ランス再び   作:メケネコ

173 / 367
使徒の行動

「俺様大勝利!」

 剣を掲げて勝ち誇るランスと、地に膝をつき最早立ち上がる事も出来無い魔物将軍。

 勝敗は歴然としており、その光景に人間達は沸き立ち、魔物兵は驚愕と共に一斉に我先にと逃げ出し始める。

「魔物兵が逃げていく!」

「放っておきなさい。魔物将軍や魔物隊長の居ない魔軍はもう軍として成り立たない。いずれあのスーツを脱いで野良モンスターとして生きていくだけよ」

 魔物兵は強い者の下でしか纏まることが出来ない。

 その強者である魔物将軍が最早戦えないのだ。

 だとすれば魔物兵には最早戦うという気力は存在しなかった。

「「「うおおおおおおお!!!」」」

 人間達が歓喜の声を上げ、生き残った者達はそれぞれに勝利を分かち合う。

 ある者達は抱きつき、ある者は仲間の死に涙し、それぞれではあるがランスはそんな部下達を無視して魔物将軍に剣を突き付けていた。

「がはははは! お前魔物将軍のくせに随分としょぼいな。普通はもっと数がいるもんだろ」

「ククク…所詮ははぐれの魔物将軍よ…殺すがいい。バムニスもゼンターシュも死んだ…最後が勝利では無いのは無念だが、戦いで死ねるならそれも本望よ」

「変な奴。まあ俺様はお前が死にたかろうが何だろうがどーでもいい。それよりも魔人について答えろ」

「魔人…だと?」

 ランスの言葉にリフイートは怪訝な声を出す。

 魔人とは人間にとっては脅威の象徴であり、魔人が現れれば人間はただ恐怖で逃げ惑うしかない。

 しかしこの人間にはその恐れが全く存在していない。

「そうだ。魔人をぶっ殺さん事には意味が無いのだ。じゃあさっさと吐け」

 リフイートはその言葉に何を言っているか分からないかのように戸惑うが、その言葉を理解する内にその口からは笑い声が出始める。

「フ、フフフフ…貴様はこのリフイートを見ていなかったという事か…全ては魔人を倒すための障害でしか無かったという事か…」

「当たり前だ。大体魔物将軍程度が今更俺様の相手になるか。まあ魔物大将軍は少し面倒だったが、カミーラに比べれば雑魚同然だ」

「雑魚扱いとは…つくづく舐めてくれる。だが、結果は惨敗…フン、いいだろう。教えてやる」

 リフイートが魔人トルーマンに義理立てする必要は全く無い。

 むしろ死んでほしいとすら思っているくらいだ。

「居るのは魔人トルーマンだ…使徒はマッキンリー…人間の魔人だ…そして奴は死体を操る」

「死体を? じゃあここに居る魔物兵は…」

 リフイートの言葉にスラルは倒れている魔物兵の死体を見る。

「そうだ…トルーマンによってゾンビにされた人間のなれの果てよ。魔法使いだけはバムニス達が集めて来たがな…」

「死体を操る魔人…聞いた事無いわね」

「フン…奴の居場所等どうせ知っているのだろう。話せるのはここまでだ…あのクソ野郎の事は本当は知りたくも無いからな」

「そうか。じゃあ特別に俺様が殺してやろう。俺様の経験値になれる事を光栄に思いながら死ね」

 ランスはそう言ってあっさりとリフイートの首を刎ねる。

「やった…魔物将軍を倒した…」

「終わったんだ…やったんだ…!」

 誰もがこの事実に喜ぶが、その中で難しい顔をするのはスラル、レダ、ジル、加奈代の4人だ。

「倒す事は倒したけど…次は間違いなく魔人が出てくるわね」

「そうね。ランス、本当に宛てはあるの?」

 魔物将軍の死体の側で高笑いを浮かべるランスにレダが尋ねる。

 魔人は魔物将軍とは違い、例え絶対的な力を持つランスでも無敵結界の前には無力だ。

 以前に魔人レキシントンの無敵結界を無視してダメージを与える事は出来たが、それは一太刀分しか持たなかった。

「当たり前だ。俺様がそんな事を考えていないとでも思ったか」

「割と考えてないと思ってるけど。ランスは結構…いや、かなり行き当たりばったりな所があるし」

「脳筋のお前に言われたくはないぞ。まあいい、俺様には秘策が有る。それが有る限り俺様に負けは無い」

「秘策…ですか?」

 ジルの視線にもランスは不敵な笑みを崩さない。

「そうだ。それがあれば魔人なんて余裕だ余裕。あの時もサテラの人形が邪魔しなければサテラを倒せてたしな」

「サテラを?」

 ランスの言葉にレダは驚きに目を見開く。

 魔人サテラ…彼女の事はレダも知っており、ベゼルアイと共にホルスの戦艦を共に探索していた仲間…かどうかは微妙だが、特に敵対している訳でもなかった。

 サテラはランスを敵視していたが、何故魔人が人間をそんなに意識するのかはレダは分からなかった。

 ただ分かったのは、サテラも過去に間違いなくランスとセックスしているのだろうという事だけだ。

「サテラって誰? そういや前もそんな名前をランスは言ってたけど…」

 スラルもランスがサテラという女性の名前を言っていたのは覚えている。

 ランスが言うには魔人らしいが、生憎と元魔王である彼女でもそんな名前の魔人は聞いたことも無かった。

 そのくせ魔人カミーラの事や魔人ザビエル、魔人ますぞえの事は知っているのだから意味が分からなかった。

「まあとにかくだ。セルさんでもサテラをどうにか出来たんだ。だったらセルさんよりも強いレダが使うんだから何も問題は無い」

「いやだからそのための手段を探してる途中だったでしょ」

「フン、既に当ては出来てるからな。後は魔人をどうにかして誘き寄せるだけだ。がーはっはっはっは! おいジル、お前も体を綺麗にしておけよ。とうとうお前を頂く時が来たんだからな」

 ランスは何時もの様に非常に自信満々に笑い続けた。

 

 

 

