日光は真っ直ぐに魔人ガルティアを見据える。
そこにあるのは確かな敵意、そして憎しみの色が存在して居る。
だが、ガルティアはそんな視線に晒されても表情一つ変える事は無い。
「やめとけよ。敵わないってのは理解してるんだろ。死ぬ覚悟で戦うって事と無謀は違うぜ」
「…魔人が言う事か!」
ガルティアの言葉に日光は激昂して襲い掛かる。
魔人には無敵結界があるのだが、今の日光にはそれすらもどうでも良かった。
ただ、目の前の魔人に一太刀でも入れる、それしか考える事が出来なかった。
ガルティアは日光の刀を敢えて自分の持つ剣で受ける。
「そいつは無謀だぜ。お前さんと戦うのに無敵結界も使徒も必要ねえ。剣だけでも十分なんだぜ。魔人と人間とじゃあ力に差が有り過ぎる」
「!」
日光は自分の刀が受けられた事で、相手との実力差が嫌でも分かった。
間違いなくこの魔人は自分よりも遥かに強い…それも剣だけでもだ。
「止めろ日光。ガルティアは強い。お前の気持ちは分かるが、無謀なのは間違いない」
「あなたも…! いいえ、あなた方は一体何なのですか!?」
日光は荒ぶる感情を隠さずにランス達を睨む。
その顔からは涙が流れており、そこにあるのは困惑や憎しみが入り混じったような複雑な表情が見える。
「おいお前ら。そんなのはどうでもいいからまずは風呂に入らせろ。大量の血がかかって気持ち悪い」
ランスはどうでも良いと言わんばかりの顔で日光の剣を抑える。
「お前も俺様の女に手を出したら許さんぞ」
「別に手は出さないさ。それよりも…腹が減ったぜ」
ガルティアの腹が盛大になる。
その様子には流石の日光も毒気が抜かれように、その手から力が抜けていく。
「とっとと戻るぞ。まずは風呂だ風呂。話はその後にしろ」
「それもそうね。取り敢えず戻りましょうか」
ランスの言葉に呼応するように、レンがお帰り盆栽を取り出しその枝を一本折る。
するとランス達の体は一瞬で消えていった。
残されたのは富嶽の死体だけだが、その死体が細かく動いているのに気づいた者は一人も居なかった。
大怪獣は決して死なない…どんなに理不尽だろうが、そういう生命体なのだ。
そして富嶽は再び眠りについた。
「全く…日光の奴も過激だな」
「ランスさんもそんなに変わらないと思いますよー。私から見れば、ランスさんの方が過激で無謀ですし」
地上に戻ってからは何をするにもまずは風呂。
大量の返り血を浴びたため、気持ち悪い上に体が冷えてしまうので当然の事だ。
当然最初に入ったのはランスだが、そのランスについてきたのが加奈代とパレロアだ。
「そうですよ…今回もガルティア様が居たから何とかなったんです。あまり無茶をされると、ケッセルリンク様が悲しみます」
「だが俺様は最後に勝つから問題無い。今回の事も俺様が凄いから勝てたんだ」
「そうですねー。ランスさんは本当に凄いと思います。あ、これは勿論お世辞じゃないですよー」
加奈代は自分の手を使って丁寧にランスの体を洗う。
ニコニコと笑いながら、嫌がる事も無くランスの大きくなっているハイパー兵器もその手で洗う。
「あ。エッチはダメですよ? 真面目な話があるんですから」
「フン、それくらい分かっとるわ。だが、これくらいなら当然良いだろう」
「ラ、ランスさん…」
ランスは自分の背中を洗っているパレロアの手拭を奪い取る。
そしてパレロアの手を引いて、そのまま自分の足の上にパレロアを乗せる。
「今度は加奈代が背中だ。パレロアは俺様の前を洗え。出来るな」
「もう…本当に強引なんですから」
パレロアは子供をしかるような仕草でランスの鼻をつまむと、そのままランスの背中に手を回して自分の体を使ってランスの体を洗っていく。
加奈代もそれを見て笑いながら、パレロアと同じ様に背中からランスの体に手を回す。
「相変わらずパレロアさんのおっぱいはいい感触ですねー。皆結構おっきいですから揉み応えがありますよー」
「お前、まだ女が好きなのか。いかんぞ、不健全な」
「女の子って柔らかくて気持ちがいいですからねー。あ、でも私はランスさんも好きですよ。一緒に居て楽しいですし、話も合いますし」
加奈代は笑いながらランスの背中越しにパレロアの胸を掴む。
