「はーにほー!」
ハニキングの威力の低いキングフラッシュがランスを襲う。
ハニーの発するハニーフラッシュは、防ぐことは出来ても避ける事は出来ない。
それでいて軽減する事も難しいという非常に厄介な攻撃だ。
上位のハニーのハニーフラッシュはとても強力だし、魔人ますぞえに至っては、連続でハニーフラッシュを発射できる程だ。
そしてそのますぞえすらも上回るハニーキングのキングフラッシュは、人間など一撃で粉々にする威力がある。
そう、ハニーキングは後の世界における最強の魔人である、ケイブリスすらも上回る力を持っているのだ。
ランスの体は簡単に吹き飛ばされるが、ランスは上手く受け身を取ってハニーキングに接近する。
「くだばれ!」
「あいやー。流石ランス君だねー」
ランスの一撃を、ハニーキングはそのロッドで受け止める。
ランスがどれ程力を込めても、ハニーキングの体は全く動かない。
「ふっふっふ。ボクは本当に強いからねー。それくらいじゃボクは倒せないよ」
その言葉の通り、ハニーキングは本当に強い。
ハニーLV3…この世界に居る数少ないレベル3技能の持ち主であり、この世界のハニーの王なのだ。
「ぱーんち!」
ハニーキングが無造作に放ったパンチを、ランスは剣の腹で受け止める。
ランスの戦士としての勘が、ハニーキングの一撃を止めねばならないと囁いたのだ。
何とかランスはその一撃を食い止めたのだが、その重さに顔を歪める。
「フン!」
ランスはハニーキングの手をはねのけると、
「ラーンスアターック!」
己の必殺技をノータイムで放つ。
無理な体勢かつ、気を溜める事も出来なかったのでその一撃は普段のランスアタックよりも断然弱い。
だが、それでも並のモンスター…いや、今のランスの力なら上級モンスターすらも叩き斬る事が出来る一撃だ。
「キングフラッシュ!」
ハニーキングはその一撃をハニーフラッシュで相殺する。
相殺するどころか、その衝撃でランスの体が宙に浮かぶほどだ。
「はにほー! ランス君もまだまだだねー。まだ自分の力を使いこなせてないかな?」
「何を言ってやがる。俺様は天才だ。その俺様が自分の力を使いこなせていないなどある訳が無い」
ハニーキングの言葉にもランスは構わずにハニーキングに向かって行く。
その攻撃はやはりロッドによって受け止められる。
人間が魔人に基本の能力で勝てないのと同じように、ハニーキングとの能力の差があまりに激しい。
スラルはそれを理解し、唇を歪める。
(やはり我との戦いも手を抜いていた…いや、ハニーキングからすれば戦いという認識すら無かったのか)
ランスを相手に完全に遊んでいる…それこそがランスとハニーキングの実力の差だ。
カミーラでもランスを相手にここまで手を抜く事は無い。
カミーラが宙からブレスを連発しないのと同じように、ハニーキングもキングフラッシュの本来の力を使わない。
それがそのまま人間とハニーキングの実力の差として、如実に現れていた。
「もうちょっと戦い方を工夫してもいいんじゃないかな? 真正面からじゃボクは倒せないよ」
「やかましい!」
ランスの強烈な一撃は決してハニーキングには届かない。
片手でランスの攻撃の全てを防いでいる。
ランスの攻撃の速さはどんどんと上がっているというのに、ハニーキングはその攻撃を読んでいるかのように防いでいく。
「ランスちょっとタイム! ハニーキングもちょっと待て!」
「いいよー。作戦会議でもなんでもしていいよ」
スラルの声に、ハニーキングがランスから距離を取る。
その余裕綽々の様子に、ランスは剣呑な目でハニーキングを睨んでいる。
「落ち着けランス。ハニーキングのペースに乗せられている。それでは勝てる戦いも勝てないぞ」
「何だと」
「まあ本来ハニーキングに勝てというのが無茶な話なのだがな…何しろあいつは魔王であった頃の我ですら倒せなかった相手だからな」
