男の事を覚えているなんて本当に珍しいわね。どういう風の吹き回し?」
「やかましい。とにかく、俺様の女に手を出す奴は許さん。確実にぶっ殺す!」
ランスは男の事は簡単に忘れるが、自分の女に手を出した奴の事は忘れない。
だから確実にこいつは殺す、という圧倒的な殺意が溢れ出ている。
「だからお前は…さっさと死ねーーーーー!」
ランスはそう言って駆ける。
そのままランスは一直線に剣の巨人へと迫り、その剣を振るう。
剣の巨人もその4本の腕で剣を振るい対抗するが、そんなものは最早抵抗にもならない。
「フン!」
ランスは放たれる剣を避けて相手の腕を斬る。
金属と金属がぶつかる音を立てて相手の腕が落ちる。
その手も剣で出来ており、どこまでも剣に執着した過去が伺える。
だがランスにはそんな事は関係ない。
ランスにとってこいつは自分の女に手を出した者にしか過ぎないのだ。
「いい加減にとっととくたばれ!」
ランスは4つの腕を全て斬り飛ばすと、そのまま何時もの様に跳躍する。
「ラーンスあたたたたたーーーーーっく!!!」
ランスの一撃はそのまま鎧の巨人の頭から真っ二つにしていく。
「グ、ガ…」
「…そんな」
真っ二つになっていく剣の巨人を見て巴は驚愕の表情を浮かべる。
その剣の巨人の中身はまさに剣そのものだ。
頭から下半身に至るまで全てが剣で構成されていたのだ。
剣の巨人はそのまま無いはずの腕を伸ばす。
その手はランスの剣に向けられており、どこまでもランスの持つ剣に執着している事が分かる。
「見苦しいわよ。いい加減にとっとと消えなさい! グレイトライト!」
そんな剣の巨人に対してスラルは容赦なく光るに魔法を放つ。
「グォォォォォォ…」
スラルの放った光に飲み込まれた剣の巨人―――ボルト・アーレンだったものは消えていく。
「そんなに剣に執着した所で何だっていうのよ。剣は所詮は武器にしか過ぎない。全ては使い手次第なのよ」
どうやらあの時にランスの剣に目をつけたようだが、相手が悪すぎた。
悪魔に魂を売ったところで、それでランスに勝てるという訳では無いのだ。
(…無敵結界を求めた私に言う資格は無いのかもしれないわね。でも…ランスは私とは違う)
スラルの瞳に映るランスの顔には、何時もの様に不敵な笑みが浮かんでいる。
(ランスは使徒への誘惑も魔人への誘惑にも靡かなかった。永遠の命すらもランスにとっては価値が無いもの…そんなランスだから、私はランスを望んだのだから)
自分に無い物をランスに求めたが、ランスは結局は自分の誘いを断った。
今となってはランスが魔人にならなかった事に感謝さえしている。
魔人ではないからこそ、今こうしてランスと旅をしている意味があるのだから。
「って向こうは…」
スラルは自分の感傷を振り切ると、今も戦っているレダと黒部の方に視線を向ける。
レダはランス以上に窮地に立たされており、黒部が加わったとてまだ危ないはずだ。
「どこまでもどこまでも私の邪魔をする…妖怪風情が!」
「ハッ! 悪いが俺はただの妖怪じゃねぇ! 妖怪王黒部様よ!」
フィオリのデビルビームが黒部に当たるが、黒部は全く怯まずにフィオリへと歩を進める。
フィオリの魔法は確実に黒部の体を削り、ダメージを与えているはずなのだが、その黒部は一向にその歩みを止めない。
その様子には流石のフィオリもその顔に苛立ちを浮かべる。
妖怪の魂を悪魔王に捧げる事が出来ないので、妖怪には全く興味が無かった。
なので妖怪の特徴、強さも特に考えた事も無かった。
だからこの妖怪の強さは完全に予想外だ。
こいつは間違いなく、目の前のエンジェルナイトよりも強い。
「まったく…いい加減に消えなさい! 黒色破壊光線!」
フィオリの放った黒色破壊光線が黒部を飲み込みと、そこに残ったのは黒こげになった黒部が立っていたが、直ぐに地面に大きな音を立てて倒れる。
そんな黒部を見て、ようやくフィオリはその唇に笑みを浮かべる。
「これで邪魔者は消えたわよ。あなたにはとっとと消えて貰わないとね…死ね!」
まだ体を癒しきれていないレダ目がけてその手を向ける。
そこには強大な魔力が込められており、今の傷ついたレダでは避けきれない。
フィオリは自分の勝利を確信してその魔法を放とうとし―――その体に強い衝撃を受けて吹き飛ばされる。
「なっ…」
「勝った気になるのもそこまでだぜ」
第参階級魔神であるフィオリはその程度では倒れはしないが、立ち上がった時に見たのは信じられない光景だった。
自分の黒色破壊光線を受けたはずの妖怪が立ち上がっているからだ。
