ランス再び   作:メケネコ

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魔王ククルククル

 これはランスが神の試練という名の戯れを受ける前―――

「これが最後の試練だ。以前は失敗作を置く予定だったが、あの御方達があらたな試みをしたいとの事だ。我等が創造神は今の世界を喜んでおられる。その魔王に対する礼としてな」

 神の間で、3体の神が顔を突き合わせていた。

 それぞれ人類管理局ALICE、魂管理局クエルプラン、そして同じ1級神であるラグナロク。

 何れもこの世界を崩壊させる力を持つ、この世界の管理者達だ。

「新たな試みとは? 我等の創造神も関係しているという事は…」

 クエルプランがラグナロクに訪ねる。

「これは既に決定している事だが、ラ・バスワルドは二つに分けられ、魔王へと渡される」

「…そうですか」

 ラグナロクの言葉にクエルプランは驚く。

 確かにラ・バスワルドは扱いにくい神だと聞いている。

 ラグナロクの管理下に有るのだが、この世界が冒涜された時にこの世界を浄化する事を義務付けられた神。

 それがラ・バスワルドなのだが、長い歴史の中でそのような事態になった事は一度も無い。

 過去に一度だけラ・バスワルドが動いたが、それ以降は動かす気配は全く無かった。

「それと今回の事が何か関係しているの? 確かに面白い試みではあると思うけど」

 ALICEは楽しそうに笑う。

 それだけラグナロクの提案した言葉は面白いものだった。

「魔王の血のバックアップをこの世界に具現化させる…それが出来るのであれば世界は尚混乱するでしょうしね」

 ラグナロクの言葉は、例の人間への最後の試練として魔王ククルククルを番人として置くという言葉だった。

 既に魔王ククルククルは倒され、その血は魔王アベルに受け継がれた。

 だが、アベルはドラゴンの王に敗れ、魔王は封印されてしまった。

 その後で世界には争いの無い平和な時間が続いていたが、創造神がその平和に飽きた所で世界は粛清された。

 ドラゴンは絶滅寸前になり、新たなプレイヤーとして人間が造られた。

 そしてその人間から新たな魔王が任命されたのだが、その際には魔王アベルの持つ魔王血魂では無く、そのバックアップを用いて魔王スラルは造られた。

 今回のラグナロクの言葉は、その魔王の血のバックアップを用いるという事だった。

「試練を目指すけど最後には現魔王以上の理不尽が存在する…それもいいわね」

 ALICEの顔はまさに邪悪そのものだ。

 人間が希望を求めて最後の試練を受けた時、その最後の試練で神に裏切られる。

 その際の絶望もまたALICEにとっては楽しみだ。

 ましてやそれがあの人間…ALICEが介入を禁止されているのならば尚更だ。

 ラグナロクの言葉はALICEからすれば渡りに船と言うべきものだった。

「一つ良いでしょうか? 私はラグナロクの言葉に反対します」

「あら」

 そんなALICEの言葉にクエルプランが反対の言葉を放つ。

「クエルプラン。あなたは確かにあの人間のレベル神をしているけど、流石にそれは贔屓し過ぎじゃないかしら? それに試練の内容はラグナロクが決めるべきよ」

「ALICEの言っている事も分かります。しかし、試練と言うのであれば最低でもクリア出来る手段を用意すべきです。それで無ければ試練を課した意味がありません」

「…確かにクエルプランの言う事も道理だ。あの方が課した試練もまた、人間でもクリアが出来る様になっている」

 クエルプランの反対意見にラグナロクが同意する。

 ALICEとしては最初のラグナロクの言葉がそのままになると良いのだが、実際には上の意向もまた組み込まれるのは明らかだ。

 何しろ魔王に褒美を与えるのは決定事項であり、恐らくは三超神がラ・バスワルドを二つに分けて魔王に預けると決めたのだ。

 勿論これは実験も兼ねているのだろうが、そこは今は関係無い。

 しかし、同時にあの人間も破壊神の欠片を持っている。

 その事から、魔王に与えるバスワルドと、人間の持っているバスワルドの欠片を用いて何かをしようとしているのは明白だ。

「だが、バックアップを使用するのは決定事項だ。そこは揺るがぬ。その上で何かあるか」

 ラグナロクの言葉にクエルプランは考える。

(間違いなくALICEの意見を採用する訳にはいきませんね。ですが、私から何か言ってもそれはそれで問題はある)

