その町は今危機に瀕していた。
魔王ナイチサの虐殺から何とか復興しつつある人類だが、復興が進むと今度は人同士の争いに発展する。
特にこの地は何処かの国の領地という訳でもなく、何とか生き残った狡猾な者が支配する地域となってしまっていた。
が、それも年月が経つにつれて分裂し、今は犯罪組織が争いを続けていた。
誰もが相手を出し抜こうとし、目をつけたのが見た事の無い道具を使う人間だった。
何処からとも無く家を出し、うし車よりも速い乗り物を乗り回す。
犯罪組織達は挙ってそれを奪おうとしたが、あまりにも相手が強すぎるために手が出せずに居た。
が、それでも諦めないのが人というもので、誰もがそれを奪おうとする。
時には盗賊を差し向けたりもしたが、結果は全て同じだった。
そして時間だけが経過し…人類はある一つの危機を迎えることになる。
「ランスさん…本当に無茶な事を考えますよね。それに更に無茶を重ねるんですから、スラルさんも本当に酷いです。そう思いませんか?」
「まおー」
加奈代は大まおーを抱えながら路地を歩く。
その顔は非常に呆れた表情と、不安に彩られている。
「本当に大丈夫なんですかねえ。まああなたがいるから実は心配はしていませんけど」
「まお!」
加奈代は大まおーを撫でて一息つく。
自分が後をつけられているのは分かっている。
こう見えても武家の娘なので、一通りの護身術くらいは身に着けているが、それでもランス達とは比べられない。
それでもこうしてあえてそうしているのは、全てはランスとスラルの作戦だからだ。
「私を囮にして拐わせるとか…有効なのは理解できますけどねー」
自分の役目はあえて拐われること、そして大まおーはその護衛役だ。
そして自分の後をつけている奴をさらにレダが尾行しているのも分かっている。
もし万が一があれば、大まおーとレダが介入することになっているので安心だとは思うが、それでも不安になるのは仕方の無いことだろう。
「でも有効な手でも有りますしねー。私を人質にするのは」
加奈代は自分の役割を理解している。
自分を態と拐わせて、その本拠地に乗り込むつもりなのだ。
「さて…そろそろ動いてくれてもいいんですけど」
そのためにこうして自分から拐われやすいところに移動してきたのだ。
そう思ったとき、何者かが自分に近づいてくる気配と共に、顔に布のようなものをかぶせられる。
「きゃっ!」
「いいぞ! 急げ!」
少しわざとらしい悲鳴かと思ったが、どうやら杞憂だったようだ。
男達は自分をそのまま掴んで何処かへ連れて行く。
(でも本当にランスさんの言うとおりに事が運んでますよね…)
『加奈代が一人で歩いてれば必ず拐おうとしてくるだろ。犯罪組織なんてそんなもんだ』
そう言っていた通りの事が起きており、加奈代はある意味感心してしまう。
(だけど…これからが本番ですね。頼みましたよ、ランスさん。そして大まおーさん)
加奈代は自分の腕の中で身動き一つしない大まおーを抱きしめながら、そう祈った。
「さて…動いたか」
加奈代を遠くから見守っていたレダは、ランスの言う通り加奈代が拐われた事で動き出す。
人間がどう動こうが、エンジェルナイトの自分からすれば児戯に等しい。
(羽が出せればいいんだけどね…)
上空から動ければこのように足を使わずに安全に追跡できるのだが、出来ないものを嘆いても仕方がない。
それに、いくらエンジェルナイトの力が制限されていても、今の自分ならば人間に負けるという事は無い…と思う。
流石にランスや藤原石丸、それにジルといった人間の中でも規格外の力を持っていれば話は別だが、そんな人間がそう簡単に生まれる訳は無いのだ。
(正直…エンジェルナイトとしての力が封じられてる状態でも、前にランスと戦った時よりも強くなってるのよね…)
地道なレベルアップだけでは説明がつかないが、今はそれを考える余裕は無い。
「大まおーが居るから大丈夫でしょうけど…ランスが下手にキレるのだけは勘弁して欲しいわね」
