ランス再び   作:メケネコ

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再びの出会い

「ハハハハハ! お前が妖怪王か!? どうだ、お前は強いんだろうな!? 儂を楽しませろよ!」

 死国と呼ばれる、鬼が地上に出て来る所から、巨大な鬼が出て来る。

 それは異常なまでの闘気を放ちながら末知女殿を見る。

 そこには非常に楽しそうな笑みが浮かんでいる。

「…何者だ? ただの鬼ではあるまい」

「そーよ! この方を誰だと思ってるのよ! この方こそ! 魔人レキシントン様よ!」

「レキシントンを知らないなんてモグリだねえ。それとも、この俺の美の方がレキシントンより有名なのかな?」

 末知女殿の言葉に、全裸の変態がテンションの高い声で応える。

 その全裸の変態こそ、魔人レキシントンの使徒であるアトランタとジュノーだ。

「そうだ! 儂が魔人レキシントンよ! おう妖怪王! 儂と戦え!」

「何故魔人が我との戦いを望む。貴様は人を狙えばいい。妖怪と戦う必要など無いはずだ」

 末知女殿の言葉をレキシントンは鼻で笑う。

「ハッ! 今は人間共には手が出せんからな。ノスと戦うのも少々飽きてきた。そして思い出したのよ。昔、妖怪王という奴とやりあった事をな」

 レキシントンはその顔に実に楽しそうな笑みを浮かべる。

「黒部って言ったか。藤原石丸って奴ともやりあいたかったが、そっちはザビエルがやったからな。儂は当時の妖怪王と…そしてあの小僧と戦ったのよ」

 黒部の名前が出て来て、末知女殿は言葉に詰まる。

 先代妖怪王黒部…その名前は勿論末知女殿も知っている。

 かつて藤原石丸と共に大陸に攻め込み、世界の半分を制圧したが、それを疎ましく思った魔王の命令を受けた魔人によって滅ぼされた。

 その藤原石丸こそが初代の帝であり、妖怪王黒部はその偉業を手助けした妖怪の中でも偉大な『王』だ。

 その黒部の名前を、目の前の魔人が口にした事で、末知女殿は内心冷や汗をかく。

 目の前のこの魔人は、間違いなく強い…それを嫌でも理解したからだ。

「さあ儂と戦え! 行くぞ!」

 そしてレキシントンは問答無用で末知女殿に襲い掛かる。

 その動きは非常に早く、鋭い。

 末知女殿は狐の姿を巧みに使ってその攻撃を避けるが、避けるだけで手一杯なのが現実だ。

「痴れ者が…!」

 そして距離を取って雷を放つ。

 妖怪王としての実力は並では無く、末知女殿の雷を受けたレキシントンはその動きを一瞬止めるが、それだけだ。

「ほう、中々やるじゃねえか。だが、そんなもんじゃ先代の妖怪王には届かねえな」

 不敵に笑い、金棒を末知女殿に向ける。

 その言葉に末知女殿は内心で唇を噛む。

(これが魔人か…かつて先代妖怪王、黒部を倒したという魔人の力か)

