昔―――今から数百年程前の話。
このJAPANでは世界に名を残す英雄がJAPANを統一しようとしていた時の話。
その統一は英雄…藤原石丸によって成し遂げられようとしていた―――はずだった。
だが、それは足止めされる事になった。
妖怪王黒部による帝レースの参戦、そしてその背後に居る大陸の人間。
それによって月餅の計画は多少のズレが生じることになるのだが、この時は特には気にしてはいなかった。
それよりも、月餅にはやらなければいけない事があった。
それこそが人間の魂を効率よく悪魔王ラサウムに流すシステムの確立、そしてそれ以外にも本筋では無いがやる事があった。
別に月餅本人がやらなければいけない事ではないのだが、上司に対しての献上品のつもりだった。
珍しい刀があると聞き、それを回収するつもりだった。
だが、そんな考えは目の前の相手の前に頓挫していた。
「ええい! まさかこんな事になるとは…!」
月餅は目の前に存在する大怪獣を前にして呻いていた。
その仮面は既に剥がれ、悪魔としての素顔が露になっている。
「グオオオオオオオッ!」
大怪獣が咆哮をするだけで周囲が歪み、凄まじい衝撃が襲い掛かる。
月餅も人外の力からくる威力で反撃するが、流石に大怪獣が相手では分が悪すぎた。
その戦いは数時間続くが、先に息が上がったのは月餅だった。
いくら第3階級魔神月餅でも、太古から存在する怪獣が相手では勝つことは不可能だった。
(石丸や早雲が居れば倒せるかもしれんが…いや、ここでそんな無理をする必要は無い)
JAPANの強力な人間達が居れば倒しきる事は出来ると判断はするが、その為に犠牲が出るのは月餅の本意では無い。
それにこれはあくまでも上司への献上品を手に入れるための戦い…それで貴重な戦力を失うのは無意味を通り越して害悪だ。
「チッ!」
月餅は舌打ちして空間を転移する。
地上に戻った月餅はスペアの仮面をすると、大きく肩で息をする。
「危なかった…もしこれ以上戦いが続けば死ぬのはこちらだったな…」
自分だけでは勝てない相手だったという事を認められぬ程月餅は傲慢ではなかった。
(だが、ここは封じておかねばならぬか…万が一オロチと出会いJAPANが崩壊するような事があれば神がどう動くか分からぬ)
神が干渉してくるような事は避けたいし、JAPANが崩壊するのも悪魔にとっては痛手だ。
折角ここまで神に感づかれる事も無く計画を進めてきたのに、それがご破算になるなど考えたくも無い。
「だが惜しいな…かなりの名刀だと思ったのだがな。あの方も喜ばれただろうに…」
自分の上司の悪魔である三魔子の一人には珍しい武具を回収し、管理する者がいる。
自分の出した試練を乗り越えた者や、自分に対して宝を提出した者にその武具を貸し与えるという性格をしている。
(そう言えばボレロ・パタン様とレガシオ様が喧嘩をしたという話があったな…)
そんな三魔子の間で昔に諍いがあったという話を思い出す。
それはボレロ・パタンが見つけた武器を人間に貸し与えたという事。
それ自体は別に珍しいことではなく、対価を払った者に対しては誰もがやる事だ。
レガシオと同じように、その人間の寿命が尽きるまでという条件で貸し与えたらしい。
だが、数百年経ってもその人間が死ぬことが無く、今もその武器は戻ってこないらしい。
その事で言い争いになったようだが、プロキーネの仲裁で何とか収まったらしい。
(経緯は分からぬが、これを回収できればレガシオ様も機嫌を少しでも良くしてくれると思ったのだが…)
やはり全て自分の想像通りには行かないようだ。
