ランス再び   作:メケネコ

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魔軍戦③

「戻ってきました! 巴様が戻ってきました!」

「おお!」

 部下の報告を聞き、堀川はその厳つい顔に喜びを浮かべる。

 もしかしたらという思いは常に有り、巴が信じた男を信用してよいものかという葛藤は絶えずあった。

 堀川は急いで巴を迎えに出向き―――帰還した者の多さに目を丸くする。

「巴様! よく戻ってきてくれました! しかしその者達は…」

 巴の後ろには、おおよそ200人はいるであろう人が身を寄せ合っている。

 中には安堵からか泣いている者もおり、その体が傷だらけである事から何があったのかを嫌でも理解させられる。

「それはともかくまずはこの人達をお願いね。それと…魔物将軍、倒して来たわよ」

「なんと! 魔物将軍を!?」

「ええ。勿論嘘じゃないわよ」

 巴の言葉に、魔物から解放された人間達が頷く。

 魔物将軍を倒すのは難しく、自分達の大将である藤原石丸も苦しめられている。

 勿論本隊の方には魔人ザビエルが居るという事もあるが、その石丸を持ってしても難しいことをこの異人はやってのけた。

(…考えを改めなければならないな)

 正直この男の事を胡散臭い男だと思っていた。

 自分達を苦しめた男という事も関係していたのかもしれない。

 だが、人類の半分ほどを纏め上げた藤原石丸を苦しめた男というのは間違っていなかった。

「確か…ランス殿でしたな」

「なんだ」

 ランスは普段と同じように非常に偉そうに胸を張る。

「何が必要ですか。我等はあなたの望むものを用意します」

「堀川殿!?」

 自分達の中で最も階級が高い堀川がランスに頭を下げたことに皆が驚く。

「今はあなたのような者の力が必要です。なにとぞお力をお貸し下さい」

「フン。お前みたいなジジィに乞われても嬉しくも何とも無いがな」

 ランスは何時もの様な軽口を叩く。

 が、それは一瞬の事で直ぐに真剣な顔をする。

「スラルちゃん。それなりに使えそうな奴をさらに見繕っておけ」

「構わないわよ。ただランスの希望通りの人選になるとは限らないわよ」

 ランスの言葉にスラルがランスの剣から姿を見せる。

「スラル殿!」

 そのスラルの姿を見て、平森盛が嬉しそうに声をかける。

 前も声は聞いたが、こうして姿を見るのは実に20年ぶりなのだ。

「知っているのか。森盛殿」

「凄い女性モリよ。黒部殿が石丸殿と戦えたのも、ランス殿とスラル殿…そしてレダ殿とエルシール殿の力があってこそモリよ」

「何と…この方もか」

「…私にあんまり驚かないのね」

 当たり前のようにスラルを受け入れた堀川達にスラルも少し呆れた顔をする。

「まあ妖怪の方がもっと面妖ですからなぁ…」

「…納得」

 一人が発した言葉にスラルも思わず頷いてしまう。

 確かに幽霊の自分よりも、妖怪の方が驚きが大きいだろう。

「じゃあ私が見繕っておくわ。ランスは体を休めててよ」

「そうする。行くぞレダ、エルシール」

「わかったわ」

「わかりました」

 ランスはこれからの事をスラルに任せると早々に立ち去っていく。

 その様子にランスの事を知っている平森盛、那須与一、ほのかは首を傾げる。

「ランス殿…どこか悪いモリか?」

「そうですね…普段なら女の子をあつめてやらせろーとか言いそうですけど」

「頭でも打ちましたか?」

 三人のランスの評価にスラルは少し頭が痛くなるが、確かにランスの様子が少し変なのは分かった。

 ベゼルアイと出会ってから難しい顔をしていた。

 それにベゼルアイの事を知っているようだが、肝心のベゼルアイはランスの事を知らないようだった。

 その辺に何かあるのかもしれないが、それよりも目の前の事を片付ける必要がある。

 ここで魔軍に負ければランスの悩みどころでは無いのだから。

「それじゃあこの中で戦える者はいるかしら。いえ、出来れば戦ってほしいわね。状況がそれを許さないのだから」

 スラルは魔物将軍の人間狩りから助けた者達を見渡す。

 その中から腕に覚えのありそうな者、そして魔軍への復讐に燃える者等様々だ。

(さて…私は私のやる事をやるか。だからランスも…しっかりしなさいよね)

