ランス再び   作:メケネコ

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それぞれの葛藤

 基本的にランスは間違いなく悪人である。

 女性を襲うのは日常茶飯事、酷い時は唯の村人を斬ってシィルの回復魔法の実験台にしたりする。

 他にも例を挙げれば切りが無いが、ともかくランスは目的のためには手段を選ばない。

 そしてそれは大抵は上手くいってしまうのが困りものなのである。

 

「ねえランス…本気なのよね。今更言っても仕方ない事だとは思ってるけど」

「こういうのはこれくらいやるのがいいんだ。それに俺様だって普段からこんな事をしている訳ではないぞ」

 もしここがLP期なら、世界各国のコネを利用して情報を集められるのだろうが、今はそれを使うことは出来ない。

(クレインちゃんがいれば一発なのだがな…)

 今ここにクレインが居ないのが悔やまれるが、居ないなら居ないで何とかするのがランスという男だ。

「本当かしら…まあいいわ。もう賽は投げられたのだし、出来れば悪い結果にならなければいいんだけど…」

 スラルはジト目でランスを見る。

 非常に楽しそうな顔をしていること男が考えていることが、長い付き合いゆえに分かってしまう。

(ランスは絶対わざと波乱の種を植え付けたのよね…どうせランスの頭ではその婚約を破談した上で、情報も女の子もいただきとか思ってるんでしょうね…)

 考え方だけなら非常に酷い…というよりも鬼畜的な思考だ。

(まあ全てがランスの思い通りになるなんて思ってないけどね。波乱っていうのは何時も些細なことから起こり、それは予想もしない方向に歩き出すんだから。ランスが関わっているなら尚更よ)

 これまでのランスの行動を考えると、普通の人間ならば何度も死んでいてもおかしくない。

 そもそも魔王に狙われたのに、こうして無事にいられる時点で普通はありえないのだ。

「よーし、じゃあレダとジルと合流するぞ。がはははは! これからが楽しみだな!」

 上機嫌に笑うランスを他所に、スラルはこの家に降りかかるであろう混乱に一人謝り続けていた。

 

 

 

「…で、今度はどんなあくどい事を考えたわけ?」

 レダが呆れたように、そしてもう慣れた言わんばかりにため息をつく。

 ランスが人様に迷惑をかけるのは何時もの事…もう長い付き合いでそれくらいは分かる。

「あくどいとは何だあくどいとは。立派な手段の一つだ」

 ランスがこの家に混乱の種を植え付けてから数日…ここ最近、奇妙な噂がこの家からあがってきた。

 曰く、この家の家宝が消えて無くなったと。

 ランスはそれを聞いてすぐさま調査を開始した。

 LP期ならば情報魔法の類から色々と分かりそうだが、生憎とこの時代にはまだPCというは存在していないらしい。

 なのでランスもまだゲイツシリーズといったモンスターはまだ見ていない。

 とにかくこれまでのランスの常識が通用しないため、ランスとしても少し苛立っていた事もある。

「…一体何をしたんですか」

 ランスとレダの言い合いを聞き、ジルは背筋が寒くなる。

 今更ながら、自分を買った男の事が色々な意味で恐ろしくなる。

「で、お前の情報は本当なんだろうな」

「まーおー!」

 ランスの言葉に大まおーは胸を張って答える。

 大まおーの情報では、件の婚約者は何とその婚約相手の妹に言い寄ったらしい。

 そのため、その婚約相手がキレ、その矛先が妹の方に向かってしまったらしい。

(…予想はしてたけど、酷すぎるわね)

