ランス再び   作:メケネコ

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復活の魔王

 魔王―――それはこの世界の頂点に立つ存在であり、24体の魔人とこの世界の魔物の全てを束ねる絶対的な存在。

 ランスは一冒険者でありながら、その魔王とは奇妙な縁を持っている。

 ランスの時代…LP期における現魔王である来栖美樹。

 そしてランスが戦った魔王ジル。

 魔王ジルに関しては、ランスが使用している魔剣カオス、そしてそのカオスの仲間であるカフェ・アートフルから話を聞いていた。

 ジルが魔王の時代では、人が人として扱われず、人は皆息を潜めて暮らしていたと。

 まさに人間にとっての暗黒の時代であり、その暗黒の時代を何とかしようとしていたのがカオスやカフェ…そしてランスが知っている日光だ。

 その魔王ジルはヘルマンのリーザス侵攻の際に、魔人ノスの力によって蘇り、結果ランスが何とかジルを倒す事で終わりを告げた。

 確かに後になってからもったいなかったとも思ったし、何よりもランスに縋るように向けられたその手は今でも覚えている。

 だが、ランスはシィルの手を取り、ジルの手を振りほどいた。

 魔王ジルの冷酷さを感じ取っていたという事もあるが、何よりも魔王ジルが現世に戻った時には大変な事になるのは分かっていた。

 あの時はジルの予想外の事があったからこそ、ジルを倒すことが出来たのだ。

 そう…ランスにとっては魔王ジルは過去の事であり、もう終わった事だった。

 しかし、今ランスの目の前に居るのは、間違いなく魔王ジルだ。

 ランスが女の事を間違うなど、ありえない事だ。

「ラン…ス」

 魔王ジルがその口から声を出す。

 それだけでランスは己の口が歪むのが分かる。

 その声は間違いなく、あの異空間でランスを呼んだその声と同じであり…そしてランスの奴隷であるジルと同じ声だった。

「魔王…」

 目を覚ましたハンナ達が、呆然とした顔でジルを見る。

 彼女達も分かってしまった。

 ジルが…共に魔人と戦い、そして魔人を倒したはずの彼女が、魔人を統べる魔王となってしまった事を。

「…彼女の意思じゃない…でも…」

 ドロシーの言葉に誰もが何も言う事は出来ない。

 例えジルが望んでいなくとも、彼女が魔王になったのは現実なのだ。

「…おいジル。お前、何で俺様に断りも無く魔王なんぞになっとるんだ」

 ランスの目は普段と違い、どこまでも真剣だ。

 そこから発せられるのは、明らかな怒りだ。

(ランス…)

 スラルはランスの顔を見て驚く。

 あのランスが、感情豊かで喜怒哀楽が大きいあのランスが、全くの無表情になっているからだ。

(これが…ランスの本当に怒り…)

「何をやっとるんだ貴様ーーー!!!」

 そしてランスは剣を構え、一目散に魔王の所―――元魔王である、ナイチサへと向かっていく。

 その速度は非常に速い…が、そんなのは魔王にとっては意味の無い事だ。

「ぐおっ!?」

 ランスの足元が爆発し、ランスが吹き飛ばされる。

 それは極限までに手加減された魔王の一撃だ。

(そんな…ジルはまだ魔王になったばかりなのに…もう力を使いこなしている!?)

