「ランス、これからどうする」
「メディウサとかいう奴をぶっ殺す。それ以外にあるか」
スラルの言葉にランスは断言する。
ランスは本気で怒っていた。
ランスの本気の殺意を感じ取り、スラルもメディウサがランスの虎の尾を踏んだのを理解する。
メディウサは間違いなく、ランスによって殺されるだろう。
それだけの事をメディウサはしたのだ。
「まずは脱出じゃない? この子の事もあるし」
大泣きして疲れたのか、カラーの少女は既にレンの腕の中で眠りについている。
「…フン、命拾いしたな。まずはカラーの里に戻るぞ」
ランスは眠っているカラーを見て誰かを思い出したのか、まずはこの少女を里へと届ける事にする。
「それがいいわね。でもここから戻るのは無しね。後はこの先が何処に通じているか」
ここから先はまだ通路が続いており、何処に通じているかは分からない。
だが、大体の想像はついている。
ランス達が侵入した死体搬出の通路は複数あるのだろう。
ならばここも外へと通じている可能性は十分にある。
「よーし、行くぞ」
ランス達は外に脱出すべく、通路の先を目指して歩いて行った。
一方そのころ―――
魔物兵は侵入者を探しているが、その姿は全く見当たらない。
この城に居る魔物隊長は狼狽えながらも、何とか兵をまとめていた。
皆が思う事は唯一つ、あの恐ろしい魔人メディウサの機嫌を損ねてはならないという事だ。
だが、そうもいかない状態でもあるのは事実なのだ。
「まだ侵入者は見つからないのか!?」
「は、はい! 影も形も有りません!」
「ぐぐぐ…こんな事をメディウサ様に知られれば俺達は終わりだ…!」
魔物隊長達は部下の報告に頭を抱える。
そもそも、何者かが魔人の城に侵入するという事が異常事態なのだ。
だが、今の魔物兵の練度ではその異常事態には対応出来ずにいた。
「魔人様の襲来の方がまだマシだった…!」
「侵入したのが人間なのかそうで無いのかも分からん…」
これが魔人の襲撃だったならばまだ良かった。
そうなれば話は魔人同士の話し合いで終わりになるからだ。
そして侵入して魔物兵だけでなく、魔物隊長すらも殺したのは一体何者なのか?
魔物兵たちはその足取りも全く掴めていないのだ。
しかも自分達を纏めるはずの魔物将軍もここには存在しない。
魔物隊長だけではやはり魔物達は中々纏まれないのだ。
「…どうした、貴様等」
魔物隊長の前に1体の魔物将軍が現れる。
「お、おお! 将軍!」
「しょ、将軍様が何故…?」
魔物隊長達は突如として現れた魔物将軍の姿に驚愕し、また喜ぶ。
「あ、あなた様は…」
「私の名はジャジャアル。人間牧場へ送る食料を運ぶにあたり、ここで休憩をさせて貰うべくメディウサ様に許可を求めに来た」
魔物将軍の役割には食料の運搬もある。
その度に膨大な食料と共に大量の魔物兵も投入される。
そして今回はその通り道に魔人メディウサの城があったので、そこで休憩を求めに来たのだ。
何しろ人間牧場への食糧運搬も魔物将軍にとっては大切な任務。
人間を殺してしまえば、そこに居る全ての魔物兵たちが処罰され、処刑される。
「そ、それよりも大変なのです! 何者かがこの城に侵入し、魔物隊長の1体が殺されたのです」
「…何だと?」
魔物隊長の報告に魔物将軍は怪訝な声を出す。
「メディウサ様に報告したのか」
「そ、それは…」
魔物隊長が言葉を濁したのを聞いて、ジャジャアルは納得する。
(メディウサ様ならば報告したくない気持ちは分かるか。誰もが死にたくないからな)
何しろメディウサは魔物兵の中では非常に恐れられている存在。
配下の女の子モンスターでも平気で凌辱し、殺す事も珍しい事では無い。
そんなメディウサに侵入者の報告をしても、待っているのは自分達が処罰で殺されるだけだろう。
それを恐れてメディウサには報告していないのだろう。
それも分かる話なので、ジャジャアルは魔物隊長を責めるような事はしない。
「まあいい。連中が何処から入って来たのか分かるか」
「そ、それが分からなくて…」
「入口からは入っていないのだろう。だったら裏口はどうなのだ」
ジャジャアルの言葉に誰もが首を振る。
そもそも異変は中で見つかったのであり、誰も外から侵入していないはずだった。
「ならば他に出入口はあるのか。どんな場所でも構わん」
「あ…」
どんな場所でも構わん、そう言った時、魔物隊長の一体が思い出す。
「人間共の死体を捨てる場所…そこからならば入れます」
その言葉を聞いた時、魔物将軍は露骨に嫌悪感を現す。
「魔王様の命令があるというのに…やはりメディウサ様が贔屓にされているというのは事実のようだな。まあいい、急いでその周辺を探せ」
「「「ははっ!!!」」」
ジャジャアルの言葉に魔物隊長が一斉に散らばる。
