ランス再び   作:メケネコ

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日光

「ほう、人間が死にに来たか。愚かな事よ…」

 魔人イゾウは突如として現れた人間を見て舌なめずりをする。

「逃げろ! 逃げてくれ…日光を連れて…」

 魔人の足元では腕を斬られた日光の兄が必死の形相でランスに頼んでいる。

 だが、その人間から出たのは信じられない言葉だった。

「逃げる? 俺様がこんな雑魚にか」

 それはとんでもない言葉だった。

 普通の人間からすれば、気が狂ってるとしか思えない台詞を男は平気な顔で言っている。

 日光の兄が唇を噛みしめるが、男…ランスは躊躇なく魔人の前に立つ。

「大丈夫か?」

 狐耳の少女が日光の手を引いて立たせる。

 日光の方が少女―――お町よりも相当に背が高いので、それは非常にアンバランスな光景だった。

「だめ…逃げなければ…」

 日光は今の状況を冷静に把握していた。

 この時から冷静で優しい性格は既に形成されており、目の前の少女が魔物に殺される所など見たくは無い。

 それ故の言葉だったが、お町は平然としている。

「問題無いじゃろ。見た所、カミーラやケッセルリンクに比べれば遥かに劣る魔人のようだしの。ランスとレンとスラルならば後れを取るまい」

 お町は逆に日光を守る様に彼女の前に立つ。

 その体からは小さな稲光が溢れる。

 それは日光の目から見てもとんでもない力を感じさせた。

「数は多くないか。ランス、少しの間魔人を頼む。我は雑魚共を蹴散らすとしよう」

「とっとと終わらせろよ」

 銀髪の女性―――スラルのとんでもない言葉にも、ランスは平然と答える。

 その言葉が癇に障ったように、イゾウからは殺気が鋭くなる。

 だが、ランスは最早その程度では全く動じない。

 これまで何体もの魔人と相対すれば、嫌でも相手の実力が理解出来る程の力をランスは持っていた。

 そしてその魔人達と比較しても、目の前の魔人は明らかに強くは無い。

 恐らくはシーザーを連れていないサテラと同程度の力しかない、ランスはそう感じ取った。

「レン、頼むぞ」

「私の役割はランスを守る事なんだけどね。まあこいつらを早く始末すればそれだけランスを守る事に繋がるか」

 金髪の女性―――レンは何処からか剣と盾を出すと、それを構えて魔軍の前に立つ。

「とっとと来なさい。私も暇じゃないから」

 まるで魔軍など眼中に無いかのような言葉に、魔軍達は即座にキレる。

 人間に馬鹿にされる等、まさに屈辱の中の屈辱。

 いかにして嬲り殺しにしてやろうかと考えている時、突如として巨大な爆発が魔軍を襲う。

「業火炎破」

 魔軍の足元から強烈な炎が湧き上がり、多くの魔物兵をその業火で焼く。

 スラルは元魔王だけあり、魔法の詠唱も非常に早い。

 しかもスラルの手元にあるのはランスのクリスタルソード。

 カラーのクリスタルは、魔法の触媒としても非常に優れた力を持っている。

 魔想志津香のクリスタルロッドにも勝るとも劣らない、強力な魔力の発生器としてスラルに使われていた。

「エンジェルカッター」

 混乱している魔軍にさらにレンの放った光魔法が襲い掛かる。

 光の刃は魔軍を簡単に切裂き、スラルの魔法から生き残った魔物兵に確実にトドメを刺す。

「な、なんだこいつらは!?」

「数はこちらが多いんだ! 囲め!」

 赤魔物兵の言葉に魔軍は一斉に散開しようとするが、そのタイミングは少し遅かった。

 スラル達を囲むにしては、少し数が足りな過ぎた。

 何しろレンはエンジェルナイト、その力は魔人には及ばないが、それでも並の魔物兵の手におえるものではない。

 その剣はあっさりと魔物兵を蹴散らし、赤魔物兵ですらも相手にならない。

 そしてスラルに向かって行く魔物兵だが、それもまたスラルにあっさりと屠られていく。

 元魔王であるスラルの力は魔法だけでは無い。

 剣の技能等は無いが、それでもその身体能力にものをいわせ、魔物兵程度は素手でも倒せる程に強いのだ。

 そしてスラルの魔力ならば炎の矢ですら魔物兵を倒せるほどの威力がある。

 スラルを囲むには魔物兵の数が足りな過ぎたと言えるだろう。

「伏せておれ。レン、スラル、放つぞ!」

 お町の言葉にレンとスラルは魔軍から距離を取る。

 するとお町から凄まじい電撃が放たれ、魔軍を飲み込んでいく。

 それは雷神雷光にも劣らない威力で魔物兵を飲み込む。

 日光はその光景を呆然と見ていた。

 あれ程の数の魔物兵が、全く相手にならずに撃破されていく。

 それは信じられない光景だった。

 そして信じられない光景はもう一つ目の前に存在していた。

 

 

 

「フン、実験台としてはちょうどいいか。相手になってやるからとっととかかって来い」

「実験台は貴様の方よ! 拙者の剣『血桜』の錆になるがいいわ!!」

 魔人イゾウはランスに斬りかかる。

 それは確かに魔人の身体能力に相応しい速さと威力ではあった。

 だが、ランスから見れば簡単に対処出来る程の速さと威力で有る事も事実だ。

 ランスは黒い剣―――魔剣ハデス(スラル命名)で魔人の刀を受け止める。

 そしてその事に魔人イゾウは驚愕に目を見開く。

「ば、バカな! 拙者の剣が人間に防がれただと!?」

「フン、どうせ雑魚共しか相手にしてこなかったんだろ」

 ランスは力と技の合わさった技術でイゾウの刀を弾く。

 まるで奇術でも受けたかのように、簡単に攻撃を弾かれた事にイゾウは困惑する。

 そしてランスの剣はイゾウの肩口を狙って振り下ろされた。

(殺られる!?)

 それは魔人であるにも関わらず、イゾウが思わず死をイメージさせられる程の鋭い一撃。

 

 ガンッ!!

 

