ランス再び   作:メケネコ

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魔人トルーマン 魔人との決着

 魔封印結界―――それはLP期において、魔剣カオスと聖刀日光以外で人類が魔人に対抗できる唯一の手段。

 しかし、その技で魔人を倒したという記録は残っていない。

 だが、確実に魔人に有効であり、事実ランスもサテラが魔封印結界で傷つくのをその目で見ている。

 イシスの邪魔が無ければ、サテラを倒せていたのではないかと思うくらいに。

 そして今目の前では、魔人が魔封印結界の中でもがき苦しんでいた。

 レダは詠唱を続け、ジルはそのレダをサポートしているのを、ランスとスラルは姿を隠して状況を伺ってた。

「…本当に魔人の無敵結界を破れるのね。まさかこんな手段が用意されていたとはね」

 スラルは魔封印結界の中で苦しんでいる魔人を見て複雑な顔をしている。

「何だスラルちゃん。まさかあの魔人を助けるとか言い出さないだろうな」

「そんな事は無いわよ。ただ、私が…いや、我が何かに望んだ時、無敵である事を願った…だが実際にはこうして対抗手段が用意されているとなるとな…」

『何か』にスラルは魔王は無敵である事を願った。

 その結果確かに魔王は無敵の存在となった。

 魔人が同様に無敵となったのは、魔王が無敵になったさいのおまけに過ぎない。

「我が望んだ無敵が何者かに不都合だという事か? いや、そもそも魔王を追い詰めた勇者という奴が居るのだから、何者かが対抗手段を作った? うーむ…わからん」

「こらこらスラルちゃん。何か言葉が昔に戻ってきているぞ」

「そ、そうか? いや、つい最近だが何故かこうなってきてて…あ、ランス! ちょっと大変よ!」

「何だ? そんな深刻そうな顔をしおって」

 ランスが魔封印結界の方を見ると、魔人トルーマンがある一角に向けて動き出していた。

「む…まだ動けるのか」

「それよりも…何でそっちの方へ? 偶然かそれとも意図的か…」

 魔人トルーマンが必死で体を動かしてる方向は、術者であるレダの左側だ。

 そこにはランスが冒険先で見つけた聖なるアイテムが置いてある。

 スラルがレダを見ると、術者であるはずの彼女が少し顔を歪めているのが目に入る。

 魔法に詳しいスラルだからこそ分かる、レダは術の制御に四苦八苦しているのだ。

「そうか…そっちの方向は術が弱いのか」

「どういう事だ、スラルちゃん」

 魔人トルーマンが向かって行っている方向は、魔封印結界の力が若干弱い。

 弱いと言うよりも、徐々に弱っていっていると言った方が正しいだろう。

 4つの媒体の内、その中の二つのアイテムを結ぶラインが若干他の方向に比べると歪に見える。

「簡単だ。エンジェルナイトであるレダ本人と、レベル神から貰った手袋に比べて、他のアイテムの力が弱いのだろう。だからそこの部分が穴になっているんだ」

「そうなのか? 魔法の事に関しては全く分からんからな」

 魔法使いでは無いランスにはスラルの言っている事はよく分からないが、確かにスラルの言う通りの方向だけ威力が弱い気がする。

 ランス自身も魔封印結界を見たのは2度目の上に、それを見たのが昔の事なのであまり良く覚えていなかった。

 覚えていたのは、サテラがやたら感じやすい体質だったなーくらいの事だからだ。

「まあどっちでもいいか。こうなった時のために俺様が居る訳だからな」

「そうね。ある意味想定内の事よね」

 魔封印結界に乱れが有るにも関わらず、ランスとスラルには動揺は全く無い。

 結局の所、一番頼りになるのは己自身の力だとランスも良く理解していたし、スラルもこれくらいのトラブルは想定していた。

 

(クッ…やっぱりクエルプラン様の手袋の力は凄まじい…ただの触媒として使っているのにこの力か…)

