ランス再び   作:メケネコ

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魔軍戦④

 魔法ハウスの中―――

「さーて、ランスくん。次はどうするのかしら? 結構な数の魔物将軍を倒せたみたいだけど」

「うむ、あれからさらに4体の魔物将軍を殺したぞ。流石俺様だな。お前ももっと褒めてもいいんだぞ」

「素直に凄いと思うわよ。私が見た人間の中でも一番ね。あ、でも藤原石丸は見た事無いから比較は出来ないけど。あ、もっとお砂糖入れて頂戴ね」

 魔物将軍プギャランを倒したランス達は、あれから4体の魔物将軍を倒す事に成功していた。

 人狩り部隊はあちこちに散らばっており、一部隊の数はそれほど多くは無い。

 ランスは時には魔物将軍を誘き寄せ、時には魔物将軍を孤立させる事で魔物将軍を討ち取っていた。

「流石にアレからは見つかりませんね…あの魔物将軍の言葉が正しいなら、後4部隊は居るはずなのですが」

 巴は卓上に乗せられた地図を見ながら唸る。

 アレから一週間経過したが、魔物の動きはそれほど活発では無い。

 それは人間には良い事であり、魔軍討伐隊は巴が思った以上の戦果を挙げる事に成功している。

 しかし魔物の数はあまりにも多く、討ち取った魔物兵の数はそれほど多くないのが巴には不安だった。

「そんなに不安にならなくてもいいわよ。魔物兵は強い魔物…魔人や魔物将軍の下でしか動けないから。逃げてった魔物兵はそのまま魔物スーツを脱いで逃げてるなんて事も珍しくは無いわ」

「だといいのですが…」

 スラルの言葉に巴は難しい顔を崩さない。

「そんなに気にするな。それよりも相手の動きが小さいのが気にはなるがな…」

 ランスはゼスの時やJAPANの時とは違う魔軍の動きには気にかかっている。

 魔軍は数も多く、普通の魔物よりも強い。

 あの時何とかなったのは、ゼスの戦力もそうだがリーザスが戦力を提供したのも大きい。

 さらに言えば、あの時リーザスが提供した戦力はあの赤の軍の将軍であり、ランスも認める強さを持つリック・アディスンだ。

 しかし今回はその援軍を望む事は出来ないし、戦力もあの時よりも少ない。

 こうしてランスの部隊にはついて行けているが、それでもランスが望む強さを持つ者は少ない。

 ランスは特に意識してはいないが、ランスの側には常にLP期における人類の中でもトップクラスの人材が揃っていた。

 それと比較してしまうのは無理も無いが、ランスにも少しばかりの不安も存在していた。

「うーむ…もう少し使える奴が欲しいな」

「無茶をいう物じゃないわよ。それなりに戦えてるとは思うけど?」

 ランスを細い目で睨むレダを見て、ランスはため息をつく。

「お前は確かに強いが、脳筋だからな…部隊の指揮とか出来そうに無いし」

「し、失礼ね…確かに出来ないけど」

 ランスの言葉にレダは苦い顔をする。

 下級エンジェルナイトの彼女は兵士であり、士官級のエンジェルナイトではない。

 それ故に部隊の指揮など出来ないし、必要も無かったのだ。

「そういう事が出来るのは極一部ですね…ほとんどは本隊の方にいますから」

 巴の言葉にランスは難しい顔をするが、無い物は無いのだ。

(こういう時こそマリアが役に立つのだがな…)

 こういう大がかりな作戦の時は、マリアの作った物が役に立っていた事を今になって思う。

 こんな時にランスが認めた者がいないというのは、ランスにとっても厳しい現実だった。

「取り敢えず戻るか…補給も必要だしな」

「そうね。人狩り部隊が見つからないって事はもう本隊と合流したんじゃないかしら? そうなったらもうあんな奇襲は出来ないしね」

 ベゼルアイの言葉にスラルも頷く。

「次は本気で魔軍…魔物大将軍の部隊と戦う事になるかもしれないわ。少しは休んでおかないと」

「本気だろうが何だろうが、俺様がいる限り敵では無いわ! がはははは!」

 ランスがこうして何時もの様に根拠の無い自信にあふれている時、そんな魔法ハウスを見ている一つの影が存在してたことをランスは知らない。

 