それも殆ど傷が見られない…本当に自分の魔法が直撃したのかも怪しい程だ。
「相変わらずデタラメね…あんたの耐久力は」
「伊達に妖怪王と呼ばれちゃいねえよ」
レダは自分の体にヒーリングをかけると、その体の調子を確かめるように腕を回す。
そして痛みが何処にも無い事に満足したように笑うと、そのままその剣をフィオリに向ける。
「悪魔は狩る。それも第参階級魔神のような存在なら尚更ね」
「下級天使がよく言う…その思い上がりと共に消えなさい」
だがフィオリは今の状況を全く不利とは感じていない。
第参階級魔人とはそれ程の力を持つ悪魔なのだ。
その矜持をもって神の手先であるエンジェルナイトを抹殺する、そう決意したとき、
「グォォォォォォ…」
呻き声と共に一つの大きな気配が消えたことに気づく。
「ボルト!?」
見れば剣の巨人―――悪魔となったボルト・アーレンが光を浴びて消えていく光景がその目に入る。
そしてその目に映るのは、自分の腕を斬り飛ばした忌々しい人間の姿。
「まさかボルトを…リビングソードの集合体となった悪魔をこの短時間で倒した!?」
いくらあの人間が強いとはいえ、これほど早く第七階級魔神を倒すとは流石に予想外過ぎた。
いや、本来はこの空間にこの妖怪と、ポレロ・パタンが授けた剣が入ってくる事自体が想定外なのだ。
しかも今回は前回と違って自分も遊んでいたつもりは無い。
同じ第参階級魔神である月餅の手助けと言うのは嘘偽りの無い事実なのだ。
だが、それでもこうして邪魔が入った。
「…だったらお前達全員を殺せばいいだけの事、死になさい!」
それでもフィオリは自分が負ける等とは全く思っていない。
第参階級魔神の立場は伊達では無いのだ。
それこそ魔人四天王とも渡り合えるのが第参階級魔神という存在なのだ。
「がはははは! 好き勝手してたようだが、それももうここまでだ。大人しく俺様におしおきされるんだな」
ランスは何時ものように下心満載の笑みでフィオリに詰め寄る。
そんなランスをフィオリは冷ややかに見ると、
「いい加減お前の存在は不愉快ね。そのエンジェルナイトと共に消えなさい!」
そのまま敵意をむき出しにしてランスに向かって魔法を放つ。
「うお!?」
「危ない!」
ランスに向かって放たれたデビルビームをスラルがバリアを張って何とか防ぐ。
「ランス! 相手は下手な魔人よりもよっぽど強いわよ! 何時もの調子でやってると死ぬわよ!」
「…フン、俺様にかかれば楽勝だ楽勝」
そう言いつつもランスの額には若干の冷や汗が流れている。
数々の魔物や魔人と戦ってきたランスだからこそ分かる。
今の魔法も、下手をすればランスでも動けなくなるレベルの威力の魔法だ。
それこそ魔人に勝るとも劣らない程の威力を持っているが嫌でも理解できる。
だからこそ、ランスは完全に意識を切り替える。
相手を確実に打ち倒すことに。
「ランス、油断だけは絶対に駄目よ。相手は私よりも遥かに強いんだから」
「言われるまでも無いわ。速攻でぶっ倒す。行くぞ! レダ! 黒部!」
「おうよ!」
ランスの言葉と共に、黒部がフィオリに向かって突っ込む。
「小賢しいわね…あんたはこいつとでも遊んでなさい!」
フィオリがそう言うと、フィオリが生み出した闇の中から一体の魔物…ジャバラの姿が出てくる。
が、そのジャバラは普通のジャバラでは無く、群青色の皮膚をした普通のジャバラよりも2周りほど大きな巨躯を持っている。
あくまでもフィオリの目的はエンジェルナイトのレダであり、ランスはそのおまけにしか過ぎない。
が、今はそのおまけのはずであるランスの方が疎ましい。
「人間…お前もエンジェルナイトと共に死ね!」
妖怪はとりあえずジャバラで抑えておき、その隙にランスとエンジェルナイトを始末するしかない。
ボルトが敗れた事…いや、それよりもこの空間に妖怪とあの人間の剣がやって来たことがそもそもの計算違いだ。
だが、そんな事よりも今は早くエンジェルナイトを始末する…そう思いレダに向けて魔法を放つ。
この世界における魔法は必中であり、何かの障害物に当たらない限り必ず命中するのだが、防ぐことは出来る。
「甘いわよ!」
レダはそれをエンジェルナイトの持つ技能で防ぐ。
勿論無傷ではないが、相手はランスに気を取られている事もあり、威力の高い魔法をレダに向けて放ってはこれない。
「ランス! 行くわよ!」
「それは俺様のセリフだ! 行くぞスラルちゃん!」
ランスの持つ剣が白く光り輝く。
(悪魔には光の魔法が有効のはず。光と闇は少し制御が難しいけど…相手の強さを考えれば躊躇は出来ない!)