 クエルプランは例の人間…ランスのレベル神を任せられている。

 勿論贔屓したりはしないが、だからと言って理不尽な目に会うのが正しいとは思えない。

「それならば力の一部でもいいのではないか」

 そこに現れたのは光の神G.O.Dだ。

「一部、とはどういう事だ」

「本体を使えば試練をクリアする事は不可能になる。だが、その一部ならば問題は無いだろう。かの魔王には無敵結界も無い」

 光の神の言葉にラグナロクは考える。

 ラグナロクの正体は三超神の一人、ローベンバーンだ。

 混乱と戦乱を好むが、今の世界を生み出したプランナーのやり方には満足している。

 だから、自分の部下であるラ・バスワルドを褒美に出すと言うのも理解した。

 同時に、ローベンバーンにもまた思惑が存在していた。

「分かった。ならば一部にしよう。クエルプランの言う通り、完全に詰む状態では試練にはならぬ」

 なので、クエルプランと光の神の意見を取り入れる事にする。

 確かにククルククル本体が相手となれば、絶対に試練を乗り越える事が不可能になる。

 その状態になれば間違いなくプランナーが口を出してくるだろう。

 それに何よりも、創造神であるルドラサウムの楽しみを奪う事は許されない。

「あなたがそれを決めたのであれば私は構わないわ」

 ALICEはその言葉に賛成の言葉を放つ。

 本来であれば反対したいが、張本人であるラグナロクが決めたのであればそうなるしかない。

 管轄外の事には口を出すべきでは無いのだ。

「クエルプラン。ルールはお前が決めよ」

 だが、流石にラグナロクがそう言うのは予想外だった。

「…何故私なのですか?」

 クエルプランもALICEと同じ様にラグナロクの言葉には驚く。

「試練はクリア出来るものであるべきと言ったのはお前だ。ならばお前が制約を決めよ」

 それだけを言ってラグナロクは姿を消す。

 話は終ったと言わんばかりに光の神も姿を消す。

 残ったのはALICEとクエルプランだけだ。

「ねえクエルプラン…分かっているとは思うけど、贔屓はダメよ」

「それは当然です。しかし魂管理局である私に何故あのような事を…」

「さあね。でも確かに試練はクリア出来るもので無ければならないと言ったのはあなたよ。じゃあ頑張りなさいな」

 そう言うとALICEは何処か詰まらなそうに姿を消す。

 残されたクエルプランは少しの間考えていたが、当然の事ながら納得のいく答えなど出てこない。

 だとすればどうすればいいか…それを考えた時、一体の存在が思い浮かぶ。

「…分からなければ聞く事にしましょう」

 その時クエルプランが浮かんだのは―――この世界で好きに生きている真っ白いハニワの事だった。

 

 

 

 

