ランス再び   作:メケネコ

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魔軍戦②

 べゼルアイとハウセスナースがランス達と出会う少し前―――

「で、あなたの所にも来たの? ハウセスナース」

「どうやらそうみたいね。ベゼルアイ」

 聖女の子モンスターであり、神でもある二人は久しぶりに顔を合わせる。

 彼女達の役割は新種のモンスターを生み出す事であり、それはどんな存在が相手でも繁殖が可能である。

 そして彼女達が生んだ子供達こそが今現在にいるモンスターなのである。

「ウェンリーナーとセラクロラスまでは来てないか」

「じゃあ最初から私達だけなんでしょ。アレほど上から私達に直接命令が来るなんて初めてだしね」

「それにしても妙な話よね。まさか私達に人間の味方をしろだなんて」

 聖女の子モンスターは名前こそモンスターとついているが、実際にはモンスターの味方という訳では無い。

 だからと言って人間の味方という訳でも無く、今回の人間とモンスターの間の戦争も聖女の子モンスターには全く興味のない事だった。

 どちらが勝とうがどっちでも良い…というよりも、魔王が存在している限りは人間は絶対に勝つ事など出来ないのだから。

 だからこそ、自分達にモンスターを増やす事を命令したプランナーがそんな命令を下すとは正直信じられなかった。

「で、ランスって人間は何処にいるのよ」

「それは聞いてるからすぐ分かるわよ。それに、エンジェルナイトが側に居るみたいだし」

「エンジェルナイトが? 一体何が起きてるっていうのよ」

 ベゼルアイの言葉にはハウセスナースも驚く。

 エンジェルナイトは自分達とは階級も役割も違うが、基本的には自分達とは違いあまり地上に干渉しない。

 悪魔が動くときには動くが、それでも秘密裏に動くのであり、人間と接する事などそう無いだろう。

 そのエンジェルナイトが人間と共にいるというは、ハウセスナースには信じられなかった。

「でもなんで急にこんな事になったのか…アンタには分かる? ベー」

「ベーっていうのはやめなさい、ハウ。どんな理由があろうが、私達のする事は変わらないでしょ」

「まあそうだけどね」

 神である二人も自分より上の階級の神の命令には逆らえない。

 別に逆らう気も無いが、今回の事には謎が多い。

 人間に手助けするだけでなく、個別の名前が出された人間を助けるように言われるなど不可思議この上ない。

「で、どっちの方に居るのよ」

「…なんでハウは知らないのよ」

 おおよその位置は聞いているはずなのに、何故ハウセスナースは覚えていないのか、それがとても不思議だ。

「その時ね…プランナー様が発する光に惚れちゃって…でも直ぐに消えちゃったの…また振られた~~~!!!」

「はいはい、そういうのはもういいから。こっちよこっち」

「慰めてよべー!」

 ベゼルアイは泣き叫ぶハウセスナースの手を引き…いや、引きずる形でハウセスナースを連れて歩く。

 ハウセスナースもハウセスナースで、そんな自分の待遇に文句を言う事も無く泣き続けている。

 その時、複数の魔物兵がベゼルアイとハウセスナースの前に現れる。

「あ、あの…べ、ベゼルアイ様とハウセスナース様ですか!?」

「ん? そうだけど?」

「おおおおおおお! 俺初めてベゼルアイ様とハウセスナース様を見たぞ!」