「封じる以外には無いか…恐らくは1000年も持たないだろう。問題はその後にオロチと奴がぶつからないかという事だが…そればかりはどうしようもないな」
ただ、ここの事は封印をした場所として、何かしろ残さなければならないだろう。
人間達にやらせる事に意味がある、それが月餅の考え方だ。
「さて…例の妖怪王と異人に対して行動をおこさねばならぬか…まさか藤原石丸と渡り合える者がいたとはな…」
月餅は藤原石丸の素質、そして野心を認めている。
悪魔的に見ても好ましい人材である事は間違いない。
だからこそ、自分の知識を与えてここまで勢力を拡大させて来たのだ。
「こんな所で躓く訳にはいかん…全ては我らの王のため、石丸には人類を纏めてもらわねばならぬ…」
月餅がダンジョンの封印を行っていた時、こちらに近づいてくる気配を感じる。
それに気づき、月餅はその仮面の下で不愉快そうな顔をする。
「相変わらずマメね。人間達のためにそこまでするなんて」
「全ては我らの王のためだ。利用するものは何でも利用する、それが悪魔だろう」
「そう。それなら悪魔らしく私を利用する気は無いかしら?」
「利用だと? 貴様が楽しみたいだけだろう…フィオリ」
フィオリは月餅の言葉に笑みを浮かべる。
だが、その笑みは当然の事ながら悪魔のような酷薄な笑みだった。
「それよりも…あなたがここまで苦労する相手って何者?」
「手出しはするな…これは世界にも影響を与えかねん。最悪、JAPANが沈む可能性もある」
「ふーん…まああなたの邪魔をする気は無いわ。で、名前は?」
「…名前は我々にも大切なものだ。だが敢えて名づけるとすれば…『富嶽』だ」
大怪獣富嶽―――それはJAPANに存在する怪獣の一体。
この世界に存在する大怪獣は居るだけで世界の災害になりかねない存在。
だが、幸いにも大怪獣が自らこの世界に干渉するという事は無かった。
しかし、こうして相手から向かって来るというのならば話は別だ。
当然の事ながら敵対者を撃退する意思を持っている。
そしてその富嶽の前に新たな敵対者が現れた。
それは大怪獣にとっての久々の戦で有る事を意味していた。
「これが…富嶽…!」
日光は目の前に存在する巨大な生命体を見て驚愕する。
その存在は魔人ですらも霞む程の圧力を放っている。
「またこの展開か。まあ折角のお宝があるのだ。これくらいの障害があってもいいだろう」
ランスはニヤリと笑いながら剣を構える。
ランスにとってはどんな相手だろうが、最後に現れたのであればそのダンジョンのボスモンスターに過ぎない。
確かに圧力は凄まじいが、これくらいの圧力ならばランスは何度も味わっている。
「怪獣…あの時に見た貝の怪獣と同じタイプか。しかし厄介だな…」
スラルは目の前の存在を見て唇を歪める。
以前に戦った怪獣だが、あの時は黒部や他の妖怪達が居ても倒す事は出来なかった。
そして目の前の怪獣は間違いなくあの時の怪獣よりも強い。
確かに自分達も以前よりも成長しているだろうが、前よりも数が少ない。
つまりはあの時よりも状況は悪い。
だが、それでもランスは不敵な笑みを崩さない。
「泣き言など必要無いぞ。俺様が負けるはずが無いからな」
「前よりもキツイ状況だと思うんだけどね。まあ確かに負ける事を前提に戦うなんてありえないけどね」
レンも強気な表情を崩さない。
前はエンジェルナイトの力を発揮できない状況だったが、今はもう前とは違う。
只のエンジェルナイトでは無く、階級も一つ上がり神としての力も上がった。
(それでも…流石に怪獣は厳しいか…?)
