「ランス殿…突然だけど、精鋭を集めるのは無理そうモリ」
「貴様はいきなり何をいっておるのだ」
森盛の言葉にランスは取り敢えず森盛を睨む。
「今の状況では説得が難しいモリよ。幸いにも堀川殿は物わかりが良い武将モリが、ランス殿の策は奇抜すぎるモリよ」
平森盛は軍師の立場にありながらもあまり重用はされていないという現実もある。
帝レースの時に、妖怪王黒部についていたのだから仕方ないと言う面もあり、平森盛自身もそれは理解している。
ましてやその騒動の中心に居たランスならば最早言うまでも無いだろう。
「…その上の奴とやらに会わせろ」
(あ、これもしかたらまずいかもしれない)
ランスの言葉にスラルは少し背筋が寒くなる。
もう長い付き合いなので、ランスがしそうな事は想像がつく。
もし相手がランスの邪魔をするようなら、ランスはその相手を殺してでも事を成し遂げようとするだろう。
ましてや今回は自分…そしてランスの女達の命もかかっている。
女のためならば何でもするのがランスであり、それを止める事は恐らくは誰にも出来ないだろう。
だが、それ以外に出来る事が無いのも事実な訳で、スラルとしても非常に悩ましい事だ。
(…いざとなったらそうするしかないのかなぁ)
それでも自分にランスを止める事は出来ないし、今回は止めるつもりも無い。
それだけの事態が差し迫っているのだから。
「堀川…か」
ただ一人、巴だけが若干嬉しそうな笑みを浮かべていた。
「断じてならん! 今の我々にはそんな戦力を出す余裕はない! それはお前も分かっておろう! 森盛殿!」
この緊急事態故でもあっさりと司令部へと通されたのはいいが、やはり森盛の要求は拒否される。
ただ、森盛自身も無理は無いとは思ってはいた。
ランスの言っている事は無茶苦茶であり、自分でも知らなければそんな意見を通そうとはしないだろう。
だが、ランスを知る自分にとってはこれこそが最善の策であるとも考えている。
今この今日状況を打破するには、常識に囚われない…いや、その常識をぶっ潰す程の力を持つ英雄が必要なのだ。
「………」
(あ、これはまずいかもしれない)
ランスの空気が変わったのを察し、スラルは冷や汗をかく。
ランスは女に関しては全力だが、男に対しては非常に冷たい。
だからこそ今のランスの気持ちが分かる…ランスは明らかに不愉快になっている。
その不愉快さは別に目の前の男達が不愉快なのでは無く、今の現状を理解出ていない連中に対しての苛立ちだ。
(って嘘でしょランス!?)
そしてランスはその左手にを伸ばし―――
「そこまでですよ」
その前に巴がランスの前へと出る。
その際にはきちんとランスの剣の柄に手を当てている。
ここは任せてほしいとの意思表示に、ランスも大人しく柄から手を離す。
「久しぶりですね。堀川」
「そ、その声は…まさか!?」
巴の声を聞いて、一番地位が高そうな武将が思わず立ち上がる。
そして巴は自分の顔を隠していたフードを外し、その顔を露わにする。
「と、巴様!」
「そんな…巴様!?」
他の武将も巴の顔を見て立ち上がる。
「そんな…何故!? 巴様は行方不明となったはず…いえ、その前にその変わらぬ美しさは…」
「老けましたね、堀川。そして皆も」
「と、巴様!」
堀川という名の武将を始め、全ての武将が巴に跪く。
その顔と声は間違いなく、自分達の大将である藤原石丸の親戚である藤原巴に間違い無かった。
「事情は聞いています。それを踏まえて聞きますが…手はあるのですか?」
「それは…」
武将達は答える事が出来ない。
確かにここにはまだ15万の兵はいるが、それでも目の前の魔軍の前にはまさに風前の灯だ。
持ってもあと2週間か3週間…魔人はこちらには来てなくとも、相手の数の前には最早打つ手は無い状態だった。
