ランス再び   作:メケネコ

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迫る恐怖

 ランス達が別の組織を制圧してから数日―――ランスの前にドワイトが立っていた。

「悪いなボス。そろそろ俺は本来の任務に戻らなくちゃいけないんだ」

「ふーん。じゃあさっさと出ていけ。男が俺様と同じ空間にいるなど許されんからな」

 ランスの尊大な態度にもドワイトは笑う。

「ハッハッハ。そこまで態度を一貫されると逆に気持ちが良いな。俺はアンタが凄い気に入ってるんだけどな」

「男に気に入られても嬉しくも何とも無いわ」

「おう。俺もテンプルナイトの一員として動かなきゃいけないからな。あんたに女神ALICEの加護が有らん事を」

 ドワイトはそう言ってランスの前を立ち去ろうとした時、スラルが引き留める。

「ねえドワイト。あなたの仕事って大量発生したアンデッドを倒す事でしょ?」

「ああ、そうだぜスラル嬢。時たまアンデッドが発生するって事もあるんだよ。動く死体はモンスターだからな。俺達テンプルナイトならアンデッドの制圧はお手の物だからな」

 動く死体、それは最早モンスターでしか無く、ランスも何回か戦った事が有る。

 中には透明な死体や、燃えている死体も存在するため、モンスターとしては非常に面倒臭い。

 だがそんなモンスターも、神魔法には極端に弱い。

 神魔法LV1もあればいとも簡単に浄化が出来る存在だ。

「そんなに散発してゾンビ系のモンスターが湧くものなの? 私が生きてた時も、こんなに湧いた事無いけど」

「…そいつは俺にも何とも言えないな。確かに珍しい事ではあるが、何しろ50年近く前にあんな事があったからな…死体の数はそれこそ数知れずだ。俺達AL教も可能な限り弔ってやりたいんだが、いかんせん数がな」

「魔王による虐殺か…人類の数が半分になったっていう…」

 ドワイトの言葉にスラルが何とも言えない表情を浮かべる。

 魔王による虐殺…それはスラルとしても驚くべき事実だった。

 魔王が人間を殺すなんて珍しい事では無いし、現魔王ナイチサも定期的に人間を惨たらしく殺していた。

 しかし、人類の数が半分にまで減る程の殺戮を行うとは思わなかった。

(私も…あのまま完全に血に飲み込まれていたらそうなったのかしら…)

 今でも思い出す、人間への完全な殺意。

 あの時は何とか止まってくれたが、スラルはそんな自分が恐ろしくなった。

 だからこそあれから自分の城に引き籠ってしまったのが…もしあの時ランスと出会っていなければ、自分はそのまま消滅していただろう。

「とにかく大量の死者が出て、それは大半は野晒だ…それが動く死体なってもおかしくは無いさ」

「…そう。分かったわ。とにかく気をつけなさい」

「おう。それじゃあな」

 ドワイトは今度こそランス達の前から消える。

「どうしたスラルちゃん。何か難しい顔をしとるな」

「うーん…ちょっと気になっちゃってね。ランスも死体系のモンスターとは戦った事あるの?」

「まああるがな」

 ランスも長い間冒険をやっていれば当然その経験はある。

 自由都市やゼスではアンデッド系モンスターとも戦っている。

 他にも女の子モンスターとしてゾンビエルフなんてモンスターも居る(流石のランスも手を出すのは躊躇われる)。

「それが小規模といえ、数多く発生するというのがちょっとね…私が魔王の時でもそんな記憶は無いし…」

「別に魔王だからって全世界の事を把握してた訳じゃ無いだろ。気のせいなんじゃないか」

「だといいんだけどね…今の世界、私の想像もつかなかった事が起きてるし…魔人の無敵結界があってもザビエルを封印したという術といい、ランスが知っている魔封印結界といい…予測もつかない事ばかりよ」

「だから面白いんだろうが。何もかも知ってるなんて詰まらんだろ」

 ランスの言葉にスラルは一瞬言葉を失うが、直ぐに笑みを浮かべる。

「そうね。ランスの言う通りね」

「うむ、だから俺様はスラルちゃんの体の復活を諦めていないのだからな。とっととスラルちゃんの体を見つけて1発…いや、100発くらいはやらんと収まらんな」

「もう…本当にそればっかり何だから」

 スラルはランスの言葉に呆れたように笑った。

 

