ランス再び   作:メケネコ

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スラルの葛藤

 男達は目の前にいる今にも死にかけの男に対して恐怖していた。

 それは本能的なものから来る絶対的な恐怖。

 いかに死にそうでも、この存在には絶対に敵わないであろうと確信がある。

「話すがいい…人間共。貴様等の不満をな」

 死にかけの男―――魔王ナイチサはまさに悪魔の呼び声と言うべき声で男達から言葉を引き出す。

 ナイチサには、己の血を次なる後継者に渡さなければならないという使命感がある。

 何故後継者が必要なのか、という疑問すらもナイチサには存在しない。

 だが、このまま己が死んだとしても、次なる魔王に己の知識を受け継がせる必要がある。

(魔人共には知らせる訳にはいかん…魔王すらも所詮は『神』の僕に過ぎんのだからな)

『魔王』がやるからこそ意味がある。

 そのためには、魔人という魔王の下僕達に余計な知識を与える必要は無いのだ。

 この世界に必要なのは『停滞』ではなく『混沌』なのだから。

 そして男達は恐怖からか全てを話す。

 突如としてやって来た人間が全てを乗っ取り、好き勝手に振舞っている事を。

 だが、男達はここで一つ完全な勘違いをしていた。

 使徒を倒したのは事実ではあるが、魔人を倒したという事は信じていなかったのだ。

 それはランスへの反発心が生んだのか、幸いにも人間が魔人を倒したという事が魔王には伝わらなかった。

 男達の話を聞いて、魔王ナイチサは確信する。

(トルーマンの使徒は…そうか、死んだか。まあそれはどうでもいい…ならばケッセルリンクはトルーマンを殺したか)

 トルーマンの死などはナイチサには最早どうでも良かった。

 だが、問題なのは魔王ナイチサが見たビジョンにある。

 それは四肢を引きちぎられ、人間に対して絶望と憎しみを持った一人の女の姿。

 水色の美しい髪をした女は、同じ人間に対して壮絶な仕打ちをされ、今にも息絶えそうな姿であったという確かな映像。

 そして男達の言葉でナイチサは確信する。

 その人間の所に、水色の長い髪をした美しい女が居る…即ちそれこそが自分の血の後継者であると。

(だが…私が見た光景とは違う)

 女は奴隷ではあるが、今でも五体満足だし、特に人間を恨んでいる様子は無い。

 ならば、自分の見た光景とは違うイレギュラーが存在しているという事だ。

 それはナイチサにとっては望まぬ光景だ。

 ナイチサは少し考える…それは魔王である自分が直々に動いても自分が望む未来と後継者は作れないという事だ。

 次の魔王には、自分の持つ知識と経験を渡さなければならない。

 そのためには、人間を殺すのではなく生かしたままこの世の地獄を作り出す魔王が必要なのだ。

 だが、無理矢理後継者を魔王にしても、恐らくはその魔王の破壊衝動に飲み込まれ、必ず自分と同じ轍を踏むのは想像に難くない。

 それを防ぐためには『人間に絶望させる』という光景を作らねばならない。

「ククククク…」

 魔王の笑いに男達は腰を抜かす。

 それほどまに邪悪な笑みを魔王は浮かべていた。

(ならばこの人間共は都合がいい…そうだ、この人間達こそが後の地獄を作り出すのに相応しい存在だ)

「お前達は富と名声が欲しいか」

「え…?」

「欲しければ奪え。そのための手段を私がお前達にくれてやろう…」

「ち、力を?」

 既に男達は魔王へと相対した恐怖、そして魔王の放つ圧倒的な悪の魅力に既に魅了されている。

「待つがいい…」

 魔王が笑うと、そこには一体の異形の魔物将軍の姿が有る。

 普通の魔物将軍よりも遥かに大きく、腹の中には不気味な顔が浮いている。

「エイセイよ…貴様がやれ…」

「ハッ…」

 魔物大将軍エイセイは魔王に対して恭しく頭を下げる。

 ナイチサは自分だけでなく、この魔物大将軍だけは連れてきた。

 何かあるのではと思い、連れてきたのが役に立ちそうだ。

「ククク…貴様の欲望をぶつけるがいい…」

 

 

 