 戦いが終われば当然その後の処理に入る必要がある。

 勿論ランスはそんな事は全くやらない。

 ランスにとっては詰まらない事であり、そんな事は出来る奴にやらせればいいと考えているからだ。

 リアや織田香がそうであるように、ハンナ、キャロル、クー、ドロシーの4人は非常に優秀だった。

 4人は力を合わせてこの戦いの後始末を始めていた。

 そして再び幹部を集めての話し合いが設けられる。

 それは当然、魔物将軍の奥に居る魔人を何とかしなければいけないからだ。

「という訳で…やっぱり被害は大きいです。相手は魔軍なので、得られるものが少ないですから…」

 キャロルは書類を手に疲れた顔でランスに報告する。

 金勘定に敏感で、何とか利益を得ようとする彼女にとっては、魔軍との戦いは利益だけで見ればとんでもない赤字だ。

 勿論戦いは避けられない上に、ここで退いても破滅が先延ばしになるので戦いはしたが、それでもその被害額を考えれば頭が痛くなるのは無理も無かった。

「死者も多いです…初めての魔軍との戦いだと考えれば少ない方ですが、それでも今はこの損害は痛いです」

 クーもこの戦いの死者の数には頭を痛める。

 こちらの被害はランスやジルの活躍で最小限で抑える事は出来たが、それでもどうしようもない事もある。

「怪我をした者はAL教の協力のおかげで何とかなっていますが、少しの間はどうしようもありません」

「やっぱり損害は大きいか…」

 キャロルとクーの報告を聞いてハンナもため息をつく。

 まだまだ新興の組織故に横の繋がりもあまり無いため、人の補充も非常に難しい。

 しかもまだ魔人が居るとあっては、脅威は何一つ消えてはいない。

 それでもまだ何とか恐慌に陥らないのは、ボスであるランスが全く取り乱す様子も無いからだろう。

「ボス。こちらの被害も非常に大きい。その中で魔人の討伐は難しいと思う。新たな魔物将軍がやってこないとも限らない」

 ドロシーの言葉に何人かが俯く。

 今回魔物将軍が率いていたのはおおよそ500という、魔物将軍が指揮をするにはあまりにも少なすぎる数だ。

 魔軍も数が少ないからこそ、今回は何とか倒す事が出来たのだ。

 もしこれで万単位の数が居れば、それこそ勝負にすらならなかっただろう。

「魔物将軍が動く…という可能性は低いと思うけどね。あの魔物将軍は多分はぐれ者よ。それに本当に魔人が表立って動くなら、あれだけの数しかいないなんて不自然よ」

「そう…なんですか?」

 スラルの言葉にキャロルは懐疑的だ。

 彼女達は魔軍についてはよく知らないため、スラルが言っている事が本当かどうかの判断がつかないのだ。

「信じておきなさい。信じられないなら逃げなさい。魔人との戦いは別に強制する訳じゃ無いしね」

 そう、魔人との戦いなど普通に考えれば無謀そのものだ。

 何しろ魔人の無敵結界の前にはどんな攻撃すらも無意味、人がどれだけ人智を超えた力を持っていようが、神の生み出したルールを破る事は出来ないのだ。

「俺達テンプルナイトは今更引けないな。そもそも本来の仕事であるゾンビの発生源が魔人となるとな…本当はカイズに戻るのが一番なんだろうが、それでAL教の司祭が動くかと言われればな…」

