「なるほど…魔物大将軍バートリー、大将軍の地位にいるだけはありますね」
魔物大将軍バートリーが提出した進軍予定表、それは七星の目から見ても何も問題は無い物だ。
奇を衒った作戦は無く、自軍の数と相手の数を理解した上でのごく普通の作戦だ。
この作戦の通りに動けば人間などひとたまりもないだろう。
確かに魔物将軍を複数失いはしたが、それでも数的優位は失われていない。
いくらランスと言えども、この数の暴力の前では流石にどうする事も出来ないだろう。
「七星…お前に任せる」
「ハッ、カミーラ様」
カミーラの言葉は七星は跪いて答える。
主の言葉は絶対であり、使徒は主の言葉に応えねばならない。
「さて…まずは」
「た、大変です! 大変です七星様!」
七星が以前から考えていた己の策を実行しようとした時、一体の魔物将軍が慌ててカミーラのテントへと入ってくる。
「何事ですか。ここがカミーラ様の居る所と知っての事ですか」
「申し訳ありませぬ! お叱りは後で!」
入ってきた魔物将軍は七星がここに来てから目をかけていた者である、魔物将軍キャロットだ。
中々機転がきき、冷静な判断力を持っていると七星が判断して取り込んだ者だ。
「ザビエル様の使徒…戯骸様が現れました!」
「なんと…!」
キャロットの言葉には流石の七星も驚きの声を上げる。
あのカミーラですら、戯骸の名前を聞いて唇を少し動かしたほどだ。
「まさか…あの戯骸がここに」
「はい…何でもこちらにいる強い人間にタイマンを申込みに来たと…」
「成程…戯骸もまたこちらに来ていたのですか」
使徒戯骸…魔人ザビエルの使徒であり、恐らくは現在に存在する使徒の中でも最強の存在。
カミーラの使徒である七星でも、あの戯骸が相手では恐らくは負けるであろう使徒が現れたのだ。
「カミーラ様…」
「………」
七星の言葉にカミーラは何も答えない。
それは興味が無いのではなく、この状況を己の頭で整理しているのだと七星には分かる。
「私が戯骸に会ってきます。対応はそれからで宜しいですか?」
「…七星、お前に任せる」
「ハッ!」
主の言葉に七星は一礼して早足でかけていく。
「七星様!」
魔物将軍キャロットもカミーラに対して一礼してから七星を追っていく。
「ザビエル様の使徒…戯骸様ですか。私はよく知らないのですが…」
パレロアはケッセルリンクの使徒となってかなりの時間が経っているが、主であるケッセルリンクがあまり外を出歩く存在では無いため、魔人の事はともかく使徒の事はあまり分かっていない。
同じ使徒であるシャロンならば何かを知っているのではないかと思い、パレロアがその顔を見たが、そのシャロンの顔色が目に見えて悪い。
「シャロンさん…?」
「魔人ザビエル様の使徒である戯骸様ですが…恐らくはランス様にとっては最も恐ろしい敵になるでしょう。もしかしたらあのレッドアイ様よりも」
「え…」
シャロンとパレロアは昔ランスと共に魔人レッドアイと戦った事がある。
その時のレッドアイは恐るべき魔力で町を火の海へと変えた。
しかし知能が足りないという弱点を突かれ、ランスの手によって倒される直前に魔人カミーラに回収され、魔王ナイチサの手により魔人レッドアイへと変貌した。
そのレッドアイよりも恐ろしい敵と聞き、流石のパレロアも不安になる。
「ランスさんは…」
「ランス様を信じるしかありません。あの方ならば…きっと何とかしてくれるはずです。私達はその光景を何度も見てきたのですから」
「…そうですね。あの人ならきっと…いえ、必ずやってくれますよね」
パレロアは今はいないランスの無事を祈る。
今の自分は使徒…人では無くなってしまったが、それでもランスに助けられた事は忘れていない。
そしてその破天荒な冒険に共に参加した事も。
「ランスさん…御無事で」
使徒が人間の心配をする…本来はあり得ない光景だが、カミーラはそれに口を出すような事はしない。
(戯骸…か。奴は強い…それこそ下手な魔人よりもな。ランス…貴様はどうする?)
