ランス再び   作:メケネコ

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日光とケッセルリンク

 魔人ケッセルリンク―――それは魔人四天王の一人。

 言わば魔人での中のトップクラスの存在だ。

 その中でも『夜の女王』としての異名を持つのが彼女だ。

 そして今がその夜の時間、つまりは魔人ケッセルリンクが本気を出せる時間だ。

 そんな魔人が今日光の前で優しい笑みを浮かべていた。

「君が日光か…突然の事で戸惑うとは思う」

 立ち上がったケッセルリンクが日光の元へと歩いていく。

 それだけで日光は自分の体が粟立つのが分かる。

 ケッセルリンクのプレッシャーはそれ程までに恐ろしいものだった。

「そう警戒する必要は無い。私はランスの味方だよ」

 優しく日光の肩を叩くと、それだけで日光の緊張が解れる。

(…彼女からは私が知る魔人の邪悪さが感じられない)

 あの時であった魔人イゾウからは、日光も嫌な気配を感じ取っていた。

 その醜悪な邪悪さを全く隠されていなかった。

 だが、今目の前にいる魔人からはプレッシャーは感じても、邪悪さは全く感じられなかった。

「さて…久々と言いたい所だが、私に会いに来たというのであれば何か進展があったのだろう。まずはそれを聞こう」

 ケッセルリンクの言葉に、スラルはこれまで有った事を話す。

 JAPANでの日光と、魔人イゾウとの出会い。

 JAPANでパレロアと加奈代、そしてガルティアと出会った事。

 そして魔人サイゼルとの出会いと、カラーとの出会い、その全てを。

「JAPANでの出来事はパレロアと加奈代から話は聞いていました。ですがサイゼルと出会っているとは…」

 魔人ラ・サイゼルはケッセルリンクも知り合いだ。

 特段親しくも無いが、それでも結構な頻度でケッセルリンクとは会っている。

 どちらかと言えば、彼女の妹のラ・ハウゼルの方が親しいだろう。

「ラ・サイゼルが例の力の半身という訳か…」

「うむ。俺様はサイゼルともう片方の奴を探しておるのだ。心当たりはあるか」

「ある。それはラ・ハウゼル…サイゼルの双子の妹とされる魔人だ。だがそうか…確かにあり得る事ではあるか。いや、彼女達以外には当て嵌まらないか」

 そもそも名前がラ・サイゼルとラ・ハウゼルの時点でケッセルリンクももしやとは思っていた。

 何しろ破壊神ラ・バスワルドという名前は知っているのだ。

 あからさま過ぎて、ケッセルリンクは何かの罠かもしれないと訝しんだ程だ。

「ほー。なら呼びつける事は出来るのか」

「…それは難しいかもしれないな。ジル様が二人の事を警戒している様子がある。そこに私から二人に声をかければ、何か問題が起きるかもしれない」

「それは問題だな。ランス、魔人サイゼルとハウゼルに関してはケッセルリンクを頼るのは止めた方が良い。我等がこうして会っている事すらも知られてはならないからな」

「分かった分かった。俺もこんな事でケッセルリンクを死なせる訳にはいかんからな」

 スラルの言葉をランスは素直に聞き入れる。

 確かにランスとしては即座に例の力を入手したいという思いがあるのだが、そのためにケッセルリンクが犠牲になるのは問題外だ。

「では私からも話があるのだが…スラル様、この書物に見覚えはありませんか?」

 ケッセルリンクが合図をすると、シャロンが一冊の本を持ってやってくる。

「失礼します」

 シャロンはその本をスラルの前へと置く。

 スラルはその本を取って中身を見ると、その顔がどんどん歪んでいく。

「…我の書いたモノか。しかも内容からして我が魔王の時に書いたものだな」

「はい。スラル様の残した資料は全てジル様が手に入れましたが…まだ残っているものもあったようです。ですが、私にはそれが何を意味するのかは分かりません」

 ケッセルリンクはこの世界に残るスラルの遺物を集めるべく、使徒と共に行動をしていた。

 本当は魔物兵達を使えばもっと効率よく探す事が出来るのだろうが、万が一にも魔王にそれを知られる訳にはいかない。

 なので自分とその使徒だけで探していた。

 それは非常に効率が悪い行動だったが、それでも根気よく探した結果、こうして一冊の本を確保する事が出来た。

「その中でも私が気になったのは黄金像です」

「黄金像だと?」

 ケッセルリンクの言葉にスラルが怪訝そうな顔をする。

「何でそんなのが気になるのよ」

「スラル様に似つかわしくない物だと思ってな。私がスラル様の魔人であった期間は短いが、その中でも分かる事はある。この黄金像だけは、スラル様が書き残した物として俗っぽ過ぎると思ってな」