 ドワイト率いるテンプルナイト達は魔人を倒すランスについて行く事を表明する。

 元々の任務の事も有るが、AL教の役割は人々を助ける事。

 それは相手が魔軍だろうが魔人だろうがやる事は変わらない。

 何よりも、ランスの圧倒的な力と、魔人を倒す術が有るという言葉は非常に興味があった。

「ランス。どうするの?」

 レダの言葉に偉そうに椅子に踏ん反り返っていたランスがニヤリと笑う。

「フン、そんなの魔人をぶっ殺すに決まってるだろうが。よーし、早速行くぞ」

「さ、早速って! ボス!?」

「まだ戦後処理も終わって無いんですよ!?」

 ハンナとキャロルはランスの言葉に驚く。

 いや、彼女だけでなくこの場に居るレダとスラル以外の全員がランスの言葉に驚愕している。

「何言ってやがる。時間をかけた所で意味なんて無いぞ。むしろ死体から数を増やせるなら、今のうちに潰すのが一番だろうが」

「理屈ではそう。でも実際には魔人を倒す事は出来ない」

 ドロシーの言葉にクーも頷く。

 いくらランスが強くても、魔人に無敵結界が有る限り倒す事は出来ないのだ。

「シャラップ! 今更グダグダ言うな。それよりもお前達は今のうちに防備を固めていろ。ここは少数精鋭で行くからな」

「行くと言いましても…一体何をしに?」

 クーの言葉にランスは胸を張って答える。

「まずはその魔人を見に行く。敵が分からなくては対策も立てられんからな。まあ魔物将軍にも嫌われてるクズだ。さぞ性格がねじ曲がってるんだろ」

「ランスには言われたくは無いと思うけど…でも相手を知るというのは私も同感よ」

「お前達はとにかく立て直せ。その内に俺様が魔人を何とかする」

 何とかする、その言葉はあまりに無茶苦茶だが、不思議とこの男が居れば何とかなるのではないかという思いに駆られる。

 実際にあの魔物将軍すらもあっさりと倒して見せたのだ。

 もしかしたらとんでもない秘策を持っていてもおかしくは無い、そう思ってしまう。

「ではボス…あなたに任せます。私達は今の内に戦後の処理を終わらせます」

「そうしろ。スラルちゃんはこれから潜入するメンバーを作っておけ」

 ランスはそのまま会議は終わりだと言わんばかりにレダ、ジル、加奈代を連れて会議室を後にする。

 残ったのは不安そうにしている者達だが、

「逃げたければ逃げてもいいのよ。ランスだってそこまで鬼じゃない…とも思うし」

 スラルの言葉に、ハンナは苦笑いをしながら首を振る。

「いえ…今逃げても、魔人がどうなるかは分かりませんから。それにボスの言う通り、まずは相手を知る必要もあると思いますから」

「そう…じゃあハンナ、潜入するメンバーを選定しておいて」

「いいんですか? ボスはスラルさんに頼んでいましたけど…」

「いいのよ。出来る事は出来る奴にやらせるというランスの行動は正直私も同感だしね。それに私は私でやらなきゃいけない事もあるし」

(そう…万が一の事は考えないといけない。魔封印結界が間に合わなかった時のために、あの力を何とか維持できるようにならないと…)

