JAPANの天満橋―――
そこでは沢山の兵士達が急いで防衛の準備をしていた。
ここを失えば最早JAPANまで乗り込まれてしまう。
そのためには何としてもこの橋を死守しなければならない。
無数の兵士と鬼が土嚢を運び固める。
その作業が昼夜問わず行われていた。
「全く…返す返すも俺のミスだな…まさか帝になっても魔人に手も足も出ないなんてな…」
初代帝藤原石丸はこの光景を見て悲痛な表情を浮かべる。
自分を信じてついてきてくれた多くの部下達はこの戦いで命を落とした。
堀川の部隊も完全に孤立してしまっており、こちらに合流するのは最早難しいだろう。
そもそも、本隊である自分達が最早風前の灯なのだ。
それでも石丸は諦めてはいないし、自分を信じてくれている部下達も同様だ。
「おう、石丸。お前も少し休んどけよ」
「黒部か」
石丸は自分の横に座る20年来になる友人に目を向ける。
「悪いな…黒部。お前との約束は果たせそうに無いな」
「気にするなよ。俺は全く気にしてねえからな」
石丸と黒部は互いに笑う。
が、そこで石丸は笑みを消すと、真剣な顔で黒部を見る。
「なあ黒部。お前一人なら何とか堀川の所に行けるか?」
「あん? いきなり何言ってんだ」
「堀川はまだ何とか耐えてくれている。その理由がよ…黒い剣を持った異人の力だって話だ」
「何だと!?」
石丸の言葉に黒部は驚く。
黒い剣を持った異人…それで思い出す人間は石丸にとっても黒部にとっても一人だけだ。
「ああ…ランスが居るみたいだ。それで堀川達は持ちかえしたようだ。まあそれでも俺達との合流は難しいだろうけどよ」
石丸は手にある帝ソードを見て苦笑する。
「もう少し…もう少し早くあいつと出会えていればな…そうすれば何とかなったかもしれないってな」
「ランスの奴が…ここにか」
黒部にとってもランスという人間は特別な存在だ。
自分を最初に倒した人間であり、初めてその人間と旅をし、帝レースを共に戦った人間。
そして自分に何も言わずに消えてしまった奴だ。
「黒部…俺の頼みを聞いてくれ。お前はランスの所に行ってくれ。お前だけなら行けるだろう」
「何言ってやがる! 俺がいなくなったらこれ以上誰が…」
牙をむき出しにして石丸に詰め寄る黒部を、石丸自身が制する。
その目は非常に優しく、黒部がこの20年見続けてきた石丸の好きな部分だ。
「20年前に言っただろ。ランスの奴を見つけて文句を言ってやるってな。その時が来たんだよ」
「石丸!」
「俺はこの20年お前を友として見てきた。お前もそう見てくれたことを嬉しく思う。でもな…お前の最初の人間の友達はランスなんだろ?」
「………」
黒部は20年前の事を今でも鮮明に思い出せる。
そして自分に対して少し辛そうな目を向けるスラルの姿、そして今でも持ち続けているスラルの手紙を。
その手紙の解読は今でもしていない。
これはスラルに叩きつけて、その場でこの手紙を読ませるためにずっと大切にして来たものだからだ。
「だからよ…黒部。これが俺の最後の命令だ。ランスの所へ行くんだ。そしてあいつを助けてやってくれ」
「お前…」
「そろそろあいつにお前を返す時が来たんだよ。だから行くんだ」
石丸の言葉に黒部は何も返すことが出来ない。
この20年、石丸と共に歩んだ日々は楽しかった。
共に戦い、共に笑い、共に風呂に入る…そんな日々が嫌でも思い出される。
「行け、黒部。お前自身のためにもな」
「………ああ、分かったよ」
黒部は立ち上がると、そのまま振り返る事無く歩いていく。
「石丸…悪いな」
「いいんだよ。俺達は友達だろ」
「…ああ!」
そのまま黒部は入っていく。
その背中を見て石丸は満足そうに笑う。
「じゃあな、黒部。多分もう会えないけどよ…」
石丸はそのまま天を見上げる。
「壁は想像以上に厚くて高かった…20年走り続けたけどこれが限界だったか」
悔しそうに天を仰ぐが、それは一瞬。
「だけどよ…藤原石丸の首、そう容易く獲れると思うなよ」
直ぐに獰猛な笑みを浮かべる。
そう、帝の首はそんな簡単に取らせてやる訳にはいかない。
石丸は決意を露わに、遠くに居る魔軍を睨みつけていた。
「急げお前達!」
魔物隊長の言葉に魔物兵が行進を続ける。
部隊の速度は決して遅くは無いのだが、魔軍にはあるプレッシャーがかかっている。
それこそが魔人カミーラの存在であり、特に魔物大将軍バートリーはこの戦いの結果次第ではカミーラに処罰されてしまう。
