カイズの地、そこに上陸した魔物兵達は整列し、七星の命令を待つ。
本来はケッセルリンクこそが魔物兵に指示を出すべきなのだが、ケッセルリンク自身は自分を外様だと思っているので、命令を出す気は全く無い。
勿論、この魔物兵達が自分の邪魔をするのであれば話は別なのだが。
「七星様。魔物将軍ドーイクス以下、全ての魔物兵の上陸が完了しました」
「ご苦労。ここは完全な孤島とはいえ、既に人間達はこの島を脱出している可能性もあります。速やかに人間を見つける様に。ケッセルリンク様も宜しいですか?」
「私は一向に構わない。お前のやりたいようにやればいい」
ケッセルリンクの言葉に七星は一礼すると、
「それでは進軍を開始します。目的はあくまでも人間の捜索であり、決して手を出してはなりません。もし手を出せば、その時はカミーラ様から粛清がありますのでそのつもりでいなさい」
「「「ハッ!!!」」」
七星の言葉に魔物兵達が一斉に返事をする。
魔物将軍ドーイクス達は魔物兵にしては自制心が効く方で、着眼点も中々優秀だ。
滅多な事は無いとは思うが、それでも警戒はする必要はあるのだ。
「七星様。先に上陸した兵士達の姿はありません。逃げたとは思えませんが、如何いたしましょうか」
「捨て置きなさい。こうしてカミーラ様、そしてケッセルリンク様がいる以上問題は無いですから」
「了解しました」
ドーイクスも七星の言葉に納得する。
確かに雑兵がいくら消えようが、無敵の魔人が居るのであれば過度に警戒する必要は無い。
何故部下が戻ってこなかったのかは気になるが、任務はあくまでも人間の捜索なのだ。
それも出来ない奴など、自分の部下には必要無いのだ。
「全軍行進! 警戒だけは怠るな!」
ドーイクスの言葉に魔物兵達は整列し、規則正しく行軍を開始する。
七星とラインコックを先頭に、その後ろに魔物将軍、そして魔物隊長が続く。
ケッセルリンクはそんな魔物達の進軍を目を細くして見ていた。
「ケッセルリンク様。如何いたしますか?」
「難しい所ではある。カミーラの事だ、必ずランスとぶつかっただろう。しかしカミーラはまだこちらに合流していない…ならば、ランスは使徒にされていない可能性は高い」
「あ、あのカミーラ様を相手にしてですか? トルーマンとは訳が違いますよ」
ケッセルリンクの言葉にバーバラは顔を青くして主へと聞く。
確かに魔人トルーマンは使徒である自分達に比べれば格段に強いが、魔人カミーラはそのトルーマンを遥かに上回る力を持っている。
その上、非常に残酷で、自分の邪魔をする者は決して許さない性格だ。
ランスとカミーラの因縁は聞いてはいるが、到底信じられないのがバーバラの感想だ。
「問題は無いだろう。むしろ、この地には何があるのか…私はそれが気になる」
「そう…ですね。ランスさんは冒険に関しては真面目ですから。でも、目的も無しにダンジョンと見ればアタックするのもランスさんですから…」
メイド長のエルシールは、ケッセルリンクのメイドの中では一番ランスとの付き合いが長い。
それは期間ではなく、冒険の密度の話だ。
何しろJAPANの動乱、そして魔人ザビエルによる藤原石丸率いる人類軍の戦いにも、人類側として参加していた。
「何にせよ答えは直ぐに出る。我々も向かうとしよう」
「「「「「はい。ケッセルリンク様」」」」」
主の言葉にメイド達は恭しく返事をすると、主の後をついて歩き始めた。
勿論警戒は緩めない。
主には無敵結界があるので特に警戒もする必要は無いのだが、それでも主を守るのが使徒の務めだ。
魔軍が行進していくと、灯りが見えてくる。
「え…ねえ七星。なんか変じゃない? 灯りが沢山あるんだけど…」
「そうですね…あり得ない事ではあります」
ラインコックが自分の目がおかしいのかと思い、何度か目をこするが、そこにあるのは間違いなく灯りだ。
そう、今の時代…魔王ジルの時代だというのに、煌々と灯りが光り輝いているのだ。
「ここに人間が固まって生活しているという事なのでしょうか? しかしそれにしても…」
魔物将軍ドーイクスはここ数日の間、外の世界を歩き回り、そして実際に人間を見つけた事もあるから分かる。
人間が夜に灯りを照らすような事は絶対に無かった。