 術者であるレダは術の制御に四苦八苦していた。

 本来であればエンジェルナイトには全く必要としない術であり、レダも初めて使う術だ。

 ある程度理論の構築はしていたが、いざやるとなると思った以上に制御が難しい。

(構築が完全じゃないのもあるし、私の術レベルが1なのも影響はあるんだろうけど…それよりもやっぱりアイテムの格差が大きいか)

 それも無理は無く、ランス達人間は全く知らないだろうが、この手袋の主は1級神であるクエルプランなのだ。

 その力は魔王すらも上回り、魔王を含めて容易に世界を滅亡させる力を持っているのだ。

 ただの聖なるアイテムとはまさにレベルが…いや、次元が違い過ぎる。

 その証拠に、魔封印結界の威力がだんだんと弱くなってきている。

 正確には強い部分と、それに影響されるように弱い部分が出来てしまっているのだ。

 そして魔人は苦しみながらもその弱い部分に向けて歩を向けている。

 レダは何とか結界を維持しようとするが、ついには魔人は結界の一番端まて辿り着いてしまう。

 そこで魔人は一度笑うと、足元にある聖なるアイテムを踏みつける。

 

 バチン!

 

 結界が音を立てて弾け、魔封印結界はその効果を無くす。

「結界が!?」

 必死でレダの力をサポートしていたジルは汗だくになりながらも、その目は真っ直ぐに魔人を睨みつけている。

「フ…フハハハハハ! 流石に危なかったぞ…! まさか魔人である私を傷つける事が出来るとは…! これもまた我が神が作った手段か…!」

 魔人トルーマンは狂喜の笑みを浮かべながらレダを見る。

 そこにあるのは確かな興奮と、異常なまでのレダへの執着心だ。

「だが私を倒すには至らなかった…さあ、我が使徒になるがいい。そして私と共にこの世界の命を神に捧げるのだ」

 トルーマンは一歩一歩確実にレダに近づいていく。

 レダは剣、鎧、盾を出現させると、トルーマンを冷たく睨む。

「お断りね。あんたなんかの使徒になってたら私が『神』に裁かれそうだし。それにアンタは間違いなく死ぬもの」

 レダの顔…嘲笑を見てトルーマンはレダを強く睨む。

 だが、そこにはやはり狂喜に満ち溢れている。

 トルーマンは何処までも自分の勝利を信じて疑わない。

 確かに人間によって無敵結界の上からダメージを与えられた事は事実だが、結局は倒すには至らなかったからだ。

 もう勝ちは確定している、それがトルーマンの見解だ。

 ジルは肩で息をしながら何とか魔法を使おうとするが、それを止めたのはレダだ。

「大丈夫よ。私は嘘は言わない。どっちにしてもこいつは終わりなんだから」

 そう言ってレダは少しだけ優しく微笑む。

「がははははは! とーーーーーーっ!!!」

 そして見つからないように隠れていたランスがその剣をトルーマンに叩き付ける。

 無敵結界が作動し、ランスの攻撃は防がれるが、トルーマンはその衝撃に負けて吹き飛ばされる。