無慈悲かつ好戦的なカミーラが下す処分は処刑以外にはあり得ない。
その恐怖から、バートリーは焦っていた。
「人間共の動きはどうなっている」
「今のところは動きは有りません。人間達も我らの動きには気づいているでしょうから、何かあるものかと思いますが…」
「分かっている! 各自警戒は怠るなよ!」
バートリーはやや神経質になっており、味方のはずの自分の軍の動きがどうも気になってしまう。
「イラついてるな…バートリー様」
「当然だろ…俺だって正直逃げたいよ」
魔物隊長は苛立つバートリーを見ながらため息をつく。
思う存分に人間をいたぶれる地域に配置されたと思ったら、人間からの予想外の反撃を受けて今はその数を半分以下にまで減らしている。
討たれた魔物将軍はとうとう二桁近くとなり、散り散りになった魔物兵は魔物スーツを脱ぎ捨ててそのまま野良のモンスターとなってしまっている。
そうなれば最早軍として保つ事が出来ず、いくら魔物隊長と魔物将軍がいようとも意味が無い。
「キャロット将軍が正直羨ましいよ…」
「仕方ないだろ。カミーラ様直々に居残りの部隊に選ばれたんだから」
魔物将軍キャロットとその配下だけは魔人カミーラの下に残っている。
つまりはキャロットの軍団だけはカミーラには処罰されないという事になる。
人間共を殺せれば良いのだが、それが出来なければ完全に罰ゲームだ。
しかも使徒戯骸が人間に倒された事は知れ渡っており、その士気はどうしても上がっていない。
殺しを楽しめるはずの人間狩りが、最早自分達の首を絞める状況になるとは思ってもいなかった。
だがそれでも魔人カミーラに殺されるよりはマシだと考えて行軍を続ける。
「バートリー様。ここが本日のキャンプ予定地となっております」
「む、そうか。もうここまで来たか」
バートリーは目の前にある巨大な崖を見てため息をつく。
予定通りの行軍ではあるが、その士気が大幅に落ちているのはバートリーも十分理解している。
(人間共を殺しに行くというのにどうしても士気が上がらんか…クソッ! カミーラめ!)
バートリーはこの場に居ない魔人カミーラに心の中で悪態をつく。
もし魔人カミーラの言葉が無ければこんな無理な行軍はしなくて済んだのだ。
腹立たしいが、本隊から援軍を待って人間達を皆殺しにするつもりだった。
しかし現実は魔人カミーラには死刑宣告をされたも同然の状態だ。
ここで人間達を倒せなければ、無能としてカミーラに殺されるだろう。
(大人しく自分の城で寝転がっていればいいものを…ナイチサ様もナイチサ様だ! どうしてあんな事を許可したのだ…)
魔王ナイチサが魔人カミーラを少し疎んじているのは誰もが知っている。
カミーラもそれを察しており、魔王の元へ訪れる事はほぼ無い。
魔人ケッセルリンクとは個人的な親交があるようだが、基本的にはカミーラは自分の城からあまり動く事は無い。
それ故に、カミーラがあんな事を言ったのか謎だし、それを魔王ナイチサが限定的とはいえ許可をしたのかが全く分からない。
それは過去にカミーラがレッドアイを捕えるという功績を上げたからなのだが、その時に生まれていない今の魔物達にはそれを知る由は無かった。
「しかしバートリー様。本当にこんな所で宜しいのですか?」
魔物将軍の1体が不安そうな顔で目の前の崖に等しい岩の壁を見る。
「大丈夫だ。それに人間達もそれを知っているからこそ、ここに町を作ったのだろう」
魔物大将軍バートリーが行軍の休憩地として選んだのは、かつて人間達が住んでいた町だった。
ここならばある程度の施設は利用できるし、多くの魔物兵が休む事が出来る。
そして人間の襲撃を受けてもこの地ならば崖の上は全く気にする必要は無い。
こんな所から奇襲できる人間など存在はしないだろう。
何しろ斜面が90度近いうえに、かなりの高さがあるため空でも飛べない限りはこんな所からは襲撃は出来ない。
「それよりも全軍を休ませろ。もうすぐ奴等に一斉攻撃を仕掛けるのだからな」
「ハッ!」
バートリーの指示で魔物大将軍用の巨大なテントが作られる。
バートリーはそれを見て、全軍を休ませるように指示を出し自分もテントの中へと入っていく。
「ふう…文句を言っても始まらんか。何はともあれ人間共を皆殺しにすればいいだけだからな」