 末知女殿も魔人の事は自分を作った陰陽師から聞いてはいた。

 かつて帝となり、大陸の半分を制覇したはずの藤原石丸ですら、たった一人の魔人の前に敗れ去ったと。

 その原因が、今目の前で見た光景である、魔人には一切の攻撃が通用しないという無敵結界の力であると。

 そして…妖怪王黒部もまた、石丸を倒した魔人ザビエルとは違う魔人に敗れたと。

「黒部の奴はこの儂に真正面から向かってきたぞ。貴様も妖怪王ならば儂に向かってこい!」

 魔人レキシントンはその顔に喜色を浮かべながら末知女殿に襲い掛かる。

 その光景を二人の全裸の使徒達が楽しそうに見ている。

「いやー、絶好調だね、レキシントン」

「今まで中々暴れられなかったからねー。酒とセックスだけだとストレスも溜まるでしょ」

 今の魔王となって、レキシントンは中々自分の楽しみである戦いを行えなかった。

 人間を殺す事は魔王に禁じられていた事と、人間牧場があるせいで人間達が異常なまでに大人しい事がある。

 おかげで、強い人間が中々出てこない環境になり、レキシントンとしては退屈とも言える状況になってしまった。

 新たに魔人となったノスともやりあったりもしたが、ノスはジルの言葉を優先してこちらとの戦いを拒否しだした。

 ならばトッポスとも殴り合いをしたのだが、やはりトッポスとは決着がつかないで終わってしまう。

 その時、ジュノーから新しい妖怪王の話を聞きだした。

 鬼の使徒であるジュノーが一度地獄に遊びに行った時、鬼達から新たな妖怪王の話を聞いてきた。

 そしてレキシントンはかつて自分と戦った妖怪王黒部の事を思い出し、こうして新たな妖怪王に喧嘩を売りに来たのだ。

「フレー! フレー! レキシントン様ー!」

「がんばれーレキシントンー」

 アトランタとジュノーは楽しそうに戦っているレキシントンに声援を送る。

 ここまで生き生きしていると、やはり使徒としては嬉しいものだ。

「グウッ!」

 そしてついにレキシントンの金棒が末知女殿の腹に突き刺さる。

 末知女殿は凄い勢いで吹き飛ばされ、地面に血反吐を吐きながら悶絶している。

「なんだ、脆いな。黒部の奴は儂の一撃を受けても尚向かってきたぞ」

 あの激しい戦いを思い出し、レキシントンは嘆息する。

(そういやあのガキも見つからんな…)

