人類と魔軍の戦いは続く。
藤原石丸率いる本陣は辛うじて魔物の進軍を防いでいた。
だが、防いでいたといってもそれが有効な手では無い事は皆が分かっている。
魔人が出てくれば人間の防衛も意味は無く、ただただ無慈悲に殺されていくだけだ。
が、何故か魔人ザビエルはここ最近前線には出てこない日が続いていた。
替わりに魔物大将軍が指揮をとり、確実に人類を追い詰めていた。
「堀川とは合流できそうに無いか」
「はい…無理をすれば連絡くらいは出来るでしょうが、合流はとても…」
藤原石丸…ランスとの戦いより約20年の時を経て、大陸の半分を手中に治めたはずの英雄は苦い顔をしていた。
魔人の力は圧倒的で、人類最強の力を持つといわれる藤原石丸の力を持ってしても傷一つ負わせる事は出来ない。
全ては無敵結界の前に阻まれ、戦闘になっていないという状況だった。
「少し魔軍の攻勢は弱まったが…正直ジリ貧だな」
石丸の横に居る北条早雲が苦い顔をする。
「しかし何故魔物の攻勢が弱まった? 何かあったのか?」
「それなのですが…魔人の使徒が前線を離れたようです」
「魔人の使徒がか?」
魔人ザビエル…それこそが今藤原石丸を追い詰めている魔人であり、その使徒を率いて人類を蹂躙している存在だ。
魔人だけでなく、使徒の力も恐ろしく強い…それが魔王の血を与えらえた存在だという事を誇示するかのように、人類に牙をむく。
その使徒の一体がどうやら前線からいなくなったようだ。
「…もしや堀川の所では?」
「可能性はあるが…このタイミングでか?」
その使徒が堀川のいる別隊の方に向かった可能性もあるが、既にこちらは限界に近い状態なのに、そちらに向かう理由が分からない。
「…調べておいてくれ。魔軍の動向には注意する必要がある」
そう言う藤原石丸の目はまだまだ力強い。
(そうさ。まだ俺は死んでない。死んでなければまだまだやれる)
人類の魔軍との戦いは相変わらず魔軍が完全に人間を上回っている。
200万の軍勢があった藤原石丸の人類軍も、最早滅びるのを待つだけという状況にある。
そんな中、一人の男が戦場を駆ける。
「がはははは! 死ねーーーー!!!」
「な、なんだこの人間…!? つ、強すぎる!」
ランスの相手をしている魔物隊長だが、ランスの凄まじい剣捌きの前には魔物隊長と言えども防戦一方になるだけだ。
「うおっ!? うぎゃーーーーー!!!」
何回もランスの剣を受け続けた反動か、とうとう魔物隊長の剣が砕かれる。
そして無防備になったその胴体にランスの剣が薙いだかと思うと、魔物隊長の胴体が両断される。
「た、隊長が! 隊長が死んだぞ!?」
「た、隊長が相手にならない…バケモノだ!」
魔物隊長が死んだことで、この場に居る魔物兵の士気がガタガタになる。
ランスは相手の中心である魔物隊長と魔物将軍に絞って奇襲をし、その頭を少しずつ潰していく。
「逃がす訳無いでしょ。ゼットン!」
逃げようとする魔物兵をスラルの放った魔法が襲う。
火炎系の魔法でも高位の威力を持つゼットンをまともに浴びた魔物兵は一瞬で灰になる。
「行くぞ! 何としても魔物将軍を討つぞ!」
「「「おおーーーーーっ!!!」」」
JAPANの兵士達はこの状況にも決して諦めず、果敢に魔軍へと向かって行く。
「ランスさん! あちらも準備が出来たようです」
「そうか。まあベゼルアイが居るから間違いは無いだろ」
今回はこちらの本隊と連動して作戦を立てている。
本隊の方にはベゼルアイを回し、ランスは自分が率いる魔軍討伐隊と共に別働隊として行動をしている。
「向こうは大丈夫そうね。こっちはこっちでさっさと魔物将軍を倒しましょうか」
「がはははは! 当たり付きの奴は俺様が頂くぞー!」
「行けます! 別働隊が相手に喰らいついたようです!」
「よし! 魔軍を撃退するモリよ! 前もって言っていた通り、魔物兵には3対1の優位な状況で戦うモリよ!」
