ランス再び   作:メケネコ

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戸惑い

 カイズへと向かう船の一隻。

 そこには魔人ケッセルリンクとその使徒だけが乗っていた。

 これは魔人故に当然とも言える配慮だと言える。

 そもそも、魔人は魔物将軍からも恐れられる存在、逆らえば待っているのは死だ。

 それが魔人四天王であるケッセルリンクならば尚更だ。

 勿論そんな事は無いのだが、ケッセルリンクとしても自分の使徒だけと一緒に行動できるのは助かっていた。

「ケッセルリンク様…心配ですか?」

 シャロンがローブを纏っているケッセルリンクの顔を見て不安そうな顔をする。

 勿論ケッセルリンクの懸念は、ランスの事だ。

 ジルを失った事から、少しばかりか自棄になっていた傾向のあったランスの事が心配なのは皆も同じだ。

 その中でもランスとの付き合いが最も長く、カラーであった時から共に魔人と戦った戦友のケッセルリンクならば尚更だ。

「いや…ランスの精神面に関してはあまり心配はしてはいないな。だが、問題なのはやはりカミーラや他の魔人の事だな…」

「他の魔人…ですか?」

 主の言葉にバーバラは首を傾げる。

「ああ…今は魔王が数百年ぶりに魔人に出した、ある意味魔人が自由になれる命令…という事になるのだろう。私はその数百年は直接は知らないが、ジークの言葉からすればそういう事だ」

 ケッセルリンクがGL期に戻ってきたのは、ジルが魔王になってから数百年後…魔人の感覚からすれば最近だ。

 そして魔人ジークや使徒七星の言葉を考えれば、魔王によって締め付けられていた魔人達が思うように動く…それは人間にとっては危険な事だ。

「ランスには奇妙な縁が…強い者を引き付ける力がある。ならば、ジル様が捕獲を命じた人間がランスと共に行動している可能性は高いとは思っていた。そして七星の言葉からそれは現実になった」

 七星はジルが捕獲するように命じた人間ではなく、ランスを追跡していた。

 が、それと同時に魔人レキシントンからの情報で、ジルが捕える様に命令していた人間が居る事も分かってしまった。

 そして魔物将軍ドーイクスは中々に優秀で、見事にランス達の痕跡を見つけ出したようだ。

「でも本当にランスさんが居たとしたら、本当に魔人と縁がありますよねー。人間からしたらそれは悪い事なのでしょうが」

 加奈代の言葉にケッセルリンクは苦笑するしかない。

「ああ…本来は不幸な事なのだがな…しかし、ランスはカミーラ、メガラス、ガルティア、レキシントン、オウゴンダマ、コークスノー、トルーマンと会って生きている。そして魔人になる前とは言え、パイアール、レッドアイ、そしてノス…考えられんな」

 改めて口にしても、人間がこれほどまでの魔人と出会い、そして生き残っているなど奇跡に等しいだろう。

 しかもカミーラやレキシントンは明らかにランスを追跡している。

 世界にいない時間も多いが、この世界に居れば必ず魔人と縁が出来るというある意味有難くない力だろう。

「改めて聞いてもとんでもない事ですよね…」

 ランスとは長い付き合いで、魔人との戦闘経験もあるエルシールもため息をつく。

 ランスもそうだが、自分もよく生き残っていた物だとある意味感心してしまう。

「あの…ちょっといいですか? ケッセルリンク様」

「何かね、バーバラ」

 夜にも関わらずローブを纏っている主を見て、バーバラはとうとう自分の疑問を抑えきれなくなった。

「その…どうして顔を隠してるのですか? 私としては…ケッセルリンク様のお顔が見れないのが寂しいです」

「ああ…その事か」

 ケッセルリンクも苦笑してバーバラの耳元へと口を近づける。

「私はカラーだ。そして何故かハニーはカラーを目の仇にしているからね。少しでも物事を荒立てないようにしているだけさ」

「え、そうなんですか…?」

 バーバラからすれば、ハニーはモンスターの一味である。

 確かに煩いし、フリーダム過ぎるし、強いハニーは本当に強いし、厄介な存在ではある。

「ケッセルリンク様は寛容ですが、ハニーにはあまり関係ない事のようですし…」

 二人の声が聞こえていたパレロアも困ったような顔で頷く。

 とにかくハニーに関わると疲れてしまう。

 使徒となっても、やはりハニーの厄介さは変わっていない。

「さて…ランスがあの島にいるなら…ある意味逃げるのも大変となるが…どうなるものかな」

 ケッセルリンクは複雑な心境を抱きながら、カイズと呼ばれる島へと向かって行った。

 