 

 

 

 その夜、ランス達に与えられた一室―――そこではランスがレダとエルシールの二人を抱いていた。

 いや、それは抱いていると言うよりも、何かの鬱憤をレダとエルシールにぶつけるような乱暴なプレイだ。

「ランス。落ち着きなさいよ」

 普段のランスとの違いっぷりにレダは思わずランスの体を背中から抱きしめる。

 ランスの下ではエルシールは既に力が入らないようにランスの成すがままになっている。

「…少しは落ち着いたかしら?」

「…フン、俺様はいつでも冷静だ」

 思いのほか自分に力強く、そして優しく抱きついてきたレダの言葉にランスもようやく正気に戻る。

「やっぱりあの事でしょ」

「………」

 ランスは何も答えないが、長い間一緒にいるレダには何となく分かる。

 エンジェルナイトの自分が人間の男の心情を察するなど、本来は考えられない事だが…下界に長く居るせいか、そういう事も分かってしまう。

 今ランスが普段とは考えられないくらいに乱暴に自分とエルシールにその性欲をぶつけていたのは、ベゼルアイとの再会があったからだ。

 正確にはランスが知るベゼルアイでは無く、NC期のベゼルアイに。

 これまでランスが知っている者は魔人カミーラとドラゴンのノスだけのようだ。

 それも本来はランスの敵…ランスが倒して来た魔人だ。

 だが今回はランスと共に旅をして、共にホルスの戦艦に向かったベゼルアイとの再会はランスに希望を与えただろう。

 即ち、シィルや見当かなみといったランスと近しい女性を見つける手がかりが見つかったと。

 しかし実際にはベゼルアイはシィルやかなみの事は知るはずもない。

 そしてレダはその事を知っているが、それはランスに教えてはいけないのだ。

「ベゼルアイ…ランスの事知らなかったみたいね」

「俺様のような色男を忘れるとはとんでもない奴だ。これは早くあいつを大人にしてずばーっと一発やらなければいかんな」

 ランスの言葉にレダは苦笑いを浮かべると共に、どうすればいいのか悩む。

 それはランスと共にここに来てからずっと思ってきた事だが、実際に今を楽しんでいる事、そしてセラクロラスの力で確実にLP期に戻ってきている事から特には考えないようにしてきた。

 歴史が変わったと言っても最早どうしようもなく、実際に神が動いていないというのであれば、特に問題は無いと判断されたのだろう。

(それに…ランスは本当にこの世界の歴史を知らないみたいだし)

 少しでもこの世界の歴史に詳しい者ならば、今の時代がどの魔王なのかは分かっているだろうが、ランスは分かっている気配は無い。

「ようやく調子が戻ってきたじゃない」

 レダは安心したように笑う。

 この世界の心配事の一つに、魂が汚染されてしまう事象がある。

 それは汚染魂と呼ばれ、その魂は神の下へ戻る事が出来なくなってしまう。

 ランスはそれとは無縁だと思っていたが、やはりランスにも鬱憤が溜まっていたのだろうと何処か安心してしまった。

「俺様は普段と変わらんだろうが」

「自分では分からないものよ。普段と全く違うやり方してたじゃない。エルシールなんて起きて来れないじゃない」

「むう…」

 先程までにランスに乱暴に犯されていたエルシールは、起き上る体力も無いのかそのままの体勢で失神してしまっている。

 レダは強引にランスをベッドに引き倒すと、そのままランスの腕を枕にする。

「おい」

「別にいいじゃない。焦る必要は無いのよ。それよりも今は目の前の事を片付けましょ」

「…フン」

 ランスは失神しているエルシールを抱き寄せると、そのまま目を瞑る。

 その様子を見てレダは微笑む。

 エンジェルナイトの自分が人間を気遣い、そして当然の様に一緒に眠る等本来は考えられない事だが、レダはもうその辺は気にしない事にした。

「さて…どうなるか」

 ランスと出会い、人間の歴史を少し調べた事があるレダだが、流石に細かい事までは覚えていない。

 ただ、藤原石丸という人間が魔人に敗れた、という事は覚えている。

 これからの事に一抹の不安を覚えながらも、レダはランスの胸の中で眠りについた。

 

