ランス再び   作:メケネコ

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戦いの終わり

 スラルにはランスには内緒にしている事がある。

 勿論それは誰だって人に内緒にしている事がある、という範囲内でだ。

(実体化か…それは何となくだが光が見えてきたか…)

 幽霊であるスラルには物体に触れる事は出来ない。

 以前にハニーキングの力で実体化してからコロッケを作らされたが、流石にあのハニーキングは論外だ。

 多分では有るが、ハニーキングは魔王とも互角に戦える存在なのではないかと思っている。

 だからこそ、スラルも魔王であった時はハニーには干渉をしようとは思わなかった。

 ただ、ハニーで唯一の魔人であるますぞえだけは魔王として接触はしたが、結局は碌な返事も貰えなかった。

 それはともかく、そんなハニーキングの時以外での実体化は出来ないか、それはスラルにとっても中々良い研究になった。

 勿論研究は中々進まないが、それもまた良いとも思っていた。

 正直難しいとは思っていたし、何よりもランスが自分のために世界を巡ってでも自分の体を何とかしようとする気持ちが嬉しかった。

 しかし、ある時を境にそれは現実味を帯びてしまった。

 それこそが、破壊神ラ・バスワルドの力の欠片をこの剣が取り込んでしまった時だ。

 剣の中にあるのはラ・バスワルドの力の本当に僅か…それこそ1%あるかないか程度のものだろう。

 だがそれでも、それは一人の人間が扱うにはあまりにも大きな力だ。

 最初はそれを使って魔人の無敵結界を無効化出来ないかと考えた。

 ランスは体質的に強者…特に魔人と出会う事が多い。

 カミーラのように無敵結界を解いて戦ってくれる魔人など存在しない。

 だからこそ、その時のために無敵結界を斬る事の出来る力が必要だ。

 ランスは何でも『魔剣カオス』という無敵結界を斬る事の出来る剣を持っていたらしい。

 最初はそんな剣は存在するはずは無いと思っていたが、ランスと一緒に行動する内にランスの言葉がどんどんと信じられるようになってきた。

 あまりに滑稽な話ではあるが、確かにランスはカミーラの事を知っていたみたいだし、魔人ザビエルとその使徒の事についても知っていた。

 他にも色々とあったが、やはり無敵結界をどうにかする手段は用意しなければいけない、というのがスラルの結論だった。

 最初にその理論を実施できたのは、魔人レキシントンの戦いの時だった。

 以前から練習はしてはいたが、それでもレキシントンとの戦いでは一太刀が限界だった。

 ランスの剣の技に、スラルの魔法の技術が追いついていないのだ。

 だからこそスラルはその技を独自に研究していたが、その過程の中である一つの可能性を思いついた。

 それこそが、自分自身の実体化だ。

(ランスの体の中には、我が残した魔王の血が残っている…その血と、このラ・バスワルドの力を使って、仮の肉体は作れないだろうか?)