本隊で指揮をとる平森盛はランス達が魔軍の中枢に喰らいついた事を聞き、即座に軍を動かす。
魔軍対策に3対1で相手と戦うという事を守らせ、被害を減らすための戦術を立てた。
しかし、相手に援軍が現れた以上被害を減らすだけでは守る事は出来ない。
ランスの言うとおり、攻めなければ相手を止める事は出来ないのだ。
「まともにぶつかる必要は無いモリ! ランス殿が魔物将軍に斬り込めるように動けばそれでいいモリよ!」
今の藤原軍には一番の戦力は間違いなくランスが率いる魔物討伐隊だろう。
JAPANと大陸から集めた猛者だけで編成された部隊は、これまで何体もの魔物将軍を討ち取って来た。
それは相手の隙をついた奇襲であり、今回のような軍と軍とのぶつかり合いとは違う。
しかしここで魔物将軍を討ち取ることが出来れば、間違いなく士気の高揚に繋がる。
「頼むモリよ…ランス殿」
「そんなに心配しなくても大丈夫よ。ランス君ならそんな簡単には死なないでしょ」
「ベゼルアイ殿」
大剣を構えたベゼルアイが何も心配もしていないような平然とした声でやってくる。
何度見ても以前の姿…子供の時の姿と比較してしまうが、それ以上に彼女の恐るべき強さには畏怖すら覚えてしまう。
「私がこっちに居ても問題無いわよ。ハウも向こうに居るしね。じゃあ私も行くから」
ベゼルアイはまるで散歩にでも出かけるかのような軽い声で前線へと向かって行く。
そしてベゼルアイが前線に辿り着いた時、魔物兵が空高く舞い上がったかと思うと、そのまま落下して動かなくなる。
「石丸殿やランス殿も滅茶苦茶に強いモリが…ベゼルアイ殿はその二人とは別の意味で滅茶苦茶モリな…」
だがそれが味方であればこれほど頼もしい事は無い。
正直言えば現状は非常に悪い。
それどころか、森盛の見立てでは最早挽回は不可能だとも思っている。
それは藤原石丸の前に居るのが魔人だという事、そして魔人には無敵結界があるため攻撃が通らない事。
しかしそれでも人類は諦める訳にはいかないのだ。
魔軍陣営―――
「駄目です! 魔物隊長が3体もやられました! 人間共を止められません!」
「救援要請が来ています! 人間の別働隊が凄まじい力でやってきています!」
「ぬぅぅぅぅぅ!!」
魔物将軍アイラバンの元に来る報告は勝利の報告では無く、救援を求める報告ばかりだ。
この結果にアイラバンは苛立ちながらも的確に指示を飛ばす。
「魔物隊長が減った所には新たな魔物隊長を向かわせろ! 数はこちらが多いのだ! 力押しで踏み潰せ!」
魔物の方が人間よりも数が多く、さらには援軍の効果もあって士気が高いのにも関わらず、人間達を蹂躙することが出来ない。
その事実がアイラバンを苛立たせていた。
「えーい人間共め…どうして急に戦い方が変わった? こんなに急激に変わるなどありえん」
いくら魔人がいないとはいえ、こうまでも人間にやられるなど考えられない事だ。
しかも同僚である魔物将軍が既に何体も倒されている。
おかげで残った魔物将軍にそのしわ寄せがきて、ここ最近は部隊の編成に大忙しだ。
使徒戯骸が来たといっても、戯骸は部隊の指揮には全く興味を示さず、大軍を率いても相手とタイマンを挑むだけだ。
「もっと数を寄こしてくれればいいものを…魔物将軍が足らんぞ」
勿論アイラバンも自分の言っている事が無茶苦茶なのは分かっている。
貴重な魔物将軍をそんな簡単に寄こせるはずは無いのだ。
しかし魔物将軍がいなければ魔軍は軍としては全く機能する事が出来ない。
魔物兵は自分を指揮する強い者が居なければ、軍としては役立たずになってしまう。
それどころか同士討ちを始める事もあるくらいに脆い関係となってしまうのだ。
「だ、駄目です将軍! 人間共が来ます! う、うわああああああ!」
報告に現れた魔物兵が魔法によって貫かれて絶命する。
「がははははは! 見つけたぞ魔物将軍! 俺様にその腹の中の女の子を寄こせー!」
黒い剣を持った人間が真っ先に乗り込んでくる。