カミーラはそのベールの向こう側で、薄く楽しげな笑みを浮かべていた。
「戯骸殿!」
「おう、七星か。久しぶりだなぁ」
魔物大将軍バートリーのテントに向かった七星だったが、そこには魔人ザビエルの使徒である戯骸がキセルを片手にくつろいでいた。
七星に向かって楽しげな笑みを浮かべて煙を吐き出す。
「…一体何をしにこられたのですか?」
「おう。藤原軍との戦いが一段落ついたからな…まあ退屈凌ぎにこっちの方に来てみたんだけどよ。そしたら中々面白い光景を目にしてな」
そこで戯骸はその顔に嬉しげな、そして非常に好戦的な笑みを浮かべる。
「魔物将軍プギャランを倒した人間を見てよ…まあ遠目だったから良くは見えなかったけどよ。そいつを見てたらどうにも体が疼いちまってな」
その言葉だけで七星は全てを理解する。
この男は間違いなくランスの戦いぶりを見て、興味を持ったのだ。
(…これは危険かもしれませんね)
使徒戯骸…その力は間違いなく使徒最強であり、もしかしたらランスでも危ないかもしれない。
それを思わせる程の実力を持つ使徒なのだ。
(ですが…同時に利用も出来ますか)
戯骸は自分自らが前線に出て戦うタイプだ。
それも強い者との1対1を望む。
そしてザビエルがそれを許したという事は、本隊の方が戯骸の言うとおりもう大詰めなのだろう。
「では戯骸殿、あなたは…」
「おう、勿論そいつとタイマンしに来たんだよ!」
「ぎ、戯骸様…」
楽しそうに笑う戯骸を尻目に、魔物大将軍バートリーは唇をひくつかせている。
それも当然、カミーラが現れてから必死に考えていた作戦が全ておじゃんになってしまったからだ。
「そう嫌な顔をするなよ。俺はザビエル様に言うつもりは無いぜ?」
戯骸の言葉にバートリーの体が停止する。
つまり戯骸はバートリーが何をやっていたのかを知っているのだ。
「俺は別にその辺りの事はどーだっていいからな。お館様の言うとおり、お前はお前の仕事をしてりゃいいさ」
「は、はい…」
その言葉にはバートリーも小さくなる以外に無い。
バートリーも己の立場が大事なのだ。
「さーて…どんな奴か顔を拝みにいくかね」
そう言って戯骸は非常に楽しそうに笑った。
「う…なんか寒気が…」
「だ、大丈夫、ですか? ランス、さん…」
巴は突如として動きを止めたランスに驚きながら、荒い息をしながらその体にしがみ付く様に抱きつく。
巴の隣のベッドには既に寝息を立てているほのかの姿があり、今は自分がランスの情欲を一身に受けていた。
「うむ…何か無茶苦茶嫌な予感がするが…まあどうでもいいか。がはははは! とーーーーっ!」
今思う存分女性の体を味わっているランスだが、この後自分の最大級のトラウマを与えた存在と再会する等とは思ってもいなかった。
魔軍、動く―――その知らせが届き、周囲が慌しくなる。
藤原石丸率いる本陣と分断されてから時間が経っているが、魔軍がこうして動くのは実に久しぶりの事だ。
幸いにも魔軍が人狩り部隊を作って人間を捕らえている内に、ランスが多数の魔物将軍を撃破した事も大きい。
魔物大将軍バートリーは自分のプライドが邪魔した事もあり、本隊へと援軍の要請を出来ずにいた間、確実に反撃のための準備を整えてた。
「ついに動きましたな…」
「ええ。今までが上手く行き過ぎていたという所は否定しません。ですが、ここを凌げなければ私たちは確実に全滅するでしょう」
巴は静かに立ち上がると、皆が一斉に静かになる。
もうここに来てJAPANも大陸も何も無い。
今目の前にある、共通の敵である魔軍を何としても食い止めなければならない。
「皆さん、ここが正念場でしょう。ここを防がねば私達は終わります。大事なものを守るためにも…必ず負けてはなりません!」
「「「おおおーーーーっ!!!」」」
巴の言葉にJAPANの者も、そして大陸の者も一斉に雄叫びを上げる。
(巴様…やはり巴様も『藤原』の名を持つ者なのだ…)
藤原家に長年仕える堀川は巴を見て頷くと同時に複雑な心境となる。
(これで石丸様と子を成してくれれば…いや、意味の無い事か)
この二人はある意味で近すぎる存在である上に、その考え方も違う。
だからこそ、巴は石丸を裏切りあの異人と共に逃げ出したのだから。
その問題の異人は巴の言葉にも特に反応もせず、隣に居る女性二人にちょっかいを出し、金髪の女性に頭を叩かれている。