「こ、光栄です! 俺の子を産んでください!」

「何言ってんだ! ここは当然俺だろうが! この俺の子を産んでください!」

 魔物兵達は聖女の子モンスターを見て、次々に自分の子を産んでくれるように頼んでくる。

 中には土下座までする者もおり、それだけ聖女の子モンスターが子を産むという事が大事なのだという事が分かる。

「残念だけどね、私達は今子供を産めないのよ。見ればわかるでしょ?」

「…確かに、子供みたいだ」

「何て事だ…折角目の前にベゼルアイ様とハウセスナース様が居るのに子供が産めないなんて…」

「お、俺はその見た目の方が…」

 ベゼルアイとハウセスナースの子供のような姿を見て、魔物兵達はしょんぼりと肩を落とす。

 中には危ない発言をしている奴もいるが、大抵は自分達が子供を産める状態では無いと知ると大人しく引き下がってくれる。

「も、もう辛抱たまらないんだな! ベ、ベゼルアイ様ー!」

 だが中にはこういった危ない思考を持った魔物もいるが、

「えい」

「ぎゃーーーーー…」

 ベゼルアイが無造作に放ったパンチを受けて、放物線を描いて飛んでいく。

 そしてグシャ! という音がここまで聞こえてきたような気がして、他の魔物兵達は思わず背筋が凍る。

 聖女の子モンスターであり、力のベゼルアイと呼ばれる理由が理解出来たからだ。

「じゃあ私達は行くから」

「は、はい。どうかお気をつけて…」

 ベゼルアイはそのままハウセスナースを引きずりながら歩いていく。

 ハウセスナースはハウセスナースで、まるで自分達など眼中にないかのように泣いている。

 その光景を見て、魔物兵達は今更ながら聖女の子モンスターという存在に感心してしまう。

「もったいなかったな…」

「仕方ないさ。今は繁殖できないってベゼルアイ様が言ったんだから」

「ううう…ハウセスナース様ぁ…」

 悔しがる魔物兵達を余所に、聖女の子モンスターは目的の人物を探すべく、歩いて行った。

 

 

 

 そしてベゼルアイとハウセスナースが目的の人物である、エンジェルナイトを連れていた人間に出会った時にいきなり自分の名前を呼ばれた事は流石のベゼルアイも驚いた。

 相手は間違いなく自分とは初対面であるにも関わらず、自分の事をベゼルアイと呼んだ。

「ベゼルアイ! それよりもシィルとかなみやサテラはどうした!」

 自分の体を揺さぶる人間をチョップで制圧する。

 ベコッと大きな音を立てて、男が崩れ落ちる。

「いきなり何をしやがる!」

「それはこっちのセリフ。それとさっきの名前は全部聞き覚えの無い名前だけど。それに私とあなたは初対面よね」

「何だと!?」

 ランスはベゼルアイの言葉には流石に驚きに目を見開く。

 何しろベゼルアイはホルスの戦艦で一緒に戦った仲間であり、シィルやかなみ、サテラとレダといったメンバーで攻略していたはずだ。

「ちょっとランス」

 レダはここでランスの耳に口を寄せる。

「このベゼルアイは私達の事を知らないわよ。カミーラの時と一緒」

「何だと? いや、それなら確かに説明はつくが…」

 レダの言葉でランスは取り敢えずは納得をするが、レダは内心安堵のため息をつく。

(流石にこの状況を私から説明する訳にはいかないものね。でも何で聖女の子モンスター…いや、神がランスの所へ?)