「…そんなにか」
魔王時代に倒せなかったという言葉を聞いて、流石のランスも顔を顰める。
魔王スラルとは一度だけ対峙したが、勝負にすらならなかった。
あの時はセラクロラスの力で何とか難を逃れただけだ。
「伊達にドラゴンが生きている時代から存在して居る訳では無いという事だ。とにかく、まともに戦うのは止めた方が良い」
ランスとて、強い相手にまともに戦うなどという事はしない。
どんなに汚くても、最終的に勝てばいいというのがランスの考え方なのだから。
「だったらどうする」
余裕のダンスを始めたハニーキングを見て、ランスは少しうんざりした顔を見せる。
「正直何も言えないな…向こうが本気なら最初の一撃でランスは死んでいたはずだ。だが、それをしないという事は少なくともお前を殺すつもりは無いという事だ」
ハニーキングが本気なら、とっくの間に勝負はついている。
それこそが、人間と古き時代から残る絶対的な強者との力の差だ。
「とにかく、お前が真正面からぶつかる以外に他は無いだろう。ハニーだから魔法も通じない。我は正真正銘の役立たずだ。忌々しいがな」
「魔法使いがハニー相手に役立たずなのは分かっとるわ。スラルちゃんもあいつの事を知ってるなら、弱点の一つや二つ知らないのか」
「…まあ何とか思い出してはみよう」
「全く…長生きしているくせに、肝心なところがポンコツだな、スラルちゃんは」
ランスはそう言いながらもハニーキングに向かって行く。
「作戦はたてたかな? じゃあ行くよー」
ハニーキングの声とともに、何処からともなくハニーナイト、そしてSPハニーが現れる。
「はにほー! 王様の命令だよ!」
「王様に手出しはさせないよー」
ハニーナイト、SPハニーも共に上位種のハニーであり、上級の魔物並の力を持つ。
魔法が一切通用しない分、より性質が悪いかもしれない。
だが、そんなのは剣士であるランスには関係ない。
「邪魔だ!」
「あいやー! やられた!」
ランスは鎧を着こんだハニーナイトを、その鎧ごと一刀両断に斬り捨てる。
「はにほー!」
ランスが斬り捨てた一瞬の隙を逃さず、SPハニーがランスに向かって来る。
SPハニーはハニーフラッシュよりも、その体で戦う事が多い。
そしてその動きは非常に素早く、スーパーハニーと変わらない…いや、ハニーフラッシュを使わない分より早いかもしれない。
だが、それでもランスは動きは変わらない。
襲い掛かるSPハニーの攻撃を、ランスは右手で抜いたクリスタルソードで受け止める。
カラーのクリスタルで作られた武具は非常に硬く、魔法防御力も高い。
そのクリスタルで出来ている剣なのだから、SPハニーの攻撃をも完全に受け止める事が出来る。
「邪魔だ!」
ランスはそのまま左手のハデスで斬りかかるも、SPハニーはその攻撃を避ける。
だが、ランスはそのまま一歩を踏み出すと、右手で持ったクリスタルソードでSPハニーの左腕を斬り飛ばす。
そしてそのままハデスで真横から斬り捨てる。
「あ、あれ…?」
SPハニーはランスの剣が自分の体を間違いなく斬ったのを自覚しながらも、自分が倒れない事に違和感を覚える。
そしてランスを倒そうと一歩踏み出した時、自分の視界がランスでは無く空を見上げている事に気づく。
頭部が無くなったSPハニーの体が崩れ、粉々になると同時にその頭部も崩れる。
「はにほー。いや凄いね。もうランス君の剣は上位のハニーでも簡単に倒せるんだね。でも、まだまだ不安かな? スラルちゃんとしては」
「…何が言いたい。ハニーキング」
「スラルちゃんも変わったねーと思って。だって今の君は明らかに昔と違うから。臆病で繊細で…魔王なのに尚も無敵であろうとした昔とは全然違うよ」
「愚弄しているのか、ハニーキング」