全くもって緊張感が無い男だが、不思議とその身に纏う空気は己の主である藤原石丸と重なる。
(だが石丸様との違いは、全く力や権力に興味を持たぬ事か…)
巴から話は聞いたが、黒部と共に居た時からそういう傾向が見られたようだ。
今は自分が危ないから正面から魔軍と戦っているに過ぎないと。
(もしこの男が石丸様と手を組んでいれば…いや、意味の無い事か)
何しろこの男は再三の石丸の説得にも全く耳を傾けなかった男だ。
(だが今はこの男の力が何としても必要…何とか石丸様と合流せねば…)
堀川が改めて決意を固めていると、
「で、次に奴等はどう動いとる」
「難しいモリね…何しろ魔人のいない魔軍がどう動くかは見当がつかないモリよ」
ランスは何時ものように偉そうにしながら言葉を放ち、平森盛はそれに嫌な顔一つせずに答える。
(…そういえば俺様も知らんな。奴等と戦った時は魔人が必ず居たからな)
過去を思い出してみても、ゼスの時もJAPANの時も必ず魔人が存在していた。
しかし今回居るのは魔物大将軍というランスも知らない奴だ。
(まあこういう時はスラルちゃんに限るな。何しろ元魔王だからな)
「で、スラルちゃんは分かるか。何しろ元ま」
ランスがスラルの事を『元魔王』と言いかけた所でレダが口を塞ぐ。
そして耳元で囁く。
(待ちなさいよランス。今ここでスラルが元魔王と呼ぶなんて自殺行為よ。今の状況を考えなさいよ)
(わかったわかった。まあとにかくスラルちゃんには聞かなければならんだろ)
「で、スラルちゃん。実際その大将軍とやらはどうなんだ」
ランスの言葉に皆がスラルに注目する。
「大将軍…その名の通り指揮能力に関しては優秀よ。そういう種族だしね。強さも…魔人と遜色は無い。でも基本的に趣味に走る一面もあるのも間違いは無いわ」
「…その趣味というのが」
「そうよ。この魔物大将軍なら生き血を搾る事でしょうね。だからまだ勝敗もついてないのにあんな人狩り部隊に魔物将軍をつけるのよ。魔物将軍は基本的に貴重なのにね」
魔物将軍を失うのは魔軍にとっては非常に痛手である。
普通の魔物兵とは違い、補充が難しいからだ。
魔物界ならば補充も出来るだろうが、今回魔王が派遣した魔人は1体だけという事から人間を本格的に絶滅させるつもりは無いのだろう。
そもそも魔王が本気ならば、この世界の生命体を一人で絶滅させる事が出来るのだから。
「ただ…今回で複数の魔物将軍を失った事で、本隊から新しい魔物将軍と魔物兵が派遣される可能性は否定できない。そこばかりは運ね…」
スラルの言葉に重苦しい空気が漂う。
複数の魔物将軍を倒したのはいいが、結局は相手にはそこまで大きなダメージを与えた訳では無いのだ。
だが、その場でただ一人、そんな空気を全く感じていない男がいる。
「つまりはその魔物大将軍とかをぶっ殺せばいいんだろうが。で、そいつは何処にいる」
ランスだけが何とも無いように…まるで普通に冒険へと旅立つかのような平然とした声をしている。
「それが…まだ分からないモリよ。こちらは防衛だけで手一杯で情報の収集が出来なかったモリよ」
「なんだ、使えんな。相手の居場所くらい把握していろ。おいほのか、ちょっと行って調べてこい」
「…無茶を言わないで」
ランスの無茶振りに流石のほのかも呆れた声を出す。
「何だ、出来んのか。まあいい、だったら俺様が直々に見つけてぶっ殺してやる」
「そっちはランス殿に任せた方が良いかもしれないモリね…それよりも、今回動いた魔軍の数はどれくらいモリか」
森盛はまずは目の前の危機を何とかする事を優先させる。
魔物将軍が減ったとはいえ、相手にはまだ大凡35万の魔物兵がいる。
その数はこちらの大凡2倍…魔物兵が普通の兵士よりも強い事を考えれば防ぐのは不可能とも言える数だ。
その中のどれ程の数が動いたのか…これは重要な事だ。
「そ、その…1万程です」
「え? 1万モリか?」
伝令の兵の言葉に森盛も他の者も皆拍子抜けしてしまう。
1万というのはいくらなんでも魔軍としては少なすぎる数だ。
「はい…どういう訳か、その数でこちらに攻め込んでくるようです」
「1万か…どういうつもりなのかしらね」
その数にはスラルも首を捻らざるを得ない。