カミーラの事も戯骸を倒した人間の事も腹立たしいが、それを今言っても仕方がない。
自分が取る道は最早人間共を皆殺しにする以外に他は無いのだ。
「人間共はまとめてミンチにしてその血を一滴残さず搾り取ってやる…久々に血のプールでも作るとするか。それくらいなければ割に合わんな」
バートリーはこれからの事を想像し、狂気とサディスティックな笑みを浮かべて眠りについた。
「ククク…居る居る。シャロンとパレロアの言っていた通りだな」
魔物大将軍バートリーが『襲撃などあり得ない』と言っていた崖の上で、ランスはキャンプを取る魔軍の動きを完全に捉えていた。
「本当ね。まあおかげで仕込みが出来ている訳だけど…本当にいいの? かなり無茶苦茶な作戦だけど」
「別に俺様が復興する訳じゃ無いからな。その後の奴等が好きにすればいいだけだ」
不安そうなスラルに対してランスは知った事では無いと言わんばかりの笑みを浮かべる。
そんなランス達の背後では人間達が一心不乱に作業をしている。
「ええ、その辺よ。その辺りなら大丈夫。ちょっとやそっとじゃびくともしないからそんなに怖がる必要は無いわよ」
そして地の聖女の子モンスターハウセスナースが大まおーに引っ付きながら人間に指示を出している。
「でもやっぱり少し時間がかかりそうね。問題はそれまで持つかどうかだけど」
レダの言葉にもランスは笑みを消す。
「まあ奴等がやると言ってるんだからやるんだろう。負けた時の事は知らん」
相手の動きを把握しているのは良いのだが、それが必ずしも相手を倒せるという事にはならない。
だが、今回の作戦のためには魔軍をここに足止めをしておく必要がある。
最低でも魔物大将軍はここに釘付けにしておかなければならない。
「しかしここは大して変わっとらんな」
ランスはこの地形を見て昔の事を思い出す。
それは今から何年前になるかは忘れたが、ヘルマンが魔人の力を借りてリーザスに侵攻してきた時の事。
ランスはここである敵と戦い、それに勝利した。
が、その相手がとんでもない相手だったため、ランスでも覚えていた。
(たしかサウスだったか。ここはリーザス地方なんだな)
ここはLP期における鉱山都市サウスの町…かつてヘルマン第3軍の隊長であった、ミネバ=マーガレットと戦った地。
あの時ミネバは味方もろとも崖崩れに巻き込むというとんでもない方法で戦い―――ランスはそれ以上にとんでもない方法でミネバを倒した。
ある意味ミネバとの因縁が出来た土地でもある。
「それにしても…本当にいいんでしょうか…」
エルシールは少し青い顔でランスを見る。
「別に構わんだろ。後の事より目の前の奴等を何とかしないといかんからな。ここであいつは絶対に殺す」
「そうかもしれませんけど…」
今回のランスの作戦はとても褒められたものでは無いだろう。
少なくとも為政者ならこんな作戦は誰もとらないし、とれないだろう。
「おいハウセスナース。本当に大丈夫なんだろうな」
「この前のような事は出来ないけどね。道を作るくらいなら出来るわよ」
ハウセスナースの言葉にランスは笑う。
「よーし、奴等を残さずぶっ殺すぞ」
翌朝―――魔物大将軍バートリーは目を覚ますと、直ぐにでも行動を開始しようとする。
何しろ魔人カミーラが何時自分を処断しにくるかが分からないからだ。
なるべく早く人間達を殺さなければならない…そのために、無理をして行軍しているのだ。
食料もギリギリしか用意する事が出来ず、この行軍でも何体かの脱走者が出てしまっている。
それに関しては、腹立たしいが今はどうする事も出来ない。
逃げ出した連中よりも今は何よりも人間をどうにかしなければ自分の命が危ない。
「よし、お前達行軍の準備をしろ! 急げ!」
バートリーの指示で魔物兵達が一斉に行軍の準備を始める。
無茶な行軍で疲労もあるのだが、魔人カミーラの命令とあっては嫌でも従わざるを得ない。
皆がその恐怖から手早く行動をするが、所々ミスが増えていてしまっている。
それも大いに不満だが、ここで腹を立てても仕方がないとバートリーは諦めるしかない。
「人間だ! 人間が攻めて来たぞ!」
「何だと!」
伝令の兵の言葉にバートリーが驚愕する。
(人間共が今まで出て来る事は殆ど無かった…戯骸とは戦ったようだが、それは戯骸が1対1というふざけた事をしていたからだ。いや、それ以上に何故人間共はこんなに早く動けたのだ!?)