 手足が再生しているのもそうだが、ジルの力にスラルは驚く。

 確かに頭の良い人間だし、その魔法力、そして応用力はスラルも感心するほどだった。

 だが、それでも魔王になった直後に、これほど繊細な一撃を放つことにスラルは舌を巻く。

 これに比べれば、自分は『魔王』としての力が大分劣っていたと思い知らされる。

「魔王様…新たな魔王の誕生をお喜び申し上げます」

「「「「お喜び申し上げます」」」」

 ケッセルリンクが魔王ジルに跪き、そしてその使徒達も同じように跪く。

 魔人は魔王の下僕であり、絶対に逆らうことの出来ない主だ。

 だが、ケッセルリンクはその下げた顔の下で涙を流す。

(私は…ランスの大切なものを奪ってしまった…いや、ランスだけじゃない。ジルの大切なものまでも…私がランスの子を殺してしまった…)

 ジルはランスの子を妊娠していた。

 だが、魔王となった以上、その子供は魔王の血に耐えられず死んでしまっているだろう。

 それはランスの子供を殺す事に加担してしまった事を意味していた。

「ラン…ス」

 ジルはそんなケッセルリンクの事など眼中に無いように、真っ直ぐにランスへと向かっていく。

「ランス!」

 スラルはランスの名を叫ぶが、ランスは無表情にジルを見ているだけだ。

「俺様はランス『様』だ。それも忘れたか。主人を呼び捨てにするなどとんでもない奴隷だ」

 ランスの口から出たのは、何時もの様な軽口だ。

 だが、その言葉にどんな感情が宿っているのか、スラルにも分からない。

 ただ、ランスの中にあるのはとてつもない怒り、そして戸惑いがあるのは分かる。

(ランス…何かを隠している? 『魔王ジル』の事を知っているような気がする…前にランスは『俺様は魔王を倒したことがある』って言ってたけど、そんなの本気にしなかった。でも…)