「そうなのか?」

 ランスは今一ピンと来ない。

 だが、確かにスラルは金や宝石にはあまり興味が無い気はする。

 JAPANで軍を指揮していた時、そしてギャングを乗っ取った時は金には煩かったが、それは自分のためでは無く組織の運用のために金に煩かったというだけだ。

「スラル様が魔王の時は、マジックアイテムや珍しいアイテムを収集していた…と、昔ケイブリスから聞いた事があった。そのスラル様が何の変哲もない黄金像を書き残したとも思えん」

「…確かに違和感はあるな。我は別に物欲があった訳でもなかったからな」

 スラルは書物の中にある、ひまわりの形を模った黄金像を見て頭を押さえる。

「駄目だ、全く何も思い出せん…我が魔王だった記憶の中で、そこだけがすっぽりと抜けてしまっている。一体何故なのか…」

 スラルの記憶の中で抜け落ちているのが、『自分はどうやって無敵結界を授かったか』という事だけだ。

 生まれた時からは無敵結界は持っていなかった事は覚えている。

 だからこそ、絶対的な力を持つ魔王でありながらも、臆病でそして慎重で有り続けたのだ。

「黄金像ねえ…まあ面白そうだな。スラルちゃんの記憶の手がかりになるなら探してみるか」

「いいのか? ランス」

「がはははは! もし価値があるなら高く売れるだろうし、スラルちゃんの記憶が戻れば何か有効な手が思い浮かぶかもしれんだろ」

「…そうだな。我も記憶が抜け落ちているのは気持ち悪いからな」

 ランスの言葉にスラルは微笑む。

「で、ハンティはその黄金像とやらに心当たりは無いか」

 ハンティはその言葉に首を振る。

「悪いけど何の心当たりも無いね。正直、どこぞの成金の馬鹿が作ったようなモノしか思い浮かばないさ」

「趣味悪そうだしね」

 レンもハンティの言葉に頷く。

 エンジェルナイトからすれば、バランスブレイカーのアイテムで無ければ殆ど興味は無い。

 人間の世界の金や宝石など、神の世界では何の価値も無いものだ。

(まあ…人間界で何か買う時とかはお金を使ってるんだろうけどね…)

 自分の同僚の事を思い出し、レンは密かに溜め息をつく。

 本来の時代に戻った時、自分の事をどう説明すれば良いのかとそんな事も考えてしまう。

「まあ世界には色々な宝があるからな。楽しみが増えたと思えばいい」

 ランスにとっては冒険は生き甲斐だ。

 知らないことを知るのが大好きで、更には新しい女の子と知り合う機会も増える。

 これが楽しみでなくて何が楽しみだというのか、ランスはそんな人間だった。

 だから何かを探すという冒険は何も苦痛ではない。

 それが自分の目的のためだというのならば猶更だ。

「よーし、黄金像とやらを探すとするか」

 こうしてランスの新たな目的が発生したのだが、ランスは何処までも楽しそうだった。

 

 

