魔王ナイチサは目の前の光景を見て考え込んでいた。
(私の予想もしていなかった事態が起こる…だが、それもまた世の常か…)
自分が重用していた魔人四天王ザビエルがJAPANで敗れたと聞いた時は、特に助ける事もせずにそのまま放置した。
もし魔人が敗れると言うのであれば、それもまた自然の摂理であると。
そしてその自然の摂理に乗っ取って、ナイチサは人類の数が半分になるほどまでに、人間を虐殺した。
最初は生意気にも自分に宣戦布告をしてきた国を潰す事が目的だった。
しかしその後、魔王の血に突き動かされるようにして人間を虐殺して回った。
配下の魔人、魔物もそれに続き、人類は終焉を迎えようとした時に、一人の人間がナイチサの前に立ち塞がった。
そしてそれは異常…そう、異常としか言いようのないくらいの強さだった。
何度殺しても甦り、魔王の持つ無敵結界など無かったかのように自分の体を傷つける。
どんな攻撃をしても二度目には見切られ、異次元へと追放しても必ず戻って来る。
最後にはナイチサもなりふり構わずにその人間を攻撃し、やっとの思いで倒す事が出来た時には、ナイチサはその寿命を大きく削ってしまっていた。
そしてその傷は今でもナイチサの体を蝕み、決して癒える事は無い。
だからこそ、ナイチサは己の体の中に流れる魔王の血が求める『後継者』を探していた。
(だが普通の後継者ではいかぬ…)
自分と同じ轍を踏まないように、自分の知識を渡さなければならぬ。
それは人類を殺しすぎると、人類の中から魔王を殺す力を持つ者が出て来るという事実。
そしてナイチサはとうとう己の後継者を見つけたのだ。
出来れば全て人間の手で絶望して欲しかったのが、世界は全て自分の思うようには回らない。
しかし、思いもせずに中々好都合な愚かな人間を見つけた。
そしてこいつらはその後継者に対してある種の欲望を抱いている。
だからこそ、この人間共を利用してナイチサは姦計を巡らせたのだが、結果は想像とは全く異なる結果だった。
(フン…やはり突如の姦計というのは出来ぬものだな。これもまた焦りか…)
魔王が取る姦計としては愚劣も良い所だが、それには理由がある。
ナイチサは自分の体がもう持たない事を分かっている。
もう既に限界が近く、魔王の血にナイチサ自身の体が耐えられない。
だからこそ、魔物大将軍を使ってでもあの愚劣な人間に好きにさせるつもりだった。
人間が欲望のままに動けば、それこそがナイチサの望みに繋がるはずだったのだが…それは打ち砕かれた。
そして今、魔王ナイチサは全てを終わらせ、新たな時代を作るために後継者の前に姿を現した。
「人間…まずは見事と褒めておこう。その栄光を称え、今からお前達に歴史の証人になる事を許す」
魔王ナイチサは、もう寿命が迫っている事を微塵もおくびに出さずに、ランス達を称賛してみせる。
しかしランス達は当然そんなナイチサの称賛など頭に入ってこない。
魔王―――それはこの大陸において最強の存在であり、この世界のメインプレイヤー…即ち人間に地獄を見せてきたこの世界の頂点。
人間はその魔王が作った魔人一人に勝つ事も出来ずに蹂躙されてきた。
そんな魔王が今、目の前に居る…それだけで誰もが足が震えて動く事さえできない。
ランスもまた、そんな魔王を前にして流石に体が思うように動かない。
それは根本的な恐怖もあるが、ランスは目の前に居る存在の強さを敏感に感じ取っていた。
(ヤバイぞ…あの時のジルちゃんとは比べものにならんぞ。美樹ちゃんよりも強いかもしれん)