 思いついたからには、実験をせずにはいられなかった。

 勿論全く上手くいかなかったのだが、それは何か足りないパーツが存在しているのだろうと結論付けた。

 そして今―――驚愕の顔でこちらを見ているケッセルリンク、そしてランスの顔がある。

「ジル…ランスは返して貰う。魔王となったお前にランスを渡す訳にはいかない」

 自分を睨むスラルの顔を見て、魔王ジルは笑う。

「魔王スラル…という訳か。だが…そんなもので真の『魔王』に勝てると思っているのか?」

「いいや思わないさ…だが、お前にランスを渡す訳にはいかない。ケッセルリンク!」

 スラルの言葉にケッセルリンクが反応し、ランスを掴んでいたはずのジルの手からランスを助け出す。

 何をどうやったのかは不明だが、それこそが魔人四天王であるケッセルリンクの力なのだ。

「おいケッセルリンク! お前どういうつもりだ!?」

「私にもどうなっているのか分からない! 何故スラル様が現れた? そして何故私は動ける?」

 この状況に驚いているのはケッセルリンクも同じだ。

 ジルからの無言の圧力は、明らかに自分に動くなと命じていた。

 しかし現実には、今はランスの事を助ける事が出来ている。

「ケッセルリンク…ランスを渡せ…」

「渡す必要は無い。お前はランスを守れ、ケッセルリンク」

 現魔王と旧魔王…相反する二人の命令にケッセルリンクが従ったのは、旧魔王であるスラルの言葉だった。

 いや、まるで先程自分の意に反して、ランスと戦ったのと同じように、今のスラルの言葉には絶対に従わなければいけないという絶対的な命令が感じられた。

「本来ありえぬ二人の魔王…どうやら我の方が強制力があるようだ。いや、まだお前が未覚醒だと言うべきか」

「………」

 スラルの言葉にジルは何も答えない。

 だが、その後でその顔に笑みを浮かべる。

「なら…力づくで奪えばいいだけだ…」

「させないわよ!」

 ジルの放った魔法をスラルはバリアで防ぐ。

 が、ジルの一撃でスラルのバリアが歪み、直ぐに破られる。

(流石は現役の魔王か…所詮は一時的に魔王の権力が使えるだけの元魔王では相手にならないか!)

 スラルは自分が魔王だった頃とは大きく…それこそ全盛期の1%程の力しか無い事に歯噛みする。

 分かってはいたことだが、現役の魔王に勝てるはずが無いのだ。

 だが、自分の目的は勝つ事ではないのだ。

「ランス!」

「何だ!」

「ジルを何とかしたいんでしょ!」

「当たり前だ! ジルは俺様の奴隷だぞ!」

 ランスの言葉にジルは少し笑みを浮かべる。

 ランスの戦意は相手が魔王であろうとも全く衰えていない。

 それどころか、ランスは完全にやる気になっている。

(それだけジルが大切か…そうだな、ランスはそういう奴だ)

 ランスは大切なものは絶対に、何があっても守り、それを脅かすものがいれば全力で排除する、そんな人間だ。

 そんなランスが、目の前で苦しむ自分の女が居ておめおめと逃げるような真似をするはずが無いのだ。

「我の時と同じだ! 何とかジルの魂を…その欠片をその剣に取り込む! それしかない!」

「何を言っている! ジルを元に戻す以外の事は許さんぞ!」

「無茶を言うな! このままではジルは完全に魔王の血に飲み込まれる! その前に出来る事をやるしかない! まだ完全に血に飲まれていない今しかチャンスは無い!」

 スラルの言葉にランスは言葉に詰まる。

 ランスは単純ではあるが、馬鹿ではない。

 戦場では他の者からは信じられないほどに冷静で、相手の一瞬の隙も見逃さない抜け目無さを持っている。

 だからこそ、ランスは今の状況を冷静に整理する。

(魔王を倒す…は絶対に無理だな。美樹ちゃんの時のようなヒラミレモンも今は無いぞ。だとすると…)

 思考は一瞬、後は実行をするしかない。

「放せケッセルリンク!」

「分かった。私は何をすればいい」

 ランスの言葉通り、ケッセルリンクはランスを放す。

 それどころか、ケッセルリンクはランスの隣に立ち強い意志の篭った目をジルへと向ける。

「いいのか。魔人は魔王の命令に絶対服従なんだろ」

「今はスラル様の命令が優先されている。魔王に命令に背いている訳じゃないから大丈夫さ」

「だったらまおーの持ってた鎌でジルの魂を引っ張り出す。その後でこの剣で取り込む」

「簡単なようで実に難しい…だが、お前なら必ず諦めないだろう。私も…私も何としてでも彼女を救おう。それこそが、お前の子の命を奪う片棒を担いだ私が出来る唯一の事だ。その後で魔王に殺されようともな」