大まおーが居る限り、加奈代の命も貞操も問題は無いだろう。
あの何だかよく分からない悪魔のような存在は、魔人の一撃を受けてもぴんぴんしてるし何よりもその攻撃力も高い。
全てに渡って高水準な存在なのではあるが、それ故に得体の知れない存在でもある。
本来であれば悪魔っぽい奴は天使の敵なのだが、アレは果たして本当に悪魔なのかという疑問も消えない。
まあそんな疑問は置いておいて、レダは早速連中の後をつける。
その手の技能は持ってはいないが、そもそも人間よりも遥かに高水準な力を持つエンジェルナイトであれば、この程度の事は造作も無い。
そして暫く歩いていくうちに、ある一つの大きな建物の裏口に入っていくのが見える。
「あそこか…場所は確認できたし、ランス達と合流するか」
居場所が分かったのなら、これ以上深入りは必要無い。
加奈代は大まおーがついている限り何も問題は無いし、ここからはランスやスラルの出番だ。
そう思ってレダは建物を後にし、ランス達と合流すべく歩き始めた。
「で、あそこか」
「そう。加奈代はそこに連れ去られたわ」
「犯罪組織らしいけど…結構堂々とアジトがあるのね。こういうのってもっと隠れてるものじゃないのかしら?」
ランス達は早速加奈代が連れ去られた場所に来ていた。
それは普通の建物よりも豪華な作りになっている。
何も知らなければ、まさかこんな所に犯罪組織のアジトがあるとは思わないだろう。
「加奈代は無事でしょうか…」
「無事に決まってるだろ。人質なんてのは生きてるから意味が有るんだ」
「それはそうですが…その…体の方は大丈夫なのかと思って」
ジルは人間の酷さを身を持って味わっている。
つい最近まで共に戦っていた者でも平気で売りとばす…それが人間だ。
もし自分があの変態貴族に買われるという前約束が無ければ、恐らくは人扱いされずに酷い目にあっていたはずだ。
「大丈夫でしょ。大まおーが居る限り滅多な事は起きないわよ。大まおーに勝てる人間がそう居るとは思えないし」
「まあ…そうね。加奈代に関しては心配はいらないんじゃないかしら。それよりも、これからどうするの?」
レダはランスに尋ねる。
その言葉にランスは当然の様に笑って見せる。
「そんなのは真正面から乗り込むに決まってるだろ。俺様の女を拐った奴等に遠慮などいらん。堂々とぶっ潰せばいい」
「態と拐わせたくせによく言うわね。でも分かり易くていいわね。全員ぶっ飛ばしていいんでしょ?」
「あんまり被害は出したくないけどねー。どうせ将来的には私達の手足になるんだし。でもトップだけは潰さないとね」
ランス、レダ、スラルの言葉にジルは少し顔を引き攣らせる。
問答無用のタイプだとは思っていたが、まさかここまでとは流石に思わなかった。
しかし、それを貫き通す力があるのも事実だ。
「さーて行くぞ。俺様の女を拐った連中に落とし前をつけさせに行くぞ」
「分かったわ」
「何かためになる情報があればいいんだけどね」
ランス達はまるでピクニックにでも行くかのような気軽さで堂々と真正面から乗り込んでいく。
ジルも一度深呼吸をしてランス達の後に続く。
「なんだお前らは!」
「ここを何処だと思っている!」
そんなランス達を当然の様に門番が止めるが、
「俺様の女を取り戻しに来た。ついでにお前達を潰しに来た。だから死ね」
「え? ぎゃーーーーーー!!」
ランスの目にも止まらぬ斬撃が門番の体を両断する。
血飛沫を撒き散らしながら倒れる門番を無視してランスは進む。
「よーし、まずは挨拶代わりだ。ジル、ぶっ放せ」
「…あんまり影響が無いようにしますね。デビルビーム!」
ランスの言葉にジルは少しため息を付きながら、重厚な門に向けて魔法を放つ。
魔法使いとして強大な魔力を持つジルの魔法は、その門をあっさりと貫く。
そして聞こえるのは悲鳴と怒号。
破壊された門から武装した人間が出て来るが、ランスはそれを見て鼻で笑う。