リーザスで魔王ジルと戦った時は、まだジルが不完全だった事も有るが、何よりもジル自身に魔王の力がそこまで無かったのが大きい。
ランスは知らない事だが、あの時に戦った魔王ジルはその身に約5%程しか魔王の血を有していない。
プランナーと出会い、永遠の魔王であり続けようとしたジルは、魔王としての力を行使する力は持っていたが、その力は大幅に削られた。
そしてジルは足りない魔王の血をレベルを上げる事で補おうとし、異界の力で己のレベルを最大限まで上げる事にした。
その結果、才能限界が存在しないランスの力をも引き上げ、ランスは人の身でありながらも魔王を倒す事が出来たのだ。
だが、そのような奇跡はもう起きないだろうし、何よりも目の前にいる魔王はあの時のジルを遥かに上回っている。
それを敏感に察知したうえで、ランスは何とかこの場を切り抜けようとした。
したのだが…
(いかん、何も思い浮かばんぞ。それに…後ろにはケッセルリンクが居るぞ)
ランスもサテラから魔人の事は聞いているし、何よりもケッセルリンク自身からも話を聞いていた。
魔人、使徒、魔物は魔王の命令を拒むことが出来ず、死ねと言われれば死ぬしかないと。
どんなに理不尽であろうとも、魔に属する者にとっては魔王の命令は絶対なのだ。
「へっへっへ。ざまあねえな、ボス。いや、ランス」
そしてそんなランスを嘲りながら、複数の男達がナイチサの後ろから現れる。
「…あいつらは」
ハンナは震える体を何とか奮い立たせて、男達を睨む。
この男達は、魔人が居たという地を見てくるように差し向けた男達だ。
戻ってこないので妙だとは思っていたが、まさか魔王と一緒に出て来るとは思っても居なかった。
「あんた達…!」
ハンナは男達を睨むが、男達はこちらを見て下卑た笑いを浮かべるだけな事にハンナは違和感を覚えた。
(こいつら…自分が魔王に使われてるって分かってないの? それほどまでに愚かなのか、もしくは頭がやられたのか…)
「フッ…この者共は力を与えれば真っ先に貴様等を襲った…人間というのは愚かなものだ。そうは思わぬか?」
ナイチサの声は非常に重く、誰もがその圧力に屈してしまいそうになる。
レダでさえも、何とか歯を食いしばって耐える事しか出来ない。
ナイチサは我ながら酷い芝居だとは思っているのだが、何しろナイチサにはもう時間が無いのだ。
本来であればもっと入念な準備をし、魔王候補に人間に対する絶望を与え、そして己の知識を渡したかった。
既にナイチサの体は崩壊しかかっており、このままで先代の魔王であるスラルと同じ様に、血に飲み込まれて消滅してしまう。
「さあ、我が後継者よ…我が血を受け取れ。そしてこの世界に絶望を与えるのだ」
その言葉にジルの体が震える。
魔王ナイチサの言葉は自分に向けられたものだという事は既に理解している。
(私が…後継者?)
後継者とは何を言っているのかは分からないが、間違いなく魔王ナイチサは自分を次の魔王にしようとしている。
それだけは本能的に分かってしまった。
(でも…そんなの嫌だ!)
ジルは震えながらも、ランスの服を力強くつかむ。
そうするだけで、幾分が恐怖が安らぐような気がした。
「何をごちゃごちゃ言っている。これは俺様の奴隷だ。貴様なんぞには勿体無さすぎるわ!」
ランスはナイチサに向かって啖呵をきると、その剣先をナイチサへと向ける。
「ククク…身の程知らずが…」
ナイチサはそのままこの生意気な人間を捻り殺そうとした時、ランスから感じる違和感に眉を顰める。
(これは…何だ? まさか…この男も我が血の後継者だというのか?)