声を低くしてハニーキングを威嚇するスラルに対し、ハニーキングは嬉しそうに笑う。
「いいやー。いい変化だと思っただけだよ。昔の君なら、魔王にはかないっこない、諦めろってランス君に言うはずだからね。それが正しい事であってもね」
「………」
その言葉にスラルは何も言い返せない。
そう、ランスのやろうとしている事は確かに無謀な行為だ。
魔王には絶対に勝てない、これは世界の常識だ。
だが、それでもランスはジルを取り戻そうとしている。
そしてスラルはそれを決して止める事はしない。
むしろ、ランスがジルを取り戻すために、何とか知恵を絞っている状況だ。
「それだけでもランス君と出会った意味はあったんじゃないかな」
「それは…」
ハニーキングの言葉にスラルは何も言い返す事が出来ない。
確かにランスと出会わなければ、自分がそんな考えに至る事は無かっただろう。
いや、この世界の広さ、そして世界の光景も知る事すらも無かっただろう。
「フン、そんなのどーだっていいだろ。スラルちゃんはスラルちゃんのやりたいようにやればいい。ただそれだけだ」
ランスはハニーキングの言葉を鼻で笑うと、何時もの様に自信満々の顔でハニーキングに剣を向ける。
「それにスラルちゃんは俺様の女だ。俺様の女をいじめる奴はぶっ殺す。それが神だろうが魔王だろうが知った事か」
「ランス…」
「だからスラルちゃんもこんな陶器の言う事など気にするな。スラルちゃんがやりたいようにやれば上手く行く。世の中そんなもんだ」
ランスの言っている事はスラルからすれば暴論だ。
ここまで自信過剰だとある意味尊敬してしまう程だ。
でも…その言葉がスラルには何よりも嬉しかった。
(ランスは…こんな臆病で慎重すぎる我を信頼してくれている)
魔王であった時からも、自分に対して本当に心を開いてくれていたのは、ガルティアかケッセルリンクくらいだった。
ケイブリスは『魔王』そのものに恐れを抱き、死にたくないから忠誠を誓った。
メガラスは無口過ぎて会話すらままならなかった。
ますぞえは会話すら成立しなかった。
カミーラに至っては、明らかに自分の事を疎んじていた。
(我は…ランスにあんな事をしたのに)
ランスの意志を無視して魔人にしようとし、そしてランスはその強運から何とか逃げ出した。
そして…命が尽きた自分を助けてくれた…その自由意思を奪おうとしたのにも関わらずだ。
ジルの事も、発端は間違いなく自分のやった事が原因だ。
それでもランスは恨み言一つ言わず、ただただジルを取り戻すために行動をしている。
「それにスラルちゃんは俺様にラブラブだからな。だから俺様の言う事を何でも聞いてくれるのだ」
「だ、誰がラブラブだ!? な、何時何分にお前の事を好きだと言った!? か、勝手な事をねつ造するな!」
ランスの言葉にスラルは猛烈な勢いで反論する。
だが…もしここにスラルの肉体があったとすれば、誰もがスラルの態度をただの照れから来る言葉だと感じただろう。
幽霊で、尚且つランスの剣の中にいるので表情は見えないが、その顔は明らかに真っ赤になっていたはずなのだから。
「何を言っとるんだ。じゃあスラルちゃんは嫌いな奴に誘われてホイホイセックスをするのか? スラルちゃんはそんな奴じゃないだろ」
「だ、だから! ひ、人前でそんな事をペラペラ喋るな! ハ、ハニーキング! こいつの戯言を信じるなよ! わ、我は断じてそんな事は無いからな!」
もうあからさまな言葉を放つスラルの方を向き、ハニーキングは全てお見通しと言わんばかりに頷く。
「うんうん…尊いねえ。ただ消えるだけしかなかったスラルちゃんがこんなになるなんて…それだけでボクは嬉しいよ」
「がはははは! スラルちゃんは結構エッチだからな。あっちをいじった時も、殆ど抵抗すらしなかったではないか」