光と闇の魔法は流石にランスの剣と合わせるのには苦労するが、相手が相手だけに躊躇う事は死に繋がる。
ここで決着をつけるつもりで、スラルも全力を出す。
「死になさい!」
フィオリが近づいて来るランスにデビルビームを放つ。
魔法は必中、ランスにはそれを避ける事は出来ない。
だが、その魔法がランスに当たる前にレダが張ったバリアによって弾かれる。
それでもその威力はレダの魔法バリアを貫通しランスに当たるが、ランスにはそれに全く怯まずに距離を詰める。
ランスの持つドラゴンの加護は大きな魔法防御力を持ち、一度弾かれた魔法程度ではびくともしない。
「とーーーーーーっ!!!」
「くっ…」
何とかランスに対して魔法を放とうとするも、相手の予想以上の速さに魔法を詠唱している時間は無くなる。
魔法は強力だが、いざ相手に接近された時は脆い。
第参階級魔神であるフィオリならばその程度問題は無いのだが、相手の攻撃は自分の腕すらも容易く切り裂く事を身を持って経験している。
なのでこのまま魔法の詠唱を続けるのは困難と判断して接近戦に切り替える。
金属と金属がぶつかり合う音がして、ランスも少し驚く。
フィオリが持っているのは巨大な鎌だったからだ。
(こいつは…フェリスが持ってるのと似たような鎌だな)
ランスが思い浮かんだのは、自分と契約を結んでいるにも関わらず、自分の呼びかけにも答えない悪魔のフェリスだ。
リーザス解放戦や、リズナと出会った城でフェリスを呼んだ時も巨大な鎌で戦っていた。
「そんなので俺様に勝てると思っとるのか!」
「調子に乗るな! 人間!」
フェリスはその小さな体に不釣り合いな腕力でランスを弾き飛ばす。
その威力には流石のランスも驚いたが、その驚きは一瞬、直ぐに相手に斬りかかる。
「ちっ!」
ランスの動きを見てフィオリは舌打ちをする。
それはフィオリの想像を遥かに超えた動きだからだ。
そしてその一撃は鋭く、早い。
最初の一撃こそ防いだフィオリだが、ランスの剣技の前にどんどんと追い詰められていく。
「こいつは…!」
「がはははは! 貰ったー!」
ランスの剣を受ける腕が痺れて重たくなっていく。
前は不意打ちの形で一撃を受けたが、改めて相手の剣の腕にはフィオリも忌々しそうに唇を噛む。
(実力を読み違えたか…この男、あのエンジェルナイトよりも強い…!)
更にはその体をじわじわと蝕む光の力。
剣と鎌が打ち合うたびに、ランスの剣を纏っている光の魔法の余波がフィオリの体を苦しめる。
「貰った!」
「!」
何とかランスの一撃を防いでいた時、フィオリは自分の脇腹に強い衝撃を感じる。
それは自分に多大なダメージを与えていると自覚させられるほどの一撃。
小さなフィオリの体が吹き飛ばされ、地面を転がるがフィオリは直ぐに立ち上がる。
そして脇腹に感じる痛みに顔を歪める。
「確かにエンジェルナイトの力は全力じゃない。でも、エンジェルナイトが持つ力の悪魔祓いの力までは衰えていないわよ」
レダの言葉にフィオリは舌打ちをする。
甘く見ていた訳では無い、今回は完全に殺すつもりで戦っていた。
だが、結果としては大きな傷を負ったのは自分だ。
「…つくづく予想外ね。全く…忌々しい人間だわ」
フィオリは何よりもレダよりもランスの方が今は疎ましい。
人間の中には下級のエンジェルナイトよりも強い存在が居るのは知っている。
今自分の同僚である月餅が利用している人間も目の前にいるエンジェルナイトよりも強いだろう。
(やはりポレロ・パタン様が与えた剣が厄介か。だがこれだけはどうしようもない…あの剣が人間の手に戻った時点で失敗してたのかもしれないわね)
相手の強さに加えて、さらには三魔子が契約の下に人間に与えた剣が有る。
悪魔の体すらも切り裂く剣に、この人間の腕前が有っては流石に厳しい物がある。
「フン、諦めたか? だったらおしおきタイムといこうか」
ランスはぐふふと笑いながらフィオリに詰め寄ろうとするが、その動きにも隙が無い。