魔人が1万の数を率いるというのであれば納得は出来る…カミーラは部隊を指揮するような性格では無いし、メガラスは進行速度が違い過ぎる上に無口過ぎるため殆ど単独行動をしている。
「フン、そんな数ならばこちらも部隊を出して潰せばいい。貴様等も俺様の強さを見てればいい。がはははは!」
ランスはそう言って笑うが、後にその笑いを後悔する事になる。
何故なら、今回の魔軍にはランスに甚大なトラウマを植え付けた存在が部隊を率いているのだから。
魔軍陣営―――
「あ、あの…戯骸様。本当にこの数で良いのですか?」
「いいんだよ。俺はこっちにいるどえらい強い奴とタイマンしに行くんだからよ」
「は、はあ…」
魔物将軍の言葉にザビエルの使徒である戯骸はキセルを片手に答える。
戯骸の参戦は魔軍の士気を大いに上げ、魔物将軍を失った魔軍にとっては有難い事…のはずだった。
が、戯骸の口から出たのはそんな魔軍にとっては完全に予想外の言葉だった。
『俺は向こうのどえらい強い奴とタイマンしに来ただけだからよ。お前達は手を出すんじゃねえぞ』
その言葉に魔物大将軍バートリーは思わず口をあんぐりと開けるしか無かったほどだ。
バートリーは何かを言おうとしたが、魔人ザビエルの許可は取れているという言葉には流石に口を閉ざすしかなかった。
それだけ本隊は順調なのだろうが、まさか人間と1対1の勝負を挑みにくるなど魔軍からは考えられない事だ。
が、それが戯骸という使徒であるのだからバートリーといえども文句を言う事は出来ない。
何しろ戯骸は無敵結界が無いだけで、魔人とも互角に渡り合えるという噂がある使徒なのだ。
「さーて、どんな奴かね」
戯骸は楽しげに笑うが、ついてきている魔物将軍は思わずため息をつく。
(戯骸様が来たから思う存分人間を殺せると思ったのだが…戯骸様には全くそんな気は無いんだもんなぁ…)
戯骸はあのザビエルの使徒にも関わらず、人間を殺戮する事を楽しむ事はしない。
純粋に強い奴とのタイマンが好きなのであって、人間そのものに悪意を向けるという事が無い。
しかしそんな戯骸をあのザビエルが認めているのだから、そういう使徒なのだと納得する以外に無い。
「戯骸様! 人間の部隊が出てきました!」
「おっ! こいつは嬉しいねえ…縮こまってるだけじゃなくて堂々と出てきやがるか…ますます俺の好みだぜ」
(はぁ…しかしまさか戯骸様がこんな性癖の持ち主だとは…)
魔物将軍は魔物でありながら、戯骸に目をつけられた人間に対して少し同情するしかなかった。
「魔軍が展開していきます!」
「こちらも部隊の展開を! 相手の動きを見逃すな!」
人間側も魔軍に合わせて部隊を展開する。
今回は魔軍と同等の数の部隊を持ってきたが、これが魔軍の策で目の前の部隊は囮の可能性もある。
「でも本当に数が少ないわね。何か策があるのかしら?」
「さあ…私もそこまで魔物と人間の戦いに注目してた訳じゃ無いから…」
スラルは自分が魔王だった頃を思い出すが、あの時は人間にも国というものが無く、今よりも混沌とした時代だった。
また自分が臆病で慎重であったため、特に前線に赴いたという事も無い。
(強いて言えばガルティアくらいかしらね)
あの時人間の中で大きな力を持っていたのは間違いなく魔人ガルティアだ。
その力は圧倒的で、自分の仲間である人間に裏切られて餓死しそうになっていた。
そこを勧誘して魔人としたのだ。
なので魔軍が魔王の命令でこれほど大規模に動くのはもしかしたら初めてかもしれない。
「問題はここで奴等がどう動くか、ね」
レダも本格的な戦い…それもこれほどの大部隊で動くのは初めてだ。
同僚はいないがまあ問題無いとも思っている。
(大分レベルが上がってきたしね。ただ、エンジェルナイトとしてのちからが発揮できないからそれでもまだ弱いけど…)
エンジェルナイトの翼はまだ出せず、ごく単純な技能だけで戦っているが、それでもレベルが上がっているため強さは感じ取れる。
(ただ…それが集団戦でどうなるかよね)
JAPANの時よりも数が多く、そこがどうなるかは不安なところだ。
ランスが自分を脳筋と言ったが、正直否定出来ない部分があるのを十分に自覚していた。
「見てください! 魔軍の陣営から誰かが出てきます! 1体だけです!」
見れば確かに魔軍の中から1体の人の形をした存在が歩いてくる。
