ランス再び   作:メケネコ

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魔人との激戦

 ランスは腹部に強い衝撃を受け宙を飛ぶ。

 ランスに衝撃を与えた張本人である、魔人レキシントンは笑いながらその光景を見ている。

「あの態勢から防ぐか!」

 レキシントンはランスに己の得物であった二つの金棒を見る。

 その金棒は握り手の部分から切り落とされている。

 ランスの一撃はレキシントンを狙ったのではなく、レキシントンの持つ金棒を狙っていた。

 そしてその目論見は見事に成功し、レキシントンの金棒は根元から斬られて使い物にならなくなっている。

 が、まさにその一瞬、ランスが僅かに気を抜いた所にレキシントンの拳が突き刺さった。

 しかしランスも無意識に己の剣でレキシントンの拳から身を庇ったのだが、見た目通りの膂力にその衝撃がランスを襲い吹き飛ばしたのだ。

「凄いね。レキシントンの得物が壊れるなんて、トッポスと戦った時以来じゃない?」

 その光景を見てジュノーが笑いながらレキシントンに声をかける。

「おう! まさか人間に儂の得物が壊される…それも斬られるとはなあ」

 レキシントンは自分の武器を壊されたというのに、非常に楽しそうに笑っている。

「ランス!」

 そんな魔人と使徒を尻目に、レダが急いでランスに駆け寄る。

「うぐぐ…クソが」

 ランスは口から血を吐きながら何とか立ち上がる。

「待ってなさい! ヒーリング!」

 レダはランスの体を回復させるべく魔法を放つ。

 それだけでランスの体の痛みが消え、その剣を握る手に力が入ってくる。

「無茶しすぎよ!」

「フン」

 無茶をする…それはランスが魔人と戦う時に何度もして来た事だ。

 本当に危ない時は無理はしないが無茶はする…それがランスという男なのだ。

「小僧! まさか儂の得物を斬るとはなぁ! やるではないか! それでこそ戦というモノよ!」

「獲物が無くなったんだから素直に退いてくれないかしらね」

 レダの言葉にレキシントンは笑う。

「ぐわっはっはっは! たかが得物を失っただけだろう! 儂にはこの肉体がある! さあ来い! もっと儂を楽しませろ!」

「うっわ暑苦しい…」

 得物を失って尚笑う…いや、戦意を高揚させるレキシントンにはレダも眉を顰める。

「ランス、大丈夫?」

「少し待て」

 ランスの体を支えているレダにもランスの体がまだ本調子で無い事が分かる。

 いくら回復をしたところですぐさま動き回るのは辛いだろう。

「でもここからどうするの」

「今考えとるわ」

 確かにレキシントンの武器は奪いはしたが、状況はそれほど変わっていない。

 結局の所は魔人の無敵結界が有る限り、魔人にダメージを与える事も出来ないのだ。

 そしてランスも嫌でも理解出来た事は、この魔人は素手でも強いという事だ。

 魔人カイトのような洗練された技は持っていない。

 だが、その分見た目通りの腕力を持っている。

 その一撃は剣の腹で防いだとはいえ、ランスを地に叩き付けるほどの威力を持った一撃なのだ。

(いかん、ヤバいぞ)

 勿論もっとピンチな時も存在していたが、それでもヤバいものはヤバいのだ。

「ランス! まだ!?」

「もう少し待て…まだ少し足に力が入らん」

 傷は治ったが、まだ足に力が入らない。

 しかし魔人はそんなランスの事情など知った事では言わんとばかりに突っ込んでくる。

「行くぞ小僧!」

 レキシントンは金棒の柄を投げ捨て、その拳をランスへ向ける。

 戦えればどうでも良いと言わんばかりのレキシントンの行動には流石のランスもうんざりしてくる。

 しかし実際にそんな魔人の行動と勢いがランスを追い詰めているのは事実だ。

「クッ!」

 レダもランスを支えながら戦う事は出来ない。

 魔人とはそれほど甘い存在では無い。

(ベゼルアイとハウセスナースも向こうで手一杯…まずいわね)