しかし、いくらなんでも灯りの数が多すぎる。
「斥候を出しますか?」
ドーイクスの言葉に七星は考える。
なるべく早く主とは合流しておく必要が有るし、何より今は魔人のケッセルリンクが存在して居る。
「いえ、ここは全体で近づきます。ケッセルリンク様、何かあればお頼みして宜しいでしょうか?」
「それは構わない。お前達に命令をするつもりは無いが、脅威を黙って見ているつもりも無い」
「有難うございます。それでは行きましょう」
七星の言葉に魔軍は更に行進を続け―――耳に入ってきたのは非常に甲高く喧しい声だった。
その声にケッセルリンクは非常に嫌な予感がしつつも、歩みを止めない。
そして灯りの側に立っている、鎧を着こんだハニーの姿を見て疲れたようにため息をついた。
「止まれ!」
「ここはカイズ! ハニディクト様の許し無くして何人たりとも入る事は許されぬ!」
ハニーナイト、上位種のハニーであり、言葉通りの鎧を着こみ、武器を手に持ったハニーだ。
「…え? 何でハニーがこんな所に?」
ラインコックが困惑した声を放つ。
ハニーは勿論世界ではメジャーな存在で、中には魔軍に参加している者も居る。
だが、その殆どのハニーは独自の社会で生きている。
ハニーの魔人も居るには居るのだが、魔王の命令すらも受け付けないようで、ラインコックは見た事が無かった。
そしてもう一つ…これは全ての魔物が認識してしまっている事だが、魔物達はハニーという種族を自分達と同じ陣営だと思っているのだ。
「ハニーか。我々は魔王ジル様の命である人間を探している。ここに来たはずなのだが、見ていないか」
だから、魔物将軍がそう言葉を放つのは当然の事だった。
「人間? いるよー。それから魔人も来たよー」
「すっごい怖かったね。でもキングが居たから何も問題は無いよねー」
ハニーの言葉にドーイクスは安堵のため息をつく。
これで自分達の任務は完了した事への安堵だ。
そしてそれは全ての魔物達が感じていた事だ。
この次のハニーの言葉が無ければ―――
「駄目だよー。ここは人間とハニーしか入れないんだよ。キングがあのおっかない魔人は通したけど、それ以外は通してはいけないんだよー」
「いくら魔軍とはいえ、キングの許し無くしてここに入る事は許されぬ」
ハニー達が集結し、まるでバリケードを構築するかのように群がるハニー達に対し、魔軍も臨戦態勢を取る。
「ちょっと! ボクはカミーラ様の使徒だよ! カミーラ様がここに居るんなら、とっととどけよー!」
ラインコックがイライラしたように声を上げる。
そしてその声が、更なる脅威を引き出す事になるとは誰も想像もしていなかっただろう。
「…梅太郎だ」
一体のハニーの言葉に、他のハニー達もざわつく。
「こいつ! 梅太郎だ! 間違いない!」
「な、なんだと!? こんなに可愛いのに梅太郎なのか!?」
「何たることだ…こんな事は許されない…」
「おのれ梅太郎! 貴様を通す事は絶対に出来ぬ!」
そしてハニー達が殺気立って魔軍に敵意を向ける。
「え…? 何? 梅太郎って何? 何でみんなボクに対してそんなに敵意を向けるんだよー!」
急に敵意を向けられたラインコックが困惑したように七星の後ろに隠れる。
「…その態度は、我等に敵対するという事で宜しいですか?」
向けられた敵意に対し、七星も使徒のプレッシャーを全開にして当たる。
だが、ハニー達はそれに対して一切退く気が無いようで、無数のハニー達がどんどんと集まってくる。
「…まずいですね」
そのハニーに対し、エルシールが難しい顔をする。
彼女はランスと共に冒険を長くしていたので、ハニーの強さは良く分かっている。
確かにふざけた存在だし、面倒臭い相手だ。
魔法が一切効かない、絶対に命中するハニーフラッシュ等、厄介な存在だ。
そして何よりも、ハニーの上位陣はモンスターとして本当に強い。
その強いハニー…ハニーナイトやスーパーハニー、そしてダブルハニーやトリプルハニーまでいる。
ブルーハニーやグリーンハニーも多いが、レッドハニーやブラックハニーも多い。
「ハニーの数が多いですね…」
シャロンも困ったように声を出す。
明らかにハニーの数はこちらの数を上回っている。