 

 

「行け! 我等にはALICE様の加護が有る! アンデッドを蹴散らせ!」

「「「おおっ!!!」」」

 テンプルナイトの隊長の言葉に、テンプルナイトの隊員が雄叫びを上げる。

 目の前に居るのはアンデッドの群れで、そういった存在を倒すのはテンプルナイトにとってはお手の物だ。

 これこそがAL教のテンプルナイトの任務の一つなのだから。

「行くぞ! 私に続け!」

 隊長の剣がゾンビを切り裂くのを皮切りに、テンプルナイト達が一斉にゾンビに向かっていく。

「浄化!」

 テンプルナイトの隊員が放った浄化の光に包まれ、ゾンビが砂へとその姿を変える。

 神魔法の基本的な魔法に、ゾンビ系統のモンスターに対して特大の効果がある魔法が存在する。

 テンプルナイトの中には剣や槍の武器だけでは無く、魔法や神魔法が得意な者も居る。

 それらの者にかかればゾンビ程度何も問題は無い。

「ドワイト様。もう少しで終わりそうです」

「ああ。そうみたいだな」

 ドワイトもその光景を見て頬を緩める。

 確かに想像以上の数ではあるが、その強さに関しては自分の想像通りだ。

「ALICE様の加護があればゾンビ等問題ありませんね。法王ムーララルーもお喜びになると思います」

「…そうだな」

「ドワイト様?」

 ムーララルーの名前が出た事で、ドワイトは少し複雑な顔をする。

 部下のテンプルナイトはそんなドワイトに対して兜の中で怪訝な顔をする。

「いや、何でも無い。それよりもここのアンデッドを殲滅したら次に向かうぞ。発生している量が量だからな」

「はっ!」

 テンプルナイト達は一斉にゾンビ達に蹴散らす。

 テンプルナイトの強さは一般の兵士すら上回る程の力が有る。

 それこそがこの世界最大の宗教の力であり、女神ALICEの加護を受けた者の力なのだ。

(ムーララルーか…どうもな。法王になってから少し変わっちまった…前はアレほど朗らかに笑う男だったんだけどな)

 今のムーララルーはドワイトとは古い知り合いだった。

 ドワイトはムーラテストには参加しなかったが、今のムーララルーを法王にするべく努力してきた。

 その結果、ムーララルーになったのだが、常に何かに脅えているような男へと変わってしまった。

 何があったのかは分からないが、ムーララルーの立場はそれほどまでに重いのかと思っていたが、実際はどうなのか分からない。

(まあそれは今の仕事には関係ないな。さて、仕事の続きをするとしよう)

 ドワイトも不浄の者を浄化すべく、前線へと向かっていった。

 

 

 

「これがこうなって…それでこうなる。ああ、だめ。やっぱり論理だけでは上手くいかない。実践が一番なんだけど…」

「対象がいないのなら確認のしようが無いわね」

 魔法の構築で頭を悩ませるジルに対し、レダは気楽そうに答える。

「レダさん。この術を使えるのはあなたなんですけど…」

「そうね。ジルは神魔法の素質は無いものね。でも作るのはあくまでもあなた。私は発動するだけ」

 レダの言葉にジルは少し唇を尖らせる。

 ある程度の構築まではレダも手伝ってくれたが、仕上げの部分に関しては完全にジルに任せていた。

 彼女の言葉を借りるなら、

『術を完成させるのは私じゃない。あなたであるべき』

 そう言って参加してくれない。

 勿論不満ではあるが、レダの顔が真剣そのものだったためジルもそれ以上の追及を躊躇われた。

 実際には、レダは自分がこうして人間のために働くのはまずいと思っている。

(正直干渉し過ぎだと思うけど…本当にALICE様も誰も何も言ってこないし…どうなってるのかしら)