 人間達の援護は残念ながら望めない。

 それほどまでに鬼とは強力な種族だという事を思い知らされる。

「砕けろ!」

 レキシントンの拳がランス達に迫る―――

「させるかよ!」

「ぬうっ!?」

 その前に巨大な黒い塊がレキシントンを揺らす。

「黒部!」

「へっ! だらしねえぜランス! お前あの時よりも弱くなったんじゃねえのか!?」

「む、貴様、聞き捨てならんことを言うな。俺様が弱くなっている訳が無いだろ」

 黒部はランスの前に立ち、レキシントンと睨みあう。

「クックック…今日は良い日だ。小僧だけでなく、妖怪王まで儂の前に立つとはなあ」

「その言葉、直ぐにでも後悔する事になるぜ」

「よく言った妖怪王! 小僧! お前もかかってくるがいい!」

 レキシントンは笑いながら黒部へと向かって行く。

 黒部もそんなレキシントンを相手に真っ直ぐに向かって行く。

 そして魔人と妖怪王がぶつかった時、その衝撃に押されたのは黒部だった。

「黒部!」

「こいつも無敵結界とかいうヤツを持ってるのか! ザビエルの時と一緒だな!」

 レダの声に黒部は顔を顰める。

 藤原石丸と共に魔人ザビエルと何度か戦ったが、あの時と全く同じだ。

 石丸の剣がどれ程優れていようとも、黒部の一撃がどれだけの威力があろうとも魔人の体には傷一つつける事は出来なかった。

 そして魔人ザビエルを先頭にした魔軍は、たったの3ヶ月程で人類の半分を纏めた石丸を追い込んだ。

 それも全ては魔人の持つ無敵結界の力に他ならない。

 JAPANのそして大陸の勇士たちが魔人ザビエルに挑んだが、結果は全て同じ。

 全ては無敵結界の前に敗れ去ってきた。

「ザビエルか! まあ奴も強かろうよ! 魔人四天王だとか呼ばれている奴だからな!」

「魔人四天王…あいつがカミーラと一緒の立場なのか」

 レキシントンの言葉を聞いてランスは微妙な顔をする。

 が、同時に過去のザビエルの強さにも納得がいく。

 ランスとしては絶対に許さない敵…友である織田信長の体を奪い、その妹である織田香を傷つけた存在だ。

 そして最後には魔王リトルプリンセスに魔血魂と共に消滅させられた存在。

 その強さはかつてランスが戦った魔人…それこそノスやカミーラ並に苦労させられた相手だ。

 そしてカミーラは魔人四天王の一人であり、現在でもランスを狙っている絶対的強者の一人だ。

「ほう…小僧、カミーラを知っているか」

「お前なんぞよりカミーラの方が百万倍はマシだな。あいつは良い女だからな」

 ランスの言葉にレキシントンは少しの間目を見開いていたが、豪快に笑いだす。

「ぐわっはっはっは! そうだな、あいつは確かに良い女だな。やらせてくれんがな」

「フン! お前みたいなむさいおっさんをあいつが相手にする訳が無いだろ!」

「カミーラをあいつ呼ばわりするか…気に入ったぞ小僧! 尚の事貴様を打ちのめしたくなったわ!」

 レキシントンはこれまで聞いてきたカミーラの噂を不意に思い出す。

 それはレキシントンが魔人になる前からの話であり、魔物界に存在する都市伝説の一つだ。

 何でもカミーラにはずっと狙っている存在がおり、その相手を探すために人間界に行くと。

 しかし魔王ナイチサはそんな自由奔放なカミーラを許さず、滅多にカミーラに自由を与えないと。

 勿論そんなものは唯の噂、誇り高く自由である事を望むカミーラがそんな事をするはずかない―――それは魔物界の共通の認識だ。

 人間などカミーラにとっては狩りの対象でしかないと。

(まさか…いや、カミーラならばありえぬ事ではないか)

