魔人、それはこの世界の絶対的な支配者である魔王の下僕にして、魔王よりもこの世界に接している存在である。
今の時代においては、魔王よりも魔人、そしてその配下の魔物の恐ろしさが人類を縛っている。
人間牧場に居る人間達には最早思考能力は無く、その中でしか生きられない…そんな地獄だ。
その魔人も実は好き勝手に動く事は出来ない。
魔王ジルは魔王である合理性から人間牧場を作った。
それはただ単純に魔王と唯一対抗出来る存在である、勇者という存在を無力化するため。
だから、一定の数の人間の命を確保できさえすれば、ジルにとっては人間はどうでもいい存在だ―――ただ一人の人間を除いて。
元人間の一面として、自分を魔王にした魔族に対しても憎しみを抱いている。
だからこそ、魔王の配下である魔人を自由に動かすのは好きでは無い。
しかし唯一の例外が、魔王が直接命令を下した時、そして魔王がこの世界に居ないときだ。
そしてその魔王の命令である人間を捕えるべく宙を飛んでいる、魔人カミーラが今かの地へと降り立った。
「………」
だが、そのカミーラは目の前の光景に眉を顰めていた。
「あいやーあいやー」
「はにほーはにほー」
「美味いよ美味いよ! ハニ飯美味いよー!」
そこに居たのは見渡す限りのハニーの山だ。
カミーラもハニーについては知っているが、特に興味は無い。
ハニーの魔人であるますぞえすらも見た事が無いくらいだ。
だからこそ、ここにこれ程の数のハニーが集まっている事には少なからず呆れていた。
「あれ? 誰か来たよ?」
「うわー! 凄い美人だー!」
「え? 美人? わーい!」
そして無邪気に笑いながら集まってくるハニーを、
「…邪魔だ」
「「「あいやー!!!」」」
カミーラは無慈悲に叩き潰した。
「うわー! ハニ殺しー!」
「キングだ! キングを呼ぶんだ!」
「「「うわーーー!!!」」」
ハニー達は蜘蛛の子を散らしたかのように散り散りになって逃げていく。
そんなハニーを見ながら、カミーラは己の足で歩み始めた。
目的は只一つ、ランスのみ。
レキシントンからの情報と、魔物将軍ドーイクスの情報を合わせると、ここにランスが居る可能性は非常に高い。
カミーラにとって問題なのは、何故ランスがこのような地に来たのかという事だけだ。
ただ冒険をしに来ただけ、魔物から逃げるため、その何れもあり得る話ではあるが、この地に来たのは何か理由があると踏んでいる。
「はにほー! やあやあこれは態々魔人がこんな所に来るなんてねー」
「王様だー!」
「キングだー!」
そんなカミーラの前に現れたのは、ハニーの王であるハニーキングだ。
「貴様…」
カミーラはハニーキングを睨む。
ハニーの事には興味は無いが、ハニーの王、ハニーキングの事はカミーラも知っていた。
何しろハニーキングはカミーラの王であるKDとも知り合いだ。
当時はドラゴンの王冠と言う名の慰み者に過ぎず、全てを恨んで生きてきた。
そんな中でもあの奇妙な存在…その王を名乗る者がドラゴンの王と親しげならば話は別だ。
「久しぶり…でいいのかな? 元気そうだねー。ハニホー!」
久しぶり、その言葉と同時にカミーラの爪がハニーキングに襲い掛かる。
ガッ!
