ランス再び   作:メケネコ

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魔軍戦⑨

「どういう事だ!? 戯骸様が倒されただけでなく、ギドゴスアとアレキアンドリサも死んだというのか!?」

 魔軍のテントには魔物大将軍バートリーの怒鳴り声が響き渡る。

 そのバートリーの怒声を前に、魔物兵の一人が恐る恐る声を出す。

「ま、間違いありません…戯骸様は人間に倒され、ギドゴスア将軍とアレキアンドリサ将軍も人間に討たれました…」

 後半は消え入りそうな声で、魔物兵が報告をする。

「ば、馬鹿な…あの戯骸様が人間に倒されるだと? それどころかギドゴスアとアレキアンドリサが死に、4万の部隊が壊滅したというのか…!」

 戯骸の死、そして2体の魔物将軍と4万の魔物兵の敗北は魔物大将軍の立場を持ってしても愕然とさせた。

 バートリーは、怒りのぶつけ所が分からずにそのまま自分用の椅子へと座る。

 その眼は血走っており、何をするか分からない凶悪さを秘めていた。

 そんな魔物大将軍に何も言う事が出来ず、ただ沈黙が支配するだけだ。

「た、大変です!」

「今度は何だ! 何が起きた!」

 そこに新たな魔物兵が飛び込んでくる。

 バートリーは苛立ちを隠せずに、机にその拳を叩き付ける。

「カ、カミーラ様が来られました!」

「な、何だと!?」

 魔物兵の言葉に誰もが驚愕し、一斉に姿勢を整える。

 するとテントから一人の長身の女性が入ってくる。

 それだけで魔物将軍や魔物隊長は全身から冷や汗が出るのを止められなくなる。

 魔人カミーラ…魔人四天王の一人にして、現段階で最強とされる魔人が今目の前にいるのだ。

 その後ろにはカミーラの使徒の七星が付き従い、そのさらに後ろに魔人ケッセルリンクの使徒であるシャロンとパレロアが続く。

「こ、これはカミーラ様。い、いかなる用件で…」

 先程の怒は既に吹き飛び、バートリーにあるのは目の前の魔人から発せられる冷たいプレッシャーだけだ。

 ベールの奥にあるその顔は見えないが、まず間違いなくそこにあるのは良い感情では無いのは分かる。

「人間に負けたか…」

 それだけで間違いなくここの空気が2~3度は下がっただろう。

 魔物大将軍バートリーはカミーラのプレッシャーをまともに浴び、体が震えるのが止められなくなる。

「お、お待ちくださいカミーラ様! こ、この私めは人間になど負けてはおりませぬ! か、必ずや人間共を皆殺しにしてご覧に入れます!」

 震える声で言葉を絞り出すバートリーに、カミーラはベールの奥で薄く笑う。

 その笑みは少し皮肉気な笑みであり、こうする事しか出来ない自分への自虐の笑みとも言える。

「まあいい…私はお前が人間を皆殺しにしようがどうしようが構わぬ。だが、お前はこのカミーラの前で無様な姿を晒した…」

 バートリーはベールの奥に有るカミーラがどのような顔をしているのか分からず、恐怖で震える。

 魔人の前ではいくら魔物大将軍と言えどもそこらの魔物と変わらない。

 そして目の前にいる魔人カミーラは魔人四天王の一角、この世界でもトップクラスの実力者なのだ。

「貴様が行け…次に下らぬ姿を見せるというのであれば…ナイチサの前にこのカミーラが殺す」

「は、はい! 分かりました! 必ずや…!」

 バートリーは慌ててテントの外へと走っていく。

 そのバートリーを追いかけて全ての魔物将軍、魔物隊長が走っていく。

 そして残されたのは魔人カミーラとその関係者だけだ。

「…これでいいのか、七星」

 カミーラは少し煩わしそうに七星を見る。

「はい。カミーラ様に余計な手間をかけさせてしまいました。しかしこれで彼らの命運は決まったでしょう」

 今回のカミーラの言葉も全て七星が仕掛けた事だ。

 七星はカミーラの望みを叶えるためならばどんな事でもするし、どんな策でも使う。

 それが例え同じ陣営の存在であろうとも、カミーラの邪魔をするならば全ては敵でしかないのだ。