 スラルは予想以上の惨事に頭を抱える。

 これも恐らくはランスの仕込みなのだろう。

 そしてスラルの予想は当然の事ながら当たっている。

「ふっふっふ、これでこの家に介入する口実が出来たぞ」

 ランスは予想以上の結果に満足そうに笑う。

 色々と雑な計画ではあったが、ランスの予想以上にここの家の女のプライドは高かったようだ。

「口実が出来たって言うけど、これからどうするの?」

「そんなのは簡単だ。この家に乗り込んで妹を助ければいい。それで恩を売ればいい」

「…そんなに上手くいく? この家の問題が片付くわけではないでしょ」

「この家がどうなろうがそんな事までは俺様は知らん。いざとなれば、無理矢理にでも案内状を書かせればいい」

 ランスはLP期でのJAPAN統一の時に、JAPANは色々と面倒くさくて厄介な所だと知っている。

 だが、それだけにJAPANの事は知っていると言ってもいい。

「知らんって…まあもう引き返せないけど本当に酷いわね、ランス」

「効率が良いと言え。これを一歩にどんどんと近づいていけばいいんだ。最初の一歩から躓いてはいられんからな。よし、行くぞ」

 ランスにとってこんなものは繋ぎに過ぎない。

 今はとにかく上への繋がりが必要であり、これはそのための一歩でしかないのだ。

 そしてランスは意気揚々と進んでいく中で、ジルはもの凄い嫌な予感を感じていた。

 

 

 

 加奈代は混乱の極みにあった。

「えーと、一体何がどうなってるんでしょうか?」

 これまでの事を思い返しても、今何が起きているかさっぱり分からない。

(思い返してみますけど…)

 自分が牢屋に入れられたのは…これは分かる。

 今の自分はこの家の家宝を盗んで売り払ったり、姉の婚約者に色仕掛けをしただのと身の覚えのない事が降りかかっている。

 それが姉の仕業で有る事は悲しいが理解出来てしまった。

 武芸に長けた姉を尊敬していたのだが、向こうはそうでは無かった事が思い知らされた。

 姉の嫉妬でありもしない罪を背負わされ、このまま無様に死んでいくのだと思うと今までの人生は何だったのかと怒りが湧いていたのも事実だが、

「がはははは! こんな可愛い子を閉じ込めている奴は間違いなく悪人だ! よって俺様が助けに来たのだ!」

「…はぁ」

 目の前の異人の言葉にもただただ困惑するしかない。

 口は大きいが、整った顔立ちをしているのは間違いない。

 そしてその強さ…それは武家の娘として生まれたはずの自分ですら想像も出来ない強さだった。

 この男だけでなく、金髪の女性も水色の髪の女性も、そして何だかわからないピンク色の奇妙な物体も異常に強い。

 加奈代が目の前の現実に混乱している中、ジルもまたとんでもない事を起こしているのではないかという事に半ばヤケクソになっていた。

「コネが無ければ作ればいいって…ううう、とんでもない事をしている…」

 ランスのとった手段はジルからすればとんでもない事だ。

 大陸で言えば貴族の屋敷に押し入り、そこに捕らわれた令嬢を拉致するようなものだ。

 しかも拉致の原因を作ったのがランスなのだから、酷いマッチポンプもあったものである。

(言えない…この子には原因が全部ランス様にあるだなんて絶対言えない…)

 スラルから話を聞き、ジルは真っ青になった。

 この家の争いの種が自分を買った男だと知り、頭が痛くなる。

 しかもこの男はそれを全く悪びれておらず、むしろ嬉々としてこの家を混乱させている。

 酷い男…と思うと同時に、人間はこんなものかもしれないという思いもあるのも事実だ。

 だが、それでもこの男には自分を売った男や買おうとした男とは決定的に違う所もある。

(でも…この人は必ず手に入れようと思った女性は助ける人だ)