まるで金属と金属がぶつかったような鈍い音を立て、カミーラの爪とハニーキングの手にある杖が交差する。
「突然だねー。でもそれだけ元気があるなら大丈夫かな? 昔はもっと無気力だったし」
「それ以上喋るな」
カミーラとハニーキングは別に知り合いという訳でも無い。
幼少期のカミーラはドラゴンの王冠として、歪んだ生活をおくっていた。
それが消えたのは、魔王アベルがカミーラをドラゴンの元から拐い、魔人にしたこと。
それによって子を産む事が出来なくなったカミーラはドラゴンからも無価値と判断されてしまった。
所詮はカミーラは象徴であり、子を成すための存在でしかなかったと思わせるには十分すぎた。
そしてそのドラゴンの王と親しかった存在…あの頃は特に何とも思ってなかったが、今となってはその存在すらも気に食わない。
カミーラがそう思うのはある意味当然の事なのかもしれない。
「元気で結構。でも、まだまだ甘いね」
「ほざくな…!」
魔人四天王であるカミーラを前にしても余裕の態度を崩さないハニーキングに対し、カミーラは激昂してその爪を押し出そうとした時、
「…!」
全く動く気配の無い自分の腕に驚愕を覚える。
カミーラは本気でハニーキングを殺そうとしているのだが、その自分の腕が全く動かない。
「はーにほー!」
そしてカミーラの爪がハニーキングの杖に弾かれ、カミーラはバランスを崩す。
「!」
カミーラは次に放たれるハニーキングの攻撃を受け止めようとする前に、ハニーキングの手がカミーラの腹部にぶつかる。
それは無敵結界にぶつかり、決してカミーラに当たる事は無い。
だが、それだけでカミーラは宙に吹き飛ばされる。
カミーラの視点から、ハニーキングの姿がどんどんと小さくなっていき、そしてとうとうハニーキングの姿が消える。
同時にカミーラの背中に強い衝撃が走ると、カミーラは水の中に居た。
勿論魔人故に窒息死などしない。
すぐさま翼を使い水上へと上がる。
「………!」
周囲を見渡し、カミーラは唇を噛む。
魔人である自分が、あの島の外へと弾き飛ばされたのだ。
それも無敵結界の上からたったの一撃で。
それはカミーラにとっては屈辱であり、同時に久々に味わう感触でもあった。
「フ…ククククク…!」
カミーラはその事実に気づくと、その口から出て来たのは笑いだった。
「そうか…そうだったな。本来我等はそういう存在だったな」
ドラゴンはこの世界最強の存在。
あの魔王ククルククルですら、ドラゴンとの長い戦いの中で命を落とした。
ククルククルにトドメを刺したドラゴンであるアベルが次の魔王となり、そしてそのアベルもマギーホアに敗れた。
そしてそのマギーホアが対等に、そして親しげに話していたのがあのハニーの王だ。
「ククク…この私をどこまでも惨めにさせた遺産が…」
魔人カミーラは奴隷のような扱いをされ、そして最後には捨てられた。
新たな時代が始まっても、その事実はカミーラの中では決して消えない。
「まあいい…」
あのハニーの王は明らかに自分よりも強い。
もしかしたら魔王ともやりあえるくらいの強さを持っているのかもしれない。
だが、カミーラにはそんな事はどうでも良かった。
「だが確かにあったな…あの家が」
カミーラは吹き飛ばされはしたが、確かにランスの持つ移動式の家を確認する事は出来た。
自分も何度かその中に入った事があるから分かる。
「七星も中々の拾いものをしたのかもしれんな…」
そしてその事実を掴んだのは、あの魔物将軍だ。
カミーラは一々魔物将軍の名前など覚えてはいない。
全ての事務は優秀な使徒である七星が対処している。
その七星が見つけてきた魔物将軍は、存外に優秀だったようだ。
カミーラはもう一度己の翼で宙を舞い、再びカイズへと降り立つ。
「うわーーーーー! また来たーーーーー!」
「うわーーーーーん! キング! ハニーキングー!」
再びハニー達が騒いだかと思うと、
「はーにほー!」
同じ様にハニーキングが現れる。
「やあやあカミーラ。まさかもう一度ここに来るなんてね。何か良い事でもあったのかな?」
ハニーキングの言葉にカミーラは薄く笑って見せる。