 

 

 

 魔人、それはこの世界を支配する絶対者である魔王からその血を与えられた存在。

 この世界に24体しか存在する事が出来ず、魔人になる事はこの世界に生きる者にとっては絶対的な憧れだ。

 不老不死にして、無敵結界の存在により決して死なない存在。

 誰もが魔王に見初められ、魔人になりたいとおもうだろう。

 それは虐げられた人間も決して例外では無い。

 そして魔人は人間を犯し、殺し、気の向くままにいたぶる恐ろしい存在。

 そんな存在が、今人間の目の前で―――ソファに座ってワインを片手に寛いでいた。

 ごく自然に食料の保管庫からワインを取り出したカミーラは、グラスを片手にワインを楽しんでいるようだった。

 そのカミーラを、レイとお町、そしてエドワウは各々違った表情で見ていた。

「まだ若いか…無理もあるまい。どうやら以前にお前と別れてから、そう時間は経っていないようだな」

 ワインをその舌で味わいながら、カミーラはその味に眉を顰める。

 ワインの収集はカミーラの趣味の一つで、以前にランスと出会った時に、密かに自分のコレクションの一つを魔法ハウスに置いておいた。

 まだ若いワイン故に寝かしておいたのだが、カミーラの想像以上に時間は経過していなかったようだ。

「というかお前は何時の間にそんな物を置いておいたのだ」

「フン…」

 ランスの問いを無視して、カミーラはその若いワインを敢えて楽しむ。

 まだまだ飲み頃とは言い難いが、こうして再びこのワインに出会えたのはそれはそれで良いものだった。

「カミーラ。お前がここに来たのは、レイを捕える…という口実でか?」

「あん?」

 スラルの言葉にレイは思わず声を上げる。

 自分を捕える、という言葉が出て来てはそれは当然の態度だろう。

「私はジルの命令になど興味は無い…私が狙うのはランスだけだ。だが、お前の言葉は肯定してやろう…魔王からはそこの人間を捕獲するように命令が出た」

「…魔王の命令か」

 カミーラの言葉にスラルは頭を抱える。

 カミーラだけが動くのならばまだ問題は無い。

 だが、魔王の命令となれば話は別だ。

 この世界にいる魔人達が、レイという人間を狙ってこれからも現れるという事だ。

「ちょっと待て。お前ら一体何の話をしてやがる?」

 レイは話の本人なのに状況が全く呑み込めていない。

 そんなレイを、スラルはため息をつきながら見る。

「簡単な話だ。魔王がお前を捕える様に命令した。しかも魔人を動かしてだ」

「…は?」

「良かったな、レイ。これからはお前の嫌いな退屈とは無縁の生活が出来るぞ」

 スラルの皮肉にレイも難しい顔をする。

 もしこれがランスと出会う前なら、レイは嬉々として魔人にも向かって行ったかもしれない。

 だが、ランスと出会う事によって、戦う前の『準備』というのを知ってしまった。

「…へっ」

 しかし、それでもレイは笑って見せた。

 それは非常に挑戦的な笑みだ。

「上等じゃねえか…と言いてえけどな。流石に勝てねえと分かってる喧嘩をするのも馬鹿らしいな…」

 レイはこれまで魔人が強いとは知っていたが、魔人の真の強さである『無敵結界』の事は知らなかった。

 無敵結界の存在を知ったのは、魔人レキシントンとぶつかったからだ。

 猪武者とも言えるレイだが、流石に勝負にならない喧嘩を売るつもりは毛頭なかった。

「ちょっと待て。という事は、こいつが居る限り魔人がやってくるという事か?」

「そうなるな」

「…いかーん! それはいかんぞ。魔人が群がって来るのは流石に面倒くさい」