 

 

 次の日―――

「がはははは! 俺様が態々足を運んでやったぞ! 光栄に思え!」

 何時もの調子を取り戻したランスがどかどかと作戦会議室に入ってくる。

「おはよう、ランス」

 そのまま一日放っておかれたスラルが少し恨みがましい目でランスを睨む。

「そんな顔をするなスラルちゃん。それがスラルちゃんの仕事だろうが」

「…まあそうだけどね」

 スラルは昨日のランスの態度を見て少し心配だったが、自分に向かって誇らしげに胸を張ってくるレダを見て納得する。

 どうやらレダがランスの機嫌を直したようだ。

 それに安心してスラルはランスの剣の中へと姿を消す。

 ランスはそのまま剣を鞘に収めると、

「で、どうなっとる」

 卓上に置かれている地図を見る。

(…地形は俺様が知っている地形だな)

 その地図はランスも良く知るリーザス・自由都市、そしてJAPANが載っている。

 ただ、ランスも良く知るハイパービルや、リーザスを象徴する城であり、ランスも何度も訪れた事のあるリーザス城は存在していない。

「まずはランス殿は何処まで知っているモリか?」

「詳しい事は何も知らん。魔人にザビエルが居る事くらいだ。で、他に魔人は来とるのか? ケッセルリンクやカミーラはいるのか?」

 魔人ザビエルが攻めて来ているとは聞いてはいるが、他の魔人の話は聞かされていない。

 カミーラが来ていると流石にまずいが、ケッセルリンクならばまだ何とかなるかもしれない、そんな気でランスは聞いたが、

「いや、魔人はザビエルだけモリよ…その代わり、三体の魔物大将軍が来てるモリよ」

「魔物大将軍? なんだそれは」

 初めて聞く言葉にランスは首を傾げる。

 ゼスの時もJAPANの時も、魔人と魔物将軍は存在していたが、魔物大将軍という存在は聞いた事が無かった。

「魔物大将軍…魔物将軍が魔物隊長、魔物兵を束ねるなら、魔物大将軍はその魔物将軍を束ねる存在よ。その力は魔人級の存在も居るわ」

「…スラル殿、随分と詳しいモリね」

「長い間生きてると色々と知識だけは集まって来るのよ。でも魔物大将軍を三体もか…魔王は本気のようね」

 魔物大将軍が動くという事は、魔王は本気で藤原石丸を攻め滅ぼすつもりなのだろう。

 スラルが魔王の時代にも魔物大将軍は存在していたが、特に大規模な戦争は起きていたという事も無かった。

「そしてこっちに来ている魔物大将軍はバートリーという奴モリよ。数は大凡30万」

「うげ…そんなにおるのか」

 30万という数は、かつてランスが経験したゼスの時よりも多い。

 ただ、あの時と違い魔人はこちらに居ないというのはまだマシなのかもしれない。

「そして魔軍の行動はこちらを本隊と合流できないようにしているモリよ」

「ふーん…」

 ランスは気のない返事をしながらも現状を考える。

「で、その魔物大将軍が何処にいるのかはわかるのか」

 ランスの言葉に森盛は首を振る。

「で、あの魔物将軍が何しに来てたのかは分かる? 本来は魔物将軍があんな前線に居るなんて滅多に無い事だし」

 スラルの言葉に森盛の顔が目に見えて歪んでいく。

「あいつらは…人狩り部隊です。魔物大将軍バートリーは、人間を捕えて血を絞っているんです?」

「血を?」

「魔軍に捕らわれれば最後、最後の一滴まで血を絞られて殺されるんです…私の友も魔軍に捕まって…」

 先にランス達に助けられた人間の一人で、スラルの目に適った者が目に涙を浮かべながら話す。

「人狩り…という事はあいつらは既に勝っている気分って事ね」

 まだ決着もついていない状況で人狩り等をしているという事は、既に相手はこちらに勝っている気になっているのだろう。

「フン、だったら簡単だ。おいお前等。俺様の言うとおりのモノを用意しろ」

 ランスはまた人の悪い笑みを浮かべる。

 森盛はそんなランスの笑みがあのJAPANの時を思い出させる事に少し背筋が寒くなる。

 それと同時に、この男ならやってくれる…そんな思いが森盛の中には存在していた。

 

 

 

 魔軍陣地―――その人狩り部隊には魔物将軍も派遣されていた。

 その中の魔物将軍であるプギャランは今の状況に少しイラついてた。

「全く…何で俺がこんな人間狩りなどしなければならんのだ。そんなのは他の奴に任せておけばいいものを」

 自分の持つイライラを全く隠さずに、目の前にある巨大な檻に八つ当たりをする。

「プギャラン様…またイラついてるぜ」

「仕方ないさ。プギャラン将軍はラマサイ将軍やスガブレイ将軍とは違って武闘派だからな。今回の編成で本隊を外されたのがよっぽど嫌だったんだろうな」

 魔物将軍プギャランは魔物将軍の中では人間をいたぶって楽しむのでは無く、前線で戦いたがる武闘派の将軍だ。

 軍の統率能力も高く、魔物将軍でありながらも前線で戦うという異質な魔物将軍ではあったが、それだけに前線の兵士達には受けが良かった。

「それにしても何で武闘派として名高いプギャラン将軍がバートリー将軍の下に来たんだ? あの方はバイバルス将軍の所に居たんだろ?」

「運が悪かったんだよ。確かにプギャラン将軍の部隊は人間を多く討ち取ってはいたが、同時に消耗も多い部隊だったからな…」

 プギャランは藤原家の戦いで多くの功績を上げた魔物将軍だが、それ故に他の魔物将軍からは『自分達ももっと楽しませろ』という意見も多く、それ故に後方へ下げられてしまった。