 相手もカミーラの事を邪魔だと思っているのは分かっている。

 互いが互いに邪魔に思っているが、力関係はカミーラが圧倒的に強い。

 そしてカミーラは今回はナイチサの命令を守っている。

 この戦いには手出しはしない―――が、手を出しさえしなければ後は何をしてもいいのだ。

 そしてナイチサもその程度でカミーラを咎める様な狭量な存在ではない。

 何しろ奴らは普通に人間に敗れる、ただそれだけなのだから。

「その後はどうする」

「ハイ…戯骸殿の登場で私の策は一度使えなくなりましたが…根本的な考えは変わりません。むしろ、ランス殿が戯骸殿を倒した事により、私の策は完全なものとなるでしょう。ですが…」

 そこで七星は一度口を閉ざす。

 これからの事は主であるカミーラに言ってもいいか、それを悩んでいるのだ。

 カミーラもそれを理解しており、七星に向かって頷いてみせる。

「問題はザビエル様です。今回援軍をこちらに送ったように、何をするかは分かりませんし、今回の指揮官はあくまでもあの方です。もしかしたら新たな魔人が送られる可能性も否定できませぬ」

 七星が一番恐れている所はそこだ。

 もし新たな魔人が来ることになれば話は別だ。

 いくらランスが強かろうと、無敵結界の前には勝つ事は出来ない。

「それに関しては問題は無い…恐らくお前の恐れる展開にはならぬだろうよ」

 カミーラは七星の不安に対して冷笑を浮かべる。

「カミーラ様?」

「魔王ナイチサ…不愉快な事だが、奴の事は私もよく知っているという事だ」

 自嘲的に笑うカミーラを七星は少し呆気に取られたように見るが、己の主の言葉ならば間違いはあるまい。

 それも今のカミーラは昔の怠惰なカミーラでは無いのだから。

(さて…人間共は何時まで持つか…あのザビエルならば直ぐに終わらせるだろうな。奴は何処までも魔王に忠実だ)

 そう、今回の目的はランスと戦う事ではない。

 皮肉な事に、今回はカミーラはランスを間接的にだが守らなければならない。

(ランスは私の使徒となる男だ…こんな下らぬ戦いで死なせる訳にはいかぬからな…だが戯骸を倒したか。奴も腕を上げたという事か)

 カミーラはそのベールの向こう側で笑みを浮かべる。

 その笑みは先ほどの自嘲的な笑いではなく、これから先の事を楽しめる事を確信したかのような笑みだった。

 

 

 

「急げ貴様等! 何としても奴等を我等の力で踏み潰すのだ!」

「は、はい! し、しかしそんな急に動くのは難しいです。食料の事もあります!」

「だったら今の食料で賄える数でも構わん! とにかく人間共を殺しに行くぞ!」

 魔物大将軍バートリーは明らかに焦っている。

 それも無理も無いだろう。

 最初はここにまわされた時は人間を好きにいたぶり殺せる美味しい仕事だと思っていた。

 それはある意味正しく、その圧倒的な力で人間を好きなだけ殺し、その生き血を搾り取ってきた。

 しかし魔物将軍が何体も殺され、その上魔人カミーラまでこちらに来てしまった。

 使徒戯骸がこちらに来たと思ったら、人間程度に殺されてしまった。

「くそっ! とにかく急げ!」

 バートリーは苛立ちながらも部下に指示を飛ばす。

 指示を受けた魔物将軍たちは急いで動き始めるが、その中でその光景を冷ややかな目で見ている者が居る。

 それは魔物将軍キャロットだった。

(フン…今になって尻に火がついたか…最初から全軍で人間を討伐していれば良かったものを…プギャランが浮かばれんな)

 同僚であり、常に最前線を求めて戦っていた自分の友の事を思い出し、キャロットは少し悲しくなる。

 この戦いは戦を望むプギャランにとっては最高の戦いの場であったが、それでも最後には人間にやられて死んでしまった。

 正直、プギャランは死ぬかもしれないという思いはあったが、それでもプギャランを倒せるのはあの藤原石丸や、妖怪王と呼ばれた存在くらいだと思っていた。

(だが…戯骸様も死んだ。そしてカミーラ様が動き始めた…こんな戦いで部下を無駄に死なせるのも御免だな)