それでも目の前の大怪獣が相手では少し厳しいという感じもする。
何しろ大怪獣は神が創った存在、その強さはずば抜けている。
下手な魔人よりもよっぽど強く、更にはその神聖は魔人の無敵結界まで貫通する存在だ。
「ランス殿…本当にアレと戦うつもりですか」
日光は目の前の大怪獣を見て冷や汗が止まらない。
強くなっている自覚はあったが、そんなものは目の前の存在を見ただけで消し飛んだ。
これ程の圧力は、あの魔人に家族を殺された時をも上回る。
この大怪獣は、間違いなく魔人イゾウをも遥かに上回る存在だという事を肌で感じ取っていた。
「当たり前だろうが。それにあいつをぶっ殺せばお前の剣が手に入るんだぞ。こんなに簡単な事は無いだろ」
「か、簡単な事…」
ランスの言葉に日光はこの大怪獣とは別の意味で戦慄する。
ランスは自分が負けるなんて微塵も感じていない。
この相手を倒す事が、別の剣を探す事よりも『簡単』だと言い切ったのだ。
「それに相手もやる気が満々だぞ。だったらやるしかないだろ」
ランスは剣を構えて不敵に笑う。
「がはははは! その剣を寄こせ! そしたら日光とたんまりセックスじゃーーーーっ!!!」
そしてそのまま大怪獣富嶽へと向かって行く。
富嶽もそんなランスを獲物と認めたのか、その赤い目をランスに向ける。
富嶽の口が大きく開くと、そこからは強烈な衝撃波が放たれる。
ランスはその目に見えない衝撃波を持ち前の反射神経、そして相手の動きからその軌道を完全に見切る。
剣戦闘LV3の技能は、剣だけでなくランスの戦の姿勢にも影響を与えていた。
そしてランスの戦士としての才覚と合わさり、相手の見えにくい攻撃すらも感覚で分かっていた。
ただ、それでも魔法だけは避けることが出来ない。
それがこの世界の法則なのだから仕方が無い。
ランスが富嶽に接近し、その体に斬る。
その剣は富嶽の肉を抉り、大きな傷をつける。
ランスの剣はただ相手を斬るだけでなく、相手をその力で鈍器のように叩く事も出来るし、その複雑な刃の重なりで相手を深く傷つけられる。
しかしその感触にランスは眉を顰める。
確かにランスの攻撃は怪獣の肉を抉っているのだが、怪獣は全く怯まない。
ランスの攻撃を攻撃と思っていないかのような態度には流石のランスも驚く。
「ランス、上!」
「分かっとるわ!」
レンの声にランスは素早く反応する。
富嶽の触手がランスの死角となる頭上から襲い掛かって来たのだ。
ランスは触手を素早く避け、レン達に合流する。
「厄介だな…ククルククルと同じ丸いものか」
スラルは目の前の怪獣を見て丸いものの怪獣だと判断する。
丸いものはこの世界が造られたころから居る存在であり、魔王ククルククルの出身種族だ。
ドラゴンと長い間戦い続けた種族であり、それは現在も生き続けている。
この大怪獣には手も足も無く、ただ口だけが存在して居る。
ランスに対しての攻撃はその丸い体から突如として生えてきた触手だ。
「フン、どんな奴だろうがぶっ殺せばいいだけだ」
「そうかもしれないけどね。でも只の相手で無い事は確かでしょ! 散りなさい!」
レンの言葉に全員がその場から離れる。
富嶽が空気を吸い込いこむと、そこから凄まじい衝撃波が放たれる。
空気の塊が凄まじい威力となって襲い掛かってくる。
「全く! 空気だけで凄まじい威力だな!」
スラルは自分の顔に一筋の血が流れているのを感じ、眉を顰める。
ただ空気を口から放っただけだというに、その威力は凄まじい。
「くっ! これは…!」
日光は空気と共に放たれる触手をその刀で防ぐ。
その重さは凄まじく、日光の腕がそれだけで痺れる。