それはもう限界に近い自分の血が訴えかけている、この水色の髪を持つ女と同じ感覚。
それこそが、ナイチサが求める血の後継者である事の証だ。
その感覚には流石のナイチサも戸惑う。
(よもや我が血の後継者が二人…このような展開は考えもしなかった…どうするか)
ナイチサとしては、別にこの水色の髪の女が後継者である必要は全く無い。
自分の知識を与え、この世界を正しく絶望の渦に引き込むのであれば誰でも良いのだ。
(しかし…この男はやはり駄目だな。我が知識を活かせる者でなければいかぬ)
だが、目の前の男は確かに強さ…そしてその残酷さは認めるが、恐らくは自分と同じ道を進むだろうとナイチサは判断した。
「魔王がなんぼのもんじゃー! 死ねーーー!!!」
そう考えていた時、ランスは既にナイチサに向かって駆けだしていた。
「愚かな…だが流石と言っておこう」
ナイチサはランスの一撃を敢えて避けない。
「ラーンスあたたたたーーーーっく!」
そしてランスの必殺の一撃がナイチサの無敵結界へと当たると、凄まじい火花を散らしながらもランスはその威力に負けて吹き飛ばされる。
「な、何だと!? 俺様が弾かれただと!?」
ランスはその結果に驚愕する。
これまで魔人と戦ってきたが、無敵結界に攻撃した反動でここまで吹き飛ばされる事など無かった。
いや、そもそも今のランスは無敵結界の上からでも魔人を怯ませる程の力と技を持っている。
あの巨体の魔人レキシントンですら、ランスアタックを無敵結界で防いで尚、バランスを崩す程なのだ。
「見事だ…人間。いや、貴様は既に人間の範疇を超えていると言えよう。だが、所詮は人間。魔王に勝つ事など出来ぬ」
ナイチサはランスの力を見て笑みを浮かべる。
確かに普通の人間をも遥かに上回ってはいるが、それでも魔王には全く届かない。
死にかけであっても、魔王は人間になど決して負ける事は無いのだ。
「ランス! 無理よ! 相手は魔王よ!」
「やかましい! 魔王だろうが何だろうが俺様の奴隷に手を出すなど神でも許さん!」
スラルの声にも、ランスの闘志は微塵も揺るがない。
「面白い人間だ…魔王の力、その身を持って味わうがいい!」
ナイチサが魔王の力を解放した、それだけで誰もが戦意を喪失する。
命を削られて尚、魔王はその力を十分に持っていた。
そしてその重圧はランスにも向けられる。
「ぐぬぬ…こいつが魔王か。スラルちゃんよりも絶対強いぞ」
「そのようだ。どうやら我は魔王としてはそこまで強くは無かったようだな。無論、我でも地上の生命体を絶滅させる事は出来ただろうが」
ランスはその重圧の中でも戦意を消さない。
魔王だろうが神だろうが、ランスの邪魔をする者は等しく敵であるからだ。
「ファイヤーレーザー!」
ジルの放った魔法がナイチサの無敵結界に阻まれる。
ジルは震える体に活を入れて、必死にナイチサを睨む。
本音を言えば逃げ出してしまいたいが、逃げれるとは思えないし、何よりもランスが側に居るのだから逃げるなんて出来ない。
魔法の一撃を受けたナイチサはその威力に笑みを浮かべようとして、古傷が痛むのを感じていた。
(クッ…この人間の男…この女の支えか。この男を殺せばこの女は折れる…だが、それではいかんのだ)
後継者…ジルにはあくまでも『人間の手』で人類に絶望してもらわなければならない。
そのためには、この男には人間の手で死んで欲しくはあるが…
(私がこの男を殺しても私の望む未来にはなるまい。忌々しいものよ…)
魔王ナイチサにはもう時間が無い…その一番の理由は、誰もが知らない事では有るが既に時期がずれてしまっているのだ。
本来の歴史であれば、ジルは既に犯され、四肢を切り落とされ死の寸前だった。
だが、人間への強い恨みを感じ取った魔王ナイチサがそれを見つけ、ナイチサはジルに己の血と知識を託してこの世界から消えた。
しかし、ランスが関わり、ジルの運命が変わった結果、ナイチサが後継者であるジルを見つける時間が大幅にずれてしまった。
それ故に、魔人トルーマンはジルが魔王となる前に死亡し、ナイチサもまた本来の歴史よりもジルを見つけるのが遅くなった。
そしてその時間魔王ナイチサの古傷を蝕み、気を抜いてしまえば直ぐにでも死ぬくらいにナイチサを追い詰めていた。
「ケッセルリンク…! この男を抑えよ…! その使徒もだ! 人間を動かすな!」
自分の死をはっきりと悟ったナイチサは、とうとう強硬手段を取るしかなかった。
少なくとも、何の知識も渡せずに新たな魔王を作るよりは、少なくとも今自分が新たな魔王に知識を渡した方がいい。