 

 

 魔軍本拠地―――

 魔物大将軍バートリーは今の状況に苛立ちを隠せなかった。

 そんな魔物大将軍バートリーを前に、配下の魔物将軍達もただただ押し黙るしかない。

 何しろ魔物大将軍は下手な魔人よりも強く、無敵結界が無いだけで魔人並に強い存在もいるのだ。

 その魔物大将軍に今の状況で意見できる者は何処にもいなかった。

「…まだ戻らんのか!? ラマサイは!? マッシアーはどうした!? それにプギャランも何故戻らん!」

 腹立ちまぎれに机を殴るバートリーの体から小さな針が周囲に散らばる。

 魔物将軍達は飛んできた針を何とか防ぎながらも小さくなるだけだ。

 魔物大将軍バートリーは、魔物将軍よりも遥かに大きな体をしながらも苛立ち気に貧乏揺すりをしている。

 その巨大な胴体の中央部には巨大な顔が入っており、その青い身体からは大量の針が生えている。

 そして腹立ちまぎれに飛ばされた針が周囲に飛び散り、そして全く無関係の一部の魔物兵に突き刺さるが、それを咎める者は誰も居ない。

「奴等め…まさか捕えた人間を自分達で使っているのではないだろうな…」

 バートリーの言葉に、その場にいる魔物将軍達はほぼ全員で『そんな訳無いだろ…』と思ってはいるが、口には出せない。

 もし出せばバートリーに殺されるのは目に見えているからだ。

「た、た、た、大変です!!」

 そこに一体の魔物隊長が息を切らせて入って来る。

「何だ!」

「ひっ!」

 魔物大将軍バートリーの血走った目で睨まれた魔物隊長は小さく悲鳴を上げて小さくなる。

 それほどまでにバートリーの目は常軌を逸していた。

「慌てるな。まずは報告しろ」

「キャ、キャロット将軍…は、はい。そ、その…ラマサイ将軍とマッシアー将軍とラッサーメ将軍とスガブレイ将軍…そしてプギャラン将軍が人間に討たれました…」

 魔物隊長の報告に皆が一斉に口を閉ざす。

 その中で、先程キャロットと呼ばれた将軍だけが口を開く。

「…間違いないか」

「間違いありません…死体を確認しました」

 その言葉により一層深い沈黙が場を支配する。

「ど、どういう事だ!?」

「わ、わかりません…人間の襲撃にあったのかもしれません…何しろ生き残っている兵達が居ないもので…」

 魔物兵や強い魔物隊長は魔物将軍に力によって押さえつけられている。

 そこには忠誠心も何も無く、ただただ破壊のための行軍があるだけ。

 そしてその魔物将軍が死んでしまえば、魔物兵は途端に瓦解してしまう。

 中には戦おうとする奴もいるが、大半の者は我先にと逃げ出し、中には同士討ちをしてしまう者もいる始末だ。

「間違いないのか…間違いなく、プギャラン達だったのか」

「間違いありません…あの特徴的な頭はプギャラン将軍でした」

「な、何だと…」

 魔物隊長の言葉に魔物大将軍バートリーが愕然としながら椅子に体を落とす。

 魔物将軍プギャラン…その力は折り紙つきで、魔物大将軍には及ばないものの魔物将軍の中では1,2を争う猛者だ。