 いつかのジュノーとの言葉を思い出す。

『カミーラはあれで意外と気に入った奴を大事にするタイプだよ。そしてどんな事をしても手に入れるのさ』

 酒の席での笑い話としてレキシントンも受け取っていたが、もしかしたらという考えも芽生えてくる。

 そもそもあのカミーラが今回の藤原石丸の事に首を突っ込んだのはレキシントンとしても意外だった。

 過去に何らかの功績を上げている…とは聞いた事はあったが、それを利用して今回の戦闘に参加しようとしたが、それは魔王によって止められた。

「クックック…我ながら馬鹿げた考えだとは思うがな」

「なんか突然笑い出したぞこいつ」

 そう、それは非常に馬鹿げた考え。

 魔人カミーラの噂はレキシントンがまだ魔人になる前からあったという事だ。

 それに色々と噂が重なった結果、このような都市伝説が生まれたのだろう。

 しかしそれをカミーラに面と向かって言う者は決していない。

 魔人最強と名高いカミーラを敵に回すような真似は誰だってしたくない。

 他の魔人もおいそれとカミーラにそんな事を聞くような真似はしない。

 魔人とて別に一枚岩などでは無く、それぞれが好き勝手に振舞っているのだから。

(もしやこいつが…あのカミーラのお気に入りの奴か)

 自分でもくだらないと思うが、不思議と納得している自分が居る。

 この人間の強さはこれまでレキシントンが見てきた人間の中でも一番だ。

 それは戯骸を、そして魔物大将軍を倒した事が証明している。

 ハッキリ言えばこれはレキシントンの勘にしか過ぎない。

 それも他の者に話せば『何を馬鹿な』と鼻で笑われるのがオチだ。

 しかしそれでもレキシントンは一つの確信を覚えた―――即ち、目の前の人間こそがあの魔人カミーラのお気に入りだと。

 それは理屈でも何でも無い、レキシントンの思い込みと言っても良かったが、そんな事はレキシントン自身でもどうでも良い事だった。

 分かっている事は、極上の強さを持つ人間が目の前にいるという事だけだ。

「小僧…いや、人間。貴様の名前を教えろ」

「フン、そんなに知りたければ教えてやる。俺様がランス様だ」

「クカカカカカカ! 小僧! いやランス! どうあっても儂は貴様をこの手で倒したくなった! さあ儂と戦え! まだまだ戦いは始まったばかりだぞ!」

 そう言いながらレキシントンは先程よりも戦意を滾らせてランスに向かって来る。

 その迫力はこれまで笑いながら戦っていた時よりも遥かに上だ。

 ランスも非常にテンションが上がっている魔人には驚愕する。

「うおっ!?」

 レキシントンの拳が大地を抉り、その蹴りが大地を揺らす。

「クッ! こいついきなり絶好調になりおって!」

 しかしテンションの上がったレキシントンの動きは非常に鋭い。

 ランスも何とか足に力が入る様になったが、それでも本調子には程遠い。

「ランス!」

「危ねえ! ランス!」

 そしてそんなランスとレキシントンの間にレダと黒部が割り込む。

「邪魔をするな! 今儂はこいつと楽しんでおるのだ!」

 レキシントンの強烈な強烈な拳をレダはその盾で防ぐ。

 そのあまりの衝撃にレダは息が詰まりそうになる。

(何て奴なの…! 得物を奪ったっていうのにこいつは素手でも強い…!)

 実際には武器である金棒を持った方が強いのだろうが、どういう訳が魔人レキシントンのテンションは最高潮になっている。

 それが鬼という強靭な肉体を持つレキシントンの力をさらに跳ね上げている。

「いいぞ! 何人でも来い! 儂は一向に構わん!」

 ランス、レダ、大まおー、黒部が揃って戦っているというのに、魔人レキシントンは決して止まらない。

 並の魔人であれば例え無敵結界が有っても無理はしない…それ程の攻撃を受けているにも関わらずだ。

 特にランスの一撃は無敵結界の外側からもレキシントンに衝撃を与える程だ。

 にも関わらず、今ではその衝撃すらも笑いながら受けているほどだ。

「ランス君!」

 迫りくるレキシントンの拳をベゼルアイが剣の腹で受け止める。

「…!」

 その一撃は力のベゼルアイをして、その体をふらつかせるほどだ。

「おお、ベゼルアイ! そっちは終わったのか!」

「大体ね。それよりもやっぱり苦戦しているみたいね」

 鬼との戦いが一段落ついた所でベゼルアイがランスの横に立つ。

 それと同時に、先程別の場所で戦っていた巴、与一、そしてアトランタも現れる。

「あー、強いわね。最近の人間って結構やるじゃない」

「待て! アトランタ!」

 巴は肩で息をしながらその薙刀をアトランタに向けている。

「ランスさん…エルシールさんが…アトランタに捕らわれました」

 同じく方で息をしている与一がランスに本当にすまなさそうな顔を向ける。

「何だと!? エルシールが!?」

 ランスは与一の言葉に強い視線をアトランタに向ける。

(…あ)