「フン、俺様に殺されに来た馬鹿は何処のどいつだ…」
ランスも同じように人間達の中から出て来たとき、その体が完全に凍りつく。
「ランス? どうしたの?」
スラルはランスを見るが、その顔色はスラルが過去に見た事が無いくらいに真っ青になっている。
「俺の名はザビエル様の使徒の戯骸! ここにどえらい強い奴が居ると聞いてタイマン申し込みに来た!」
戯骸は堂々と名乗りを上げる。
そこには強い奴と戦えるであろう期待と興奮が見て取れる。
「俺の目の前に立つって事はお前だ…な」
そして戯骸は自分と同じように先頭に立つランスを見て、思わず目を見開く。
「? どうしたのランス君」
ランスと同じように出てきていたベゼルアイが完全に固まってしまっているランスをつつく。
見事なまでに凍り付いているランスは全く反応しない。
「そいつ…ランスって言うのか?」
「そうだけど?」
戯骸の問いかけにベゼルアイが素直に頷く。
暫くの間戯骸は体を震わせていたが、
「か~~~~~~っっ!!!」
突如として嬉しそうに自分の膝を叩く。
「いいね! あんた! 気に入ったぜ!」
その声にようやくランスは頭が再起動をする。
が、その時には戯骸はランスにとってトラウマとなった一言を告げる。
「あんたは俺の一番星だ!」
「ぎゃーーーーーー!!!」
その声にランスは悲鳴を上げて逃げようとするのをベゼルアイがその襟首を掴んで止める。
「どうしたのよランス君」
「は、離せ! なんでホモ焼き鳥がいるんじゃ~!」
「…は? ホモ焼き鳥?」
ランスの悲鳴にスラルは思わず剣の中で首を傾げる。
「いいねぇ~。そんなに俺を誘うなよ」
戯骸の声を聞いてランスは本気で逃げようとするが、ベゼルアイの腕はびくともしない。
「あ~…それってランス君が気に入ったって事? 性的な意味で」
「ああ! 勿論だ!」
ベゼルアイの言葉に力強く頷く戯骸を見て、ベゼルアイは何故かうんうんと頷く。
「ランス君、あの使徒ランス君と交尾がしたいんだって」
「うぎゃーーーー!!! 恐ろしいことを言うな!」
「大丈夫よ。私は同姓とでも子供が作れるからそういう理解力はあるから」
「やかましい!」
まるで全てが分かってると言わんばかりにベゼルアイが笑い、ランスはその手から必死で逃れようとするが、その体が全く動かない。
「で、あなたは何をしに来たの?」
「ああ…強い奴とタイマンをしに来たんだけどな…まあそいつが一番強いんだろ? 見ただけで分かるぜ」
戯骸は先ほどの言葉を発したのとは同一人物とは思えないように笑う。
その実、戯骸はランスの力を完全に感じ取っていた。
アレは間違いなく藤原石丸と同じくらいに強い奴だという事を。
「そうね…確かにこの中の人間じゃランス君が一番強いわね。ほら、ランス君。タイマンで決着がつくならいいんじゃない?」
ベゼルアイはランスを戯骸に向けてその襟首を離す。
「おう、俺は是非ともお前と戦いたいね。勿論その後も…」
戯骸の目にランスは小さな体のベゼルアイの後ろに隠れる。
「ちょっとランス!」
あの魔人カミーラ、そして自分相手にも臆せず向かってきたランスだとは思えない態度にスラルも困惑する。
「お、俺様は嫌だぞ! そうだ、早雲だ! あの童貞メガネを連れて来い!」
「いや、もう何言ってるか分からないんだけど…」
支離滅裂な事を言うランスにスラルもだんだんと頭が痛くなってくる。
同時に、それほどまでにこの相手が嫌なのだなというのは伝わってくる。
「とっととやろうぜ、ランス。俺はもう我慢の限界だぜ」
「ま、待て! そうだ、こいつに勝ったら俺様が戦ってやろう!」
やる気満々の戯骸に対し、ランスはベゼルアイの小さな体を押して盾にする。
「あらあら、そんなに嫌なのねぇ」
ベゼルアイは仕方ないという感じに笑うと、戯骸に向けて歩き始める。
「まあランス君が嫌みたいだし。私でよければ相手になるけど?」
「へぇ…まあアンタも強そうだな。まあウォーミングアップとしてはちょうどいいか。よっしゃ、やろうぜ!」
戯骸もベゼルアイの力を感じ取り、嬉しそうに笑いながら前に出る。
ランスも強いだろうが、目の前の少女にしか見えない存在も恐ろしく強い存在だろう。
「じゃあ…行くぜ!」
「かかってきなさい」
戯骸とベゼルアイは同時に走り出す。
ここに使徒と聖女の子モンスターの戦いが始まった。