???―――
「うーん…凄いなあ…人間が苦しむのは好きだけど…こういうのもあるのかあ…」
天界…そこのルドラサウム用の一室で、創造神はこの地上の有様を楽しんでいた。
それはまさに人間を苦しめる施設―――ではあるのだが、そこで働く…いや、働かざるを得ない魔物達にも地獄の環境だった。
一切のミスは許されず、人間の数を減らせば即処刑。
それもただ殺されるのではなく、ある施設に連れて行かれて連日地獄の日々を過ごさなければならないのだ。
人間は何も考える余地も無く、只管に命を生み出す作業をさせられる。
それが出来なくなれば、その時にこそその人間はある意味で解放されるのだ。
だが、それは人間にとっては幸せな結末なのかもしれない。
その時は魔王ジルが直々に殺しに来るのだが、魔王ジルはその人間には一切の苦痛は与えない。
まるで眠る様に殺されるのが、魔王ジルの唯一の慈悲なのかもしれない。
魔王城…後にリーザス城と呼ばれる城では、玉座の上に魔王が座っている。
その魔王の視線が何処に向いているかは分からないが、それは非常に虚ろで何も映していない。
「でも…ちょっと刺激も欲しいなあ…」
ルドラサウムは魔王を見ながら、ある刺激に飢えていた。
魔王ジルが魔王になった光景はルドラサウムも非常に楽しんだ。
非常に劇的な光景であり、まさかの魔王対魔王…実際には勝負にもなっていなかったが、そのシチュエーションには喜びを覚えたものだ。
しかし無残にも魔王に倒される…かと思えば、なんとハウセスナースがそれを救う形で戦いが終わった。
勿論ルドラサウムも、他の神々もこの地上では何の干渉もしていない。
神が干渉しても、この世界は面白くないからだ。
「早く戻ってこないかな…少しだけ…やっぱり少しだけ人間が魔物と戦えるようになってもいいかなぁ…」
ルドラサウムはあの人間が戻って来るのを期待している。
勿論自分から干渉するなんていう無粋な事はしない。
偶然から織り出される物語こそが、最高のスパイスなのだ。
人間が絶対に勝てない存在に抗う…それもまた創造神の愉悦なのだ。
しかし、そのためにはもう少し人間が有利になってもいい…とは思ったが、それを実行するのは良くない気がするのだ。
全てを三超神に任せたこの世界、ルドラサウムはただそれを見て楽しむだけ。
メインプレイヤーが圧倒的な存在に捩じ伏せられるのは見ていて楽しいが、その人間の中でも絶対的な強者が生まれるというのも楽しみだ。
「やっぱり…偶然が一番いいのかなぁ…どうすればいいんだろうなあ…」
いつか誰かに『今度はこのシチュエーションはどうですか?』と言われた気がする。
それにも心躍ったような気がしたが、どうしてもそれが何かは思い出せない。
「まずは…今の時代を見ていようかな…」
ルドラサウムは地獄を見ている人間と同時に、地獄のような環境に置かれた魔物達を見てどこまでも笑っていた。
GL200年―――人間牧場が造られて200年が経過し、人間は相も変わらず地獄の日々を送っていた。
それと同時に、魔物達もまた過酷な労働環境に晒されていた。
今の時代、人間牧場は複数存在し、そこは一つ一つで管理方法が変わっている。
もし一つ間違えば、その人間牧場の管理している魔物兵だけでなく、その上司の魔物隊長や魔物将軍、果ては魔物大将軍まで容赦なく地獄行きの切符を切られる事になる。
そして魔物達にはもう一つの恐ろしい出来事が存在していた。
魔王城のすぐ側に、大きな建物が一つ存在する。
一月に一度、ここでは大きなイベントが催されていた。
イベントと言っても勿論楽しいイベント等では無い。
これこそが魔物達の一番の地獄であり、人間牧場の管理を怠った者の終着点だ。
人間牧場があると言っても、この世界の全ての人間が管理をされている訳では無い。
ジルは確かに人間牧場を作り、ここで人間の数を増やしていたが、人間を完全に追い詰める気は更々なかった。
この世界の全てを管理するなど実質的には不可能だし、何よりもジルには魔王を殺せる勇者さえ現れなければそれで良かった。