 下げられたのは納得はしたが、まさかその次の仕事が人狩り部隊という魔物大将軍バートリーの私兵のような真似をさせられている。

 それがプギャランには耐え難い苦痛だった。

「そもそも人狩り部隊に何で魔物将軍様が派遣されてるんだ?」

「魔物将軍がいないと勝手な事をして人間を殺しすぎるからだとよ。バートリー将軍は人間の生き血を浴びたり飲んだりするのが何よりも好きな方だからな」

「うげー…ツェペシュ将軍も良い趣味してるけど、バートリー将軍も凄いな」

「あ、お前ツェペシュ将軍の所に居たのか? じゃああの人間街道の話って本当なのか」

「ああ…一人一人串刺しにしていくのが趣味だからなあ…ツェペシュ将軍は」

「そこ! ぼさぼさしてないで人間を探してこい!」

「「「は、はい!!!」」」

 プギャランの言葉に魔物兵達が散り散りになって人間の捜索へあたる。

「全く…こんな下らん事はさっさと終わらせて、本隊に合流できないか直訴してやる。俺は血沸き肉躍る戦いがしたいだけなんだよ」

 この作戦には全く乗り気では無いプギャランは、とっとと人間を捕えて本隊へ戻りたいを思っている。

 バートリーが何を言おうが、本隊と合流しよう。

 自分の上司であるバイバルス将軍ならば決して自分を無碍には扱わないだろう。

 そう思ってプギャランが椅子に座って待っていると、

「居ました! 人間です!」

 部下の報告にプギャランも動き出す。

「居たのか」

「ハイ! どうやら人間共の城に移動しようとしている連中のようです!」

 人狩り部隊の殆どはその手の人間が多い。

 即ち、魔物によって住む家を奪われ、より大きな所へと移動する。

「そうか。だったらそいつらを捕えに行くぞ。さっさとしろ!」

「ハ、ハイ!」

 プギャランは部下達を引き連れてその人間達の集団を見つける。

 そこには部下の報告通りに、約100人程の人間が群れを成して人間達の城…魔軍が分断した部隊の場所を目指しているようだった。

「100か…まあそんなものだろうな。お前達、包囲して確実に捕えろ。抵抗するなら力づくで制圧しても構わん」

「ハッ!」

 プギャランの言葉に部下は明らかに弾んだ声で返事をする。

 余程人間をいたぶるのが楽しみなのだろう。

 そんな部下を冷たい目で見ながらプギャランは改めて人間達を見る。

 こうした人間達の集団は今は珍しくも無く、大抵は魔物によって捕えられて男は殺され、女は慰み者にされてから殺させる。

 殺されるのはまだマシな方で、中には色々な実験体にされたり、焼印を押されて売買される人間もいる。

 行きつく先は精神崩壊か死か…魔物にとっては人間など言葉通り玩具でしかないという認識がある。

 そんな人間に同情はしないが、それでもあの忌々しいバートリーの楽しみで殺されるのは少し哀れに思った。

「ギャーーーーーー!!!」

 また人間の悲鳴かと思いながらも何の感情も持たなかったプギャランだが、

「グエエエエエエ!!」

 響いてくる野太い悲鳴を聞き、それが自分の部下の声で有る事に気づく。

 そして自分の目の前に無茶苦茶になった部下の死体が転がってくる。

 どれ程の力で殴られたのか、全身の骨は砕け、魔物スーツの間から元となった素体であろう魔物の肉と血が飛び散っている。