「人間め! 死ね!」
その人間に対して魔物兵が殺到し、魔物将軍はその人間の死を確信したが、
「ぎゃああああーーーー!!!」
「え…俺の腕が! 俺の腕が!」
「あれ…なんで俺の脚が宙に浮いてるんだ…?」
魔物兵の悲鳴と共に人間がこちらに向かって来るのをアイラバンは驚愕の目で見るしかなかった。
一体何が起きたのか、アイラバンは全く分からなかった。
黒い軌跡が魔物兵の体に走ったかと思うと、その魔物兵の体があっさりと崩れ落ちていったのだ。
1体の魔物兵が人間の兵士3体と戦えるというのに、その人間は魔物兵達をあっさりと斬り伏せた。
「な、何だと!?」
アイラバンは鉄球を構えるが、
「氷の矢」
何処からか声が聞こえてくると、鉄球を持っている自分の手が凍りつく。
「ば、馬鹿な!?」
「死ねーーーーーっ!!! ラーンスあたたたーーーっく!!!」
「え…ぎゃーーーーーー!」
その驚きの間にランスの放った必殺の一撃が魔物将軍の頭に炸裂する。
魔物将軍の頭がはじけ飛び、その体が後ろに大きく倒れ込む。
「がはははは! 魔物将軍をぶっ殺したぞ!」
「やったぞ! 魔物将軍を倒したぞ!」
「うおおおおおお!!」
ランスが魔物将軍を倒した事で、ランスの周囲に居た者達が雄叫びを上げる。
「え…ア、アイラバン将軍がやられた…?」
「う、うわあああああああ! 逃げろ 将軍が死んだぞ!」
「ど、どけっ! 俺は死にたくない!」
魔物将軍が死んだ事で魔物兵達は統率がとれなくなり一斉に逃げ出す。
「ま、待てお前達! 数では我らが押しているのだ! 人間程度、数ですりつぶせばいい!」
「口先だけは立派ね。だったらあなたが実践してみせなさい」
魔物達を何とか引き留めようとする魔物隊長の前にレダが現れる。
「何を偉そうに人間如きが!」
レダの口調は完全に相手を見下すものであり、それに激昂した魔物隊長がレダに斬りかかる。
「所詮は口先だけね」
レダはその盾で相手の攻撃を防ぐだけでなく、受け止めた衝撃を相手に返す。
「うおっ!?」
全力で振りかぶった己の剣の衝撃がそのまま魔物隊長に跳ね返り、魔物隊長はその衝撃で体勢を崩す。
「死になさい」
そしてそのままレダの剣が魔物隊長の首を刎ねる。
その時には既に魔物達は我先にと逃げ出している途中だ。
「スラルちゃん。一気に吹き飛ばすか?」
「いえ、アレはもう少し後に取っておきましょう。戦いはまだ続くでしょうし、ここで私が魔法を使えなくなるのは痛いでしょう」
「それもそうだな。よーし、戦利品を頂いてとっとと帰るか。おーっ! これは中々の上玉ではないか」
魔物将軍の腹に捕えられていた女性を見てランスは喜びの声を上げる。
そしてそのまま魔物の軍の一つは壊滅的な打撃を受ける結果となった。
魔軍テント―――
「むぐぐぐぐ…アイラバンが死んだだと!? それも真っ当な戦いでか!?」
魔物将軍アイラバンの死、それは即座に魔物大将軍バートリーに知らせられた。
「さ、幸いにもアレキアンドリサ将軍は無傷でお戻りになりました」
「馬鹿者! そういう問題では無いわ!」
「ひっ!」
報告をした魔物隊長は自分に向かって怒りの声を上げるバートリーに脅えている。
「おのれ人間め…奴等に何があったというのだ。つい最近までは我らに蹂躙させるしかなかった存在が何故ここまで盛り返したのだ」
バートリーにはそれが何よりも不思議だ。
藤原石丸は恐ろしく強いというのは聞いてはいたが、それも魔人の前では無力であったはずだ。
その部下達もそこそこ強いらしいが、そもそもそいつらは今はもうJAPANの地間際まで追い詰められている。
ここに残っているのはその出涸らしのようなものであり、苦戦する要素は全く無いはずだった。
それなのに今は魔物将軍を6体…いや、アイラバンも死んだため、もう7体の魔物将軍が殺されているのだ。
不意打ちのような形で殺された6体の魔物将軍はともかく、今回真っ向な戦いで魔物将軍が殺されたというのは非常にまずい。