魔人であるケッセルリンクが居るので負ける事はあり得ないが、まず間違いなく大きな犠牲が出てしまうだろう。
「ケッセルリンク様。どうしますかー?」
「難しいな…出来る限り私はハニーとは関わりたくは無いのだが…」
加奈代の言葉にケッセルリンクも難しい顔をする。
カラーを目の仇にしているハニーからすれば、ケッセルリンクに対して敵対行動をとる可能性は高い。
勿論ケッセルリンクは使徒達を守るためなら、この数のハニーと戦うのも当然な事なのだが。
まさに一触触発、正にハニーと魔軍がぶつかると思った時、
「はーにほー! いやー、こんなにいると壮観だねー」
光りと共にハニーキングが現れる。
「うわー! 何こいつ!?」
そんなハニーキングにラインコックは困惑した声を出す。
「キング! いや、猊下! こいつは梅太郎です! 梅太郎は許されざる存在です!」
「梅太郎死すべし! 慈悲は無い!」
殺気立つハニーを抑える様にハニーキングは手を振るうと、騒いでいたハニー達が大人しくなる。
その時、エルシールが前に出る。
「久しぶりですね、ハニーキング様」
「おや、君は…」
「ええ。ずっと昔ですが、JAPANの地獄で…スラル様のコロッケを…」
エルシールの言葉にハニーキングの体が固まる。
「じ、地獄…コロッケ…」
そしてぶるぶると震えたかと思うと、
「お、おえええええええええええ!」
「う、うわあああああああああ!? は、吐いた!?」
ハニーキングが口から謎の液体を吐き出す。
「そ、そうだね…ひ、久しぶりだよね…え、エルシールちゃんだったよね」
「ええ。一度しか会っていないのに覚えて頂いて光栄です」
エルシールはハニーキングに一礼する。
「ああ…使徒になったんだね。君と会ったのは700年くらい前だし…」
「はい、それでですが…居ますね? 皆は」
「うん…そ、そうだね…居るね…そうだった…ボクはまた再び過ちを繰り返したんだ…」
虚ろな目でぶつぶつと独り言を喋っているハニーキングを無視して、エルシールは仲間の使徒達にウインクする。
その仕草だけで、ケッセルリンクとその使徒達は理解した。
即ち、ランスは間違いなくここに居り、そしてカミーラもランスと接触した可能性は高いと。
「それでハニーキング様。私達はここを荒らす気などありません。ただ、人探しをしているだけです」
「ああ…うん、そうだね…でも今は魔物達は通す訳にはいかないんだよなぁ…」
エルシールの言葉に、ハニーキングは否定の言葉を返してくる。
それにはエルシールも驚いたが、だからと言ってハニーキングには何も言えない。
かつて魔王であったスラルから聞いた言葉が、今も彼女の頭には残っていた。
『ハニーキングは得体が知れなさすぎる。私でもあいつを倒せる感じが全く湧かない』
魔王の事もよく知っているエルシール故に、そのハニーキングへの評価が今でも消えていない。
即ち、ハニーキングを敵に回すのは決して得策では無いと。
「ハニーよ! これは魔王の命令だぞ! 貴様等もそれに従うのが道理のはずだ!」
ドーイクスが苛立ったようにハニーキングに凄む。
彼にとっては、ハニーもまた魔物の一種、魔王の命令に従うのが当然だと思っているのだ。
「え? ボク達はハニーだから魔王は関係無いよ? だから魔王の命令に従う義務は無いよ。でもね…それでもボクは今回はここを通す訳にはいかないんだよね」
そう言うと、ハニーキングから凄まじいプレッシャーが放たれる。
そのプレッシャーは正に魔王級、戦うのも憚られる程の気迫を放っている。
「これは…!」
七星はカミーラすらも上回るプレッシャーに驚き、ラインコックはそのプレッシャーに震える。
魔軍達も臨戦態勢を取るが、その時にケッセルリンクが前に出る。
「待て、ハニーキング。カミーラがここにいるはずだ。私はカミーラに会いに来た」
「…あ、カラーだ」
ローブを脱いだケッセルリンクが前に出ると、ハニー達の視線が一斉にケッセルリンクに向く。
そこにあるのは敵意に近い感情だ。
何故かは知らないが、ハニーはカラーという種族を敵視している。
「魔人四天王が一気に二人もかあ…これはとんでもないね」
「ああ。私はカミーラに用がある。お前達に関わるつもりは無い」
