ランス再び   作:メケネコ

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決戦の前に

「ふーむ…素晴らしい。これが聖なる丸いものか」

 エドワウは手の中にある丸いものを見て満足そうに笑っていた。

「何だそりゃ。お前一体いつの間にそんな物を見つけていた」

 ランスはエドワウの手の中にある変な物を見て怪訝そうな顔をする。

「ああ。レン殿からこれが聖なるアイテムだと言われてね。一見するとまると似ているが、実際には聖なるアイテムらしい」

「ふーん。まあレンがそう言うならそうなんだろ」

 エンジェルナイトであるレンがそう言うのなら間違いは無い。

 一昔前ならランスはその聖なるアイテムを奪っていただろうが、今は特に興味も無かった。

「そういえばエドワウ。お前は聖なるアイテムを探していたんだったな。お前は魔封印結界の事…そしてジルの事を知っているようだが、何処で知った?」

 エドワウ・亜空は最初から無敵結界の事を知っていた。

 勿論それについてはスラルは心当たりは有る…というよりも、間違いなく自分達が関わっている。

「そうだな…私はこうして目的のモノを一つ手に入れた。ならば、私も話すべきだろう」

 エドワウは紅茶を飲んで一息入れる。

「私の住んでいる所には『若草の会』と呼ばれる組織がある。この世界の情報を集め、そして魔人に対する対抗手段を探している組織だ」

「今の時代にそんな組織があるのか」

「ああ。その組織は4人のトップによって成り立っている…不思議とそれは魔王ジルが現れる前から成り立っていたらしい。その祖先はかつて魔人と戦い勝利した…と伝えられている。その真偽は分からないがね」

 4人、ジル…それを聞けばスラルにとっては答え合わせのようなものだ。

 その4人とは、間違いなくランスが乗っ取った組織の中枢メンバーの4人だろう。

 彼女達もどうやらあの後で生き延びたようだ。

「そして魔王ジルが人間時代に書き残したとされる書物…そこに魔封印結界の事が書かれていた。ただ、それを信じる者は殆どいない。何しろ今の魔王が魔人を倒した等とは誰も信じないからね」

 エドワウは苦笑いしながら手にある聖なるアイテムを見る。

「だが私は信じた。魔人を倒す方法があるならどんな事でも試してみたい。それこそが私の使命であると」

「ふーん」

 ランスは特に興味が無いように相槌を打つ。

 実際ランスはこの話に全く興味を持っていない。

 エドワウが女ならば、きっとこの話にも少しは興味が湧くのだろうが、それがランスである以上仕方の無い事だった。

「聖なるアイテムなどそう見つかる物では無い…だが、それでも私は探すべきだと思った。私の祖先のテンプルナイトの魂がそう言っていたのだ」

「その鎧、やっぱりテンプルナイトの物か。結構年代物に見えるがな」

「ああ…言い伝えでは、魔人と戦ったテンプルナイトが着ていた物を何代も修復を重ねて使っている…らしい。本当の事は私にも分からんよ。何しろ400年以上前の話なのだからね」

 テンプルナイトのであり、魔人と戦った事がある…となると、スラルが思い出したのがあの巨漢のテンプルナイトだ。

 かなりの実力者であり、彼についてはランスですら特に苦言を言わなかった相手だ。

 指揮能力にも長け、戦闘においても指揮官としても頼りになった人間だ。

「で、お前はそのアイテムをどうするんだ」

「まずはこのアイテムを4つ集める。書物の中では術者も触媒になれば3つでもいいらしい。だが、それには相当な実力が必要だろう」

「まあ…そうだな」

 エドワウの推測は正しい。

 あの時はレンが最後の触媒となって魔封印結界を発動させた。

 そもそもが彼女が聖なる存在であるエンジェルナイトなのだ。

 だからこそ、聖なるアイテムも3つで良かった。

「皆が魔王ジルを恐れ、そして恐怖している…勿論私も例外では無い。しかし若草の会のトップは皆複雑な思いを持っているようだ。何しろ魔王ジルは望まずして魔王になったと言うのだからな」