「皆様、寝所の用意が出来ました」

「おお、そうか。そういやケッセルリンクの城は初めてだからな。魔人の城なら期待は出来そうだな」

「大丈夫ですよー。あ、でもランスさんの部屋はですねえ…」

「お客様に対して失礼ですよ、加奈代。皆様、ご案内させて頂きます」

 エルシールの言葉にメイド達は動き出す。

 それぞれにメイドが付き、部屋へと案内するのだろうが、何故かランスの所には誰もメイドは行かない。

 その代わり、ケッセルリンクがランスの直ぐ側に歩いて来る。

「…ランス、お前はこっちだ。いいだろう?」

「がはははは! 当然だ!」

 ランスはケッセルリンクの意図を察し、当然のように彼女の細い腰に手を回す。

「あの! 待ってください!」

「どうした日光」

「…私は魔人であるあなたと話がしたいです」

「ふむ…私は構わない。ランス、少し待っててくれ。シャロン、ランスの案内をしてくれ」

「かしこまりました。ランス様、こちらになります」

 ランスは何かを言いたそうにしてたが、結局はシャロンに連れられて消えていく。

 残ったのは魔人ケッセルリンク、そして日光だけだ。

「君の敵意は分かっている。いや、正確には敵意を必死で隠そうとしている事をだ。ただ、ランス達も気づいているだろうがな」

 ケッセルリンクの言葉に日光は言葉に詰まる。

 確かに自分はこの魔人…いや、全ての魔人に敵意を持っている。

「君が私に敵意を持つのは当然のことだ。ランスと私の事もそう簡単に受け入れられない事もだ。その上で聞こう、私に何を聞きたい?」

「…あなたは本当にランスさんと恋人なのですか?」

 日光は自分が自然にランスの事をさん付けで呼んだのに驚くが、それを何とか顔に出さないようにする。

 普段とは違う言葉が出てきたことに、日光本人が驚いているのだから、それが隠せている自身は無かった。

「恋人? ふむ…それを誰に聞いた?」

「あなたの使徒である加奈代という方です」

「………」

 加奈代の名前が出た事にケッセルリンクの顔が歪む。

「ふう…まずは私の使徒の発した言葉を詫びよう。私とランスは恋人ではない。誰も否定しなかったのか?」

「…はい。誰も否定しませんでした。ランスさんもです」

「…まあ私自身が言った言葉だ、誰も否定は出来ないか。詳しく言えば、今はまだ恋人になれない、という方が正しい。だが、私がランスという人間を愛しているのは事実だ」

「…!!」

 魔人の口から出た言葉に日光は言葉を失う。

 まさか、魔人が真正面から自分の言葉を肯定するなど思ってもいなかったのだ。

「そして私が恋人になれないのは…魔人だからだ。魔人である限り、私は私の想いを成就する事は出来ない。ランスとはそういう関係だ」

「それはどういう意味でしょうか?」

「私がカラーならば何も問題は無い…だが、生憎と私は魔人だ。魔王の命令があればランスの命を狙わなければならない。そんな状況では本当の意味では恋人にはなれないだろう」

 そう言う魔人の顔は本当にランスの事を憂いていた。

 本当にこの魔人が、自分の故郷を滅ぼしたあの魔人と同じ種族なのかと困惑する程に。

「あなたは…自らの意思で魔人になったのでは無いのですか?」

「私は死の寸前にあった所をスラル様によって救われた。だからスラル様とランスのために動いている。それだけだよ」

「そんな…」

 日光はランス達から魔人ケッセルリンクの事はあえて聞かなかった。

 ランス達には悪いが、近しい存在だとどうしても色眼鏡が入るのだろうと思っていた。

 だが、目の前の魔人はその言葉を本心から言っているのだろう。

 自分に対してそんなくだらない嘘を言うはずが無いからだ。

「君は…優しいのだな。ランスが心配なのだろう?」

「…!? そ、そんな事は」

「自分に嘘を言う必要は無い。君がそう感じるのは当然の事だ。ランスは滅茶苦茶だが…凄い人間だろう?」

「まあそれは…」

 ケッセルリンクの言葉に日光は思わず頷く。

 彼女の言う通り、確かにランスという人間は無茶苦茶だが、凄い人間だというのは当たっている。

「ならば君もランスについていくのがいいだろう。ランスは決して迷わぬ、そして道も違えない。あの男は滅茶苦茶なようでいて実に真っ直ぐな男だ。些か欲望に忠実すぎるがな」