「やっぱり雑魚共だな。よーし、とっととぶっ潰すぞ」
「了解」
「何か良いアイテムがあればいいけどね」
こうしてランス達の戦いとも呼べぬ、圧倒的な蹂躙が始まった。
ランス達が乗り込む少し前―――囚われて気絶したフリをしている加奈代を4人の男達が見張っていた。
「おい、こいつが例の?」
「ああ。あの連中の一味だそうだ」
「こんな女がか…」
男達は勿論この女が何者なのか知っている。
いや、その存在を嫌というほど思い知らされたと言っても良いだろう。
何しろ自分達の組織が…いや、自分達だけでなく、他の組織が挙って襲い掛かったのだが悉く返り討ちにあってきた。
ついには人を雇って襲ったのだが、それも全て返り討ちにあった。
中には『もう関わりあうのをやめよう』という意見も出たほどだが、何よりも面子を気にする事、そしてそれ以上に『ある事』が問題になっている。
それは自分達の敵対組織の一部がおかしなことになっている事だ。
まだ自分達の組織には影響は無いが、とにかく今までのパワーバランスが崩れてきているのだ。
それを期に何とかのし上がろうとしているが、中々上手くはいかないのが現実だ。
しかしそんな中で降って湧いたのがこのチャンスだ。
まさかこんな所で連中の仲間を捕らえることが出来るとは思わなかった。
しかも無力な女をだ。
この後の事は単純、この女を人質にしてあの連中から全てを奪うだけ、なのだが…
「へへ…純粋なJAPANの女は俺は初めて見るぜ」
「小柄だがいい女だよな。ここはよ…」
「そうだな…どうせ全員犯した後でぶっ殺すんだ。だったら先に楽しんでもいいよな」
男達の内3人が加奈代に向けて好色で残忍な笑みを浮かべる。
が、それを止めたのは意外な人間だった。
「やめろお前達。この女は人質だぞ。人質は生きていてこそ価値があるんだ」
一人の壮年の中肉中背の男がそれを止める。
「別にいいだろ? それに俺はこいつの仲間に兄貴を殺されてるんだ。だったら死なないくらいまで犯してもいいだろ?」
「俺は組織の事を考えて言っている。お前達も今の状況を理解出来ない訳では無いだろう」
(…この人は意外と話が通じるかもしれませんね)
加奈代は捕らわれたまま、薄目で男達を見る。
襲い掛かって来たなら殺していいとランスに言われているが、同時にスラルからは『万が一あなたの価値が分かる人間が居たら、そいつだけは生かしておいて。出来たらでいいから』とも言われている。
ランスの計画の全容は勿論加奈代も知っている。
無茶苦茶な作戦だとも思ったが、実際にそれを実行できる力があるのも理解している。
「最近女の相手を出来ずに溜まってんだ。それに生きてりゃいいんだろ? だったら手足の1本くらい構わないだろ」
尚も男達の下卑た会話は続く。
「駄目だ。相手の事を考えればここで手を出すのは危険すぎる。それに俺達の役目はこの女を拐う事までだ」
「相変わらず固いなアンタは。でもよ、俺達もそろそろ限界なんだ。この女で楽しませてもらうぜ!」
そう言って男達は、自分達を止めていた男の一人を無視して加奈代の所に来た時―――
「へっ?」
男の一人の胸に巨大な鎌が突き刺さった。
「まーおー!」
それはピンク色の奇妙な物体だった。
それが持つ大鎌に胸を貫かれた男が痙攣しながら崩れ落ちる。
「え?」
「まーおー!」
それを見て呆然としている男の一人の体が火に包まれる。
「ぎゃーーーーー!」
火達磨になった男は直ぐに崩れ落ちる。
そして最後に残った男にも大まおーの放ったデビルビームが突き刺さり、男は何も言う事が出来ずに崩れ落ちる。
大まおーは男達が動かなくなったのを確認すると、そのまま器用に加奈代を縛っていたロープと猿轡を外す。
「ありがとうね、大まおーさん」
「まーおー!」
得意気に胸を張る大まおーの頭を加奈代は撫でる。
「さて…あなたはまだ話が通じそうですねー」
「え…あ、ああ…」