人間牧場を作ってから一度勇者が現れたが、その勇者も魔王を倒せる力どころか魔人を倒す力すらなかった。
勇者はジルに何度も殺され、とうとうその魂は汚染されてしまった。
それからはジルに逆らおうとする者など存在しない。
そして人間牧場から逃れた人間達は、ジルが造ったこの建物をこう揶揄していた。
『闘技場』と。
「し、死ねーーーーーーーーっ!!!」
「ぎゃあああああああ!」
その『闘技場』では今まさに凄惨な光景が繰り広げられていた。
魔物達が殺意を持って殺し合い、無数の魔物達の死体があちこちに転がっている。
そこには魔物兵も魔物隊長も魔物将軍も存在しない、ただ無意味な暴力だけが支配する空間だった。
その光景を魔王ジルはその顔に笑みを浮かべながら見ていた。
ここが人間牧場の管理を怠った者達が来る場所であり、実質的には魔物専用の処刑場でもあった。
人間を死なせたり、人間の数を減らした者達はここに送られ、そこで殺し合いを強制させられていた。
魔王の命令に逆らえるはずも無く、今日も今日で無数の魔物達が殺し合いをしている。
「こ、これで終わりだー!」
「そ、そんな…嫌だ、死にたくない! 俺は! 俺は魔物隊長だったんだぞ! それなのにそんな…うぎゃーーーーー!」
一体のヤンキーがメイジマンの頭を叩きつぶす。
それでヤンキーも力尽きたのか、とうとう地面に体を横たえる。
(ううう…何でこんな事に…)
魔物達の処刑場…そこでは複数の魔物達が殺し合いをする場所。
一度に全員が舞台に送られる訳では無く、複数の魔物に分かれて殺し合いをさせられる。
そしてそれを何度も何度も繰り返し、残るのは必然的に強い魔物だけになる。
だが、そうして生き残っても無意味なのは魔物達も分かっている。
「………ククク…楽しませて…くれる」
ヤンキーの耳に入ったのは絶望的な言葉。
魔王ジルは魔王ではあるが、決して魔物達に対して優しいという事は無い。
それどこか、魔王は自分達の命を弄ぶ、まさに悪魔のような存在だと思っている。
だが、それでも魔物達は魔王に逆らう事など出来ない。
魔王の強制力がそれをさせてくれない。
「今日は…機嫌がいい…」
ジルの言葉にヤンキーは微かにその目に光が灯る。
もしかしたら見逃されるのではないか…そんな淡い期待がその目に宿る。
が、次にジルの口から出た言葉は正に絶望的な言葉となってヤンキーに襲い掛かった。
「勝ち残った連中を…全員連れてこい…」
こうしてその日生き残っても、また新たに戦いが続くのだ。
それを何日も繰り返し、最後に残った者だけが解放される…と言われているが、それが真実かどうかは分からない。
ヤンキー他、勝ち残ったであろう者達が連れてこられる。
その者達もまたヤンキー同様に満身創痍であり、5体満足な者など一体もいない。
誰もが死にそうな顔で魔王に哀願するだけだ。
「お前達は…私を楽しませた…だから…チャンスをやろう…」
ジルの言葉に魔物達の目に強い光が宿る。
それが何かは分からないが、生きてここから出れるのであればもうそれだけで十分なのだ。
魔物達が魔王の言葉を待っていると、闘技場に一人の男が入ってくる。
その男を見て、魔物達の顔を絶望が支配する。
「こいつに…傷一つでもつけられれば…解放してやろう…」
「そ、そんな…」
目の前に立つ存在を見て、誰もが絶望する。
「ノス…様…」
その男は魔人ノス…魔王ジルによって魔人化されてまだ日は浅いが、その力をもって魔人四天王になった存在だ。
そして魔人には無敵結界があるので、絶対に魔人を傷つけられる訳が無いのだ。
実質的には、ジルの言葉は死刑宣告も同然だった。
「お前達…ジル様を楽しませろ…無敵結界など貴様等には使わぬ…さあ、来るがいい」
魔人ノスがその巨体を揺らしながら近づいてくる。
しかし、誰もが魔人ノスの存在に怖気ずいてしまっている。
魔物にとっても魔人は恐ろしい存在であり、決して逆らう事など出来はしないのだ。
ましてや相手はあの魔人四天王の一角であるノス…まさに絶望的な戦いだ。