 望まぬ魔王、それが今の魔王ジルだ。

 ジルは先代魔王ナイチサによって無理矢理魔王にさせられた。

 その事はあの場に居た者なら誰もが分かっている。

「私はあの書物を残した人間を信じてみたくなった。だからこそ、こうして聖なるアイテムを探していたのだよ。先に続く未来のためにね」

「そうか。まあ俺様にはどうでもいいな。だがまあ俺様が貰ってやらん事も無いぞ」

 ランスの言葉にエドワウは苦笑する。

「私には若草の会を守るという義務がある。それが先祖代々続いてきた私の家系の使命だ。今回の事も結構無理を言って出て来たんだ。それにランス殿には託せないな」

「何だと。どういう事だ」

「ランス殿が魔人と親しい間柄だからだ。もしかしたら、将来ランス殿は人類の敵になるかもしれない。私は万が一の事を考えておかなければならない」

 エドワウの言葉にランスは憮然とした顔になる。

「下らん。俺様はこの世界のかわいい女の味方だ。人類などどうでもいいが、少なくとも女の敵になる事は無いぞ」

「万が一だよ。私もランス殿が魔人や使徒になるとは思ってはいない。だが、ランス殿の意志を無視してそうなる可能性はある。その時の用心だよ…まあ、こうしてランス殿に話しているのだから、意味があるかは分からないがな」

「万が一俺様が魔人や使徒になろうが、お前の事などどうせ直ぐに忘れるから問題無いぞ。あ、でもそのアフロだけは覚えておいてやるかもしれんがな」

「私はその言葉を切に願うよ。私は私で人類の希望を絶やさないために行動をする。ランス殿もそうであって欲しいな」

「知らん。俺様は俺様の好きなようにするだけだ」

 ランスの言葉にエドワウは笑う。

 そしてエドワウの願いは近い未来に叶う事となる。

 人類史上、最高と呼ばれるパーティーの手によって。

 

 

 

