「ランス。今度こそ砕いてやろう。貴様の全てをな」
カミーラは再びランスに接近してくる。
ランスは変貌した剣を構えて同じように接近する。
「ランス! 一気に決めなければ持たないぞ!」
「分かっとるわ! まあ見ていろ!」
ランスの剣が再び形を変えていく。
斧のような形をしていた先端が変形すると、今度は一本の剣の姿になる。
バスタードソード程度の形になり、ランスはその剣をカミーラに向かって振り下ろす。
その圧力はカミーラをして動きを止めることを選択せざるを得ない一撃だ。
カミーラは振り下ろされた剣を避け、ランスの右側へと回り込もうとする。
だが、それはランスにとっては予想の範囲内。
振り下ろした剣はその軌道を変え、横薙ぎに放たれる。
カミーラは変化したランスの剣の軌道に対して翼でその刃を防ぐ。
「!」
その翼から伝わる衝撃にカミーラの顔が歪む。
それほどまでの衝撃を目の前の人間から与えられたことに、カミーラはより一層喜色を浮かべる。
カミーラは本来であれば強い存在、気に入らない存在を積極的に狩っていく性格だ。
だが、ケイブリスにカミーラのプライドは折られ、そこからより一層歪んでいった。
ゼスを攻めたのも、ケイブリス派の行動というよりも、カミーラがケイブリスから逃れるため、そして行方不明だったアベルトを探すための方便だ。
しかし―――ドラゴンのプライドを取り戻したカミーラは違った。
「いいぞ。やはりお前はこのカミーラのモノになるのに相応しい」
カミーラはその爪でランスの急所を目掛けて攻撃する。
「お断りだ! お前が俺様の女になればいいだけだ!」
カミーラの凄まじい攻撃の嵐に、流石のランスも防戦一方になる。
己の傷を省みない、カミーラとは思えぬ攻撃方法には流石のランスも押されている。
技術でカミーラの攻撃を何とかいなすが、それでもランスの体には細かな傷が出来ていく。
ランスの剣はカオスでは無いので、どうしても魔人の再生力の前には不利を強いられてしまう。
何しろカオスはまともに攻撃が当たれば、魔人四天王のカミーラを相手にして逆転が出来る程に魔人への殺意が高いのだから。
「貰った…!」
カミーラはランスの剣を力ずくで跳ね飛ばす。
無理矢理ランスの剣を弾いたのだから、カミーラの腕も只では済まず、その腕からは大きく血が噴き出る。
「うげっ!」
カミーラの捨身とも言える攻撃には流石のランスも驚愕し、一瞬だが無防備になる。
そのままカミーラがランスの首元に手を伸ばした時、背中から剣が突き刺さる。
「私を無視してるんじゃ無いわよ…!」
起き上ったレンがカミーラの背中に剣を突き刺した。
本来であれば完璧な奇襲となるはずの一撃だが、何とカミーラはその攻撃を完全にでは無いが防いでいた。
背後から僅かな殺気を感じ、カミーラの翼は動いてた。
その翼がレンの剣の軌道をずらし、その剣はカミーラの背中を完全に貫く事は叶わなかった。
それどころか、カミーラの体が旋回するとそれだけで衝撃波が生じ、レンの体を無数の切り傷を与える。
「クク…やはり貴様も油断ならんな…だがここまでだ」
カミーラはそのままレンの体を掴むと、勢いよく地面に叩き付けた。
地面に叩きつけられたレンは口から血を吐き出し、そのまま動かなくなる。
「カミーラ! お前俺様の女を!」
ランスはそれに激昂し、すぐさま体勢を立て直してカミーラに斬りかかる。
その気配にはカミーラも警戒をしたのか、躊躇う事無く宙へと浮かび間合いを取る。
「レン! 大丈夫!?」
「…死んで無いわよ。だからあんまり大声出さないで。頭がくらくらする…」
レンは何とか起き上るが、流石に叩きつけれた衝撃が大きかったのか、立っているのもやっとといった感じだ。