「来ないのであれば…最早貴様等に生きる資格は無い。死ぬがいい!」
誰もが魔人ノスに委縮している中、ノスがもの凄いスピードで魔物達に接近する。
「う、うわ…」
悲鳴を上げようとしたヤンキーの体が壁まで吹き飛ばされる。
その衝撃でヤンキーの体はバラバラになり、その光景を見た魔物達は我先にと逃げ出そうとするが、ノスはそれを逃がさない。
ノスは格闘に優れているだけでなく、魔法にも優れている。
即座にノスの魔法で焼かれ、屍がただ増えていくだけだ。
「く、くそーーーーーー!!」
破れかぶれに拷問戦士がノスへと攻撃をしかける。
その拳でノスの体を殴るのだが、
「効かんな…言ったはずだ。無敵結界など使うまでも無いとな」
「え、え、え…そんな…」
ノスは無敵結界を使用していないにも関わらず、拷問戦士の拳はその皮膚を傷つける事すら出来ない。
拷問戦士の体をノスの拳が貫き、拷問戦士はそのまま血反吐を吐いて死ぬ。
そこからはもう一方的な殺戮であり、ここまで何とか生き残っていた魔物体はものの数分で全てが死体となる。
ジルはそれを見て満足気な笑みを浮かべる。
そのジルの笑みを見て、ノスはその無表情の裏で歓喜する。
ノスはジルの信奉者であり、ジルのためならば何でも出来る程の狂気を兼ね備えている。
だが…ジルにとってはノスだろうが、全てが自分の駒にしか過ぎないのをまだ誰も知らない。
「お前達…」
「は、はい…」
ジルは側に控えていた魔物将軍を見る。
魔物将軍は魔王の側に配置されているというのに、体を震わせながら何とかジルの機嫌を損ねないようにしている。
ジルは確かに魔王であるが、決して魔物にとってはいい魔王では無い。
気に入らない事が有れば、あっさりと処分される道具…それは魔物将軍であっても例外では無い。
「次の…連中を用意しろ…」
「は、はい…」
次の連中、それは次にこの処刑場に連れてこられる魔物達を用意しろという事だ。
「ジ、ジル様…そ、そろそろ魔物兵の数が…た、足りなくなります。この前に、2つの施設の魔物兵が入れ替えになり、魔物大将軍様も2体もいなくなりました。こ、これでは人間共を管理する魔物兵の数が…」
ジルの眼光に魔物将軍が目に見えて体を震わせる。
魔王に意見する、それがどれほどの事なのか魔物将軍は理解してしまった。
(お、終わった…)
魔物将軍は自分もこの処刑場に送られるのかと震えるが、ジルの口から出たのは思いもよらない言葉だった。
「そう…か。魔物の数も足りない…か」
この処刑場はほぼ毎日稼働しており、ジルの機嫌が悪ければ一日で100単位の魔物が犠牲になる。
人間が増える速度も遅いため、今では人間の数が魔物の数を上回っているかもしれない計算になる。
そうなれば、人間の管理など出来るはずも無く、その内人間牧場も破綻するのは明らかだ。
(おお…)
魔物将軍は自分の言葉がもしかしたら魔王に聞き届けられた、と期待したのだが、魔王から返ってきた言葉はより絶望的な言葉だった。
「ならば…魔物専用の牧場を作れ…そうだな…今処刑場にいる連中を…全て生産用に回せ…そして数を増やせばいい…」
「な…そ、そんな…」
まさか魔王がそんな事を言うとは信じられず、魔物将軍は呆然とする。
「女モンスターは四肢を落し…男モンスターは…常に交配を義務付けろ…そう…だな…その管理は…一部の人間にやらせるか…」
「あ…あ…あ…」
賢者ジルとしての知能が再びこの世界を地獄に突き落とすべく稼働する。
人間達の下に更に惨めな存在を作る事で、人間達に精神的な優位性を与えると同時に、魔物に対しての屈辱を与える。
本来の歴史においてのひとうし…それに当たる存在に、魔物を宛がおうとしていた。
「人間共の下に…交配用のモンスターを付けろ…これからは…管理に失敗した者の一部は…交配所送りだ…そして…使えなくなれば…人間共に殺させろ…」
自分の一言で更なる過酷な状況になりそうな事に、魔物将軍の頭が真っ白になる。
「直ぐに…やれ…いいな…」