 ランスは今の状況を理解し、レイを睨む。

「よし、お前さっさと出ていけ。そしてとっとと魔人にでも捕まって来い」

「いやなんでだよ!」

 レイはランスの言葉を聞いて流石に激昂する。

「確かに俺様は無敵だ。だが、魔人がお前を狙ってやってくるのは面倒臭い。という訳でとっとと出ていけ」

「こ、この野郎…」

 レイは怒るが、まあランスの言う事も理解はしている。

「まあ待て、ランス。今の状況でレイがいなくなるのは流石に不便だ。このダンジョンを攻略するためには、人手は多ければ多い程いいだろう」

「そうよランス。確かにこいつは粗暴で短気で突っ込む事しか考えてない奴だけど、囮にはなるでしょ」

「どういう意味だそりゃ」

 スラルの言葉はまだレイをフォローしているが、レンは完全にレイを馬鹿にしている。

 レイの眼光にもレンは全く意にも介さずに逆にレイを睨む。

「言ってる事は間違っていない。アンタは協調性が皆無。ランスも協調性は無いけど、無鉄砲では無いし」

「………」

 レンの言葉が突き刺さり、レイはぶすっとした顔で椅子に座る。

 まあレイもその辺りは自覚はしているし、これまで誰かと協力するなんて事はした事が無かった。

 今は確かにランスと行動を共にしているが、協力しているかと言えば微妙な所だろう。

「ケッ!」

 そしてとうとう不貞腐れた様に捨て台詞を吐くと、そのまま自分が使っている部屋へと消えていった。

「なんだあいつは」

「こういう時にどういう態度をとっていいのか分からないのだろう。これまでに人と協力した事など無いのだろうからな」

 スラルは冷静にレイの行動を分析する。

(だが、意外とランスの言葉は聞くのだがな。敵愾心…というよりも、ランスと競い合いたいような一面が見えるからな)

 レイはこれまで一匹狼で行動していたので、こうして誰かと協力して行動するという事が苦手なのだろう。

 それだけの力は有るし、魔王が目につけるのも納得はいく。

 だからこそ、ランスとどういう風に競ればいいのか、それが分からないようにも見える。

(だがそれに気づくのは自分自身であるべきだ。それに我が言ってもへそを曲げ兼ねんしな)

 彼の性格に関しては、自分の様にランスの側に近い者が口を出すべきでは無いだろう。

「それよりカミーラ。お前は我の質問に答える気はあるか?」

「………」

 スラルの言葉にはカミーラは無言で返すだけだ。

 ある意味分かり切っていた回答に、スラルはため息をつくしかなかった。

 昔から嫌われている…と言うよりも無関心だったが、ランスと出会ってから何となくカミーラが自分を嫌っているような感触を感じる。

(無関心よりはいいのかもしれんがな…)

 そんなカミーラの変化が良い事なのか、悪い事なのかは分からない。

 ただ、カミーラがランスへの執着を持っているのは事実だ。

「しかしこれが魔人か…そこに居るだけでも凄まじい圧力だ…」

「ああ…ランス達はよく平気じゃな…」

 エドワウとお町は自分達にすぐ側に魔人が居る、というだけで気が気では無い。

 エドワウはこの世界の惨状と、人間である事から来る魔人への純粋な恐怖。

 お町はこの前に味わった魔人の強さと恐怖から。

 ただ、カミーラはこちらに視線を向ける事無く、ただランスを見ているだけだ。

「あまり気にしない方がいいけど、なるべくは大人しくしてなさい。唐突に殺される危険もある訳だし」

 レンの言葉にエドワウもお町も頷き、そそくさと自分の部屋へと戻る。

 幸いにも、カミーラがこの二人に関心を抱く事は無かった。

 