それだけの力が人間にはあるというのを証明してしまったようなものだ。
(いかん、いかんぞ…このままでは七星に何を言われるか…いや、それ以上にカミーラに何をされるか…)
今ここには魔人カミーラが居るが、その魔人カミーラは今回の戦いでは数に数える事は出来ない。
魔王直々に今回の戦いには手を出してはならぬと言われているため、今回は戦力として見る事は出来ない。
(だ、だがこちらに口を出す事は出来る…ぐぐぐ…こんな事ならば、カミーラなぞここに来なければいいものを…!)
今になって、あのような命令を出した己の主が恨めしいが、そんな事は口に出す事など出来ない。
魔人ザビエルの使徒である戯骸は来たものの、何しろその戯骸は部隊を率いるつもりは更々ないようだ。
魔物将軍達を連れては行くが、そもそもタイマンしか興味が無いようで、部隊の指揮などは全く行わない。
しかも戦いに満足したら今度は何もしないで戻って来るという、バートリーからすれば厄介な事この上ない。
「…戯骸様は何処にいる」
「戯骸様なら…ご自分の寝所にいると思います」
「案内しろ。戯骸様に直談判に行く」
魔物大将軍バートリーは覚悟を決めて、戯骸の所へ向かう。
本来であれば使徒に意見するなど恐ろしい事…ましてや、相手はあの魔人ザビエルの使徒であり、最強の使徒と名高いあの戯骸だ。
だがそれでもやってもらわなければ困るのだ。
「戯骸様! 戯骸様はおられるか!」
「何だよ、くつろいでる時に大声を出すなよ」
見れば戯骸は大地にマグマを作ると、そのマグマの中で優雅にキセルをふかしている。
その熱気にバートリーは思わず怯みそうになるが、それでも今回は引き下がる事は出来ない。
「戯骸様! いい加減人間共を攻撃して頂けませんか!? このままでは戯骸様もザビエル様に何を言われるか…」
「あん?」
ザビエルの名前を出した所で、戯骸の目が鋭く光る。
「俺はザビエル様に好きにしていいって言われて来てんだ。お前にどうこう言われる筋合いはねーな」
(うっ…)
そのあまりに鋭い眼光に、バートリは全身から冷や汗が出るのを止められなかった。
が、その眼光は眼光は直ぐに収まると、
「が、まあお前の言う事も分かるぜ。それにそろそろ向こうの方にも動きが有りそうだしな」
戯骸は一度煙を吐き出す。
「いいぜ。次は何があろうが奴等と戦うぜ。ただし、俺のタイマンが終わった後にだけどな」
「そ、それでも構いません! 魔物将軍アレキアンドリサとギドゴスアを付けます。何卒お願い致します!」
「分かった分かった。だから少しはゆっくりさせろや。明日は大事な日になりそうだからな」
「ははっ!」
戯骸の言葉にバートリーは声を弾ませて出ていく。
それを見届けて、戯骸は改めて楽しそうに笑みを浮かべる。
ランスは間違いなく強い。
その強い相手と戦える事、そして倒した後の事を考えるだけで興奮してくる。
「さーて…今度こそ遊ぼうぜ、ランス」
魔軍、動く。
その知らせは直ぐに知れ渡り、人が慌ただしく動き始めていた。
そんな中、ランスとレダは他人事のようにその様子を見ていた。
「まーた奴等が動いたのか。本当に魔物は数だけは多いな」
「そういうものでしょ。それよりもランス、そろそろレベルが上がってるんじゃないの」
「おお、そうだな。そういえば慌ただしくてJAPANの時からクエルプランちゃんを呼んでなかったな。じゃあそろそろレベルアップと行くか。カモーン! クエルプラ…」
「ちょっと待ちなさいよ! こんな所でクエルプラン様を呼ぶんじゃないわよ! 対象は私達だけなんだから!」
この場にクエルプランを呼ぼうとしたランスをレダは慌てて止める。
(全く…クエルプラン様は本来人間や、私みたいな下級天使が会える存在じゃ無いのよ。それなのにランスは本当に…いえ、この場合はレベル神をやってるクエルプラン様がおかしいのかしら?)