これまで人間達は城に籠っており、野戦を挑んでくるという事は殆どなかった。
ここ最近は魔物将軍が何体かは倒されたが、それでもこちらの方が数は多いのだ。
「規模は!」
「矢です! 無数の矢が飛んで来ています!」
「防衛部隊を前面に出せ!」
「し、しかしまだ防衛部隊の用意が出来ておりません!」
「ちっ!」
バートリーもまさか人間共がこんなにも早く、しかも奇襲をしてくるとは思ってもいなかった。
そのため、重量もかさむ防衛部隊の数は少なく、しかもまだ準備が整っていない。
「ならば追え! 人間共を殺すのだ!」
「ははっ!」
バートリーの指示で魔物将軍が一斉に動き出す。
指示を出しておきながら、バートリーは少し不安になる。
「おいお前、残りの者を集めて周囲を警戒させろ」
「え? は、はい。わかりました」
魔物将軍の1体が怪訝な顔をしながらもその指示に従う。
「考え過ぎならば良いのだがな…」
そう言いながらもバートリーは不愉快そうに口を歪めた。
魔物兵は逃げる人間達を追う。
やっと人間を殺す事が出来るという喜びと、カミーラに処罰されるかもしれないという恐怖から必死に人間を追う。
が、いつまでたっても人間に追いつくことが出来ない。
「ど、どうなってんだ? なんか人間達随分早くないか?」
「そ、それもそうだけどよ…なんか走り辛いな」
魔物兵は必死になって走るが、人間達はとうとう自分達が追いつけない範囲にまで逃げてしまった。
「ぜえ…ぜえ…も、もう駄目だ…」
重装備の魔物兵…魔物惨殺部隊がとうとうへたり込む。
両の手に斧を持ち、普通の魔物兵よりも重装備の魔物兵はそれだけ消耗が激しい。
ましてやここ最近の強攻軍でロクに睡眠もとれず、食事の量も足りな過ぎた。
その状況での全力疾走ときては、もう起き上る事も難しかった。
「と、とりあえず、戻るか」
「そ、そうだな。もう人間達の姿は見えない、しな」
もう魔物兵の視界からは人間達は消えてしまっている。
魔物兵達は疲れた体を引きずって、何とか陣地に戻る。
その結果を聞いて魔物大将軍バートリーは激怒するのだが、それが尚の事魔物兵達の士気がすり減っていく。
そしてその人間達の襲撃は断続的に続いていくが、常に結果は同じで人間達に追いつく事は出来ない。
「むぐぐぐぐ…人間共め! どんな手品を使っている!」
「バ、バートリー様。連続の人間共の襲撃とこれまでの強行軍で、既に兵達が疲れ切っています」
「ぐううううう…」
バートリーは唸るが、兵達の疲労はどうしようもない。
元々が無理な強行軍であったため、中々休む暇は無かった。
この地で留まって既に2日、何の成果も得られていない。
「バートリー様。ここは少しの間兵を休ませては如何でしょうか? カミーラ様も人間と戦っているのであれば文句は言わないでしょう」
「…だといいのだがな」
部下の言葉にバートリーは不安な様子を見せる。
何しろ相手は魔人カミーラ…その牙がいつ向けられてもおかしくは無い。
それだけの逸話がカミーラにある…と言われている。
気に入らない魔物はすぐさま殺し、使徒に色目を使ってもやっぱり殺される。
何時カミーラの怒りが向けられるのか全く分からないのだ。
(が、部下の言う事も尤もか…このままではいざという時に兵士達が使い物にならん…)
今回の人間達の襲撃は完全に予定外であると同時に、この人間達の襲撃では兵の被害はほとんど出ていない。
ただ、人間達を追おうとすると何故か追いつけないという不可思議な現象に襲われているだけだ。
その現象は確かに厄介だが、それ以上に今は兵達を休ませるほうが先なのかもしれない。
「防衛部隊を前面に出し、兵達を休息させろ。防衛部隊も交代で休ませるようにしろ」
「はっ!」
バートリーの言葉に魔物将軍は嬉しそうにテントを出ていく。
魔物将軍も今の状況ではまずは休息が欲しかったのだ。
「忌々しい人間どもめ…絶対に許さんぞ。一人残らず血を搾り取ってやる」
バートリーは血走った目をぎらつかせながら、その日も眠りにつくしかなかった。
「そろそろ準備はいいか」