 そしてランスは思い出す。

 あの魔女…いや、使徒アトランタは気に入った女を鏡に閉じ込める力を持っている事を。

「ほーほほほほほ!」

 鏡を手にアトランタは笑う。

「貴様! それは俺様の女だぞ! 返しやがれ!」

「いやー。絶対に返さない」

 アトランタを怒鳴るランスに対し、アトランタは舌を出してランスを挑発するように笑う。

「ほう…こいつはお前の女か。取り戻したかったらこの儂を倒すんだな!」

「だったらお前をぶっ殺すだけだ! 死ねーーーーーーーっ!」

 ランスの渾身の一撃がレキシントンへと当たり、それは無敵結界に阻まれるがレキシントンの体勢が崩れる。

 しかしレキシントンはそんな体勢からも構わずにランスに拳を向ける。

「いいぞ! もっとだ! もっと打ち込んで来い!」

 レキシントンの拳がランスの体を掠めるが、ランスは構わずにレキシントンに攻撃を仕掛ける。

「ランスさん!」

 与一が無駄だと分かっていながらもレキシントンへと矢を放つ。

 本来は無敵結界に阻まれるはずのその矢は、レキシントンへと当たる直前に消える。

「え!?」

「おっと、今はレキシントンが本気で楽しんでるんだ。部外者の介入は困るな」

 そこに現れたのは全裸の男、使徒ジュノーだ。

「そんなに怒らないでよ。ただでさえおっぱいの大きい女は苦手なんだ。君たちが手を出さなければ俺も手をださない、これは悪くない条件だと思うよ」

「クッ…」

 巴と与一は己の武器を使徒へと向けるが、全裸の使徒は何を考えているか分からないがただ楽しそうにレキシントンとランスの戦いを見ている。

「何を…考えてるのですか」

 与一は鋭くジュノーを睨む。

 与一も藤原家の一員として、藤原石丸と共に魔人ザビエルとも一戦交えたし、その使徒とも戦った。

 結果としては惨敗…今と同じ様に、魔人にはかすり傷ひとつ負わせることは出来なかった。

 ザビエルの使徒も恐ろしい存在で、喜び勇んで人間を惨殺していた。

 しかし目の前の使徒からはそんな気配は全く感じられない。

「何をだって? そんなのは簡単だろう。レキシントンが全力で馬鹿をやっているを見るのが好きなだけさ」

 その言葉に巴と与一は言葉を失う。

「あなたは…使徒なのでしょう?」

「使徒にも色々あるってだけだよ。俺達はそれぞれに個を持った存在だからね」

 レキシントンの強烈な蹴りがランスに突き刺さる前に黒部が防ぐ。

 その黒部は衝撃で血反吐を吐くが、直ぐにレダが黒部に回復魔法をかける。

 大まおーがレキシントンに炎を吐き、ベゼルアイがランスの力を上げるべくフォローに回る。

 そしてもう一方では、鬼が人間達と激戦を繰り広げている。

 時たま落とし穴に嵌る鬼を見て、ジュノーはげらげらと笑うだけだ。

「だからさ、君達も見ておいた方が良いんじゃない? 君達が何もしなければ俺も何もしない。逆に君達が動けば俺も動かざるを得ない。まあ俺を足止めしてるって事でさ」

「………」

 巴は目の前にいる使徒の事が全く理解出来ない。

 しかしただ一つ分かっているのは、この使徒はやろうと思えば自分達をあっさり倒す事が出来る技量を持っているという事だけだ。

(ランスさん…)

 だからこそ巴は動くことが出来ない。

 もし今ここで自分達が動けば、この使徒は自分達に攻撃をしてくるだろう。

 そしてそれはランスの足を引っ張る事になってしまう。

 それに…目の前の光景、ランス達と魔人レキシントンの激戦は自分達が入っていける世界では無い。

 巴は悔しげに唇を噛みしめるしかなかった。

 