 そういうケッセルリンクだが、その実楽しそうに笑みを浮かべている。

「あなたは…ランスさんを信用しているのですね」

「ああ。私がカラーだった頃からの仲だ。あいつは共に魔人と戦った戦友であり…私が何としても守らなければならぬ人だ」

「………」

 日光はケッセルリンクの言葉に何も言う事が出来ずにいた。

 そこにあったのは確かな信頼、そして大きな後悔が有る事を感じ取ったからだ。

 その言葉を聞いて、日光は複雑な気持ちになる。

 魔王に連なる全ての存在は人類の敵だ。

 そのはずなのに、一人の人間を守るべく動いている。

 それも同胞である魔人を倒すための手助けまでしている。

「フフ…君の困惑は理解できるよ。確かに人間の君から見ればそんなはずは無いと思うだろう。だが、それでも私はランスを助けるよ」

「どうしてそこまで…」

 日光の疑問にケッセルリンクは微笑む。

「私がランスを愛しているからだ。愛する者のために何かをするというのは当然の事だろう」

「…」

 日光はその言葉に何も答えることが出来なかった。

 それほどまでに、ケッセルリンクの顔は美しく、そして気高く見えた。

 あの使徒が言っていた、二人は恋人だと言うのも正直理解出来てしまった。

 間違いなく、この魔人はランスへの愛のために動いているのだと。

 日光はそんなケッセルリンクの覚悟と思いに打ちのめされた気がした。

 こんな考え方を持った魔人が存在しているとは思いもしなかった。

 魔人は全て人類を虐げる存在であり、人類の敵だと思っていた。

 だが、魔人ガルティアと魔人ケッセルリンクは違っていた。

「悩みたまえ。だが、その悩みこそが君自身の未来を作る事になるだろう。願わくば、君の未来が良いものになる事を願うよ」

 ケッセルリンクはそう言って笑うとそのまま日光の前から去っていく。

 日光はそんなケッセルリンクに対して何も言う事が出来なかった。

 だがそれでも、何かを言わなければならないと思い、その後を追っていった。

 幸いにも、日光はケッセルリンクの後を追う事が出来た。

 だが、それは本当に幸いなのかどうかは分からなかった。

 ケッセルリンクが角を曲がった所を確認し、同じように角を曲ろうとした時、

「早かったな。お前の事だからもっと長くなると思ったんだけどな」

「彼女の迷いを聞いただけさ。迷う者を助けたくなるのは性分なんだ。お前達の時と同じようにな」

 そこにはケッセルリンクの部屋の前で彼女を待っていたランスが居た。

 日光は慌てて角の陰に隠れる。

(…どうして私は隠れたのでしょうか)

 本来なら隠れる理由なんてない、ランスは仲間なのだから。

 それに相手は魔人四天王、逆立ちしても自分では手も足も出ない存在だというのに。

「で、何かあったか」

「いや…だが、彼女は迷っている。それはお前と私の関係や、現実に人間を苦しめている魔軍という存在に対してだろう」

 ケッセルリンクには日光の葛藤が良く分かる。

 魔人は本来は人類の敵、ましてや魔王ジルによる人間牧場等を考えれば無理もない事だ。

 だが、魔人である以上は決して魔王に逆らうことは出来ない。

「ランス。お前が彼女を導いてやってくれ。お前なら絶対に良い方向に持っていく事が出来る。私はお前のそんな奇跡的な事を間近で見てきた」

「今更何を言っている。俺様に任せておけば何も問題ない。それはこれからもだ」

「フフ…そうだな。お前はそういう男だ」

 ケッセルリンクはそう言って微笑み、ランスに抱き着いた。

「おっ。随分積極的だな」

 ランスもケッセルリンクの背中に手を回し、二人は抱きしめあう形になる。

「私も女だ。好きな男と居れば心も躍る」

 ケッセルリンクはそのまま目を閉じて、唇をランスに向ける。

 それを見たランスもケッセルリンクの顎を掴むと、そのまま濃厚なキスをする。

「!」

 ケッセルリンクの手が優しくランスの後頭部と背中に回され、二人は情熱的に口付けをする。

 その手はランスの首など簡単にへし折れる筈なのに、魔人は人間と舌を絡ませている。

 その光景に日光は心臓が早鐘のようになり、思わず口を塞ぐ。

 そして角の陰から2人を密かに覗く。

(…どうして私は隠れているのでしょうか)

 男女の睦を覗く趣味は日光には無いが、それでも魔人と人間がこうして男女の仲だというのはやはりショックだ。

(何故私はこんなにも動揺しているのでしょうか…)