 レキシントンは自分の胸に残った傷をなぞる。

 この傷跡は今でも残っているが、レキシントンはそれを恥だとは思っていない。

 寧ろ、この傷跡が有る事でより世界が楽しくなると思ったほどだ。

「おのれ…」

 末知女殿は憎々しげにレキシントンを睨むが、レキシントンにはそんなのは全く通じない。

「ハッ! お前が弱いのが悪いのよ。寧ろ儂の方が拍子抜けだ。黒部の次の王だと思ったら、こんな腑抜けが妖怪王を名乗るとはな。恥を知れ!」

「その口、二度と叩けぬ様にしてくれる…!」

 末知女殿は次々に雷撃を放つが、無敵結界がある魔人にはその攻撃は通用しない。

「クッ!」

 今の自分では全く相手にならないのを思い知り、末知女殿は悔しげに呻く。

 その声を聞き、レキシントンは笑う。

「お前雌か。ハハハ! 妖怪とやるのもいいかもしれんな!」

 戦闘の最中だと言うのに、股間を大きくさせるレキシントンを見て、末知女殿は唇を歪める。

 自分は人ならざる姿だというのに、この魔人は関係無く犯す事を選択したようだ。

「どーれ、では妖怪の具合を確かめさせて貰うか」

 レキシントンは末知女殿の手を掴み、宙吊りにする。

 その顔に向かって末知女殿は牙を突き立てようとするが、やはりそれは無敵結界に弾かれる。

「ハハハハハ! いいぞ、もっと抵抗しろ! その抵抗が無意味な事を教えてやるわ!」

 そしてレキシントンがその股間の金棒を末知女殿に突き立てようとした時、

「がははははは! 死ねーーーーーー!! ラーンスアタターーーーーク!!」

「ぬお!?」

 突如とした衝撃に、レキシントンは思わず末知女殿の手を離す。

 無敵結界に阻まれダメージこそないが、その衝撃はレキシントンの体すらも揺らし、完全に油断していた事も有り倒れてしまう。

「俺様の前でレ○プをしようなど百年早いわ! がはははは! 大丈夫か…」

 末知女殿を助けた主が、彼女を見た時、その男の顔が微妙なものになる。

「………狐? え? じゃあお前を犯そうとしたのか? このおっさんは」

「なんじゃ貴様は!? いきなりやってきて失礼な奴じゃな!」

 末知女殿は男の言葉に、先程の事も忘れて思わず噛みつかんばかりの勢いで男を睨む。

 男…ランスは微妙な顔をしていたが、

「やってくれるなあ! どこの誰かは知らんがこのレキシントン様に膝をつかせるなど、やるではないか!」

「ん? レキシントン?」

 ランスから見て、この狐を犯そうとした変態から知っている名前が出た事にランスは驚く。

 そしてその変態の方を振り向くと、

「うげ。お前は魔人レキシントン」

「そういうお前は…おおおおおおお! 小僧! また会ったな!」

 レキシントンはその顔に先程よりもさらに強い気色を浮かべて豪快に笑う。

「凄いねレキシントン。まさか本当にランスともう一度出会うなんてね。あれからもう400年以上経ってるけど、ランスには変化が無いようだしね」

「ちょっとー。まさかアンタ使徒だったとか言うんじゃないでしょうね」

 ジュノーとアトランタも、何処か嬉しそうにランスの顔を見る。

「ハハハハハ! やはりお前がカミーラが探している男だったか! 小僧! 儂と戦え! あの時の続きをするぞ!」

 レキシントンは金棒を構えてランスを睨む。

 そこには非常に高い好戦意欲が伺える。

 もうこれから戦うのが楽しみで楽しみで仕方が無いという気配に満ち溢れている。

「おい、こいつが魔人って奴か?」

 楽しみで楽しみで仕方が無いという顔をしているレキシントンを見て、レイもまた好戦的な笑みを浮かべる。

 たった一人でこのGL期を好きに生きれるレイだが、魔人を見るのは初めてだ。

 まだ魔人とはやりあった事が無かったので、レイはウキウキしながら拳を構える。

「誰かは知らんがまとめてかかって来い! ハハハハハ! 今日は良い日だ!」

 レキシントンは金棒を構えて突っ込んでくる。

 それに合わせる様にレイもレキシントンに突っ込んでいき、二人はぶつかり合う。

 が、当然の事ながら吹き飛んできたのはレイの方だ。

「…お前馬鹿か? 無敵結界がある奴に突っ込んでいく奴がいるか」

「ケッ! その無敵結界がどんなもんなのか確認してたんだよ」

 レイは起き上ると、改めて目の前にいる魔人を見る。

「あれが無敵結界か。厄介だな」

 レイの拳は確かにレキシントンへ当たったはずだった。

 しかしその寸前で、何か壁のようなものに阻まれ、その拳はレキシントンには届かなかった。

「中々やるじゃねえか。これは面白くなってきたな…行くぞ! 小僧共!」

「ちょーっと待った!」

 レキシントンが向かって来ようとするのを、ランスが止める。

「む、何だ」

 レキシントンも意外と律儀にその足を止める。

「お前もそんなに俺様と戦いたいなら、その無敵結界を何とかしろ」

「ハハハハハ! 無敵結界は魔人の持つ力だ! それを使って何が悪い!」

「カミーラは使ってないぞ」