 

 

 

「ぐはっ! はぁ…はぁ…!」

「黒部! 無茶し過ぎよ!」

 体中から血を流し、五体で無事な所が見当たらない黒部をレダが必死で抑える。

「アンタ死ぬ気!?」

「へっ…こんな所で死ぬ気はねえよ。でもよ…」

 黒部は痛む体を必死で起こし、目の前でレキシントンと戦っているランスを見る。

 ランスと大まおーは何とかレキシントンと戦っている…いや、それは本来は戦いとは呼べぬものだ。

 どんなに威力がある攻撃をしようとも、レキシントンには全く効果が無い。

 ランスの必殺の一撃ですらもレキシントンの姿勢を崩すのが関の山だ。

 そしてこれが続けば…間違いなくランスは死ぬ。

「それにエルシールが捕まってるんだ。あいつも俺と一緒に戦った…仲間なんだよ」

「黒部…」

 あの黒部がそんな事を言う事にレダは驚く。

 レダも黒部も人では無い存在…その黒部がエルシールを、そして言葉には出していないがランスを、スラルを、大まおーを仲間だと思って戦っている。

「あんな僅かな時間なのに…?」

 レダにはそれが理解出来ない。

 レダがこうして戦っているのは、それが自分遥か上の上司である第1級神ALICEに命令されたからだ。

 その意識は今の状況であろうと変わっていない。

「…初めてだったんだよ。お前達は俺を人食いの妖怪だなんて思っちゃいねえ…お前達にとって俺はただの黒部なのさ」

 だから黒部はまだ痛む体を抑えて必死に一歩を踏み出す。

「もう置いてかれるのは御免だからな」

「………分かったわよ。もう止めない。だから…行くわよ」

 黒部の体を淡い光が包み、黒部の体の痛みが若干薄らぐ。

「へっ、俺は最初から止まるつもりはねえよ!」

 そしてレダと黒部は再びレキシントンへと向かって行く。

 それを見たレキシントンはより一層喜色を浮かべ、その拳を、そして蹴りを放ってくる。

「ランス! お前の所には中々骨のある奴が集まるではないか! お前とやるのはとことん楽しめそうだな!」

「やかましい! とっととくたばれ!」

 ランスは威勢良くそう言うが、内心では非常に焦っている。

(うぐぐ…本気でヤバいぞ。まさか無敵結界がこんなに厄介だとは)

 ここまで無敵結界のある魔人とは戦った事は無い。

 魔人と戦う時は常にカオスが手元にあり、言い換えれば無敵結界の前に苦しんだという経験があまり無い。

 しかし現実に今は無敵結界の前に文字通り手も足も出ない。

 こんな時はさっさと逃げるのがランスにとっては当然なのだが、エルシールが捕らわれている以上は退く気は無い。

 自分の女のためにはどんな無茶を成し遂げるのがランスという男なのだ。

 だが、目の前の現実の前に流石のランスも嫌な予感がしてきた時、ランスの持つ剣が鈍く光り始める。

「ん、なんだ!?」

 ランスもそれには少し慌てた声を出すが、

「ランス! 準備が出来たわ!」

「おお! スラルちゃんか!? って今まで何をしていた!」

「話は後! この力は一撃しか使えない! でも確実に魔人を斬れる!」

「何だと!? っ!」

 スラルと話していると、レキシントンの拳がランスに襲い掛かる。

 レダ、黒部、大まおー、ベゼルアイを弾き飛ばしたレキシントンが、今まさにランスの目の前でその拳を振るっている。

「何をごちゃごちゃ言っておる! 儂と戦え!」

「ええい! いい加減鬱陶しいぞ!」

 ランスは何とかレキシントンの猛攻を防ぐ。

 その卓越した剣術は己の身を守ってはいるが、やはりランスの本質は攻撃にある。

 それを封じられては流石のランスでも押されてくる。

「まーおー!」

 そんなランスの攻撃に合わせるように大まおーがレキシントンの背後から襲い掛かる。

 その鎌は無敵結界に弾かれるが、その見た目にそぐわぬ威力にレキシントンも思わず大まおーの方を見る。

「貴様もやるではないか!」

 そして嬉しそうに笑いながら大まおーにその拳を向ける。

「まお!?」

 その動きの速さには流石の大まおーも攻撃を完全に避ける事が出来ない。

 ピンク色のボディにレキシントンの拳が突き刺さるが、

「あん?」

 その衝撃はレキシントンが想像したものとは全く違った感触だった。

 まるで柔らかい何か…ぷりょ等とは違う感触に思わず顔を顰める。

(まあいいか)