「え…あっちって? ス、スラルちゃんはランス君とどんなプレイを…?」
ランスの言葉にハニーキングは興味深々といった感じで聞いてくる。
「も、もうやめろー! ランスもハニーキングも戦っている最中だろう!? 何でいきなりそんなに和んでるんだ!?」
「え…だってスラルちゃんがどんな感じでエッチしてるのか凄い気になるし…」
ハニーキングの言葉にランスの目がギラリと光る。
「おー、何だお前。知りたいのか?」
「そ、それは勿論…薄幸の美少女が、ランス君みたいな乱暴な男にどんな風に苛められてるのか凄い興味有るし」
「ほー。まあ俺様は紳士だからな。そういうのをペラペラ喋る訳にはいかんな」
「えー。でもボクは凄い聞きたいなあ…」
ハニーキングは本当に知りたくてたまらないといった感じでランスを見ている。
そんなハニーキングの様子を見たランスは、ニヤリと笑って見せる。
その笑いを見て、スラルは非常に嫌な予感に襲われる。
「そんなに知りたいなら、お前が持っている鍵を寄こせ」
「え…そ、それはダメだよ。だってこれはランス君の試練なんだよ」
「そうかー、それは残念だな。じゃあとっととやるかー」
非常に棒読みで剣を構えるランスを見て、ハニーキングは葛藤する。
「ま、待って! ランス君はそんなにスラルちゃんを苛めているのかい?」
「そりゃ勿論だ。だがスラルちゃんも結構エッチだからあひんあひんと…」
「あひんあひん!? う、うう…じゃ、じゃあ鍵を渡しちゃおうかな…どきどき」
そして本当に残りのカギを取り出したハニーキングを見て、スラルは驚きの声を上げる。
「ちょっと待てハニーキング! 貴様本当にそれでいいのか!? そんな事のために勝負を投げ捨てるのか!?」
「え? だって今ここで聞かないとランス君は本当に教えてくれないし…」
「いやーちょっと遅かったなー。残念だったなー。今の俺様は気分が良いからちょっとくらいおしえてやってもいいと思ったんだがなー」
「ラ、ランス!?」
再び棒読みで話し出すランスに、スラルは非常に嫌な予感がしてくる。
(…そ、そうだ。ランスはそういう奴だった。目的を達するためなら本当に手段を選ばない奴だった)
「ラ、ランス君! ホラ、ボクはこのカギを君にあげるよ! だ、だからスラルちゃんがどんな感じなのか教えてよ!」
そしてハニーキングはついに好奇心に負けた。
何しろハニーという種族は人間がどんなエッチをしているのか、そういう事にも興奮する変態だ。
特にスラルのような不幸な女の子が苛められているとなれば、それは最高の肴なのだ。
「ちょっと遅かったな。スラルちゃんも嫌がっているし、俺様の口からはやっぱり言えんな」
「そ、そんなー…」
目に見えて落ち込むハニーキングを見て、スラルは口元を震わせる。
(こ、こいつらは…)
スラルはもうこの構図が完全に読めてしまった。
(ハニーキングは本気だ。本気でカギを渡してでも知りたいと思っている…)
スラルが魔王の時から『君にはこのメガネがお似合いだよ!』とか『やっぱり不幸な女の子はいいねえ…』等と言っていた。
あの頃は自分を愚弄しているのかと思ったが、今ならわかる…ハニーキングは本気でそう思っていたと。
(そしてランスも分かってて言葉を言っている。確かに真正面からは勝てないとは言ったが、まさかこんな手段に出るとは…)
ランスは目的を達成するためなら手段は選ばない。
これが女の子とエッチをするといった事ならば真正面から突っ込むだろうが、今回は違う。
あくまでもケッセルリンクを助ける事が目的であり、その場合はハニーキングと戦う必要が全く無いのだ。
何しろ、ハニーキング自身が本気で戦おうなんて思っていないのだから。
「じゃ、じゃあランス君! ハニーポイント! ハニーポイントをあげるよ! これで君の冒険の役に立つアイテムが揃えられるはずだよ」