 それは魔人の持つ無敵結界によって防がれる。

 だが、イゾウは思わずたたらを踏んで尻餅をついてしまった。

「ば、バカな!?」

 無敵結界は相手の攻撃を弾く。

 つまりその瞬間、相手は無防備になりその瞬間に相手を殺す。

 これがイゾウの常套手段だった。

 無敵結界の力を前提とした、剣術とも言えない戦い方―――同時に魔人の強さを表す有効な攻撃でもある。

 しかし、目の前の人間にはそれが通用しない。

 無敵結界の衝撃でバランスを崩したのは攻撃した相手では無く、防いだはずの自分なのだから。

「うーむ、やはり無敵結界は斬れんか。やっぱクエルプランちゃんの言った通りにしないとダメか」

 ランスはこの結界には特に何かの感情を持つという事は無い。

 そもそもランスは手加減をしているとはいえ、カミーラとも接近戦を出来る力を得たのだ。

 つまり、無敵結界頼みの剣を使う魔人など、ランスにとっては最も組し易い相手なのだ。

「に、人間が!」

 この結界にイゾウは怒りで全身を真っ赤に染め上げると、そのまま魔人の力を全開にしてランスに襲い掛かる。

 そこには刀を使って相手を殺すと言う先程の言葉は無く、ただ我武者羅にランスに向かって剣を振るうだけだ。

 その剣をランスは己の剣を使って弾き、時には避けながら魔人と斬り合いを続ける。

 剣戦闘LV3、この世界にも歴史上一人しかいないはずの藤原石丸と同じ剣のレベル。

 ランスはそれをようやく自分の戦いのスタイルに取り入れる事が出来ていた。

 それはこれまでのランスの戦い方の幅を広げ、より一層攻撃的になると同時に、確かな技術をランスに与えていた。

 高いレベルも合わさり、同じ剣を使って来る相手には負けない程の力を身に着けていた。

 そう、それが例え魔人であったとしても。

「そろそろか」

 ランスは一度魔人から距離を取ると、ランスの持つ剣が不気味に蠢き始める。

「な、なんだ?」

 それにはイゾウも警戒を露わにする。

 人間の持っている剣から不気味な気配が放たれ、剣がまるで意志を持っているかのように動き始めたのだ。

 剣の中に埋め込まれている不気味な赤い球体が不気味に光を放ち、剣の姿が変わっていく。

 ランスの剣が変形すると、それは片刃が無数の牙の持つかのような形に変わる。

「フ、フン! 所詮は虚仮脅しよ!」

 イゾウは構わずにランスへと向かって行く。

「がはははは! 死ねーーーーーっ!!!」

 ランスも同時に魔人へと向かって行くと、そのまま勢いよく跳躍する。

「ラーンスあたたたたーーーーーーっっっく!!!」

「!!!」

 必殺のランスアタックがイゾウに襲い掛かり、イゾウはそれを剣で受け止めようとする。

 それはイゾウが人間だった時の癖であり、別におかしな事でも無かった。

 だが、それこそが彼の命運を分けたと言っても良いだろう。

 ランスの剣とイゾウの刀が交差する。

 そしてその剣と剣が交わる瞬間、イゾウは見た。

 人間の持つ黒い剣の歪さに思わず背筋が凍る程だ。

 その剣から細かな刃が生えているのが分かってはいたが、その刃が細かく振動し回転しているのに気づいたからだ。

 そしてランスの剣はイゾウの刀を簡単に食い破る。

「ば、バカな!? うおおおおおおっ!?」

 威力もそのままに、ランスの必殺の一撃がイゾウの無敵結界に当たる。

 その衝撃には両者とも吹き飛ばされ、ランスは空中で態勢を整えて着地し、イゾウは地面に叩きつけられる。

「き、貴様! 本当に人間か!?」

 イゾウは砕かれた刀を見て愕然とする。

 まさか魔人である自分が…無敵結界を持っていて尚こんな目に合っている自分が信じられなかった。

「言っただろうが。お前なんぞサテラよりも雑魚だとな」

 魔人サテラは魔人の中では一番弱い、とされている。

 それはサテラが魔人として一番若いからであり、サテラの力がガーディアンを作る事に長けている事に他ならない。

 目の前の魔人はそのサテラよりも尚も劣る、それがランスの見解だ。

(だがやっぱり無敵結界は面倒臭いな。攻撃が全く通らんぞ)

 しかし、それでもランスにとっては面倒だという事には変わりは無い。

 いくら相手がサテラよりも弱くとも、無敵結界がある限りは決して魔人を倒すことは出来ない。

 カミーラのように無敵結界を解く奴が本来はおかしいのだから。

「さて、こっちは片付いたわよ」

「成程、流石に魔人が相手ではランスでも倒す事は不可能か」

 そしてさらにやってくる人間が二人。

 イゾウは周囲を見渡すが、既に魔軍は全滅してしまっており、残っているのは自分だけだ。

 だが、それは問題では無い。

 無敵結界が有る限り、魔人である自分が人間にやられるはずは無いのだから。

 しかしそれでもイゾウは踵を返して一目散に逃げ出した。

 脇目も振らずに、ただ一直線に逃げていくその様は、流石のランスであっても呆れてしまう程だ。

「逃げたぞ」

「逃げたな…まあ逃げてくれた方が有難いがな」

 ランスの声にスラルは嘆息する。

 何だかんだ言っても、今は魔人に逃げて貰う方が都合が良い。

 恐らくはこのまま戦っていても、倒す事は出来ただろう。

 レンは無敵結界を無視して相手を攻撃できるし、ランスもスラルがバスワルドの力を付与すれば魔人を斬れる。

 だが、そのためには相手を確実に仕留める手段を用意しなければならない。

 もし下手に魔人の無敵結界を無視できると知られれば、非常に面倒な事になるのは明らかだ。

(ジルが見逃してくれているのが救いだな…ケッセルリンクとカミーラもランスの事を口外するような事も無いしな)