 この家に不和の種を撒いて置きながら助けると言うのも変な話だが。

「…こうなったら毒まで食べるしかないか。火爆破!」

 ジルは向かって来る者達をなるべく魔法を当てないように放つ。

 魔法は絶対に命中するという法則がある故に、当たったとしてもなるべくダメージの無い方法を選ぶ。

 しかしランスとレダはと言うと、そんなのはお構いなしに相手を倒している。

「あ、あのランス様? なるべく犠牲は出さない方が…」

「襲ってくるこいつらが悪い」

 ランスはさも当然の様に言い放ち、そのまま進んでいく。

 そして広間に出た時、

「加奈代!」

 その大きな声に、加奈代の体がびくりと震える。

 そこに居たのは加奈代に向けて憎しみの目を向けている彼女の姉の姿があった。

「お姉さま…」

「何!? こいつが君の姉か!? …うーん、70点。腹が減ってれば食べられん事は無いか…」

 ランスは目の前に居る女が、今ランスの後ろに居る少女の姉だと聞き微妙な顔をする。

 ランスが大まおーに命じたのは『婚約者に妹を口説かせろ』という事だが、正直に言えばこんな大事になるとは思ってもいなかった。

 精々家族の間で喧嘩が起きるくらいにと軽く考えていたのだが、見通しが甘かった。

「しかし…まあ俺様でもこっちがいいな」

「何だと!?」

 ランスの言葉に女が激昂する。

「うるさいぞ。これだから女のヒステリーは嫌なんだ。そんなんだからその婚約者とやらもお前が嫌になったんだろ」

 ランスは自分が大まおーにやらせた事を棚に上げ、面倒臭そうに女に言い放つ。

「お前みたいな奴はどうせ婚約者の事が無くてもこいつをこんな目に合わせていたな、間違いない。どっからどうみても性格ブスだしな」

 初対面の男に好き勝手な事を言われ、女の顔色がどんどんと真っ赤に染まっていく。

「まあいい、俺様は寛大だからこの子のためにお前を殺さないでやる。だからさっさとどけろ」

「な、何を…!」

 女がランス向けて刀を抜く前に、ランスは目にも留まらぬ速さで女に向けて剣を突きつける。

 それだけで女は分かってしまった…なまじ自分が武芸に長けている故に、目の前にいる男との絶望的な力の差を理解してしまった。

 今もやろうと思えば自分の首を一瞬で飛ばすことも出来ただろう。

 それなのにそうしないのは、先程の言葉の通り『殺さないでやる』という言葉の通りなのだろう。

「よーし、じゃあお前の親の所へ案内しろ」

「…わかった」

 こうしてランスの企みは終わった…色々なところに傷跡を残して。

 

 

 

「えー、私はどうしてここにいるのでしょうか?」

「お前は俺様の戦利品だ。それともあそこに戻りたいか?」

「あ、それは謹んでお断りいたしまーす。と、いう訳でよろしくお願いしますねー」

 加奈代がランス達に向かって頭を下げる。

「よ、宜しく…」

「こちらこそ…」

「んー、まあいいんじゃない」

 スラルとジルは複雑な表情で返事をし、レダは二人とは逆に特に感情を感じさせぬ声で答える。

 複雑な表情を浮かべた二人は、今の加奈代の状況がランスの手によって起きたことを知っている。

「あの…あなたは本当にいいの? その…家族の事とか」

「家族…ですか。いやーまさか妹の私をそんなに憎んでいたなんて…正直思っても見なかったので結構こたえますねー。それと…私を好きにしていいと言った時の使用人達の顔も」

 気楽そうに笑う加奈代だが、実際には心に大きな傷を負っているのは想像に難くない。

「まあ気にするな。これからを好きに生きればいいだろ。どうせ何れ爆発してただろうしな。だったら俺様がいる時で良かったではないか。うん、お前は運がいいな」

「そうですねー。ランスさんに助けられたのは運が良かったと考えたほうがいいですねー」

 そこで加奈代は一度ため息をつくと、

「あの…今日は色々有り過ぎたので、少し休んでもいいですか?」

 少し辛そうな表情をする。

「そうね…それが良いと思う。大まおー、案内してあげて」

「まーおー!」

 それを察したスラルが大まおーに加奈代を寝かせるように頼む。

 加奈代は大まおーに案内され、エルシールが使っていた部屋へと入っていく。

「…ランス、言いすぎじゃない? 確かにランスの言う事も一理あるけど」

 確かに計略をしたのはランスではあるが、加奈代に対して異常な敵意を向けたのは彼女の姉自身だ。

「フン、遅いか早いかの違いでしかないだろ。そんな事で壊れるならいつか必ず壊れる。大体俺様だって驚いたぞ。たかがそんな事で妹を陥れるか」

 ランスの言葉にスラルもジルも複雑な表情をするしかない。

(そういえば…ガルティアがそうだったな。人類のために戦っていたのに、その仲間に裏切られて餓死寸前だった…でもガルティアは復讐には走らなかった)