「貴様に用は無い。私はランスと戦いに来ただけだ。何処にいる」
「あーそうかーランス君かー。でも残念だけど、ランス君は今ダンジョンアタックしてるよー。君達を倒すためにね」
意味深に笑うハニーキングを見て、カミーラは薄く笑う。
「ククク…そうか。ランスはより強くなるつもりか…それも良かろう」
今更カミーラはハニーキングの言葉を疑わない。
あの攻防だけで、カミーラは全てを理解した。
ハニーキングは間違いなく自分よりも強い…それも圧倒的にだ。
無敵結界がある故にカミーラは倒されないが、それだけだ。
「今ランス君に手を出すのは…ちょっとおすすめ出来ないかな」
「構わん…奴が強くなればなるほど、私の力を見せつけることが出来る…いくら強くなろうとも、このカミーラからは逃げられぬ事も理解しよう」
カミーラは楽しそうに笑う。
「お前が何をしようが私には関係無い。貴様も私に干渉をするな」
「別にいいよー。ランス君に戦いを挑むのはそっちの勝手だしね。でも、少しくらい大目に見てあげなよ」
「フン…」
ハニーキングとの話が終わると、カミーラはそのまま翼を羽ばたかせて、ランス達の拠点である魔法ハウスに向かう。
そしてその家の上に飛び乗る。
「王様ー。いいの? アレは魔人だよねー」
「怖いよねー。暴れ出さないかな? びくびく…」
「大丈夫だよ。むしろ今の状況は好ましいとも言えるかもしれないしね。でも変われば変わるなー…これも天の意志なのかもしれないねー」
ハニーキングは意味深な言葉を呟いて、少し嬉しそうに笑う。
「まあボクが何かやった訳でも無いし、彼女も文句は言わないでしょ。だって本当にボクは何もしてないんだから」
ランス達とハニーキングが出会ったのは完全なイレギュラー。
今回のカイズでのダンジョンの件に関しては、ハニーキングが少しだけ贔屓した。
だが、これくらいならハニーの行動範囲内なので文句は出ないだろう。
何しろハニーとはそういう風に作られた存在なのだから。
「さーてボクはボクで楽しむとするかな。でもランス君、本当にいいものを持ってきてくれたなぁ…」
ランス達が今日の冒険に出る前、ハニーキングはランスから一つのラレラレ石を受け取った。
ランスは非常に不機嫌な顔をしていたが、石の内容を見てハニーキングは納得がいった。
流石にあのシーンを人間が見ても性的興奮を抱くなどありえないだろう。
ハニーからすればとんでもないヴィッチの映像なのだが、人間から見ればただ土をこねているだけだ。
「色々とラインナップは用意してあげないとね…さーて、忙しくなりそうだ」
ハニーキングは笑いながら自分のコレクションを見るために移動を始めた。
「がははははは! とーーーーーーっ!!!」
ランスの一撃がモンスター達を吹き飛ばす。
ランスアタックの衝撃波はランスのレベルに比例して上がっていく。
そして後天的にではあるが、神の悪戯によって上がってしまった技能レベルもあり、並のモンスターでは最早ランスを止めるのは不可能な程だ。
「ふむ…」
そんなランスをスラルは見ていたが、その顔は何処か不満気だ。
「どうしたスラル。何か不満そうだな」
そのスラルを見て、お町が声をかける。
「ああ…お町。お前はランスをどう思う? この場合はランスの強さの事だ。人格の事じゃ無い」
人格の事を言いだせば、ランスは決して褒められた性格では無い。
誰もがランスは悪人だと言うだろうし、ランスもそれを自覚はしているだろう。
だからこそ、人の好意には結構鈍感な所もある。
「人格の事を言えばランスは間違いなく悪党じゃな…だが強さに関しては強いな。JAPANでは藤原石丸こそが人類最強の存在だと疑われていないがな」
お町は当然藤原石丸の事は知っている。
勿論知識としてなのだが、それでも自分を作った陰陽師達から聞かされていた。
帝にして、世界の半分を手に入れた男、そしてそれ故に魔王に目をつけられて、魔人ザビエルに打ち倒された男。
「じゃが、我はこの世界の事は知らぬ。ランスやお前達がほぼ初めての人間との出会いだ」
「まあそうだな…今の時代、絶対的な強者が生まれるような環境でも無いか…」