「む」

 レキシントンはランスの言葉を無視して向かって来ようとしたが、『カミーラは無敵結界を使っていない』という言葉に足を止める。

「…本当か?」

「俺様がそんな下らん嘘をつくか。あいつは俺様と戦う時は無敵結界を使ってないぞ」

 ランスの言葉に、レキシントンは使徒二人を見る。

「…無敵結界って解除出来るのか?」

「さあ…俺は魔人じゃないからわからないな」

「でももしかしたら解除出来るんじゃないですか?」

 使徒二人の言葉にレキシントンは考え込む。

 そして、

「よし、じゃあ面白そうだからやってみるぞ! アトランタ! ジュノー! 儂に攻撃しろ!」

「それは本当に面白そうだね。じゃあ行くよレキシントン。デビルビーム」

 レキシントンの言葉にジュノーは笑いながら魔法を放つ。

 ジュノーの放った魔法はレキシントンの無敵結界に弾かれて霧散する。

「上手くいかないねえ」

「よーし、次はアトランタだ。儂に向かってやってみろ!」

「はーい、レキシントン様! デビルビーム!」

 アトランタの放った魔法はやっぱりレキシントンの無敵結界に弾かれる。

「上手く行かんな。よし、もっとやってみるか」

 そしてレキシントンのその一味はランス達を放っておいて、無敵結界が解除出来るかどうかを試している。

「今のうちにとっとと行くぞ」

「いいのか? あの手の奴はしつこいぞ」

 ランスの言葉にスラルは少し悩む。

「構わん。あんな奴は相手にするだけ無駄だ。行くぞ」

「…マジかよ」

 そう言ってあっさりとレキシントンから逃げていくランス達を見て、レイは毒気が抜かれたような顔をする。

「で、あんたはどうするの?」

「…それより何故貴様は我を抱えている?」

 レンは今も動けない末知女殿を抱え、レイに尋ねる。

 レイは少しの間考えていたが、確かに無敵結界を持ってる相手と戦うのは不毛だと考え、大人しくランス達についていく。

 そしてランス達がその場から去った後、

「じゃあ何度目かの…死爆!」

「うおおおおおおお!?」

 ジュノーの放った魔法がとうとうレキシントンの体に傷をつける。

 それはごく小さい傷だが、確かに無敵結界を無視してレキシントンにダメージを与えた。

「そうか! 無敵結界は任意で張れるのか!」

「おめでとうございますレキシントン様!」

「ハハハハハ! 待たせたな小僧共! 今こそ決着を…」

 レキシントンが振り返った時、そこにはもうランス達の姿は影も形も無い。

「…奴等、何処に行った?」

「さあ? そういや見てなかったね」

「もう! レキシントン様から逃げるだなんて無粋ですね!」

 周囲を見渡すが、やはりランス達の姿は何処にも見えない。

「…せっかくここに来たんだ。飲むか!」

 レキシントンは少し考えた後、すぐさまその思考を放棄する事を選択する。

「よーし! 宴会だ!」

 ここはレキシントンの故郷の地獄がすぐそこにある。

 レキシントンの号令に合わせるかのように、無数の鬼達が酒を持って現れる。

 こうしてレキシントンの日々は何時もの様に過ぎ去っていく。

「で、本当はアンタ気づいてたんでしょ? 連中が逃げてくの」

「ああ。でも再びランス達に会えたからね…つまりはケッセルリンクとは繋がりが有るのが確信出来ただろ?」

「…まあそうね。あの女を態々ケッセルリンク自らが取り戻しに来たくらいだしね」

 かつてケッセルリンクは、ランスの仲間の女を態々取り戻しに来た。

 その時からあの人間とケッセルリンクは繋がりがあるとは思っていたが、それが確信に変わった。

 400経過して、ランスに出会えたのが何よりの証拠だ。

「焦る事は無いさ。楽しみは長く続く方がいいだろ? レキシントン的に考えて」

「それもそうねー。じゃあ私達も宴会に参加しましょうか」

 全裸の使徒達も不敵に笑うと、己の主と共に酒を飲み始めた。

 

 

 

 そしてレキシントン達を放っておいてさっさと逃げたランス達だが、取り敢えず魔法ハウスの中でのんびりしていた。

「しかし何でこんな所にあのおっさんが居るんだ」

「魔人に関しては基本的に自由なのだろう」

 魔人レキシントンとの出会いは完全に予想もしてなかった。

 たまたま向かった先がたまたま妖怪王が居た所であり、そこにたまたまレキシントンが居ただけだ。

「で、なんでこいつまでここにおるんだ。俺様の家が毛で汚れるだろうが」

「…我とて好きでここに居る訳では無いわ」

 絨毯が敷かれた所で横になっているのは、末知女殿だ。

 気丈にランスを睨んでいるが、その顔には脂汗が浮かんでいる。

 レキシントンにやられた傷が今も治っていないのだ。

「回復が必要ならかけるけど?」

「いらん。人間の施しなど誰が受けるか」

「ふーん。まあそっちがそう言うなら私は別にいいけどね」

 レンの言葉を末知女殿は不愉快そうな顔で拒否する。

(そうだ。我は人間から施しなど受けぬ。誰が受けるものか…)