 ランスのこの態度にはスラルは違和感を感じた。

 まるで旧知の敵…いや、それとも違う複雑な関係の存在と相対したかのような感じだ。

「ランス…私のモノとなれ。お前は魔人として私の側に…」

 そういうジルの顔はどこか虚ろで、目の前にいるランスを本当に見ているか怪しくなる。

 だが、そんな魔王の問いかけにハンナ達は背筋が凍る思いをする。

 魔人になる、それは魔王の下僕となる代わりに、永遠の命を授かるという事でもある。

 それは人間にとってはまさに夢のまた夢…先に戦った魔人トルーマンのように、魔人になれば好きな事が出来ると言っても過言では無い。

 そして女の言葉に弱く、正に欲望の化身とも言えるランスなら、その言葉に頷くと誰もが思った。

 しかし、

「フン、俺様が誰かのモノになるなどありえん事だ。魔人だろうが何だろうが、俺様を支配するなど百年早いわ!」

「…なら、100年後ならばいいのか?」

 ジルは少し笑いながらその手に凄まじい魔力を宿す。

 ランスはそれを見て背筋が凍る。

 その魔力は、JAPANで感じた感覚に酷似している。

 即ち、シィルが魔王の氷に閉じ込められた時と。

 ランスの予感は当たり、ランスの直ぐ隣に凄まじい氷の塊が現れる。

「うおっ!?」

「うっ…!」

 ランスが驚くと同時に、ジルが頭を押さえて俯く。

「む、ジル?」

 この世界の魔法は他の対象に当たらない限り、確実に命中する。

 どんなに理不尽だろうが、それがこの世界のルールなのだ。

 それが外れたという事は、即ち魔王が外したという事に他ならない。

「ランス様…」

 ジルの目が明滅し、ランスに助けを求めるかのように、その手を伸ばす。

 ランスはジルに駆け寄ろうとした時、凄まじい魔力がランスに向かって放たれ、それがランスに当たる前にレダが何とか飛び込んでそれを防ぐ。

 が―――その威力はエンジェルナイトであるレダの防御を容易く貫き、レダの体に大きな傷を作る。

「あぐっ…」

 レダはその傷の痛みに呻きながらも、何とか自分の体に回復魔法をかける。

 魔法を放ったのは、元魔王のナイチサだ。

 ランスの事を忌々しそうな目で見ている。

「貴様ー! 絶対に許さん! ぶっ殺す!」

 ランスはその事で完全にブチ切れた。

 剣を構えてそのまま真っ直ぐにナイチサに突っ込んでいく。

「スラルちゃん! やるぞ!」

「やるぞって! あーもう!」

 ランスの剣から離れられない以上、スラルはランスと一蓮托生だ。

 本当ならば、どんなに無謀かもしれないけれども逃げる事を言わなければならないはずだ。

 それこそが、自分がランスに出来る正しい意見のはずだ。

 だが、それ以上に、ジルを魔王へと変えたナイチサへの怒りが存在している。

 魔王はランスから大切なものを奪った。

 そう、『魔王』という存在が奪ってしまったのだ。

「人間…貴様はもう死んでいい」

 ナイチサは向かって来るランスを忌々しそうに睨む。

 既に目的を果たした以上、ランスの存在は最早邪魔でしかない。

 魔王の血が抜けた事で、ナイチサからは魔王としての力は無くなってしまったが、まだその強靭な肉体は残されていた。

 なのでまだまだ人間程度には負けるはずは無い―――はずだった。

「ぐっ!」

 ナイチサは動こうとして、胸の古傷を押さえる。

(傷が…開いたか…)

 それはかつて勇者からつけられた、未だに癒えない傷跡。

 魔王で無くなった事で、その傷がついに完全に開いてしまった。

 元々魔王としての寿命が切れる寸前であった事も重なり、ナイチサは目の前の光景が揺らいで見える。

「ケッセルリンク! あの人間を…」

 昔のように、魔人に命令を下そうとして、ナイチサはその言葉を飲み込む。

 今の自分は魔王では無く、元魔王である人間に過ぎない。

「絶対に殺す! ラーンスアターーーーーック!!」

 ランスは体勢を崩したナイチサに向かってその必殺の一撃を放つ。

「調子に乗るな…! 人間!」

 ナイチサは心臓を目がけて振り下ろされるランスの一撃を左腕で受け止める。

 ランスの剣がナイチサの腕に食い込み勢いよく血が噴き出るが、その腕の半ばでランスの剣が止まる。

「ぐぬぬぬぬ…!」

「人間…が!」

 ランスとナイチサは剣と腕を挟んで睨みあう。

 ランスはまさか自分の剣が生身の腕で防がれるとは思わなかったが、すぐさまその剣を構えて再びナイチサに斬りかかる。

 ナイチサの強靭な肉体はランスの剣を受けてもびくともしない…はずだった。

 しかし、ランスの一撃はナイチサの皮膚を切裂いて血を噴出させる。

 そして、ランスの剣が当たるたびにナイチサの体が悲鳴を上げる。

 それは魔王の血を失った事による急激な体力の低下だ。

 更には勇者から受けた傷口が完全に開き、ナイチサは忌々しそうに舌打ちをする。

「死ぬがいい…!」

 ナイチサの腕がランスの首に向けられるが、ランスはその腕を避けて更に剣を放つ。

 そしてランスはまた不思議な感覚に陥る。

(なんだこりゃ…)

 今のランスにはナイチサの動きが手に取るようにわかる。

 確かにナイチサの肉体は硬いし、その魔力も凄まじい。

 しかし、ナイチサは戦いにおいての動きが鈍い。

 勿論負傷もあるだろうが、それ以上にナイチサの動きが素人の様にランスは感じた。

(ランス…どうなってるの?)

 ランスの剣の中に居るスラルだからこそ、今のランスの力を理解出来た。

 元魔王であるナイチサが目に見えて押されていた。

(ナイチサには間違いなく古傷がある…それがこの魔王の力を大幅に落としているのは分かる。でもそれでも魔人四天王級の力は残っているはずよ!)