 レダはレダで別に意味でベゼルアイ…そしてそのベゼルアイの後ろに居る聖女の子モンスター、ハウセスナースの存在に驚いてる。

 過去に飛ばされる前は確かにベゼルアイと遭遇したが、その遭遇は偶然のものであり、ランスが意図したものでは無い。

 しかし今回は違う。

 何しろベゼルアイの方からランスを探してきたような感じさえする。

 同じ神の眷属として、下級天使であるレダ…レダ0774は混乱していた。

「それはそうと…あなたがランス君?」

「うーむ…その言葉だけなら間違いなくベゼルアイだな。そして後ろのちんちくりんは一体何だ」

「ち、ちんちくりん!? この人間、聖女の子モンスターである地のハウセスナースに向かってなんて口を…」

「何!? ハウセスナースだと!?」

 ランスはその名前を聞いて驚く。

 ハウセスナースと言えば、ランスが目的としていた聖女の子モンスターの一人だ。

 これでウェンリーナー、ベゼルアイ、セラクロラス、ハウセスナースと出会ったという奇跡をランスは経験しているのだが…

「………いや、やっぱりちんまいな。これではセックスも出来んではないか」

「何この人間…やっぱり私帰るわ」

 ハウセスナースはやっぱり帰ろうと思い立ち、くるりとその場を振り向いた時、

「まお?」

「…ハッ!」

 突如として聞こえてきた可愛らしくも愛らしい声を聞いて、思わずその声の主を探してしまう。

 そしてそこに居たのは、ピンク色の体をして、黒いマントを羽織り、大きな鎌を持ったへんてこな物体だった。

「まお。まーおー!」

「まあ大まおーさんって言うんですね! 結婚してください!」

「ま、まお!?」

「…は?」

 突然の言葉にランス達…そして大まおーですらも驚愕の声を出す。

「…こ、これがハウセスナース…なのよね、本当に」

 スラルは初めて見る聖女の子モンスター2体を前に、思わず呆然と声を漏らしてしまう。

(…なんか違う。セラクロラスもそうだけど…いや、力のベゼルアイは何となく想像通りだけど、ハウセスナースが全然イメージと違う)