 そして一日が経ち、男達の前には信じられない光景が広がっていた。

 そこに居たのは、無数の魔物兵と数体の魔物隊長が揃っていた。

 魔物将軍こそ居ないものの、先に襲ってきた魔物将軍が率いていた時の数よりも遥かに多い。

 魔物隊長5体と魔物兵1000…そして魔物大将軍。

 魔物大将軍が率いる数としては非常に少ないが、ナイチサとしてもそれ以上の数を動かしたくは無かった。

 ここで魔物が人間を圧殺してしまうと、ナイチサの理想とする展開を作る事が出来ない。

 重要となるのは、魔王候補が人間に対して絶望をする事なのだ。

 そのためにこの人間共を利用する事をナイチサは選んだ。

(魔人を動かす訳にはいかぬ…魔人が動いては人間への悪意が向かぬ。だが魔物大将軍程度であれば問題は無いだろう。死んでも構わぬからな…)

 魔王にとっては魔人並の強さを持つ魔物大将軍ですら使い捨てに過ぎない。

 この世界に7体しか存在しない貴重な存在ではあるが、本来はこの世界を滅ぼすには魔王が1体居ればそれでいいのだ。

「ククク…」

 魔物大将軍相手に大きな顔をしている人間を見て、ナイチサは邪悪に笑う。

 ナイチサの思った通り、この人間達は目の前に居る魔物の前に増長しているのが分かる。

 これならば、何も問題無くナイチサの想像通りに事が運ぶだろう。

 魔物大将軍にも人間に従うように命令をしている。

 これからの世界の行く末に比べれば、犠牲などいくら増えても構わない。

 ナイチサがそう言って笑った時、凄まじい激痛がナイチサに走る。

「グッ…勇者め…まさか無敵結界すらも突き破る力があろうとは…」

 ナイチサは既に自分の寿命が近いのを自覚している。

 ここで次の魔王を決めなければ、自分が魔王になった時と同じように、神が次の魔王を決めるだろう。

(それでは駄目なのだ…)

 魔王として、同じ事は繰り返してはならないのだ。

 そう、勇者は間違いなく魔王すらも殺す力を持っている…そしてそれは人間の死と連動しているとナイチサは察した。

 それ故に、自分が重傷を負った後は魔人や魔物に人間に手を出さぬ様に命じたのだ。

(だが、私の力が弱まればその支配力が弱まる可能性までは考えなかった…人間の数が分からぬのはどうしようもない)

 あれから50年経過したが、どれほど人間の数は増えたのか?

 そして人間同士の争いで数は減らしていないか?

 新たな勇者は現状で存在しているのか?

 考えればキリが無い。

 だからこそ、ナイチサ自身もここからの動きは賭けだ。

(人間よ…精々同族で殺し合い憎みあうがいい…その嫉妬と欲望こそが、次なる完全なる魔王を生み出すのだ…)

 ナイチサはこれからの事を考え、酷薄な笑みを浮かべていた。

 

 

 

 ジルはランス達との生活の中で幸せな日々を送っていた。

 信頼できる仲間に、自分と同じく知識を探求する友人、そして自分が好きな男。

 皆の中で、ジルは本来はあり得ぬ幸せを感じ取っていた。

 まだまだ妊娠初期なのでお腹も目立たないが、確実にこの中にランスの子供が居る。

 そして使徒ではあるが、パレロアが自分の体を気遣ってくれている。

(まだランス様には話せないけど…ランス様はどう思うかな…)

 まだ妊娠の事はランス達には話していない。

 この事を知っているのは、魔人ケッセルリンクとその使徒だけだ。

 彼女達には、何れ自分の口から話すと既に伝えてある。

(でもランス様には子供がいるんですよね…考えれば考えるほどややこしいけど)

 ケッセルリンクの言葉が正しければ、ランスには既にカラーの子供がいるらしい。

 ただ、ケッセルリンクはその子供を見た事が無く、ランスもその行方を捜しているらしいが、未だに見つからないらしい。

「ふぅ…」

 ジルは自分のお腹を撫でてため息をつく。

 こんな時代だが、何とか無事に生まれて欲しいと感じていた。

 しかし―――時代の流れ…この世界の歴史はそれを許さなかった。

 一斉に銅鑼が鳴り響き、ジルは思わず体をすくませる。

「魔軍だ! 魔軍が来たぞ!」

 そしてそれはこれから起こる破滅の一歩にしか過ぎなかった。

 