 何か理由があってランスの事を魔人達に伝えていないジル、そして陰ながらランスを助けるケッセルリンク、態々ランスの事を他の者に話す事も無いカミーラ。

(レキシントンだけが不安要素だが…まあランスの事を知られてないなら、言いふらしてはいないのだろう)

 魔人レキシントンは魔人の中でもランスに傷つけられた魔人だが、それを他の者に言う事はしない。

 何しろレキシントンにとっても、ランスと戦うのが非常に楽しみだからだ。

 その楽しみを他の連中に邪魔されたくない、それがレキシントンの考えだ。

「あ…すま…ない…日光は…妹は…」

 逃げていく魔人を見て、呆然としていた日光の兄が掠れた声を上げる。

「兄上! 兄上!」

 日光は兄に向かって駆けよると、その体を抱き起す。

 その顔は土気色で、最早助からないのは明らかだ。

「とりあえずヒーリング。でも…命までは助ける事は出来ない。あなたはもう死ぬわ」

「…楽になった。ありがとう」

 レンの言葉に日光の兄は微笑む。

 幾らか楽になったのかもしれないが、それでも命が尽きるのは最早避けられない。

 神魔法も決して万能では無いのだ。

「日光を…妹を助けてくれてありがとう…」

「いい女を助けるのは当然の事だ。だから安心して死ね」

 ランスの乱暴な言葉にも、日光の兄は安心したように笑う。

「日光…父や私の仇を取れとは言わない…決して死なないでほしい…」

「兄上! 兄上!」

「名も知らぬ方…どうか、日光を…日光をお願いします…」

「任されてやろう。いい女は助けるのが男として当たり前だからな」

 その言葉に日光の兄は最後に微笑むと、日光の頬を撫で…そしてその体から力が抜けていった。

「兄上!」

 日光は死んだ兄に縋りつき涙を流す。

 ランス達は何も言わずに、ただ日光に好きなだけ泣かせる。

 そして少しの間日光は泣いていたが、やがて意を決したように立ち上がる。

「助けて頂きありがとうございます」

「気にするな。未来の俺様の女を助けただけだ。それよりもとっとと逃げるぞ。魔軍共がまた来たら面倒だ」

「そうだな、話は後だ。魔軍の援軍が来ないとも限らない。直ぐに離れよう」

「ま、待ってください! 皆をこのままには…」

「時間が無い。また魔人が来たら面倒だ。とにかく今はとっとと行くぞ」

 ランスは日光の言葉を遮り、そのまま日光の手を引いて走り始める。

 スラルとお町がそれに続き、レンは野晒になっている死体を見る。

 本来エンジェルナイトにとっては人間など取るに足らない存在だ。

 それは魔物も同じ、それがこれまでのレンの考え方だ。

 レンは手を振ると、光が死体に注がれる。

「せめて迷わないでクエルプラン様の所へ行きなさい。悪魔に囚われないようにね」

 レンはそうとだけ言うと、ランスの後を追って走り始めた。

 

 

 

 親兄弟を失い焦燥していた日光だったが、ランスの持つ魔法ハウスを見て目を丸くしていた。

 そこにあるのは信じられない世界…小さな家の模型が本当に巨大な家になったのだ。

 そしてその家は昼間と間違える程の灯りが輝き、そして簡単に水が出て来る。

 魔軍から隠れるように生きているGL期の人間にとっては信じられない光景だ。

「ほれ、これでものんで落ち着くがいい」

「あ、ありがとうございます…」

 お町に出されたJAPANの茶を口にすると、

「美味しい…」

 思わずそんな言葉が出てしまう。

 まさか今の時代で、これ程の嗜好品が出て来るなど想像も出来な事だ。

「あの…改めて助けて頂きありがとうございます。でも…色々と聞きたい事は有るのですが、頭が追いつかなくて…」

「無理も無い。一日で家族も故郷も失ったのだからな。ランス、今日は休ませてやる方がいいと思うぞ」

「そうだな。日光って言ったか」

「はい。そうです」

 自分で名前を聞いて、ランスはある違和感に気づく。

 目の前の女性の声を何処かで聞いた事があるような気がしたのが。

 男は直ぐに忘れるが、女はそんな簡単には忘れない、それがランスだ。

(日光…あ、そうだ! 聖刀日光と同じ名前では無いか!)