そんな加奈代の手を軽く抓り、パレロアが加奈代の手を優しく離す。
それから意を決したように、パレロアはランスの体を強く抱きしめる。
ランスの胸板にパレロアの胸が当たり、ランスにとっては非常に心地よい感触が体を包む。
「がはははは! ここでやれないのが残念だが、まあ仕方ないな。その代りお前達を思いっきり楽しませてもらうからな」
「きゃーー♪ 色々されちゃいますねー」
「もう…ランスさんにはケッセルリンク様とスラル様がいらっしゃるのに…」
こうして三人はお風呂の中でいちゃつきながら体を温めていた。
ランスが風呂から上がると―――そこには歓喜の表情で料理を食べているガルティアの姿が有った。
そしてそんなガルティアを信じられないという顔でレンが見ている。
それだけでランスは全てを察する、察してしまった。
ガルティアが食べているのは、間違いなくスラルの作った料理だ。
そしてそんなガルティアを興味深そうな目で見ているお町と、複雑な顔で見ている日光の姿が有った。
「ああ…相変わらずスラルの飯は宇宙だぜ…この俺の腹に染みわたる味…2000年待った甲斐が有ったぜ」
「そうか…そう言ってくれるのはお前だけだ。なあランス」
ガルティアの言葉を聞いて胸を張るスラルに対し、ランスはスラルの頭を小突く。
「あたっ」
「アホ。お前が料理を作るのは禁止だと言っただろうが! おい、レン! お前も何で止めなかった! 死人が出るぞ!」
「…それで魔人が死ぬならそれはそれでいいんじゃない?」
「…それもそうか」
「レン…ランス…お前、我の料理を何だと思っているんだ。いや、やっぱり言うな。自分が惨めになるのは分かっている…」
スラルはレンとランスをジト目で見るが、二人の鋭い視線にそっぽを向く。
自分でももうハッキリと自覚している…自分の料理は気絶するほどにまずいのだと。
だが、スラルには何故自分の料理がまずいのか理解出来ないだけなのだ。
そしてその料理はガルティアにとっては至高の味である、それだけなのだ。
「そういや俺様も腹が減ったな」
「私が作りますよ。材料はガルティア様から受け取っていますし」
「おー。こかとりすを見つけたからよ。いい感じにしてしまっておいたぜ」
「…何時の間に」
パレロアがエプロンをして台所に立つ。
こうしてここで料理を作るのは久々だが、やはり誰かのために料理を作る事はパレロアにも嬉しい事だ。
そしてそんなパレロアも日光は複雑な顔で見ていた。
「さて…では少々真面目に話すとするか? 日光、お前の聞きたい事をぶつけろ。答えられる範囲でなら答えてやる」
「え…ええ、そうですね…では、あなた方はこの魔人と知り合いなのですか?」
日光の目が鋭くなる。
そこにあるのは確かな魔人に対する怒り。
だが、そんな視線を受けてもガルティアは気にする事無く、スラルの作った料理を堪能していた。
「俺様は違うぞ。1回会ったきりだ」
「私もそうね。昔一度会った事があるだけ」
ランスとレンは何ともないように答えるが、その答えもまた日光を混乱させる事になる。
何しろ相手は魔人、こうして共に食事をする等有りない事なのだから。
「我は…何度も会っている。何故ならガルティアを魔人にしたのは我だからな」
「…え?」
「ガルティアは我が魔人にした。その強さ故にな」
日光はスラルが何を言っているのか分からなかった。
この男を魔人にした…それが何を意味するのかは一つしかなかった。
「我は元魔王だ。今はこうして魔王の枷から外れ、一人の人間として生きているがな」
「元…魔王!」
日光は刀を抜いてスラルにその切っ先を突き付けようとして―――その体が止まる。
「おっとそこまでだぜ。スラルを傷つけようってなら俺も本気になるぜ」
ガルティアの腕から生えたムシの糸が日光の腕を止めていた。
そこには先程の明るい声は無く、魔人特有の重圧を放っていた。
「やめろガルティア。事実を知ればこうなるのは当然の事だ。だが日光…今の我は魔王ではない。我を殺した所でお前が得る物は何も無い」
「………」
スラルの言葉に日光は怒り、困惑が入り混じった表情を受けべると、その体から力を抜く。
それを感じ取り、ガルティアもムシの糸を引込める。