 魔物将軍キャロットは人間に対して好戦的ながらも、決して甘くは見ない異端の魔物将軍だ。

 最初に戦ったのが藤原石丸率いる人間達の精鋭だった事も関係しているかもしれない。

 だからこそ、カミーラの七星の声をかけられた時、真っ先に食いついた。

(カミーラ様が何を考えているかは分からないが…それでもバートリーの命令を聞くよりも遥かに良い)

「おいお前。俺達はバートリーにはついて行けない。そうだな?」

 キャロットの隣に居る魔物隊長はその言葉に頷く。

「ええ。プギャラン将軍の死と、戯骸様の死が我等に酷い動揺を与えています。なまじ我等はあの方達の力を知っているだけに尚更です」

「…だろうな。俺もプギャランと戯骸様を倒した人間というのが気になるが…俺達の本来の目的はそもそも奴等の足止めだ。実際に今でも足止めは出来てるっていうのによ…本隊の方ももう少しで決着がつきそうなんだろ?」

「もう橋の所まで追い詰めたようです。長くてもあと1週間か2週間で決着がつくでしょう。ザビエル様を倒せるとは思えませぬ」

「だろうな…バートリーの奴は自分の快楽とカミーラ様への恐怖で動いてるだけだ。何の準備も無しで動けるかってんだ」

 キャロットと魔物隊長は同時に笑う。

「俺はカミーラ様にお伺いを立ててくる。どの道この戦いは俺達の勝ちで終わりだ。無理に損害を出す必要も無いだろ」

「宜しいのですか? 例の人間と戦えるかもしれませんよ」

 からかうように言葉をかけてきた魔物隊長―――自分の腹心の言葉にキャロットは笑う。

「いいんだよ。プギャランも戯骸様もやられた相手に俺が勝てる訳がねえ」

 キャロットはそのまま魔人カミーラのテントへと向かう。

 魔人のテントだというのに、そこには誰も存在しない。

(レキシントン様の所ならいっつも宴会ばっかなんだけどな…まあカミーラ様は恐ろしい方だからな…)