 

 

 魔物大将軍エイセイの前には一つの町が有る。

 それは普通の町であり、防衛など全く考えられていない造りだ。

 だが、それも無理も無い話で、そもそも今は魔物の襲撃が無く、人間同士の争いも小競り合いしか無い時代だ。

(本来はあんな小さな町を蹂躙するなど赤子の手を捻るようなものなのだがな…しかし魔王様の命とあれば仕方あるまい)

 エイセイが本気を出せば、あんな小さな町など簡単に滅べせる。

 しかし、魔王は今回はこの人間の命令を聞けと言われた。

 人間の命令を聞くなど気に入らないが、これも全ては魔王の命令、魔物は魔王の命令は絶対であり逆らう事が出来ない。

 椅子に踏ん反り返って魔物兵に命令をしている男達を見て、エイセイはその顔に嘲笑を浮かべる。

(愚かな人間だ。やはり人間はよりよく飼育しなければならん。考える必要すら存在しないのだ。やつらは只の豚に過ぎないのだからな)

 エイセイにはある願望があるが、それが叶わぬ願いである事にも気づいている。

 が、同時に人間を蹂躙し、殺すこともまた楽しみだという平均的な魔物大将軍だとも言えた。

 なので、この戦い…いや、虐殺には心躍っていると言っても良い。

「あの威張り腐ったボスが泣き喚いて命乞いをするのが今から楽しみだぜ」

「そうだな。俺はハンナの奴を犯してぇな…あの傲慢な女に俺のブツを咥えさせてやるんだ」

「俺はあのレダっていうランスの女だな。あいつを思う存分苦しめてやりてえな…」

 男達は自らの運命も知らずに、能天気に話し合っている。

(どこまでも見苦しい奴らだ…だが、ナイチサ様はこの男共の言う事に従えと言っていた)

 魔王の命令ならば、魔物は必ずその命令に従わなければならない。

 それがどんなに理不尽な命令であっても、それが例え死であっても従わなければならないのだった。

「じゃあまずは1部隊だけ送るか? それであいつがどんな態度をとるか楽しみだぜ」

「そうだな。どうせ使徒も倒しただなんて嘘に決まってるぜ」

「魔物を倒しただなんて怪しい話だ」

 男達は目の前の自分の力―――と、思っているのに酔っていて、最早正常な判断を下すことは出来ない。

 男達の中では、ランスは既に大したことの無い口だけの男だという事になってしまっていた。

 自分達も先の魔物将軍との戦いに参加したにも関わらず、ランスの行動を既に頭の片隅に追いやっていた。

 それは今の状況からの現実逃避だったのかもしれないし、この時にはもう気が触れていたのかもしらない。

 だが、男達は確実に破滅への階段を一歩ずつ上がっていった。

 

 

 