「ふーん…そうかあ…」
ハニーキングは意味深にケッセルリンクを見る。
ケッセルリンクはそれには無表情に返すが、静かなぶつかり合いが間違いなく見える。
その時、
「わーいハニディクト様ー、こんなの見つけたよー」
一体の普通のハニーがハニーキングに向けて走ってきた。
「見て見てー! 『カラーホイホイ』だって! これであの長耳に…あっ」
そしてそのハニーは偶然、足元にある石に躓いてしまった。
その先にカラーの魔人であるケッセルリンクが居たのも偶然。
ハニーの持っていた『カラーホイホイ』がケッセルリンクに当たったかと思うと、その『カラーホイホイ』の中にケッセルリンクが吸い込まれていった。
「あ」
こけたハニーの呆然とした声が響く。
誰もが呆然として、誰も声を上げる事すら出来ない。
「ケ、ケッセルリンク様ーーーー!」
そしてバーバラの悲鳴が響く。
「ちょ、ちょっとどうなってるのよ! ケッセルリンク様が消えたー!?」
「落ち着きなさいバーバラ」
エルシールも驚きはしたが、かつての冒険ではもっと奇天烈な事があったので、意外と冷静に事態を受け止められていた。
そして『カラーホイホイ』と呼ばれたアイテムを持ち上げて中を見てみるが、そこには何も見えない。
手を入れようとも考えたが、何かがあってはいけないと思いとどまる。
「ハニーキング様。これはどういうアイテムですか?」
「ああ…カラーホイホイかあ…そうだよね、彼女って魔人とはいえカラーだしね…バランスブレイカーって本当に怖いなあ」
エルシールはカラーホイホイと呼ばれたアイテムをハニーキングに手渡す。
ハニーキングはカラーホイホイを覗き込むと、
「これは仕方ないなあ。こんな事で魔王と争うのも嫌だし、何とかしよう」
そう言うハニーキングは『仕方ないなあ』と言わんばかりの態度を取る。
が、ハニーキングの顔を見る事が出来たハニー達は気づいていた。
それはハニーキングが『これは楽しくなってきた』と言わんばかりの笑みを浮かべていた事を。
「まずこれはね、カラーホイホイって言って、カラーを閉じ込める事が出来るんだよ」
「…それは分かりました。それよりも、ケッセルリンク様をそこから解放する方法を教えてくださいますか」
そう言うシャロンの顔は笑っているが、その目は全く笑っていない。
「怖いなあ。でもここから彼女を出すためには、人間の力が必要になるんだよ。ボク達ハニーや君達魔物じゃ駄目なんだよ。これはカラーを捕獲するアイテムだからね」
「人間…」
パレロアはそれを聞いて少し難しい顔をする。
今の時代、人間は数こそ多いが生きる意志が失われている。
人間牧場を見て、バーバラ以外の使徒は悲しい顔をしていた。
彼女達は人間によって生きる力を奪われたが、同じ人間であるランスによって救われてもいる。
「そう、人間。だからボクがお願いしてみるよ。事情が事情だし、カイズに入ってもいいよ。でも、入っていいのは使徒だけだよ。それ以外はダメー」
「何だと!」
ハニーキングの言葉にドーイクスは激昂するが、七星がそれを抑える。
「待ちなさい。ハニーキング、使徒というのは我等も含まれると認識しても宜しいですか?」
「別にいいよー。それじゃあボクは用意をしないと。皆も元の位置に戻ってねー。あ、でもナイトとSPは見張っててね」
ハニーキングはそのままカイズの中へと入っていく。
その後を追って、カミーラとケッセルリンクの使徒達も入っていく。
残されたのは魔物将軍以下、魔物隊長と魔物兵だ。
「ドーイクス将軍、如何しますか」
「如何すると言われてもな…この状況で我等に出来る事はあるか?」
ドーイクスは目の前にいる無数のハニーナイト、そしてスーパーハニーやトリプルハニー、そしてSPハニーといった相手を見る。
その数は今のドーイクスが率いている魔物兵の数を上回っており、とてもではないが勝てるとは思えない。
何しろ、目の前に居るのはハニーの中でも上位種のハニーばかりだからだ。
「少し離れた場所にテントの用意をしろ。少しの間休んでおけ」
結局、ドーイクスの立場としても無難な命令を出す以外は無かった。
「どうします? 一応伝えておきますか?」
「余計な事はするな。カミーラ様に知られたらただでは済まんぞ」