 キャロットもここに入るのは非常に緊張する。

 いくら使徒の七星に言葉をかけられたと言っても、カミーラは別だ。

 いつ殺されも文句を言えないのが魔人という存在なのだ。

「魔物将軍キャロットです。カミーラ様にお会いしたく参上致しました」

「どうぞお入りください」

 その女性の言葉にキャロットは一度深呼吸をすると、そのテントの中に入る。

 入ると同時に襲ってくるプレッシャーに押しつぶされそうになるが、それでも一歩ずつ魔人カミーラの下へと歩いていく。

 相変わらずカミーラはベールの奥に居るが、その存在感の強さは計り知れない。

「魔物将軍キャロットです。此度の件で、カミーラ様にお願いがあります」

「聞きましょう。カミーラ様は今非常に機嫌が良い」

 七星の言葉にキャロットは安堵する。

 使徒七星の言葉には決して嘘は無いだろうと思っているからだ。

「魔物大将軍バートリーが全軍を率いて人間の所に向かうようですが…正直我々が行く理由が有りませぬ。そこでカミーラ様に口添えをお願いしたく…」

 キャロットの言葉に七星は内心で笑みを浮かべる。

 やはりこの魔物将軍は七星が目をつけた通り、思慮の深い魔物将軍であるようだ。

 七星は一度カミーラの居るベールの奥へと消える。

 そこには七星の主であるカミーラが何時ものように座っている。

「カミーラ様。全ては私の予想通りに運んでおります。このまま事を運んで宜しいでしょうか?」

「七星…お前に任せる。好きにするがよい」

「は…」

 七星はカミーラに一礼すると、再び魔物将軍の前に立つ。

「カミーラ様のお言葉です。あなたの願いを聞き入れても良いとの事です。あなたの部隊は、カミーラ様の護衛部隊として残しましょう」

「ははっ! 有難うございます!」

 キャロットは自分の要望が叶った事に安堵する。

「それでは私は部隊を纏めてカミーラ様の護衛につきます」

「構いませんよ。その事は直接私がバートリーに話しましょう」

「助かります、七星様!」

 七星はそのままキャロットと共にテントを出て行く。

 カミーラはそれを見届けると、

「シャロン…パレロア…来るがいい」

「はい、カミーラ様」

「何か御用でしょうか、カミーラ様」

 メイドとして美しく礼をした二人の使徒に、カミーラは薄く笑みを浮かべる。

「フフ…お前達は運がいい。全てが終わったら主に報告するがいい…」

「カミーラ様?」

 シャロンはカミーラの言っている意味が今一つ分からない。

「お前達にこの私が命じる…ランスの所へ行け」

「「!!」」

 カミーラの言葉にシャロンとパレロアは目を見開いて驚く。

 まさかカミーラからこのような言葉が出るとは思わなかったのが一つ、そしてもう一つがあのランスに会いに行けという事だったからだ。

「後は七星に聞くがいい…私は今非常に機嫌が良い」

 そう言うカミーラには確かに薄く、そして楽しそうに唇が弧を描いている。

 そのままカミーラはこれ以上何かを話そうとはせず、ただ楽しそうに笑っているだけだった。

 

 

 

 魔軍が動く―――その知らせは先の勝利を喜んでいた人類に更なる緊張を与えた。

「魔軍が動いた…間違いありませんか」

「間違いありません! 先程の数よりも多くの魔軍が動いております! その中には魔物大将軍の姿も確認されました」

「魔物大将軍が動いただと…」

「とうとう本隊が動いたか…」

 その報告には誰もがざわめき、それぞれに顔が不安に染まっているのが分かる。

「何をそんなに驚いている」

 ランスはその光景を少し不思議そうに見る。

「ランスさんは知らないんですね。今まで魔物大将軍バートリーが自ら動くなんて無かったんです。何時も後方から指揮をしているだけでしたから」

 与一の言葉にスラルが剣の中で頷く。

「それが魔物大将軍の役割だしね。でもどうして今になって魔物大将軍が動いたのかしら…」

 魔物大将軍は普通は後方で指揮を執るものだ。

 かつてスラルの時代でも魔物大将軍の役割は決まっている。

 中には好戦的で自ら前線に立つという者もいない訳では無かったが、そんなのは非常に稀だ。

(思えばそれで私はガルティアを見出したのよね…)

 自分が自ら魔人へと引き込んだうちの一人を思いだす。

 ガルティアは人であった時から非常に強く、多数のムシ使いと共に魔物大将軍を倒すだけでなく、魔人とも戦い抜いた人間だ。

(そういえばケッセルリンクとはよく会ってるけど、ガルティアは何をしてるのかしら…)

 大食漢で、自分の料理を美味しい美味しいと平らげた魔人…『獣の王』の称号を持つ魔人が今何をしているか気になってしまう。

「…ところで何でスラルちゃんは出てこないのだ」

「………お願いだから何も言わないで。今私はランスとは顔を合わせられないから」

「どういう事だ」

 スラルはあの時の一夜の事を思い出し、今でもランスと顔を合わせる事が出来ない。

 ランスの顔を見るとどうしてもあの事が鮮明に脳裏に甦り、恥ずかしさで顔から火が出そうになる。

(ううう…ランスの馬鹿)