「言っただろうが。魔人は無敵でもなんでもないと」

「そうね。無敵結界には穴が有る、という事が分かったのは何よりの成果ね」

 ランスと共にスラルもその姿を見せる。

「く…人間! 貴様は何処までも私の邪魔をする!」

「がはははは! モテない童貞野郎が凄んでも何も怖くは無いわ!」

 魔人を目の前にしてもランスは余裕の表情を崩さない。

「人間の分際で魔人を愚弄するか…ならば貴様は生きている事を後悔するくらいに苦しめて殺してやる…!」

 トルーマンはランスを憎々しげに睨む。

 しかりランスはそんな魔人の怒りなどどこ吹く風という感じで流すと、そのままレダの体を抱き寄せる。

「それにレダは俺様にメロメロだからな。貴様のような童貞など相手にせんのだ!」

「その頭の悪い言葉、どうにかならないの? 私の方が恥ずかしいんだけど…」

 ランスの言葉にレダはため息をつきながらも、されるがままだ。

 そんなランスを、怒りを通り越しどす黒い顔で睨みつけるが、それでもランスの態度は全く変わらない。

「まあこんな童貞野郎の顔を見ていてもつまらんからな。貴様をさっさと殺してジルを完全に俺様の女にするのだ。スラルちゃん、本気で行くぞ」

「分かってるわ。それに…我も無敵結界がある状態で人間が魔人を倒す所を見てみたい」

 ジルはそう言って薄く笑うスラルに少し恐怖を覚える。

 何時もは透明のはずのスラルの姿が、その体に色がついているように見えたからだ。

 そしてスラルが何かの呪文を唱えるが、それが何であるかはジルには分からない。

(これは…昔の言葉?)

 研究者としての一面もあるジルは、それが藤原石丸が広め、今現在使われている言語では無く、その前に使われていたであろう言葉だというのは分かる。

 しかしそれが何を意味するのかは全く分からなかったが、スラルが詠唱を続けてく内に自分の肌が泡立っていくのを感じていた。

「………バスワルド……」

(バスワルド…?)

 ジルはまるで人の名前のような詠唱がどうしても気になってしまう。

 スラルがその言葉を発した時、ランスの剣が鈍く輝き始めたからだ。

 そしてスラルの詠唱が終わると同時に、ランスの剣から発せられる光が強くなったかと思おうと、ランスの背後に一人の女性の姿が現れる。

「これは…!?」

「まさかとは思ったけど…本当にこの方が…」

 ジルも驚くが、その姿にレダも流石に驚かざるを得ない。

(魔人レキシントンの体を無敵結界ごと斬った時からまさかとは思ったけど…この方までランスに関わっていると言うの?)

 その姿はレダも見た事があり、そして戦った事もある偉大なる神の姿。

「そ、そんな…まさか我が神…?」

 そして魔人トルーマンもランスの後ろに現れた女性を見て絶句している。

(そ、そうだ…この姿こそ、ムーラテストで一瞬だけ見えた我が神に似ている…偉大なるALICE神に似ているのだ…この私に偉大なる使命を下さったALICE様に!)

