ランス再び   作:メケネコ

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Justice

「魔軍が出て来たってどういう事なのよ。説明しなさい」

「え、ええ。ドワイトの旦那が何時もの様にゾンビ共を倒してたら、突然出て来て…く、詳しくはドワイトの旦那に聞いてくださいよ!」

「そのドワイトはどうしたのよ」

「…俺ならここだぜ」

 スラルの言葉に呼応するかのように、同じテンプルナイトに肩を借りてドワイトが入ってくる。

 その様子は血だらけであり、顔色も非常に悪い。

「主な者を呼びなさい。レダは最優先でね」

「はい!」

 ゲンバは直ぐに返事をすると、急いで部屋を出ていく。

「ドワイト。喋れるかしら」

「あ、ああ…何とかな。完全に…予想もしない事が起きたぜ…クソッ」

「まずは体力を回復してからね。悪いけど寝るのはその後にね」

 

 

 

 まずは真っ先にやって来たレダがドワイトに回復魔法をかける。

 それだけで顔色が悪かったドワイトに生気が宿っていく。

「はい、これで大丈夫よ。それにしてもあんた中々頑丈ね」

「この頑丈さでここまで出世したんだよ。それよりも…凄いなあんた。俺の知る誰よりも回復魔法が上手いな」

「当然ね。まあそんな事はどうでもいいわ。それよりも説明しなさいよ」

「そうだ。治ったならさっさと話せ。そのために態々全員集めたんだからな」

「ああ…そうだな。まずは最初から話すぜ」

 一度深呼吸をし、ドワイトはこれまでの経緯を話し始める。

 ハンナやキャロル、クーとドロシーはこれまで以上に真剣な話でドワイトの話を聞いている。

「最初はただのゾンビの群れだったんだ。だが…この町に着いた時、いきなり魔軍が現れやがった…」

 その時の衝撃は今でも忘れられない。

 ドワイトは長い間テンプルナイトをやっているが、それでも魔軍…モンスターの群れでは無く、統率が取れた魔物を見るのは初めてだった。

 勿論その脅威はAL教の司祭から聞いてはいるし、実際に藤原石丸が魔人ザビエル率いる魔軍にたった3ヶ月で滅ぼされたのも資料で知っていた。

「奴等は圧倒的だった。生き残ったのはたった10人…40人居たテンプルナイトがだ」

 

 

 