 そしてその夜―――

「で、お前がここに居ると言う事は、そういう事でいいんだな」

 ランスは自分の部屋に居るカミーラを見てニヤニヤと笑う。

「…相変わらず下品な顔だ」

「その下品な顔の奴を使徒にしようとしているのはどこのどいつだ」

 カミーラの言葉にはランスは全く表情を崩さない。

 カミーラも別に特に皮肉を言った訳でも無く、怒りを見せる訳でも無い。

「お前に聞きたい事がある」

「ほう。カミーラが俺様に聞きたいとは珍しいな。まあ久々に会ったんだ。答えてやろう」

 魔人を相手にも全く怯まないランスにも、カミーラは気分を害する事は無い。

 もしこれが普通の人間なら、カミーラに無礼を働いたという事で粛清されるだろう。

「ナイチサはどうなった」

「………誰だそいつ」

「魔王だ。ジルを魔王にした先代魔王ナイチサ…お前はその場に居たのだろう」

「ああ…あいつか」

 魔王ナイチサ―――それはランスの奴隷であるジルを魔王にし、ランスとジルの子供を殺した存在。

 ランスにとっては絶対に許せない存在ではあるが、ジルを元に戻せるという可能性を示唆され、先代魔王の事は忘れていた。

 そしてカミーラも、事の詳細はケッセルリンクからは聞いてはいたが、それでも本人の口から聞いておきたかった。

(ケッセルリンクはランスに肩入れをしているからな…)

 魔人としては人間に近すぎるとは思うが、カミーラも特にケッセルリンクに何かを言うつもりは無い。

 それはケッセルリンクが絶対的な強者だからだ。

「知らん。確かに一撃かましたが、その後の事は全く分からん。その後で変な場所に飛ばされたからな」

 その後は怪獣界に飛ばされ、中々面白いダンジョンを攻略していた。

「そうか…しかし魔王にも一撃を入れたか。ククク…あの男にすれば屈辱だろうよ」

 魔王ナイチサが重傷を負った事はカミーラも当然知っている。

 あの魔王に重傷を与えるなど、一体どんな存在が現れたのかと警戒はした。

 もしかしたら、カミーラを魔人へと変えたアベルが倒されたように、マギーホアが動いたのかとも思ったほどだ。

「まあいい…お前にこのカミーラの寵愛を与えてやろう…」

 ナイチサがどうなったのかは知りたかったが、恐らくそれを知っているのはジルだけなのだろう。

 そしてあの魔物に過酷な生活を強いているジルが、先代の魔王に何をしたかは想像に難くない。

 ならば、その事は最早どうでもよく、カミーラとしても久々の行為をするのも良かった。

 それは本来はカミーラにとっての性処理のはずだった。

「するのはいいが、俺様が勝ったらお前を本当に好きにしていいんだな?」

「本当に魔人と戦って勝てると思っているようだな…だが、嘘は言わぬ。このプラチナドラゴンの名に誓ってな」

 カミーラが衣服を脱ぎ捨てるとその見事な肢体が露わになる。

「おお…」

 ランスはそのカミーラの体を見て思わず感嘆の声を出す。

 やはり何時見てもカミーラの肉体は素晴らしいのだが、今のカミーラからは野性的な美しさを感じていた。

 初めて出会った時から美人だと思っていたが、やはりその時は倒さなければならなかったので、倒してから犯すなんて事は考えられなかった。

 カミーラと戦った後は、疲れてその場でシィルと共にダウンしていた。

 その後で動けないカミーラを何度か犯したが、こうして目の前であのカミーラが自ら肌を晒すとなると、やはり別格だ。

 勿論これまでにカミーラとは何度もしてはいるのだが、今のカミーラはランスから見ても非常に美しく見えた。

 野性的とでも言うべきか、目には感じられない魅力をカミーラから感じ取っていた。

「うーむ、相変わらず良い体だな」

 ランスも同じ様に服を脱ぐと、そのハイパー兵器は既に天を向いていた。

 カミーラはそんなランスに何も言う事も無く、ただランスの体を見ていた。

(ふむ…やはり強くなっている、か。いや、私が若干弱くなったか…)

 ドラゴン故の嗅覚が働くのか、今のカミーラにはランスが非常に美味そうに見える。

 勿論それは食べるという事では無く、極上のワインがそこにある、という感覚だ。

 それ程までに、今のランスの体はカミーラから見ても魅力的に映った。

(ノスめ…)

 カミーラは度々ノスとぶつかったが、やはりノスの力は非常に強く、そして同じドラゴン同士の魔人故にその傷は互いに癒えるのに時間がかかった。

 その結果、カミーラも不本意ながらも療養しなければならない時間があったほどだ。

 しかし、結構な時間を療養に費やしたため、その結果自分のレベルは幾分が下がったように感じた。

(だが…これ程の感覚はこれまで無かった…)