「で、魔軍だと!? 一体何処から沸いてきた!」

「ここは魔物の領地とは割りと近いところに有りますから…もしかしたらはぐれの魔軍かもしれません」

 ランスの怒号にハンナは顔を歪める。

 ランスは知らないが、ここはLP期におけるゼス地方の中でも、ヘルマンと自由都市に近い位置にある。

 後のGI期にゼス国が作られた時に、イタリアと名づけられる地域だ。

「で、数はどれくらいだ?」

「まだ分かりませんが…前の数の2倍以上は居るとの事です」

「2倍か…すると800程度はいるという事か? それだけの数となるとやはり魔物将軍がいるはずだ」

「そ、それなんですけど…前に見た時の魔物将軍とは形が違うんです。なんか凄いでかくて…」

 ゲンバの報告にスラルは目を見開く。

「まさか…魔物大将軍か? それこそありえない…魔物大将軍は魔物将軍をも束ねる存在だ。それこそ万単位で魔軍を動かす奴だぞ」

「魔物大将軍? なんだそりゃ」

 ランスの言葉にスラルは頭を抱える。

「もう忘れたのか。レキシントンと戦う前に、巨大な魔物将軍と戦っただろう」

「レキシントン…レキシントン…そういやあの馬鹿でかい鬼のおっさんと戦う前に、何かそんな奴をぶっ殺したような気がするぞ」

 スラルの言葉にランスも思い出す。

 それは以前に戦った、魔物を束ねる魔物将軍よりもちょっと強いくらいの存在だ。

 確かにそこそこ強かったのかもしれないが、何しろその後で魔人レキシントンが襲ってきたため、ランスも言われるまで魔物大将軍の事を忘れていた。

 しかも今現在も少し記憶が曖昧だ。

「とにかく、それが相手なら厄介よ。厄介なんだけど…」

 スラルはそこで言いよどむが、

「大変です! 魔物兵達がこちらに向かってきています!」

「話は後だスラルちゃん。とりあえずその魔物とやらを見に行くぞ」

「…分かった」

 突如としてやってきた伝令にランスが反応したことで、取り敢えず言葉を引っ込める。

 しかしスラルは元魔王故に、魔物大将軍が動くという事の危機感を誰よりも早く理解していた。

 

 

 ランスは高台の上からやってくる魔物兵を見る。

「確かに居るわね。魔人と戦う前に戦った、魔物隊長1体が率いているのと同じくらいの数が」

「…見えるんですか?」

 レダの言葉にジルが魔物兵の方を見るが、流石にその数までは分からないし、魔物隊長がいるかどうかも分からない。

「まあね。でも来ているのは魔物隊長率いる1部隊だけね。一体どういうつもりかしら?」

 1体の魔物隊長につき、指揮できる魔物兵は大よそ200。

 確かに人間にとっては脅威だ。

 何しろ、魔物兵は1体で人間の騎士3人分の力があると言われているのだから。

「確かに少ない…というよりも愚策だな。こちらの戦力を把握していないのか、それとも甘く見ているのか…」

 スラルは魔物大将軍については実はそこまで詳しくは知らない。

 スラルが魔王だった時には確かに魔物大将軍も存在はしていたが、人間との戦いに投入した事など皆無といってもいい。

 何しろスラルが魔王だった時は、人間は資源を求めて人間達で争いを続けていた時代だ。

 スラルも常に魔王の血に飲み込まれていた訳でも無いし、人間達に手を出そうともあまり考えていなかった。

(それこそ魔軍と戦っていたのはガルティアの虫使いくらいか…カラーもその時は人間や魔物との関わりはあまりなかったしな…)