「…おい、あいつ一体何なんだ? 偽エンジェルナイト…だよな?」
「…だろうな。だけど偽エンジェルナイトがあんなに強いのか? まさか突然変異種か?」
魔軍はカミーラからあれだけ攻撃を受けたにも関わらず、死んでいないレンに対して驚愕する。
「成程…これが彼女の力という事ですか」
七星は逆に納得がいったと言わんばかりに頷いている。
「七星?」
そんな七星にラインコックは訳が分からないと言った感じで首を傾げる。
「何でもない。彼女の強さの理由が納得いっただけだ」
七星は今回の戦があるまでレンの事を強い人間だと思っていた。
だが、その正体はまさかのエンジェルナイト…ドラゴンを滅ぼした連中の一味だ。
天から降り注いだ光だけでなく、大量のエンジェルナイトがこの世界を一度一掃した…それはドラゴンである七星には驚くべき結果だった。
(しかし…何故そんな存在が一介の人間を守っているのか…)
同時にそのエンジェルナイトが何故一人の人間を守っている事にも疑問が湧く。
そんな七星の思考を余所に、ランスとカミーラの戦は続く。
「ククク…貴様は自分よりも自分の女を傷つけられて怒るタイプか」
ランスの怒りの攻撃を防ぎながらカミーラは楽しそうに笑う。
「やかましい! ぜーったいおしおきしてくれるわーっ!」
ランスの剣は鋭いが大振りなせいで、カミーラとしてはその攻撃を読みやすい。
だが、もし当たればカミーラでもただでは済まない…そう思わせる迫力がある。
「ランス! 落ち着け! カミーラはお前を挑発している! これではカミーラの思うつぼだぞ!」
そんなランスを制止するのがスラルだ。
その言葉を受けて、ランスの動きが一度止まる。
頭に血が上っていたのが、突如として冷静になっていた。
ランスは短気で感情の起伏も激しいが、それでもやはり一流の戦士なのだ。
「それよりもこの剣の力を正しく理解しろ! これは我でもお前に助言は出来ん! お前自身がどうにかするしか無い!」
スラルはランスの剣の中にあるククルククルの力を感じ取っている。
勿論その力は全盛期のククルククルの1%にも満たない力だろう。
だがそれでも、ランスの剣の中には初代魔王の力が宿っているのだ。
それこそ、ランスが起こした最大の奇跡だ。
何しろ歴代魔王の内2体の魔王の力がこの剣にはあるのだから。
「フン、俺様が焦っている訳が無いだろ。スラルちゃんは俺様のかっこいい姿を見てればいいんだ」
ランスは落ち着きを取り戻し、改めてカミーラを見る。
相変わらず余裕の表情を見せており、レンが不意打ちした影響も殆ど見られない。
だが、見られないというのはスラルの見解だ。
ランスは余裕に見えるカミーラの姿の裏側に、何かの違和感を感じていた。
(なーんかおかしいぞ。戦い方もそうだが、こんなに余裕が無い奴だったか?)
ゼスの時は理由は分からないが、ランスに対して強い敵意を持っていた。
執拗にランスを追いかけ、そこからは怒りすらも感じられた。
だが、結局は一瞬の隙を突き、ランスアタックが直撃した結果、カミーラはその戦闘能力を大きく減らしてた。
(焦ってるというか…前に戦った時とは違うぞ)
最初にカミーラに目を付けられた時…その時はカミーラはランスに対しては何の感情も持っていなかった。
まるで気に入らないモノを排除するかのように、ランスに攻撃を加えていた。
そしてカミーラに使徒にすると言われた後は、カミーラはランスを屈服させるべく戦いを仕掛けてきた。
その時はカミーラにはランスの力を試すような所があった。
今もその傾向はあるのだが、その時よりも今は余裕が感じられない。
(こいつが焦る理由なんかあるのか?)