 魔王ククルククル―――この世界が造られた時、三超神はメインプレイヤーと、それに敵対する存在である魔王を生み出した。

 最初の魔王であるトロスは力を付けた魔人によって殺されてしまった。

 その反省を踏まえ、魔人は魔王には逆らう事は出来ないという制約が設けられた。

 そして新たな世界が造られた時、メインプレイヤーであるドラゴンの敵としての魔王がククルククルだ。

 歴代の魔王の中でも尤も長い間魔王であり続け、絶えずメインプレイヤーであるドラゴンと戦い続けた最強の魔王。

 その戦いは6000年にも及んだが、最後にはドラゴンとの戦いに敗れた。

 そしてそのククルククルに止めを刺したのが次なる魔王であるアベルだ。

 とにかく、ククルククルはもうこの世界には存在しないはずだった。

 だが、そのククルククルが今目の前に存在して居る。

「馬鹿な…ククルククルだと!?」

「何だそいつは!」

 カインの怒声に、ランスはそれに負けない音量で怒鳴る。

「俺達ドラゴンと6000年以上戦い続けた魔王だ! だがこいつはアベルに止めを刺された! その後でアベルの野郎は魔王になった! どうなってやがる!?」

 困惑したカインだが、当のククルククルはその無機質な目…と思わる部分でこちらを見ているだけだ。

 触手の先端には女性を模ってはいるが、果たしてそれを『女』と言って良いものか、ランスですら判断がつかない。

 リーザスで戦った魔王ジルは間違いなく女だったが、目の前のソレを女と判断する余裕すらもう存在しない。

 それだけ圧倒的な存在感を放っていた。

「これがククルククルか…ドラゴンと長きに渡って戦いを繰り広げた…」

 カミーラも目の前のククルククルを見て唇を噛む。

 かつてあらゆるドラゴンがククルククルと激戦を繰り広げた。

 当時は無敵結界が無く、魔王もまた普通に傷つけることが出来た。

 だがその力は圧倒的だったと聞いている。

「………」

 そのククルククルは女性と思しき器官には口らしきものもあるのだが、そこからは特に言葉は放たれない。

 ただ、悠然とランス達を見下ろすだけだ。

 そして―――

「!!!!!!!」

 その口が開いたかと思うと、凄まじい衝撃波が生じてランス達を吹き飛ばした。

「! 何だこいつは!?」

 あまりの衝撃波にレイもただ毒づくしかない。

 同じく吹き飛ばされたパレロアと加奈代を掴んで何とか着地するが、その圧倒的な存在感はレイをして冷や汗をかかせる。

「あ、ありがとうございます…」

 助けられたパレロアはレイに礼を言うが、すぐさまレイは二人を突き飛ばす。

 するとそこにはククルククルから放たれた触手が突き刺さっていた。

 大地を抉るその一撃は、人間が喰らえば間違いなくミンチになるであろう。

「チッ!」

 カインは翼を羽ばたかせて宙に浮く。

 ドラゴンとしては当たり前の行動であり、何よりも確認をしなければならない。

「あっ! こら何処へ行く!」

 ランスはカインに文句を言うが、カインは知った事では無いと言わんばかりに上空から見下ろす。

 そこにはククルククルの触手が一本あるだけで、本体は見当たらない。

 それを見届けたカインは上空からククルククルを襲撃する。

 その強靭な爪はククルククルの触手を傷つけれるが、ククルククルは全く動じもせずにカインに向かって触手を放つ。

 それを何とか避けて、カインは地面へと着地する。

「居るのはククルククルの触手だけだ! 本体じゃねえ!」

「本体ではではない!? どういう事だ!」

 カインの言葉にスラルは叫ぶ。

 ドラゴンの巨体は当然ながら音も大きいので、大声を出さなければ自分の声も聞こえにくい。

「ククルククルはとてつもなくでかいんだ! 4000mを超えているククルククルの本体が見えないのはありえねえ!」

「4000!? ククルククルはそれ程の大きさを持っていたのか!?」

 4000m越えと聞き、流石のスラルも驚きに声を上げる。

 4000mと言えば、途方もない大きさであり、自分の作った城など比較にもならない大きさだ。

(確かに4000mの本体が近くにいる気配無い…という事は、これは純粋にククルククルから生えている触手の一端にしか過ぎないという事か!?)

 ククルククルは無機質な目でランス達を見ている。

 その目が何を写しているのか…いや、ランス達を見ているのかどうかすら分からない。

 だが、そこから放たれる圧倒的なプレッシャーはランスですらその足が重くなるほどだ。

(うぐぐ…こいつはヤバイぞ。リーザスで最初にあったジルくらいにヤバイぞ)