 魔物大将軍が人類を相手に本格的に動いたのは、恐らくは藤原石丸の時が最初だろうとスラルは睨んでいる。

 流石にこの世界の半分を支配したとなれば、魔王も魔物大将軍を動かすだろう。

 それ以外は恐らくはただの蹂躙になっていたはずだ。

「とにかく魔物隊長だけを狙ってぶっ殺すぞ。不意打ちをかければ余裕だ余裕」

 ランスは何時ものように楽観的に答えるが、そのランスにスラルは耳打ちする。

「ランス。撤退も視野に入れて行動をして欲しい」

「何だと? スラルちゃんは俺様に逃げろと言うのか」

「ああそうだ。出来ればすぐさま撤退して欲しいくらいだ。魔軍の動きはおかし過ぎる」

「俺様からすれば魔軍の動きなど普段と変わらんのだがな」

 ランスからすれば、魔軍は常に人間を見下しているという印象を持っている。

 それは実際間違っていなく、例えカオスを持っていようとも、魔人達はランスの事を見下していた。

 だからこそ、ランスも十分に魔人に付け入る隙をついて魔人を撃破してきたのだ。

「ハッキリ言うぞ。魔物大将軍があの程度の数の魔物兵を率いるなど本来はありえない。魔物大将軍は魔物将軍を束ねる存在なのだから」

「本当に魔物大将軍とかいう奴なのか。ただの魔物将軍じゃないのか」

「ランス!」

 突如として大きな声で、そして真剣な表情でランスの目を覗き込むスラルを見て、流石のランスも少しうろたえる。

「いいか? 魔物大将軍の上にいるのは魔人と魔王しかいない。ケッセルリンクの話だと、魔人は今は誰も動いていない。それが意味する事は…」

「まどろっこしいぞ。もっとハッキリ言え」

「今、魔物大将軍を直接動かせるのは魔王しかいないという事だ」

「………」

 スラルの言葉を聞いて、流石のランスも無言になる。

 魔王…それはこの世界の絶対的な権力者であり、これまで何人もの魔人を倒してきたランスですら、その足元にも及ばない。

 かつて魔王ジル、そして魔王リトルプリンセスの事を知っているランスは、この世界の魔王の強さを嫌というほど理解しているとも言える。

「…マジでそう思うのか、スラルちゃん」

「本気だ。我の取り越し苦労だというならそれでもいい。だが、ここに魔人が来てさらに魔物大将軍も来た。これを偶然というなら気味が悪すぎる」

 ランスはスラルの言葉を聞いて流石に考える。

 スラルの言う事には一理あり、ランスも流石にこれまで続けて魔人や魔軍と遭遇したとなると確かに気味が悪い。

 ランスが魔軍と戦ったといっても、流石に期間が開いていた。

(スラルちゃんがそう言うなら、とっとと逃げるのも有りか…)

 考えた末に、ランスもそっちの方向に考えが揺れる。

 もうジルは完全に自分の女になったし、そろそろここでトップで居るのも飽きてきてたのも事実だ。

 魔軍との戦いは結構面倒くさいので、このままとっとと逃げるという選択も有り得た。

「ランス様! 来ます!」

 ジルの声にランスは取り敢えず今の事は置いておく。

「スラルちゃん。その話は後だ。とりあえずあの魔物隊長をぶっ殺すぞ。数も少ないからな、奇襲すれば一発だ」

「…それに関しては我も同感だ。だが、撤退するのは本気で考えて欲しい」

「わかったわかった。取り敢えず行くぞ」

 ランスはスラルの言葉を頭に入れながら、魔軍を撃退すべく動き始めた。

 

 

 

 魔物隊長率いる魔物隊長は、不満不平を垂らしながらも人間の町へと近づいていく。

「まったく…エイセイ様は何を考えているんだ。あんな人間如きの言葉を聞くとは…」

「仕方ないですよ、隊長。これも全てはナイチサ様の命令なんですから」

「おおっぴらに人間共を殺せるだけいいと思いましょうよ」

 気楽そうな魔物兵を見て、魔物隊長は「それもそうだ」と思い直すことにする。

 何しろこの魔物隊長は、魔物隊長のスーツを渡されてはいたが、人間との戦いを経験したことは無かった。

 いや、大半の魔物兵が恐らくは経験が無いのは間違いない。

 50年という期間は、永遠を生きる魔王や魔人、使徒には大した事のない時間だが、人間や一般の魔物にはやはり長い時間だ。

 魔物大将軍からの最初の命令がこんなものなのは不満だが、ここは是非人間を殺してその憂さ晴らしをしてやろうと思う。

 魔物兵達は何も疑う事無く町の中へと入っていく。

「さーて、人間共は何処にいるかな?」

「おーい! 今出てくれば半殺しの後できちんと殺してやるぞ!」

「ぎゃははははは! 今なら犯し殺すくらいで許してやるぜ!」

 魔物兵達は好き勝手にいいながら進んで行き―――

「死ねーーーーーーっ!!! ラーンスあたたたたーーーーーっく!!!」

「うぎゃーーーーーーー!」

 声が響いたと思ったら、先頭を歩いていた魔物隊長が真っ二つになっていた。

「え? 隊長?」

「がはははははは! お前ら全員皆殺しじゃー!」

 ランスはそのまま唐突の事で頭が追いついてない魔物兵に突っ込んでいく。

 そしてランスが剣を薙ぐたびに魔物兵の体が切り落とされる。

「ファイヤーレーザー!」

「火爆破!」

「ライトボム!」

 魔物兵が戸惑っているうちに、隠れていたジルやレダを初めとした魔法使い達が魔物兵に一斉に魔法を放つ。

「え? 人間!? うぎゃああああ!」

 魔物兵達が正気に戻った時には既に遅く、

「がはははは! 魔物隊長だろうが何だろうが俺様の敵では無いわ!」

「た、隊長が死んだ! 死んだぞ!」

「に、逃げろー!」

 既に三分の一の魔物兵達がその屍を晒していた。

 そして、ランスの声に呼応するように魔物兵達は我先にへと逃げ出していく。

 それを悠然と見ながら、ランスは勝ち誇ったように高笑いをする。

「余裕だ余裕!」

「そうだな、確かに魔物隊長程度ではランスは止められない…だが、ここからが本番だぞ。ランス、どうする?」

「むっ…」

 スラルはこの勝利を微塵も喜ばず、ランスに声をかける。

 そこにある切迫感に、流石のランスも余裕の高笑いが消える。

(確かにあの時の数が来たら面倒だぞ…とっとと逃げるか)