「分かった分かった。まあ確かにクエルプランちゃんをここに呼ぶと眩しいかもしれないな。おいエルシール! レベルアップに行くぞ!」
「え! あ、はい! 分かりました!」
ランスに名前を呼ばれ、エルシールも少し慌ててこちらに向かって来る。
エルシールは戦闘能力こそ並だが、彼女の真価はその統率能力にある。
おかげでこの戦いにおいても魔法使い部隊を任されている。
ランスが動くときは別働隊の隊員として、部隊として動くときはその隊長として大忙しだ。
ある意味ランスよりも忙しい人物かもしれない。
そんなエルシールと共に、ランス達は自分のために宛がわれた部屋へと入る。
「カモーン! クエルプランちゃん!」
そして何時もの様にランスが名前を呼ぶと、そこには目も眩む程の光を放つ女性が現れる。
「お久しぶりですね、ランス。レベルアップですか」
「それはそうだがとにかく眩しい。姿が見えんではないか!」
「…久々ですので忘れていましたね」
クエルプランはランスの言葉に光を収めると、そこには魂管理局の第1級神であり、今はランスのレベル神も兼用しているクエルプランの姿があった。
「では何時もの様にレベルアップだ」
「そうですね。それが私の役割ですから…では行きます」
クエルプランが呪文を唱えると、神の決めた制度の元にランス達のレベルが上がる。
「ランスのレベルは69になりました」
「ぬぅ…なんか70に1足りないのは気持ち悪いな」
「レダはレベル71になりました」
「有難うございます。クエルプラン様」
「スラルはレベル68になりました」
「順調ねー。そろそろ限界値も見えそうだけど」
「エルシールはレベル42になりました」
「自分のレベルがそこまで上がってくると少し複雑な気持ちになります…」
「では…これで失礼します」
クエルプランはそう言いつつも、消える気配が無い。
「どうした?」
「いえ…何故かあなたの顔を直に見たくなりましたので」
クエルプランはそのままランスの顔を真顔で見る。
いくら美しい女性とはいえ、そこまで真顔で見られるのは流石のランスでも気圧される。
ましてや相手は神なのだから。
「…それでは失礼します」
クエルプランは満足したのか、そのまま光と共に消えていく。
「しかし意外とレベルが上がらなかったぞ…あれだけ戦ったのだがな」
「そんなものじゃない? レベルが上がるにつれて大量の経験値が必要なのは常識だし」
「まあそうかもしれんが…」
レダの言葉にランスは少し不満そうに唸る。
ランスの特徴の一つに、レベルの上がりやすさがあるのだが、JAPANで戦いに今回の魔軍戦とかなり戦っているのだが意外とレベルが上がっていない。
そんなランスをスラルは複雑そうに見ているが、ランスはその視線には気づかなかった。
「それにしてもエルシール。あなた、意外と才能限界高いのね。人間で40を超えてるのは結構珍しいのに」
「そうですね…自分でもまさかこれ程までにレベルが上がるなんて思ってませんでしたから」
エルシールもまさか自分のレベルが40を超えるなど、貴族をしていた時には考えてもいなかった。
「じゃあ次の戦いに行きましょうか。ランス…頼んだわよ」
「フン、スラルちゃんこそ約束を忘れるなよ」
魔軍の動きに合わせ、人間達も兵を動かす。