その魔王が自分の知識を役立てるかどうかは分からないが、それでも何も知らない魔王に継がせるよりは遥かにマシだと判断せざるを得なかった。
「なっ…ぐおっ!?」
ケッセルリンクの名前が出た事に驚いていたランスに強い衝撃が走る。
ケッセルリンクの強烈な一撃がランスの胸に突き刺さったのだ。
幸いにも鎧の部分に当たったので死ぬことは無いが、それでもその一撃はランスにダメージを与えていた。
そのままケッセルリンクはランスを羽交い絞めにする。
「すまないランス…魔人である私は魔王の命令には逆らえない」
「ケッセルリンク! お前は俺様の女だろうが! そんなの気合で何とかしろ!」
「無茶を言うな! 私はお前を殺さないようにするので精一杯なんだ…!」
ランスは何とかケッセルリンクを引き剥がそうとするが、ランスの腕力を持ってしても全く外れる気配は無い。
「ケッセルリンク!」
スラルがケッセルリンクの名前を呼ぶが、
「申し訳ありません…スラル様」
ケッセルリンクは悲痛な顔でスラルに謝るしかない。
「ちょっとケッセルリンク!」
そこにレダがケッセルリンクに攻撃を加えるが、無敵結界の前にそれは弾かれる。
だが、ケッセルリンクの力が緩み、ランスはそれを見逃さずに力ずくでケッセルリンクの手から脱出する。
「相変わらず凄まじい力だな。手加減は全くしてなかったのだが…しかし、魔王の命令だ。殺しはしない…だが、皆には動けなくなってもらう」
「何だと!?」
ケッセルリンクの体から闇が広がり、それはランスだけでなく、ケッセルリンクの使徒とも戦っていた者達をも包み込む。
「な、なんだこれは!?」
その闇は意識を持っているかのようにランス達を包み込む。
それが何かは分からぬために、ランスは混乱するが、突如としてその闇から攻撃が飛んでくる気配がする。
「うおっ!?」
ガンッ!
ランスの剣に何かがぶつかる音がするが、それが何なのかはランスには分からない。
唯一つ分かるのは、それがケッセルリンクの攻撃であるという事だが、何しろそれが何処から飛んできたのか全く分からなかった。
「な、なんだこれは!?」
「この闇よ! この闇こそがケッセルリンクなのよ!」
「な、何だと!?」
「これが『夜の女王』であるケッセルリンクの本当の力よ…魔人四天王のね」
「そういう事だ…すまない、ランス」
ケッセルリンクは謝罪しながらも、的確にランス達を無力化すべく攻撃を重ねてくる。
「きゃあ!」
「ううっ…」
「そんな…」
「これが…魔人四天王の力…」
ハンナが、キャロルが、クーが、ドロシーがケッセルリンクの攻撃を受けて倒れていく。
「ぐぬぬ…ずるいぞケッセルリンク!」
ランスは見えない攻撃を何とか防ぐ。
「それはこちらの言葉だ。この私の闇の一撃を防ぐお前の方がおかしいぞ。前から思っていたが、お前の力ははやり人間の範疇を超えているな」
闇がランス達の体から離れると、それは人の形となってランスの前に姿を現す。
そこにいたのは間違いなく魔人ケッセルリンクだ。
「お前達、この者達を被害の出ない所にやってくれ」
「はい、ケッセルリンク様」
ケッセルリンクの使徒達は、倒れて動かないハンナ達を担ぐと、戦いの範囲の及ばないところに優しく下ろす。
「ランス様…!」
そして闇が晴れて、ランスはようやくジルの姿を確認する。
そこには、男達に迫られているジルの姿があった。
「貴様らー! それは俺様の奴隷だ! 貴様ら如きが俺様の奴隷に手を出すなど100万年早いわー!」
「へっ! 俺はお前の事が嫌いだったんだよ! お前の奴隷は俺達が奴隷らしく可愛がってやるよ!」
「てめえはそこで黙って見てればいいんだよ!」
「この…業火炎…」
ジルが魔法を放とうとした時…ランスもスラルとんでもない光景を目にする。
それは宙を舞うジルの両手…ジルの腕は放物線を描いて、ランスの足元へと落ちる。
「うわあああああああ!」
「貴様あああああああ!」
ジルの絶叫とランスの怒りの声が木霊し、ランスは真っ直ぐに魔王の所に向かおうとするが、
「ダメだ、ランス…!」
ランスの前にケッセルリンクが立ち塞がる。
「ケッセルリンク! お前!」
「ランス…!」
ランスは怒りのままにケッセルリンクに詰め寄ろうとするが、それはケッセルリンクの顔を見たことでその怒りが一瞬消える。
ケッセルリンクは涙を流していた。
それが、ランスを一瞬沈める事となったが、ジルの姿を見て直ぐにそれが爆発する。
男達はジルの腕が飛ばされたというのに、全く意にも介さずにジルを犯すべくその服に手をかける。
(あいつら…もう正気じゃない! 完全に狂気にのまれている!)