 魔物大将軍の脅威は前に戦った時にも分かっている。

 確かにあの強さは、無敵結界の無い魔人と言っても良いだろう。

 そんなのが万単位…いや、10万単位の魔物兵を率いて動くというのは流石のランスも面倒臭い。

「…数が少ないうちにとっとと逃げるか」

「それがいい。だが、問題なのは魔物大将軍の目的なのだがな…」

 ランスが逃げるという選択肢を取ってくれたのにスラルは安堵するが、問題はこの次だ。

(もし魔物大将軍の目的がこの町ではなく、特定の誰かだとすれば…いや、それこそ万単位の数の暴力でこちらを攻めれば良いだけだ。いくらランスが強くとも、万単位の魔物には到底敵わない)

 元魔王であるスラルだからこそ、今回の魔物大将軍の目的が理解出来ない。

 こちらを嬲り殺しにするつもりにしては数が少ないし、何よりも魔物大将軍がこのように戦力を小出しにして送ってくる理由が分からない。

 魔物大将軍は、その名前の通りに戦術や戦略においても優れている。

 だからこそ、今回の魔物達の行動が不気味すぎる。

「ランス、万が一の事は用意すべきだと思う。そのためにもな…」

「あん? …おお、そりゃいいな。どうせこんな所にはもう用は無いしな」

 スラルの言葉にランスは人の悪い笑みを浮かべる。

 ランスにとって、この町はもう用は無いので、どうなろうが正直構わないと思っている。

 薄情かもしれないが、このまま限りなく魔物兵の脅威に晒されるくらいならとっとと逃げるに限る。

「さて…奴等はどう動くか…」

 そう言いながらも、スラルには大きな不安がその胸を包んでいた。

 

 

 

「何だと? 魔物隊長が人間に殺されただと!?」

「ヒッ!」

「そ、そうです…やたら強い人間が居て、隊長がたったの一撃で殺されて…」

 魔物大将軍は、逃げ帰った魔物兵の報告を聞いて机を叩く。

 壊すような真似はしないが、それでもこの場では貴重な魔物隊長があっさりと人間に殺されたと聞いて、その心中は怒りに満ち溢れていた。

(魔物隊長を一撃で殺すだと!? 一体どんな人間が居るというのだ!?)

 魔物隊長は勿論魔物兵よりも遥かに強い。

 その魔物隊長が人間に…それも一撃で殺されたとなればそれは警戒すべき事由だ。

(そんな人間が本当にいるなら、数で圧殺すればいいものを…だが、ナイチサ様はそれを許すまい…)

 魔王ナイチサは、今から200年ほど前に、忠実な部下であったザビエルをも切り捨てたという事実がある。

 それと同じで、もし魔王の命令をこなす事が出来ねば、間違いなく魔王に捨てられる。

 そしてそれは死と同じ事であり、エイセイの背筋が恐怖で凍りつく。

(俺が指揮を取れればそれでいいものを…! あんな無能な人間の命令を聞けなどと魔王様は何故…!)

 今回の戦いのおいて、魔物大将軍エイセイはその体に巨大な枷をつけられて戦うに等しい事に今更ながら気づいた。

 何しろ相手の戦力も分からない上に、無能な指揮官の下で働かなければならないのだ。

(だがこの人間を殺すことは出来ぬ…! こうなったら、戦場で人間共に殺してもらうしかないか…!)

 自分で手を下せぬなら、人間達に殺してもらうしかない。

(しかしそれも果たして上手く行くか…)

 そのためには、この人間共を何とか戦場に誘導するしかない事に、エイセイは忌々しげに机を叩く。

 だが、それも全て魔王の命令ならば魔物はどんな事でも従わなければならない。

 エイセイは憎憎しげに人間を見ながら、次の手を何とか考えていた。




何とか今月中にはNC期を終わらせる予定
ただ、4月近いから急ぎの仕事が来る可能性もあるのでちょっと分からないです
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