「…ランス殿は魔人では無いですよね?」
「当たり前だ。俺様が魔人に見えるのか」
「…いいえ、見えません」
ランスの強さは確かに異常だが、人間である事は間違いなのは日光も分かる。
魔人なら、自分に対してここまで好意的である必要は全く無いし、そういう事を考えるようなタイプにも見えなかった。
「一体何が起こっているのか…正直自分では分かりません。そちらの方も使徒なのでしょう?」
日光はパレロアと加奈代を見る。
どう見ても人間だが、その強さが人間を超えている事は日光も分かっている。
何しろあの富嶽を相手にも臆する事無く立ち向かっていったのだから。
「そうでーす。私とパレロアさんは魔人ケッセルリンク様の使徒で…人間だった頃からのランスさんの知り合いですよ」
「はい。私もケッセルリンク様の使徒ですが、人間だった頃にランスさんとレンさん…そしてスラル様、そしてケッセルリンク様に命を救われました」
「…え?」
二人の言葉を聞いて、日光は更に混乱する。
この二人は使徒だが、間違いなくランスには好意的だ。
そもそも、使徒が人間と一緒に風呂に入るだなんて考えられない事だ。
そしてランスが風呂の中で女性に何もしないはずがないのだ。
「人間だった頃から…? あの、頭が一杯で何を信じればいいのかは分かりませんが…どういう事なのですか?」
「それについては我が話そう。と言っても、お前からすれば信じ難い話だろう。いや、世迷い事ととるのが自然だ。だが、それが真実だ」
スラルの口から出た事は、確かに世迷い事と言っても良かった。
元魔王、そしてその魔王に捕らわれたランスという存在。
そしてその魔王が消滅する直前にランスによって魂を救われ、魔王でなくなった事。
その後で新たな魔王が生まれた事…何もかもが日光にとっては信じ難い言葉だった。
だが、そのスラルの側には魔人ガルティア、そして別の魔人の使徒であるパレロアと加奈代がいる。
自分が変な幻覚を見せられていると言われた方がまだ納得するのだが、生憎と目の前にあるのは間違いなく現実だ。
「とまあそんな感じだ。我は元魔王ではあるが、現魔王とは別の存在だ」
「…信じ難いですが、スラル殿がそんな嘘を言う必要性は感じられない」
「信じる信じないは自由だ。突拍子もない事なのは我も自覚している。だが、それが現実だ」
「そこの二人も…ランス殿に助けられたというのは本当ですか?」
日光の言葉に加奈代と、スラルの話を聞いている内に料理を済ませたパレロアが頷く。
「はーい。私は姉に嫌われていまして…殺されそうになるのを、ランスさんに助けてもらいましたー。命の恩人ですよー」
加奈代はそう言ってほほ笑むが、実際にはランスの計略も有った事までは知らない。
思い出は美しいままの方が良い、という事も有ってスラルも加奈代にその事は話していない。
「私もそうです。私は…悪魔によって殺されそうになる所を、ランスさん達とケッセルリンク様によって命を救われました」
「ケッセルリンク…魔人ケッセルリンクですか…」
「はい。私は子供を助けられました…子供達にはもう会えませんが、それでも私にとっては救いになりました」
そう言うパレロアには過去の苦しみが見て取れたが、それでもこうして笑う事が出来ているのが日光にも分かる。
ランスやその魔人ケッセルリンクが、彼女の心の支えとなったのは明らかだ。
「そういやそんな事もあったな」
「結構前の話だしね…その後も色々有り過ぎたしね」
ランスとレンはあの時の事を思い出す。
確かにあの時は大変だった。
何しろ相手は第3階級魔神…それこそ下手な魔人を上回る強さを持っている存在だった。
その上に、後に魔人となるレッドアイまで現れた。
だが、それでも後に戦う事になる魔王ナイチサ、魔王ジル、魔王ククルククルに比べれば大したことは無かったというのが本音だ。
「スラル殿は…何故元魔王で有りながら、魔人と敵対しているのですか?」
「簡単な事だ。我はあくまでも元魔王で有り、現魔王ではない。そして魔王の枷から逃れられれば我は人間でしかない。人間にとって魔人は敵、単純な事だろう」
「単純…ですか?」
「ああ。それに…我はランスによって命…いや、全てを救われた。そしてランスにとっては魔人は敵だ。我はランスの仲間であり、パートナーだと思っている」