 自分と同じ魔物大将軍であるバイバルスの下で戦っていたが、部隊の損傷を理由にこちらに組み込まれた魔物将軍だ。

 バイバルスとツェペシュとは同じ魔物大将軍であり、この二体は本隊へと組み込まれ、自分は最も楽で一番楽しめる任務を預かったと喜んだ。

 特にバイバルスとは意見が合わず、その部下で武闘派のプギャランを人狩り部隊というプギャランが嫌がる部隊をさせていたのだが…

「まさかプギャランが死ぬとはな…その相手は確認できたのか」

「おいキャロット! 貴様私を飛び越えて何を!」

「申し訳ありませぬ。私とプギャランは同じバイバルス大将軍の下に居た故…」

 魔物将軍キャロットはバートリーに一礼する。

「プ、プギャラン様を討った者は分かりませぬ。しかしその腕は斬り飛ばされ、腹部から下は完全に吹き飛んでおりました」

 魔物隊長の言葉にさらにどよめきが大きくなる。

 プギャランはこの場にいる魔物将軍の中でも最も強い存在だ。

 そのプギャランがまさか死ぬなど考えられない事だった。

「なるほど…如何いたしますか、バートリー大将軍」

「ぐぐぐ…」

 キャロットの言葉にバートリーは唸るしかない。

 何しろ今回の命令は実に単純で、相手を本隊に合流させなければいいだけなのだ。

 逆に言えば、合流さえさせなければ人間相手に何をしても構わないという事なのだが、それに気をよくした結果がこれだ。

 貴重な魔物将軍5体を失うという大惨事となってしまった。

「一部の魔物兵は既に脱走し、約10万の兵が遁走してしまいました」

「何だと!? そんなにか!?」

 魔物隊長の言葉にバートリーも怒りの声を上げるしかなかった。

 魔物隊長は魔物兵200をまとめ上げ、魔物将軍はその魔物隊長を100纏め上げる事が出来るのだが、魔物兵はその魔物将軍がいなければ軍としての維持が不可能になる。

 貴重な魔物将軍1体を失う事は、魔物兵2万を失うのと同じなのだ。

「ば、バートリー様…本隊から魔物将軍の補充をお願いしては…」

「馬鹿を言うな! そんな事が出来ると思うのか!?」

 魔物将軍の言葉にバートリーは強く睨んで黙らせる。

 もう勝敗は決した戦いで、短期間に貴重な魔物将軍5体を失うなどあってはならない失態だ。

 しかも今回魔軍を率いているのはあの魔人ザビエルなのだ。

 プライドが高く傲慢で、魔物将軍どころか他の魔人すら見下す程の傲岸不遜の魔人なのだ。

 もし下手な報告をすれば、間違いなくザビエルは自分を斬るだろう。

 何しろ魔人ザビエルは魔王ナイチサの重鎮であり、今回はその魔王ナイチサ直々の命令で戦いに赴いているのだから。

「ぐうううう…まずは散らばっている兵達を集めろ! 全ての魔物将軍を呼び戻せ! その上で残りの人間共を討ち取るのだ!」

「「「ハッ!!!」」」

 バートリーの言葉に魔物将軍が威勢よく返事をする中、魔物将軍キャロットだけが冷ややかな目でバートリーを見ていた事には誰も気づかなかった。

 