「おいランス」

 レイはランスに呼びかけるが、ランスは無視して歩いて行く。

「っておい! 無視してんじゃねえよ!」

「男が俺様を呼び止めるな。鬱陶しい」

 流石にレイはランスを呼び止めるが、ランスは本気で鬱陶しいと言わんばかりの態度で手を振る。

 まるでわんわんを追い払うような仕草に、唯でさえ短気なレイはあっという間にキレそうになるが、何とかそれを抑える。

「待ちやがれ。てめえに話がある」

「俺様には無い」

「………」

 あっさりと言葉を叩き斬るランスに、やっぱり短気なレイはあっさりとキレた。

「やっぱりテメエとは一度決着をつけなきゃならねーようだな! ぶっ潰す!」

 レイはランスに襲い掛かり、

「ライトボム」

「ぐはっ!」

 それを見ていたレンの魔法が直撃して吹き飛ばされる。

「て、テメエ…何しやがる」

「何するも何も、いきなり襲い掛かろうとした奴が何言ってんのよ。はい、ヒーリング」

 レンの回復魔法を受けて、レイは何とか立ち上がる。

「で、何の用なのよ。後々面倒くさいから、ランスも話くらいは聞いてあげたら?」

「チッ、仕方ないな。ただ俺様は忙しいんだ。手短に…1分くらいで話を纏めろ」

「1分で話せる訳ねーだろ! それに忙しいっつてもお前の事だから、女と乳繰り合うだけだろうが」

「男と話すなどそれだけで時間の無駄だ。よし10秒たったぞ。話は終わりだ」

 そう言って本当にレイに背を向け歩き始める。

「いや、流石に聞いていあげなさいよ。ここで聞いておかないと、ここから延々と話が進まないわよ」

「チッ。分かった。聞いてやろう。とっとと言え」

「テメエ…いや、これ以上言ってもマジで話が進まねえか。とにかく俺の話は他でもねえ。ランス、俺とタイマンしろ」

「断わる。面倒臭い」

 レイの言葉をランスは1秒もかからずに斬り捨てる。

「………」

 一瞬で斬り捨てられたレイは無言になるが、それでもめげずに睨み続ける。

「いや、俺とタイマンしやがれ」

「面倒臭い。俺様にそれを受けるメリットが無い。男の頼みなど聞く理由は無い」

 それでもランスはあっさりと斬り捨てる。

 ランスとしては勿論レイの言葉を受ける気は全く無い。

 ランスから言わせて貰えば、それこそ時間の無駄だ。

「俺が怖いのか? 俺に負けるのがよ」

「馬鹿を言うな。俺様がお前に負けるはずが無いだろ。だから時間の無駄だ」

 ランスは本気でそう思っている。

 現実に、ランスとレイが戦えばまず間違いなくランスが勝つ。

 それが命の取り合いだとすれば尚更だ。

 何しろランスには命の取り合いに卑怯もクソも無いと本気で思っている。

 勝てば官軍、どんな汚い手段を取ろうとも、勝てる相手にはどんな手を使っても勝つ、それがランスなのだ。

「…随分と自信があるじゃねえか」

「フン、お前だって本気で勝てると思ってる訳じゃ無いだろ」

 ランスの指摘にレイは唇をへの字に曲げる。

 その言葉通り、レイ自身もランスに本気で勝てるだなんて思ってはいない。

 だが、ここまで『勝つ』という事に拘る相手が出来たのは初めての事だ。

「フン…気に入らねえが認めてやるよ。お前は確かに俺よりもつええ。だけどよ、俺にはそんな事はどうでもいい。お前と戦う事さえ出来ればな」

「そうか」

 レイはそう言ってランスに不意打ちを仕掛けるつもりだった。

 レイの体が動くと同時に、ランスが目のも止まらぬ速さで剣を抜刀し、レイの首元にその剣が突き付けられる。

「………気に入らねえ。考えてる事は同じって事かよ」

「アホか。俺様の方が上に決まってるだろ」

 今の自分とランスの実力差に気づき、レイは大人しくランスから離れる。

 もし今のが本気の戦いなら、ランスの剣が間違いなくレイの首を刺し貫いていた。

 それが分からないレイでは無い。

「で、こいつは普通に聞きたいんだけどよ。お前は何で魔人を倒す力が欲しいんだ」

「…お前には関係ないだろ」

「まあ関係は無いけどよ。魔人がお前に協力する上に、やってるとなりゃあ気になるのが当然だ」

 レイが一番興味があるのは、あの魔人がランスに協力しているという事。

 JAPANで会った鬼の魔人はともかく、ケッセルリンクは間違いなく協力的だ。

 カミーラは微妙かもしれないが、それでも実際にランスを助けている。

 魔人は人間の敵だという事はレイも当然認識している。

 大して魔人にも興味は無かったが、流石に3体もの魔人に出会ってしまえば話は別だ。

「特に詳しく聞く気もねえけどな。まあ俺はお前と戦えさえすればそれでいいからな」

 レイはそのまま踵を返し、何処かへと行ってしまった。

「何だあいつは」

「さあね。ランスは変な奴に好かれるからしょうがないんじゃない?」

「知らん。女はともかく男に好かれても嬉しくも何とも無い」

「でしょうね。まあ問題は無いでしょ。レイだって本気でランスに勝てるだなんて思ってないだろうし」

 レンはレイの心に微妙な機微を感じ取った。

(何処となくだけど…ランスと競い合いたいって感じもするのよね。でもそれを自分でも分かって無い感じ。私も人間の事が色々と分かって来たのかなー。特に嬉しくは無いけど)

 

 

 レイは一人空を見上げていた。

(…一瞬だったが、これが俺とランスの差って事かよ)

 あの一瞬、互いに不意打ちを仕掛けようとしていたが、負けたのは間違いなく自分だ。

 レイには何時ランスが剣を抜いたのか見えない程の早さだった。

 更にはランスの右手はもう片方の剣に伸びていた。

 あそこでランスの剣を躱したとしても、右手に握った剣でそのまま斬られていただろう。

 それこそが、自分とランスの絶対的な力の差だ。

(落ち込むぜ…魔物だろうが何だろうが関係ねぇとイキってた自分がよ)

 一人で居た頃は自分の力に任せ、どんな相手だろうが捩じ伏せて来た。

 それがモンスターだろうが魔物兵だろうが魔物隊長だろうがお構いなしだ。

 流石にモンスターが大群で来るなら躊躇いなく逃げてきたが、そんな自分が一人の人間に完全に負けた。

 レイはそれが最初は腹立たしかったが、今ではそれが何となく『当然』と思うようになってきた。

 ランスについて行けばいつかはランスを倒せる機会が巡って来るとも思ったが、生憎とそんな機会は全く無い。

 一緒に居れば居る程、その実力差に苛立ちを感じ―――そして闘志が湧いてくる自分も感じていた。

「…俺はアイツと競り合いたいのかね」

 それはレイが抱いた初めての感情。

 誰かと競い合い、そしてその感情をぶつける事が出来る相手。

「ったく…訳が分かんねえや」

 そう言いながらも、レイの口元は自然と緩んでいた。

 