 ケッセルリンクはそのままスラルの横に立ち、スラルと共にジルの攻撃を防ぐ。

 しかし魔王の一撃は強烈で、例え魔人四天王だとしてもその体にどんどん傷を負っていく。

「全く…まさかランスと一緒に居てこんな目にあうなんてね。ある意味悪魔の監視の方がもっと楽よ」

 傷が癒えたレダがランスの横に並び立つ。

「何だ。もういいのか」

「私はエンジェルナイトよ。人間より遥かに傷の治りは早い。魔人だってそうでしょ」

「そういやそうだったな。お前も一発やって開放したら直ぐに逃げてったからな」

「人間に負けて犯されたなんて、エンジェルナイトとしては恥だったしね…それはそうと、本当にやる気?」

 レダが言うのは、これから魔王と対峙して、彼女の中にあるジルを何とかするという無謀極まりないミッションだ。

 魔王の強さは一般のエンジェルナイトを遥かに上回り、レダ一人程度では魔王に対抗するなど不可能だ。

 それを今から唯の人間であるランスがやろうと言うのだ。

 本来であれば止めなければならないのだろうが、言ってやめる人間ではないことはもう既に思い知っている。

「フン、魔王程度に俺様の奴隷はもったいないからな」

 ランスは落ちている大まおーの持っていた鎌を拾う。

 それは確かに、ランスがJAPANで見たあの大僧正…名前は覚えていないが、あの異常なまでに若々しい外見をしていた奴が持っているのにそっくりだ。

 それを何回か素振りをするが、

「…駄目だな。使い難い」

「当然だけど私も無理よ。悪魔の鎌は使えない」

 ランスはその鎌の使い難さに眉を顰める。

 レダはエンジェルナイト故に、当然悪魔の武器は使えない。

 しかし、ジルを何とかするためにはどうしてもこの悪魔の鎌が必要になる。

「あの…私にやらせて下さい」

「加奈代。言っておくけど今回の戦いでは、あなたまでフォローする余裕は無いわよ」

「分かってます。でも、ジルさんは私にとっても仲間ですからねー。それに、ランスさんはどうしてもジルさんを助けたいんですよね」

 加奈代の言葉にランスは軽く加奈代の頭を叩く。

「あたっ」

「アホか。奴隷の分際で俺様より偉くなるなど、どんな事があろうが許されん事だ」

 ランスの言葉に加奈代は笑う。

「相手は魔王でもランスさんは行くんですよね?」

「俺様の邪魔をするなら魔王だろうか悪魔だろうが神だろうが絶対に許さん。男ならぶっ殺して女はオシオキだ」

「はーい。私も頑張りまーす」

 加奈代は大まおーの鎌を持つが、それは見かけによらず重たい。

 だが、それでも加奈代もジルを助けたいという思いが強い。

 これまで一緒に旅をしてきた仲間であり、そして絶対に口には出さないだろうが、ランスにとっては大切な人だ。

(無駄に散らすはずだった命をランスさんに助けられましたからねー。それくらいの恩返しはしないと。例えランスさんが仕組んだ事でも)

 JAPANでランスに助けられ…たかどうかは微妙な線だが、それでもランスについて来た選択は間違っていなかった。

 ここまで自分の人生が波瀾万丈となったのは、ランスのせいであり、同時にランスのおかげだ。

(それに…ジルさんの幸せが壊れたのは…私も凄い怒ってますしねー)

 ジルはランスの子を授かっていた。

 少しそれらしい兆候はあったかなと疑問を抱いていた程度だが、それでも彼女が失ったものを考えれば、彼女もどうにかしてあげたいと思う。

 それが例え、あの魔王と対峙する事になったとしてもだ。

 どうせ死ぬかもしれないなら、最後まで足掻きたいし、それにランスが側に居れば何とかなるのではないかという思いもある。

「じゃあランス、行くわよ。チャンスは一瞬しかない…加奈代もそのチャンスを絶対に逃しちゃだめよ」

「はーい」

「フン、誰にモノを言っている。俺様は一度魔王を倒した事があるんだぞ。魔王がなんぼのもんじゃー!」

 ランスはそのままジルへと突っ込んでいく。

「ジル! お前はおしおきじゃー! それも一度や二度じゃ許さんからな!」

「ランス…!」

 ランスは強烈な一撃をジルに叩き込む…が、その一撃は無敵結界によって弾かれる。

 魔人に対して衝撃を与えるランスの一撃も、魔王の持つ絶対的な力の前には全く意味が無い。

(うぐぐ…やっぱり魔王は強すぎるぞ。しかも前のジルちゃんよりも遥かに強いではないか!)

 リーザスでジルと戦った時はジルがまだ復活したて…ではあったが、それでも肩が触れるくらいでランスが壁に吹き飛ばされる程の力があった。

 異世界ではランスのレベルが上がりまくった結果、ジルと互角の強さとなったために倒す事が出来たが、そもそも無敵結界がある限りは魔王と魔人にダメージを与える事は出来ない。

「まだ分からないか…魔王と人間の絶対的な力の差が…」

「やかましい! 奴隷が俺様より強くなるなどありえんのだ! とーーーーーっ!!!」

 ランスは悠然と笑うジルに対して、必殺のランスアタックを放つ。

 

 ガンッ!