 魔軍テント内での会議が終わった後、魔物将軍キャロットは一人魔軍の陣地の外へと向かって行く。

「あれ、キャロット将軍。お出かけですか?」

「ああ、少しな」

 自分の部下の魔物隊長が敬礼しながら声をかけて来るのをキャロットは手で制する。

「おい、お前は俺の部下…バイバルス将軍の所から来た部下を纏めておけ」

「え? いいんですか? バートリー大将軍が何を言うか分かりませんよ」

「構わん。これはバートリー大将軍より上の命令だ」

「え…わ、分かりました!」

 魔物隊長は慌てて走っていくのをキャロットは満足そうに見ていると、顔を引き締めて馬車へと向かって行く。

 そして自ら手綱を握ると、うし車を動かして何処かへと走り去っていくが、魔物将軍であるキャロットを咎める者など誰も居ない。

 魔物将軍キャロットはそのままうし車を走らせていくと、そこに一つのそこまで大きくは無いが、豪華な装飾が施された一つのテントに辿り着く。

 キャロットは唾を飲み込んで、恐る恐るとそのテントの中へと入って行く。

「「お待ちしておりました。魔物将軍キャロット様」」

「こ、これはシャロン様にパレロア様…私め如きにそのような事は」

「いえ…これはメイドの嗜みでございます」

「はい。これも全てはケッセルリンク様の名を汚さぬため…」

 魔人ケッセルリンクの名を聞いて、キャロットはその背中に汗が流れるのを止められない。

 何故ならば、魔人ケッセルリンクは魔人四天王の一人であり、夜の女王と呼ばれる程の強さを持つ魔人だからだ。

 その使徒となれば、迂闊な態度を取れば粛清されてもおかしくは無い。

 実際は使徒に手を出さなければケッセルリンクに殺されるという事は無いのだが、肝心のケッセルリンクが中々表舞台には出てこないため、恐怖心が先に立ってしまってる。

「カミーラ様。魔物将軍キャロット様がおいでになられました」

「………」

 ベールの向こうには、一人の魔人が悠然と足を組み、そして頬杖をついてこちらを見ているのが分かる。

「ゴクッ…」

 キャロットは突然に放たれた威圧感に思わず唾を飲み込む。

 今目の前にいるのは、この二人のメイドの主である魔人ケッセルリンクと同格であり、今現在において最強の魔人として恐れられる存在だ。

「カミーラ様。魔物将軍キャロット、ここに参上致しました」

「………」

 キャロットは跪いて魔人カミーラへと挨拶をする。

「頭を上げなさい、魔物将軍キャロット。カミーラ様は機嫌が良い」

 ベールの向こうから現れたのは、魔人カミーラの使徒である七星だ。

「は…」

 その言葉にキャロットは安堵しながら頭を上げる。

「さて…今現在の状況を話しなさい」

「ははっ!」

 魔物将軍キャロットはこれまでにあった事を包み隠さず七星へと報告する。

 魔人カミーラが自分の言葉を聞いているかは怪しいが、使徒である七星はキャロットの言葉を決して聞き逃さない。

「以上であります。魔物将軍5体もが恐らくは人間によって討ち取られました」

 キャロットは自分の報告を実際に言葉に出して、背筋が凍ってくる。

 それだけ目の前の魔人カミーラが恐ろしいのだ。

 怠惰な存在と噂されてはいるが、実際に見るのと聞くのでは大違いだ。

 こうして同じ空間にいるだけで体が震えてきてしまう。

「ククク…」

 そしてカミーラの笑い声を聞いて、さらに冷や汗が止まらなくなる。

 その笑いは非常に楽しそうでありながら、今にでも自分の首を捻りだしそうな重圧に満ちた笑いだったからだ。

「分かりました。では魔物将軍キャロット。あなたは先に渡した指示の通りにしなさい」

「ハハッ!」

 キャロットはもう一度跪いて一礼すると、大急ぎでうし車へと戻っていく。

「カミーラ様。後は予定通りに」

「…お前に任せる」

 七星の言葉にカミーラは先程の楽しげで有りながらも、好戦的だった態度を消す。

「しかし…本当にランス様がいるんですね…」

「ええ。私が自ら確認をしましたから。この短期間で魔物将軍をあれだけ倒せるなど、人間ではランス殿だけでしょう」

 魔人カミーラは早々に魔軍本隊からは興味を失っていた。

 今回の人間の躍進にはランスが絡んでいると思ったのだが、どうやら別の人間だったようだ。

 それ故に後方に下がったのだが、カミーラには何か予感のようなものが感じられた。

 以前も自分が動いた時はランスと出会った…それも2回もだ。

 そして今回は自分が完全な自由は無いものの、ランスの姿を七星が確認した。

「シャロン、パレロア…お前達も好きに動いて構わぬ。お前達には魔王の制限は無い…他の者が何か言うのであれば、このカミーラの名を出しても構わぬ」

「カミーラ様…」

 シャロンは驚いたようにカミーラを見る。

 こちらからはベールで顔は見えないが、恐らくはその口元には楽しげな笑みが浮かんでいるに違いないだろう。

「分かりました。ですが私達には七星様のような軍務の知識が有りません。ですので七星様から知恵をお借りしたいのですが」

「七星…」

「はい、カミーラ様。シャロン殿とパレロア殿にはやって頂きたい事がございます。そしてカミーラ様…お手数を取らせますが、カミーラ様にも動いて頂きたく思います」

 七星の言葉にカミーラは何も言わないが、それでも長年カミーラに仕え続けてきた七星には分かる。

 今のカミーラは非常に機嫌が良く、そして何としてもランスをこのような下らない戦いで死なせる訳にはいかないと考えている。

 ならば七星はその主の意図を汲み、あの男を何としてでも生かすだけだ。

 しかしだからと言って捕える訳にもいかない。

 カミーラが下手に動けば、魔王ナイチサが何を言って来るか分からない。

 魔人は魔王には逆らえないため、慎重に事を成す必要がある。

 慎重すぎるとも感じられるが、これがカミーラの望みである以上、七星は何としても主の望みを叶えねばならない。

(さて…そろそろ動くとしますか)