 確かにランスは自分の使徒にすると決めた人間だ。

 カミーラに非礼を働いただけでなく、傷すらもつけた無礼者だ。

 本来であればそこでランスを殺しても良かった…だが、ランスがスラルからの誘いを断った時、カミーラは明確にランスに興味を持った。

 そして魔王とも戦い、自分の前から消え、再び現れた。

 それからはランスが居るであろう時間には、ほぼ会っていると言っても良いだろう。

 ジルの時に初めて出会えなかった、それ程の縁を持っている。

「ランス…貴様、変わったか?」

 だから、思わずカミーラもランスにそう言葉を投げかけた。

 口にしてから『何を馬鹿な事を』とも思ったが、一度投げかけた言葉はもう引込める事は出来ない。

「俺様から言わせれば、お前の方が変わっとるんだがな…」

 最早ランスが知るカミーラとは別人であり、前のカミーラよりも女性として魅力的に感じる。

 アベルトの言っていた『凛として、鋼のように強く、鞭のようにしなやかで、どんな事にも負けない。それでいて艶やかな女性』という言葉が全て詰まっている。

 ランスに犯されていた時のような虚無感は全く無い。

「で、するならどうするんだ。いっつもお前が好き勝手…」

 ランスが言葉を発する前に、カミーラは既にランスをベッドに押し倒していた。

 そしてランスの目を覗き込む。

 そこにあるのはカミーラを恐れずに、好色ではあるが、真っ直ぐに自分を見ている目だ。

 ある意味、尤も色眼鏡無しで自分を見ている存在なのかもしれない。

(…まさか、何もせずに濡れるとはな)

 カミーラがランスを押し倒したのは、既に自分から蜜が溢れて来ているのを悟らせないためだ。

 確かにランスと出会って、寵愛を与えても良いとは思っていた。

 レキシントンとの戦いに生き残った事、レキシントンに傷をつけた事。

 そして、魔王ナイチサとも戦い生き延び、そして魔王ジルからも逃れた事。

 そんな事はあり得ない…それこそ、魔王ククルククルを倒したドラゴン達、そして魔王アベルを倒したマギーホアくらいしか考えられない。

 だが、ランスはそれでもこうして生き残った…あの愚かで脆弱な人間なのに。

「いきなりだな。だがそんなに溜まってた」

「黙れ」

 ランスの口をカミーラの口が塞ぐ。

 そしてその口内を蹂躙すべく、カミーラの舌が情熱的にランスの舌に絡みつく。

 どれだけ舌と舌が絡み合う艶めかしい音が響いていたかと思ったが、ランスがカミーラの顔を強引に引き剥がす。

「だーーーーーっ! 苦しいわ! 全然息が出来んでは無いか!」

 ランスが酸欠になりそうな程にその口内を蹂躙していたカミーラだが、突如としてランスの頭を掴んだかと思うと、強引に膝枕の体勢を取る。

「どういう風の吹き回しだ」

「…お前はこのカミーラを恐れぬ。それどころかこのカミーラを誘いを断る。これは許されぬ事だ」

 そしてただただランスの頭を撫でる。

 その顔は無表情にも見えるが、ランスにはカミーラ自身がどこか戸惑っているようにも見えた。

(うーむ…そういやこいつはドラゴン達に無理矢理犯されていたんだったな。これは許せんな)