 そこには微妙な乙女心があるのだが、ランスにそれを察しろというのは酷な事だろう。

「で、数はどれくらいなの?」

「全部隊を動員している訳では無いようです。その数は大凡8万といった所でしょうか」

「8万か…」

 その言葉にレダは難しい顔をする。

「ベゼルアイ。ハウセスナースはまだ力が戻って無いんでしょ?」

「ええ。流石にあれだけの力を使うのは当分無理ね。私みたいに大人になれば話は別だけど…当分は厳しいわね」

「そうかぁ…」

 ベゼルアイの言葉はレダの想像通りの言葉で、先の魔軍との戦いの時のような奇襲は最早通用しないだろうし、使うことが出来ない。

「フン、ようはその魔物大将軍をぶっ殺せばいいんだろうが。俺様に言わせればカモが葱を背負ってやって来たのと同じ事だ」

「そう上手くは行かないわよ。今度は今までのように上手くは行くとは限らないわよ」

 スラルの言葉にランスは不満そうな顔をする。

「とにかく情報が必要です。ほのか、可能な限り情報を集めて下さい」

「承知」

 巴の言葉にほのかの姿が消える。

 忍者である彼女の情報がこの戦いで一番重要な事だ。

「決戦になりますね…ですが、ここで魔物大将軍を倒せなければ石丸との合流は難しくなります」

「ええ。何としても魔物大将軍を倒さなければ…」

 堀川も決意を新たに拳を強く握る。

 もうあれから随分と時間が経過している。

 あれから石丸の情報も入ってこず、今はどうしているか分からない。

 だが、まだ殺されてはいないという確信もある。

「ランスさん…お願いします。私達にはもうあなたを頼るしかありません」

「フン、言われなくともやってやるわ」

 巴の言葉にランスは何時もの様に応える。

 しかしランスも魔物大将軍とは戦った事は無い。

 スラルの言葉では無敵結界が無いだけで魔人級の力を持っているという事らしい。

(まあ俺様なら大丈夫だろう。あのホモ焼き鳥もぶっ殺した事だしな。まあほのかが戻って来るまでは英気を養うとするか)

 ランスの英気を養う=セックスなので、ランスはこれから巴の体を思う存分楽しもうと考えていた。

 その通り、新たな情報が得られるまでランスは思う存分英気を養った。

 そして新たな情報は意外な形でランスに齎されることとなった。

 

 

「ランス殿。ランス殿にお客様です」

「客だと? 男なら会わんぞ。かわいい女の子ならば会ってやろう」

「その事なのですが勿論女性です。ランス殿とお知り合いとの事で、シャロンとパレロアと名乗っております」

「何だと!? 今すぐ通せ!」

「はい!」

 ランスは聞き覚えのある名前に反応し、直ぐに会う事を決断する。

「ランス、シャロンとパレロアって…」

 レダもその名前を当然のように覚えている。

「でも…シャロンは使徒だし、パレロアが今の時代で生きてるって事は…やっぱり彼女も使徒になったという事かしら?」

 スラルもその名前を懐かしむよりも、パレロアがこの時代に居るという事でもしやと思う。

 そしてその二人が通された時、まず第一に反応したのがエルシールだった。

「パレロアさん!」

 シャロンとパレロアが入って来るなり、エルシールがパレロアに抱きつく。

 パレロアは一瞬驚いた顔をするが、直ぐにエルシールを抱きしめ返す。

「久しぶりですね、エルシール。それにランスさん、レダさん、スラルさんも」

「本当にお久しぶりです。こうして再び出会えた事を嬉しく思います」

 シャロンもランス達の姿を確認し、嬉しそうに笑う。

「うむ、お前達も変わらんな。と、言いたい所だが…」

「ランスさんの疑問は尤もです。魔軍の一員である私達が何故…という事でしょう?」

 ランスの言葉にシャロンは苦笑する。

 確かにランスとは個人的な親交はあるが、今は人類と魔軍が戦争をしている最中であり、使徒であるシャロンとパレロアは魔軍側の存在だ。

「あ、まさかケッセルリンクが来てるのか?」

 ランスの言葉にパレロアは首を振って答える。

「来ているのはカミーラ様です」

「な、何だと!?」

 その言葉にランスだけでなく、レダもエルシールもスラルも驚愕する。

 皆カミーラの事は知っており、その目的も知っている。

 ランスに己の力を見せつけ、ランスを己の使徒にしようとしている。

 無理矢理使徒にしようとするのではなく、ランスの自分の意志で使徒へとしているのが幸いだが、狙われているランスからすればたまったものではない。

 何しろカミーラは本当に強いのだ。

 もし本気でカミーラが本気を出せば、ランスは今頃使徒になっていただろう。

「大丈夫です。カミーラ様は此度の戦争に参加する事は出来ません。魔王様によって止められていますから」

 シャロンはランスを安心させるように笑う。

「だとするとどうしてあなた達が? てっきりケッセルリンクが来ているとばかり思ったけど」

「その件ですが…こちらをご覧ください」

 シャロンが取り出したのは1枚の地図と書類だ。

 レダはそれを受け取り、机に広げる。

 そして書類を見て―――

「…これ、何て書いてるの?」

 文字が読めずに微妙な顔をする。

「大丈夫よ、私が読めるから。ふむふむ…ってこれ魔軍の行動を示したものじゃない!?」

「はい。カミーラ様がこれをランス様に渡すようにと」

「カミーラって…相変わらずカミーラは自分勝手なのね。まあ今回は非常に助かるけど」

 スラルは地図と書類を交互に見ながら色々と考える。

 今回の魔物大将軍の行動は恐らくはカミーラが一枚噛んでいる。

(多分カミーラは魔物大将軍は死んでもいいと思ってるのね。それでいてランスは生かしておきたいけど自分では動けない…だから間接的にランスを助けようとしている)