 

 しかしそれは無敵結界に阻まれるが、ランスはその衝撃を弾き返そうと更に力を込める。

 が、無敵結界は言葉通り、無敵のもの…この世界のルールを作り出した神が生み出した絶対的な力だ。

 それを無効にするためには、やはり同じく神の用意したルールに則って無効にするしかないのだ。

 しかし、今の時代にはカオスも日光も存在していない。

 更には魔封印結界を使える状況にも無い。

(うぐぐ…これでは鎌で斬りつける事も出来んではないか!)

 ランスはこの状況に歯噛みするが、ジルは幸いにもこちらに手を出そうとはしてこない。

 それは魔王としての余裕なのか、ランスに己の力を見せつけるためなのかは分からないが、それだけは幸いと言えた。

(分かっていた事だが、やはり魔王には勝てないか…!)

 スラルはランスが何度も何度もジルの無敵結界に弾かれるのを見て歯噛みする。

(いくら我が魔王の力を戻したと言っても、全盛期の1%にも満たない…確かに人よりは遥かに強いし、今は魔王の権力も使える。だが、それも時間が経てば支配権を奪われてしまう…)

 戦いが長引けば、ケッセルリンクの支配権は間違いなく奪われる。

 そうなってしまえば…いや、そうならなくてもそもそも魔王は一体でこの世界を滅ぼす事が出来る力があるのだ。

 例え魔人が24体揃い、一斉に魔王に反旗を翻そうとも、魔王の前には全く歯が立たない。

 それが魔王という存在なのだ。

「とーーーーーっ!」

 ランスの剣をジルはその手で受け止める。

 それにはランスも思わず驚愕する。

「無敵結界など…無くとも…今はお前の剣を…受け止められる。この腕…一本でな」

 以前に魔王ジルに、ランスの一撃を軽く払われた事はあったが、今のその時よりもランスは更に強くなっている。

 だが、それでも魔王という存在には全く敵わないという事を思い知らされる。

 何しろ無敵結界など無くても、魔王はこちらを容易く倒すことが出来るだけの力を持っているからだ。

「ランス…諦めろ…人間では決して…魔王に勝つ事は…出来ぬ」

 ジルの言葉にランスはそれでも剣を振るうをのを止めない。

 ランスの剣はジルの体に当たるが、それでも全くと言って良い程効果が無い。

 それは魔王の絶対的な耐久力。

 例え技能レベルが3があろうとも、レベルが高かろうとも、魔王という生物とそれ以外の生物とでは埋められない差があるのだ。

「ランス! どいて! ソリッドブラスト!」

 ランスの攻撃を余裕で捌いているジルに対して、スラルは己の魔王だった頃からの必殺技を放つ。

 ケッセルリンクがランスをスラルの魔法の範囲から逃がし、スラルの魔法がジルに直撃する。

「…効果は無いでしょうね」

 スラルの必殺技の余韻が消えた跡には、何一つ傷一つ負っていない魔王の姿がある。

「これが魔王か…」

 己の必殺技が全く効果が無い事に、スラルは冷や汗が垂れる。

「諦めろ…ランス…私のモノになれ…今ならば…全てを許そう」

 ランスも流石に心が折れそうになるのを自覚する。

 これまでどんな強者…魔人や闘神と戦ってきたが、それでもここまでの力の差は感じなかった。

 何より、どんな戦いでも何かしら光明を見出せたのだが、魔王…それも本気の魔王に対しては勝てる気が全くしない。

 それどころか、戦えば戦うほど絶望感が増していくだけだ。

 勝つ必要は無いという事は分かっていても、そこまでの道筋がランスを持ってしても全く見えてこない。

 勝つためにはどんな汚い手段でも平気で使い、周りから卑怯だの卑劣だのと言われても勝てばそれで良かった。

 だが、ここまで勝ちを見いだせない相手を戦った事は無かった。

(いかん、本格的にヤバイぞ)

 今はまだ体力的には余裕があるが、それも魔王の無尽蔵の力の前には無いも同然だ。

 それにジルは言葉通り人間で遊んでいる状態だ。

 あえてこちらが防げる程度の攻撃をしているのであって、もし本気ならばランス達は既にこの場から消滅してしまっている。

 そんなランスの焦燥を、スラルも嫌という程理解している。

(クッ…やはり魔王に力で対抗するには不可能か…だが、搦め手も意味は無い…どうすればいい!?)