人間牧場、魔物牧場…この世界の闇であり、人間の暗黒の時代。
魔物に管理された世界では、人間を逸脱した存在が生まれても、その才能が活かされる事は少ないだろう。
「しかし、我が聞いた話では藤原石丸は魔人ザビエルと互角に渡り合ったと聞く」
「確かに藤原石丸は強かった。剣技だけならランスすらも上回っていた。だが、ランスもまた同じ高みに上れるとは思うのだがな」
スラルにとってはランスの力は凄いと思っている。
だが、それに技が加われば尚ランスの力は上がるだろう。
(しかしなあ…ランスはそういう事は嫌いのようだからな)
ランスは努力とは無縁の男だ。
己の才能と閃きと強運で全てが上手く行っている。
「高みか…剣には疎い我には全く分からぬ話だな」
お町は苦笑しながらランスを見る。
ランスはレンとレイと共に暴れている。
「問題はランスか…だが、こればかりは我では全く役に立てぬからな…」
剣の扱いについてはスラルは素人同然だ。
(ガルティアも凄まじい剣の腕は持っていたが…純粋な剣だけではランスや石丸の方が上だからな…)
ランスには剣を教える存在が居れば、より高みに行けるとは思う。
思うのだが、
(ランスがそんな簡単に教わる人間じゃないか…それこそ強い女でなければ無理だろうな…)
ランスの才能は本当に惜しいのだが、ランスに剣を教えられる存在が居ない。
何か切っ掛けがあればいいのだろうが、どうやらそれは今では無いようだ。
「剣か…我には全く縁の無い話だ。じゃが、お前がこれ以上考えても仕方ないのではないか?」
「そうなのだがな…どうにも勿体無く見えてな」
スラルから見ればランスの剣の腕前は勿体無いのだ。
「ランスの技が有ればより一層強くなれると思うのだがな…」
「あやつにその気が無い以上仕方ないじゃろう。ランスは強さに意味をみていないのだろう?」
「…そうだ。だからこそ、我はランスを見込んだのだからな」
ランスは強さを求めない。
ランスにとっての強さとは、自分がこの世界で好き勝手生きるための手段の一つに過ぎない。
「おい、何をやっておる。とっとと行くぞ」
ランスの呼び声にスラルとお町は顔を見合わせると、
「ああ、今行く」
「そう急かすな。時間はまだあるのじゃろう」
今日もランスは何時も通りに冒険を楽しんでいた。
そして時間となり、ランス達は地上へと戻って来る。
「今回は楽だったな」
「そうだな。以前ほど理不尽な連中は居なかったな」
今回はスタンプをすんなりと押せ、地上へと戻って来ることが出来た。
ランスがこのダンジョンのアタックを始めてから、スタンプが6個溜まった。
この調子でいけば、意外とすんなりとダンジョンのクリアを出来そうだ。
なのでランスも中々上機嫌に魔法ハウスに戻ろうとした時、凄まじいプレッシャーが襲い掛かる。
「こいつは…」
レイとエドワウも凄まじいプレッシャーには冷や汗を流す。
これはあの時に感じた魔人レキシントンと同じ気配だ。
いや、あのレキシントンをも上回るプレッシャーだ。
「…あいつも本当に暇だな」
「昔はもの凄い怠惰で、我が命令権を行使しなければ全く動かない奴だったんだがな…」
ランスとスラルは呆れたように目の前に居る魔人を見る。
「久しいな…ランス」
そこに居たのは、魔人四天王の一人にして、ランスとも因縁を持つ魔人カミーラだ。
「お前もいい加減にしつこいな。カミーラ」
ランスは呆れたように魔人カミーラを見る。
「こ、これが魔人四天王の一人、魔人カミーラ…!」
エドワウは剣を抜くが、そんなエドワウを無視してカミーラはランスを見る。
「ククク…お前の奴隷が魔王になった気分はどうだ」
カミーラはランスを嘲笑うと、ランスは反射的に剣を抜く。
「良い目だ…お前でもそんな目をするのだな」
そんなランスを見て、カミーラは心から嬉しそうに笑う。
それは嘲笑では無く、新たな一面を見た事への喜びのようにも見える。
そしてそんなカミーラに対して、レイが真っ先に動く。
正にカミーラの不意を突いた攻撃。
無敵結界が有ると分かっていても、レイにはそんな事は関係無かった。
ただ目の前に強い奴が居る、レイにはそれだけで十分だった。