普通の人間ならば、魔王が側に居れば正気に居られるはずがない。
あの男達は、最早自分が何をしているかも分かっておらず、ただただ己の欲望のままに動いているだけだ。
「どけ! ケッセルリンク!」
ランスは真っ直ぐにケッセルリンクに突っ込んでいく。
ケッセルリンクもそれを迎え撃つべく、その手に剣を構える。
ランスとケッセルリンクの剣が交差し、激しい火花を散らせる。
(ランス…!)
ケッセルリンクは改めてランスの剣の腕に舌を巻く。
あの時味方としてはあれほど頼もしかったランスの剣が、今は非常に脅威だ。
(手加減して抑えられる相手ではないか…!)
剣の腕前だけならば魔人である自分をも凌駕している。
ケッセルリンクは再びその身を闇へと替えて、ここからの光景をランスに見せぬべく、本気でランスを気絶させようとする。
ここからの光景は絶対にランスには見せたくない…その思いから、ケッセルリンクは本気を出した。
しかし、そんなケッセルリンクの思いとは裏腹に、ランスもまた本気でケッセルリンクを退かしてジルの所に行こうと剣を振るう。
自分の攻撃は見えないはずなのに、ランスの剣は的確にケッセルリンクの攻撃を防ぐ。
それどころか、無敵結界の上から的確にケッセルリンクの体を捉えてた。
(まさかこれほどとは…相手になって、ランスの力を改めて理解する…カミーラが本気でランスをねじ伏せようとする訳だ)
物理でランスを止めることは出来ないので、魔法でランスを止めようとするが、
「ケッセルリンク!」
その魔法をレダが防ぐ。
魔法は避けられないが、防ぐ事は可能だ。
そしてレダの防御力はそれこそずば抜けている。
ケッセルリンクが再び闇から人型に戻った時、ジルは既に男達によって犯されようとしてた。
「ランス様…!」
「貴様等ー!」
そしていよいよと言わんばかりに男達の顔に嘲りの表情が浮かんだ時―――男の頭に矢が突き刺さる。
同時に残りの人間の体が炎に包まれ、焼き尽くされる。
「まーおー!」
「まおーさん!」
ケッセルリンクの使徒にやられて気絶した振りをしていた加奈代が矢を放ち、残りの男は大まおーが灰にする。
それを見てエルシールが密かに安堵のため息をつく。
(加奈代とまおーさん…何とか分かってくれた…)
加奈代と大まおーはエルシールとシャロンの二人で相手をしたが、勿論露骨に手加減はした。
そしてその意図を加奈代と大まおーは汲んでくれたようだ。
魔王ナイチサは己の目的が邪魔されたことに、露骨に怒りの表情を浮かべる。
それはもう自分の寿命が間近だという焦りと、ここまで自分の思惑を邪魔する人間達への怒り。
「人間共が!」
「やかましい! 俺様の奴隷に手を出す奴は絶対に許さん! 何が魔王だ! お前が魔王なら俺様は主人公だ!」
ランスはケッセルリンクの一瞬の隙を突き、魔王へと向かっていく。
「超スーパーウルトラ鬼畜アターーーーーーック!!!」
それはランスの持つ必殺のランスアタックを上回るもう一つの必殺技。
ランスアタックを連続で放つ、自分の体にも副作用が出るほどの技だ。
ゼスでの戦いから鬼畜アタックも安定してきたが、ランスの剣の腕が上がってからは更に制御が難しくなったため、これまではほぼ封印状態だった。
しかし目の前にいる、ジルを傷つけた奴に対してはそんな事はもう言ってられない。
何故なら、ランスは自分の奴隷が傷つけられるのは、何よりも許せない事なのだから。
「ぬうっ!?」
その連続で放たれる一撃にはナイチサも驚く。
たかが人間が、まさかこれほどの威力の攻撃を放つなど考えてもいなかった。
そしてその衝撃はナイチサの古傷のあたりにも的確に当たる。
勿論本来であればそんなものは蚊に刺されたほども感じないだろうが、最早体が限界にあるナイチサにはそれでも十分だった。
「死ねーーーーーー!!」