 日光…それはランスも一度会った事のある、カオスと同じく魔人を斬る事が出来る剣であり、かつてカオスと共にパーティーを組んでいた侍だと聞いた事がある。

 カフェからもその話は聞いており、カフェからすると日光へのコンプレックスがあったとも少し話していた。

 ランスは別にそんな事は気にする必要は無いとも思ったが、本人がそう思ったのならどうしようもない事だ。

「…突然だがお前はカオスとカフェという名前を知ってるか」

「カオス…とカフェですか? いいえ、心当たりがありませんが…」

 突然のランスの言葉に日光は困惑したように応える。

「そっか。知らんか。ならいい」

(という事は別人か? だがそれにしても…いい女だな。謙信ちゃんと五十六が合わさったと言えば良いのか)

 カオスとカフェの事は後回しにして、ランスはまずは日光という女性の全身を見る。

 今は家族を失い消沈しているが、確かにもの凄い美人だ。

 ならば当然、ランスが自分の女にしようとするのは自然な事だった。

 が、ランスもいきなりそんな事を言う程馬鹿では無い。

 家族を失った悲しみに付け込むという手段も有るが、目の前の女性はそういうタイプの人間では無い事は分かる。

 確かに意気消沈はしているが、その目の奥には強い意志があるのをランスは感じ取っていた。

(こういうタイプは押せ押せじゃいかんな)

 ランスはそう考え、直ぐにでも押し倒そうとするのを自制する。

「とにかく今日は休め。明日になったら話を聞いてやろう。レン、部屋に案内してやれ」

「…別にいいけど」

 突然そんな事を言いだすランスにレンはため息をつく。

(また始まった…)