 エンジェルナイトであるレダが下界に干渉するのは神が望む事では無いだろう。

 勿論、女神ALICEの命令で動いているのだが、問題は無いのだろうが、それでも節度は弁えるべきだ。

 ましてや自分は今現在存在してはいけないはずなのに、それを見逃してくれているのであれば尚更だ。

「あの…レダさんはランス様とは付き合いが長いんですか?」

「私? まあそうね…ある時期からランスとはずっと一緒ね」

 ジルの言葉にレダは首を傾げる。

 ジルの言葉の趣旨が今一理解出来ないからだ。

 そんな仕草を見ながらジルは悩ましいため息をつく。

(そんな姿も様になるなんて…凄い)

 ジルはレダの強さもさることながら、何よりもその完璧な美しさに目が奪われる。

 最初に会った時もそう思ったが、それは今でも変わらない。

「その…ランス様の事が好きなんですか?」

「へ?」

 ジルの思いもよらない言葉にレダは思わず間の抜けた声を出す。

 そして一瞬呆けたかと思うと、難しい顔で腕を組む。

「好き…好きかあ…正直あんまり考えた事が無いわね。いや、本来であればそういう感情を持つ事自体があり得ない事だし…」

 エンジェルナイトであるレダから見れば、人間は全て下等な存在であり、取るに足らない存在だ。

 勿論中にはランスの様にエンジェルナイトを上回る人間も生まれるが、そんなのは数えるほどしか存在しないし、そもそもエンジェルナイトの大群の前には悲しい程無力だ。

「でもなあ…最初の出会いは最悪だったのに、別に嫌じゃ無かったし…」

「最初の出会いが最悪? 何があったんですか」

「別に。最初私とランスは敵同士だったのよ。あ、敵同士っていうのも正確じゃ無いけど…とにかく、最初はランスと戦って負けて犯されたのよね」

 ランスとの出会いを思い出し、レダは思わず赤面する。

 人間に負けるなんてエンジェルナイトとして屈辱だし、あまつさえ犯されるなんて最大限の恥だ。

 おかげでこの事は同僚の誰にも言えず、ランスの事は結局は上には報告しなかった。

「犯された…では何でランス様と一緒に旅を? それにレダさんはその…どう見てもランスさんと合意の上で抱かれているようにしか…」

 ジルは顔を赤く染めてレダを見る。

 敵対していた上に犯された、と聞くと普通に考えれば敵意を持っていてもおかしくは無い。

 いや、それどころか命を狙われてもおかしくない所業だ。

 それなのに、レダはランスを守り、そして抱かれるのを決して嫌がっていない。

 むしろかなりノリノリでランスとセックスをしているように見える。

「うーん…それは話すと長くなるし、私としてもあまり言いたくは無いな…あ、でもセックスは別に嫌いじゃない…というか結構好きかもしれない…」

 改めて口にすると何となく恥ずかしくなり、レダもその頬を染める。

「好きか嫌いか…のどちらかなら好きなのかな? やっぱり見ていて面白いし」

「それは…凄く分かります」

 見ていて面白い、というのはジルも全面的に同意する。

 ジルはこれまで生きてきた中でもとびきりの経験をさせて貰っていると思っている。

 ランスの持つアイテムはどれもこれも凄く、JAPANでも貴重な体験が出来たし、今現在においてもそうだ、

 ジルは充実していると言っても良かった。

「ジルはどうなの? ランスが好きなの? 私、その辺の事は良く分からなくてね」

 返ってきたレダの言葉にジルの顔が紅潮する。

「その…私は…」

「まあ嫌いじゃ無かったらあんな事までさせないか」

 からかうようなレダの言葉にジルの顔がより真っ赤に染まる。

「み、見てたんですか…」

「たまたまよたまたま。それにジルだって私とランスがしてるのを覗いてたでしょ」

「うー…」

 図星を突かれてジルはそのまま本で顔を隠す。

「ああ、からかい過ぎたわね。でも好きなら好きでいいんじゃないかしら? 人間ってそういうものでしょ」

 そう言ってレダは薄く笑いながら部屋を出ていく。

 一人残されたジルは深くため息をつきながら先程までの作業に戻る。

「ランス様は…私との約束を本気で守るつもりだし」

 ランスが自分に手を出すのは間違いなく魔人を倒すという約束を果たした時だろう。

 極度の女好きであり、セックスが大好きなのは嫌という程思い知っているが、それでも奴隷の自分に手を出さないのはつまりはそういう事なのだろう。

 そしてジルは今ではランスならば本当にやってしまうという確信に近いものを感じている。

「はぁ…私はどうすればいいんだろう」

 ジルは今までに抱えた事の無い悩みを持ちながら、魔封印結界の作成に向かって作業を再開させた。

 