「では…何も言わずに私に従ってくれますか? 私達がこの状況を打開するには、普通の方法では不可能です」
「むぅ…」
それは巴に言われずとも分かっている事…今の状況は最早自分達だけではどうしようもないという事。
このまま籠城するのはいいが、恐らくは助けは来ないという事も分かってはいるのだ。
「と、いう訳でここはこのランスさんに任せてくれませんか? 彼ならばこの状況に風穴を開けられると思いますから」
「この男…ですか?」
堀川は巴の後ろにいる、まだ若い青年を見る。
「…何処かで見た事があるような」
「ええ。彼こそ、石丸を唯一苦しめてた人ですから」
「石丸様を苦しめた…? ああああああ! 貴様はまさかあの時の異人か!?」
「な、何だと!?」
堀川はランスの姿を思い出し、あんぐりと口を開ける。
それは今から約20年程前、帝レースの際に黒部と共に藤原石丸を苦しめた戦いがあった。
その時の相手の首魁が、今は藤原石丸と共に行動を共にしている妖怪王黒部…そして藤原石丸を何度も苦しめた異人だ。
そしてその異人の名前が…ランスという大陸の若者だった。
「むぅ…あの時消えた異人が何故巴様と共に…いや、それは聞くまい」
堀川はランスと巴を見て覚悟を決める。
今、藤原家は重大な危機を迎えている。
正直、今の状況では戦線は維持できず、全滅するのが関の山だとも思っていた。
「異人よ」
「俺様の名前はランス様だ。覚えておけ」
「分かった…ではランス殿。貴殿にはこの状況を何とか出来る手があるというのか」
堀川の顔は既に武将の顔つきとなっており、その視線はランスを射抜けそうな程に鋭い。
「当たり前だ。俺様をお前達のような凡人と一緒にするな」
「凡人…か」
ランスの言葉に堀川は苦笑する。
あの20年前の戦いは、藤原家が圧倒的に優位な状況から逆に追い込まれる程に戦力を逆転された。
相手の戦術もそうだが、何よりも脅威だったのはこの異人と黒部の力だった。
特にこの異人には何度も煮え湯を飲まされ、一時期はもう負けるのでは無いのかと覚悟をする者も居たほどだ。
「何が必要だ」
「堀川殿…」
堀川の言葉に他の武将が驚く。
「昔の遺恨は無しだ。あれは戦争だったのだからな。それにあの石丸様を苦しめた御仁だぞ。そのような者がいるのであれば心強いではないか」
「…うむ、それもそうだな」
その言葉に皆が頷く。
相手は魔軍…今の状況は過去がどうだのと言っている状況では無い。
人類が力を合わせなければ、人類の存続すら怪しいのだ。
「俺様の要求は強い奴を寄こせ。それで奴等の頭をぶっ潰す」
「奴等の頭を…? どういう事だ?」
ランスの言葉を堀川達は理解出来ない。
それも無理は無いだろう…人類が魔軍に対する対処は、ランスのいたLP期にようやく戦術として機能したと言っても良い。
「魔物兵は魔物将軍が居なければなんにも出来ん。だから雑魚は置いといて魔物将軍をぶっ潰す」
それが魔軍の唯一の弱点と…と言えるかどうかは分からないが、それこそが人類が魔軍に対する対抗策の一つだろう。
それは魔物兵達は、自分達を纏めるリーダーが居なければ統率を維持する事が出来ないのだ。
魔物将軍が死ねばその部隊は既に烏合の衆と化し、戦線は総崩れになる。
強い物がいなければ纏まる事が出来ないのが魔軍なのだ。
「魔物将軍ですか…」
ここに居る者は魔物将軍の事をあまり知らない。
この戦いが人類軍と魔軍の最初の戦いとも言われ、その結果は無残にも負けたとLP期にも記録が残っている。
それは、人類が魔軍の事を知らなかった事、そして魔人のあまりの強さの前には無力だった事もあるのかもしれない。
「そうだ。でかくて腹の中に当たりを入れている黄色い奴だ。そいつをぶっ殺せばいい」