 レキシントンは殴られて飛んでいく大まおーを無視してランスに目標を定める。

 この男は何かをしそうな空気を持っている…それが何よりレキシントンの楽しみだ。

「覚悟を決めろ!」

「貴様こそいい加減にしろ!」

 再び自分に向かってくるレキシントンに辟易しながらもランスは何とかチャンスを待つ。

「ランス! 一撃よ! その一撃しかまだ撃てない! だから慎重に狙って! でもあんまり時間はかけないでね!」

「お前は何を言っとるんだ! どっちかハッキリしろ!」

 慎重に狙えと言いながらも時間をかけるなと言うスラルにランスは思わず怒鳴り返す。

「どっちも大事! 後はランス次第なのよ!」

 そう言いながらもスラルは必死に歯を食いしばって耐えている。

(ク…やっぱり2級神の力を元魔王にしか過ぎない私が扱うなんて難しいか…でもこれしかない!)

 ランスが生き残るにはこの一撃で魔人を何とかするしかない。

 だが、それでもやはり魔人の強さはやはり異常という他なかった。

「砕けろ!」

「あ、やば…」

 レキシントンの攻撃を何とか避けるが、避けた先にあった石にランスは足を取られる。

 それは完全な不運ではあるが、それを見逃すレキシントンではなかった。

「貰ったぞ!」

(げ!)

 そしてランスに迫るのはレキシントンの足。

 鬼キックという非常に単純な一撃だが、それでも人間の体を砕いてなおお釣りが来るだろう。

「ランス!」

 スラルもそんなランスの危機に思わず悲鳴を上げる。

「させるかよ!」

 そんなレキシントンを止めたのは黒部だ。

 その体に全体力を振り絞った体当たりをする。

 それは無敵結界に阻まれるが、その衝撃はレキシントンの体勢を崩すことに成功する。

「妖怪が!」

 レキシントンは苛立った声をだし、黒部に向かって凄まじい威力の拳を放つ。

 黒部は先程の一撃で体力を使い果たし、それを避けるだけの力は残っていない。

 だから、か―――黒部は真っ直ぐにレキシントンに向かって行った。

「む!?」

「おらぁ!」

 拳を受け、蹴りを受け尚も黒部は進む。

 そして、その全力の体当たり―――まるで倒れこむかのようにレキシントンに襲い掛かるり、その一撃はレキシントンのバランスを僅かにだが崩す。

「うおおおおおおおお!」

 そんな黒部を見てランスは走る。

「来るか!」

 レキシントンはランスの叫び嬉しそうに拳を構え―――予想外のランスの動きに反応が一瞬遅れる。

 ランスは倒れかけの黒部の背中を駆け上がり、その肩から勢いよく跳躍する。

「行くぞスラルちゃん!」

「ええ! 思いっきりやりなさい!」

 ランスの持つ剣が鈍い光を放ち、凄まじい力が放たれているのをレキシントンは直に感じる。

 だが、それでも余裕の表情を崩さなかったレキシントンだが、その背中に突如として冷たい汗が流れる。

 それはレキシントンの戦いの本能と言うべきだろうか、無敵のはずの魔人に思わず回避行動をとらせるほどだ。

 が、それは一瞬遅い。

「ラーンスアターーーーーーック!」

 ランスが狙うのはレキシントンの心臓。

「クッ!?」

 レキシントンはランスの狙いを正確に把握して、何とか体を捻ろうとする。

「死ねーーーーーーっ!!」

 が、その一瞬の隙はランスにとっては十分過ぎる隙だった。

 ランスの剣は肩からレキシントンの胸、腹、腰を正確に切り裂いていく。

「う、うおおおおおおおおぉぉぉぉぉぉ!?」

 無敵結界を持つはずの魔人の体から勢い良く血が吹き出る。

 魔人レキシントンは、大の字になって地面に倒れこんだ。


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