 

 

 それから暫くは何も無い日々が続く。

 ランスは何時もの通りに女の子を集めてセックスをし、時には自らがダンジョンにでかけ、色々なアイテムを見つけてくる。

 時には何の成果も無いこともあるが、それでもランスは思う存分に楽しんでいた。

 が、そんな中でスラルは少し難しい顔をしていた。

「ねえランス…ちょっといいかしら」

「何だスラルちゃん」

 ランスは手に入れた貝を片手にスラルに返事をする。

 今回はランスも見た事の無い貝が手に入ったのは僥倖だった。

 貝の収集が趣味のランスとしては、この時代はまさに宝の山であった。

「ゾンビ系のモンスターが発生しているって話、この前もしたわよね」

「そんな事あったか?」

 ランスの言葉にスラルは呆れたようにため息をつく。

 本当に自分の興味の無い事はどうでもいいと考えているようだが、ランスにそれを言っても今更だ。

「ドワイトから話聞いたでしょ。そもそも彼は発生しているゾンビを倒しに来たって。まあ男の事だからランスは覚えていないでしょうけど」

「なんかそんな事を言ってたような気がするな。で、それが何か気にかかるのか」

 スラルの言葉にランスは少し興味を覚える。

 ランスにとってもスラルの話を聞くのはやはり楽しい所がある。

 スラルが女だからという事もあるが、元魔王だけありスラルが知っている事はランスにとっても非常に興味がある。

「ゾンビ系が大量発生するって…私が魔王だった時にもそんな事は無いって言ったでしょ」

「…確かにそんな事を言ってたな。まあゾンビ系なぞ戦っても臭くて汚いから興味も無いがな」

「大量に人が死んだからゾンビ系も発生しても全くおかしくは無い…それは確かにそうだけど、範囲と規模がね…」

 机に置いてある地図には、ゾンビが発生した地域が書かれている。

 それを見ればスラルも、そして気づいている者は完全に気づいている事実だ。

「不自然なまでに一定なのよ。自然発生なんてありえないくらいにね。間違いなく第三者が関わってるんだけど…ゾンビを大量発生させる方法なんて私も聞いたこと無いわ」

「ゾンビの大量発生ならそういう魔法があるんだろ」

「そんな魔法あるの? 元魔王の私が知らない魔法なんてありえないはずだけど。ランスなら知っていても不思議じゃないけどね」

「…スラルちゃんが知らんのか」

 スラルの言葉には流石のランスも首を捻る。

 元魔王のスラルの知識は確かであり、それも魔法に関しては凄まじいものが有る。

 ランスには魔法の事はさっぱり分からないが、それでもランスが知る魔法使いである、志津香やマジックよりもその知識や実力が上なのは分かる。

 そしてランスは当然知らないが、ランスが知っているネクロマンサーの魔法は、もっと後の世に作られる魔法なのだ。

「私も流石にナイチサほど殺してはいない…というよりもあんまり人間に干渉しなかったから」

「ふーん。だから作った魔人も少ないのか」

「直接作ったのはガルティアとケッセルリンクだけ。カミーラもメガラスもケイブリスも私が生まれる前から魔人だった存在だし。ってそんな事は今はどうでもいいわ。問題なのは今の状況」

 スラルは地図を見ながら難しい顔をする。

 ハンナに集めさせた情報収集に長けた者をテンプルナイトのいる地域に送っているが、今のところはこれといった報告は無い。

「取り越し苦労ならいいんだけどね…」

「スラルちゃんは心配性だな。元魔王なのに臆病だな」

「元魔王だからよ。私は何の知識も持たされずに魔王になった。ただ分かったのは、過去の魔王は決して無敵ではなかった。私は常に怯えていたのよ…元魔王なんて言ってもこんなものよ」