何しろ今の状況は完全にカミーラが優位、邪魔する奴は誰もいないのだ。
あの時は魔軍がランスに向けて魔法を放ってきて、その事にカミーラが興を削がれた事で戦いは有耶無耶になった。
ランスがカミーラの動きを注視していると、カミーラの動きの変化に気づく。
確かにカミーラは悠然としているように見えるが、その攻撃は絶対に右腕だけから攻撃を仕掛けてきた。
レンを掴んだ時も、右腕を使って叩きつけていた。
(そういや俺様の攻撃を防いでいるのもほとんど右手だな。左手は殆ど使っとらんぞ)
これまでの戦でも、カミーラは両手を使っていたはずなのに、今回は右手が殆どだ。
(…よーし、試すか)
ランスは剣を構えると、その剣が再び変形する。
その剣の片刃がまるでドラゴンの鱗のような形へと変わる。
するとその部分がスパークして、空中で放電を始める。
「ランス…何をした?」
それにはスラルも目を丸くする。
今スラルはランスの剣に何の付与もかけていない。
だが、それにも関わらずランスの剣からは間違いなく雷の力が感じられる。
それは魔法の力では無く、純粋な雷の力だ。
「知らん。何か勝手にこうなった」
「…そうか。ならば後で調べるとしよう。だが、これで少しはカミーラ相手にやりあえそうだな」
「フン、俺様なら出来るに決まってるだろう。何故なら俺様は最強だからな」
ランスの意志に合わせる様に、剣のスパークが激しくなる。
ランス自身は特に気にもしていないが、ランスはシィルに魔法の力を借りた時は雷の力を使っていた。
ククルククルはランス達と戦っていた時、カインから凄まじい電撃を浴びていた。
その力がククルククルの体に残り、ランスの剣にも宿った。
そしてランスが魔法を借りた時に使っていた雷の力との相性の結果…こうして力が露わになった。
「がはははは! 行くぞカミーラ!」
「…来い」
ランスを剣を構えてそのまま真っ直ぐにカミーラへと突っ込んでいく。
ランスも既に体力は残り少ないので、これが最後のチャンスだ。
「とーーーーーっ!!!」
「!?」
そしてランスが取った行動はカミーラにとっても驚きかつ不可解なものであった。
ランスは必殺のランスアタックを放つ体勢に入ったが、カミーラとの距離はまだまだある。
到底届かない一撃のはずであり、カミーラはその行動に困惑する。
が、その困惑は一瞬で警戒心へと変わる。
ランスアタックは地面を抉ったかと思うと、大地から土砂とともに雷がカミーラに襲い掛かってくる。
カミーラはそれを跳ぶことに避けるが、
「白色破壊光線!」
そこを狙い澄ましたかのように、スラルの魔法がカミーラを襲う。
突然の魔法の一撃に、カミーラもそれを避けきる事が出来ない。
白色破壊光線に飲み込まれたカミーラはそのままバランスを失い大地に叩きつけられる。
だが、自分に向かって来る足音がカミーラを休ませてはくれない。
「がはははは! 覚悟しろカミーラ!」
ランスの剣がカミーラに振り下ろされる。
直ぐに立ち上がったカミーラだが、ランスの攻撃を避けるには少し体勢が悪い。
カミーラの左側面から振り下ろされる剣を、カミーラは当然ながら左手の爪で受け止める。
パキン!
「!」
だが、今度はその結果にカミーラは驚愕する。
自分の爪がランスの剣によって砕かれたのだ。
斬られたと言うのならまだ分かるが、まるでハンマーか何かで砕かれたような跡を見て、カミーラは一瞬隙を晒す。
「とーーーーーーっ!」
今度はランスがカミーラの左腕そのものを狙って剣を一閃する。
カミーラは何とかそれを防ごうとするが、左腕に走る痛みに一瞬防御が遅れる。
何とか身を捩り、左腕を狙うランスの剣から身を守るが、結果としてそれはカミーラの背中の部分に当たる。
「ぐっ!」
だが、その衝撃はカミーラが想像していた衝撃とは全く違っていた。
斬られた、というよりは肉に絡みつき、抉っていくような衝撃には流石に痛みを覚える。
そしてカミーラは見た―――ランスの持つ剣の歪さを。
ランスの剣はまるでドラゴンの鱗が何枚も重ね合わせたような重厚な物にと変化していた。
だが、カミーラが驚愕したのはそんな事では無い。
ランスの剣は生きているかのように、その刃が細かく動いていた。
その刃がカミーラの肉に喰らいつき、そして抉っていったのだ。
「がはははは! 思った通りだ! お前、まだ傷が治って無いな!」
「それがどうした。それくらいのハンデがあって尚、お前は私には勝てない」