「…まさか!?」

 そこでプギャランは気づく。

 気づいた時、人間の部隊を囲んでいた魔物達が巨大な光に飲み込まれていた。

「あ、あの魔力は!?」

 あまりに巨大な魔力によって放たれた魔法…ライトボムを見てプギャランは驚愕の声を上げる。

 こちらの魔法部隊の放つ魔法を上回る魔力に、プギャランは一瞬その光景に見とれながらもその顔には笑みが浮かんでいく。

「クックック…やるではないか! 人間共!」

 あの人間達は恐らくは武装していた人間の集団であり、こちらが人狩り部隊であることを既に見破っていたのだろう。

 それで己を囮にする事で、自分達人狩り部隊を引付けたのだ。

 そして強力な魔法で一撃を加える…中々骨のある人間共も居たものだとプギャランは高揚する。

「お前達! あの人間共に攻撃を仕掛けるぞ! 奴等は人間の軍だ!」

「は、はい!」

 プギャランの言葉に正気を取り戻した魔物兵達は、その手に武器を構えてプギャランと共に走り出し―――

「へあっ!?」

 その体が地面に沈む。

「な…一体何が!?」

 プギャランは腰まで埋まってしまった己の体を何とか引き上げようとするが、完全に腰から下まで埋まってしまっているため中々出る事が出来ない。

「おいお前達! 俺を…」

 埋まって無い部下達の方を振り向いた時、そこにあったのは自分同様に腰から下が埋まっている部下の姿だった。

「な、何だと!?」

 落とし穴かと思いプギャランは何とか体を引き抜こうとするが、その時巨大な熱線が自分の部下を飲み込む。

 その光景をプギャランは呆然と見ているほかなかった。

「まさか罠か!? だがこんな…!」

 ここでプギャランは気づく。

 用意周到に罠が仕掛けられていたが、まさかこんな事がありえるのかという思いが強い。

 こんな短時間でこれ程大規模な落とし穴など作れるはずが無いのだ。

 しかも先行して人間を囲んでいた部隊がこれ程の数の落とし穴に嵌らないのは明らかに不自然だ。

「うおおおおおおお!!!」

 プギャランは己の腕力を使って何とか穴から脱出する。

 そして周囲を見渡して愕然とする。

 人間達を囲んでいた兵達は今は人間に逆に追われている。

 その人間の中でも、子供程の大きさしかない赤い髪の少女がその大剣を無造作に振るうだけで、複数の魔物兵の体が両断させる。

 金髪の女が放つ強大な魔法が逃げている魔物兵の中心で爆発し、魔物兵達はその四肢が爆発して弾け飛ぶ。

 後方では落とし穴に嵌っている魔物兵に向けて矢が放たれ、運の悪い者は頭を貫かれて即死する。

 そして再び放たれた熱線に複数の魔物兵が飲み込まれ、その体を炭へと変えていく。

「ふふ…フフフフフ…」

 だがこの状況でもプギャランの心は高揚していた。

 完全にやりこまれた形ではあるが、それは自分が愚かだったからだ。

 相手の罠を見抜く事が出来ず、部隊は壊滅…そして自分の命も風前の灯ではあるにも関わらず、その心は全くと言っていい程折れない。

「ククク…ざまあないな、バートリー。あいつの趣味が俺達を追い込みやがるぜ…」

 プギャランはそう自嘲するように笑うと、自分に向かって走ってくる一人の剣士を見る。

「プギャラン様! お逃げください!」