 

 

 

 何処かの町―――

 ランス達の拠点の近くの町はそこそこの大きさを持っているが、今一活気が無い。

 それもそのはず、ランスの起こした紛争の影響を強く受けてしまっているからだ。

 今、この町の上層部にはハンナ達の息がかかった者が送り込まれており、遠くない内に戦わずして軍門に下るであろうと思われていた。

 しかしそんな事は一般市民にはあまり関係なければ、今ここで優雅に星空を見ている魔人ケッセルリンクにも何も関係は無かった。

「ケッセルリンク様。ただ今戻りました」

「お帰りシャロン、エルシール」

 ケッセルリンクは戻ってきた自分の使徒へと微笑みかける。

「すまないね。流石に私には情報を仕入れるのは難しくてね…」

「構いません、ケッセルリンク様。私達はあなた様の使徒、主人を補佐するのも私達の役目です」

「その通りです、ケッセルリンク様」

 シャロンとエルシールの言葉にケッセルリンクは苦笑する。

 彼女達は自分の使徒ではあるが、こうして自分に献身的に尽くしてくれることに嬉しく思うのと同時に、複雑な気持ちにもなる。

「お帰りなさい、シャロンさん、パレロアさん」

「お帰りなさいませ」

 ケッセルリンクの警護という名目で残っていたパレロアとバーバラも二人を出迎える。

「それでどうだったかね」

「それなのですが…」

 ケッセルリンクの言葉に、シャロンは嬉しそうな顔で微笑む。

「ランスさんが居ます。間違いないです」

「黒い剣を持った異常に強い男性と、非常に美しい金髪の女性と青い髪のと黒い髪の女性がこの辺りのギャング達を制圧との事です」

「そうか。ならばそれはランスとレダ…そして新しく見つけた強い女性なのだろうな」

 ランスという男は、強い女性を惹きつける力があると思っている。

 そしてランスが連れているという事は、それは美しく魅力的な女性なのだろう。

「そしてランス様はその組織を乗っ取り、今はその影響力を拡大しているそうです」

「そうか…実にランスらしいな」

「え、ちょっと待って下さい。何か言ってる事おかしくないですか?」

 シャロンの言葉にケッセルリンクは頷き、パレロアもエルシールも当然という感じで納得している。

 そしてただ一人、ランスと面識の無いバーバラだけがシャロンの言葉に戸惑っている。

「あの…そのランスって人間がギャングを制圧したんですよね?」

「そうですよ?」

「その後乗っ取って勢力を拡大してるんですよね?」

「ええ。実にランス様らしい行動です」

 何の躊躇いも無く言い切る使徒の先輩達に対して、バーバラはもう何度目かの頭痛がしてくる。

「ケッセルリンク様…ケッセルリンク様はそのランスという人間の行動に疑問が湧かないんですか?」

「ふむ…バーバラはランスには会った事が無いから分からないか。だが確かにランスは組織に溶け込むのが上手いな。カリスマと言うべきか…行動するべき時を完全に読んでいるというべきか」

 思えばカラーの危機を救った時も、何時の間にかランスはリーダーシップを取り、人間でありながらカラーの中心人物の一人となっていた。

 シャロンと出会った時も、盗賊団を乗っ取ってから行動を起こしたそうだし、あのJAPANと魔軍の激戦の前には、そのJAPANの中心人物とも激しい戦いを繰り広げたと聞いている。

「ランスは火事場泥棒とも言うべきか…とにかく混乱に乗じて動くのが非常に上手い。その上行動力も人を惹きつける魅力もある…ランスが行く所には必ず騒乱が有るというべきか、そういう星の下に生まれたと言うべきか…」