そしてハニーキングはランスの術中に完全に嵌ってしまっている。
ランスもそれを理解しており、その口元には非常に楽しそうな笑みが浮かんでいる。
「ハニーポイントかー。だがそれは冒険でも溜められるからなー」
「ううう…」
ランスの言葉にハニーキングは呻く。
最早自分が何のためにランスの目の前に立っているのか、その本来の目的すらも見失ってしまっている。
「だが俺様も鬼では無い。お前が持っていたあのコレクションとやらをくれれば教えてやってもいい」
「お、お前は何を言っているんだ!?」
そしてランスの口から出た言葉にスラルはとうとう爆発する。
「乗った! だ、だから教えてよ! ボ、ボクはスラルちゃんがどんな感じになったのか、どうしても知りたいんだ! はい、これカギだよ!」
ハニーキングはランスの手に残った鍵を手渡す。
「お前もそんな簡単に渡すな! 試練はどうした試練は!」
「試練じゃスラルちゃんの○○な所は分からないんだよ! これはもうボクの試練なんだよ!」
「そんな情けない事を力説するな!」
スラルの怒鳴り声など無視して、ハニーキングは興奮気味にランスに迫る。
「じゃ、じゃあ教えてよランス君! ス、スラルちゃんってどんな感じなの…?」
「そう興奮するな。まあ俺様もお前がそこまでしてくれるなら、教えてやらんでも無い」
ランスはハデスを地面に突き刺すと、そのままハニーキングと共に離れていく。
「実はスラルちゃんはな…」
「え、えええーーーーーー! な、何だってーーーー! そ、そんな…」
「更には実はこれがこうなってだな…」
「な、何て破廉恥な…でも興奮しちゃう…」
ランスがハニーキングの耳元(?)で何かを言う度に、ハニーキングは興奮したように声を上げる。
(あ、あいつらは…)
もしここでスラルに肉体があれば、全力でソリッドブラッドを打ち込んでいただろうが、生憎と肉体も魔力も足りない。
「スラルちゃんは結構こんな感じでな…」
「あ、それは結構納得出来る」
「何を納得した!?」
こちらには声が聞こえない分、何を話しているのか全く分からない。
だからこそ、スラルにはそれが非常に怖い。
そしてランスとハニーキングの会話は長く続き…それが終わった頃、
「はにほー! やっぱりランス君は凄いねー!」
「がはははは! 貴様も中々話が分かるではないか!」
何故かは知らないが、ランスとハニーキングは仲良くなっていた。
「それでね。このアイテムってこうすれば実は録画が出来るんだよ。あ、出所は秘密だよ。この世界に一つしかないアイテムなんだから」
「ほー。こうすれば何時でも再生できるという訳か。それは良い事を聞いたな」
「このダンジョンが終わったら、ボクの秘蔵のコレクションをランス君にあげるよ。いやー、やっぱり取っておくものだねー」
「がはははは! まあ俺様が有効活用してやろう!」
ランスとハニーキングは固い握手をして、ハニーキングは満足したように去っていく。
それを見てランスはスラルの所へ戻って来る。
「中々有意義な時間だったな。あいつも意外と話せる奴だったぞ」
「………」
ランスの言葉にスラルは全く反応しない。
もしここで姿が見えていれば、軽蔑した目でランスを見ていただろう。
「なんだスラルちゃん、拗ねているのか。だがこうしてカギは手に入れたぞ。しかも戦わないでだ」
「…そのために我との関係をあのハニーキングに話したのか」
「具体的には話してないぞ。話したのは実はスラルちゃんはお尻もいけるとか、セックスの時はかなりの甘えん坊だとかそんな話だ」
「具体的に話しているではないか! そ、それに我が甘えん坊とはどういう事だ!? し、仕方なくお前につきあってやってるのだろうが!」
スラルはランスの言葉を無視できず、つい声を荒げてしまう。
「ふーん、仕方なくか。スラルちゃんは仕方なくで俺様とセックスをするのか?」