「愚かな…」
「グハッ!」
しかしそんなレイを、カミーラはその腕で吹き飛ばす。
カミーラが無造作にレイを払っただけだというのに、レイの体は宙に吹き飛ばされる。
レンはそんなレイを空中で受け止めて地面に着地する。
「あんた馬鹿? 魔人に対して無鉄砲過ぎよ」
「…ケッ」
呆れた様子のレンに対してもレイは毒づくだけだ。
だが、
(…つええな)
今の無造作に吹き飛ばされた事で、レイは魔人カミーラの強さを感じ取っていた。
あの時魔人レキシントンに殴り掛かった時のような硬い感触は返ってこなかった。
つまり、魔人カミーラはレイの腕を受け止めて、無造作に投げ捨てただけなのだ。
無敵結界を使わずに、片腕だけでレイをあしらったのだ。
「…貴様か。ジルが探していた人間は」
カミーラは一応はジルの命令は忘れていない。
魔人が自由に動けるのは、件の人間を探すという命令があったからだ。
そしてランスと共に居る男という事ならば、この人間が例の人間である可能性は非常に高い。
カミーラもあの一瞬の攻防でレイの力は感じ取っていた。
確かに人間の中では突出していると言っても良い。
だが、それでも魔人であるカミーラには遠く及ばないというだけだ。
「まあいい…私は貴様に用は無い。ランス、貴様を私のモノにしに来た。ただそれだけだ」
「うーむ…俺様は知らんが、もう1000年以上前の話だっただろうが。お前は意外としつこいな」
「魔人の生は永遠だ。1000年前だろうが、お前が生きている限り私の決意は変わらん。お前はこのカミーラの前に跪くのだ」
カミーラの気配が膨れ上がると同時に、カミーラの破壊力のあるブレスがランス達を襲う。
「ぐあっ!?」
「ぐうっ!」
突然のブレスの一撃に巻き込まれ、エドワウとお町が吹き飛ばされる。
「突然だな、カミーラ」
スラルはカミーラのブレスを魔法バリアで防ぐ。
レンはランスをガードし、レイはたまたまレンの後ろに隠れた事で難を逃れる。
「弱い奴等に用は無い。ランス…いや、貴様等全員で来ても構わぬ。来るがいい」
カミーラは魔人の気配を全開にする。
ランスにとっては既に何度も感じ取っているプレッシャーだ。
「こいつは…たまらねえな」
レイはこれ程のプレッシャーを放つカミーラを見て、その顔に笑みを浮かべる。
あの時の魔人レキシントンをも上回るその気配は、レイの闘争本能に火をつけた。
だが、先に攻撃を仕掛けたはずのカミーラから攻撃的な気配が消えていく。
「…ランス?」
そしてカミーラに対して行動を起こさないランスにレンが眉を顰める。
「ランス…貴様、このカミーラを愚弄しているのか」
カミーラも自分に向かってくる気配が無いランスに対して、静かな怒りと共に睨みつける。
だが、そんなカミーラの怒りも何処吹く風と言わんばかりに、そして如何にも面倒くさいと言いたげな表情をランスは崩さない。
「いや、飽きた。というかやる気が起きん」
「…何だと?」
これまでランスはカミーラとは何度かぶつかってきた。
勿論その間柄は敵同士ではあるのだが、別に互いが互いに憎みあって戦っている訳でも無い。
カミーラはランスという人間を完全に自分のものにするために、ランスはそんなカミーラを返り討ちにしておしおきセックスをするために。
だが、そんなランスがカミーラとの戦いに全くやる気が無いと言う。
「というかお前は俺様を使徒にしたいんだよな」
「…そうだ」
「まあ無理矢理しようとしないのはいい。だが問題はそれ以外だ」
「何だと…?」
ランスの言葉にカミーラは怪訝な表情を浮かべる。
「それはだな…俺様が勝った時の取り決めが何も無い事だ!」
「………」
勢いのあるランスの言葉に、カミーラは思わず無言になる。
少しの間無言だったカミーラだったが、
「お前は…本気でこのカミーラに勝てると思っている気か?」
「当たり前だろうが。実際俺様は一回お前に勝ってる訳だしな。まあ今はそんなのはどうでもいい。とにかく!」
一度ランスは言葉を切ると、ズバッとカミーラに指を突きつける。
「俺様がお前に勝ったらお前は何をしてくれるというのだ!」
「………」
ランスの言葉はハッキリ言って無茶苦茶だろう。