「調子に乗るな…! 人間が!」
ナイチサの手から風が放たれ、ランスの体が吹き飛ばされる。
魔王の風…ただ魔王が風を起こしたというだけでも、人間の体をバラバラにする威力がある。
しかし、ナイチサの体に限界が近いことも有り、ランスを殺すには至らないが、それでもランスはその衝撃で動けなくなる。
「ケッセルリンク…その男を押さえていろ。次に動くことがあれば殺せ」
その言葉に従い、ケッセルリンクはランスを抱き起こすと、そのままその首に手を回す。
「ランス、動くな。次に動けば私はお前を殺すことになる。それだけは絶対にさせないでくれ…!」
ランスの体ももう限界に近い状態ではあるが、それでもランスの強い意思はその体を動かそうとする。
何とか動こうとするが、悲痛なケッセルリンクの声を聞いて動けなくなる。
レダもまた、ランスがケッセルリンクに捕まっているために動けない。
「さあ、我が後継者よ…我が血を受け取れ。そして次なる魔王となるのだ…」
「…!」
ナイチサがジルの頭を掴み、ジルに己の血を与えようとするのを、ジルは必死で体を動かして逃れようとする。
(まだ足がある!)
ジルはその足でナイチサの体を退けようとするが、無敵結界に阻まれる。
「うるさいな」
「あ…ああああああああ!」
そしてナイチサは、何の感情も見せずにジルの両足を吹き飛ばす。
ジルは絶叫するが、そこにナイチサの血が注がれようとする。
「まーおー!」
大まおーが巨大な鎌を振るい、ナイチサに攻撃をするが、それは無敵結界に阻まれる。
尚も大まおーは攻撃を続けるのをナイチサは鬱陶しそうに手を振ると、大まおーの下半身が弾け跳び吹き飛ばされる。
「まおーさん!」
「まおー!」
加奈代とスラルの悲鳴が響く中、とうとうナイチサの血がジルに注がれる。
「うわあああああああああ!」
ジルの絶叫が響き、ランスは何とか体を動かそうとするが、ケッセルリンクの力が強くて動かせない。
そんなランスの顔に、何かが垂れて来る。
ランスが見上げると、そこには涙を流しているケッセルリンクの顔がある。
その顔は怒りと悲しみに彩られており、それを見てランスはケッセルリンクは完全に不本意だったと理解せざるを得ない。
(あいつか…絶対に許さん!)
ランスは怒りに震えるが、その力の前には体が全く動かない。
下手に体を動かせば、ケッセルリンクはランスを殺してしまうのは分かっている。
何とかしようにも、どうにも出来ない状況にランスはどんどんと怒りを募らせていった。
しかし、突如としてその怒りが吹き飛ぶ。
それは目の前に魔王ナイチサ以上の凄まじいプレッシャーを感じたからだ。
そしてランスはそのプレッシャーには覚えがある。
ケッセルリンクの手が完全に緩み、ランスは何とか起き上がる。
「あ…そ、そんな…」
スラルが絶望的な声を出す。
そしてランスはその目でハッキリと見る。
自分の奴隷であるジルが…魔王ナイチサによって四肢を斬られたジルがその足でしっかりと立っているのを。
「…!」
その姿にランスは絶句する。
ランスはその姿に見覚えがあった。
忘れもしない、あれはリーザス城で初めて出会った絶対的な脅威。
ジルはランスの方を振り向いた時、その顔にはっきりとした驚きが現れる。
青い美しい髪に、異形の手足。
それこそが、リーザス城で戦い、最後は異空間で戦いランスが倒したはずの魔王。
あの時はまるで少女のようなサイズだったが、その人を超越した美しさ、そして恐ろしさは変わらない。
いや、あの時よりも明らかに増している。
「まさか…ジルちゃんか!?」
今ここに、新たな魔王が現れる。
それこそが、ランスと最も因縁があるであろう魔王…第5代魔王ジルが生まれた瞬間だった。
寄り道しまくりだったNC期がようやく終わりました
これからが本当の地獄だ