「おい、誰がパートナーだ」
スラルの言葉にランスが突っ込む。
「間違っては居ないとは思うがな。正直、我は誰よりもお前と連携できる自信が有るぞ」
「…フン」
スラルの言葉にランスは少し詰まらなそうに鼻をならす。
昔だが、シィルもランスのパートナーだと自称していた時もあった。
その度にランスは奴隷だという事を強調してきた。
(…まあ確かにスラルちゃんは俺様と連携が出来る。それは認めてやってもいいが)
ランスとスラルの呼吸は完全に合っているといってもいい。
シィルもランスとの長年の冒険、そして戦いで連携を取れるのだが、スラルの方が純粋に引き出しが多い。
スラルとシィルでは実力が大きく違うのと、スラル自身が長年幽霊としてランスをサポートしていたせいか、ランスの戦い方を熟知しているのだ。
「まあスラルちゃんが俺様の女だというのは事実だから問題は無いな」
「全く…今はそういう事を言う場では無いだろう。とにかく…日光、確かに我等は一部の魔人とは面識がある。それは良い方面でも悪い方面でもだ」
「ええ…それは分かります」
スラルの言っている事は日光にも分かる。
分かるのだが、自分の知っている世界の常識とは違った世界に居るので、その辺りがどうも受け入れ難いのだ。
「魔人ガルティア…あなたは何故今でもスラル殿を慕っているのですか。あなたを魔人にした存在だからですか?」
だからこそ、これだけはガルティアに聞いておきたかった。
ガルティアは明らかに元魔王であるスラルを慕っている。
そして自分達人間にも全く敵意を持っていない…それどころか気さくで良い人物という印象さえ受ける程だ。
「ああ…俺が魔人になった時はまた状況が特殊だったからなあ」
ガルティアは自分が魔人になった頃を思い出す。
それはガルティアが凄まじい力を持ち、当時の魔人とも互角に渡り合えるという事が知れ渡った時。
当時に仲間はそんなガルティアを恐れ、餓死させようとしていた。
ガルティアはそれに憤りながらもその運命を受け入れようとした時―――魔王スラルが自分を魔人とした。
「俺は餓死する寸前にスラルに助けられたんだ。まあ色々あったからよ」
その色々をガルティアは何でも無い事のように口にしていく。
そこには淡々とした事実だけが述べられているが、ガルティアの口には恨みや憎しみが全く感じられない。
「あなたは…復讐をしようとは思わなかったのですか?」
「そりゃ当時も色々と思う事は有ったけどよ…別に人やムシ使いが嫌いになったわけじゃないからな」
「…そうなのですか?」
「向こうに嫌われたからって、こっちまで嫌い返さなくちゃならんって理屈はないだろ?」
「あ…」
ガルティアの言葉を聞いて、日光は言葉にならない声を出す。
日光は鋭い人間故に分かってしまう。
この魔人は、本心からそう言っているのだと。
「…あなた達を救った魔人は…どんな方なのですか」
「ケッセルリンク様はお優しい方ですよ。勿論敵には厳しい方ですが…」
「ケッセルリンク様も魔人四天王と言われていますが、実際には一人の女性でもありますからねー。今ケッセルリンク様は大忙しですし」
使徒の二人は主の事を聞かれ、嬉しそうに答える。
それだけでも二人がどれ程主であるケッセルリンクを慕っているかが分かる。
「でもこうしてランスさんと会えるだなんて私達も運がいいですよ。エルシールさんとバーバラさんは逆の方向に行ってますからねー」
「ふむ…そう言えば何故二人はJAPANに来たのだ? それにガルティアもだ」
加奈代の言葉にスラルが疑問を投げかける。
この二人が魔人ガルティアと共にJAPANに来る理由が分からない。
自分達と出会ったのは間違いなく偶然なのは明らかだ。
「色々と探し物があるんです。ケッセルリンク様も動いてはいますけど、やっぱりケッセルリンク様は昼は動けませんから。そうなるとやっぱり私達が動かないといけませんし」
「そうか。まあ詳しくは聞くまい。ケッセルリンクに迷惑をかけるつもりは無いからな」
「…あいつは問題無いのか。ジルにまた何か言われてるんじゃないだろうな」
ランスの言葉に加奈代は嬉しそうに微笑む。