 それは妖怪王としてのプライドか、それとも自分を作った人間への恨みか、末知女殿は強い目でランス達を睨む。

「ところで…レキシントンはお前を妖怪王と言った。お前が黒部の後を継いだ妖怪王という事で良いのか?」

「…貴様、黒部殿の事を知っているのか」

 スラルからでた黒部の名前に、末知女殿は目を細める。

 妖怪王黒部…それはJAPANの者ならば知っていてもおかしくない名前だ。

 だが、それが今の時代だというならば話は別だ。

 今の時代がどういう時代なのか、末知女殿も当然良く分かっている。

 流石にこの状況では、末知女殿も陰陽師に言われた己の存在意義を果たす気にはなれない。

 誰もが諦めた顔で、魔物に見つからない様に息を潜めて生活している。

 そこにはこのJAPANを戦乱に包もうとする猛者は存在し得ない。

 末知女殿は何故人間が自分を作ったのか、その意義が全く分からない程だ。

「ああ。お前には信じられないだろうが、我等は黒部の知り合い…いや、友だ」

「黒部殿の友だと? ふざけた事を言うな。黒部殿が死んだのは今から600年以上前の事だ。貴様等人間がそれ程の時を生きている訳がなかろう」

 末知女殿は強い目でスラルを睨む。

「それに黒部殿は初代帝である藤原石丸に仕えた。ホラを吹くのもいい加減にしろ」

 初代妖怪王は2代目妖怪王である末知女殿にとっても偉大な存在だ。

 見るからにJAPANの人間では無い者に『友』と呼ばれるのは、末知女殿にとっても非常に不愉快だ。

「藤原石丸? 誰だそれは」

「貴様…藤原石丸の事も知らずに、よくも黒部殿の事を『友』と呼べたな」

 鋭い目でランスを見る末知女殿だが、その横でスラルとレンが呆れた様子でランスの事を見る。

「ランス、お前は本当に覚えてないのか? JAPANでお前と戦った人間だぞ」

「本当に忘れてるなら、ランスは本当に男の事は記憶にすらしないのね」

「やかましい。藤原石丸…どっかで聞いた事のある名前なのだが…やっぱり思い出せんな」

 ランスは本気で藤原石丸の事を忘れていた。

 男の事を全く記憶に留めない性格と、藤原石丸とは直接戦った回数が少ないので、ランスにとっては記憶には残らない存在となってしまっていた。

 何よりも、その後の事の方が衝撃的であり、どうしてもその人間の事は思い出せなかった。

「貴様…黒部殿を愚弄する気か」

 妖怪王黒部は帝である藤原石丸に従い、この大陸の半分を制覇した妖怪にとっては偉大な存在だ。

 その妖怪王は今を持って尚尊敬されている。

 それを愚弄するなど、妖怪にとっては決して許される事では無い。

「だが黒部は知ってるぞ。あいつは強かったなでかいわんわんのくせに役に立ってたな」

「でかいわんわんだと…!」

 いよいよ末知女殿は殺気立ち、射殺さんばかりの目でランスを睨む。

「そうだろうが。まあ確かに強くはあったな。俺様程では無いがな」

「………」

 そこで末知女殿は思い出す。

 それはかつて自分が妖怪王になってから、禁妖怪と呼ばれる存在と出会った時の事。

 耳なし猫という禁妖怪は、かつて黒部とは交友があったらしい。

 親しくは無かったそうだが、それでも生前の黒部の事を知っている存在だ。

 その耳なし猫が言っていたのは、かつて黒部は帝である藤原石丸に仕える前に、別の人間と共に藤原石丸に戦いを挑んだというのだ。

 そして妖怪王黒部は藤原石丸に敗れ、そしてその人間も姿を消した…そう聞いている。

 だが、その消えた人間は、黒部の事をでかいわんわんと言っていたらしい。

(まさか、な)

 疑問が芽生え、末知女殿はランスを見る。

(そうだ…我は黒部殿の容姿については話していない。そして今の時代、その資料が残っているとすればJAPANだけだろう)