ランスの言葉をカミーラは否定もせずに、真っ直ぐにランスを見る。
「弱点があるなら話は別だ。お前も卑怯だなんて言う奴じゃないからな。だから俺様は遠慮なく攻撃させてもらーう!」
ランスはカミーラの体の左側の動きが鈍い事を察し、カミーラの左半身を中心に攻撃を加えていく。
「あーーーーーっ! あいつ汚い! カミーラ様の体が本調子じゃ無いのを分かって攻撃してる!」
当然その行為にはラインコックが腹を立てる。
「カミーラ様も承知の上だ。それに弱点を攻めるのは別に卑怯でも何でも無い。当然の事だ」
七星はランスの行為を当然の事と受け止めてはいる。
受け止めてはいるが、同時にこの戦いの行く末が分からなくなった事に焦りも覚える。
何しろランスという人間はどんな隠し玉を持っているか分からない。
どんなピンチな状況も、持ち前の力と強運で乗り越えてきた人間なのだ。
(ランス殿の傷が癒えればカミーラ様は当然戦いをお受けになる…分かっていた事なのに止める事は出来なかった…)
七星としてはカミーラには万全の態勢で戦って欲しかったが、カミーラにはそんな事は関係無かった。
ランスが万全の態勢ならば、その時がカミーラが戦うべき時だったのだから。
「ククク…楽しいな、ランス! まさかここまでお前がやるとは思っていなかった。想像以上だ。だが、それでも私が勝つ。それは変わらぬ」
「お前のプライドの高さもそこまで行くと病気だな。だがしかーし! 勝つのは俺様だ!」
カミーラは己の体の傷を恐れずに、ランスと激しくぶつかる。
傷は受けるが、それは魔人の再生能力で再生していく…のだが、その再生能力が明らかに鈍い。
それは先のククルククルの戦におけるカミーラの傷が完全には癒えていない証拠だ。
それが分かっていても、カミーラにはそんな事は関係無かった。
自分がランスを捩じ伏せたいと思った時こそ、カミーラにとっては一番良いタイミングだからだ。
カミーラはランスの剣をその翼で何とか受け流すと、そのままランスに向かって鋭い蹴りを放つ。
ランスはその蹴りを剣の腹で受け止めるが、流石にその衝撃は完全に殺す事が出来ずに吹き飛ぶ。
そこを狙って、カミーラはブレスを放つ体勢に入る。
「ランス! ワールウィンドだ!」
「何だそりゃ! 何を言っとるんだスラルちゃんは!」
「気の渦を出すあの技だ! あの技に我の魔力を乗せてカミーラのブレスを相殺する!」
「俺様の必殺技に勝手な名前をつけるな! あれには俺様が考えたかっこいい名前が…」
「どうせ『ウルトラランスアタック』だの『ハイパーランスアタック』だのそういうネーミングセンスの欠片の無い名前だろう! だったら我がつけた名前の方がかっこいい!」
「なにーーーっ!? この俺様のネーミングセンスに文句があるとでもいうのか!」
「大いにな。どうせお前の事だから、自分の子供に名前に『うんこ』だの『ランス2』だの『ローカルランス』だのと名前をつけるだろう!」
「な、何だと!?」
スラルの指摘を受けてランスは思わず驚愕する。
それはこことは違う世界線の話―――まさにランスが名前の選択肢にと入れた名前だった。
そしてもう一つの名前は、自分のムスコであるダークランスに対して命名した名前。
「来るぞ! ランス!」
「だーーーーーっ! スラルちゃん覚えてろよ! ぜーったいおしおきしてやるからな!」
ランスはそう言いながらも必殺技の体勢に入る。
そしてカミーラのブレスが放たれると同時に、ランスもまた必殺を放つ。
「ワールウィンド!」
「だから勝手に俺様の必殺技に名前を付けるな!」
文句を付けながらもランスは必殺技を放つと、それは氷の竜巻になってカミーラのブレスにぶつかる。
氷の竜巻は物理的な壁となって、カミーラのブレスの威力を減殺する。
「うわっ!?」
ランスとスラルの放った氷の竜巻とカミーラのブレスがぶつかり、凄まじい水蒸気が湧き上がるのを見てラインコックが悲鳴を上げる。
そして―――ランスとカミーラの二人はそれぞれ同時に突っ込んでいっていた。
互いにこの一撃で相手を倒せるなど思ってもいない。
そして膨大な水蒸気の中で、ランスの集中力は極限にまで高まっていた。
その気配は剣の中に居るスラルにも分かる。
これが最後の決着になると確信した時、ランスがとった行動にスラルは驚いた。
だが、それでもスラルは準備を始める。
そしてそれこそが、この戦いを決定づける行動となった。