 ランスの後ろに現れた女性…ラ・バスワルドの姿を見て誰もが驚くしかない。

「おお! 何だかいい感じになってるではないか! うむ、美人が姿を現すのは実に良い事だ! 全裸だったら尚良かったのだが」

「馬鹿な事を言うな! それよりもランス! さっさと決める!」

「ん…? おお、スラルちゃん! 何か透明の姿から色がついてるぞ! うむ、やっぱりスラルちゃんはそっちの方が可愛いな!」

「こ、こんな時に緊張感が無くなる言葉を放つな! それよりも我が制御できる時間はあの時ほどではないが短い! 確実に決めろ!」

「がはははは! 無敵結界が無ければこんな奴は雑魚だ雑魚!」

 ランスは力強く剣を構え、その剣先をトルーマンに向ける。

 黒と白の明滅を繰り返すランスの剣からは、異常なまでの力が感じられる。

「ば、バカな…! 貴様! 貴様は何だというのだ!?」

 トルーマンは驚愕の表情でランスを見る。

 そこには先程までにレダに向けていた執着とは真逆の感情、ランスへの凄まじい殺意、そして嫉妬心が剥き出しだ。

「俺様が何なのかだと? そんなのは簡単だ」

 ランスはトルーマンの殺意や嫉妬心など全く意にも介さずに鼻で笑う。

「俺様はこの世界で唯一無二の主人公だ! 死ねーーーーーーー!! ラーンスアターーーーーック!」

 そしてランスは勢いよく跳び上がると、そのままトルーマンへ向けて必殺のランスアタックを放つ。

「ぐ、ぐわあああああああああ!!!」

 肩から心臓目がけて切裂かれたトルーマンの傷口から大量の血が噴き出る。

 その光景を、ジルは目を見開いてしっかりと見た。

 魔人の無敵結界が、まるで最初からそんなものは存在していなかったかのように斬られる瞬間を。

「そしてこれは汚い目で俺様の女を見てた罰だ!」

 ランスはそのまま返す刃でトルーマンの首を刎ねる。

 宙を舞うトルーマンの顔は信じられないものを見たかのような表情をしているが、直ぐにその姿が消える。

「え…?」

 魔人が倒れるかと思ったら、その前に魔人の姿が消え、そこには1個の紅い血のような球が落ちている。

「死んだわね」

「え…魔人は死んだんですか」

 レダの言葉にジルは目の前の光景が信じられないかのようにその腰を落す。

「そうだ。魔人は死んだら魔血魂という球になるんだ」

 ランスは魔血魂を拾うと、それをジルに突き付ける。

 それはただの紅い球にしかみえないが、ランスとレダが言うのであれば間違いなく魔人は死んだのだろう。

 ジルはようやくその事を実感すると、その目から涙が流れる。

「何だ、そんな感動する程嬉しいのか」

「いえ…まさか本当に…本当に魔人を倒せるなんて…」

「俺様の力を疑うとは奴隷として許せんな。まあいい。ジル、お前はこれで完全に俺様のモノだ」

 ランスはへたり込んでいるジルの体を抱き上げると、その体を弄る。

「うーむ、やっぱりいい体だ。がはははは! 今夜が楽しみだ!」

 こうして魔人トルーマンは史実よりも早くに死亡した。

 それも魔剣カオス、聖刀日光が登場し、それを駆使して戦う男が生まれる前に。

 それがどういう結果を齎すのか、この時はまだ誰も分かっていなかった。

 そしてランス達が魔人を倒したとき、それを見ていた目にはランス達は気づいていなかった。

 

 

 

 戦いが終わり、誰もが生き残った事を喜び、その喜びを分かち合う中、ランスを始めとした主なメンバーは何時もの様に集まっていた。

 魔人を倒してから3日程経つが、あの戦いを経験した者は皆少しの間動けなかった。

 例外はランスとレダの二人と、直接戦闘に参加はせずに後方で指示を出す事に専念していたハンナくらいだ。

 そして皆がある程度動けるようになった後でスラルは招集をかけた。

「これが…魔人を倒した証ですか」

 ハンナは机の上に乗せられている、血の様な紅い塊を見る。

「そうだ。魔人は死んだら魔血魂になる」

「本当に魔人を倒したんですね…」

 ランスの言葉にクーは安堵し、ドロシーは興味深そうに魔血魂を見ている。

「ところでバーバラとドワイトは?」

 この場に居ない二人の事をスラルは尋ねる。

「この二人は怪我が酷いそうです。ですから少しの間安静にしていると」

「ふーん。男はともかく、バーバラは大丈夫なんだろうな。俺様はまだ頂いてないからな」

「大丈夫ですよ。命に別状は全く無いそうですから」

「そう…バーバラがね」

 クーの報告にスラルは意味深に頷く。

(バーバラ…彼女はもしかしたら…いや、我の予測が正しければ向こうから接触してくるか)