「またなのハウ。いい加減にその惚れっぽい所治しなさいよ。今回は勝手が違うんだから」

 ベゼルアイは惚れっぽい…それこそ無機物だろうが何だろうが惚れてしまうハウセスナースに呆れた声を出す。

 どうせ後で酷い目に合うのに全く懲りない同僚にはベゼルアイも頭が痛くなる…ような気がする。

「で、聖女の子モンスターが…何をしに来たの?」

 レダの顔には若干の不審さと警戒心がある。

 これまで自分達には神…それこそ人類管理局である女神ALICEですらランスには干渉してこなかった。

 唯一魂管理局のクエルプランはランスのレベル神として接しているが、逆に言えばレベル神以上の干渉はしてこない。

 破壊神であり2級神のラ・バスワルドとは接触はしたが、こちらは完全なイレギュラーであったと言えるだろう。

 しかし今回の遭遇は違う…あの時ホルスの戦艦で出会ったような偶然では無く、何らかの意図を感じさせる。

「あなたがそうなのね…まあそんな気にしなくてもいいわよ。今回私達はその人間…ランス君に力を貸してあげようと思ってるだけだから」

 ベゼルアイはレダの言葉を察したのか、レダの耳元で囁く。

 彼女が間違いなく、特別な任務についているエンジェルナイトなのだろう。

 その力は今は発揮できていないようだが、同じ神の眷属である聖女の子モンスターには分かる。

 その言葉を聞いてレダは少し怪訝な表情を浮かべるが、地上で動く事を命じられている聖女の子モンスターならば万が一も無いだろうと納得する。

 それに、この世界ではないが、ベゼルアイとは少しの間共に戦った事もある仲だ。

 彼女は信用に値する存在だろう…もう一体の大まおーに頬ずりしているハウセスナースは分からないが。

「とにかくだ。力を貸せベゼルアイ。今はお前の力が必要なのだ」

 ランスは細かい事は取り敢えず置いといて、ベゼルアイを誘う。

 ベゼルアイの力は良く知っており、その力は人の力を引き上げる力を持つ。

 ランスもその恩恵を感じた事も有り、シィルやかなみですらもその力を大きく上げたのを覚えている。

「当然のように言うのね…まあ私は全然構わないけど。あなたもよね、ハウ」

「大まおーさん! 私と逃避行をしましょ!」

「まーおー!」

 大まおーに引っ付いたまま離れないハウセスナースを見て、ベゼルアイはため息をついてその頭部に一撃を叩き込もうとする。

 が、それを止めたのはランスだ。

「おいお前、いい加減離れろ」

「ちょっと何するのよ! 私と大まおーさんの仲を引き裂くつもり!? 埋めるわよ!」

「ハウ。ちょっと黙りなさい」

「ふぎゃ!」

 ゴンッ! と大きな音を立ててベゼルアイの拳がハウセスナースの頭部に突き刺さる。

 ハウセスナースは頭を押さえて涙目になりながら蹲る。

「…アレが本当に聖女の子モンスターのハウセスナースなのか」

「そうよ。アレが大地のハウセスナース」

「うーむ…」

 ランスは自分の想像と違うハウセスナースを見て唸る。

 甘えん坊のウェンリーナー、しっかり者のベゼルアイ、意味不明のセラクロラスと来て、最後に出会ったのハウセスナースが色ボケ(ランス視点)だとは思わなかった。

 が、ランスとしてはこの性格はある意味扱いやすいと感じたようで、その顔には非常に悪い笑みが浮かんでいる。

(これは好都合だぞ)

(あ、ランスが凄い悪い笑い方をしてる…)

 そんなランスの顔を見てスラルは少し嫌な予感はするが、同時に何をするのかが楽しみだという一面もある。

「おいまおー。お前、あいつを言いくるめろ」

「まお!?」

「あの手の女は無条件でこっちの願いを聞いてくれるタイプだ。まずは友達からとか何とか言って、あいつをその気にさせろ」

「まーおー」

(うわー…)

 ランスの言葉にスラルもドン引きしてしまうが、今の状況は選好みをしている状態では無いのでとりあえず黙っておく。

「…ある意味ハウの性格を最も理解しているのかもね」

 ベゼルアイは聞こえてきたランス達の会話を聞いて、ハウセスナースもとんでもない人間と関わることになったと有る意味同情するが、これも惚れっぽい性格をしている彼女が悪いと思い何も言わない。

 それにどっちにしても自分もハウセスナースもこの人間を手助けするために派遣されてのだ。

 結局の所、ハウセスナースもこの人間を助けるしかないし、むしろこの事でやる気が起きるのであればそれはそれでいいかなとも考えていた。

「まお!」

 ランスの言葉を理解したのか、大まおーは頭を押さえて泣いているハウセスナースへと近づく。

「まーおー!」

「びえーん! 大まおーさーん!」

「まーおー! まお!」

「え…そんな大まおーさん…」

「まお! まお! まーおー!」

「…うん! 分かったわ! 私大まおーさんのためならなんでもしちゃう! 感謝しなさい人間! 大まおーさんの頼みだから仕方なく力をかしてあげるわよ」

 大まおーの言葉(?)にハウセスナースの機嫌が直ったのか、こちらに笑顔すら向けている。

「…あれ、本当に大丈夫なのですか?」

「私の中の聖女の子モンスターのイメージが崩れていく…」

 巴の言葉にスラルも難しい顔で腕を組みながらため息をつく。

「で、ランス君。私達も手を貸してあげるけど、どうするの?」

「その前に少し待て。ハウセスナースは何が出来る」

「地のハウセスナースと言われるとおり、大地に関することは何でも出来るんじゃないかしら? 少し前は恋人と見なした土を相手に迷宮作ってたくらいだし」

「…土が恋人」

 ハウセスナースのとんでもない力よりも、土を恋人と見なすハウセスナースの感覚にスラルは別の意味で頭が痛くなる。

(これ…扱い方を間違えたらとんでもない爆弾じゃない)