 七星はその無表情な顔の裏側で、主のための行動を開始した。

 

 

 

 その日、魔軍の指揮官であるバードリーが何時もの様に部下に喝を入れていた。

 これまでの余裕のムードからの兵力の低下は魔物大将軍にとっては最も恥ずべきものだ。

 それ故にこれまで以上に引き締め、何とか己の威厳を保ちつつ、何とかその趣味である人間の血を絞り尽くすという事を画策していた。

 そのためにもこれまで以上に士気を上げなければならない。

 魔物将軍が5体も死んだというのは魔物兵の士気を大いに下げ、多数の脱走兵を出してしまった。

 魔人ザビエルに預けられた兵も、今は予備を含めても25万ほどしか存在しない。

 勿論その数ならば防備に徹すれば人間の部隊を合流させないというのは簡単な事だ。

 しかし魔物大将軍としてのプライドがそれを許さず、このまま相手を攻め滅ぼしてやろうという意志さえ芽生えていた。

「よしお前達! 人間を根絶やしにするのだ! 見つけた人間は殺せ! そしてその死体を人間共に叩きつけてやれ! 逆らう者は皆殺しだ!」

「「「「「おおおおおおおーーーーーーー!!!!!」」」」」

 バートリーの声に多くの魔物将軍を初めとした魔物隊長、魔物兵達が一斉に雄叫びを上げる。

 その光景を見ながらバートリーはようやく安堵のため息をついた。

(これならばこれ以上の脱走兵が出る事は無いだろう。もし俺の失態がザビエルに知られれば…)

 あの魔人ザビエルならば容赦なく自分を処断するだろう。

 それを防ぐためにはまずは人間共を何としても制圧しなければならない。

(よし、この部隊で奴等の拠点を潰す。そうすれば俺の面子も守られるし、人間共から血を搾り取れるというものだ)