「そのためには普通の兵じゃ駄目モリよ。精鋭を集めての一点突破。それ以外に方法は無いモリよ。そしてランス殿ならそれを出来る力があるモリよ」
森盛の言葉に堀川は頷く。
あの黒部と異人に仕えて、藤原家を苦しめた名うての軍師である平森盛が言うのであれば間違いはないだろう。
そして自分達は最早この異人に頼るしか方法は無いのだ。
昔に自分達の大将を苦しめる程の力を持った、この異人を。
「森盛よ。そなたに人選を任せる。ランス殿と共にいたそなたならば我らよりも良いだろう」
「任されたモリよ」
堀川の言葉に森盛の顔には強い意志が宿る。
(もう一度…ランス殿の下で働けるモリよ)
藤原石丸も凄い人間だが、平森盛のとしてはランスと黒部と共に居た時の方が刺激的だった。
その時が一番平森盛として思う存分悩み、苦しみ、そして充実していた時期かもしれない。
「ランス殿! 支援は森盛に任せるモリよ! だから…戦いはランス殿に任せるモリよ!」
「男が俺様に近づくな。それよりもとっととしろよ。時間は無いぞ」
今の状況はゼスやJAPANの時よりもまずいのはランスも分かっている。
魔人はあの時よりも少ないが、魔物将軍の数はあの時よりも多い。
時間が経てば経つほど不利になる…その前に何としても魔物将軍の数は減らす必要がある。
(全く。何がどうなっとるんだ)
魔人ザビエルの事もそうだが、何よりも今はこの大量の魔軍の事だ。
ランスは己の疑問は置いておき、魔軍への対処を優先する。
即ち、ランスは割と本気で動く事を決めたという事だった。
「と、いう訳でお前等は俺様の部下となり、魔物将軍をぶっ潰す! …と言いたいのだが」
「任せて下さい! ランスさん!」
「…やります」
ランスは集まったメンバーを見て何とも言えない気持ちになる。
「…まさか女が少ないとかこの期に及んでそんな事を考えたりしてないでしょうね」
スラルよりも付き合いの長いレダが半眼でランスを睨む。
平森盛が選んだ20人の精鋭に加え、ランス、レダ、スラル、エルシール、大まおーを加えた25人(?)。
「ランスさん…流石に今の状況でそんな事は…」
エルシールもランスが少し不機嫌になっているのが分かる。
それも女が少ないから、という理由なのは明らかだ。
「ランス…あなた、こんな状況でも女なのね。筋金入りね」
「まーおー!」
スラルもランスの態度を見て呆れるよりも感心してしまう。
「でも…ほのかもこっちに居たのね」
スラルは嬉しそうにほのか…黒部達と共に戦った時に居た忍者を見て笑う。
「…私としては、あなた方が全く年を取っていない事が不思議ですけど」
ほのかもあれから20年程経過し、年を取っているがその美しさは全く変わらない。
「あ、でもランスさんは30を超えたらハーレム卒業なんですよね。あーよかったわたしはこれでそつぎょうですねー」
「むぐぐ…」
ほのかは完全に棒読み口調でランスを煽る。
それは昔からランスが言っていた言葉、『30を超えたら俺様のハーレムは卒業だ』という一言。
今目の前にいる女性、ほのかは30を越しているようには見えないし、隣に居る与一もランスから見れば十分に許容範囲内だ。
「だー! そんなのは関係有るか! 俺様が認めればそれでいいのだ!」
そう言って二人に飛び掛ろうとした時、ランスの襟首をレダが掴む。
「ぐえっ! 何をする! レダ!」
「今はそんな事をしてる場合じゃ無いでしょ」
「ぐぬぬ…分かっておるわ! お前ら! 魔物将軍をぶっ殺しに行くぞ! 俺様について来い!」
「「「おう!!!」」」
ここに居る者達にも皆戦う理由が有る。
中には家族を奪われた者、家族を守る者、名を上げたい者等沢山だ。
だが、その思いは一つ、魔物に負けるわけにはいかないという人間にとっては当然の感情だ。