大量の水蒸気の中、カミーラはランスの気配を感じ取っていた。
それはランスの持つ剣から強烈な力が放たれていたからだ。
カミーラは姿勢を低くすると、その水蒸気に紛れてランスに不意打ちをする事を決める。
カミーラは少し焦っていた。
左半身の怪我をランスに知られた事と、ランスの持つ剣の異質さを警戒しているからだ。
(ランスは私の攻撃に合わせるつもりか…)
だが、カミーラに退く気は全く無い。
この水蒸気の中で、カミーラはとうとう動いた。
風を斬り、一瞬でランスへと攻撃を仕掛け―――そして一気に勝負を決める。
その決意をすれば後は簡単、カミーラは恐ろしい速度でランスへと向かって行き―――そしてその爪は空を切った。
「!!」
そこにあるのは地面に突き刺さったランスの持つ黒い剣だ。
「残念」
そしてそこから聞こえるのはスラルの声。
それと同時にカミーラの左側から凄まじい気配が湧き上がってくる。
「がはははは! かかったな! ラーンス…あたたたたたーーーーーっく!!!」
完全に気配を消していたランスが、カミーラに襲い掛かる。
ランスという男は、実力不足とはいえ忍者である見当かなみにも気配が気づかれず、アサシンの首領であるフレイアにも気配を悟られない程の穏行手段を持っている。
カミーラは勝負を急いだが故に、強大な気配を持つランスの剣へと誘導されてしまった。
「ぐぅっ!!」
ランスの手にあるのはもう一つの剣であるクリスタルソードだ。
そしてカラーのクリスタルから造られたクリスタルソードもまた、素晴らしい切れ味を持っている。
その一撃がとうとうカミーラの体にクリーンヒットする。
カミーラの左肩にランスの剣が突き刺さり、そのまま背中に向けてランスの剣が振りおろされた。
クリスタルソードは魔人カミーラの体を切裂くが、それでもカミーラは倒れなかった。
それどころか、嬉々としてランスに向けて右手を向けるが、ランスはそれを地面を転がる様にして避ける。
そして自分から転がった勢いを利用してランスは立ち上がると、その手には黒い剣が収まる。
「スラルちゃん!」
「分かっている! バスワルド!」
スラルが溜めていた魔力を解放すると、ランスの背後にラ・バスワルドの姿が一瞬浮かぶと、ランスの剣が鈍く光り輝く。
「これで終わりだ! カミーラ!」
スラルの声にも、カミーラは不敵な笑みを消さない。
それどころか今までよりもより楽しそうに笑い、ランスを迎え撃つ。
だが―――運命というものは再び二人の決着を望まなかった。
「ゲギャギャギャギャギャギャ! 死ねーーーーーー!!!」
カミーラの後方から何かが飛んでくる。
魔人ハラキリ、こいつには何かを斬るという意志以外存在して居ない。
ハラキリは相手が斬れれば人でも魔物でも何でも良かった。
だからこそ、こうして獲物を纏めて殺せるように、真っ直ぐにカミーラに突っ込んできた。
「!」
カミーラも突然の乱入者に慌てるが、伸ばした爪は最早後戻しにする事は出来ない。
だが―――ランスという男は違った。
カミーラに向けていた剣の軌道を無理矢理変えると、そのまま魔人ハラキリとぶつかる。
「ゲギャーーーーーー!?」
地獄の底から響く様なハラキリの悲鳴と共に、その体が真っ二つになって地面に落ちる。
「ランス!」
同時に…カミーラの爪がランスの腹と胸を貫いていた。
「ぐ…」
ランスはその衝撃に血を吐き出す。
カミーラは直ぐに自分の爪を引込めるが、ランスはそのままバランスを崩し、川の中へと落ちていった。
「ランス!」
レンの悲鳴が響き、その翼でランスを追おうとする。
「待て! 我も連れてけ!」
そのレンにお町がしがみ付いて二人の姿は消える―――前に既に動いている者が居た。
「カミーラ様!?」
ラインコックの声が届く前に、カミーラは既に川の中へと飛び込んでいった。
「な、何だ!? 何が起きた!?」
「あ、あれは…魔人か!?」
残された魔物兵達が慌てて魔人ハラキリの所へと向かう。
そしてそこに居たのは、ちょうど腹の部分から真っ二つになって蠢いているハラキリだった。
「馬鹿な!? 自ら無敵結界を使っていなかったカミーラ様はともかく、魔人が人間に斬られただと!?」
「そんな事が…!? ケッセルリンク様! ドーイクス将軍! ジル様に報告しなければ」
そして魔物将軍ドーイクス、そしてその部下は非常に優秀だった。
今の出来事を見て、最小限の混乱で部下達の動揺を抑える。