 ランスの剣は確実にナイチサの古傷目がけて繰り出されていた。

 何となくではあるが、ランスは目の前にいる元魔王の弱点が分かっていた。

 まるでナイチサの体に線が走っている様に見え、そこを攻撃するとナイチサはその場所を必ず庇う仕草を見せる。

 それは常に見える訳では無いが、確実にランスの目には見えていた。

「人間…! 貴様本当に人間なのか!?」

 とうとうナイチサの目が見開き、その顔が驚愕に染まる。

「俺様はランス様だ! 死んでも覚えておけ!」

 ついに傷口が完全に開いたナイチサは、ランスの剣を受けて吹き飛ばされる。

「ラーンスアターーーーーーク!!」

「ぐ、ぐおおおおおおおぉぉぉぉぉぉ!?」

 そしてランスの必殺のランスアタックが、ナイチサの古傷…勇者につけられた傷口をさらに抉る。

 それにはナイチサも苦痛からの悲鳴を上げ、ランスを憎々しげに睨む。

 突き刺さったランスの剣をその手でつかみ、押し込まれるのを防ごうとするナイチサ。

 ナイチサに突き刺さった剣を完全に貫通させるべく力づくで剣を押し込もうとするランスが睨みあう。

(ば、馬鹿な…たかが人間が…元魔王である私を追い込むというのか!?)

 ナイチサは必死でランスの剣を止めようとするが、ランスの力はそれを上回っている形でどんどんと剣が押し込まれていく。

 そしてその剣が捻られれば、間違いなくナイチサはそれだけで絶命するであろう傷なのは明らかだ。

 流石のナイチサも冷や汗をかき、ランスはあと一息でトドメを刺せる、そう思った時ランスの体が吹き飛ばされる。

「ぐうぅ!」

 何とかランスの剣が抜けたのはいいが、ナイチサは息も絶え絶えに膝をつくだけだ。

「ランス…私のモノになれ…」

 倒れたランスの首を掴んで、ジルがランスに顔を近づける。

「ジル…お前ご主人様に何という事を」

 ランスは何とか抗おうとジルの腕を掴むが、その腕はランスの腕力をもってしても全く動かない。

 魔王と人間の絶対的な力の差、それが今まさに人間であるランスに向けられている。

 ランスは身近でジルの顔を見て、改めてあの時の…異空間で幼い体を持ったジルの顔を思い出す。

 その目こそ、今のジルがランスを見る目と全く同じだ。

 ランスはその時は、元の世界に戻れないならば、ジルと一緒に居るのも仕方が無いと思ったが、今回は違う。

「俺様は…誰のモノにもならーん! ましてや奴隷が俺様の主人になるなど絶対にありえん!」

「駄目…だ。そんなのは…認めない…ランス…私を…私を一人にしないで…」

 ジルの目が明滅し、ランスを掴む腕が一瞬緩むが、それでもランスはその手から逃れられない。

(全く動かんぞ!? これが本気の魔王というやつなのか!?)

 以前に戦ったジルとはまさにレベルが違う。

 JAPANでリトルプリンセスと対峙した時も、正直戦いにすらなっていなかったし、何よりもここまで魔王に接近する事すら出来なかった。

 これまで戦ってきた魔人とはまさにレベルが違う…これまで数多の魔人と戦ってきたランスだからこそ、魔王の力を理解していた。

「ランス…」

 ランスの首に回された手がランスの頭を掴み、とうとうジルはランスの口を己の口で塞ぐ。

 そしてすぐさまランスの口内にジルの舌が入ってくる。

 少したどたどしくはあるが、ジルは必死にランスの舌に自分の舌を絡める。

 その控えめで有りながらも、ランスの事を求める動きはまさにランスの奴隷であるジルと全く同じだ。

(いかん! 何か前もこんな事があったぞ!?)

 あの時は魔王だった頃のスラルにもこんな事をされた。

 そしてそれこそが、魔王の血を与える予備動作だという事も分かっていた。

 何とか引き剥がそうとしても、ジルの手は全く動かない。

(ヤバイヤバイヤバイ! 超ピンチだぞ俺様!?)