「…所で巴さんはこちらに居ていいんですか?」
「ええ。私は石丸みたいに指揮なんて出来ないですし。こちらで皆と一緒に戦った方がいいでしょう?」
エルシールの言葉に巴は自分用に用意された薙刀を振るう。
その姿はかなり様になっており、巴の強さを誇示していた。
「いいの? ランス」
「まあ姫とかにも色々あるからな。巴なら足手纏いにはならんだろ」
ランスも巴の実力は知っているため、ついて来る事は構わないと判断する。
何よりも、自分の側に居る方が安全だ。
「よし、行くぞ」
ランス達が行動を始めて数時間経過したが、意外にも魔軍と出会う事は無い。
「中々会わないわね」
魔物将軍はおろか、魔物兵にすら遭遇していない。
「ねえほのか。魔軍って何時もこんな感じなの?」
「ここ最近はそうですね。最初の頃は本当に酷くて…それこそ止めようがありませんでした」
レダの質問に、ほのかは最初の魔軍との接触を思い出し顔を青くする。
彼女もまた藤原石丸へと降伏してその配下に加わる事を選んだ。
これまで藤原石丸を見ていてが、確かに彼は紛れも無く英雄と呼べる存在だ。
女好きな面もあるし、現実に何人もの側室を囲っているが、それでも為政者としても優秀だと言っても良かった。
勿論石丸をサポートする配下と、その知恵袋と言われる月餅の力があってこそだが、それらを集めた藤原石丸の手腕と言っても問題は無いだろう。
為政者としてはランスとは比べものにならない程に優秀と言ってもいいだろう。
まあそれもランスが政治等には全く興味を示さないという所もあるのだが。
そしてこの20年程の時間で、藤原石丸は大陸の半分を手中に収め、後は北にいる魔王領…という所で魔軍が攻めてきた。
その力は圧倒的で、200万の軍勢を誇った藤原家でも歯が立たなかった。
自分や与一、平森盛は本体と引き離されJAPANから北の方へと逃げる以外に無かった。
「魔軍の矛先は本隊である藤原石丸に向いているみたいですから。最悪こちらは放置しても良いと判断されているのかもしれません」
「ふーん。それで出てきている魔人は何体だ」
「魔人は…1体です。魔人ザビエルただ一人です」
「あいつだけか…」
ランスは魔人ザビエルの名が出て来た事に唇を歪める。
ランスにとっても忘れられない魔人であり、自分の友と認めた男である織田信長の体を乗っ取った魔人。
その強さ、残酷さ、そして魔人にしては異常に用心深い所は本当に厄介だった。
「1体だけ…か。でも人類に無敵結界を破る手段は無いものね」
スラルの言葉にほのかと与一の顔が暗くなる。
無敵結界…その力は圧倒的であり、早雲の術も黒部の牙も、そして藤原石丸の剣すらも魔人には通用しなかった。
それは人類に絶望を感じさせ、士気を維持する事が出来なくなるのも無理は無かった。
「堀川殿は何とか本体と合流したいと考えてるみたいだけど…それすらも難しい状況ですからね」
「あくまでも目標は藤原石丸…という事ですか」
与一の言葉にエルシールも苦い顔をする。
「まあそんな先の事はどうでもいい。今はまずは魔物将軍をぶっ殺す事だけを考えろ」
「そうね。何にせよまずは目の前の事を片付ける必要があるわね」
ランスの言葉にレダは頷くと、その人間離れした視力で何かを見つける。
「ねえランス。あそこに人影が見えるけど」
「何だと? …何にも見えんぞ」
「ああそっか。人間じゃあ見えないわよね。見た感じ…何か普通の魔物兵よりも凄い細いんだけど」
魔物兵は大体はずんぐりむっくりな体型をしている。
勿論その力は人間を上回っており、油断などは出来るものでは無い。
だが、レダの視界にいる奴等はその魔物兵には当てはまらず、非常に細身だ。
「…アレは偵察の魔物兵ですね」
ほのかも忍の視力で相手を確認する。