部下の言葉にも苦笑してそう答えるしかない。
仕事熱心ではあるようだが、今必要なのは柔軟性だ。
「大人しくしておけ。これまで強行軍だったからな。暫くは休憩だ」
その言葉に魔物兵達は安堵のため息をつく。
これまでの強行軍の疲れは残っていたため、こうして休めるのは幸いだ。
「私も休むとしよう…お前達も休んでおけ」
「「はっ!!」」
「えーと…何ですかここは?」
カイズへと入った使徒達が周囲を見渡しながら呆然としている。
そこでは無数のハニー達が商売をしていた。
そこにあるのは良く分からないガラクタばかりだが、一体何を元手にして商売をしているのか、元人間の使徒達からしても分からなかった。
「ここはカイズだよー。魔王によって全地域が破壊されたからねー。でも今回はボクが再建したんだよ」
「…ハニーが何を理由に再建するんですか?」
「勿論それはAL教ごっこをするためだよ!」
パレロアの言葉にハニーキングが自信満々に答える。
「は、はあ…」
ごっこ遊びと言われては、最早誰も何も言えない。
何しろこういう本気でごっこ遊びをするのがハニーという種族なのだから。
「あ! あれはランスさんの魔法ハウス!」
そして見えてきた魔法ハウスを指さし、加奈代が喜びの声を上げる。
それは自分も何度も拠点としてきた持ち運びが出来る家。
非常に珍しいアイテムのようで、長い時間を生きる使徒達もまだ同じものを見つけた事は無かった。
「え…何あれ。すっごい大きいんだけど…」
ラインコックは初めて見る魔法ハウスを呆然と見上げる。
それは魔軍が使う巨大テントに匹敵するほどの大きさで、こんな家があれば絶対目立つ事この上ないと言った感じだ。
「我等はこの痕跡を追ってきました。ドーイクスは見事に探し当てたようですが…まさかこんな事になろうとは…」
七星はようやく見つけた目的のモノを見つけほっとするが、同時に新たな問題が出来た事に頭を抱えていた。
まさかの魔人が変なアイテムに閉じ込められるというありえない事態。
しかもそれがカミーラに匹敵する魔人四天王のケッセルリンクなら尚更だ。
「今ランス様達は居るのですか?」
「今はいないよー。ランス君は自分を鍛えるためにダンジョンにアタックしてるからねー。そしてそのダンジョンの中にこのカラーホイホイを何とかするアイテムがあるんだよ」
シャロンの言葉にハニーキングはさも当然という感じに答える。
(うん、これならランス君ももっとやる気が出るって事だよ。やっぱり物事は楽しい方がいいしねー)
そしてハニーキングは魔法陣の中央に立つと、そのまま姿が消える。
「ランスさんはいないんですねー。ちょっと残念です」
「そうですね。でも戻ってきますでしょうし、すぐ会えますよ」
加奈代とパレロアが親しげに名前を呼んでいるのを見て、ラインコックは首を捻る。
「ねえ…そのランスって奴をそっちは知ってるの?」
ラインコックはカミーラが狙っている人間が居る事は知っているが、詳細は知らない。
カミーラも特に詳しくは話していないし、ラインコックも興味も有るし知りたいが、肝心のカミーラが話してくれない。
ただ、本当に楽しそうに獰猛な笑みを浮かべる事だけは知っていた。
七星にも聞いたが『カミーラ様が詳細を話さない以上、私からは詳しくは話せない』と言われ、本当にそれ以上は話してくれなかった。
ケッセルリンクも例の人間と知り合いと聞いてはいたが、カミーラ以外に興味が無いラインコックはケッセルリンクとその使徒に尋ねもしなかったのを思い出した。
「まあ…知り合いと言えば知り合いと言うか…」
使徒バーバラの言葉は歯切れが悪い。
まるで何かに納得がいっていない様子に、パレロアが難しい顔をする。
「バーバラは人間の時にランスさんとは出会っていませんからね。バーバラ以外は、人間の時にランスさんと縁が有りました」
「人間の時って…どれだけピンポイントで会ってるんだよ」
その人間が時間を移動している、というのは七星から教えられている。
ただ、実際にその目で見ていないラインコックには到底信じられないというだけだ。
「それもまた縁ですね。さて、ランスさんが戻って来るまで私達は魔法ハウスの掃除をしましょうか」
「「「「はい」」」」