だが、そんな中ランスだけが大怪獣富嶽に突っ込んでいく。
「がはははは! そんな単純な攻撃が俺様に効くか!」
(凄い…)
日光はそんなランスに思わず見惚れてしまう。
ランスは相手の触手を最低限の動きと剣捌きで避けている。
それはまさに剣士としての理想の動き…少なくても日光にはそう見えた。
自分が触手1本を避けるのにも手一杯なのに、ランスはたったの一太刀で触手を斬り、払い、そして受け流しながら富嶽へと向かって行く。
「ラーンスあたたたたーーーーーっく!!」
ランスは跳び上がり必殺の一撃を富嶽へと放つ。
「グォォォォォォォォ!!」
富嶽はその一撃に怒鳴り声を上げると、そのままランスに向けてその牙をむける。
ランスをその口で飲み込もうとその大きな口を開ける。
「うげ、こういう奴か!」
ランスを食おうとする態度には流石に驚く。
いくらランスでも、食われてしまえばそれまでだ。
富嶽の牙は地面に突き刺さり、その分が完全に抉れてしまっている。
その牙をまともに食らえばひとたまりも無いだろう。
「スノーレーザー!」
「ライトボム!」
スラルとレンの魔法が直撃するが、富嶽は全くこたえもせずに咆哮する。
「見た目通りの耐久力という訳か…」
スラルは自分の魔法を受けても全く意にも介していない怪獣を見て苦い顔をする。
無敵結界が無ければ、魔人にもダメージを与えられるであろう自分の魔法があまり効果が無い事には驚く。
「魔法防御力が高いのか、それとも再生能力が高いのか…どちらにしろ恐ろしい相手である事は間違いないようだな」
「もっと手数が欲しいわね。そうじゃないと厳しい相手ね」
これ程の大怪獣となると、自分達だけでは厳しいかもしれない…レンは敏感に感じ取っていた。
(これって…間違いなく神が創った大怪獣よね…)
レンもエンジェルナイトであり、神の一員なので少しは知識を持っている。
それは神が造った存在ではあるが、何のためにその怪獣が造られたのかまでは知らないし、特に気にした事も無い。
だが、一つ理解しているのはソレは単純に強いと言う事だ。
それこそただの魔人よりも遥かに強い…怪獣、特に大怪獣とはそういうものなのだ。
(日光はともかくお町にはきつい相手か…私の役目はランスを守る事なんだけどね)
もし日光やお町が傷つけばランスは間違いなく怒り狂い、その結果どうなるか分からない。
それを防ぐためには、やはり自分が皆を守らなければならない。
少し前の自分ならばそれが厳しかったかもしれない…だが、神として階級が上がったからには話が違う。
(やるしかないか。ランスが自暴自棄になったらそれこそ抑えが効かないし)
「さて…まずはここから行くか! 光の壁!」
まずはやる事はパーティーの生存率を上げる事。
相手が大怪獣では心許ないが、それでもかけないよりも遥かに大きい。
神魔法の鉄の壁をも上回る魔法をレンは身につけていた。
「がはははは! 死ねーーーーーーっ!」
ランスは剣を片手に大怪獣へと向かって行く。
大怪獣も自分を傷つけたランスを強く認識したのか、ランスに向けて強い視線を放つ。
「オオオオオオオオォォォォォォ!!」
富嶽は大きく息を吸い込むと、ランスに向けて強力な空気の塊を放つ。
「そんなのはもう見切ったわ!」
ランスはその空気の塊を避けながら突っ込んでいく。
「だーーーーりゃーーーーーー!」
ランスの剣が富嶽の腹を斬る。
「オオオオオオオオ!!」
血飛沫と共富嶽の怒号が響き渡る。
そして富嶽の触手がランスを襲うが、
「魔法バリア!」
レンの魔法バリアがその触手を防ぐ。
魔法バリアが破られても、ランスの剣が高速で動き触手を斬り飛ばす。
「ランス殿!」