 最初にジルと会った時も、ランスは恐怖で思わず逃げ出したくなるほどの重圧を味わった。

 今目の前にいる初代魔王からは、その時のジルと同じくらいのプレッシャーを感じていた。

 だが、それでも今のランスには逃げるという選択肢は存在しない。

 ここまで来た以上、勝つ以外にランスが取るべき行動は無いのだ。

「初代魔王だか何だか知らんが、そんなもんで俺様が怯むと思ったのか! 死ねーーーーーーっ!!」

 ランスは恐れを払拭するようにククルククルへと向かって行く。

 ククルククルはそんなランスをその触手の先端の目で捉えると、そのままその顔をランスへと向ける。

 一見すると人間の少女のようだが、流石のランスもこれ程の異形の存在には欲情はしない。

 ランスは剣を構えて突き進むと、ククルククルの手に当たる異形の部分が震え始める。

 それは無数の刃のような形を取ると、凄まじい速さでランスへと向かって来る。

 その一撃一撃が人間のランスを簡単に貫けるのはランスでも分かっている。

 無論それでもランスはその足を止めない―――全ては自分の奴隷をこの手に取り戻すために。

 ランスは襲ってくる刃をあっさりと斬り払う。

 避けられないものは自分の鎧を上手く使って衝撃を逃がす。

 そうしてランスはククルククルに近づき、その剣を振り下ろす。

 ククルククルは僅かに体を捻ると、ランスの一撃は少女の形をした先端では無く、その触手の太い部分に当たる。

「な、何だと!?」

 ランスの剣は確かに触手の太い部分に当たり、その剣先が触手にめり込んで血を噴出させる。

 だが、その斬り裂いた先からククルククルの傷が塞がっていく。

 ランスの剣が傷をつけると同時に、ククルククル傷が治っていくのだ。

 その再生速度はあの魔人ノスすらも遥かに上回る速度だ。

「ランス!」

 驚いたランスの一瞬の隙をつき、ククルククルの触手の刃がランスに襲い掛かろうとした所をレンがランスの襟元を掴んで強引に引き剥がす。

「いだだだだ! おい! もっと優しく引き離せ!」

「無茶言わないでよ! あのままだったら間違いなくミンチになってたわよ!」

「それでもだ!」

 ランスもレンの言う事は理解出来て尚も声を荒げる。

 あの無軌道の上、異様に殺意が高い攻撃はランスを持ってしても完全には避けられなかっただろう。

「相手はククルククルの触手一本だ! 本体で無ければやれるはずだ!」

 スラルの言葉に呼応するように、触手の先端の女性の部分が口を大きく明ける。

 その光景を見て、ランスは非常に嫌な予感がする。

 それは戦士としての嗅覚と言って良いだろう。

「レン! 飛べ!」

「分かってるわよ!」

 その声と同時に、その口の部分から光線が放たれる。

 交戦ははランスとレンが立っていた部分を大きく抉り、その大地を赤く染める。

「シャレにならんぞ!」

「歴代の魔王の中で、尤も一級神に近づいたとされる魔王…触手一本とはいえヤバいわね」

 ランスは上空からククルククルを見下ろす形になる。

 それに反応するかのように、ククルククルの先端の女性の部分の目がランスを捕えている。

 その無機質な目からは何の反応も見出す事は出来ない。

 それが何よりも不気味だった。

「ファイヤーレーザー!」

「スノーレーザー!」

 地上ではバーバラとエルシールがそれぞれ魔法を放つ。

 魔法は必中、直線状に障害物が無い限り必ず当たる。

 魔法はククルククルに直撃はするが、ククルククルは何の反応も起こさない。

 ただ、無機質な目で魔法を放った二人を見るだけだ。

「き、効いて無い!?」

「まさか…全く効果が無いなんて…」

 その結果には二人は歯噛みするしかない。

 自分が使える最強の魔法を持ってしても、魔王の触手一本にすらほぼダメージを与えられないのだ。

 ククルククルは二人を一瞥すると、興味を失ったと言わんばかりにその体をランスに向ける。

「無視された…?」

「ありがたい事ですが…まさかここまで力が通じないなんて」

 バーバラとエルシールは唇を噛む。

 最大威力の魔法が全く効果を現さなかったのだ。

 それはつまりは自分達が…使徒である自分達が全くの戦力にならない事を意味していた。

「お前達、落ち込むのは後だ。それぞれで出来る事をやるのだ」

「ケッセルリンク様」

 ケッセルリンクは上空を睨んでいた。

 上空ではカミーラがククルククルに向かって行った所だ。

 ケッセルリンクもどうにかしたいが、不思議と思考と体が一致しない。

 連携して行動をとる事を制限されているような感覚に陥る。

(ランスやスラル様とはそういう事は無いのだが…)

 魔人との連携がまるで出来ないかのように体が動かない。

「ケッセルリンク、魔法の準備はしておけ。この中で一番攻撃力があるのはカミーラとお前だ」

 スラルはランスから預かったクリスタルソードを地面に突き刺す。

 そして呪文を唱えると、その剣を中心に魔法陣が描かれる。

「焼け石に水かもしれないが、それでも効果はあるはずだ。頼むぞ、ケッセルリンク」

「お任せください、スラル様」

 ケッセルリンクは魔法陣の中で上空の戦を注視していた。

 