しかし魔王の言葉は絶対であり、魔物はそれに逆らう事は出来ない。
こうして魔物達も更なる地獄へと突き落とされる。
魔王ジルの治世は確かに人間に対しての地獄の日々だ。
しかし、それは確実に魔物達にも牙をむいていた。
この世界の地獄はまだまだ明けそうにはなかった。
怪獣界―――
ランス達は怪獣王子に案内され、一つの洞窟の前に来ていた。
そこは巨大な洞窟であり、その奥には何が有るのかは分からない…が、確実にランスはその洞窟を前にして心を躍らせていた。
何故ならそれこそがランスが尤も好きな冒険であり、ましてや異世界のダンジョンなどランスにとっては非常に興味深い。
ランスはセックスが大好きだが、それと同じくらいに冒険も大好きなのだ。
「ここですぎゃ。この奥にグナガンがいますぎゃ」
「グナガンか…はたしてどんな存在なのか…しかしケッセルリンク、体は大丈夫なのか?」
スラルもこのダンジョンを前に心を躍らせている。
その隣にいるケッセルリンクだが…本来は彼女は日の下ではあまり行動する事は出来ない。
勿論日の下でも下級魔人では相手にならない程の力はあるが、何しろ昼の間は戦闘の継続能力が格段に劣る。
なのでケッセルリンクも決して昼間には戦おうとしない。
そんな彼女だが、不思議とこの世界では平然とした顔をしていた。
「ええ…理由は分かりませんが、太陽の下を歩いてもそれほど問題は有りません。どうやら私達の世界とは少しルールが違うようですね」
ケッセルリンクも久しぶりに太陽の下で動けるので非常に気分が良い。
やはりランス達と生活のスタイルが合わないというは、彼女にとっても結構なストレスになってしまっていたようだ。
ランスがいなければ特に昼間動けなくても何とも思わないが、ランスが居ればどうしてもランスの生活スタイルに合わせたいと思ってしまう。
そんな乙女心にランスは気づいていないので、ケッセルリンクの使徒達はランスに対してため息をつく。
(ランスさん…女好きだけど女心には疎いんですよねー)
(女性の気持ちには敏感ですけど、好意に対しては意外と鈍感と言うか…少し気後れしてる所が有りますよね)
加奈代とエルシールは小声で話す。
ケッセルリンクには聞かれているだろうが、そんな事で自分を責める主人では無い事は分かっている。
(ストレートな好意が意外と苦手な所が有りますよね。そこも…可愛いと思えるようになってきました)
(女性経験は多いでしょうけど、恋愛経験は少なそうですね。尤も、私達も人に言えるような恋愛はしていませんけど…)
パレロアとシャロンも小声で話しながらうんうんと頷く。
バーバラ以外は皆ランスに助けられた経験が有り、共に冒険をして苦楽を共にした仲だ。
勿論ランスの良い所も悪い所もしっているが、総じて言えるのはランスは非常に子供っぽいという事だ。
そんな所も確かに可愛くて魅力的な所でもあるのだが、いい加減ケッセルリンクの想いに本格的に応えてあげて欲しいという思いはある。
ただ、本人たちしか分からない雰囲気も有るし、ランスがケッセルリンクを特別扱いしているのは分かっているので、時間をかければ大丈夫だとも思っている。
「よーし、行くぞ!」
ランスは意気揚々とダンジョンの中へと入っていく。
それに続いてスラルを先頭にケッセルリンクとその使徒、そして怪獣王子と怪獣王女もこれに続く。
「…何これ」
そして中に入った時、スラルはあまりの光景に思わず口をポカンと開けてしまう。
「うーむ…これ、ホントにさっきの洞窟か?」
「そうですぎゃ。これこそがグナガンの持つ力…グナガン迷宮ですぎゃ」
グナガン迷宮…それは魔神グナガンの力で生み出された迷宮で、中は中々カラフルな色彩をしたダンジョンとなっていた。
そしてそこに現れたモンスターは…
「あれ? るろんたにぷりょ? どうしてこいつらがこの世界に?」
るろんたやぷりょ、そしてヤンキー等といったランスの世界にいるモンスターが出現する。
「まあいい。どうせ皆雑魚共だ。それにケッセルリンクが居れば無敵結界でダメージなど受けんからな。よーし、ケッセルリンク。行って来い」