その光景を見て少しの間呆然としていた男だが、すぐさま短剣を構える。
その様から見ても、この男が少しは…いや、結構出来る男だと加奈代は見抜く。
加奈代も武家の娘、少しは相手の強さを見極める目を持っているつもりだ。
それはランスと共に旅をしてからより磨かれたような気がする。
「ちなみに逃げられませんよ。もう大まおーさんの魔法の射程の範囲内ですから」
「………チッ」
加奈代の言葉に男は短剣を手放し、降参と言わんばかりに手を上げる。
手から落ちた短剣―――いや、クナイと呼ばれる手裏剣の一種を見て、加奈代は驚く。
「あなた、JAPANの者ですか?」
「いいや、純粋なJAPAN育ちじゃない。ただ、その技術だけは渡されただけさ」
「なるほどなるほど」
藤原石丸がこの大陸の半分を制覇し、そして魔人ザビエルによって敗れた。
その際には大陸に残ったJAPANの者も多数いると聞く。
この男もそんなJAPANの人間の血を受け継いでいるのだろう。
「…あんた、態と捕まったな」
「はいそうでーす」
加奈代はにっこりと笑って見せる。
それを見て男は観念したように地に腰を下ろす。
「って事はアンタの仲間が…」
「もう少しで乗り込んでくると思いますよ? あ、無駄な抵抗はやめた方がいいですよ。大人しくしてれば命だけは助けてくれるように言いますから」
「…そいつはありがた」
男が言葉を言いきる前に、凄まじい轟音が響き渡る。
「あら、ランスさん達が来ましたね。じゃあ大まおーさん、私達も行きましょうか」
「まおー!」
加奈代の言葉に大まおーは嬉しそうに返事をする。
「あ、そうだ。今から組織を裏切るのなら、私からランスさんに執成しますよ」
「犬とお呼びください」
この時、男は非常にいい笑顔をしていたと後に加奈代は話す。
「がーっはっはっはっは! 雑魚は雑魚だな。とっとと死ねー!」
「うぎゃーーーー!」
ランスの一撃を受けて男達が死んでいく。
言葉通りに全く相手にならないとう状況が続いていく。
後に残るのは無残な死体だけだ。
「つ、強すぎる…」
男達は絶望しきった表情で遠巻きにランスを見ているしかない。
「まあこんなものね」
「所詮は普通の人間だもの。こんなものでしょ」
スラルとレダは倒れている人間を見ても顔色一つ変えない。
人間の中にも時には異常な強さを持つ者も生まれるが、そんなのはまさに天文学的な確率だろう。
そんな有象無象の存在がランスに敵う訳が無いのだ。
「人質だ! 人質を連れて来い!」
男達の仲間を捕らえた事は既に皆が知っている。
今こそその人質を使うしかない状況になってしまっている。
本来であればここで使うべきでは無いとは分かっているが、状況がそれを許さないのだ。
「はーい。人質が来ましたよー」
「まーおー!」
そんな時、廊下からこの状況にそぐわないのんびりとした声が響く。
「あ。加奈代さん。無事だったんですね」
「大まおーさんも居ますし、当然ですよ」
大まおーを先頭に、加奈代は悠然と歩いてくる。
「…おいゲンバ。お前、何をしている」
そしてその加奈代の後ろで彼女を守るようにしているのは、間違いなく加奈代を浚った人間の一人、即ちこの犯罪組織の仲間だ。
「いやー、申し訳ないが俺はこちらにつかせて貰いたく…」
ゲンバと呼ばれた男は全く申し訳無さそうに笑う。
「おい加奈代。その男は何だ」
ランスが半眼で男を睨む。
「あー、この人はですね。この組織の人の中では少しまともだと思いましたから。スラルさんも一人くらいまともな人間が居るはずだって言ってましたしねー」
「アホか。そんなのは関係無いぞ。男は俺様の敵だ。邪魔だ、いらん」
「ええ…」
ランスの言葉にゲンバと呼ばれた男は困惑する。
加奈代からランスの事は説明されていたが、まさか男だというだけで切り捨てようとするとは流石に思っていなかった。
「まあまあ待ちなさいよランス。男だからと切り捨てるのはまだ早いわよ。安定のためには数が必要になるものよ」