 上空ではカミーラとカインがククルククルと相対していた。

 ランスを追って上空に体を伸ばしたククルククルにカミーラがぶつかっていく。

 カミーラのブレスがククルククルを襲う。

 だが、ククルククルは腕から生えた触手を使ってそのブレスから身を守る。

 カミーラのブレスでもククルククルの触手を数本焼いた程度で、その本体…いや、触手の先端には何の影響も及ぼさない。

 それどころか、焼けた触手の部分から新たな触手が生えてくる程だ。

「おい! 一気にやらねえと何処までも再生するだけだぞ! ククルククルはドラゴン相手に6000年戦ってきたバケモノだぞ!」

「フン…!」

 カインの言葉をカミーラは鼻で笑う。

 だが、同時にククルククルという魔王の存在に驚愕したのも事実だ。

 魔王であった頃のアベルは確かに強かった。

 臆病で慎重でドラゴンの王から逃げ回っていた軟弱な魔王だと唾棄していたが、それでもカミーラにとっては手も足も出ない存在だったのだ。

 その魔王アベルをマギーホアは激闘の末に倒した…それを聞いた時もカミーラは何も感じなかった。

 ただ、魔人ケイブリスはやたらと魔王ククルククルの強さを強調していた。

 あの時は全く興味が無かったが、改めて魔王の強さを思い知らされた。

 しかも今目の前にあるのは本体では無く、その触手の一本にしか過ぎないのだ。

 だが、それでもカミーラが退く理由は全く無い。

 カミーラはそのまま空中で縦横無尽に翔けると、その鋭い爪をククルククルの背後から浴びせようとする。

(もらった…!)