ランスの言葉にスラルも頷く。
使徒達も『まあその通りだ』と言わんばかりに頷く。
魔人の持つ無敵結界は言葉通り無敵であり、同じ魔王の血を受け継ぐ魔人同士でしかダメージを受ける事は無い。
無いのだが、
「それなのだが…ランス、私を叩いてみろ。軽くでいい」
「あん? なんだケッセルリンク。お前にそんな趣味があるのか。まあいい、とーーーーっ」
ケッセルリンクの言葉に従い、ランスのチョップがケッセルリンクの無敵結界に―――阻まれる事無く、そのまま彼女の頭部にランスのチョップが当たる。
「あ、ありゃ!? 何だケッセルリンク! お前こんな時にふざけている場合か!?」
無敵結界のオンオフは各魔人の自由ではあるが、この状況でそんな事をしている場合では無い。
「いや、決してふざけてはいない。どうやらこの空間では、魔人の無敵結界は意味をなさないようだ」
「何だと!? うぐぐ…まあいい。こんな雑魚共など俺様の相手では無いわ。ほらスラルちゃん。景気付に一発かましてやれ」
ケッセルリンクの無敵結界が発動しない事に驚きつつも、目の前にいるのはただの雑魚モンスターなので、スラルに一掃させようとする。
「まあいいが…消えるがいい! 氷雪吹雪!」
スラルは得意の氷魔法を放つが、
「あ、あれ? 何で!? もう一回! 氷雪吹雪!」
何故かスラルの魔法は効果を発揮しない。
「おいスラルちゃん! 君までもふざけている場合か!?」
「ふざけてない! 魔法が放てない! この! 氷の矢!」
スラルは最も初級の魔法で氷の矢をヤンキーに向かって放つ。
今度はスラルの魔法が発動し、氷の矢はヤンキーの体を貫く…はずだった。
「え!? ど、どういう事よ!?」
確かに氷の矢はヤンキーに突き刺さったが、ヤンキーはそんなのをお構いなしにこちらに突っ込んでくる。
「どーなっとるんだ!? ラーンスあたたたーーーーっく!」
ランスもスラルの異変に気づき、己の必殺技を放とうとするが、
「あ、ありゃ? 何か体がおかしいぞ…ってうお!?」
どうにも必殺のランスアタックが上手く行く気配が全くしない。
そうしている内に、ヤンキーがランスに向かってそのバットを振り下ろすのをランスは止める。
その威力にランスは思わず呻く。
ヤンキーは男の子モンスターの中では格下の存在であり、ランスにかかれば雑魚も同然だ。
だが、そのヤンキーの力にランスは押されていた。
「この…死ねーーーーーーっ!」
ランスはヤンキーの攻撃を何とか弾くと、ヤンキーの体をその剣で貫く。
それにはヤンキーも耐えられず、その場で絶命する。
「ど、どーなっとるんだ!? こんな強いヤンキーなど聞いた事が無いぞ!?」
「やはり勇者殿でもこうなりますぎゃ。グナガンの迷宮では、その洞窟の中に入ると初期レベルに戻ってしまいますぎゃ」
「な、何だとー!? そういうのは先に言え!」
「も、申し訳ないですぎゃ。勇者殿なら大丈夫だと思ってましたぎゃ…」
「ランス! そんな事より来るわよ!」
ランスが怪獣王子に怒鳴っている内に、モンスターがこちらに寄ってくる。
寄って来るのはイカマンはノーマルハニーやきゃんきゃんといった雑魚モンスターだが、初期レベルの者にとってはそれでも脅威だ」
「全員で行くぞ!」
「はい、スラル様。行くぞお前達」
「「「「「はい! ケッセルリンク様!」」」」」
スラルの号令でケッセルリンクとその使徒達も戦いに参加した。
そして数十分後…
「ぜーっ、ぜーっ…こんな雑魚共に苦戦するなどありえんぞ…」
「そ、そうだな…まさかこんなに疲れる戦いをいきなりするとは…」
ランスとスラルは既に全身で息をしており、疲労困憊といった表情だ。
それに比べて、魔人であるケッセルリンクやその使徒達はまだまだ大丈夫そうな顔をしている。
「貧弱ねー」
バーバラが呆れた顔でランスを見るが、
「よしなさい。人間のランスさんとスラル様が疲労するのは無理もありません。使徒との基本的な身体能力の差が出ているのですから」