「優秀な女の子が居ればそれでいいのだ。男はまあ居なかったら使ってやってもいいが…まあいいか」
ランスは男をみて取りあえずは納得する。
ゲンバと呼ばれた男はどう見ても壮年の男であり、ランスから見れば完全に安全圏の男なのだ。
「おいお前。加奈代にかすり傷一つでもつけたらお前を殺す。嫌ならせいぜい俺様のために働くんだな」
「そ、それはもう! お嬢様! ここはこのゲンバ・カラサワにお任せ下さい!」
ゲンバは加奈代を守るべくその前に立つが、
「まーおー!」
「うぎゃーーーーー!!」
大まおーが放った炎に包まれる男達を見て冷や汗を垂らす。
(…これ、止めなかったら俺もああなってたんだよな)
返す返すも彼女に手を出すのを止めるように口を出して良かったと思う。
そしてランス達を止められる者は誰も無く、とうとう相手のボスの所へとたどり着く。
「がははははは! ここかー!」
ランスが勢いよく扉を蹴破ると、そこにはいかにも言わんばかりの男が椅子に座っていた。
「き、貴様ら…」
「俺様の女に手を出すとはいい度胸だ。では死ねーーー!」
「え、ちょっと待ってうぎゃーーーーー!」
ザクーーーーッ!
犯罪組織のボスは名前を名乗る間もなくランスに殺される。
「いや、ランス。少しくらい話を聞いてあげるとかそういうのは無いの?」
「知らん。男の話など聞くだけ無駄だ。それにそんな必要も無いだろ」
「まあそうだけどね…さて、これで制圧完了かしら?」
「ほ、本当にこれで良かったのでしょうか…むしろ私達の方が犯罪者のような…あいた」
ジルの不安そうな顔に、ランスがその頭を軽く叩く。
「俺様のやる事は正しい。それにこいつらはどう見ても悪人だから何も問題は無い」
「そ、そんなものでしょうか…」
ジルはただ曖昧に笑うしかない。
「とにかく! 今日から俺様がここのボスだ。文句は無いな」
ランスは剣を突きつけながら今もランス達を遠巻きに見ていた男達も戦意を喪失する。
そしていち早くランスに従ったゲンバが真っ先に跪く。
「ボス、俺はあなたに従います」
そんなゲンバを見た男達も一斉にランスに跪く。
「フン、最初からそうすればいいんだ。だがその前にやる事がある。そうだな、スラルちゃん」
「ええ。使える奴は何人居ても困らない。だから、あなた達を見させてもらうわ。そして本当の意味で役に立たない奴は…分かってるわね」
ランスの剣から姿を現したスラルが冷徹な目で男達を見る。
こうしてランスは犯罪組織を乗っ取る事に成功する。
そして時代は更なる混乱に巻き込まれるのは自明の理であった。
???―――
「ケッセルリンク様。本日はここまでが宜しいかと思います」
「うむ…そうだな」
魔人ケッセルリンクは使徒シャロンの言葉に頷く。
もう日が昇る時間帯であり、夜にこそその真価を発揮するケッセルリンクにとっては、その時間は辛い時間帯となる。
「すまないな。本来であれば皆ももっと良いところで休みたいだろう…」
ケッセルリンクにとっては使徒は大切な存在であり、自分が守らなければならない存在だ。
その使徒を大変な目に合わせるのは本意ではない。
しかし、魔王の命令となればそうはいかないのが魔人にとっての辛いところだ。
「ケッセルリンク様。今回の件は、ケッセルリンク様が動かれるほどの事なのですか?」
使徒バーバラがケッセルリンクに尋ねる。
ケッセルリンクは今は魔王ナイチサにあまり良い目で見られていない。
当初は無視されていたようだが、その力、有用性、そして魔人カミーラと親しい事から徐々に睨まれていった。
魔人ザビエルという忠臣が居たこともあるが、冷遇されていると言っても間違いは無いだろう。
「魔人同士の争いになる可能性も有る…だからこそ、私が使われたのかもしれんな。私としてはメガラスが使われるとばかり思っていたのだがな…」
「メガラス様ですか…」
メガラスの名前を聞いて、パレロアは複雑な顔をする。
魔人メガラスの事は当然知ってはいるのだが、何しろ無口のため殆ど交流が無い。