「え? そ、それは…」
つい口走ってしまったが、それが本心かと言えば、全くそうでは無い。
何しろスラルはランスに誘われると決してNOとは言えない。
ランスからジルを奪ってしまったという後ろめたさもあるが、何よりも…
「べ、別に嫌では無い…」
ランスに抱かれるのは嫌では無い。
いや、むしろ喜んで抱かれているような気がする。
そうで無ければ、ケッセルリンクやレンと共に3Pだの4Pだのに参加していない。
何故なら、ランスは嫌だと言えばあっさりと受け入れてくれるからだ。
「それにスラルちゃんは俺様の事が好きだろう。誰だって嫌いな奴から誘われてエッチはしないからな」
ランスはあの魔想志津香とすらも、とうとう好きにベットに誘う事が出来た。
ランスと相性のいい志津香は何だかんだ言いながらも、ベットの上ではランスにされるがままだ。
そんなランスだからこそ、少しは女性の感情の機微が分かって来た…のかもしれない。
「す、好きだとかそう言うのはな…わ、我には分からん事だ。我は…人間やカラーのような恋愛等という事を考える立場では無かったからな…」
「今は違うだろ。だったら好きに恋愛しようがセックスしようがスラルちゃんの自由だ。それでスラルちゃんは俺様とのエッチを嫌がらないのだからそういう事だ」
「…難しい事を言うな。我は本当に分からんのだ」
「難しい事など言ってないぞ。スラルちゃんも自分に素直になればいいだけだ。俺様はスラルちゃんが好きだし、スラルちゃんも俺様が好きだ。それだけだろ」
『好き』という言葉を聞いて、肉体が無いはずのスラルに奇妙な感覚が宿る。
もし今ここに肉体があれば、スラルの心臓は早鐘のように鳴っていだろう。
「その『好き』というのが今一わからんのだ。全く…お前と居ると妙な知識も増えていく」
「まあ気長に分かっていけ。俺様はそれでも構わんからな」
悩ましげなため息をつくスラルに対し、ランスは彼女からは見えない所で笑う。
(うむ、ようやくスラルちゃんも素直になり始めたな。俺様の事が好きなのは分かっていたが…恋愛観は子供だからな)
ランスは人の事が言える程恋愛らしい恋愛をしている訳では無いが、流石に今のスラルが自分に好意を抱いている事くらいは分かる。
(まあ無理をしないでじっくりいくか。志津香も普通に抱けるようになるまで5年もかかったからな)
あのランスを毛嫌いしていた魔想志津香も、ヘルマン革命の最後の方には普通にランスの誘いに応じていた。
自分から言い出した2時間も、最後には脳内から消えて行ってしまったようで、何度もランスに抱かれていた。
その苦労を思えば、今スラルを待つのは何でも無い。
何しろ常に自分の側に居るし、志津香と違って抱かれるのを嫌がらない。
(モテる男は辛いなー。まあこれも俺様の努力の成果だな。これくらいの褒美はあっても当然だ)
魔王から真正面に挑み、そして魔王を助けるという偉業を果たしたのだ。
だったらそんな自分に惚れて当然、ランスはそのように考えていた。
「さーて、最後のカギとやらを見てみるか」
ランスはハニーキングから渡されたカギをセットする。
そしてその映像を見ようとした時、そこにあったのは真っ暗な光景だった。
「ありゃ? どうなっとるんだ」
「どうしたランス。我にも見せろ」
ランスが怪訝な声を出した事で、スラルも取り敢えずは調子を戻して映像を見る。
しかし、スラルの目にもただただ真っ暗な光景が見えるだけだった。
「何も見えないな」
「壊れとるのか? まあいい。取り敢えず進むか」
ランスはハニーキングが通せんぼしていた道を進んでいく。
もうモンスターは存在しないのか、誰もランスの邪魔をする者は居ない。
「ランス。最悪のケースというのを想定してもいいか?」
「何だ。最悪のケースって」