「そうですね。ランスさんはとにかく相手の弱点を突くのが凄い上手でしたから」

 この中ではランスと戦乱を駆けた時間が最も長いエルシールがしみじみと頷いている。

 ただの没落貴族になる予定だったが、ランスと関わったおかげで色々な修羅場を潜り抜けてしまった。

 それもただの修羅場では無く、妖怪、怪獣、魔軍、魔人と普通では考えられない修羅場だ。

 しかしランスは常にその中の中心人物として力を発揮していた。

「ううう…当然の様に受け止める皆との間に壁がある気がする…」

 一人ランスを知らないバーバラだけはどうしても皆の感覚に慣れない。

 同時に主であり、魔人でもあるケッセルリンクが信頼を寄せ、自分の先輩の使徒達とも知り合いだという人間への興味が膨らんでいく。

「それで肝心の部分はどうだね」

 微笑んでいたケッセルリンクだが、表情を引き締める。

 ランスの存在を確認できたのは嬉しいが、今は魔王の命令で動いているのだ。

 まずはそちらを片付けなければならない。

「それなのですが…魔物将軍が魔人トルーマンと接触したようです。そして…ランス様と交戦の末、魔物将軍は撃退されました」

「えっ、はや」

 魔物将軍が魔人と接触して、そして一瞬で殺されたと聞いてバーバラは思わず声を漏らしてしまう。

「も、申し訳ありません」

 直ぐに気づいて赤面するが、ケッセルリンクは気にしていないというように微笑む。

 そしてシャロンとエルシールに続きを促す。

「魔物将軍とは言っても、魔物隊長の数も少なく、魔物兵の数も多くありません。ですのでそれ程大規模な戦闘にはならなかったようです」

「それとこれはまだ未確認の情報ですが…ランス様は魔人と戦う気なのではないかと思われます」

「ランスが自ら魔人と戦う気になるか…」

 シャロンの言葉にケッセルリンクは考える。

 ランスとの付き合いが長く、そして過去に共に魔人と戦った仲間としてはランスがやる気になっている理由は一つしかないのが分かる。

 全ては女のため…酷く俗っぽく見えるが、本人は真剣だし、何よりもそのためにはどんな困難にも突き進んでいく男だ。

 なので今回も女が絡んでいるのだろうが、それでも魔人と戦うというのは普通に考えれば無謀な事だ。

「ランスの事だ。きっと何か魔人への対抗する手段があるのだろう…しかし困ったものだな。私としてはランスの邪魔はしたくないが、魔王の命令の事もある」

 もし自分が魔人トルーマンを連れ戻すか又は始末をすれば、ランスはきっと『俺様の獲物を奪うとはゆるさーん!』と性的な意味で襲い掛かってくるだろう。

 それはそれで問題は全く無いが、魔人である以上は魔王の命令を優先しなければならない。

「全てはケッセルリンク様の意思だと思います」

「はい。ケッセルリンク様の思うままにすれば宜しいかと」

 悩むケッセルリンクに、パレロアとエルシールが声をかける。

「ふむ…私としてもランスが何をするかは興味が有る。ここは魔王の『人間への干渉を禁ずる』という言葉を優先するとしよう。だが、トルーマンの動向は把握しておく必要がある。シャロン、エルシール、そこは君達に任せてもいいかね?」