「そんなもんか」

 スラルの自嘲的な笑みにランスも少し神妙な顔をする。

 ランスがよく知る魔王であるジルといい美樹といいその力は圧倒的だった。

 それこそ勝つというのは不可能だとランスに思わせるくらいに。

 そしてスラルもまたその力は圧倒的だったのだ。

「取り越し苦労ならそれでいいのよ。何事も無いのが一番だし、これまでの魔王の行動からしても人間には今のところ手は出してないみたいだし。でも魔人は違う」

「魔人だと?」

「魔人は魔王の命令には絶対服従、それこそ死ねと言われれば死ぬしかないくらいにね。でもそれ以外では自由なのよ。中にはますぞえのように私の命令に一切従わなかった魔人もいるくらいだし」

「だから魔人が動いているとでも言うのか」

「最悪の場合よ。私だってまさかそんな簡単に魔人と出会うだなんて思って…」

 そこでスラルはランスを見上げて微妙な顔をする。

「いや、ランスの事を考えればありえそうよね…カミーラともケッセルリンクとも信じられないくらい遭遇するし」

「女なら何も問題は無いな。だが男なら即ぶっ殺す」

「うん、実にランスらしくてむしろ安心するわ。まあこう言って置いてなんだけど、そんな簡単に魔人が動けるわけないしね」

 そう言ってスラルが笑った時、突然ランスの部屋の扉が開く。

「ボス! 大変ですボス!」

 息を切らしながら入ってきたのはゲンバだ。

「何だお前。男がノックも無しに俺様の部屋に入るなど死にたいのか」

「そ、そんな事は後です! それよりも大変ですボス!」

「何があったの。落ち着いて報告しなさい」

 スラルはゲンバの姿を見て、表情を引き締める。

 ゲンバの顔や服には血がついているが、それが本人の傷じゃないのは分かる。

 だとするとそれは返り血か、又は他の者の血でしかない。

「魔軍です! 魔軍が現れました!」

「………はぁ!?」

「魔軍!? 何で!?」

 

 

 