日光もランスを襲い掛かる触手を斬り飛ばす。
クリスタルソードの切れ味はまさに完璧で、大怪獣の触手だろうがお構いなしに斬り飛ばせる。
「フン! ぶっ殺す!」
日光が触手を引き受け多分、ランスが自由となり富嶽の体を大きく傷つける。
「スノーレーザー!」
「雷撃!」
そしてその隙を逃さずにスラルとお町の魔法が富嶽に突き刺さる。
それに富嶽は痛みを感じたのが、叫び声をあげる。
「エンジェルカッター!」
畳みかけるように放たれるレンの魔法に富嶽からは激しく血飛沫が飛び散る。
「がはははは! 図体だけの雑魚が! さっさと俺様の経験値になりやがれ!」
ランスが必殺の体勢になった時、富嶽の体から何かが出て来る。
「うおっ!?」
ランスは突如として飛んできた何かを叩き斬る。
真っ二つになって地面に落ちたのは、モンスターのまる程度の大きさを持つ丸い物体。
「…なんだこりゃ」
「これは…小さな怪獣…?」
ランスはその死体を見て怪訝な顔をし、日光は驚きに目を見開く。
「ランス殿!」
「ん…ってなんだこりゃ!?」
日光の言葉にランスは改めて富嶽を見る。
富嶽の傷口から、無数のミニサイズの富嶽が現れる。
それは数をどんどんと増やしていき、無数の目がランス達を睨みつけている。
「うげ…なんか増えたぞ」
「これは…流石にな…」
ランスのげんなりとした声と、スラルの固い声が重なる。
「スラル…あれはなんじゃ?」
「我にだって分からない事はある…だが、こいつは間違いなく我の前の時代…ドラゴンの時代から居る奴だな」
スラルの魔王の知識の中にも、こんな姿を持つ生命体は存在しない。
しいて言えばムシに似ているかもしれないが、ここまで巨大かつ強いムシは存在しなかった。
ランスが戦っていたヴェロキラプトル等もムシに分類されるが、目の前の存在はそんなチンケな存在では無い。
「聖獣…いや、そんなはずはない…だが、こいつは…」
「何でもいい! 来るぞ!」
ランスの言葉に合わせる様に、無数の小さな富嶽が襲ってくる。
その動きは意外なほどに早く、その鋭い牙をむき出しにしてランス達に襲い掛かってくる。
富嶽―――それは月餅がつけた便宜上の名前に過ぎない。
月餅も何れはこの刀を手にする機会が来るかもしれない、そんな思いも込めてその名をつけ記録に残した。
しかし、この怪獣にも名前が存在して居る。
その名前は怪獣ゾゾ―――神が創りし怪獣であり、その失敗作の一つ。
神の扉の守護者のなれの果て、と言った方が良いかもしれない。
それがどういう意図かは分からぬが神によって廃棄され、JAPANへと辿り着いた。
そしてどこかのドラゴンが捨てた刀が頭に突き刺さり、暴れ続けた結果JAPANを支える聖獣オロチとの争いになった。
その結果ゾゾは大きく力を失い、地の底で眠りについていた。
周囲にいる小さなゾゾはゾゾトンボと呼ばれる存在であり、この怪獣の僕でしかない。
「スラルちゃん! 一気に吹き飛ばすぞ! 用意はいいな!」
「分かっている! レン、少し時間を稼いでくれ!」
「そんなに長くは期待しないでよ! 数が多いんだから!」
ランスの声に呼応してスラルは魔法の詠唱に入る。
これ程の数が居るのであれば、自分もそれに合わせた戦い方をしなければならない。
そしてこの場合に尤も効果的なのが、ランスとの合体技だ。
消耗も大きいが、大軍を相手にするならこれが一番良い。
問題なのは時間がかかる事、そして味方にも被害が出かねない事。
だが、それを気にしている暇は無い。
「お町! 不完全でもいいから防ぎなさいよ!」
「分かっておる! じゃが期待はするな!」
お町は符を用意して壁を貼る。