 ガルティアも複雑な思いをしていたはずだが、結局は自分を裏切った者達に何もする事は無かった。

 全てをガルティアに任せはしたが…当時魔王だったスラルは、ガルティアを甘いと思った事もあった。

 しかし魔王で無くなった今、ガルティアがどんな思いだったのかようやく考えさせられる。

「それにジルも仲間だと思ってた奴等に裏切られたんだろ。嫉妬をこじらせる馬鹿共はどこにでも居るもんだ」

「ランス様…」

「そんな奴等に気を使って生きるなんて無駄だ無駄」

 無駄、と言い切るランスにスラルは複雑な表情を浮かべる。

(昔魔人に誘ったときもランスは拒否した…永遠の命にも興味は無いし、誰かの下に付くのも好まない。そして何でも出来てしまう…)

 ランスとて挫折は味わっているだろうし、後悔している事もあるだろう。

 だが、それ以上にランスは色々な意味で強すぎる。

 それは持ち前の精神力の強さから来ているのかもしれないが、何よりもランスはどんな局面でも何とか乗り切る力を持っている。

 剣の腕ではない、本人が…いや、ランスしか持ち得ぬ何かがあるのだろう。

「とにかくこの話は終わりだ。俺様ももう寝る」

 ランスは少しだけ不機嫌になったように自分の部屋にも戻っていく。

 残されたのは複雑な表情をしているスラルとジル、そして特に何の感情も浮かべていないレダだけだ。

「言いたい事があるならしっかりと言っておいた方が良いわよ。溜めこんでるのもランスはいい顔しないでしょ」

「レダ…」

「私はランスの生き方に介入するつもりは無いし。私は私のやる事をやるだけだからね。でもあなた達は違うでしょ。まあこれは本来なら私が言うべき事じゃ無いけどね」

 エンジェルナイトであるレダは、護衛対象であるランス以外がどうなろうと基本的に知った事では無い。

 勿論今一緒に旅をしているスラルや、かつて旅をしたシャロンやパレロア達は話は別だ。

 だがそれでも深くは立ち入らない…人同士の事は人同士で何とかするべきであり、神の眷属である自分がやる事では無いと思っている。

「じゃあ私も寝るわ。ランスが剣を置いてっちゃったからスラルは難しいと思うけど…ジルは今の内に話した方が良いと思うわよ」

 そう言ってレダも自分の部屋へと戻っていく。

 それをジルは複雑な表情で見ていたが、やがて意を決したようにランスの部屋へと向かって行く。

 それを見届けて、スラルは一人ため息をつく。

「人間って…思った以上に愚かで自分本位で…でも何でかな、それでも私はそんな人間が嫌いじゃないんだ」

 かつては人は愚かと見下してはいたが、それでも積極的に介入をしようとは思わなかった。

 それはスラルが全く新しい魔王だったからかもしれない。

「こうして魔王じゃ無くなった私は…一体何なんだろうな」

 ランスの剣に魂を引きずり込まれてからは、色々な初めての事を経験してきた。

 人間の争いをその目で見て、悪魔と戦い、魔人とも戦った。

 それまでは真新しさに考える余裕は無かったが…少し余裕が出て来た所為か、自分の事をよく考えてしまう。

(…ランスが私の肉体を何とかしたいと思うのは…やっぱりセックスの対象だからなのかな)

 ランスの女好きはその身をもって味わっている。

 魔王であった頃の自分にすら恐れずに手を出し、魔人であるカミーラやケッセルリンクともしている。

(今の私は…ランスの何なんだろうな)

 自分では他の女の様に、ランスに抱かれる事が出来ないし、触れる事も出来ない。

(もし私が戦えなかったら…ランスは私をどうするのだろう)

 

 

 

 