 最初からそうしてれば良かったと思いながらも、バートリーは手早く行動しようとする。

 もしこのままバートリーの思い通りになっていれば、人間はただ蹂躙されるだけで終わっていたかもしれない。

 しかし、この場には本来歴史に存在しない者が存在している。

 それが複数の魔物将軍を討ち取った人間のランス…そして、それは魔軍の中にも存在していた。

「た、大変です! バートリー大将軍!」

「どうした、騒々しいぞ!」

 自分の部下の魔物将軍が慌てた様子で走り込んでくる。

 その魔物将軍の体は震えており、ただ事では無い事を思わせる。

 そんな魔物将軍の様子にバートリーも不審に思っていたが、突如として襲ってくる悪寒に体を震わせる。

 それはその場にいる全ての魔物兵に強力な重圧となって襲い掛かる。

「な、何が起きてるんだ…」

「ま、まさかこの空気は…」

 魔物兵達からはどよめきが生じ、大将軍のバートリーですらもその体に冷や汗が流れ始める。

 そしてその重圧の源は極静かに近づいてくる。

「え…なんでここに…」

「そんな…まさか…なぜあの方が…」

 どよめく魔物兵達を無視し、魔人カミーラが悠然とバートリーの前に歩いてくる。

 そしてカミーラ専用の椅子を持った魔物兵達がバートリーの座っていた椅子をどかし、その椅子を設置する。

 カミーラはその自分用の椅子に優雅に座ると、その横にその使徒である七星が立ち、カミーラの後ろにケッセルリンクの使徒であるシャロンとパレロアが控える。

「カ、カミーラ様…」

 バートリーは絞り出すようにしてその名前を呼ぶ。

 魔人カミーラ…魔人の中でも最強とされながらも、魔王ナイチサからはあまり好まれずに滅多に姿も現さない存在。

 その最強の魔人が今自分の前に座っている。

 今回カミーラがこの戦いについてきているとは聞いていたが、まさか本隊では無くここに現れるなど考えてすらいなかった。

「………」

 魔人カミーラは何も語らないが、その視線に射抜かれただけでバートリーの体は震えが止まらなくなる。

 いくら魔物大将軍が魔人級の力があると言われても、相手は自分では逆立ちしても敵わない魔人…それも魔人四天王の一人とあっては無理も無い。

「貴様…随分と面白い事をしていたようだな…」

「そ、それは…」

 ベールに覆われたカミーラの顔からは表情は見えないが、それでも不機嫌ではあるらしい事は分かる。

 バートリーはその顔に大粒の汗が流れるが、そこから先の言葉が出てこない。

「カミーラ様は別にあなたを叱責しているのでは有りません。あなたがどうなろうがカミーラ様には関係の無い事です」

 七星の言葉にもバートリーは何も言い返せない。

 どんな言葉を並べ立てようとも、相手が魔人相手では意味が無いのだ。

「ですが…人間にいいようにされるのを見るのも不愉快という事です。あなたはこれからどうするつもりですか?」

「そ、それはですね」

「本隊…ザビエル様にありのままを報告するつもりですか?」

「し、七星様! それは…」

 ザビエルに今の状況を報告されるのは非常に困る。

 今の状況で殺される事は無いだろうが、間違いなく自分の将来に影響することは間違いない。

 下手をすれば殺されてしまうかもしれない…その恐怖が今になって実感してきた。

「では…これからの事を報告しなさい。カミーラ様に無様な姿を見せるのは許されない事です」

「ハ、ハハッ!」

 バートリーは冷や汗まみれの顔を何とか拭きながら、

「おいお前! 計画書をカミーラ様にお渡ししろ!」

「ハハッ!」

 バートリーの言葉に魔物将軍キャロットが今回の作戦指示書を七星へと手渡す。

 それを受け取ると、七星はカミーラに一礼する。

「お前達…」

 その小さな言葉だけでこの場に居る魔物達の体が震える。

 それは魔人ザビエルの時とは違う意味での恐怖。

「私は退屈している…後は分かるな」

 その言葉に誰もが跪き頭を垂れる。

 それを見てカミーラは詰まらなそうに、そして自嘲するように笑う。

(ランスが居るというのに動けぬか…中々噛み合わぬが、それもまた一興)

 カミーラはもう退屈を感じてはいない。

 このままならぬ状況も楽しむ事を覚えていた。

 そしてランスであれば、この状況を覆せるとも。

 そのベールの裏側で、カミーラは実に楽しげな笑みを浮かべていた。

 

 

 

 魔軍本隊―――

 そこでは戦いにもならぬ一方的な殺戮が繰り返されている場所。

 魔人ザビエルは自らが先頭に立ち、確実に人間を屠っていた。

 藤原家は既に大陸での領地を失いつつあり、LP期におけるポルトガル付近にまで追い詰められてた。

 そんな中、魔人ザビエルの使徒の一人である戯骸がザビエルの事を尋ねてきた。

「お館様よー。人間にどえらい強い奴がいるから、そいつの所に行ってもいいかい」

「ほう…お前がそう言うとは余程の者がいるようだな。しかし藤原石丸はいいのか」

 ザビエルは戯骸が藤原石丸と戦いたがっているのを知っている。

 強い者と戦うのが好きな戯骸ではあるが、ザビエルもそれを止めるつもりは無い。

 戯骸の趣味に関しても好きにすれば良いとさいえ思っている。

「石丸はお館様の相手だしなー。だから俺は北の方へ行きたい」

「北…バートリーの所か。何かあったか」

「遠目だから良く見えなかったけどよ。是非やりあってみたいね」

「フ…ならば構わぬ、行くがよい。しかし藤原石丸と月餅を追い詰める前までには戻って来い」

「あいよ! 流石お館様、話が分かる!」

 戯骸は嬉しそうに膝を叩くと、そのまま朱雀―――本来の姿へと戻って消えていく。

「いいんですか? ザビエル様」

「構わぬ…戯骸の好きにさせればよい。直ぐに戻ってくる」

「そ、そ、そ、それもそうなんだな」

 ザビエルの使徒である煉獄と魔導も笑う。

 こうしてランスの一番の天敵―――魔人ザビエルの使徒である戯骸が動き出した。


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