 ドワイトの前には整列している魔物兵がいる。

 緑、青、赤、灰色といったそれぞれ別の色に分かれている魔物の中で、一際目立つ巨体のモンスターが2体いる。

 巨大な大剣を持った白い鎧を纏っているのは魔物隊長と呼ばれる存在だろう。

 そしてその魔物隊長の指示で魔物兵が道を開けると、そこからは魔物隊長を上回る体格を持つ魔物が歩いてくる。

「リフイート将軍。我等に反抗する者がいます」

「そのようだな…しかもこいつらの鎧は見覚えがある。確かテンプルナイトと言ったか…50年前にも中々楽しませてもらった。なあ、バムニス。ゼンターシュ」

「その通りで…人間にしては中々やるものだと記憶しています」

 リフイートと呼ばれた魔物将軍が楽しそうに笑う。

「魔人トルーマン…奴には虫唾が走るが、こうして最後に戦えるならなんでもいい」

「その通りですな」

「ええ。我等は戦う事でしか満たされない存在ですからな」

 魔物将軍と2体の魔物隊長は魔物とは思えぬほど真剣な目でドワイトを見る。

「さあ、戦の始まりだ。バムニス、ゼンターシュ、行くぞ」

「ええ、将軍。さあ人間共、精々足掻くがいい。貴様等の必死の抵抗こそが我等の至上の喜び」

「貴様等を殺す事、我等が殺される事、それはどちらも同じ事…さあ宴の始まりだ」

 魔物将軍達が武器を構えるのと同時に、魔物兵達がこちらに前進を始める。

「所詮は物言わぬ躯が中身…知能は期待できぬが、まあ構わぬ。行くぞ、人間共」

 魔物将軍の合図で魔物兵達が一斉にこちらに向かって来る。

 それは隊列も何も無い、猪武者のような我武者羅な突進。

「隊列! ガードは何としても耐えろ! 抜かれるな!」

「「「おおお!!!」」」

 魔物兵達の突撃を迎え撃つべく、重装備のテンプルナイト達が一斉に壁となる。

 それは見事な動きだったが、魔物兵は1体で人間の兵士3人分の力があると言われている。

 この魔物兵の中身は全てゾンビだが、全て男の子モンスターなので何も問題無く魔物スーツを着る事が出来る。

 知能は無いが、その魔物スーツを纏った魔物兵の力は凄まじく、壁になったテンプルナイト達を数の暴力で圧していく。

「ちぃ! 数が多いか!」

 魔法の才の有る者が何とか壁になったテンプルナイト達の防御力を上げるべく、石の壁や鉄の壁といった魔法を唱えるが、それはこの圧倒的な数の魔物兵の前では足止めにもならない。