 

 

「ランス…」

「何だ、カミーラか」

 ランスが魔法ハウスへと戻る途中に声をかけられる。

 その相手は魔人カミーラ…普通であれば人類の敵である。

 カミーラは突然ランスへの距離を詰め、その爪をランスの首元に向けるが、ランスは身動き一つしない。

「…諦めたか」

「何を言っている。殺気の無い攻撃など避ける必要も無いわ。お前はそんな器用な事をする奴じゃないしな」

「………」

 ランスの言葉にカミーラはその爪をランスの首元から離す。

「で、何の用だ。戦うならまだだぞ」

「分かっている…お前が強くなればなるほど、私の力をお前に見せつける事になる。そしてその力の前に跪くお前を見るのが何よりの私の楽しみとなる…」

「お前も変わらんな。いや、俺様から見れば滅茶苦茶変わっとるんだが…まあいいや」

 相変わらずゼスでのカミーラと、今のカミーラのギャップがランスを狂わせる。

 あれ程ランスに憎しみを抱きながらも、カミーラがランスを見る目には諦めや虚無感が入り混じった目をしていた。

「で、お前は今でも俺様を使徒にしたいのか」

「そうだ。お前はこのカミーラの使徒になるのが相応しい。このカミーラがお前を見込んだのだ。お前のその力にな…」

「力とは言うが、それを言ったらあの野郎は何だ! お前はそういう趣味があるのか!」

 突如として怒鳴り声を上げるランスにカミーラは怪訝な顔をする。

「何の事だ」

「あのオカマ野郎だ!」

「…ラインコックか」

「そうだ!」

 ランスはようやくラインコックの事を思い出した。

 ゼスの宮殿でランスが囚われた時、カミーラの側にいた連中の一人だ。

 七星、アベルト、そしてもう一人…あの女みたいな使徒が居たのをランスは思い出した。

 何しろアレからラインコックの事を見る事は無かったので、その存在をすっかり忘れていた。

 そしてラインコックの性別は…男だ。

「………いや、お前にそんな事を言われる筋合いは無いな」

「やかましい! お前、俺様を使徒にしたいと言っておきながら、何であんなカマ野郎を使徒にしてるんだ!」

 カミーラに躊躇いなく詰め寄るランスに思わずカミーラも一歩退く。

 それ程の迫力がランスにはあった。

「気に入らぬのか?」

「当たり前だ!」

 ハッキリと言い切るランスに、カミーラは思わず目を見開く。

「…そうか。だが、このカミーラの使徒に文句をつけるのは許さぬ」

 それも一瞬、カミーラはランスを睨むが、ランスは全く怯まない。

 ランスもカミーラがそんな事で動揺するとも思っていない。

「フン、お前が俺様を使徒に欲しいと言ってるのも怪しいもんだな」

 そう言うランスに、カミーラはランスの顔を掴む。

 そしてそのままランスの唇を奪う。

「むぐっ!」

 ランスは驚くが、カミーラの舌はそのままランスの舌に絡みつき、その唾液を交換し合う。

 真正面から見るカミーラの顔は美しく、その閉じた瞼の下にはどんな目があるのかは分からない。

 しかし、カミーラの舌は雄弁であり、何処までの情熱的だった。

 そして二人の唇が離れ、その間には激しく絡み合った唾液が橋となっている。

「…何だ突然」

「フフフ…貴様が嫉妬しているようだからな…そんなお前に褒美を与えたまでだ」

「誰があんなカマ野郎に嫉妬などするか。お前の趣味が分からんと言っているのだ」

 カミーラはランスの言葉に微笑む。

 それは何時もの嘲りでも自嘲でも無く、自然と溢れたような笑みだ。

 その顔には流石のランスも驚く。

「ランス、この試練とやらが終わればお前は私と戦う事になる。だが、今度は私も本気だ…誰にも邪魔はさせぬ。お前も持てる力を全て出してくるがいい。お前一人で無くてもよい」