 同時に別の意味でも頭が痛くなるが、今はそれを有効活用しなければランスが生き残ることは難しい。

「うーむ…どちらにしてもまずは奴等だな」

 ランスはベゼルアイの説明を聞いてもいまいちピンと来ないようで、目の前の魔軍のほうに意識を集中させる。

 魔軍は相変わらず人間を捕獲しており、殺すつもりは無いようだった。

「人間を捕らえてるという事は殺すつもりは無いという事でしょうか?」

「男は殺して女は犯すのがあいつらだからな。まあどの道ろくな事にはならんだろ」

「…ランスと同じじゃない」

「やかましい」

 ランス達はしばらく相手を観察していたが、どうやら魔軍は全ての人間を檻の中に入れ終えたようだ。

「…よし、とりあえず奴等をぶっ潰しに行くか」

「ぶっ潰すって簡単に言うけど、何か宛はあるの?」

「奴等は人間を捕らえるのが目的みたいだからな。囮を出す。まあ魔物将軍なんて意外と単純だから引っかかるだろ」

「囮って…」

 その言葉にレダは少し嫌な予感がする。

「まあ当然お前だな」

「それは分かったけど…私一人?」

「後は与一だな。それで奴らの気を引いて、魔物将軍が追ってくれば俺様が殺す。追って来なければ手薄になった所を俺様が殺す。うむ、単純だな」

「本当に単純な作戦よね。それに乗ってくるなら奴らも相当だけど」

 レダは不満気な顔をするが、生憎とレダにはこれ以上の作戦は思いつかない。

 良くも悪くも普通のエンジェルナイトである彼女には、人の言う作戦というものが分からないのだ。

 何しろエンジェルナイトや神にはそんな事を考える必要が無いからだ。

「エルシール、ベゼルアイ。お前達は魔物将軍がレダ達を追っていったら部隊を率いて奴等を回収しろ」

「分かりました」

「別に構わないわよ」

 エルシールの統率能力はJAPNAでの戦いでも証明されている。

 そこにベゼルアイの力があれば負けることは無いだろう。

「まーおー!」

「お前はどっちにしてもレダの所だ」

「まお!」

 大まおーは魔物将軍がどう動くにしろ、レダのサポートに回す。

 ランスは口にしないが、大まおーの強さと有用性は認めている。

 それこそリックやパットン並に役に立つと思っている。

 いや、もしかしなくともその二人よりも有る意味優れているとさえ思っている。

「じゃあ私は大まおーさんについてくから。嫌とは言わせないわよ」

「好きにしろ」

 ハウセスナースはその力がいまいち分からないため、とりあえず好きにさせる。

「よーし、お前ら行って来い」

 こうしてランス達の魔物将軍撃退戦が始まった。

 

 

 