「やれ」

 そして魔物将軍の合図で、灰色の魔物兵達が一斉に魔法を唱える。

「なっ…味方ごと!?」

「ぐわっ!」

 それは味方の損害を気にしない全力の魔法。

 勿論中身がゾンビなので魔法の威力は高くは無いが、それでも数が揃えばそれは脅威となる。

 そして魔物将軍はその魔物兵の存在を意にも介さずに魔法を放つ。

「味方? 違うな、所詮はこいつらはトルーマンが生み出した人形に過ぎん。本能のまま襲い掛かる魔物兵など、本当の意味では役に立たん」

 リフイートにとってはこの魔物兵は使い捨ての道具に過ぎない。

 いや、リフイートにとっては全てが…そう、己自身も戦いを楽しむ為の駒に過ぎないのだ。

「ドワイト様!」

 そして魔物兵を使って数での圧殺の前にはドワイトもついに片膝をつく。

 その鎧は既にボロボロであり、全身が傷だらけだ。

「ドワイト様! 撤退してください! そして援軍を!」

「馬鹿を言うな! 何処に退けというんだ!」

 魔軍は人類の共通の敵、何としてもここで倒さなくてはならない。

「もう無理です! 数は我々よりも多いのです! ここはあの者達を頼りましょう!」

「何を言っている! 彼らを巻き込めというのか!?」

「遅かれ早かれ我々が敗れれば魔軍はあの町に侵攻します! その時にはあなたの力が必要なのです! おい! 傷の浅い者はドワイト様を連れて撤退しろ!」

「何を勝手な事を! ぐっ」

 尚も魔軍に立ち向かっていきそうなドワイトを、兵の一人が強制的に眠らせる。

「よし、お前達は急いで撤退を開始しろ。我々が殿を務める!」

「はっ!」

 後方に居たテンプルナイト達は、ドワイトを担いで撤退を始める。

「行くぞお前達! 我等はただ死ぬのではない! これは聖戦だ! いざ参らん!」

「「「おおおーーーーー!!!」

 残ったテンプルナイトは果敢に魔軍へと向かっていくが、それも長くは持たない。

 魔軍の質と量はそれだけ圧倒的であり、人間達はあっという間に制圧されてしまった。

「リフイート様。宜しいのですか?」

「構わん。より強い者と戦えるのならば問題は無い」

「その通りですな。むしろ障害が有れば尚楽しいというものですな」

 リフイート達は不敵に笑うが、その内リフイートが地に膝をつく。

「リフイート様!?」

「まだ大丈夫だ…このまま死ぬ訳にはいかんよ。俺は寿命で死ぬくらいなら、戦いの中で死ぬ…もうこれが最後よ」

「オー…相変わらず変な魔物将軍」

 そんなリフイートを嘲笑うように、彼よりも巨大な緑色の何かが現れる。

 それは倒れているテンプルナイトを手に持っており、リフイートを一瞥するとそのままテンプルナイトを頭から喰い始める。

 その様子には流石のリフイートも不快そうな顔を見せる。

「マッキンリー様」

「でも流石は魔物将軍。この調子でトルーマンに死を捧げるね」

「…言われなくともそうする」

「ならいいね。じゃあ食事の時間ね」

 マッキンリーはそのまま生きている者、そして死んでいる者に関わらず、その体を貪り続ける。

 そんな様子にも魔物兵は何一つ口を開かない。

 魔物兵とて個人の感情はあるはずだが、この魔物兵にはそれが無い。

 全てが魔人トルーマンによって作られた動く死体に過ぎないのだから。

「フン…快楽主義者の豚め。魔人が醜悪なら使徒も醜悪だな」

「アレで元人間と聞いた事が有りますが…本当にアレが人間なのでしょうか」

「まあ奴が何であろうと我等には関係は無い。奴の目的とやらを利用させてもらうだけだ。お前達、編成を急げ」

「「はっ!」」

 二人の魔物隊長は次の目的地のために編成に向かう。

 普通の魔物兵では無いために苦労はするだろうが、基本は魔物兵、魔物隊長の命令になら大人しく従うだろう。

「ふふふ…最後に僅か400の魔物兵を指揮する事になるとはな…まあこれも私の最後に相応しいかもしれんな」

 リフイートは自嘲気味に笑うと、少し痛む体を動かし始める。

 全ては戦うという行為のため、リフイートは己の最後の地を求めるべく動き出した。

 そしてその光景を見ている目があったが、幸いにも魔物はそれには気づかなかった。

 

 

 