 この世界で唯一残った女のドラゴン。

 それ故に、ドラゴンの王冠として無理矢理子供を産ませられていた。

 更には魔人となった事で、ドラゴンから見向きもされなくなった。

 それを思うと、ランスは腹が立ってきた。

「しかしお前を犯していたというドラゴンは許せんな。ぶっ殺すか」

「…面白い事を言う。だが、既にそのドラゴン達は存在せぬ…あの時、一部のドラゴンを除いて全てのドラゴンは死んだ」

 カミーラも覚えている光景。

 無数の天使達がこの世界の最強の存在であるドラゴンを蹂躙していく。

 それこそ万という単位では無く、億という単位で現れた。

 カミーラは天使達に無視されたが、それでもあの時の光景は忘れられない。

 そして自分を犯していたドラゴン達が、滅びの一途を辿ると知った時のあの絶望感。

 そこにあったのは喜びでは無く、虚無感だけが残った。

「ふーん。もういないのか。折角俺様がぶっ殺そうを思ったのに」

「ククク…恐れ知らずもそこまで行くと滑稽だ」

 カミーラは苦笑すると、ランスの頭を膝からどかすと、そのままランスの上にのしかかる。

 肌を密着させたまま、ハイパー兵器がカミーラの中へと入っていく。

 相変わらずカミーラの体は極上で、その柔らかくもきつい締め付けにはランスも顔をにやけさせる。

「動く事を許してやろう…このカミーラが寵愛を与えるのだ。お前も私を楽しませろ」

「がはははは! 何時かはお前も俺様の女になるのだ。お前も俺様を楽しませろ」

「…何処までも無礼な奴よ」

 本当に無礼で、遠慮を知らない人間だ。

 だが、今のカミーラにはその人間こそが己を満足させる存在となっている事に、まだ気づいてはいなかった。

 

 そしてランスとカミーラの肉のぶつかり合いは続いていた。

 二人とも獣の様に互いを貪りあっていた。

 ランスもカミーラも、互いに何度も果てているのだが、その体力には限りが無いのと言わんばかりに続いている。

 その営みはランスの体力が無くなるまで続き、最後にはカミーラも心地よい倦怠感を感じながら荒い息をついてた。

 カミーラは自分の側で無防備に眠るランスを見る。

(まさかこのカミーラに対してこうも無遠慮に注ぎ続けるとはな…)

 勿論カミーラはこれまでの生で、何度も何度もドラゴンに犯されていた。

 それも子供を産めるドラゴンがカミーラ以外は居なくなったからだ。

 その間はカミーラにとっては地獄だった。

 王冠と言われつつも、子供を産むだけの存在としか思われていなかったのだ。

 アベルがカミーラを魔人にした事で生殖能力を失った時、ドラゴンは一気に闘争本能を失った。

 それもまた、カミーラの心に大きな傷を負わせたのだ。

 それからは性行為などカミーラにとっては只の処理行為でしかなかったのだが、

「貴様は…何処までも不遜で無礼で命知らずな人間よ」

 ランスの頭を己の膝に乗せ、カミーラはその頭を撫でる。

 本来であれば、ランスの頭など簡単に握りつぶせるはずのその手の動きは、非常に優しい。

 カミーラはそんな自分の感情に戸惑いを思いながらも、ランスを見ている。

「だが…貴様はそれでいいのだろう。だからこそ…そんなお前を私のモノにした時…どうなるのだろうな」

 それはカミーラに湧いた少しの恐怖感。

 他のドラゴンが自分に興味を失った時のあの目。

 自分もそうやってこの人間を見るのだろうか?