「それはそうと…スラルさんってそういう髪と目の色だったんですね。今まで分かりませんでしたけど」

「む…ランスも言っていたが、我の姿は今は色がついているという事か? 鏡に映らぬ故に自分の姿を見る事もままならぬ…」

「そういや今のスラルちゃんは色がついてるな。うむ、昔アノキアちゃんという幽霊を見たが、今のスラルちゃんは鈴女に近いな」

 ランスは昔に助けた少女の事を思い出す。

 ゼスの共同墓地に封じられた少女で、ランスは彼女を助けようとしたが残念ながらあの少女の肉体は既に朽ち果てていた。

 最後はちゃんとお礼という事でセックスが出来たし、彼女も成仏出来たのでランスとしても満足いった出来事だ。

 スラルはそのアノキアに近い状態だったが、今は幽霊だった頃の鈴女のようにきちんと色がついているし、足元もきちんと見えている。

 ランスはスラルの体に手を伸ばすが、その手はやはりスラルの体をすり抜けてしまう。

「うーむ、色はついたが触る事は出来んな。いくら見栄えが良くても触れないのはいかんな」

「ランス…何故触るだけなのに我の胸に手を伸ばした。まあ触られている感触は無いが、それでも気分の良いものではないぞ」

「それになんか口調が昔に戻ってるぞ。まあ俺様はどっちでもいいから構わんが」

「そうか? だがあの力を使ってから確かに力が戻っているような気はするが…」

 スラルは少し考えるが、時間はまだあると判断して、取り敢えずは今は別の事に意識を向ける。

「それで被害はどうだ?」

「町の被害は…あの巨体の使徒ですから、家屋の被害は大きいです。それと犠牲者も多数出ております」

「魔人と使徒との戦いと考えると、奇跡的な被害と言ってもいいと思います。昔はもっと酷い被害が出ていたようですから…」

 昔の被害、それは魔王による虐殺も勿論あるが、そのまえに起きた大きな戦い。

 魔人ザビエル率いる魔軍に、人類と統一しつつあった藤原石丸がたった3ヶ月でJAPANまで追い詰められた戦争。

 その時の被害に比べれば、この町の被害など微々たるものだ。

「それで、魔人が居た町については?」

「それなんですけどね…」

 スラルの言葉に立ち上がったのはゲンバだ。

 彼はスラルの命令で、すぐさま魔人が居た町への偵察へと出かけていた。

 スラルが警戒したのは、魔人がいなくなった後の魔軍の動きだ。

 魔王ナイチサは今の所は動いていないが、魔人に関しては話は別だ。

 あの町に居たのが魔人トルーマンだけだったとも限らない。

 それに数は少なかったとはいえ、魔物将軍と魔物隊長が動いていたのも事実だ。

 今回のこの戦いが魔王の耳に入っている可能性は考えられる。

「例の町なんですけどね…もう誰も居ません。あの気持ちの悪いオブジェとかも全て無くなってました」

「…無くなった? どういう事?」

「言葉通りです。魔人が居たっていう痕跡が無いんです。無造作に転がっていた死体も無いですし、魔人が居た館も無くなってました…本当に不気味ですよ…」

 ゲンバはあの光景を見た時は己の目を疑った。

 確かに自分達は魔人と戦ったし、あの町には濃厚な死の臭いが充満していた。

 しかし再びあの町に行ったときは、その死の臭いが綺麗さっぱり無くなっていた。

「何が起きたのかさっぱりわかりませんよ…でも、周囲に魔軍が動いた気配は無かったです」

「気配が無い、か。成程ね」

 スラルは納得がいったのか、一人微笑む。

「何だスラルちゃん。何か分かったのか」

「分かったというか何というか…まあ後で嫌でも分かる」

 スラルはランスの言葉にも少し嬉しそうに微笑むだけだ。

 ランスもスラルがそう言うのであればと思い、それ以上に追及はしない。

 何故なら、ランスにはそれ以上に楽しみな事が有るからだ。

「よーし、何も無ければこんな下らん事は終わりだ。という訳で行くぞ、ジル」

「あ、はい」

 ランスの言葉にジルは頷くと、その後ろを歩いていく。

 ランスが居なくても会議には特に支障は無いし、何時もの事なので皆も何も言わない。

「…でも本当にボスって魔人を倒す方法を知ってたんですね」

「非常に不思議。でもボスの言ってる事は真実だった」

 クーとドロシーの言葉にレダとスラルは苦笑いを浮かべる。

 確かに魔封印結界は魔人に大しては有効だったが、実際にはトドメを差したのはランスだ。

 しかしスラルもレダもそれを公にするつもりは無い。

 其々別の理由ではあるが、決して後世に残してはいけない事だと思っている。

(もう遅いかもしれないけど、これ以上歴史を変えちゃいけないしね…でも魔人を倒しても誰も何も言わないという事は、問題は無いはずなのよね…)