 あの時使徒がランスとケッセルリンクは恋人だと言っていた時も驚いたが、あまり信じてはいなかった。

 そんなはずは無いと思っていながらも、目の前の光景はそれを肯定していた。

「あの…いいですか? 日光様」

「!!」

 日光は悲鳴を上げそうになるのを必死で堪える。

「あ、ランスさんとケッセルリンク様が部屋に消えていきました。もう大丈夫ですよ、シャロンさん」

 シャロンとエルシールが何時の間にか日光の後ろに立っていた。

「日光様、少しお話があるのですが宜しいですか?」

 宜しいですか? という割には、有無を言わさぬ迫力が感じられる。

 なので日光も素直に頷くしかなかった。

「ではこちらへどうぞ」

 シャロンとエルシールによって案内されたのは、極普通…なのだろう、そんな部屋だった。

 何しろGL期には、まともな施設があまり無い。

 あったとしても、それは暗闇の中の静かなものだった。

 魔法ハウスを持っているランスはある意味では恵まれているとも言える。

 ただ、魔法ハウスは大きいのでどうしても目立たぬ場所に設置しなければいけないという欠点も有るのだが。

「…何の用ですか」

 日光は自分の声が固いのが分かる。

 それは相手が使徒だからという事による当然の警戒だ。

 むしろ全くの無警戒のランス達がおかしいと思っているくらいだ。

「まずは一つお礼を言いたくて。パレロアさんと加奈代を守ってくださったそうで。ありがとうございます」

 エルシールとシャロンが一礼する。

 突然礼をされて、日光は困惑する。

「あの時は…より強大な敵と戦っていたからです」

 あの大怪獣富嶽は強敵だった。

 それこそ魔人よりも強かっただろう。

 あの時、魔人ガルティアと使徒の2人が居なければ危なかっただろう。

「それでもです。メイド長として礼をしなければいけませんから」

 エルシールの微笑みには裏は無い…と日光は思う。

 どうも魔人ケッセルリンクの使徒は、妙に人間臭いと思ってしまう。

 それは魔人ガルティアの明らかに人外の姿をした使徒を目にしたからかもしれない。

「私達の用件ですが…あなたはケッセルリンク様の敵になりますか?」

「…!」

 シャロンの言葉に日光は思わず身構える。

 2人の気配が変わったのが分かる。

 敵意は無いが、それでも人間を上回る身体能力で襲ってこられると、武器を持たない日光に勝ち目は無い。

「大丈夫です。あなたがどんな答えを出したとしても、私達はあなたに危害を加えません。あなたはランス様の大切な仲間ですから」

 身構える日光に対し、シャロンが優しく微笑む。

 そこには先程感じられたプレッシャーは感じられない。

「…どうして使徒のあなた達がそこまでランス殿の事を?」

 魔人であるケッセルリンクもそうだが、彼女達はどうにもランスに対して好意的だ。

 バーバラと呼ばれた使徒だけはランスに対して敵愾心を持っているようだが、それでも悪意や敵意は感じられない。

「私はランス様に命を救われました。その時にケッセルリンク様も御一緒だったのです。奇妙な事ですが、偶然とは本当にあるものだと今になって感じます」

 シャロンは自分がランスに出会った経緯を話した。

 それは日光からすれば到底信じられない事だが、この使徒が嘘を言う理由も見当たらない。

 何よりも、現実に彼女達がランスに好感を持っているのは明らかだ。

「しばらくの間ランス様のメイドとして共に旅をしていましたが…そこである戦いが起こりました」

 そこでシャロンの表情が柔和なものから真剣なものになる。

「それこそが…今の魔人、レッドアイとの戦いです。私はレッドアイとの戦いの最中で命を落としそうになり…ケッセルリンク様に救われました」

「!」

 魔人の名前が出た事に日光は目を見開く。

「ではあなたも魔人との戦いで…?」

「戦い…というには微妙ですが。正確には私達が休んでいた町に、レッドアイが襲ってきたもので」

 シャロンが命を落としかけたのは、魔人レッドアイが使った凶悪な魔法による被害だ。

 あの時の魔法は町一つを炎上させる程の被害が出た上に、更にはそこに魔軍も襲い掛かってきた。

 だが、ランスは決して退くことはせず、魔物将軍を倒しただけでなく、レッドアイすらも追い詰めた。

 あそこでナイチサの命を受けたカミーラが来なければ、魔人レッドアイはこの世に生まれていなかっただろう。

「ケッセルリンク様は私の命の恩人です。そしてそれはランス様も同じです。だからこそ、私はランス様に協力をしています。ですが、使徒の身であるが故に魔王の命令には逆らえない」