「以上だ。俺達はほぼ全滅だ…まさか魔軍がこんな所にいるなど思っても見なかった…」

 ドワイトの言葉に誰も言葉を発することが出来ない。

 何しろ魔軍…魔王による大虐殺が50年程前に起こってから人間は魔軍の脅威から遠ざかっていた。

 人類は復興を遂げると同時に、人間同士の争いへと移っていった。

 有る意味平和な時代だった…とも言えるのだ。

「そ、それと…魔物将軍が様付けしてた奴がいたんだ…あんな化物は初めて見た…」

 ドワイトと共に報告をしていたゲンバが顔を青くしながら報告する。

 実際にあの光景をあれ以上見ているのは精神が持たなかった。

 マッキンリーの食事の光景はまさに異常という他無かった。

 頭から食うだけならまだいいが、一度食べたものを嘔吐してからまた食うという光景は二度と見たくない。

「魔物将軍が様付けする相手…」

 ハンナも顔色を青くして呟く。

「魔人か…又はその使徒か…」

 クーの言葉に一同の顔色がより悪くなる。

 魔人…それは人間にとっての恐怖の象徴であり、有る意味魔王よりも近い意味で人間に害を与える存在。

 人間の被害は魔王よりも魔人の方が圧倒的に多い。

 流石に魔王ナイチサの起こした大虐殺とは比較は出来ないが、人間がより恐怖を感じるのは好き勝手に動く魔人達だ。

 有る意味魔軍の脅威は魔王よりも魔人の方が大きいとも言えた。

「間違いなく魔人が居るわね。使徒だけで動くなんてありえないからね」

 スラルの言葉に皆が一斉にスラルの方を向く。

「確認しておくわ。魔物兵の数は多くは無かったのね?」

「は、はい…どんなに多くても400程だったと思います」

「400か…魔人が魔王の命令で動くにしては数が少なすぎる。という事はその魔人は好きに動いてるって事ね。そして魔物将軍も…」

 ゲンバの言葉にスラルは考える。

 確かに魔人も魔軍も人間にとっては非常に脅威だ。

 が、いくらなんでも魔軍と言うにはその数は少なすぎた。

「で、でも魔人よ! 魔人には無敵結界があって絶対に倒せないって…」

 キャロルの声は少し震えている。

 魔人という今はまだ目には見えていない恐怖が彼女を、いや、この場に居るランス達を除く全員を襲っているのだ。

「過去に世界を統一間近までいった藤原石丸も魔人ザビエルの前にはたった3ヶ月で敗れた。これが現実」

 ドロシーも何時もの様に淡々とした声を出しているが、その顔は血の気が引いている。

 そう、過去に世界を一つに纏めようとした英雄もたった一人の魔人の前に倒されているのだ。

 それが人類に伝わっている正しい歴史なのだ。

「人は魔人には絶対に勝てない…」

 クーの顔にも諦めに近い感情が宿っている。

 事実人間は魔人を相手には逃げる以外の方法が存在しないのだ。

「…自由になってここまで大きくしてきたのにね」

 ハンナは悔しそうに唇を噛み締める。

 屈辱を耐え、時には女の武器を使いながらもここまで生き残ってきたのだ。

 ランスが新しいボスとなり、ようやく自分の力を存分に蓄えて来た時に、まさかの魔軍が現れるなど想像もしていなかった。

 皆に諦めの気配が漂ってくる中、ジルもまた悔しげに顔を歪ませていた。

(まだ術式が完全じゃない…それに何よりもまだ4つのアイテムが揃っていない。今の状況では魔人には勝てない…)