「いやー、やっぱりランスさんはケッセルリンク様の事が心配なんですねー。ケッセルリンク様ならその言葉だけで元気が出るってものですよ」
「はい。ランスさん、早くケッセルリンク様に会ってあげて下さい。勿論今の状況では難しいのは分かっていますが…」
「分かった分かった。時間を見て行ってやる。まあ俺様なら余裕だ。多分」
そんな会話をするランス達の事がどうしても日光は気になってしまう。
「あの…ランス殿とそのケッセルリンクという魔人はどういう関係なのですか? 親しい間柄のようですが…」
日光の言葉に加奈代が非常にいい笑顔を浮かべる。
「ランスさんとケッセルリンク様の仲はそれはもう! 私達使徒よりもずっと濃い関係ですよ。何しろケッセルリンク様はランスさんの事が大好きですから」
「…え?」
「ケッセルリンク様が魔人になる前からの関係ですからねー。ケッセルリンク様って、今でもランスさんが昔していたっていうマントを大事にとってるんですよ」
「…もの凄い乙女をしておるのう。あの魔人は」
ケッセルリンクの事を嬉しそうに語る加奈代に対し、お町も呆れたような声を出す。
同時に、その魔人にこれほど前に強く思われているランスという人間にも感心してしまう。
「あの…つまりはどういう…?」
「ケッセルリンク様はランスさんの恋人ですよ。もうそれはラブラブで…ケッセルリンク様も吹っ切れたようで良かったです」
「魔人が…恋人!?」
日光はその言葉には驚愕する。
「あ、誤解しないで下さいね。ケッセルリンク様はカラーの時からランスさんとは知り合いなんです。魔人だからという事では無いですからね」
「…正直もう理解が追いつきません」
日光は疲れたように頭を抱える。
色々な事が有り過ぎて、日光の頭では全てを整理する事が出来なくなっている。
「あの…ランス殿、魔人と恋人というのは…」
「ケッセルリンクが俺様の女なのは間違いないぞ。まああいつは魔人になる前から俺様の事が好きだと言っていたからな」
「魔人となる前から…それにセラクロラス…」
時の聖女の子モンスターセラクロラスの力で時間を移動している―――というのは信じられないが、嘘を言っているようには見えない。
「整理する時間を下さい…」
日光はそのままよろよろと自分の部屋へと戻っていく。
「大丈夫か? かなり悩んでいるようじゃが」
お町の言葉にもランスは平気な顔をしている。
「大丈夫だろ。こんな事で潰れるような奴じゃ無いだろうからな」
「信頼しているのじゃな」
「フン、そんなものでは無いわ。それよりもとっとと行くぞ」
ランスが立ち上がると、加奈代とパレロアの腰を掴む。
「はーい。今日は疲れたので寝ましょうねー」
「はい…その、お供します」
加奈代はノリノリで、そしてパレロアは恥らいながらもランスについていく。
「我はしばらくの間ガルティアと話をしたいが…レンとお町はどうする?」
「私は寝るわよ。あんた達の邪魔する気も無いしね」
「我はまだまだ勉強しなければならんな…足手纏いなのは自覚しておるからの」
お前は複数の書物を片手に自分の部屋へと消えていく。
レンもそれを見届けると自分の部屋へと戻る。
残ったのはスラルとガルティアの二人だ。
「久しぶりだな、ガルティア。元気そうで安心した。それ以前に、お前と会えなかったのが少々心苦しかったがな…」
「全くだぜ。ケッセルリンクとは度々会ってたっていうのによ。まあ俺の方も迂闊には動けない状況があったからよ」
ガルティアは大量に作られている料理に手を付けるとそれを豪快に食べ始める。
ムシ使いであるガルティアの中には大量のムシが存在している。
そのムシへの栄養のためにもガルティアは大量の食事が必要となる。
「ただ今はなぁ…人間が大変な事になってるせいでよ。新しい味を楽しめないのが難点だぜ」
「…そうだろうな。ジルはそこまで振り切ってしまったからな」
「魔王が誕生する瞬間を見たんだってな…事情はケッセルリンクから聞いたけどよ。あいつもすげえな。大した奴さ」
ガルティアは自分の部屋に使徒二人を連れて行ったランスの方を見て、楽しそうに笑う。
「度を越したスケベなだけだ。まあやる時はやる男だし、無謀だと思う事も何度も乗り越えてきた。実力と決断力は本物だ」