「ぐわはははは! 大分捕らえられたようだな!」

「そうですね。これだけ集めればバートリー様もお喜びになるでしょう」

 魔物将軍ラマサイは檻に囚われた人間を前に高らかと笑っている。

 いや、魔物将軍だけでなくその配下の魔物達もその顔に有るのは喜びだ。

 反対に、囚われている人間からは既に諦めと悲壮感しか伝わってこない。

 人間が魔物に囚われればどなるか…それはこれまでの戦いで嫌というほど思い知らされてきたのだ。

「しかし俺達は運がいい…バートリー大将軍の部下なのは運が良かったな」

「後は皆ザビエル様の下ですからね…殺戮は出来るでしょうが、楽しめるかと思えばそうでも無いでしょうからね」

 魔人ザビエルは魔王ナイチサの命令を第一に行動しており、人間の殺戮はしても人間で楽しんではいない。

 それをするのは、まずは目的である藤原石丸の排除が先だからだ。

「まあ我等はおかげで人間共で楽しめる訳だ」

 魔物大将軍バートリーへと下された命令は、分断された藤原石丸の部隊を合流させないことだ。

 逆に言えば、合流させなければ何をしても良いという事に他ならない。

 魔物大将軍バートリーもそれをいい事に自分の趣味に没頭している。

 そしてそれをするだけの余裕が今の魔軍にはあるのだ。

 既にこの戦は勝ち戦であり、後は人間共を好きに蹂躙するだけ…言わばボーナスゲームのような状態だ。

 なので魔物達は完全に気が抜けていたのかもしれない。

「グハッ!」

 そこに突如として飛んで来た矢が魔物兵の一体の頭を貫く。

「て、敵襲だ!」

 直ぐに側にいた魔物隊長が周囲の魔物と共に魔物将軍を守る。

 魔物将軍がいなければ、いくら数がいようとも烏合の衆にしか過ぎないのだ。

「あそこです! そこに人間がいます!」

 一人の魔物兵が指を指した方向には、弓を構えた人間ともう一人の人間がこちらを見ていた。

 そして再び放たれた矢が別の魔物兵の頭部を貫く。

 かなりの距離が有るにもかかわらず、正確に魔物兵の頭に矢が突き刺さっていく。

「人間の女か…捕らえろ!」

「はっ!」

 魔物将軍の言葉に魔物隊長を含めた魔物兵達が殺到する。

 彼らの役目は人間の捕獲であり、相手が美女であればより価値がある―――玩具的な意味で。

 人間の女―――レダと与一に向かって20を超える魔物兵達が殺到していく。

「本当に魔物兵は単純…ライトボム!」

「ぎゃーーーーー!!!」

 レダの放った光の範囲魔法がモンスターの中心で爆発する。

「な、なんだこの威力は!?」

 レダの放った魔法の威力は凄まじく、緑魔物兵の一部は既に動くことすら出来ない。

 赤魔物兵ですらまともに喰らった者は倒れている。

「い、いや! それだけ上質の人間だって事だ! 何としても捕らえろ!」

 魔物隊長の言葉に魔物兵達が再びレダ達に向かって走り出す。

 そこには怒りと共に目の前の女達に対してその欲望をぶつけたいという思いから、その足はどんどんと速くなる。

「さーて…来ているわけだけど。本当に出来るのよね、ハウセスナース」

「まーお!」

「勿論よ大まおーさん! じゃあ行くわよ!」

 レダは後ろにいるハウセスナースに声をかける。

 ハウセスナースは大まおーに抱きついたまま、その手にハンマーを握る。

「せいっ!」

 ハウセスナースが勢いよくハンマーを大地に叩きつけると、

「な、何だ!?」

 魔物兵達は突如として足元に鳴り響く地響きに困惑する。

「う、うわぁぁぁぁぁぁ!?」

 そして魔物兵達の足元が崩れたかと思うと、魔物兵達はそのまま地面に吸い込まれるように消えていく。

「な、何だとー!?」

 後ろで指揮をとっていた魔物隊長は、前方の味方が落ちていった穴を覗き込む。

 深くて巨大な穴…それが自分の部下達を全て飲み込んだのだ。

「ば、馬鹿な…こんな落とし穴をしかける時間など無いはずだ!」

「本当にね。聖女の子モンスターって無茶苦茶よね」

「はっ!?」

 魔物隊長が首を上げたとき、そこに居たのは先ほど自分達に凄まじい威力の魔法を打ち込んできた金髪の女だ。

 レダが剣を振り下ろすと、魔物隊長の首が胴体から離れ、魔物兵達と同じように深い穴の中に消えていく。

 レダはそのまま無造作に残った胴体も穴の中に蹴落とす。

「さて…私も行くか」

 そのままレダは早足で次の戦場へと向かっていく。

 ランス達が戦っている戦場へと。

 

 

 