 ランスは自分の部屋で少し腹を立てていた。

 元々子供っぽい一面も有り、自分の思うとおりに行かなかったら腹を立てる傾向がある。

 しかしそんな事は割と日常茶飯事、志津香やマリア達が居た時はもっとランスに面と向かって言っていただろう。

 シィルも今回のランスのやった事を『ちょっと酷いような…』くらいの事は言っていただろう。

 そんな事を考えていた時、静かにだがランスの部屋がノックされる。

「入っていいぞ」

 この魔法ハウスにはランス以外の男は居ないし、そもそも大まおーがランスの所に来るなど一度も無い。

 スラルは剣をリビングに置いてきたため、今居るのはジルとレダだけだが、レダはそもそもノックなどしない。

 だからこそ自動的に残りのジルだけであり、入ってきたのはやはり本人だ。

「何だ、こんな時間に。あ、とうとう俺様に惚れて自分から抱かれに来たのか?」

「…それがランス様の御望みなら」

 硬い声で応えるジルに、ランスはつまらなさそうに鼻を鳴らす。

 まあランス自身、ジルが自分から抱かれに来るなどまだあり得ないとは思っていた。

「…詰まらん。じゃあ何の用だ」

「…ランス様は、何故私を買ったんですか」

「あん?」

 ジルの表情は真剣そのもので、そこにはシィルやシーラとはまた違う力強さがある。

「なんで買っただと? そんなものは…」

 ランスはここでジルを買った理由を思い出す。

 それは初めてシィルを買った時と同じように、何としてもこの女を買おうという強い何かがあったからだ。

 あの時はランスもまだ冒険を初めてたてで金も力も無かった故に、シィルを全財産を叩いて購入した。

 今はと言うと、ランスもこれまでの冒険で色々と経験してきた故に、力と頭を使ってジルをタダ同然に手に入れた。

「…理由が必要か」

「私にとっては大事な事なんです。奴隷の立場でこんな事を言うのは間違っているとは分かっています。でもそれでも…」

(むう…こいつ、かなり本気だぞ)