アレは確かに偵察を主な仕事とする魔物兵だ。
「数はどれくらいだ」
「…おおよそ50といったところでしょうか」
「50…か。で、ほのか。そいつらはこちらに向かって来てるのかしら?」
「ええ。何事も無ければこちらに近づいて来るでしょう」
「成程ね…ランス」
スラルの言葉にランスは何時もの様に笑う。
「フン、馬鹿な魔物共に俺様の力を見せつける時が来たか。よしお前等。奴等が近づいて来たら一気に奇襲をかけるぞ」
「「「はい!」」」
ランスの言葉に皆が頷く。
ようやく始まる本格的な魔軍との戦いに、ランスとレダとスラル、そして大まおーを除く皆が緊張する。
「ほのか。タイミングはお前に任せてやる」
「分かりました。…3、2、1、今です!」
「行くぞお前等! 一体たりとも逃がすなよ!」
「「「おう!!!」」」
偵察型魔物兵は今日も今日とて偵察の任務についていた。
勿論偵察も立派な任務ではあるが、こうも何も無い状態が続くとどうしてもだれてきてしまう。
「あー…本隊はいいよな。今頃は思う存分殺しを楽しんでるんだろうなあ」
「言うなよ。それに本隊も意外と大変だって話だぞ。人間で楽しんでいる奴はあんまりいないって話だぜ?」
「あ、それ俺も聞いた事があるぜ。何でもザビエル様が余計な事は許さんって感じらしいよな」
「正直俺はザビエル様の下じゃなくて良かったって思ってるぜ。あの方はおっかなすぎるしな…」
魔人ザビエル…魔人四天王にして、魔王ナイチサからも信頼を得ており、今回の藤原石丸の討伐を任されていたが、いかんせん傲慢すぎて人望が無い。
魔王の命令を至上としており、今回も人間をいたぶって殺す事よりも藤原石丸の討伐を優先している。
よって人間を嬲って楽しみたい魔物兵からはすこぶる評判が悪い。
「その点俺はこっちで良かったぜ。バートリー様も気楽に人間を殺してるって話だしな」
「それもそうだな。俺達も上手くやればおこぼれが貰えるかもしれないな」
「はっはっは!」
偵察魔物兵達は既にこの戦いが勝ち戦になっていると信じて疑わない。
確かに一部の魔物兵は討ち取られてはいるが、それは本隊の話だ。
このまえ魔物将軍の一体が討ち取られたが、魔物将軍はまだ何体もいるので何の不安も無い…はずだった。
「死ねーーーーーっ!!!」
「は…?」
突如として聞こえてきた声に、魔物兵達は全く対応することが出来なかった。
偵察魔物兵の首が飛び、まるで爆風でも浴びたように手足が千切れて飛んで来るのを、同じ偵察魔物兵はただ呆然と見ているしかなかった。
「スノーレーザー!」
そして呆然としているしかなった魔物兵達にスノーレーザーが放たれ、魔物兵達を氷付けにしていく。
「今だ! やれ!」
人間の声にようやく偵察魔物兵達は正気を取り戻し―――そして瞬く間に人間達によって倒されていく。
元より碌な装備も無い偵察魔物兵達はあっという間に全滅する。
誰一人生存することなく、一瞬の不意打ちで全滅させられたのだ。
「まあこんなものか」
事も無げに笑うランスを見て、ランスについてきた兵士達は勝利の興奮と驚きが混ざったような顔でランスを見る。
「やったぞ…」
「魔物兵を相手に誰一人で犠牲を出す事無く倒したぞ」
「まあランスさんなら当然ですよ」
与一は久々に見るランスの戦いぶりを見て、全く変わっていない事に安堵する。
何しろこの世界は怠けていれば直ぐにレベルが下がってしまう。
与一もランスと共に戦っていたときは限界レベル近くまでレベルが上がっていたが、少し平和が続いただけでレベルがまた下がってしまった。
魔軍との戦いで何とかレベルが上がったが、それでも以前のレベルにはまだ及ばない。
「ランス。こいつらは所詮は偵察部隊よ」
「フン、それくらい分かっとるわ。おい、大まおー」