 一方のランス達は、レダ達を追っていく魔物達の動きを注意深く見ていた。

「…どうやら魔物将軍は残ったようですね」

「どっちでも俺様のやる事は変わらん。あのボケナス共をぶち殺すだけだ。で…本当にあの色ボケ聖女の子モンスターは大丈夫なのか」

「大丈夫よ。まあ私もハウも子供生んだばかりだからそんなに力は戻ってないけどね。それでもあの程度なら問題無いわよ」

「あの程度…ですか」

 巴はベゼルアイの言葉に驚愕する。

 レダ達を追っていったのは10や20では無く、それこそ50体くらいは居たのではないかと思っているくらいだ。

 しかも魔物隊長と呼ばれる魔物兵よりも一回りは大きい、巨大な大剣を持った魔物も追って行った。

「大丈夫よ。地のハウセスナースならね。それに大まおー君がいるから、ハウもいいところを見せようとするでしょ」

 ベゼルアイはハウセスナースの性格はともかく、その実力は認めている。

 認めているだけに、ロクでも無い男に惚れて良いように使われるという事を繰り返してきたのが頭が痛くなるところだ。

「それで、ランス君。これからどうするの?」

「フン、そんなのは単純だ。真正面からぶち破る」

「………随分と無茶な事を言うのね」

 ランスの言葉にベゼルアイは一瞬目を丸くする。

 この男は魔物の事にやたら詳しいようだが、それでも言っている事は無茶苦茶だ。

「お前の力でブーストすれば出来るだろ。まさかそれは今は使えないとは言わんよな?」

「私の力の事を知ってるの? まあ人間に伝わっててもおかしくはないけど」

 ベゼルアイは対象の力をブーストする能力を持っている。

 その力をこの人間は知っているようだが、ベゼルアイはとりあえずそれは置いておく事にする。

 まずは目の前の魔物将軍を倒すというランスをフォローをしなければならない。

「よーし…行くぞ! 突っ込め!」

 ランスはそのまま自らが先頭に立って魔物達に向かって突っ込んでいく。

 それに合わせる様にベゼルアイが、そして巴とエルシールも共に駆けて行く。

 ランスと共に来た人間達も覚悟を決めて魔物達に向かって突っ込む。

「将軍! 人間です! 人間が突っ込んできます!」

「何? 自ら囚われにくるとは馬鹿な奴等だ! おいお前達! 今向かってくる奴等はお前達の好きにしていいぞ!」

「「「おおおーーーーーーっ!!!」」」

 魔物将軍の言葉に魔物兵達は雄叫びをあげる。

 人間を好きにするという事は、それこそ魔物の本能に等しい。

 そしてそれを満たすためにランス達へと向かって行き―――魔物兵がランスの振り下ろす剣に耐えられず、一撃で真っ二つになる。

 ランスは返す刀で魔物兵の胴体を両断し、そのまま無造作に魔物将軍に向かって突っ込んでいく。

「がはははは! 雑魚が俺様を止められると思うなよ!」

「な、何だあの人間は!?」

 魔物将軍は、魔物兵をたったの一撃で斬り殺しながら突っ込んでくる人間に驚愕する。

「ま、まさか藤原石丸とかいう奴じゃ…」

「そんな訳無いだろ!? そいつはザビエル様の所に…」

 藤原石丸の驚異的な強さは魔物達の間でも噂になっているが所詮は人間、魔人様には勝てるはずは無いのだ。

 それに自分達はあくまでもここの人間共を本隊に合流させないように動いているのだ。

 そんな所に相手の大将が居る訳が無いのだ。

 だが、現実に魔物兵の数はどんどんと少なくなっていく。

「がはははは! くたばれ! ラーンスあたたたたーーーっく!!!」

 ランスが跳び上がると、その剣が黒い光を放つ。

「に、逃げ…」

 魔物隊長が何か嫌な予感がして逃げるように指示を出したとき、魔物隊長の体は頭から真っ二つに斬り裂かれた。

 ランスはそのまま剣を振り上げると、ランスアタックの威力がそのまま衝撃波となって魔物兵達に襲い掛かり、魔物兵達の体がまるで強烈なハンマーで殴られたかのように爆散していく。