 魔王の命令の一つに、人間界への干渉をするなという命令がある。

 魔王が何を考えてこんな命令を下したのかは分からないが、ケッセルリンクはそれを利用させてもらう事にする。

「かしこまりました」

「お任せ下さい。ケッセルリンク様」

 シャロンとエルシールが恭しく一礼する。

「あ、あの! ケッセルリンク様!」

「どうかしたかね、バーバラ」

「わ、私もシャロンさんとエルシールさんの助けになりたいです! 私にもそろそろケッセルリンク様の使徒としてお役に立ちたいんです!」

 勢いよく言葉を放つバーバラを見て、ケッセルリンクは考える。

「君の熱意は嬉しく思う。だが、君はまだ使徒となって日も浅い…なるべく危険な事はして欲しくないのだが…」

 そのの言葉に気落ちするバーバラを見て、ケッセルリンクは苦笑する。

「エルシールの指示に従いたまえ。彼女は人間であった時から実戦経験も多い。エルシール、くれぐれもバーバラに無茶をさせないでくれよ」

「あ、ありがとうございますケッセルリンク様! エルシールさん、行きましょう!」

「あ、こら! そんなに焦らないの!」

 バーバラは顔を輝かせながらケッセルリンクに一礼して、エルシールの手を引いて消えていく。

 そんな様子をシャロンもパレロアも苦笑しながら見守るしかない。

「エルシールがいるから大丈夫だとは思いますが…私も行って来ます。パレロア、ケッセルリンク様の事をお願いしますね」

「はい。と言いましても、私程度では戦いの役には立ちませんが…」

 パレロアの言葉にシャロンは意味深に笑うと、エルシールとバーバラを追いかけて消えていく。

 ケッセルリンクとパレロアの二人が残った所で、パレロアが心配そうにケッセルリンクを見る。

「ランスさんは大丈夫でしょうか。相手は魔人です」

「フフ…パレロアは心配性だな。だがランスならば問題は無いだろう。相手の弱点を突くことに関しては、ランスの右に出るものは居ない。それに…」

 そこでケッセルリンクは実に楽しそうな笑みを浮かべる。

「トルーマンはそこまで強い魔人ではない…カミーラとも渡り合うランスにとっては、無敵結界が無ければ問題なく倒せるだろう…尤も、その無敵結界こそが魔人の強さなのだがな」

 無敵結界を持つ魔人には同じ魔人、そして魔王しかダメージを与える事は出来ない。

「だが、方法はあるのだろう…パイアールが昔にそうしたようにな」

「………」

 パイアールの名前が出た事に、パレロアは複雑な表情をする。

 あの時別れた少年が、まさか魔人となっているなど考えもしなかった。

 他の魔人に一切興味が無く…いや、恐らくは魔王にすら興味が無いのだろう。

 つい最近に魔王ナイチサに呼ばれ、人間を殺すための道具を作ったようだが、それでもパイアールは非常に詰まらなそうだった。

 パレロアだけは、互いに人間だった頃から僅かに交流があったからか、パイアールもパレロアにだけは多少は好意的だ。

「パレロア」

「も、申し訳ありません。あの子の事を思うと、胸が痛んでしまって…」

「すまないね、パレロア…辛いことを思い出させてしまったようだ」

 ケッセルリンクの言葉にパレロアは微笑む。

「いえ…辛い記憶ではありません。思えば、あの時もランスさんは無敵結界を持つ魔人に向かっていきました。ですから、今回も大丈夫でしょう」

「今回も大丈夫、か。やはりランスはそう思わせる何かがあるのだろうな。さて…ランスがどう動くか見ものだな」

 

 

 