「スラルが見越した人間だって事だな。中々魔人を作らなかったからな、スラルは」
「我の目に適う存在を魔人にしたかった…いや、違うな。我が心から信頼できそうな者を魔人にしたかったと言うべきか」
スラルは遠い目をして過去を振り返る。
魔王…この世界の絶対的支配者となったにも関わらず、スラルは魔人すらも信用していなかった。
只管臆病で慎重で、絶対的な安全が保障されるまでは安心すら出来なかった。
そして見つけたのが無敵結界…それが今の時代のシステムを作り上げたとも言える。
「正直あの時のスラルには驚いたぜ。人間を殺せって命令と、それが直ぐに取りやめになった時がな。でも今ならわかるぜ。それが魔王って事なんだろ」
「…ああ。アレが魔王なのだろう。我は不完全な魔王であったのかもしれないな…それ故に消滅しそうになり、ランスに助けられた」
「ナイチサが人間を殺す時にそっくりだったからな。そのナイチサももういねぇ…その時からだな、ケッセルリンクがメチャクチャ落ち込んでたのは」
「それはな…我にも責任がある事だ。だからこそ、ジルをランスの元に戻すために色々と探している」
スラルの言葉にガルティアは嬉しそうに笑う。
「そっか。その言葉が聞けただけでも十分だぜ。吹っ切れる事が出来たみたいだな。多分昔からそうだったんだろうが、俺はスラルに会えなかったからな」
「悪いな…だが、不思議とランスはケッセルリンクとカミーラに巡り合う運命らしいのだ。あの二人は的確にランスと出会う。それも大事な時にな」
「そいつはすげえな…ま、兎に角よ。俺は真正面から協力出来そうには無いけどよ、応援するぜ」
「それがいい。魔王に目を付けられるのは良い事では無いからな…」
魔王に目を付けられるとロクな事が起きないだろう。
何しろ魔人は魔王の命令には絶対に逆らえないのだ。
それが例えどんなに理不尽な事であったとしてもだ。
「それでガルティア。お前は一体どうしてJAPANに来たのだ? お前が自分の領地から遠出するのは珍しいのだが」
「ああ。ケッセルリンクに頼まれたんだよ。使徒を各地に飛ばすから、守ってやってくれってな。俺ももしかしたらスラルに会えるかと思って引き受けたけどよ…まさか一発目から会えるなんてな」
「フフ…それも恐らくはランスの影響だろうな。あいつがピンチになると、必ず何処からか助けが来るんだ。まあ、その助けに狙われるというのはご愁傷様だがな」
スラルとガルティアは夜通し語り合った。
これまでの別れの時間を埋めるかのように。
日光の部屋では、日光が正座をして目の前の刀と向かい合っていた。
それは日光が常にしている精神を統一させる儀式のようなもの。
だが、普段は集中できているはずの心が今日は乱れに乱れていた。
理由は言わずもがな、ランス達の口から出た驚愕の事実。
(ランス殿は一部の魔人とも親しい…それも恋人関係…いや、魔人になる前からの関係ならおかしくはない…だが)
正直頭ではもう理解出来ない所まで来てはいる。
日光から見れば魔人は絶対的な敵であり、それと馴れ合うなど考えられない事だ。
それは使徒も同じ…なのだが、加奈代とパレロアと名乗った二人は間違いなくランスとは旧知の仲だ。
それもランスに好意を向けているのは明らかだ。
命を救われたのだから、それはある意味当然ではあるのだが、それが使徒であるならば話は別のはずだ。
日光は無言で刀に触れる。
それは日光が使うには些か重いが、それでもその力は手に取るようにわかる。
(これはかなりの名刀…ランス殿はそれを躊躇う事無く私に渡した…)
この刀には実際の重さ以上のモノを感じてしまう。
ランスは間違いなく自分を信頼してくれている…それが分かるからこそ、日光は苦しい。
ランスもスラルもレンも悪人では無い。
善人では無いが、それでも魔人と敵対しているのは間違いなく事実だ。
「父上…母上…兄上…私はどうしたら良いのでしょうか」
当然誰もその問いに答える人物は居ない。
だからこそ、日光は自分の意志で決意する。
(ならば…私も己自身で判断しなければならない)
日光は刀を手に取ると、ある人物と話をするべく立ち上がった。