 しかし今は時代が時代、人間がその事を知るのは非常に難しいだろう。

 ましてや相手は明らかに大陸の人間、それこそ黒部の容姿を知っているはずが無いのだ。

「あ、そうだ。そういや黒部が死ぬ時にこいつを受け取ったな」

 ランスが懐から取り出したのは、一本の牙だ。

 それを見て末知女殿は驚愕に目を見開く。

 この牙から放たれる妖力は、間違いなく黒部のものだからだ。

 オロチの牙から生まれた存在である黒部には特別な力が宿っていた…同じ妖怪だからこそ理解出来る。

 これは間違いなく黒部の牙だ。

「…黒部殿の最後を言えるか」

 JAPANでは黒部は藤原石丸と共に、魔人ザビエルに倒されたと伝わっている。

 だが、妖怪王である末知女殿は別の結末を耳なし猫から聞いている。

 それは、妖怪王黒部は大陸で死んだという話だ。

「ああ、あの鬼のおっさんの魔人と戦って死んだ。お前を襲ったあの魔人だ」

「…!」

 ランスの言葉に末知女殿は目を見開く。

 あの魔人の言葉は確かに奇妙なものだった。

 まるで黒部と直接戦った事のあるような言葉…そして、あの魔人は『あの時の続きをする』と言っていた。

(まさかそれが…黒部殿が死んだ時の戦いだというのか?)

 末知女殿は頭が混乱してくる。

 傷の痛みもあり、まともな思考が出来そうに無かった。

「…もういい。我は寝る」

 そしてついに思考を放棄して、痛みを誤魔化すようにして眠りにつく。

 確かに傷は痛むが、それでもこれ以上頭を使うよりはよっぽどマシだった。

「…なんだこいつ」

 好き勝手言って眠りにつく末知女殿を半眼で見て、ランスは不愉快そうにしている。

「そう言うな、ランス。きっとあまりの情報量に頭がついて行っていないのだ。それに傷ついていたからな」

「フン、妖怪王とか言ってたが、こんな奴が居たのか」

 妖怪王、それはランスにとっても中々縁がある存在だ。

 ランスと共にザビエルと戦った政宗、そして同じくレキシントンと戦った黒部。

 そして目の前にいる、妖怪王を自称する狐の妖怪。

(あれ? そういやお町さんが政宗の前の妖怪王だったんだよな)

 妖怪と人間の間に起きた戦争の事は3Gと香から聞いていた。

 あの魂縛りを使い、織田信長と織田香の父が死ぬ原因を作った存在。

 それがお町さんだとランスは聞いていた。

(だけどこいつは…どう見てもお町さんじゃ無いしな)

 ランスにとってはお町さんは、非常に胸の大きい狐耳をした女性だ。

 政宗の嫁とかで、ランスが手出しできなかった女の一人だ。

 正確には、犯そうとは思ったがその前に石に変わってしまった。

 その経験から、ランスは目の前に居る末知女殿が、未来のお町さんだという事には全く気付けなかった。

(いや、待てよ…そういや香ちゃんから何か昔話を聞いたような…確か何とかの恩返しだったか)

 織田香から聞かされたのが、助けた妖怪が恩返しのために人間の嫁になったという話だ。

 その時妖怪は絶世の美女として現れたらしい。

(こいつの声、何となくだがお町さんに似てるな…うむ、ならば人間にも化けれるかもしれん)

 ランスはぐふふと笑う。

 その笑みを見て、スラルとレンは『またランスがよからぬ事を考えている』と頭を抱える。

 こうしてランスに振り回されるのはもう慣れてしまったが、それでもまた何か厄介な事に巻き込まれるのはほぼ確実だ。

「がはははは! これから楽しみになって来たな!」

 ランスは何処までも高らかに笑い続けた。

 

 

 