 スラルの時もそうだったが、魔王の力には全く抗える気がしない。

 このままランスは成す術も無く魔人にされてしまう。

 ランス自身もそれを覚悟した時、

「ジル! 止めて!」

 スラルがランスの剣の中から姿を現す。

「お願い! ジル! 私と…私と同じ事をしないで!」

 霊体故に触れれないはずだが、それでもスラルはジルの手を必死で掴もうとする。

 だが、スラルの手はジルの手に触れることは出来ず、ジルの行動を止める事が出来ない。

「ジル様!」

 ケッセルリンクは何処か縋るような顔で主であるジルを見る。

 そんなケッセルリンクを見ても、ジルはただ笑うだけだ。

 だが、そこにあるのは以前に見た、ランスの子を妊娠した時の慈愛の笑みではない。

(これが…魔王だというのか…!)

 今のジルの顔はケッセルリンクは一度見たことがある。

 それは忘れもしない、自分を魔王にしたスラルがランスを魔人にしようとしたのと同じ笑み、そして同じ行動だ。

「ダメだ…ランスは魔人にする…そうだ…そうすれば…」

 そうすれば、の後の言葉は小さくて誰にも聞こえない。

 だが、一番近くに居たスラルだけはその呟きが聞こえていた。

 それはかつて自分がランスに望んだ一番の事。

『ずっと一緒に居られる』、ジルを突き動かしているのは今はそれだけだ。

「ジル!」

 再びランスに顔を近づけるジルを、スラルは必死で止めようとする。

「炎の矢!」

 ジルに向かって魔法を放つが、それは魔王の持つ無敵結界に阻まれる。

 だが、それでもスラルは魔法を唱えるしかなかった。

 魔王は決して止められない事は分かってはいるが、それでも何とかしなくてはならない。

「…うるさいな」

「あぐっ!」

「スラルちゃん!」

 ジルが鬱陶しそうにスラルに魔王の風を浴びせる。

 それは魔王にとっては腕を振るった動作にしか過ぎないが、スラルはそれだけで己の体がバラバラになりそうな衝撃を受ける。

 霊体であってもそんな事は魔王に関係ない。

 スラルは何とか意識を留め置こうとするが、目の前が真っ白になってしまう。

(ダメ…魔王は止められない…)

「ラン…ス…ジル…」

 レダも何とか立ち上がるが、ナイチサから受けた一撃の衝撃が大きく、体から血を流しながら何とか立っているような状態だ。

「待って下さい! ジル様!」

 そこで声をかけたのはパレロアだ。

「………」

 ジルはその目に若干の怒りを宿し、パレロアを見る。

 しかしパレロアはそんな魔王の視線にも全く怯まない。

「ジル様の子は…子はどうなったんですか」

 その言葉に事情を知らない者が目を見開く。

 ジルはその言葉にランスを押さえていた右手を自分の腹に当てる。

「感じないんだ…私の中にいたはずの命を。ランス…お前と私の子の命を…」

「な、何だと!?」

 ジルの告白にランスは本気で驚く。

 ランスとしては常に避妊魔法をかけていた…つもりでいたが、魔人との戦いもありすっかり忘れていたこともある。

 常にシィルがかけていたが、シィルがリトルプリンセスの手で氷付けになってからは、その避妊魔法の事はすっかり忘れていた。

 山本五十六がランスの子を産み、そしてパステル・カラーもリセットを生んだ。

 そしてリアがランスの子を妊娠し、ヘルマンの戦いでは戦姫がランスの子を妊娠した。

 だからこそ、避妊魔法の事もあれから考えてもいなかったが、まさかジルが妊娠をしているなど思ってもいない。

「だから…ランス。私に新たな命を…また私に新たな命を宿させてくれ…」

 ジルの言葉にランスは言葉を失う。

(…何だと? 今ジルは何と言った? 俺様の子だと? そしてそれがいなくなっただと?)