シャロンの言葉にメイド達は一斉に返事をする。
ただ、家事が苦手なエルシールだけは小さな声で返事をしていた。
そして魔法ハウスの扉を開けた時、メイド達の目に入ったのはソファで寛いでいるカミーラの姿だった。
「「「「「カミーラ様」」」」」
メイド達は整列して、カミーラに一礼する。
カミーラはそれを見ているのか見ていないのかは分からないが、まあそれは何時もの事なのでメイド達は気にしない。
「カミーラ様」
「カミーラ様ー!」
七星とラインコックがカミーラの側に跪く。
それこそが使徒としての正しい態度と言わんばかりに。
「…ケッセルリンクはどうした」
カミーラはメイド達、ケッセルリンクの使徒を目にして、肝心のその主が居ない事に眉を顰めた。
あのケッセルリンクが使徒のメイド達を置いて単独行動を取るのはありえない。
ケッセルリンクにとっては守らなければならぬ者として、そしてメイド達はケッセルリンクの世話をするために。
「その…ケッセルリンク様ですが…奇妙なアイテムに囚われてしまって…」
少し言い難そうにエルシールが答える。
「…奇妙なアイテムか。まあいい」
カミーラは特に気にした様子も無く、悠然とした態度を崩さない。
「カミーラ様。ランス殿には会えたのですね」
「ああ…尤も今奴は居ないがな。だが、このカミーラと戦うために強さを求めている…それこそ面白い」
「そうですか…何か目的は有るかとは思っていましたが、まさかそのような理由が…」
七星はカミーラの言葉を聞いて全て納得する。
ランスを力で倒し、己の使徒へとする事が目的ならば、全力の相手を倒してこそカミーラのプライドが満たされる。
「あ、あの…カミーラ様、例の人間に会えたのに使徒にしてないんですか…?」
ラインコックの言葉にもカミーラは特に気にしていないように微笑む。
「ラインコック…これは私のプライドの話だ。ランスは私の力で跪かせる。それは向こうも同じ事…だからこそ、私は待つ必要が有る。私はドラゴン、ランスは人間なのだからな…」
カミーラの迫力のある笑みに、ラインコックはうっとりとした目でカミーラを見る。
全てにおいて、カミーラと言う主はラインコックの理想の主だ。
だが、同時にその主から求められているランスと言う人間に嫉妬心も覚える。
(ドラゴン…ですか…カミーラ様は今でも本気なのですね…)
ランスとカミーラの激しい戦いを知っているエルシールとしては、その静かに、そして激しく燃えるカミーラの情熱には気圧されてしまう。
人間だった頃からカミーラとランスの関係は知っているが、今でもその心が変わらぬ事に、ランスに対して同情してしまう。
(でもランスさんが自分で招いた事ですからね…ケッセルリンク様も、これくらい積極的になればいいと思うのですが…)
この執着心を、主も持っても良いとは思うのだが、それこそ野暮というモノだ。
カミーラにはカミーラの、そしてケッセルリンクにはケッセルリンクの思いがあるのだから。
「さて、カミーラ様。私達はこの家の掃除をしたいのですが宜しいでしょうか?」
「…好きにしろ。ここは私の城では無いからな」
この家の掃除をしたいと申し出たシャロンに対し、カミーラは特に興味が無いと言わんばかりに声を出す。
「有難うございます。では皆、この家の掃除を始めますよ。心を込めて、しっかりと励みなさい」
「「「「はい」」」」
シャロンの合図で、皆が一斉に動き出す。
ただ一人、家事が苦手なエルシールだけが一人残っている。
何しろ彼女は本当に家事に関しては不器用で、普段の統率力や戦闘能力からは想像出来ないくらいに下手だ。
「カミーラ様、今現在このカイズの外に居る者達は如何いたしましょうか」
「………」
七星の言葉にカミーラは何も答えないが、それがカミーラの答えだ。
七星は恭しく一礼すると、魔軍に指示を出すべく消えていく。
「さて…私も少しくらい役に立たないと」
エルシールは少しでも皆の役に立とうと、自分に出来る事を探すべく動き始めた。
2回目のワクチン接種も重なりかなり遅くなりました
想像以上にきつかったけど何とかなりました
ただうん…思った以上に穴を開けてしまったみたいで迷惑もかけたなあと
本気で気をつけないとダメですね