魔人に対してこんな事を言える人間など、正気の沙汰では無い…それが人間の常識だ。
何故なら、人間は決して魔人に勝つ事など出来ないというのが世界の常識だからだ。
だが―――この男にはそんな常識など関係ない。
だからこそ、これまで不可能と言われていた魔人の撃破、そして魔王の歴史を打ち壊したのだから。
「…ならばお前はこのカミーラに何を望む」
「そんなのお前から言え。大体俺様は負けたら一生お前の使徒になるんだろ。だったらそれに釣り合うものを用意しろ」
「………フッ。お前はこのカミーラに対して本当に面白いことを言う」
カミーラはランスに対して鋭利な笑みを見せる。
だが、その笑みは決してランスに対して不快感を見せている訳ではない。
「なるほど、だが人間が魔人に対して要求するなど…身の程知らずもいい所だな」
「お前が魔人だの何だの言い出すなら、無敵結界を使って襲ってくればいいだけだ。それも使わんくせに、都合のいい時だけ魔人だのと何だのと言うな」
ランスの言ってる事は無茶苦茶なのだが、それでもカミーラはその言葉を、
「良いだろう…お前がこの私に勝った時は、このプラチナドラゴンのカミーラを王冠として掲げる事を認めてやろう」
「!」
その言葉に驚いたのはスラルだ。
そして同時にカミーラは本気で、どんな事をしてもランスを手に入れるつもりだと悟る。
カミーラの出生についてはスラルも知っている。
知識を得る過程で、ドラゴンの歴史についても調べた事があるからだ。
スラルとしてもプライドが高く、扱い辛いカミーラに余計な事を言う必要も無いと黙っていたが、まさかカミーラから『王冠』の二文字が出るとは思ってもいなかった。
『生ける王冠』とはカミーラにとっては屈辱であり、忘れがたい日々だし、それが元でカミーラは歪んでいったのは想像に難くない。
だが、そのカミーラ自身がハッキリと明言したのだ。
「…よく話が分からんな。つまりはお前を好きにしていいという事か」
「…概ねそう考えても構わぬ。だが、それを告げた以上…お前は絶対にこのカミーラから逃れられはせぬ」
カミーラの唇が弧を描くと共に、ランスの顔にも喜びが表れる。
「がはははは! そうなら話が早い! 俄然やる気が出てきたな」
ランスからは凄まじい気が膨れ上がるのが分かる。
(…相変わらず、女の事になると本気を出すのだな)
スラルはそんなランスに呆れながらも、ここでランスを倒させる訳にはいかないと自分も構えた時―――
「はにほー! そこまでだよ。このカイズにいる間は私闘は認めないよー。言ったよね、カミーラ。君がランス君の邪魔をするなら、ボクはランス君に付くよ」
「ハニーキング」
突如としてハニーキングが現れる。
そんなハニーキングに対して、カミーラは忌々しそうに唇を歪めるが、すぐに戦闘態勢を解く。
「…どういう風の吹き回し? ハニーキング」
「言葉通りだよ。ボクはボクのやりたいようにしてるだけだけど…やっぱり今は『こっちの方』が大事だからね」
以前から真意をぼかす様な口は気に入らないが、カミーラが大人しくハニーキングの言葉に従ったという事は、つまりはそういう事なのだろう。
(相変わらず底の見えない存在だ)
だが、勿論そんな事は口に出さない。
ハニーキングの言葉はスラルからしても渡りに船だ。
今の状態で、カミーラと戦いになるのは好ましくないのだ。
「まあいい…ランス。その試練とやら、とっとと終わらせる事だ…」
カミーラは振り返ったかと思うと、そのままランスの魔法ハウスの中へと入っていく。
「…おい、いいのかよ。あいつ、堂々と入っていったぞ」
レイはそんな魔人の行動に首を傾げる。
「いいんだ。あいつはああいう奴だ。言っても聞かないから黙っておけ」
ランスもそんなカミーラの態度に対しては何も言わない。
言って従う存在ではないし、何よりもこれからの楽しみが増えたことはランスにとっても良い事だ。
こうしてランスはカミーラとの再会は終わった。
新たな波乱を呼び込むことを確定させながら。
1回目のワイクチンで熱を出す
2回目が非常に怖いです
本当に腕が痛くなる事を実感してきつかったです