 戦いが終わった場…そこでは人々が慌しく復興のために動いていた。

 いや、それは復興というよりも防衛のための補修作業と言っても良いだろう。

 それはまだ人々が魔軍の脅威に晒されている証拠でもあった。

 そんな中、ケッセルリンクの使徒であるエルシールとバーバラはこの町へと潜入していた。

 潜入といっても、この混乱の中なので町に中に入ることそのものは容易だった。

「あの…エルシールさん。私達はこれからどうすれば?」

 意気込んで来たのはいいが、バーバラもこのような事をするのは初めてだ。

 若干の緊張と共に、先輩でありメイドの纏め役をこなしているエルシール尋ねる。

「大丈夫よ。見てみなさい、誰も私達の事を気にしていないでしょう?」

「え、ええ。そうですね…」

 人間達は誰もが懸命に作業をしており、こちらを気にする者は特には居ない。

 勿論その容姿から視線を受けることもあるが、特にこちらに何かをしようという気配は伝わってこない。

「その…魔人トルーマンの事を調べに来たんですよね。どうしてここに来たのですか?」

「それはランス様が間違いなく動くからよ。あの方は自分から動く事を好みますから…多分魔人トルーマンが居る所に向かうのではないかしら」

「に、人間が魔人の居る所に乗り込むんですか!? そいつ、頭がおかしいんじゃないですか!?」

 魔人の所に人間が向かうなど、自殺願望以外の何ものでもない。

 人間は魔人からは逃げ惑うしかないのは当然の事なのだ。

「ランスさんは普通じゃないから…そのおかげで私も随分苦労したわ。苦労した分、今の私があるんだけどね」

 ランスの無茶につき合わされたのは一度や二度では無い。

 それこそ生死をかけた戦いにも何度も狩りだされた。

 それでもエルシールがこうして生き残ったのは、彼女自身の才能と、ランスの力に他ならない。

「話に聞く新しいボスがランス様なのでしょう。そしてそのボスが魔人の所に乗り込むと皆が噂してますからね。ここで待っていれば嫌でもランス様の動きが分かりますよ」

「な、成程…あ、だったら私がその乗り込むという連中に参加しましょうか? 私はお二人と違って、ランスって奴と面識は無いですし」

 バーバラの言葉にシャロンとエルシールは難しい顔をして互いに顔を見合わせる。

「それは危ないからやめた方がいいわ」

「何でですか。私も一応は使徒です。その辺の人間には負けませんよ」

「いえ、そうではなくて…あなたがランスさんの所に向かったら、あなたの貞操が心配で」

「え? 貞操?」

 エルシールの言葉にバーバラは目を丸くする。

「そうですね。バーバラは容姿が整ってますから、間違いなくランス様に閨に誘われるでしょう。流石にそれはどうかとも思いますし…」

「…そいつ、もしかして凄い女好きなんですか?」

「女好きというか…女しか好きじゃないわ。自分の邪魔をする男は絶対に許さない人だから…」

「ええ…? そんな奴がケッセルリンク様の…その…戦友なんですか? ケッセルリンク様ってカラーですよね?」

「あの方とランス様には私達でも入れない絆があると思います。勿論ランス様も私達とケッセルリンク様の絆には入れませんが…それでも、共に死地を乗り越えた仲だと聞きましたから」

「うーん…ますますランスという奴が分からなくなる」

 シャロンとエルシールのランスの評にバーバラは頭を悩ませる。

「とにかく、ランスさんの所に行くのは止めたほうが良いわ。使徒だと見抜かれる可能性も高いしね」

「え…?」

「そうですね。ランス様の元にはスラル様も居ますから…あの方なら、使徒を見抜けてもおかしくありません」

「スラル様…ケッセルリンク様を魔人にした先代魔王ですね。成程、確かにそれなら使徒だと見抜かれてもおかしくありませんね」

 ランスの所には常にスラルが共に有る。

 元魔王の彼女なら、使徒を感じ取れてもおかしくは無い。

「ではどうしましょうか…?」

「大丈夫ですよ。ランス様が動いたら密かに私達も動けば良いんです。そのための準備はしているのですから」

「あ…そ、そうですね」

 シャロン達はここに進入するにあたって、帰り木等のアイテムも用意している。

「落ち着いて行動すれば大丈夫よ。まあ…本当に問題なのはランスさんの行動だけど」

 エルシールは絶対何か厄介な事に巻き込まれると確信している。

 それがランスという男の宿命みたいなものだ。

(でも…やっぱり一回会っておきたいな。私が無事な事も知らせておきたいし)

 あの時の魔軍との一戦から、ランスとは未だに会えずじまいだ。

 魔人レキシントンの使徒に連れ去られたことはランスも知っているが、ケッセルリンクに救われた事、そしてパレロアのように彼女の使徒になった事はまだ知らない。

(さて…私達も上手に動かないと。ランスさんは勘が鋭いし)

 エルシールは改めて気を引き締める。

 戦いは近いという事を、その肌で感じ取っていた。

 

 




バーバラはランスとは関わっていないという設定だから動かしやすい
な、なんだってー! 枠として非常に良い
原作でもあの突っ込みは中々良かったですし

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。