シャロンがそれを諌める。
「むぐぐ…魔人もぶっ殺せるこの俺様がこんなに弱くなるなど許されん事だ…だがこんな調子では持たんぞ」
ランスはこのダンジョンの恐ろしさを身を持って味わっている。
ランスの強さは才能限界が存在しない事、そして類稀なる戦士の素質がある事だ。
また、ランスは他の人間に比べればレベルが格段に上がりやすい…が、同時にレベルが下がるのも早い。
だが、このダンジョンはそれ以前の問題だ。
「大丈夫ですぎゃ。レベルが下がるのはこのダンジョンに入った時だけですぎゃ。ここを脱出すれば、元のレベルに戻りますぎゃ」
「それは安心だな…流石にこれからレベルを60も上げるとなっては、どれ程時間がかかわるか分からんからな…」
スラルは一番の懸念が払拭され安堵するが、それでもレベルが1に下がるというのがこれほど辛いものとは思ってみなかった。
絶大な魔力があろうが、それを使いこなすレベルが無ければ宝の持ち腐れ。
初級の魔法である氷の矢や炎の矢といった魔法しか使えないのであれば、スラルは本格的に足手纏いになってしまう。
「しかし…これが延々と続くのであれば、それこそ身が持たないぞ…私はともかく、人間であるランスとスラル様には厳しいものがある…」
「端的に言うと足手纏いですよね」
ケッセルリンクの言葉にバーバラがうんうんと頷き、エルシールがその手に持った杖でバーバラの頭を小突く。
「あ、ありえん…この俺様が足手纏いなどと…」
ランスはこれまで色々と冒険してきたが、その中でもいつも中心人物だった。
それもランスの強さがそれを成し遂げて来たのだが、その強さを奪われたとあっては例えランスでもどうする事も出来ない。
「地下に続く階段が有りますけど…どうしますか? その…この調子だと無理だと思うんですけど…」
加奈代が少し遠慮がちに声をかける。
無理というのは、ここから先に進むのも難しいという現実を突き付けているだけだ。
「…ランス、我は今とんでもない事に気づいてしまった」
「ん、何だスラルちゃん」
「ここは異世界だ…どうやって我とランスはレベルを上げる?」
「………あ」
スラルの言葉にランスは思わず呆然とする。
「そ、そうですね…今の戦いで私はレベルが上がりましたが、ランスさん達はレベル神やレベル屋がいなければレベルが上がらないんですよね…」
「………そういえばそうだったな。昔、ランスは自分の担当のレベル神が呼び出せず、レベルが上げられない時期があったな」
ケッセルリンクもパレロアの言葉に昔の出来事を思い出す。
あの時ランスはレベル神を呼び出せず、レベル屋をやっていたメカクレにレベルアップを頼んでいた。
その時も何かエラーが有り、ランスはレベルを上げられなかったが、その後その問題は解消していた。
が、それと同じ問題が今まさにランスを、そしてスラルを襲っていた。
「おい怪獣王子! レベル屋は無いのか!?」
「この世界にはレベル屋というものは存在しませんぎゃ…その、申し訳ないですぎゃ」
「な、何だとー!?」
怪獣王子の言葉にランスは絶句する。
「カモーン! クエルプラン!」
ランスはレベル神であるクエルプランを呼び出そうとするが、その声にクエルプランが応える気配は全く無い。
「グナガンはどれ程先にいるんだ?」
「…分からないですぎゃ。20階まで行きましたぎゃ、そこにはグナガンはいませんでしたぎゃ」
「何と…」
ケッセルリンクは怪獣王子の言葉に頭を抱える。
魔人であるケッセルリンクは確かに強いが、その強さを持つ分レベルが上がるのが非常に遅い。
魔人とはそれこそ年単位をかけてレベルを上げていくものだ。
レベルは下がりにくいが、同時にものすごく上がり難い。
実際、使徒達はレベルが上がったようだが、ケッセルリンクはレベルが上がる気配が全く無い。
こうしてランスの冒険は早速猛烈に高い壁に阻まれていた。
グナガン迷宮はDALK外伝から
ただ、マイナー過ぎて知らない人も多いかな…安くて長く遊べるゲームです
間違えて初期化してやる気が無くなったんですけど…