 魔王であったときからカミーラとはあまり付き合いは無かったが、ランスと出会ってカミーラとの接点も大きくなった。

 非常に自分勝手で我儘で怠け者で…それでいて自分の意志を決して曲げない存在だ。

「別の人にも話を聞く必要があるわね…レダ、ちょっといいかしら?」

「いいわよ」

 スラルは知識はあるが、こうした軍事的な事に関してはどうしてもその道の者には敵わない。

 だとするとこの書類の出所の説明は難しいが、それでも話す必要はある。

「ランス、ちょっと付き合ってよ。私はランスの剣からそんなに離れる事が出来ないんだから」

「何だ。折角シャロンとパレロアと久々にやろうとしているのに」

 ランスは既にシャロンの体に手を伸ばしていた。

 シャロンは少し困った表情をしているが、それでも決してランスの手を拒む事はしない。

「駄目ですよ、ランスさん」

 そこをパレロアが軽くランスを諌める。

「分かった分かった。そんな目で見るな。行けばいいんだろ行けば」

 ランスはシャロンの身体から手を離すと、そのまま剣を手に取る。

「どっちにしろ俺様が動くのだから絶対に勝つに決まってる。それが主人公というものだ」

 

 

 

 魔軍本陣―――

「戯骸め…死んだか」

 魔人ザビエルの言葉にその使徒たちは一斉に驚いた顔で主を見る。

「戯骸が、ですか?」

「ぎ、ぎ、ぎ、戯骸がやられた?」

「………」

 使徒である煉獄、魔導、式部の視線を受け、ザビエルは予想外の現実に思わず唇を歪める。

「まさか戯骸を倒す程の人間がいるとはな…」

「それは確かに意外ですな。しかし気にする事も無いのでは」

「そ、そ、そ、そうなんだな。戯骸の事だからそのうち復活するんだな」

 同じ使徒である戯骸の死にも、煉獄と魔導はそれほどショックを受けていない。

 何故なら使徒戯骸はフェニックスであり、例え死んでもその内甦ってくる。

 これは魔人にも出来ない事で、それこそが戯骸を最強の使徒と言わしめている力の一つなのだ。

「もう人間共は橋の向こうです。戯骸の力が無くとも十分だと思いますよ」

「うむ…それに関しては気にしてはいない。だが、人間共が調子づくのは看過できんな…」

 ザビエルは残忍な笑みで使徒達を見る。

 使徒達もその笑みに同意するように笑って見せる。

「ザ、ザ、ザ、ザビエル様…魔人を動かせばいいと思うんだな」

 魔導の言葉にザビエルは少し難しい顔をする。

「大丈夫だと思いますよ。ナイチサ様は藤原石丸と月餅を殺せと言いましたが、他の人間に関しては特に何も言っていませんでしたから。それに他の魔人が勝手にやったという形にすればいいでしょう」

「他の魔人…適任者はいるか」

「い、い、い、いるんだな…あの鬼に任せればいいと思うんだな」

 その言葉にザビエルは苦笑する。

「レキシントンか…確かに奴ならば戯骸を倒した人間が居ると聞けば喜んで動くだろうな」

 自分と同じく魔王ナイチサの手によって魔人となった存在の事を思い出す。

 何よりも戦いが好きで、あのトッポスとも好んで戦うあの魔人を。

「魔導…レキシントンの事はお前に任せる」

「ま、ま、ま、任せて欲しいんだな」

 ザビエルの言葉に魔導の姿が消えていく。

「他の奴等は良いにしても、問題はこの橋ですね。狭くて思うように進めませんよ」

「問題は無い…私が直接蹴散らせばいい事だ。それよりもこれ以上邪魔が入る事だけは絶対に許さん」

 ザビエルは何よりも魔王ナイチサの命令を最優先に考える。

 それは今までもこれからも決して変わる事は無いだろう。

 

 そして一つの歴史が今また変わろうとしていた。

 使徒戯骸の死によって、本来はこの戦いには参加していないはずの魔人が動く事になる。

 魔人レキシントン―――その力が人間達に、そしてランスに向けられようとしていた。

 


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