 自分でも分からない戸惑いがカミーラを襲っていた。

「…む」

 ランスの頭を撫でていたカミーラだが、自分が座っているベッドの感触がとうとう不愉快になってくる。

 カミーラとランスの汗と体液を吸ったベッドのシーツはぐちゃぐちゃで、その上で寝るのはカミーラ的には論外だ。

 疲れて眠っているランスは気になってはいないだろうが、そろそろにおいも気になってきた。

 不思議と不快では無いのだが、それでも気になるものは気になるのだ。

「…起きろ、ランス」

 だからカミーラはランスを起こす。

 その動きは非常に緩やかで、優しい。

「むが…」

 ランスもその動きに反応して目を覚ました時、目に入ったのは美しいカミーラの顔だ。

 何時見ても美しい顔だが、その顔が何故だか何時もとは違って見えた。

「…何だ。何か嬉しい事でもあったのか」

「何だと?」

「お前、今少し笑ってただろ。しかもそれが何時もとは全然違う表情だったぞ」

 何となくだが、あのカミーラが優しい表情をしているようにランスには見えた。

 女性からの好意には鈍感な部分もあり、実は恋愛直球が苦手なランスだったが、禁欲モルルンを経験して成長した―――らしい。

 そのランスが、今のカミーラからは何となくではあるが、普段とは違った笑みを浮かべているように見えたのだ。

「…ふざけた事を。それよりも、貴様のせいで私の体が汚れた」

「そんなのお互い様だろうが。俺様もお前の…分かったからそう睨むな」

 言い返そうとしたランスだが、カミーラが射殺してきそうな視線を投げかけて来たので流石に自重する。

 流石にカミーラに対して軽口を言うのは危険だとランスも判断した。

「じゃあ風呂行くか風呂」

「いいだろう…このカミーラの体を洗う名誉をくれてやる」

「さっきまで俺様とセックスしてた奴の台詞じゃ無いぞ。まあお前の体に触れるなら何でもいいが」

「フン…」

 こうして二人の姿は風呂場に消えていった。

 

 

 

「ここですね」

「ああ…ここにカミーラ様が居るんだよね! そうだよね、七星!」

 そしてカイズには魔軍たちがとうとう上陸を開始した。

 使徒七星とラインコックを初めとし、魔物将軍と魔物隊長も地に降り立つ。

 何よりも、濃厚な魔の気配が地に足を付ける。

「ケッセルリンク様」

 魔物将軍を始めとした魔物兵達がケッセルリンクに跪く。

 今この場に居る存在で尤も位が上なのは、間違いなく魔人四天王である魔人ケッセルリンクだ。

 そのケッセルリンクが己の姿を隠していたローブを脱ぐ。

「おお…この方がケッセルリンク様…」

「お美しい…」

 ケッセルリンクの素顔が露わになると、魔物兵達が感嘆の声を上げる。

 普段は己の屋敷に籠り、魔王に呼ばれない限りは出てこないとされている魔人。

 一度姿を消すと、再びその姿を見れるのは何百年後になると噂されている魔人。

 だが、魔人カミーラと並び最も美しいとされている魔人。

 それが今目の前に存在して居た。

「カミーラは…間違いなくここに居るのだな」

「はい、恐らくは。カミーラ様の翼ならば、目的の存在が居なければ戻ってきているかと」

「ならばいい…七星、ラインコック。私はお前達に何かをいうつもりは無い」

「はっ」

 七星はケッセルリンクに跪く。

 それを見て慌ててラインコックも跪く。

 ラインコックはケッセルリンクを見上げて、思わず生唾を飲み込む。

(凄い…これがカミーラ様と並ぶ美しさを持っているという魔人…でも、それ以上に凄い存在感だ…)

 己の主と同じくらいに美しいとされる魔人。

 ラインコックからすればカミーラが一番なのだが、目の前の魔人からはまさにカミーラと並ぶプレッシャーを感じる。

 それだけ、ケッセルリンクの放つ存在感は異常に感じられた。

「魔物将軍…お前達にも私は何も言うつもりは無い」

「は、ははっ!」

 ドーイクスはケッセルリンクの言葉に内心で安堵のため息をつく。

 まさか魔人四天王のケッセルリンクまで現れるとは露ほどに思っていなかったため、もし両方から命令されればどうすればいいか迷っていたのだ。

 だが、ケッセルリンクの方からその言葉が出るのは正直有難かった。

「だが…」

 しかし、その後に続く言葉に魔物将軍の背筋から冷や汗が出る。

「私の邪魔はするな」

「はっ!」

 突如として増したケッセルリンクのプレッシャーに、その場に居る誰もが背筋が凍る。

 それだけケッセルリンクの放つ気配が濃厚になったのだ。

(そう、邪魔をさせる訳にはいかない…ランスには、ジルを取り戻す権利がある)

 あの時自分がしてしまった事。

 ランスの目の前でジルが魔王となり、ランスとジルの子はナイチサに殺された。

 その光景は今でも忘れる事は出来ないし、決して忘れてはいけない。

(ジル…お前の居る所はランスの側で有るべきだ。それこそが…本当の彼女の幸せなのだ)

 今の魔王のジルに命令されれば、魔人としてその命令を拒否することは出来ない。

 だが、命令が無い限りは自分は何としてもランスを助けなければならない。

 例えそれが、己の友であるカミーラが相手だったとしてもだ。

(ランス…お前がここに何をしに来たかは知らない。だが、けっしてお前の邪魔はさせないさ。カミーラ…それが例えお前であったとしてもだ)


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