「…いや、ケッセルリンクは既に殺されてしまっているとか…そういうケースだ」
スラルは常に最悪のケースを想定している。
それが魔王の頃からのスラルの常であり、それは今でも変わっていない。
ケッセルリンクに限ってそんな事は…と、思いつつも、現実に彼女が囚われている事からあり得ない事では無いと思ってしまうのだ。
「それは無いだろ。何のための無敵結界だ」
「まあそうなのだがな…しかし無敵結界も万能では無い事を我は知ってしまった。もし無敵結界を破る手段が他にあるのならば…」
「…変な事を言うな。大体そんな簡単に壊せてたら、俺様もいらん苦労はしてないぞ」
これまでの魔人との戦いは、ランスにとっても非常に苦しい物だった。
ノスも、カミーラも、ザビエルも強敵だった。
何よりも、その無敵結界の前に全ての人類は成す術も無く魔人に蹂躙されていったのだ。
ただ、スラルにそう言われてランスも何となくだが不安を感じてしまう。
だからこそ、ランスの歩みも自然と早くなっていった。
そしてランスの目の前に、一つの建物が現れる。
「これか?」
「これ以外の物は見当たらない。ハニーキングがこの道に陣取っていた事からも、ここで間違いは無いだろう」
ランスが周囲を見渡すと、入り口と思われる場所に、何かを嵌めこむ穴が見つかる。
「はーん。ここにこれを嵌める訳か」
ランスはここまでに拾ってきたカギを其々嵌め込んでいく。
すると突如として入り口に穴が開いたかと思うと、ランスの体をそのまま吸い込んでいく。
「どわっ!」
「何だ!?」
ランスとスラルは慌てた声を出すが、直ぐに視界が晴れる。
そこは間違いなく家と言ってもいいくらいの大きさだ。
「この建物に吸い込まれたという事か」
スラルは周囲を見渡し、そこにケッセルリンクが貼り付けられていた十字架を見つける。
「ランス。間違いないな。ケッセルリンクはここに閉じ込められている」
「そうだな。こいつには見覚えがあるぞ」
ランスはそのまま歩いていき、十字架の隣にある扉を開く。
するとそこには無数の蝋燭と共に、何かの気配を感じ取った。
「フッフッフ…来たか、人間。よもやこれ程までに早い登場とは恐れ入った」
薄暗い部屋の中、金色の鎧を纏った拷問戦士の姿が見える。
その鎧の姿からは、どんな表情をしているのかは分からないが、間違いなくその声色は楽しそうだ。
「お前があんな下らん拷問とやらをしていた奴か。ケッセルリンクはどこだ。今すぐ返せば再起不能くらいに手加減してやるぞ」
ランスの殺気にも拷問戦士は笑うだけだ。
「言われずとも返してやろう。私の最大の拷問は既に終わりを告げた。さあ見るがいい! 貴様が探していた女の姿を」
「ランス…? や、やめろ! 見るな!」
拷問戦士の言葉の後に、ケッセルリンクの脅えた声が響き渡る。
だが、無情にも蝋燭の光が消えたかと思うと、そこには輝かしいばかりの光球が現れ、その姿を露わにしていく。
そしてランスとスラルの前に居たのは―――
「…ケ、ケッセルリンク」
呆然としたスラルの声が響き渡る。
「た、頼む…見ないでくれ…私のこんな姿を…」
ケッセルリンクは己を恥じる様にその体を抱きしめる。
「どうだ人間! これが貴様の探し求めていた女の姿だ! フハハハハハ! 怖かろう!」
ランスもまた何とも言えない表情で己の体を何とか隠そうとしているケッセルリンクを見る。
そこにはフリフリのレースのついた白い衣装に包まれた…所謂ゴシロリと呼ばれてる服を身に纏い、何故かその目に黒い眼帯をつけ、更には網タイツを履いているケッセルリンクの姿があった。
「…壊滅的に似合わんな」
「…正直そのセンスは疑わざるを得ない」
「う、うわあああああああ!!」
ランスとスラルの声に、ケッセルリンクは少し涙目になってその身を抱いていた。
そして拷問戦士の笑い声だけが高らかに響き渡っていた。