それは不完全ではあるが、お町の妖怪王としての資質がそれをカバーしている。
「光の壁!」
レンは再び神魔法で皆を援護する。
ランスは襲ってくるゾゾトンボをその剣で叩き落すが、その数が非常に多い。
撃ち漏らしも発生し、その牙がランスの体にも襲い掛かる。
だがその程度でランスは全く怯まない…のだが、いかんせんその数が多い。
しかもそのゾゾトンボが何体でも発生する。
「ライトボム!」
レンも攻撃魔法で援護をするが、やはりその数が圧倒的だ。
「くっ!」
日光も何とかゾゾトンボを撃退するが、何よりもゾゾトンボの強さもまた非常に強い。
小さくても、その力は緑魔物兵程の力があるとみても良いだろう。
そして緑魔物兵は人間の騎士の3人分の力があるとされる。
それが無数に生み出されるのだから、ランス達からすればたまったものでは無い。
明確な殺意を持って襲い掛かるゾゾトンボを防ぐだけで手一杯になってしまう。
だが、それでもやはりランス達は強かった。
「ランス! 行けるぞ!」
「遅いぞスラルちゃん! レン! 日光とお町が巻き込まれないようにしろよ!」
「分かってるわよ! 思いっきりやりなさいな!」
スラルがランスの側に行き、剣を握るランスの手を包み込む。
そこから凄まじい魔力がランスの剣に伝わっていき、黒いはずのランスの剣が紅く輝き始める。
「ゼットン!」
スラルの魔力が完全にランスの剣に吸収され、ランスの剣が文字通り炎を放つ。
「がはははは! こいつで終わりだ! スーパーウルトララーンスアタタタターーーーーーーク!!!」
「伏せなさい!」
ランスが必殺の一撃をゾゾトンボ目がけて放つと同時に、レンが日光とお町を掴んで地面に倒す。
地面に倒れる中、日光は見た。
ランスの剣から凄まじい炎が上がり、それはまるで鳥のような形を取ったかと思うと、全てを飲み込む溶岩の如くモンスターを飲み込んでいく。
その鳥の羽ばたきが終わった後にはまさにぺんぺん草も残らない、そんな表現がぴったりのような空間が残っていた。
「あちちちちちち! レン! 回復しろ!」
「分かったわよ! 痛いの痛いのとんでけー」
炎は使い手であるランスの手をも焦がし、レンがその傷を癒すべく回復魔法をかける。
「うーむ、俺様の素晴らしい一撃がかっこよくて強いのはいいが、俺様自身にも影響がまだ消えんぞ」
「それはお前が強くなったからだ。制御が未完成なのに、お前の力が上がるから余計に影響が出るのだろう。こればかりは難しい問題だな」
スラルはランスの横に立ち、凄まじい炎が辺りを焼き尽くした跡を見る。
「流石に雑魚共は全滅…そして富嶽本体にもダメージを与えたはずだが…」
ランスとスラルの合体技はゾゾトンボだけでなく、富嶽をも飲み込んでいった。
無敵結界が無ければ魔人相手でも致命傷になり得るであろう威力だと自負しているが、問題はそれがあの怪獣に通用するかどうかだ。
「大丈夫だろ。あの黒い物体がそうだろ」
ランスの視線の先には、真っ黒い物体が一つ転がっている。
それこそが怪獣富嶽に間違いなかった。
「…もしかして、富嶽に刺さっていた剣まで燃えてない?」
「…あ」
レンの言葉にランスは呆然と口を開ける。
日光の武器を取りに来たはずなのに、その剣まで燃やしてしまった。
これでは何の意味も無い―――ランスがそう思った時だ。
黒い物体から赤い眼光が輝いたかと思うと、その巨体が浮き上がる。
そして明らかに怒りを含んだ雄叫びを放つと、その黒い体が音を立てて割れ始める。
「な、何だ!?」
それにはランスも驚き、剣を構える。
富嶽の体が割れていったかと思うと、そこから新たな肉体が現れる。