 ランスの言う魔封印結界に関してはまだ道具が揃っていない。

 その状況では魔人に挑むなど無謀にも程が有る。

 いくらランスが強くても、無敵結界を持つ魔人は決して倒す事は出来ないのだ。

 誰もが諦めの感情、そして悔しさを滲ましている中、

「がーっはっはっはっは!」

 突如としてランスが笑い始める。

 そこには何時もと同じ自信に満ち溢れた笑みが浮かんでおり、今の状況を何処か楽しんでる…そんな事すらも感じられる程だ。

「とうとう魔人を見つけたか。前は魔人とやりあうなんぞ下らんと思ってたが、向こうから来てくれるとは話が早いな」

「…え?」

 ランスの言葉に誰もが唖然とする。

「まさに鴨が葱をしょってきたという奴だな。早速ぶっ殺すか」

「ちょっとボス! 魔人ですよ魔人!? それに魔物将軍もいるんですよ!」

 あまりに気楽にいうランスに対してキャロルは本気で困惑する。

 確かにランスが異常に強いのは理解しているし、その仲間もまた異常なまでに強い。

 だがそれでも魔人には勝てないのは現実なのだ。

「お前等何も聞いてなかったかのか。数は400程度なんだろ」

「よ、400程度…」

 ランスの言葉にクーも絶句するしかない。

 しかし、その後で発せられたスラルの言葉に更に衝撃を受ける。

「そうね。400程度なら何とかなりそうよね。流石に魔物将軍が適正の数の4万を率いてたら無理だけど」

「ス、スラル!? あなた本気で言ってるの!?」

 ハンナはあのスラルの言葉に非常に驚く。

 まさかあのスラルが…慎重で冷静な彼女がそんな判断をするとは夢にも思っていなかった。

「え? 本気だけど? 400程度なら私とランスとレダとジルなら何とか出来るわよ。勿論あなた達が手伝うのが前提条件だけど」

 あまりにもあっさりと言い放つスラルに、ハンナは二の句が告げなくなる。

「そうね。400位ならやれない事は無いわね」

「レ、レダさんまで…」

 レダまで『問題無い』と言わんばかりの態度を取るのを見て、皆が顔を見合わせる。

 何しろこの組織の中でのトップクラスの者が『出来る』と言っているのだ。

「何だ貴様等。まさかこのまま逃げるつもりか」

「で、でもボス! 魔人が相手なのかもしれないんですよ!? 魔人を倒すなんて無理です!」

 キャロルの悲鳴のような声にランスは鼻で笑う。

「何だお前等さっきから無理だの勝てないだの後ろ向きな事ばかり言いおって。そんなんだからお前等はずっと負け犬なんだ」

「ま、負け犬…」

 ランスの言葉にキャロルは言葉に詰まる。

 それは今まで何度か思っていた事…自分達の価値を分かっていないと思いながらも何も出来ずにいた事。

 間違いなくそれは『負け犬』に相応しい姿だっただろう。

「400程度なら簡単だ。それに魔物将軍のくせに400しかいないなど雑魚も同然だ」

「でもボス。魔物兵は1体で正規兵の3人には相当すると言います。残念ですがこの組織で戦える者でも正規兵以下です…それにどんなに頑張っても同数の400しか集められません」