「あん? どういう事だ」

「あのエンジェルナイトも人間も居ても構わぬ。私はお前の全てを奪うと決めた。ならば、お前も全てを出すのが当然だ」

「ほー。随分と自信だな」

 ランスの言葉にもカミーラは不敵に笑うだけだ。

「今回は邪魔は入らぬ。ケッセルリンクに立会いをさせる。だからお前も私に全てをぶつける事を許す。その時こそ…お前は私のモノになるのだ」

 そう言ってカミーラはランスを優しく抱きしめた。

 その意外にも優しい手に、ランスは喜ぶよりも困惑する。

(…やっぱこいつ、俺様が知ってるカミーラとは別人だな)

「フッ…喋り過ぎたか。だが、一つだけ忠告はしてやる。ジルには見つかるな。ジルに見つかればお前の自由は間違いなく無くなる」

 そういうカミーラの顔には先程の表情は無く、本気でランスに忠告をしていた。

 ランスもそれを感じ取り、憮然とした顔をする。

「アレはどんどんと不安定になっていく。スラルとは一緒に考えるな。間違いなく、お前もジルも破滅するだけだ。だが…お前にはそんな事は関係無いと言うのだろうな」

「当たり前だ。アレは俺様の奴隷だ。奴隷が主人より偉くなるなど絶対にありえんのだ」

「クク…貴様はそういう人間だ。だから、私はお前を跪かせる…私自身の力でだ」

 カミーラはランスから離れると、そのまま宙に浮かぶ。

「ランス、精々励む事だ。この戦いの結果に関わらず…貴様には褒美をやろう」

 そしてそのまま何処かへと飛んで行ってしまう。

 ランスはしばらくの間カミーラを見ていたが、

「あいつも大概に変な奴だな」

 そう言うと魔法ハウスへ向けて歩いて行った。

 

 

 夜―――魔人ケッセルリンクの元に使徒達が集まっていた。

「ケッセルリンク様。皆集まりました」

 メイド長であるエルシールが一礼すると、他の者も一斉に一礼する。

 ケッセルリンクはその姿を見ながら薄く微笑む。

「お前達に一つ言っておく事があってな…」

「何でしょうか。ケッセルリンク様」

 主の言葉にメイド達の気が引き締まる。

 それだけケッセルリンクの表情は真剣であり、何かの決意を伺わせる強い力を秘めている。

「私はランスを助ける。だからお前達も力を貸してほしい」

 その言葉に一番動揺したのは勿論バーバラだ。

 まさか魔人が一人の人間を助けるなど、本来はあり得ない話だ。

 だが、そう思っていたのはバーバラだけで、

「ケッセルリンク様の仰せのままに」

「分かりました。私達は何処までもケッセルリンク様について行きます」

「メイド長として、何処までもケッセルリンク様を助けていく所存です」

「はーい。勿論私達もそのつもりです」

 シャロン達が迷わず言葉を受け止めたのを見て、バーバラは内心でため息をつく。

(まあ…そうなるわよね)

「バーバラ…不満があるなら今の内に言ってくれ。勿論私は怒りはしない…これは私の個人的な我儘とも言える事だからね」

「い、いえそんな不満何てありえません! ですが…私はあの男の事を知らないので…」

 バーバラの言葉にケッセルリンクは苦笑する。

「いや、君の言葉は尤もだ。ランスは決して褒められた人格では無いし、無類の女好き…いや、女しか好きじゃない。そんな人間に何故私が入れ込むか…納得が出来ないのだろう」

「そ、そんな畏れ多い! 勿論私もケッセルリンク様に何処までもついて行きます!」

 勿論これはバーバラの偽らざる本心だ。

 バーバラが気に入らないのは、やはりランスのあの性格に有る。

 下品で卑怯で力で全てを支配する男…それがバーバラから見たランスだ。

 いや、だったと言った方が正しい。

(でも…あいつは魔王様に向かって行った)