「…そんな事が」

「私もほぼ同じです。こう見えても私は貴族の娘だったのですが…人同士の争いが原因で奴隷以下の存在になる所を、ランスさん達に救われました」

 エルシールは過去を懐かしむように遠い目をする。

 それはもう何百年も前の話だが、今でも忘れられない。

「私の場合は皆様とは勝手が違いまして…かなり長い間、ランスさん達と一緒に冒険をしてきました」

「そうなのですか?」

「はい。多分私が一番大きな戦いに巻き込まれていたと思います。藤原石丸と黒部さんの戦い…そして魔軍との戦いが有りましたから」

「藤原石丸…もしかしてあの藤原石丸ですか!? その戦いに参加したのですか!?」

 藤原石丸とは、この世界の半分を統一した人類にとっての最初の統一者とも言える存在だ。

 彼の残した功績は非常に大きく、今この大陸の言語が統一されたのも彼とその側近の力添えがあってこそだ。

 何よりも、藤原石丸は『帝』と呼ばれるJAPANの者にとっては神聖とされる存在。

 その藤原石丸が、妖怪王黒部と『帝』をかけて争っていたというのがJAPANでの有名な話だ。

 いかに魔王ジルが人類のあらゆる国を破壊したとしても、人はその歴史を残してきた。

 そしてそれは今の人類にも伝わっている―――勿論その悪い所も。

「藤原石丸と黒部さんの戦いでしたが…実際の所は、黒部さんを表向きのトップにした、ランスさんと藤原石丸の争いでしたからね…」

 今となっては全てが懐かしいが、あの時が一番大変だった。

 エルシールも今は使徒だが、当時は唯の魔法使いの人間でしかなかった。

 ただ、その争いで皮肉にも彼女の持つ、人を纏め上げる事が出来るという資質が明らかにはなったのだが。

「そして…その後の人類の衰退も」

 エルシールの顔が悲しげなものになる。

「藤原石丸が…魔人ザビエルに敗れたという事がですか」

「ええ…人類のトップが死ぬと同時に、再び人間達はバラバラになってしまいましたから…私もその戦いで使徒へとなりましたし」

「…そのあなたが何故使徒になったのですか?」

 ランスの仲間だという事だが、その彼女が何故使徒になったのか、その経緯が全く分からない。

 ランスと共に戦場を駆けたというのであれば、間違いなく親しい間柄だったのだろう。

「確かに魔人ザビエルの手によって藤原石丸は破れました。ですが、その戦いとは別に大きな戦いが有りました。それが魔人レキシントン様とランスさんの戦いです」

「! ランス殿はその時に魔人と戦ったというのですか!?」

「はい…私はその時にレキシントン様の使徒に捕らえられましたが…その時にケッセルリンク様に助けられました」

 エルシールは自分が知る戦いを日光へと話す。

 それを聞いて日光の顔色が変わっていく。

「…ランス殿はそれほどの死線を潜り抜けてきたという事ですか」

「ええ…今思えば、私も良く死ななかったものです」

 エルシールは苦笑する。

 あの時は生き残るにも必死だったが…それでも充実感はあった。

 ランスに付き合うのは大変では有るが、楽しかった。

(同時に…ランスさんの英雄としての力を大きく実感できましたから)

 藤原石丸も人類を統一するに相応しい器の持ち主だったが、それはランスも同じだ。

 ただ、ランスは人類の統一という事に価値を見出さないだけだ。

 ランスにとっては女と冒険が何よりも楽しみなのだから。

「私達は…パレロアも加奈代もランスさんに命を救われました。私達がランスさんに協力するのは、その恩を返す事と…ケッセルリンク様の御意思があるからです」

「はい。私達は自らの意思を持ってランス様を助けています。あなたは…どうですか」

 二人の使徒の目が日光を見る。

 そこには強い意志の力が感じられ、嘘を言っているようには見えない。

 そんな二人に対して、日光は少し震える言葉で口を開く。

「私は…」


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