 魔王城―――この世界の絶対的な支配者がいる城だが、今はそこには安堵の空気が立ち込めていた。

 その理由は単純、今はこの世界の絶対的な支配者が居ないからだ。

 恐怖の支配者が居なくなれば、弛緩するのは無理は無い事だった。

「あー…やっとゆっくり出来るな」

「ああ…ここ最近、死体の始末ばっかりしてたからなぁ…」

 魔物兵達は疲労困憊といった感じで床に寝転がっている。

 人間牧場と魔物牧場は問題無く稼働しているが、問題無く稼働しているせいで魔物の処刑場も問題無く起動してしまっている。

 その死体の始末も魔物兵が行うため、魔物兵には昼夜休みが無い。

 だが、魔王はここ最近何処かへ出かける事が多くなってきたので、魔王が居ない間だけは魔物兵も楽が出来ていた。

 だからといって、人間に対してストレス解消は出来ない。

 魔王が戻って来た時に異常が見つかれば、それだけでその施設の者達が皆処刑される。

 一度そんな事があったので、皆魔王がいない時間は大人しく体を休めている。

「はぁ…キツイよな…」

「ああ…本当にな…」

 魔王はこの世界の絶対的な支配者。

 だが、その配下が必ずしもその支配者からの恩恵にあずかれる訳では無い。

 魔物兵達はひと時の安らぎを何とか味わう事で、その現実から逃れようとしていた。

 

 

 

 ???―――

「異世界…か…」

 魔王ジルは魔法LV3を持つ者だけが使えるゲートコネクトを使って、異世界を探索してた。

 勿論それはジルにとっては知識を集めるという行為であり、同時にこの世界の存在を苦しませるための何か無いかという探索だ。

 だが、やはりそんな簡単には見つからない。

「怪獣世界とやらは…見つからないか…」

 ランスとケッセルリンクが居たという、怪獣界とやらはまだ見当たらない。

 異世界は無数にあるため、そこから目的の世界を見つけるというのはそれこそ砂漠から一粒の砂を探すようなものだ。

「時間が…足りないか…」

 魔王の寿命は約1000年…これもまた魔王ナイチサから聞き出した事の一つだ。

 その1000年の内、400年は既に消費してしまっていた。

「セラクロラスにも…会えぬか…」

 そして時の聖女の子モンスターであるセラクロラスも未だに見つかっていない。

 ケッセルリンクも言っていたが、会おうと思って会える存在では無いらしい。

「何か…必要か…」

 ジルが恐れるのは、このままランスに再び会う事は出来ないのではないかという恐れだ。

 何しろランスは非常に強運…その事を考えれば、自分が魔王の時代にはランスは姿を見せないのではないかという恐れもある。

 何故なら、今の魔王の時代に居ない事が一番の強運だからだ。

「さて…どうするか…」

 だが、それでもジルはその笑みを消さない。

(ランスは…必ず来る)

 それは絶対的な確信。

 今の自分に足りないものをランスは持っており、ランスが足りないものを自分が持っている。

 互いにそれを取り戻すため、必ず再び出会う時が来る。

 それは恐らくは必然であり、運命であるとジルは確信している。

「だから…まだ焦る事は無い…そのための…備えをしていればいい…」

 ジルは自分の指を見ながら、その指に本来存在していたはずの指輪を撫でる様に己の手をなぞる。

「そのためには…まだ撒き餌は必要か…?」

 ジルの願いは再びランスに出会う事、今はそれだけだ。

 それからの事は会ってから考えればいい。

「メディウサ…精々今のうちに好きな事をしておけ…貴様は所詮は餌にしか過ぎんのだからな…」

 魔王にとっては魔人すらも道具に過ぎない。

 そしてその道具は有効に使うのが正しい使い道だ。

 ジルはどこまでも酷薄に笑い続けるが…その目は何処か虚ろなものだった。




レキシントンがあまりにアレかもしれませんが、そういう事が出来るのがレキシントン以外に存在しなかった
アトランタとジュノーが闘神都市に出ているので、性格が分かりやすくてどうしても動かしやすいのと、レキシントンそのものが動かしやすいのがあります
本編での出番は少ないのに分かりやすいというのが非常に良いです

お町さんですが、当初は出すかどうか迷いましたが、イブニクル2のランスモードをプレイしてやっぱり出すしかないと思いました
ランスと出会うと不幸になる人間も多いけど、救われる者も多いから悩ましいです

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