 その見解が少し変わったのは、やはりあの時の魔王ジルが誕生した時の戦い。

 あの男は決して勝てない相手も真っ直ぐに向かって行った。

 恐怖で殆ど思考が停止していた自分とは違う…圧倒的な精神力の強さを見せつけられた気がした。

 そしてそれが何よりも気に入らなかった…まるで自分が人を見る目が無かったと思い知らされたようで嫌だった。

「素直に言ってくれても構わない。ランスはそれだけ言われる事をしている男だ…だが、それでも私達カラーにとっては命の恩人だ」

「カラーだけではありません…私もランス様に救われました。後で聞いたら少しマッチポンプのような所はありましたけど」

「私は…子供を救われました。それだけでもランスさんには返しきれない恩が有ります」

「滅茶苦茶な人ではありますけど…不思議とランスさんならやってくれるという気持ちにさせてくれるんですよね」

「間違っても善人では無いですけど、悪人と言われたらちょっと微妙なんですよね。ランスさんより悪い人なんてこの世に沢山いますから」

 バーバラ以外のメイド達は皆ランスに救われている。

 意図的にランスが巻き込んでしまった者も居るが、ランスが介入しなければその未来は悲惨なものになっていた事は間違いない。

「ランスはジル様を何としても取り戻そうとしている…私は陰ながらではあるが、その手助けをしたい」

「…そうですねー。ジル様は本当はランスさんとずっと一緒に居たかったでしょうし」

 ケッセルリンクの言葉に加奈代は悲しそうな顔をする。

 この中で尤もジルと親しかったのが彼女だ。

 そしてジルがランスに向けてた想い、そして新たな命を授かった事を喜んでいたのは嫌という程理解している。

 だからこそ、かつての主であるナイチサが憎くて仕方が無かった。

「これは途方も無く険しい道だ…だが、ランスは絶対に折れないだろう。だから私はランスを助ける…魔王に隠れながらになるが」

「私達はケッセルリンク様に何処までもついて行きます。それが魔王の逆鱗に触れる事になっても」

 エルシールの言葉に皆が頷く。

 それを見てケッセルリンクは嬉しそうに微笑む。

「ありがとう…お前達」

「ケッセルリンク様。私達は私達でランス様に恩を返したいのです。それに…あんなランス様はもう見たくありませんから…」

 シャロンの言葉に皆が頷く。

 ジルが魔王になり、怪獣界に飛ばされた後…ランスは少しの間荒れていた。

 まるで苛立ちと焦り、そして怒りを払拭するかのような行動をとっていた。

 それはセックスにも如実に表れ、それが嫌という程伝わってきた。

「ですがケッセルリンク様。ジル様をランスさんの元へ返すと言っても、何か考えはおありなのですか?」

 パレロアの言葉に皆が難しい顔をする。

 魔王をどうにかする方法などこの世界には存在しない。

 魔王とはこの世界の全ての生命体をたった一人で絶滅出来る力を持っているのだ。

 勿論それは魔人とて例外では無い…いくらケッセルリンクが魔人四天王であろうとも、魔王にとっては赤子の手を捻るようなものだ。

 その魔王を何とかする…言えば魔王からジルを解放するという事はとてつもなくハードルが高い。

「何もしない訳にはいくまいよ…人間のランスがそうしているのだからな。だが、私にも一つ可能性は見えてきた」

「それは何でしょうか。ケッセルリンク様」

「ジル様は私にスラル様の書物を探させた…私が見つけた部分は全て渡しはしたが、それ以外にもスラル様が残した書物があるかもしれぬ。それだけでなく、この世界には色々なアイテムも存在する。それらを探すのも悪くは無いだろう」

 ケッセルリンクの言っている事は雲を掴むような話だ。

 だが、それでも何もしないという事はあり得ないのだ。

「スラル様はその辺りの記憶を失われている。だからこそ、私はスラル様の書物を探すつもりだ」

「「「「「畏まりました。ケッセルリンク様」」」」」

 主の言葉にメイド達は決意を持って頷く。

 それがどんなに困難な道であろうとも、主に従って突き進んでいくだけだ。

「あのー、ケッセルリンク様。ランスさんと何かありました?」

 話しが終わった後で、加奈代がうきうきしながらケッセルリンクに尋ねる。

「…何故そう思う?」

「いえ、ケッセルリンク様がランスさんを見る目がもう完全に乙女のソレでしたから。具体的に言えばジルさんと同じような感じでした」

 加奈代はジルがランスにどういう視線を向けていたかを知っている。

 そして今のケッセルリンクから、そのジルと似たような視線を感じ取っていた。

「…ああ。色々とあったよ。そして私は自分の本当の気持ちをランスにぶつけた。それだけだよ」

 そう言って笑うケッセルリンクの顔は、何処までも美しかった。




長くなったので二つにパートを分けました
一本に収まると思ったら意外と長かった…

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