 流石にここまで付き合いが長いとランスの考えている事はもう分かる。

 間違いなく手を出す事を考えているが、それは今では無いと考えているのだろうと。

 だが、それでもレンはランスを止める気は全く無い。

 ランスがどういう行動を取ろうと自分が口を出すつもりは無いし、ランスが自由にやった方が不思議とその者に対していい結果になるという事も分かるからだ。

「こっちよ」

「ありがとうございます」

 レンの後をついて日光が客用の部屋へと入っていく。

 その前に律儀にランスに向けて礼をする所がまた日本人らしいとランスは感じていた。

 日光が部屋へと消え、レンが戻ってきた後でスラルが呆れた声を出す。

「ランス、お前という男は本当に女と見れば見境が無いな。今更止める気も無いが、少しは自重しろ…と言っても無駄なのだろうな」

「当たり前だ。なんで俺様が自重せねばならんのだ。そんな事をしても詰まらんだろうが」

「まあいいがな…だが、思いもよらず魔人と接触した事になるが、その辺りはどうする?」

 呆れていた様子のスラルだが、その目は真剣なものへと変わる。

「ジルに報告されれば厄介だと思うが…まあその様子も無さそうではあるのだが」

 ケッセルリンクからジルの治世の事は聞かされている。

 レイからの言葉では人間の視点からしか情報は無いが、ケッセルリンクからならば詳しい事を聞く事が出来た。

 スラルが感じたのは、ジルの人間、そして魔物に対する憎悪だ。

 人間への徹底した管理社会…とも思ったが、実際にはそれほど締め付けてはいないとも感じ取れる。

 寧ろ聞いた限りでは、魔物に対しての締め付けの方がよっぽど厳しい。

 人間に対してはどちらかと言えば無関心のようにも感じ取れる。

 何となくだが、意図的に人類の数を調整しているような感じもする。

 勿論ジルに聞かなければその意図は分からないだろうが、あの頭の良いジルがただ人間と魔物を苦しめるためにこんな事をしているとも思えない。

 ただ人間を殺すだけならば、ナイチサの時代から変わる事も無いからだ。

「それにしてもそれ程時間が経過してなかったのも驚いたわね」

「そうじゃな…しかし我もそれに巻き込まれるとは思いもしなかったな。お前達が黒部殿と別れた理由がこれじゃな」

 今回は時間の経過は殆どしていない。

 なので状況は全く変わっていないと言えた。

「まあセラクロラスの事は今は良いだろう。それよりもこれからの事じゃな。ランス、これからどうする?」

 ランスの目的はあくまでもジルを取り戻す事。

 勿論それは並大抵の事では無い…というよりも、普通の人間ならば誰しも不可能と断言するだろう。

「決まってるだろうが。まずは例のバスワルドの分かれた魔人だったかに会う。そしてこまして俺様に協力させる。それからだ」

「お前らしいと言えばそれまでだが…だとすると、ケッセルリンクに会うのが一番だと思うが、流石にJAPANからは遠いぞ」

 ケッセルリンクの居城の事は既に教えてもらっている。

 LP期におけるヘルマン地方のため、このJAPANからは正反対の方向だ。