「そうね。もう十分じゃないかしら? 後はあんたが本当にそれが出来るのかってだけ」
ランスの言葉にハウセスナースがどうでも良いように応える。
「それにしても聖女の子モンスターって本当に無茶苦茶ね。本当に何でも有りなのね」
「自分の持ち分に関してはね。ハウならこれくらいは何ともないのよ」
スラルの呆れたような声にベゼルアイが答える。
これまでの戦いにおいてハウセスナースがやった事は、ただ道を作るという単純な事だ。
人間達が逃げる時は通りやすい地を、魔軍が追う時はその地は通りにくくなる、ただそれだけの事をしただけだ。
「それにしても魔軍は随分と消極的でしたね…おかげで被害は殆ど有りませんでしたが」
与一の率いる部隊が弓で相手にちょっかいをだし、相手を決して休ませないように、そしてこの地に相手を封じ込めるようにする。
そんな単純な作戦だが、今の疲労状態の魔軍にはそれが効果覿面だった。
「これもシャロンとパレロアの情報のおかげね」
レダがランスとスラルにしか聞こえない小さな声で言う。
今回の襲撃は地図を見たランスが作戦を立てた。
それは本来は敵であるはずのシャロンとパレロア…そしてその背後に居るカミーラに手助けがあってこそだ。
「そうね。それだけカミーラはこいつらが邪魔なんでしょうね」
スラルもそれに応じて小さな声で話す。
シャロンとパレロアが魔人ケッセルリンクの使徒であるという事は決して知られてはならない。
彼女達はランスの味方ではあるが、人類の味方では無い。
もし使徒だと知られれば何をされるか分からないし、ランスならば躊躇う事無くシャロンとパレロアを守るために戦うだろう。
「じゃあランス君。後はあなた次第よ」
「フン、真打は最後に登場するのだ。それよりもその後は大丈夫なんだろうな」
「任せておきなさい。地のハウセスナースの力はその程度じゃないわよ」
「まあ出来なかったら大人にしてからおしおきだ。ベゼルアイも一気に大きくなったんだ、ハウセスナースもそれくらい出来るだろう」
「まあランス君なら出来るかもね」
本来はまだ子供の期間のはずの自分が大人になったのだ。
同じ事がハウセスナースに起こったとしても不思議はない。
「それにしても…ランス君って本当に面白い事考えるのね。同時に凄い酷い事でもあるけど」
「まあそれがランスだし…」
「どういう意味だ」
ベゼルアイとレダの言葉にランスは少し不満そうに唇を歪める。
そして自分の剣を引き抜くと、その剣に力を込める。
「じゃあ行くわよ、ランス君」
「おう。いつでもいいぞ」
ベゼルアイがランスに触れると、ランスの力が目に見えて膨らんでいく。
力のベゼルアイには対象の力を引き出す力がある。
それを今ランスへと使ったのだ。
「よーし、じゃあ行くぞ」
「皆、下がって!」
スラルの言葉に皆がハウセスナースが指示した安全な所にまで下がる。
「がはははは! 行くぞ! 鬼畜アターーーーーーッッック!!」
ランスの必殺であるランスアタックを超えた、鬼畜アタックが地面に突き刺さる。
そこにはハウセスナースの指示で杭が埋められており、ランスはその杭に沿って一撃を加えていく。
そしてすべての杭が埋まった時、その地面からどんどんと亀裂が入っていく。
「崩れるわよ!」
レダの言葉にベゼルアイはランスの襟首を掴んで安全圏まで戻って来る。
そして鬼畜アタックを受けた地の亀裂はどんどんと広がっていき…そして限界が訪れる。
ピシっ! ゴゴゴゴゴ…!
その後に待っているは、以前にランスがマリアに命じて起こさせた崖崩れよりも遥かに大きな規模の崖崩れだ。
ハウセスナースの力で、どんな部分に力を入れればこの地が崩れるか、それは既に分かっている。
そして用意された杭の下には、プチハニーの死体が埋まっており、ランスの一撃でその杭がプチハニーに突き刺さり、内部で爆発が起きる。
それが連鎖的に起こり、とうとう限界を迎えたのだ。
「がはははは! これで奴等は皆殺しじゃー!」
まだ月が出ている夜の中、ランスの高笑いが巨大な崖崩れと共に響き渡った。