 いくら肉体を得て、魔王としての権限があると言っても、ジルとの実力差はまさに天と地ほどに開いている。

 逃げる事すらままならない状況に誰もが焦っている。

(だからこそ冷静にならないといけない。でも…)

 スラルは何か状況を打破できるモノは無いかと考え、周囲を見渡す。

 そして目に入ったのが、ナイチサによって切り落とされたジルの腕だ。

 その指に嵌められている指輪だけが光っているのを見て、スラルは胸を痛める。

 が、同時に、

(…ジルの動揺を誘うにはもうこれしかない…でも…いや、私はやらないといけないんだ)

 ランスをサポートするのが今の自分の役目だという自覚はある。

 これまで実体の無い自分のために、色々と…本当に好きな事をやっていただけかもしれないが、それでもランスは自分のためにも色々やってくれている。

(例え後でランスに何か言われようとも…やるしかない!)

 スラルは切り落とされたジルの手を取る。

 その薬指には、ランスと共に電卓迷宮で手に入れた指輪が光っている。

 ジルはランスに貰った指輪を見て非常に嬉しそうにしていたが、今はもうその笑顔は見られない。

(ごめん…ジル…ランス)

 スラルはジルの指から指輪を抜き取る。

 もうこれ以外に魔王ジルを動揺させる手段は見当たらない。

 後でランスが何か言われるかもしれないが、それよりも今を何とかするしかない。

「どうした…そこまでか。ランス…ケッセルリンク…」

「うぐぐ…」

「こ、これが魔王か…」

 ランスとケッセルリンクは既に魔王に追い詰められ、肩で息をしている状態だ。

 魔王から放たれるプレッシャーは、それだけで簡単に人間を追い詰める。

 そんな中でこれほど戦える者を褒めるべきなのかもしれない。

「ケッセルリンク…ランスを差し出せ…そうすればお前は許してやろう…」

「悪いけどそれは無理だな。今のケッセルリンクへの絶対命令権は我にある。そこにケッセルリンクの意思は無い」

 スラルはジルに肉薄する。

 なるべく己の存在感を出しながら魔王と対峙する。

「行くぞジル。悪いがランスは渡せん」

「スラル…魔王の出涸らしが…」

 ジルの魔法の力はスラルの比べれば遥かに威力は高い。

 それでもスラルが何とか生きていられるのは、ジルが無意識の内に手加減をしているのは明らかだ。

 だからこそ、スラルにはそこに付け入る隙がある。

 しかし、それでも限界が存在するのもまた確かだ。

(これが…怪我か。まさか我がこうまで傷つけられるなど…魔王だった頃からは考えられないな。だが…ランスの隣で戦える感覚…悪くない)

 ジルの攻撃を何とか防ぎ、こちらからの攻撃は効果が無いと自覚しつつも、攻撃魔法は使い続ける。

 そしてとうとうチャンスはやってくる。

 ジルがスラルへと近づいてきたのだ。

 それは魔王の力を見せ付けるための行為かもしれないし、そうで無いかもしれない。

 だが、なんとかチャンスが来るまで耐えてきたのは、決して間違いではなかった。

 ジルとスラルは間近で顔を付き合わせる。

 スラルの目に映るのは、かつてのジルからは想像も出来ない程に歪んだ笑顔、そして魔王になっても変わらぬ美しい姿だ。

「スラル…私は…私はお前が…嫌い…だった…」

「…自分に嘘をつくのは良くないな。お前は我の事を嫌ってなどいなかったはずだ。もし嫌っていれば…我は既に死んでいるか、その一歩手前までに来ているだろう。魔王とはそういうものだ」