 しかもそこに向かうためには、あの険しい山を越えるか、魔軍が陣をしいているとされる関所を通らなければならない。

 更にはその付近には魔王城もある。

 つまりはケッセルリンクに出会うのは難しい。

「魔人を倒すために魔人に会うとは…よくよく考えればおかしな事じゃの」

「ケッセルリンクは魔人である以前に俺様の女だからいいんだ」

 ランスの言葉にお町は苦笑するしかない。

 この男にとっては、魔人だろうが魔王だろうが自分の女は自分の女でしかないのだろう。

(…我もそう思われているのかの?)

 ランスが今の自分に手を出してくるという事は無い…というのは分かっている。

 そういう目で見られていない…というのは明らかだ。

(我の体がこんなのだからある意味当然か)

 何しろお町の体は織田香と同じくらいに幼い。

 実際の年齢ならばもっと上なのだが、やはり外見というのは重要なのだ。

 ランスから見れば今の自分は手を出さないと決めている外見なのだろう。

「暫くの間は様子見…という選択肢しか取れないだろうな。あの魔人も恐らくはジルに報告する事は無いだろう」

「あん? 何でだ」

 スラルの言葉にランスは疑問を投げかける。

「ケッセルリンクから聞いてただろう。ジルは人間を殺す事を禁じている。だから魔人が魔王に対して馬鹿正直に『人間にやられました』等と言う訳が無い。その前に魔王に粛清されるからな」

「ふーん、そっか。まあジルが今俺様を探さないのはいい事だ。褒めてやろう」

 魔王に対しても強気な発言を崩さないランスにスラルは呆れる。

 ジルは間違いなく自分よりも遥かに過激な魔王である事は間違いない。

 その魔王に狙われているという自覚はあるのかとも思うが、そこはスラルも疑問に思う所もある。

(泳がされている…という可能性も捨てきれないのだがな。まあ魔王が本気になればランスだろうが誰だろうがどうしようもないのだがな…)

 魔王はこの世界の絶対的な権力者。

 魔王からは逃れる事が出来ないのがこの世界の理なのだ。

「とにかく今日は休みましょうか。明日彼女から詳しい話を聞きましょ」

 最後のレンの言葉にこの場は解散となる。

 ランスは珍しく…本当に珍しく一人で眠る事となった。

 

 そして次の日―――

「皆さん、おはようございます」

「なんだ、もう起きてたのか」

 ランスが何時もの時間に目が覚めた時には既に皆が集まっていた。

 ランスが遅いという訳では無く、彼女達が早いのだ。

「ええ…ランス殿に頼みが有ります。私に…剣を教えて欲しいのです」

 

 




悩んだのがカオスと日光を襲った魔人の事
カオスはランスと共にかなりの魔人を殺しましたが、その事を言及した魔人はいなかったと思います
同じ理由で日光の故郷を襲った魔人も不明です
なのでここではオリ魔人という事にさせて頂きました

カオスはガイの帯剣だった時に倒している可能性は高いですが、日光はやっぱり出番の関係で分からないんですよね

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