 ドワイト達のゾンビ退治は順調だった。

 テンプルナイトにとってはゾンビ等の命を持たない相手はまさにお手の物だ。

 いくら数が多くても、神魔法を使える者を多く連れてきたドワイトの部隊の前では無力だ。

 それを見越してドワイトも神魔法をを使える者を連れてきているのだ。

「ここもクリアだな。生存者はどうしてる?」

「かなり憔悴しておりますが、死にそうな者はおりません」

「そうか。だったらあいつらの所に送るのがいいかもしれないな」

 ドワイトは部下の言葉に安堵のため息をつく。

 町丸ごとがゾンビの集団になっている訳では無いようで安心はしたが、それでも数が数なので予断は許さない状況だ。

 しかしハンナ達がこちらに支援物資を送ってくれているので、行軍は予定通りに行われている。

 この調子なら発生源の特定もすぐ出来るだろうし、浄化のほうも問題なく行われるだろう。

 ドワイトだけでなく、誰もがそう思っていた。

 その時、凄まじい悲鳴がドワイト達に届く。

「な、何だ!?」

「落ち着け! 何が起きている!」

 ドワイトとその部下達は直ぐにテントから出たとき、見えたのは棒にくくり付けられた何かだった。

 その何かがこちらに近づいてきているのだ。

「ま、まさかアレは…」

 兵士の一人が震える声で呟く。

「に、にんげん…?」

 どんどんと近づいて来るにつれて、それがハッキリと目に映る。

 それはこの世のものとは思えないほどに無残な姿になった人間だった。

 そして同時に見えてくる、赤、緑、青、灰色の不気味な姿。

 それがまるで軍のように整列されて歩いてくる。

「ま、まさか!?」

「魔軍か!?」

 部下の言葉にドワイトも驚きに目を見開く。

 魔軍…それは人類の共通の敵であり、魔王や魔人の直接的な部下とも言える存在だ。

 普通の野良モンスターとは全く違い、魔軍は魔物スーツを着ることによって初めて軍としての力を持つのだ。

 そしてその先頭を歩く巨大な存在がより一層目を引く。

 その姿を見て、ドワイトはこれ以上無いくらいに目を見開く。

「魔物将軍だと…!?」

「ま、魔物将軍!?」

「な、何でこんな所に魔物将軍が!?」

 その魔軍の戦闘に立っているのは間違いなく魔物将軍と呼ばれる存在だった。

 魔物将軍は悠然とこちらに近づいてくると、合図を送る。

 その合図に合わせて魔物兵達もその動きを止める。

「臭いなここは…豚以下のゴミ屑共の臭いだ」

 魔物将軍は不快そうにドワイト達を見る。

「さあお前達。ゴミ掃除だ。生きる価値の無いゴミを殺せ。そして全てを無に帰するのだ!」

 魔物将軍の言葉に魔物兵達は一斉に襲い掛かってくる。

「全員! 隊列を組め! 奴等を抑えろ!」

 直ぐにでも反応したドワイトの手際は見事だと言っても良かっただろう。

 しかし、ゾンビ退治に派遣されているテンプルナイトの数はそう多くなく、一般の兵士3人でようやく魔物兵1体と戦えると言われる魔軍を防ぐことは出来なかった。

 反応に遅れたテンプルナイト達は魔物兵に蹂躙されていく。

 その巨大な斧がテンプルナイトの盾を弾き、青い魔物兵の鞭がテンプルナイトの首を絞める。

 そして灰色の魔物兵が魔法を放ち、テンプルナイト達はどんどんと倒れていく。

「チッ! 何がどうなってやがる!?」

 ドワイトの怒声が響き渡るが、それは直ぐに悲鳴の中に掻き消えていった。

 

 

 

 薄暗い地下室の中、魔人トルーマンは苛立気に顔を歪める。

「我が救い子達が無様に殺されていく…何とも悲しい事よ」

 その魔人トルーマンの前に跪いている人間は、全身から脂汗を出しながら必死に今の状況を何とかしようと考える。

 が、何も良い考えが出て来ないことに恐怖する。

「やっぱりゾンビ共じゃダメね」

 死体をグチャグチャと咀嚼しながら使徒マッキンリーが呟く。

「折角私が救ってやったというのに人間共め…さらなら救いが必要となるな」

 冷酷な魔人の台詞に人間は恐怖に震えるしかない。

 マディソンは下級使徒にはなったが、その権力は当然ながら低い。

 魔人がその気になれば何時でも処分出来る程度の存在でしかないのだ。

「オー…トルーマン。いい方法があるね。これを使えばいいね」

 マッキンリーはその口から何かを吐き出す。

「う…」

 それを見てマディソンは吐き気を何とか堪える。

 マッキンリーが吐き出したのは、ドロドロになった人間の死体と、緑色の何かだった。

「これがあれば救い子達も立派なソルジャーね」

「ふむ…しかしこれを大量に用意できるのか」

「大丈夫ね…この近くに魔物将軍を見つけたね。奴ならば何も問題は無いね」

「ま、魔物将軍…?」

 トルーマンとマッキンリーの言葉にマディソンは呆然とするしかない。

(そんな馬鹿な…魔物将軍だと? こいつらは何を言っているんだ。いや、それよりも私は永遠の命が欲しいだけだったんだ。それなのに何でこんな事に…)

 使徒になれるとの言葉に、マディソンは特に考えもせずに飛びついた。

 しかし実際には、自分の想像とは遥かに違う現実が自分には待っていた。

 そして出てきた言葉は魔物将軍という言葉。

 魔物将軍がどんな存在なのかは人間ならば皆知っている。

「魔物スーツも大量にあるね…救い子もみんなハッピーよ」

 マッキンリーの言葉にトルーマンは狂気に満ちた笑みを浮かべる。

「そうだな…弱き子供達もこれで強靭な体を持てるだろう。それこそ救い、全ての存在を救うための尊い行為よ」

 トルーマンの狂気の笑みがマディソンの耳に嫌でも入ってくる。

 彼は自分の命以外の全てをトルーマンに捧げた。

 妻も子供も既にトルーマンの言う救いの前にゾンビへと変えられた。

(誰か助けてくれ…この恐ろしい魔人を何とかしてくれ)

 己の事は棚に上げてマディソンは救いを求める。

 しかしこの世界の人間に本当の意味の救いは無いのかもしれない。

 これこそがこの世界の創造神が望む、愚かな人間の末路なのだから。

 

 


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