「プギャラン様!」

「待て!」

 自分の部下…最初から自分についてきてくれている魔物隊長が人間へと向かって行く。

 これだけの数の人間では流石の魔物隊長でも足止めにしかならない…その思いは魔物隊長の体があっさり両断された事で止められた。

 自分の部下の魔物隊長は人間の剣士の一太刀で頭から両断され、もう一人は何処からか飛んできた魔法で頭を吹き飛ばされる。

「がはははは! お前が魔物将軍だな!」

 人間の男が笑いながらプギャランに剣を突き付ける。

「…お前が人間の大将か。藤原石丸ではないな」

 プギャランは藤原石丸を見た事がある。

 その強さはまさに圧倒的で、魔物兵はおろか魔物隊長でも相手にならなかった人間の猛者だ。

 プギャランはその強さを認め、その首を獲ってやろうという思いで前線で戦ってきた。

 前線を外され、藤原石丸を倒すのは自分には出来ないのだろうと考えていたが、今目の前に居る人間はその藤原石丸に勝るとも劣らない覇気を身に纏っている。

「俺様をあんな奴と一緒にするな。まあ死んでいくお前に俺様の名前を教えてやろう。俺様はランス様だ。その名を地獄で称えればいいぞ」

「ランス…か。まさかこんな所でお前のような猛者と出会えるとは…何があるか分からないものだな」

 プギャランはこの状況にも関わらず、その巨体に闘志を撒き散らしながらランスに鉄球を向ける。

「ランス…こいつ、ただの魔物将軍じゃないわよ。普通の魔物将軍の倍以上は強いわよ」

「それがどうした。俺様の敵では無いわ」

 ランスは改めて魔物将軍プギャランを見る。

 確かにスラルの言うとおり、普通の魔物将軍とは頭部も違うし、なによりも一回りは大きい。

 そしてその発せられる闘気はこれまで見てきた魔物将軍の誰よりも巨大だ。

「俺は魔物将軍プギャラン! ランスとか言ったな…お前を討ち取ってこの大戦の一番の手柄にしてやる!」

「…なんかこいつ、今まで見てきた魔物将軍とは全く違うな」

「魔物将軍の変異種なのかもしれないわね」

 あまりにも堂々と名乗った魔物将軍の態度に、これまで何度も魔物将軍を倒してきたランスも鼻白む。

 これまでの魔物将軍とは違い、まるでJAPANの暑苦しい武将のように感じてしまう。

 しかもこの状況にも関わらず、逃げる事を考えずに向かって来る魔物将軍など見た事が無い。

「まあ変異だか変態だか知らんが、俺様の前に出て来るなら殺すだけだ! 死ねーーーッ!」

「来い! このプギャランの首、容易く取れるとは思うなよ!」

 そしてランスとプギャランの激しい戦いが続く。

 それを見守る人間達は、目の前の魔物将軍の力、そしてそれと対等に戦うランスをただ見ているだけしか出来なかった。

「凄いわね、あの魔物将軍。あれはきっと変異種の魔物将軍ね…たまにああいうのが生まれるのよね」

「変異種ね…確かに強いわね。あのランスと戦えてるなんてね」

 ベゼルアイとレダは魔物将軍プギャランの戦いぶりに驚いている。

 普通の魔物将軍等、今のランスには殆ど相手にならないだろう。

 しかしプギャランと名乗った魔物将軍はランス相手に一歩も退かずにそのモーニングスターを振るう。

 その体躯に見合った力でランスと戦っているが、その戦いに変化が訪れる。