自分が何か不穏な動きをすれば、躊躇いなくこの人間はその剣を振るうだろう。
「…ここまでね。忌々しいけど…今はあいつの目的を達成できた事だけでも良しとするしかないか」
見れば、強化されたジャバラも妖怪の手によって破壊されている。
そうなればフィオリとしても厳しいし、ここで無茶をして死ぬ訳にもいかない。
「何よ! 逃げるつもり!」
「何とでも言いなさい。私もこんな所で死ぬのはゴメンだしね…認めてあげるわよ。この場はあなた達の勝ちよ」
フィオリはそれでも不敵に笑う。
「でも…こんな勝利なんて何も意味は無いのだから」
「負け惜しみを!」
レダの言葉にもフィオリはただ笑うだけで何も答えない。
そしてそのままフィオリの姿が闇へと消えていく。
それと同時に、ランス達の居た空間が歪んでいく。
「これは…」
「元に戻るみたいね」
レダとスラルの言葉にランスは剣を鞘に納める。
カオスと違い、剣を鞘に納めても文句が無いのはランスには有難い。
「あー疲れた」
ランスはそのまま地面に腰を下ろす。
何だかんだ言っても、ランスは剣の巨人との戦いで大分体力を消耗していた。
この場で相手が退いてくれたのはランスにとっても有難かった。
「ったく…お前のせいで俺は帝になり損ねちまったぜ」
黒部もランスの側に腰を下ろすと大きなため息をつく。
「何だと!? 貴様、まさか帝レースを降りたのか!?」
「おう、お前を助けるためにな」
「この阿呆が! 俺様なら絶対に何とかなったに決まってるだろうが!」
ランスが怒りで黒部の頭を殴るが、当然の事ながら黒部はそんな事では動じない。
「まあまあランス。おかげで私達もここに来れたのだから落ち着いて」
「そうですよランスさん。黒部さん達が来なければ私達はどうなっていたか」
スラルと巴の言葉にランスは少しの間何かを考えていたようだが、ついに不貞腐れた様に地面に寝そべる。
「まったく! 俺様が協力してやったのに、帝レースを投げ出すとかとんでもない奴だ!」
「悪かったな。でもまあ俺は後悔なんてしてねえぜ」
そんなランスの様子を見て、巴は笑う。
ランスはそう言ってはいるが、実際にはそれほど怒ってもいないのだろうと感じたからだ。
(素直じゃない人なのね)
まるで子供みたいだが、それもまたこの男の一面なのだろう。
巴から見ても非常に興味深い人間で有る事は間違いない。
「あ…そろそろ戻るのかしら?」
レダがそう言うと、周囲が歪み元いた景色へと戻っていく。
その歪みが収まった時―――ランス達の目の前にあったのは、その身に突き付けられた槍の穂先だった。
「…あん?」
ランス達が元の世界に戻る少し前―――
鬼を対峙すべく先頭を走る石丸の前に、強烈な光が現れる。
「な、何だ!?」
「何がおきた!?」
誰もがその強烈な光を前に困惑する中、石丸にとって聞き覚えのある声が聞こえてくる。
「帝レースは終了した。ここに初代帝の誕生を宣言する。その名は―――藤原石丸なり」
「…何?」
その声に一番困惑を覚えたのは当の本人である藤原石丸だ。
石丸が声の主に何かを言おうとした時、その強烈な光は既に存在しない。
そして石丸の指には、あの時黒部がしていたはずの帝リングが嵌められている。
「帝…?」
「帝…帝だ!」
「石丸様が帝になったぞ!」
配下の者達の言葉を、藤原石丸はどこか心ここに非ずといった感じに聞いていた。
自分の指には確かに三種の神器の残りの一つである帝リングが嵌められている。
そして自分の体から湧き上がる凄まじい力も感じられる…これが帝になったという事なのだろう。
だが、藤原石丸の気持ちは晴れない。
念願の帝になったというのに、達成感が全く感じられないのだ。
「黒部の奴…一体何があったんだ」
何はともあれ、帝レースは藤原石丸の勝利で終わりを告げた。
そしてこれこそが、人類の新たな歴史の始まりの瞬間でもある事はまだ誰も知らない。
大分遅くなりました…
一度大丈夫かなと思ったのですが、今度は別の方面から疑いが発生
本当に厳しいです…