 エンジェルナイトの立場としては本当に複雑な立場で、更には今の状況も本来有り得ない出来事が重なった状況だ。

 それでも自分の遥か上…それこそ自分に命令を下した1級神であるALICEが何も言わないのだから、問題は無いのだろう。

 本当にもう今更ではあるのだが、これまではランスは特に後世に影響を残しているかと言われれば、その影響は微々たる物だろう。

 流石に魔人を倒すというのはどうかとも思ったが、魔封印結界は確かに人類が魔人に対抗するために用意された術だ。

 それを使って魔人を倒したというのであれば、特に問題は無いとレダは思うことにした。

 一方のスラルも、

(流石にあの力を後世に伝える訳にはいかないな…ランスにしか使えないというのであれば意味は無い)

 今回の事を後世に残すのは不都合だと判断した。

 時間を移動しているという事もあるが、何よりこの力は残っても意味が無い記述になるからだ。

(2級神ラ・バスワルドの力…恐らくは人間には制御は非常に難しいだろうし、何よりランスの持つ剣が無ければ意味は無い…それよりも、魔封印結界の方が人類には有用だろう)

 確かに魔人の無敵結界を無視できる上に、その威力はランスの剣の技量も合わさり強力無比だ。

 しかしそれはランスと自分だからこそ出来るのであり、後の世では全く役に立たない情報だ。

(それに…我の変化か。確かに意識しなければ分からなかったな…そうだ、私は…我はこうだったな。つまりは魔王としての過去が影響し始めたという事か?)

 自分の変化は意識すれば確かにその通りだと納得できる。

 理由はまだ分からないが、確かに自分が変化…いや、魔王の時に戻っているような感覚に陥ってしまう。

(それが吉と出るか凶と出るか…まだ分からんな)

 

 

 

 ランス達が魔人を倒したその夜―――魔人ケッセルリンクの下に、その使徒達が集結していた。

「そうか…やはりランスはトルーマンを倒したか。流石と言うべきだろうな」

 そう言うケッセルリンクは非常に嬉しそうに微笑んでいるのが使徒には分かる。

「はい。魔封印結界…どうやらその技は本当にあるようです」

「うむ…ランスの言う事は正しかったという事だな。だが別に驚く事ではない…私は魔人が無敵の存在だとは思っていないからな」

 過去に魔人と戦った者として、魔人の強さは確かに分かっているが、同時に付け入る隙があるのも分かっている。

 そうでなければあの時代に魔人を倒すなど不可能だっただろう。

 それにあの魔人ザビエルが敗れたという話も聞いている。

 他の魔人や魔物は『魔人の恥』だの何だのとザビエルを馬鹿にしているが、当時のザビエルは間違いなく魔人の中でも最強クラスの存在だった。

 それこそカミーラと並び立つ程の強さであり、それでいて魔王に忠実だからこそ、ナイチサはザビエルを重用したのだ。

 それらを考えれば、無敵結界に頼り切った魔人トルーマンなど、ランスにとっては付け入る隙が多い相手だっただろう。

「お前達…魔人トルーマンが人間に倒された事を言ってはならない。これは私の命令だ」

「えっ…」

 ケッセルリンクの言葉にバーバラは驚く。

 使徒であるバーバラは、魔人が人間に倒されたというのは恐るべき事だった。

 だからこそ、その脅威を魔王に伝えねばならないのではないかと思っていたくらいだ。

「かしこまりました。ケッセルリンク様」

「はい。誰にも口外いたしません」

「ええ、それで宜しいかと思います」

 バーバラの予想に反して、シャロン、パレロア、エルシールは頷いて見せた。

(ええ…)