 完全に死角からの一撃―――カミーラはそう思っていた。

 しかしカミーラが感じたのは、自分の腹部を貫く刃だった。

「な…に…」

 カミーラは吐血しながらも自分に突き刺さった刃から身を離す。

「カミーラ! こいつには死角はねえ! 生物の様に見える触手の先端も、ククルククルからすれば器官の一つに過ぎねえんだ!」

 カインの言葉にカミーラは自分の迂闊さを呪う。

 人間の女のように見える姿はククルククルの触手の一本でしかない。

 そこに目も口もあるのだが、それが本当に自分達と同じ様な目と口の役割をしているかどうかは分からない。

 それなのに、カミーラは自然と目の前の存在の目を自分と同じと勝手に思い込んでしまった。

「カミーラ! 避けろ!」

 ランスの言葉にカミーラは現実に戻る。

 その一瞬の思考の隙に、ククルククルの手の部分の触手から更なる触手が生え、カミーラに襲い掛かる。

 カミーラは何とかその触手から逃れるが、何時の間にかカミーラの方を向いていた先端の女性の部分の口が開く。

 そこからは凄まじい衝撃波が放たれ、触手から逃れていたカミーラの体に叩きつけられる。

 地面に向かって凄まじい勢いで吹き飛ばされ、流石のカミーラも肝が冷える。

 が、地面に叩きつけられる感触はやってこず、誰かの手で受け止められた事が直ぐに分かる。

「無事か。カミーラ」

「ケッセルリンクか…」

 カミーラを受け止めたのは同じ魔人であるケッセルリンクだ。

「まさかお前がここまでのダメージを受けるとはな」

「掠り傷だ。この程度どうという事は無い」

 カミーラはケッセルリンクに対して獰猛な笑みで応えると、直ぐに空へと羽ばたこうとする。

「待てカミーラ。空中戦は不利だ。戦えるのがお前とカインとレンしかいない」

「知った事では無い。アレは私が潰す…」

「落ち着け。あの変幻自在の攻撃はいくらお前でもそうそう防げる訳でも無い。協力しろとは言わない。だが、手数は多くすべきだ」

 ケッセルリンクの言葉にカミーラは考える。

 プライドが何処までも高いカミーラだが、だからと言って無鉄砲な訳でも無い。

 ドラゴンのプライドを取り戻したからこそ、目の前の敵を自分の力で捩じ伏せるという思いもあるが、勝てない戦いをする気は流石に無い。

「相手は一部だけとはいえ、元魔王だ。お前単体で勝てる相手では無いのは分かっているはずだ」

「フン…」

 カミーラはケッセルリンクの言葉を聞いて、空に飛ぶのを止める。

 意外かもしれないが、カミーラはケッセルリンクの言葉なら素直に受け止められる。

 奇妙な縁だが、魔人の中では間違いなく一番親しく、カミーラですら親近感を覚えている存在なのだ。

「おう、無事なようだな」

 そこにレンとランスが降りてくる。

 空中ではカインとククルククルが激しい戦いを繰り広げている。

「フン…貴様も良く無事なものだな」

「お前が迂闊すぎるんだ。魔人は無敵結界に頼り過ぎだな」

 ランスの言葉にカミーラは鼻を鳴らす。

 同時に、ドラゴンとしてランスの言葉も理解出来るのが非常に腹立たしい。

 無敵結界を得てから、魔人は無敵結界の恩恵を最大限に受け取っている。

 逆に言えば、無敵結界がある事が前提の戦い方しか出来ない。

 特にカミーラはその傾向が激しい。

 元がカラーのケッセルリンクや、人間であるガルティアは無敵結界に頼った戦いは基本的にしない。

 元の戦い方がその体に染みついて居るからだ。

「でもどうするのよ。あいつ、ランスの事を凄い見ているみたいだけど」

 レンは上空を見ながら嫌そうに言葉を放つ。

 確かにレンの言う通り、ククルククルは上空でカインと戦いながらも、その先端の女性の部分の目はランスを見ている。

「うーむ…流石の俺様もアレは無いな。そもそも穴があるのかどうか…」

「そういう事を言ってるんじゃ無いわよ。あんた、魔王にやたらと好かれるみたいだけど変なフェロモンでも放ってるんじゃないの?」

「気持ち悪い事を言うな。女はともかく男は論外だ。それにああいうのも問題外だ」

 そう言うランスだが、確かにククルククルの視線はランスに向けられていた。

 ククルククルの先端の部分に視覚があるのかどうかは怪しいが、カインを触手で捌きながらもじっとランスの方を見ている。

 そしてランスを見ながらも、カインの攻撃を全て捌いたかと思うと、その触手でカインの首を掴むと、そのまま地面に叩き付けようとする。

「げ!」

「に、逃げなさい!」

 レンの声に皆が降ってくるカインを避けようとする。

 何しろカインはドラゴンなので相当にでかい。

 なので、

 

 ドスンッ!

 

 叩きつけられた時の衝撃も非常にでかい。

「いってえええええええ!」

 だが、それでもやはりドラゴンはドラゴンだった。

 叩きつけられた衝撃など何でも無いかのように、直ぐに起き上り戦闘態勢に入る。

「飛ぶなよ! 空中戦を出来るのはお前とカミーラとレンしか居ないんだ!」

 スラルの言葉に翼を羽ばたかそうとしていたカインの動きが止まる。

「…そうだ、俺以外にドラゴンは居ないんだったな」

 ククルククルと戦った時はそれこそ大量のドラゴンが存在して居た。

 カインにとってはククルククルとの戦いはついこの間終わったばかりだったので、ついいつもの調子で戦おうとしてしまった。

 カインに飛ぶ兆候が見えないのを悟ったのか、上空まで延ばされていたククルククルの触手が地面付近へと降りてくる。

 そして、その無機質な目で再びランスを捉える。

「ランス、お前ククルククルに何かしたのか?」

「知らん。何で俺様がこんなに見られなければならんのだ」

 しかし、ククルククルの目は間違いなくランスを見ている。

 その表情が全く窺えない顔はやはり不気味で、その威圧感も伴って誰もが冷や汗を流す程だ。

 そしてククルククルが再び動き始めたかと思うと、そのまま真っ直ぐランスへと向かって行く。

 その速度には流石のランスも驚愕し、何とかククルククルの触手をその剣で弾く。

 だが、ククルククルの触手は無数にあり、ランス一人では捌くのは不可能な程だ。

「ちょ、タイムだターイム!」

 だからこそ、ランスは思わずそう口走る。

「何言ってるのよ!」

 勿論相手にそんな言葉が通じるはずが無い―――誰もがそう思った。

 しかし突如としてククルククルの動きが止まる。

 それどころか、ランスから距離を取ってその目でじっとランスを見ている。

「な、何だ!?」

 それには流石のランスも驚き、唖然としている。

「………」

 ククルククルは何も答えずに、ただ悠然としているだけだ。

「ランスの言葉が…通じた?」

「んは訳あるかよ。そんな知能が有る奴に見えるか?」

 レンの言葉にレイは吐き捨てるが、

 

 カッ!

 

 ククルククルの口から光線が放たれレイの足元を焼く。

「うおっ!?」

「どうやら言葉は理解できるみたいですね…」

 幸いにもククルククルからの追撃は無く、

「よーし、作戦会議だ! だからちょっと待ってろよ!」

 ランスはそう言って皆を集める。

 そんな光景を見ながらも、ククルククルはやっぱりランスの方を見ているだけだった。




ククルククルの戦い方は完全に想像です
専用行動がくくるんしか無いのがなぁ

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