 ハンナの報告にスラルは不敵な笑みを浮かべる。

「奴等の殲滅は確かに難しいわね。でもね、魔物将軍を倒すだけならそんなに難しくない」

「魔軍なんて魔物将軍をぶっ殺せばそれで終わりだ。後は勝手に自滅するだけだ」

「そうね。魔物将軍を倒せばそれで終わりね。そして数は400なら奇襲も出来るわね」

 ランス達は本当に何でも無いように…それこそダンジョンに向かうような気楽さで話している。

 それを聞いていると、自分達のこれまでの慌てぶりが何だったのかと思わされる。

「ボス…本当にやれるんですか?」

「当然だ。俺様がやると言ったらやるんだ」

 ランスの言葉に誰もが言葉を発せずにいた時、

「ハッ! 面白いじゃねえか。俺としてもこのまま引き下がる訳にはいかねえ。それに仲間の仇を討たなきゃな」

「ドワイト…」

 ランスに賛同したのはテンプルナイトのドワイトだ。

「それにここで逃げても奴等は追いかけてくるだろうさ。大量のゾンビと共にな。俺達テンプルナイトはその原因を排除する事だ。そうだろ?」

「その通りです!」

「魔軍が相手でも退きません!」

「魔軍討つべし!」

 ドワイトとその部下のテンプルナイト達にとって魔軍は全て敵なのだ。

 そして死んでいった部下達のためにも何としても魔軍を倒さなければならない。

「…ボスがいけるというなら行くべき。ここで逃げても結局は潰されるだけ」

「ドロシー!」

「ハンナ。確かに相手は魔軍、只では済まない。でも、藤原石丸の時の200万に比べれば圧倒的に少ない。それにここで魔軍を退ければ見返りは大きい」

「そうかもしれないけど…」

 ドロシーの言葉にもハンナは今一歩踏み出せない。

 何しろ相手は魔人かもしれないのだ。

「ハンナ、ここは行くべきだよ。それに僕達には何処にも行くところは無い、そうでしょ」

「クー…」

 クーの言葉にハンナは唇を噛みしめる。

 そう、本人も当に分かってはいるのだ。

 ここで逃げ出しても、残るのは命だけで、ようやく手にいれたモノを全て捨てていかなければならない。

 そしてランスのような圧倒的な強者に巡り合う可能性など、この先無いかもしれないという事も。

 今ハンナこうして組織の幹部にまで成り上がったのは、ランスが元の組織を乗っ取ったからだ。

「…ボス、本当に倒せますか」

「当たり前だ。それともお前はこの俺様が負けると思うのか」

「正直美女の姦計にはすんなりと騙されてるような気がします」

「…おい」

「でも…相手が魔軍なら、ボスはやられない…とも思います」

 ハンナの迷いは張れる。

 そうなればもう迷っている暇も逃げる事を考える時間も存在しない。

 こうしている間にも魔軍は迫って来ていると考えるのが妥当なのだ。

「ゲンバ。あなたは魔軍の侵攻速度と動きを逐一報告しなさい。情報が全てよ、急ぎなさい!」

「は、はい!」

 ハンナの言葉にゲンバは部下を連れて急いで動き始める。

「ハンナ」

「キャロル。クーとドロシーの言う通りよ。今尤も勝機があるのが、ボスなんだから。そのボスがやるというならやるだけよ」

「…分かったわ。ここは出し惜しみしている余裕も無いしね…ボス、スラル様。お金の方は使ってもいいですよね」

「生き残るためなら使いなさい。ランス、別にいいでしょ」

「好きにしろ。とにかく! 貴様等、死にたくなければ全力で戦え。いいな」

「「「「はい!」」」」

 

 

 

 ジルは一人大量の書物を前にため息をつく。

 まだ術式は完璧では無いし、まさかこれ程までに早く魔軍…そしてその奥に居る魔人とぶつかるかもしれない事になるなんて思ってもいなかった。

「…いや、私ならやれる。レダさんとスラルさんもいるんだから」

 魔法に関してはあの二人も相当に詳しい。

 特にスラルに関しては自分よりも遥かに知識が深い。

 過去に賢者などと言われていたが、実際にはスラルの方が賢者に相応しいのではないかと思う。

「おい、準備は出来てるか」

「ランス様。一応は…」

「ふーん…じゃあ覚悟も出来てるんだな」

 覚悟、と聞かれてジルはランスを真っ直ぐに見る。

 ランスの顔は普段よりも真面目に見える。

 それだけ魔軍との戦いには覚悟が必要なのだと改めて気づかされる。

 これまで強いモンスターとも戦っていたが、魔軍となると話は変わるのだろう。

 何しろ相手は統率のとれた文字通りの『軍』なのだから。

「勿論です。私は既に覚悟は出来ています」

 だからジルも真剣に応える。

(そう…覚悟なんてとっくに出来ている。あの時、ランス様に命を助けられた時から)

「ほぅ…いい覚悟だ。がははははは! だったら話は早いな! とっとと終わらせてお前を頂くか!」

「…え?」

「うむうむ。何時お前と本気でやろうか考えていたが、丁度良く魔人が出て来たみたいだからな」

「丁度良く…」

 ランスの言葉にジルは絶句する。

(覚悟…覚悟って…じゃあランス様の言う覚悟って…)

 何時ものランスの顔を見て、ジルの顔が真っ赤に染まっていく。

 何のことは無い、ランスが言う覚悟とは、セックスの事を言っているのだ。

「あ、その前にだな。俺様の事をどう思っているか聞かせろ。あ、魔人をブッ倒した後で良いからな」

「ラ、ランス様!」

 自分の目を覗き込んでくるランスに対し、ジルは慌ててランスと距離を取る。

 が、ランスはその分だけジルに近づき、ジルはとうとう壁まで追い詰められる。

「がはははは! お前から覚悟が出来てるとはいい心がけだ。俺様の奴隷としての心意気が分かってきたな」

「あ、あの! わ、私はそういうつもりじゃなくて」

「うむ、どうせ俺様なら魔人をズバッと倒せるからな。じゃあ前払いに頂いていくか」

「頂いていくってむぐっ」

 ジルはこれ以上言葉を喋れなくなる。

 ランスの口がジルの口を塞ぎ、その口内にランスの舌が入ってくる。

 どれ程までにそうしていたかは分からないが、ジルにとっては非常に長い時間を感じられた。

「ランス様…」

「とりあえずここまでで許してやろう。うむ、奴隷の扱いにしては俺様も寛大になったものだな」

 ランスは何処までも真っ直ぐな目をしている。

 その目は自分が魔人を倒せる事を信じて疑っていない。

 自信に満ち溢れているランスの顔を見ているうちに、ジルは自然と心臓が高鳴り、顔も真っ赤に染まっていく。

「とっとと魔人をぶっ殺しに行くぞ。お前も俺様について来い」

「………はい!」


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