 その光景をランスから少し離れた所で戦っていたベゼルアイは驚きの表情で見ていた。

「………うわー。あんな人間が居るんだ」

 それは長い生の中で見ていた人間からは遥かにかけ離れた戦い。

 自分がブーストをしている訳でも無く、魔物隊長すらも苦も無く倒していく人間には流石に驚きを隠せない。

「それはそれとして…我に続け!」

 ベゼルアイはそう号令をかけて魔物兵の一体のその巨大な剣で叩き潰す。

 それは斬るというよりも巨大な鈍器で殴られたかのように魔物兵の体が破裂する。

 その光景を見て、人間達は大いに士気を上げる。

「ランスさんに続きなさい! 目標は魔物将軍よ!」

「皆さん! 魔物将軍に狙いを集中してください! ガードの方はランスさんを守って!」

 巴とエルシールの言葉に誰もが勢いよく雄叫びを上げ、魔物将軍を守る魔物兵へと殺到していく。

「さて…ここかしら」

 そしてベゼルアイは聖女の子モンスターの力…即ち、力のベゼルアイの力を解放する。

 それは不思議な力となって、人間達に伝わっていく。

「氷雪吹雪!」

 エルシールの放った魔法が複数の魔物兵達を氷付けにする。

「…え?」

 それには魔法を放ったはずのエルシールが驚愕する。

 自分はお世辞にもそれ程強い魔法使いという訳では無く、これほどの威力を持つ魔法は放つこと出来ない。

「これが…聖女の子モンスターの力?」

 自分が出会ったセラクロラスのような、人知を超えた力には驚愕するしかないが、それが自分達の味方になってくれるのであればこれほど頼もしいことは無い。

「いけます! 皆さん続いてください!」

「「「おう!」」」

 エルシールの言葉に人間達は魔物兵に向かっていく。

 本来であれば人間の兵士3体で魔物兵一体分と言われているのに、今は一人で一体の魔物兵と戦えている。

 そしてその先頭を走っているランスがとうとう魔物将軍へと迫る。

「がはははは! お前は死ねーーー!!!」

「ば、馬鹿な…! 俺は魔物将軍だぞ!? このラマサイ様が人間如きに…!」

 魔物将軍は手に持つ鉄球をランスに振るうが、そんな大振りの攻撃がランスに当たる筈も無く、逆に振るったはずの腕が宙を飛んでいく。

「ひ、ひっ! ば、化物か!?」

 魔物将軍が最後に見たのは、自分の首元に迫る黒い光を放つ剣の軌跡だった。

 ランスの振るった剣が魔物将軍の頭部を飛ばすのを魔物兵達は呆然と見ていた。

 だが、間違いなく自分達のボスである魔物将軍は今ここで死んだのだ。

「しょ、将軍が!? ラマサイ将軍が死んだ!」

「え…しょ、将軍が!?」

 そしてそれは恐怖となって魔物兵に伝播していく。

 それが齎すことは、

「に、逃げろー! 将軍が殺されたぞ!」

「お、俺は死にたくない!」

 魔物軍の壊滅を意味していた。

 魔物達は強い魔物の下でしか徒党を組むことが出来ず、自分の上の存在が死ねばもう軍としての行動をする事が出来ない。

「そんな簡単に逃がす訳が無いでしょ! 一気に消えなさい! 雷神雷光!」

 そしてスラルが今までに溜めに溜めた魔力でレダをも上回る範囲の魔法で魔物兵達を殲滅していく。

 魔物兵達は悲鳴を上げること出来ずに消し炭になる。

 そして残った魔物兵達はそのまま一目散に逃げ去っていく。

「か、勝った…? 勝ったのか!?」

「そうだ…俺達は勝ったんだ! 魔物将軍を倒したんだ!」

 人間達は喝采を上げる。

 何しろこの人数で魔物将軍を倒し、魔物の部隊の一つを壊滅に追い込んだのだ。

 それは追い詰められた人類が上げた最初の勝利だったのかもしれない。

「…急いできたけど、もう終わったのね」

 急いでこちらに合流したレダだけが少し不満気な表情を浮かべていた。

 

 

 




少し遅くなった分、何時もより少し文書が長めになりました
余分な部分をカットしていったら2話分が1話に収まりました

聖女の子モンスターはやっぱりチート過ぎるよなあ…
ぶっちゃけ全員チート過ぎて扱いに困るレベル
ゲーム上ではともかく、設定的にはハウセスナースは強すぎる気もします
実際ハウセスナースは人間から見れば第二次魔人戦争の戦犯レベルですし…

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