 バーバラは納得は出来ないが、主であるケッセルリンクが望むのであれば、それに従うのが使徒の務めだ。

「シャロンとエルシールが人間達に協力した事は直ぐにランス達も知るだろう。だとすれば、私からランスに話をする必要があるな…何より魔血魂だけは回収する必要がある」

 ナイチサは力ずくでトルーマンを連れ戻すか、歯向かうようなら殺しても良いと言われている。

 ケッセルリンク自身、トルーマンの事は嫌いだった。

「だがその前に後始末だけはする必要はあるな…バーバラ、トルーマンが居た場所に案内してくれ」

「え…は、はい。分かりました」

 

 そしてバーバラは見た―――魔人四天王の一人、夜の女王ケッセルリンクの力を。

「人が居ないというのはある意味楽ではあるのだが…しかしトルーマンめ、よくもここまで好きにしてくれたものだ」

 ケッセルリンクが腕を振るうたびに人間の死体が焼かれていく。

 その臭いにケッセルリンクもバーバラも顔を顰めるが、これは必要な事なのでやるしかないのだ。

「ケッセルリンク様…何故ここまでするのですか? あの人間のためですか?」

 バーバラも、ケッセルリンクがランスのために動いているのは分かっている。

「確かにランスのためというのもあるが、これは私が命じられたことだからな…魔王の命令を遂行したと見せねばならぬ」

 ケッセルリンクは周囲の物全てを焼き尽くす。

 魔人であるケッセルリンクが放つ火爆破はいとも簡単に家を焼き尽くす。

 まさに次元が違う…バーバラは改めて己の主の力を思い知る。

「ここがトルーマンが居た場所か…確かに不愉快だな」

 そこに飾られた、腐敗した人間の死体や人間の首を前にケッセルリンクは目を細める。

 魔物というのはそういうものではあるのだが、ケッセルリンクには何時まで経っても慣れぬ感情だ。

「さて…む?」

「な、何が起きてやがる!?」

「わ、私の町が…」

 ケッセルリンクがこの屋敷をゼットンで焼き尽くそうとした時、その屋敷から血に塗れた男と、一見すると普通の人間の男が出てくる。

「あいつは!」

 バーバラはその人間を見て顔を歪める。

 それは使徒マッキンリーに口にするのもおぞましい料理を作っていた料理人だ。

 もう一人は誰かだか分からないが、そこから感じられるのは人の気配ではなかった。

「生き残りか」

「だ、誰だ!?」

「こ、これはまさか…」

 血に塗れた男…ジャバともう一人、トルーマンの下級使徒であるマディソンがケッセルリンクを見て驚愕する。

「お前がバーバラの言っていた不愉快な人間か…成程、確かに濃密な死の気配があるな。一体どれほど人間を手にかけた?」

「ま、魔人!?」

「何で魔人がこんな所に!?」

 マディソンとジャバは驚愕に顔をゆがめるが、ケッセルリンクは構わずに男達を睨む。

「悪いが生かしておく事は出来ない。それにお前のような男には容赦はしない」

 ケッセルリンクの手から強烈な熱線が放たれ、それはジャバを一瞬で飲み込み、その背後にあった屋敷すらも燃やす。

「お、お助け下さい! 私はトルーマン様の使徒です!」

 ケッセルリンクに跪き命乞いをするマディソンだったが、ケッセルリンクの視線は冷たい。

「トルーマンの使徒か…ならば尚更生かしておく訳にはいかないな。魔王はお前達の死を望んでいる」

 冷酷なケッセルリンクの言葉にマディソンはひたすらに土下座をするが、ケッセルリンクにはそんなものは通じない。

「恨むならば、トルーマンに組した己を恨め。ゼットン」

 そしてケッセルリンクの魔法はマディソンごと屋敷を飲み込み、その不気味なアートと共に全てを焼き尽くす。

「ケッセルリンク様…」

「さて…ランスに会うとするか。なるべく早く魔血魂は回収しなければな」

 その日、魔人トルーマンが居た痕跡は全てが焼き尽くされた。

 

 




遅れたは全部ウ○娘が悪いと最悪の言い訳をしてみる

次からNC期の最後の話になります

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