「まーおー!」
ランスの声に、大まおーが一体の生き残った偵察魔物兵を引き摺って来る。
それはランスの命令によって殺されなかった魔物兵ではあるが、その四肢は既にボロボロであり、最早動くこともままならないだろう。
「おいお前! お前の部隊の魔物将軍は何処にいる」
ランスは魔物兵に剣を突きつける。
その剣が一振りされるだけで魔物兵の命は尽きるだろう。
だからこそその魔物兵は―――
「お、教えます! だ、だから命だけは…」
あっさりと命乞いをする事を選んだ。
殆どの魔物兵には忠誠心など存在しない。
中には忠義を尽くす魔物もいるが、そんなのは魔物の中でもほんの一握りだ。
何しろ魔物とは…覚醒した魔王にも反旗を翻す者もいるのだから。
「ならば教えろ。大人しく話せばレダがその傷を治してやるぞ」
ランスの言葉にレダがその手に回復魔法の光を宿らせる。
それを見て魔物兵は喋り始める。
「ま、魔物将軍は人間狩りに出ています! 魔物大将軍のバートリー様が人間の血を飲んだり浴びたりするのが好きで…」
「なんだそりゃ。相変わらず魔物の考えることは分からんな。で、何処に向かっている」
「あ、あっちの方です」
魔物兵が指を指した方向を見るが、流石にここからはまだ何も見えない。
「で、嘘は無いでしょうね」
「あ、ありません! だ、だから命だけは…」
レダの言葉に魔物兵は土下座をしそうな勢いで首を縦に振る。
「まあいいだろ。じゃあレダ、やってやれ」
「…まあいいけど」
ランスの言葉を聞いて、レダが魔物兵を回復させる。
「お…おお! た、助かった!」
そのまま魔物兵は逃げだして―――与一の放った矢に頭を貫かれて絶命する。
「ランスさん。あの魔物兵が言った事は本当だと思いますか?」
「あの状況で魔物に嘘を言う知恵が有る訳ないだろ。という事で行くぞお前ら」
「「「はい!!!」」」
ランスはあの魔物兵が指を指した方に向かって進軍を開始する。
時には魔物兵の集団を回避し、見つからないように進んでいく。
そしてランス達はついに見つける。
あの魔物兵が言ったとおり、逃げ遅れた人間達を捕らえている魔物兵の姿を捉える。
「居ましたね」
ランス達は相手の方からは見えない場所である丘の上から魔物兵達を見る。
「うむ…しかし数が多いな」
ランスの言うとおり、魔物兵の数はランスが思った以上に多い。
「人間狩りとか言ってたし、それなりの数を揃えてたみたいね。でもこの状況だと流石に辛いわよ。間違いなくあの人間達が巻き込まれる」
スラルとランスの必殺技で相手を一気に倒すという手段もあるが、それをすれば間違いなくあの捕らわれた人間がランスの一撃で死んでしまう。
「助けたいですが…難しいですね」
与一も難しい顔をする。
これが軍事行動をしている部隊であれば突っ込むのも一つの手かもしれないが、この人数ではそれが難しい。
魔物将軍を打ち倒すだけなら何とかなるかもしれないが、それ以上の事は流石に出来ないだろう。
「むむむ…しかしここで見つけた魔物将軍を逃すわけにもいかんぞ」
魔物将軍は本来は軍の後ろに引きこもるのが常だ。
稀に前線に赴いて戦う魔物将軍もいるが、そんなのは本当に一握りしか居ない。
ランスがどうするべきか悩んでいる時、
「人間も大変ね。助けながら戦う事をえらばなきゃいけないなんて」
「私は別にどうでもいいけどね」
「うおっ!?」
突如として聞こえた声にランスは思わず剣を抜いてその声の主に突きつけようとして、その動きが止まる。
「あなたが…ランス君かしら? 私は…」
「おお! お前はベゼルアイではないか!」
「…え?」
その声の主は、ランスが探していた聖女の子モンスターの一人であり、ランスやシィル達と共にホルスの戦艦へと向かったベゼルアイであった。