 目を見れば分かる…ジルは本気で聞いてきている。

 回答次第では何をするか分からない危うさも秘めている。

 ランスが最初にジルの目を見た時、そこにあるのは絶望だけでなく、諦め…そして憎しみだった。

「まあいい女だからな。それが一番の理由だ」

「…性の対象としてですか?」

「いい女をそういう目で見ない男なんていないだろ。居るとしたらそいつは病気かホモだ」

 あっさりと答えるランスに、ジルは目を丸くする。

 そういう目で見られているのは知っていたが、まさか本当にそれが一番に来るとは思ってもみなかった。

 そして何よりもそんな事をストレートに言い放つなど、考えてもいなかった。

「それだけか?」

「あ…ま、まだ有ります。ランスさんは…人に裏切られた事は有りますか?」

 ジルから見てランスと言う男は間違いなく英雄になるか、もしくは稀代の大悪党になる男だ。

 だからこそ聞いてみたかった。

 自分は賢者と呼ばれていたが、それでも人に…仲間に裏切られた。

 それも自分の持つ力と美しさを妬まれて。

 目の前の男は、その自分以上の力を間違いなく持っている。

「有るに決まってるだろう。まあ俺様を裏切った奴は全員ぶっ殺してきたがな」

 ランスは間違いなく一般から見ても波瀾万丈と言える生き方をしてきた男だろう。

 それ故に裏切られた事は当然有る…のだが、ランスは必ずその裏切った奴等に報復してきた。

 男は容赦なく殺し、女はおしおきして来た。

 その言葉を聞いてジルも流石に絶句する。

「だが俺様に嫉妬する奴はいなかったな。うむ、それは俺様がこの世界で一番強いからだろう」

「は、はぁ…」

 気楽そうな声を出すランスに、ジルはまた別の意味で絶句してしまう。

「そしてその世界一の俺様の奴隷になれた事を光栄に思っていいぞ」

「………」

『自分の奴隷になれた事を光栄に思え』というランスの言葉にジルは一度ポカンとランスを見るが、

「…プ」

 その後に出て来たのは笑いだ。

「なんだ、何が可笑しい」

「いえ…まさか奴隷になる事を光栄に思えだなんて言葉が出て来るのは予想してなくて」

 奴隷というのは本来は悲惨な待遇だ。

 勿論中には主に重宝される奴隷も居るだろうが、この世界の奴隷はそんなに甘いものでは無い。

 女ならば性奴隷や人の尊厳を破壊されるなど当たり前、それ故にジルもまた絶望してしまった。

 でもこの男の奴隷の基準は何処か変わっている。

 当たり前の様に奴隷を冒険に連れ出し、時にはこちらの言葉にも耳を傾けてくれる。

「でもランス様…もし私を買えなかったらどうするつもりだったんですか?」

「決まってるだろ。力づくででも頂くだけだ」

「…結局力で奪いましたけどね」

 ジルはそこで笑う。

「お、なんだ普通に笑えるではないか」

「…私、そんなに暗い顔してましたか?」

「たまに微笑み男みたいな顔で笑う事もあったぞ」

「クス…あははははは!」

 よりにもよって微笑み男と一緒にされてジルは笑うしかない。

「暗い顔をしているよりもそっちの方がいいな。そうだな…そろそろ俺様に惚れた頃だろう。早速抱いてやろう」

「あ…それはちょっと」

 自分に迫りくるランスをジルはやんわりと拒否する。

「む、奴隷のくせに主人に逆らう気か」

「無理矢理にはする気は無いでしょう? それに今拒否しているだけです。私にはやらなければいけない事がありますから」

「そういやそんな事を言っていたな。よーし、ならお前のそのやらなければならない事とやらを言ってみろ。その代り出来たらお前は完全に俺様のモノだ。まあ今でも俺様のモノなのだがな」

 ランスはこれまでに女性を抱くためにならどんな事でもやって来たし、無理難題をやり遂げてきた。

 それくらいでジルを完全に自分のモノに出来るのであれば、そんな事は簡単な事だ。

「魔人を…魔人を倒したいんです」

「む…」

 しかしジルの口から出て来たのは中々に厄介な言葉だ。

 魔人を倒す…それこそランスは何体もの魔人を倒し、撃退してはいるが、それも全ては無敵結界を何とか出来ていたからだ。

 カオスも日光も無い以上、それは無理難題にも等しい事だ。

(魔人を倒す…俺様ならば楽勝だ。だがなあ…)

 何とか他の条件を引き出そうと思ったが、ジルの顔を見て止める。

 それ程までにジルの顔は真剣だった。

(まるでウルザちゃんだな…)

 その力強い目は、ゼス四天王へとなったウルザ・プラナアイスにそっくりだ。

 そうならば自分の意志を曲げる事は絶対にしないだろう。

(うーむ…しかし無理矢理やるのは絶対やめた方が良い。俺様の勘がそう告げている)

 ランスの強い直感が、ジルを無理矢理手籠めにするのはやめた方がいいと囁いている。

 そういう時のランスの勘は当たるのだ。

「うーむ…まあいいだろう。俺様ならば簡単だ。実際に魔人を倒した事もあるからな。よーし、ただし魔人を倒した際にはお前は完全に俺様の奴隷だぞ」

「構いません。どのみちあなたに助けられた命ですから。でも本当に良いんですか? 私はあなたの奴隷なのに…」

「いいと言ったら良いんだ。これは俺様が決めた事だからな。ただーし!」

 そこでランスはジルの顔を覗き込む。

 ジルもまたランスの顔を間近で見て、少し吃驚する。

「これくらいは貰うぞ。お前は俺様のモノなんだからな」

「え…むぐっ」

 そして感じるのは柔らかい唇の感触。

 突然の事に驚くが、力強く自分を抱きしめるランスの力の前には、ジルの力など到底敵わない。

 ジルは己の力を抜き、ランスに身を委ねる。

 彼ならば無理矢理自分を襲うような事は絶対にしないという確信も有る。

「とりあえず報酬の前払いだな。まあどうせこれからは喜んで俺様に抱かれる事になるんだからな!」

(凄い自信…でも、何故かこの人の自信には人を信じさせる何かがある)

 言ってる事もやってる事も無茶苦茶だが、何故か人を惹きつける魅力がある。

(私も…それにやられたのかな)

 自分を買うと言った時の力強い声、そして自分を鎖から解き放った時の強さ。

 そして今の自分への扱い…間違いなく変な人だ。

「がはははは! じゃあ寝るぞ。お前は俺様の奴隷だから添い寝でもして貰おうか。あ、その時に手が触れてもそれは事故だぞ」

「はいはい。それくらいは構いませんよ」

 ジルはあっという間に服を脱いだランスに対して苦笑しながらも、自分も下着姿になる。

 奴隷として売られた時、男に見られた視線と同じ様な好色な視線だが、不思議と不快感は全く無い。

「ランス様…じゃあ改めてよろしくお願いしますね」


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