 ランスにとってはそれは信じ難いことであり、同時に凄まじい怒りがランスの体を駆け巡る。

(誰が殺しやがった…そうだ。あいつだ)

 ランスの視線の先には荒い息をついているナイチサの姿がある。

(あの男はジルの手足を潰しやがった。そして魔王なんぞにしやがった)

 そうだ、ジルの美しい手足は千切れ、今は異形の黒い手足が生えている。

 そしてジルの手足は今も転がっている。

 その指には、ランスとジルが電卓キューブで手に入れた指輪が嵌められている。

「………うがぁぁぁぁぁぁぁ!!!」

 ランスは渾身の力を込めてジルの手を引き剥がそうとする。

「ランス…!」

「離せジル! 絶対に許さん! 絶対に殺す!」

 ランスの怒りを見て、ジルは嬉しそうに微笑む。

「そうか…ランス…ならば魔人となれ…私と共に生きてくれ…」

 ジルが再びランスの顔に口を近づける。

 そこにあるのは間違いなく魔王の血だ。

 それがランスの体の中に入れば、ランスは魔人となってしまう。

(ダメだ…ランスは魔人にしちゃダメだ…)

 スラルは何とか体を動かそうとするが、既に指一本動かすことが出来ない。

 レダも立っているのがやっとで、動ける状態ではない。

(ここまで…なのか…)

 スラルが唇を噛み締めていると、

「まーおー!」

 下半身を吹き飛ばされたはずの大まおーが起き上がり、ジルへとその鎌を振るう。

 ジルは当然その鎌をその手で払う。

 吹き飛ばされた大まおーがスラルの方に転がってくる。

「まおー!」

「………まーおー!!」

 大まおーはそのピンク色と愛らしい顔に何かを決意したかのように表情を引き締める。

 その表情もまた愛くるしいのだが、突如として大まおーがスラルに抱きつく。

「…え?」

 そのつるつるとしていながらも柔らかい感触に、スラルは思わず声を出してしまう。

「まおー!」

 そして大まおーが一つの人形のようなものを口から吐き出す。

(これは…私が昔収集したアイテムか?)

 スラルは魔王時代にこの世界にあるアイテム…バランスブレイカーを集めていた。

 中には使われれば脅威になるようなものもあり、それが自分に向けられる前にスラルは厳重に管理していた。

 そのうちの一つがこの大まおーが入っていた壷であり、そこから現れた謎の物体である大まおーのせいで、自分の城が壊れたことも最早懐かしい。

 そしてそのうちの一つに、何に使うか全く分からないアイテムが何個か存在していた。

 大まおーが吐き出したのはその内の一つだ。

「まーおー!」

 大まおーから強大な魔力が湧き上がると、その人形が徐々に人間サイズの大きさに変わっていく。

「…え?」

 スラルはその人形を見て目を見開く。

 そこにあったのは、間違いなく魔王であった時の自分の姿があったからだ。

「まーおー!」

「まおー?」

 スラルは大まおーの言葉を理解する。

(そうだ…悩む必要は無い。今、この状況を何とか出来るなら、我が何とかしなければならない…この状況を作った者の一人として!)

 スラルの霊体が人形の中に吸い込まれると同時に光が放たれ、同時にスラルの体には重さが宿る。

 そしてその足には自分が地に足をついている感触がしっかりと感じる。

(これは…ラ・バスワルドの力か? いや、それもあるが…そうか、ランスの体の中にほんの僅か…それこそ1%に満たない量で残っていた我の血が…魔王の血が反応しているのか!)

「な…ス、スラル…様?」

 ケッセルリンクは信じられないといった顔で目の前の現実を見る。

 そしてランスもまた驚愕の顔でスラルを見る。

「ジル…ランスは最初に我が望んだ男だ。だから、まだお前に渡すわけにはいかない」

 そこに居たのは、第3代魔王であり、魔王の血に耐えられずに消滅したはずの魔王スラルだった。


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