魔人の中でもその実力から一目置かれているのだが、何分会話が成立しないレベルで無口なので何を考えているか分からない部分も有る。
「だが…ナイチサの支配力が弱まっているのは感じられる。あの時の傷が余程大きいようだ…」
魔王であるナイチサが大きく傷つけられたのは魔物達に大きく影響を与えた。
何しろ魔王は自分達の主であり、この世界最強の存在だ。
その最強が人間と戦って大きな傷を負ったのだ。
そしてその影響からか、一部の魔人達は思い思いの行動を取ることになっている。
「私のような古参の魔人はまだいいが…魔人の中には魔王が直接作った存在では無い者もいる。そういう輩は時にはいたずらに人間を刺激する…ナイチサはそれを避けたいようだ。理由は分からないがな…。
ナイチサが人間に大きく傷をつけられてから、魔人や魔物が人類に与える影響は極端に減った。
勿論魔王が人間を刺激するのを禁じているというのはあるのだが、それでも好き勝手する奴はどうしても出てくる。
元々人間に興味の無いパイアール等は問題はないが、それ以外はそうはいかない。
「大変ですね…ケッセルリンク様も」
「いや…たまにはこうして動くのも悪くは無いさ。それに…もしかしたら偶然が再び起きるかもしれないからな」
「偶然…そうですね。再び起きてもおかしくはないですよね」
ケッセルリンクの言葉にエルシールが笑う。
そう、全ては偶然…しかしその偶然があったからこそ、エルシールはこうしてケッセルリンクと出会えたのだから。
「さて…私は一眠りさせてもらおう。君達も好きにしたまえ」
「「「「おやすみなさいませ。ケッセルリンク様」」」」
こうして魔人ケッセルリンクは眠りに付く。
もしかしたら…という思いをその胸に抱きながら。
死体―――おびただしい数の死体の上に、一人の男が立っている。
その男が口の中で何かを呟くと、突如としてその死体が動き始める。
「救済は完了した…さあお前達、更なる救済のために私に死を捧げよ。そしてその暁にはお前達も神の御許へと導かれるだろう」
「あ、あ、あ…」
死体…ゾンビ達は声にならない言葉を出しながら動き始める。
「トルーマン様…」
「貴様か…此度は私に捧げる人間が少ないな。神への供物も足らぬ…それでは何のために貴様を下級使徒にしたか分からんな。マディスン」
「お、お許し下さいトルーマン様!」
マディスンと呼ばれた男は冷や汗を流してトルーマンに対して土下座する。
「あ、あまりに人間の数が減りすぎまして…このままでは我等も立ち行かなくなる可能性が…」
「それがどうした」
「!!」
トルーマンの言葉にマディスンは言葉を失う。
「人などその辺から拐えばいい。どうせ時間が経てば勝手に増えるのだ…足りないというのであれば、この者を使えばいい…」
この者、と言われてマディスンはさらに背筋が凍ってしまう。
トルーマンが指しているのは、間違いなくこのゾンビ共の事だろう。
(こ、こんな奴等を使えというのか…)
ゾンビは所詮はゾンビ、例え魔人が作成しようがそれ以上でもそれ以下でもないのだ。
それでは人間を拐うという行為が出来るはずがない。
いや、そもそも既に何人もの人間を魔人へと捧げているのだ。
その功績で下級使徒となったが、こんな目にあうとは考えてもいなかった。
(イカれている…)
使徒となったのは、永遠の命のためだが、こんな目にあうとは思ってもいなかった。
しかし使徒は魔人の命令に絶対服従、逆らうことなど出来はしない。
(…他の所から拐うしかないか)
今の自分の地域は既に限界だ。
これ以上人が減っては、今の自分に差支えがある。
しかも最近は例の人間の持つ珍しいアイテムを奪おうとした結果、返り討ちにあって兵を失う結果にもなってしまっている。
(クソッ…これでは何のために使徒になったんだ)
マディスンの苦労は続く。
しかし、その苦労にもうすぐ終わりが来る事はまだ知らなかった。