そこに魔人ケッセルリンクが居たのも大きかったのだろう、魔物達は浮足立ちながらも、その指揮が乱れる事は無かった。
「…お前達、見たのか?」
ケッセルリンクの静かな言葉にドーイクスは頷く。
「は、はい…もし人間が無敵結界を無視できるのであれば…恐るべきことです! 何としてもジル様に報告しなければ!」
その態度は魔物将軍の鑑と言っても良いだろう。
時代が時代ならば、魔物将軍の中でも名を残す存在になれたかもしれない。
だが、時代は彼らを選ばなかった。
「そうか…見たのか。ならば…消えてもらうしかないな」
ケッセルリンクはハラキリの元へと行くと、躊躇う事無くハラキリに止めを刺す。
「ケ、ケッセルリンク様!?」
「私がやらなければカミーラがやっていた。順番が少し早くなっただけだ…そして、目撃者は消さなければならない」
「…え?」
ケッセルリンクの言葉にドーイクスが思わず間の抜けた声を上げた時、
「ゼットン」
ケッセルリンクから返ってきたのは高威力の魔法の言葉だった。
「「「うぎゃーーーーーーーっ!!!」」」
彼女の放つ魔法に焼かれ、魔物兵達は一斉に消し炭なる。
生き残った者達も、ケッセルリンクのメイド達が確実にトドメを刺していく。
半身を焼かれながら、ドーイクスはまだ生きていた。
「ケ、ケッセルリンク様…魔人のあなた様が何故…」
自分を見下ろすケッセルリンクの目は冷たい。
「悪いな。ランスの存在を…魔人の無敵結界を破れる事をジル様に知られる訳にはいかない。目撃者には全て死んでもらう」
「そ、そんな…」
「運が悪かったと思え。確かに私は魔王の命令には従うが…それ以上にやらなければいけない事があるのだ」
ケッセルリンクが腕を振るうと、魔物将軍の全身が吹き飛びその命を終わらせる。
その場に残っているのは、ケッセルリンクとその使徒、そしてカミーラの使徒とその側に居るレイ、そしてエドワウだけだ。
「ケッセルリンク様…」
ラインコックは驚愕の表情でケッセルリンクを見ている。
彼女のやった事は正に暴挙だ。
だが、魔人であるのならば当然の事とも言えるのだが、まさかあのケッセルリンクがこんな事をするなど夢にも思っていなかった。
「七星…後は分かるな」
「はい。こいつらは人間に倒された…そういう事でいいでしょう」
七星の足元には気を失ったレイが倒れていた。
カミーラが魔物兵達を始末する前に、七星がレイを気絶させたのだ。
「これはカミーラに渡せ。はぐれ魔人を始末した…カミーラならばやってもおかしくはないからな」
ケッセルリンクは魔人ハラキリの魔血魂を拾うと、それを七星に向かって放る。
「分かりました。私からもカミーラ様に報告します。それよりも…」
七星はランス達が消えた水際へと向かう。
「ランス殿は…」
「死ぬ訳が無いさ。ランスはこれ以上の修羅場を何度もくぐってきた。私はランスが死んでいるなどと微塵も思っていない」
「…そうですね。私はここでカミーラ様を待ちます。何があるにせよ、カミーラ様は必ずここに戻ってこられるでしょうか」
「ああ。私は先に戻るとしよう…私はお前達とは会わなかった、そうだろう?」
「ええ。私達はあくまでも例の人間を追ってきただけ…そしてその人間に魔物将軍が撃退された。ジル様も特に気にも留めないでしょう」
魔王ジルは魔人や魔物に対しては無関心な所もある。
なので魔物達がどれ程死のうが全く気にもしないだろう。
「丁度良く戻る手段も出来たようだ」
ケッセルリンクの視線の先に居るのは船を漕ぐハニーだ。
どうやら船渡しは続けているようだ。
「お前はどうする」
ケッセルリンクの視線の先に居たのはエドワウだ。
エドワウはこの状況に驚愕しならも、
「いや…私に出来る事は無い。だが、生きて帰らなければならないのだが…難しいかな」
エドワウの言葉にケッセルリンクは薄く笑う。
「お前をどうこうする気は無い。ハニーの船に乗り、何処へでも行くがいい。だが…ランスの事は忘れろ。もしそうでなければ…私がお前達を始末する」
「恐ろしいな…だが私も命が惜しい。それに私には私で伝えていかねばならぬ事も有る。私は何も見なかった、それでいいかな」
「それでいい…無用な争いをするのは空しいからな」
ケッセルリンクは川の中に落ちていったランスの事を思う。
(お前はこの程度では死なないさ…だから…また私に姿を見せてくれ)
まーたコロナで大変な事になりそう…
もう本当に勘弁して欲しい