 現魔王ジル、そして元魔王であるスラルは既に顔が接触するくらいにまで近づいている。

 互いに互いの目を覗きこむ形になり、スラルはその事に安堵を覚える。

「…何故お前は笑う」

「お前が…魔王である事に抗おうとしているのが嬉しい。お前は…今でもランスを大切に思っている。だから、この指輪も輝きを失っていない」

 スラルはジルの眼前に、人間であった頃のジルの指から抜き取った指輪を見せる。

「!」

 その指輪を見て、ジルは露骨に動揺し、震える指でその指輪に手を伸ばし―――

「今!」

「ジルさん! ごめんなさい!」

 その手が指輪に触れる前に、ジルの胸元に鎌が突き立てられる。

「!?」

 痛みは全く無い。

 無敵結界は発動させていなかったが、魔王の強靭な肉体の前にはどんな攻撃でも無意味だ。

 だが、

「出た! ランス!」

 ジルの背中から、もう一人のジルの姿が現れる。

 それこそが、本来のジルの魂というものなのだろう。

 そしてそれが魔王ジルの体から出て来たという事は、ジル自身も魔王の血に抗っていたということだ。

「魔王! 俺様の奴隷は俺様のものだ! 貴様には一切やらん!」

 ランスはそのジルの魂を、己の剣に入れようとする。

 それはかつてスラルを助けた時と同じく、その剣で魂を撫でればいいだけだ。

 ランスが剣を振るおうとした時、

「させんぞ…人間が!」

 元魔王ナイチサが力を振り絞ってランスに向かって魔法を放つ。

「ランスさん!」

 それをケッセルリンクの使徒達が身を挺して庇う。

 が、それでも元魔王の力は絶大で、その魔法は使徒達を吹き飛ばし、ランスにもダメージを与える。

 そのせいで、ジルの魂を完全に取り込む事が出来なかった。

「うぐ…ぐぐ…があっ!!」

 そして、ついに魔王ジルが爆発する。

 それは比喩でも何でもなく、文字通り魔王ジルの周囲が爆発し、ジルの近くに居る者達が吹き飛ぶ。

 ランス達は地に叩きつけられるが、ランスは真っ先に立ち上がる。

「な、何だ!?」

 顔を押さえていたジルがその顔を上げる。

 そしてその顔を見て、ランスは息を呑む。

「にん…げん…」

 その顔こそが間違いなくあの時に見た光景、体格が違うがその笑いはランスは忘れられない。

 それこそが、完全な『魔王』である時のジルの顔で間違いない。

「よくも…やってくれたものだ…」

 そしてその目…片側はランスも良く知る水色の瞳だが、片方が紫がかかったような目に変わってしまっている。

 何よりも、ランスに向けている目が完全に先程とは別物だ。

 先程までは完全にランスを渇望していた目をしていたが、今のジルの目は非常に冷酷な目をしている。

 それこそ、人を人と認識していないような冷たい目だ。

「フン、魔王が俺様の奴隷を使おうなど許されんぞ」

(と言うがこれからどうする? 今思ったらその後の事を全然考えてなかったぞ)

 恐らくでは有るが、ジルの魂は剣の中に入った…とランスは思っている。

 だが、ナイチサの横槍のせいで、不完全なような気がしているのだ。

 そして今思えば、そっからの事は考えていなかった。

 とりあえず、ジルを何とかするという思いだけで行動していたのだ。

「だが…お前は…面白い。その強さ…そして…その目…気に入った…。ケッセルリンク…ランスを…逃がすな」

「分かりました…魔王様」

「うお!? 又か!?」

 ケッセルリンクが再びランスの体を押さえる。

「ラン…ス…」

 まともに爆発を受けたスラルは、荒い息をつきながら体を動かそうとするが、その体が思うように動かない。

(これが…怪我の影響か…我は今までこんな経験はしてなかったからな…)

 レダも加奈代も倒れている。

 加奈代に至っては、その体から大量の血を流している。

 ジルの放った爆発の余波でも人間には危険すぎる。

 命があるだけでも有り難い事だ。

「ランス…」

 ジルは虚ろな笑みを浮かべながらランスに近づこうとする。

 ケッセルリンクの使徒達も、ケッセルリンクの側でランスが動かないように様子を見ているため、もうどうしようもない…スラルが覚悟を決めた時、

「あー…あんたらここにいたんだ。まああんた達でいいか」

 突如として、声が聞こえる。

「何?」

 スラルがその方向を見た時、そこには見たことも無い女が立っていた。

「あんた達なら強いし問題無いでしょ。じゃあ私のために役に立ちなさいよね」

 その女が手にしたハンマーで地面を叩くと、突如として凄まじい揺れが襲ってくる。

「あ、そうだ! 絶対あの方…えーとそうだ! 怪獣神官の方の名前と連絡先を聞いてきなさいよ!」

「なんだお前は!? うぎゃーーーーー!」

 ランスが何かを言う暇も無く、ランス達の姿が地割れに飲み込まれていく。

 ランス、レダ、スラル、ケッセルリンク、そしてその使徒達が纏めて地面の中へと消えていく。

 その光景をジルは無言で居るだけだ。

「さーて、あの時あんた達を助けてやったんだから、借りを返しなさいよね。このハウセスナースのね」

 




セラクロラスネタは使わないけど、聖女の子モンスターの力を使わないとは言ってない
元ネタは鬼畜王ランスのハウセスナースイベントです
それにしても非常に疲れた…魔王って強すぎて正直戦いにもならないから書き難いです

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