 ランスの剣がプギャランの体を捉える事が多くなってきたのだ。

 見た目通りの筋肉で、防御力も高そうだがそんなもので今のランスの攻撃を何度も耐えられるわけが無いのだ。

「いい加減にくたばれ! ラーンス…あたたたたーーーーっく!!!!」

 そしてランスの何度目かの攻撃でとうとうモーニングスターを持つ手が斬り飛ばされ、体勢を崩したプギャランの体にランスアタックが決まる。

「ぐおおおおおおおお!!!」

 その一撃は目に見えて致命傷であり、プギャランもとうとうその巨体が地面に倒れる。

「がはははは! 俺様の敵では無いわ!」

「「「おおおおおおーーーーー!!!」

 ランスが魔物将軍を倒した事で、人間達が歓声を上げる。

 自分達の大将は、藤原石丸にも匹敵するとんでもない人間だという事をハッキリと理解した瞬間だった。

「や、やるじゃねえか…だが楽しかったぜ…まさかこんな下らねえ任務で…お前みたいな人間とやれるとは…思わなかったぜ」

 魔物将軍プギャランの声には、何処か楽しそうな声が混じっている。

 最早体を動かす事もままならず、待っているのは死しかない状態なのは明らかだ。

「むしろ私は不思議ね。あなたみたいな魔物将軍がこんな事をしているのがね」

「ケッ…バートリーの奴…相手の事を知らないくせに趣味に走りやがるからよ…」

「バートリー…魔物大将軍ね」

「…良い事教えてやるよ。俺のような人狩り部隊はあと10部隊…いや、俺を除けば後は9か…それだけいる。まあ後で増えるかもしれねえけどな」

 プギャランはその血まみれの口でニヤリと笑う。

「…何で教えるのよ」

「…俺はバートリーの奴が気にいらねぇんだよ。俺は戦いたかったのによ…こんな下らねぇ事をやらせやがって…」

「1つは俺様が潰したから、後は8か」

「ケッ! 何だ…俺が最初じゃねえのかよ…もっと早く知ってればお前ともっと沢山殺し合いが出来たっていうのによ…ゴホッ!」

 プギャランは心の底から惜しそうな笑みを浮かべるが、その顔からは既に生気が感じられない。

「止めは…いりますか?」

「いや、俺は…死ぬなら、戦って死ぬ…決めてたんだ。クソッ、もっと早くお前の事を知ってりゃあ…良かったのによ…全く…レキシントン様の悔しがる顔が目に浮かぶぜ…」

 魔物将軍プギャランは最後にランスを指さして笑うが、その指からは力が抜け、ついに事切れる。

「変な奴だな。最後の最後で仲間を売りやがったぞ」

「魔物に仲間意識なんて無いからね。本当に心の底から人狩り部隊に自分を回した魔物大将軍が気に入らなかったんでしょ」

「まあ魔物の感性などどうでもいいわ。それよりも中々面白い情報を吐きやがったな」

 プギャランの言葉が正しければ、人狩り部隊の数は後は8。

 そしてその中には魔物将軍が含まれている可能性が高い。

「…またランスが悪い顔をしてる」

「がはははは! 情報を制する者が戦場を制するのだ! よーし、スラルちゃん。次の準備にかかるぞ」

 ランスの高笑いがこの戦場に木霊する。

 そしてその瞬間、この世界の歴史が確実に変わろうとしていた。


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