それは富嶽の怒りを表すかのように真っ赤に輝いている。
「…成程な、我等が砕いたのは奴の外皮という訳か。ここからが本番という事か」
「なにーーーーーっ!?」
スラルの言葉にランスも怒鳴り声を上げる。
「来るわよ!」
レンの言葉にランスも戦闘態勢を取る。
富嶽が再び息を吸い込こみ始めるのを見て、ランスは不敵に割らう。
「また馬鹿の一つ覚えの…っておい!」
ランスは何処までも息を吸い続ける富嶽に体が寄せられていく事に気づき、その剣で体を固定する。
「ま、まさか…このままずっと吸い込み続けていく気か!? ってうわあ!」
ランスより体重が軽いスラルはその体が浮き上がったかと思うと、富嶽に吸い寄せられていく―――のをランスがその手を掴んで必死に止める。
「レン!」
スラルの言葉にレンは真っ先に反応し、スラルよりも尚軽いお町の体を急いで掴む。
が、同時に日光の体も富嶽に吸い込まれようとしている。
「スラルちゃん! 掴まってろ!」
ランスは右手で剣をしっかりと掴むと、何とか日光の手を左手で掴む。
「ぐおっ!?」
流石のランスもその手が震えるが、ランスの手は力強く日光の手を掴んでいた。
「ランス殿!?」
「離せとかそういう下らん事は言うなよ! お前も何とかしろ!」
日光は『離してください』と言いそうになる言葉を飲み込む。
真っ先に自分が言おうとしていた言葉が潰されるが、意を決して何とかランスの手を強く握り返す。
だが、富嶽の吸引力は凄まじく、日光自身自分の体重を支える事が出来ない。
「くっ…ランス殿…!」
「絶対離すなよ! 離したら許さんぞ!」
ランスの言葉を受けて、日光も必死で堪えるがそれでも怪獣の力は圧倒的だった。
日光の指がランスの指から離れ―――その体が富嶽に向かって吸い込まれていく。
「あ」
ランスが驚愕の表情が遠ざかっていくのは一瞬のはずだが、日光にはそれが非常にスローモーションに見えた。
自分の命がここで終わる―――と覚悟した時、自分の体が何かに当たる感触がある。
それは間違いなく富嶽の口では無い。
もっと柔らかい何かに日光は受け止められていた。
「シャアアアアアア!!」
それは白い手足と褐色の肌を持った何かだった。
ただ、それは間違いなく人では無い、それだけは日光でも分かった。
その人では無い何かが自分の体を受け止め、富嶽の射線から日光を救ったのだ。
「おお、いいぞタルゴ! 戻って来い」
「シャアアアアアア!」
タルゴと呼ばれた何かは日光を抱えたまま声の主の元へと戻っていく。
何時の間にか富嶽の吸い込みも止まっており、目を白黒とさせている日光に声の主が優しく声をかける。
「おう、大丈夫か」
「…は、はい。ありがとうござい…ます…」
日光の言葉はどんどんと小さくなっていく。
それはその声の主の全身を見たからだ。
その主は間違いなく人間の体を持っている…のだが、その一部が大きく違っていた。
腹部には穴が開いており、そこからは何かの手足が生えている。
間違いなく人では無い―――はずなのに、何故かその言葉は優しく、温かかった。
「ガルティア!」
声を出したのはスラルだ。
ガルティアと呼ばれた男は嬉しそうにスラルに声をかける。
「スラル様! やっと会えたぜ! ケッセルリンクから生きてるって話は聞いてたけどよ! 会いに行けないのがもどかしかったぜ!」
男の名前はガルティア―――魔人ガルティア。
スラルによって魔人となった、最も古い人間の魔人がそこに立っていた。
今回の怪獣は鬼畜王ランスの怪獣をイメージしてます
ランス10の怪獣とはどう違うのか知りたいですが、その辺りはもう独自て考えるしかないですね…