今回は使徒である戯骸の姿が確認されており、ランスを始めとした魔物討伐隊もこちらに同行している。
そしてこれまでと同じように、使徒戯骸が出て来る。
「来いよ、ランス。俺と遊ぼうぜ」
何時もの様に鋭い視線をランスに向ける戯骸だが、今回は背後に居る魔軍の様子が違う。
「これまでとは空気が違うわね。何かあったのかしら」
その空気を敏感に感じ取ったベゼルアイが首を傾げる。
これまで何度か使徒戯骸と戦ってきたベゼルアイだが、その時の魔軍の様子がこれまでとは違う。
今までは魔軍の部隊の方も戦意が感じられなかったが、今回は違う。
「これは…もしかしたらもしかするかもね…好都合よ」
魔軍の空気を見て、スラルは自分の予想よりも遥かに大きな状況の変化がありそうな事にその口に笑みを浮かべる。
「ランス、行くわよ」
「分かっとるわ」
ランスはスラルに促され、使徒戯骸の所に歩き始める。
その結果に一番驚き、そして喜色を浮かべたのが戯骸だ。
「へえ…まさか本当にお前が来るとはね」
「フン、いい加減お前の顔を見るのにも飽きて来たからな。俺様の貞操のためにもお前はここでぶっ殺す!」
ランスは剣を構える。
それを見て戯骸は嬉しそうに構える。
ランスはというと、スラルが戯骸の変身を封じるという言葉を大いに信じていた。
これまでにランスに有用な知恵と知識を披露し、その魔力の高さからランスは何か魔法的な手段で戯骸を何とかするのだろうと考えてた。
が、次にスラルから出て来たのはランスも予想だにしないとんでもない言葉だった。
「ねえあなた。そんなにランスが好きなの?」
「あん? どこからか声が聞こえるが…まあそうだな、大好きだ!」
「ぐはっ!」
力強い戯骸の言葉に、ランスが逆にダメージを受ける。
「おいスラルちゃん!?」
「いいからいいから。それでね…もしあなたが変身無しで戦ってくれたら、ランスがデートしてくれるって」
「何だと!?」
スラルの言葉に戯骸が食いつく。
「それもただのデートじゃない、夜のデートもOKよ!」
「うぎゃー! スラルちゃん!? 一体何を言っているのだ!?」
「さあどうするの!? 機会は一度だけよ!」
その言葉に戯骸は本気で悩む。
魔物大将軍バートリーに言った事は嘘では無く、今回断られればそのまま力づくで…と考えていた。
しかしスラルと呼ばれた女性の声から出た言葉は大いに戯骸を揺さぶった。
頭を抱える戯骸を見て、スラルは自分の策が上手くいった事に内心笑みを浮かべる。
(やっぱり! この手のタイプは食いついてくると思ったわ!)
戯骸は本気でランスに惚れて、それを今の自分の立場と比較して揺れている。
そして悩んでいるという以上、この手のタイプが出す決断はいつも一つなのだ。
「分かった! 変身はしない! その代り夜のデートを受けてもらうぜ!」
「と、いう事よランス。後は頑張ってね」
「俺様を無視してなんてとんでもない約束をしていやがる!」
「じゃあ行くぜ! ランス!」
動揺するランスを余所に、戯骸は嬉々としてランスへと向かってきた。
「うがーーーーー! こうなったら絶対殺す! 俺様の貞操を守るために死ねーーー!」
こうしてランスと戯骸の戦いは始まった。
戯骸対策は完全に原作のままです
正史では多分早雲が戯骸を倒したと思うので、この展開となりました