魔物将軍が居れば、魔物隊長もまた組織的に動くことが出来る。
その行動は素早かった。
「…フン、どうせこのまま生きていても何も成し遂げずに死ぬしかないからな。だったらここで一花咲かせるのも一興よ」
ジャジャアルは今の自分が嫌いだった。
ただただ人間を死なさぬように人間達を管理する事。
それは苦痛であり、魔物将軍として生まれたからには戦いたかった。
そして今まさにその戦いが有るような気がするのだ。
例えここで死んでも悔いはない、そう思うような戦いをジャジャアルはしてみたかった。
(死んでも構わぬ…俺は戦いがしたいんだ)
魔物将軍ジャジャアルは滾る闘志を溢れさせながら、その目を光らせていた。
「中々つかないわね」
「うーむ、城というのは何故かダンジョンになっているな」
ランス達は結構歩いては居るが、一向に出口にはつかなかった。
それどころか、死体がモンスターのゾンビになって襲い掛かってくる始末だ。
勿論エンジェルナイトのレンが居るので、ゾンビなど全く相手にはならない。
どれだけ強力なゾンビが出ようと、神魔法を持つレンの前には無力だ。
「何故誰もが城を複雑な構図にしたがるのか…確かに謎だな。我も人の事は言えないが…」
スラルは複雑な城の構図に関しては何も言えない。
何しろスラルが作っていた魔王城も、必要が無いと言えば無い施設は有ったし、こういった秘密の通路みたいなものを作らせた気がする。
「まあロマンがあるのだろう。うむ、そうに違いない」
だからスラルは勝手に納得する事にする。
「リーザスもゼスもヘルマンもこんな感じだったな」
ランスはリーザス城、ヘルマンのラング・バウ、ゼスのラグナロックアークと言った首都に入った事はあるが、何れもこんな感じの秘密の通路は存在していた。
だから、権力者というのは自分の城に秘密の通路を作っておくものだと思っていた。
かくいうランスも、自分の城のランス城には、ランスしか知らない(という事になっている)秘密の通路が有る。
勿論ランスの場合は、覗き等に使われるのが主な用途なのだが。
「あたし等が侵入した通路は随分と単調だったみたいだね。逆にここは複雑だったみたいだけど。流石に今からは戻れないしね」
「魔軍が我等の侵入に気づいたからな。このまま突き進むしか無いだろう」
この道を戻るという選択肢は無い。
お帰り盆栽を使えばいいのかもしれないが、使用した場合何処から出るか分からない。
なので使用は控えていた。
「この子は大丈夫なのか?」
「寝てるから問題無いよ」
カラーの少女はハンティが背負っている。
まだ眠っているのだが、その目には涙の跡が残っている。
「親が殺されたんだ…だからこそ守らないとね」
そういうハンティの顔は優しい。
「こっちが出口だな。さて…」
ランス達は水路の最終口にまで来る。
死体が流される場所の為か、そこには人が通れるだけの隙間がある。
ランス達はその隙間を通ると、太陽がランス達の目に入る。
「…なんだこりゃ」
同時に、大量の魔物兵がランス達を見ていた。
「出てきたな、人間。こちらに来ると思っていたぞ」
そこに居たのは魔物将軍だ。
鉄球を手に持った魔物将軍が、魔物隊長の無数の魔物兵を率いてランス達を囲んでいた。
「魔物将軍…居たのか」
スラルは自分の見通しが甘かった事に唇を噛む。
あれだけの混乱具合を見ると、とても魔物達を纏める魔物将軍が居るとは思えなかった。
せいぜい居たとしても魔物隊長くらいだと見ていた。
だが、現実に目の前に居るのは間違いなく魔物将軍だ。
「何をしに来たかは知らんが…そこそこやるようだな。俺は嬉しいぞ。ようやく俺は魔物将軍としての仕事が出来る」
ジャジャアルは心底嬉しそうに笑うと、ランスに向けて鉄球を向ける。
「そして見ろ! これはお前達の持って来た物だろう!」
ジャジャアルが合図をすると、魔物兵たちがランスのバイクを運んでくる。
「これが何かは分からんが…とにかくお前達にとっても重大な物と見た! こうしてくれるわ!」
ジャジャアルは喜々として鉄球を構えると、それをランスのバイクに向けて叩きつけた。
鈍い音をたて、ランスのバイクが歪む。
「あああああ! 貴様俺様のスーパーランス号を!」
「ふははははは! これこそが魔物の正しき生き方よ! お前達、日頃の鬱憤を存分に晴らしてやれ!」
「「「おー!!!」」」
その言葉を合図に、魔物兵達が一斉にランスのバイクを叩き始める。
流石のバイクも魔物兵達の斧を受けてはひとたまりもない。
「貴様ー! 絶対に許さん! ぶっ殺す!」
それを見てランスは怒りのままにジャジャアルに剣を向ける。
「ははははは! さあ行け! 人間を殺せ! これこそが我等の本懐よ!」
「「「おおおおおおおお!!!」」」
その言葉を合図にして魔物兵達がランスに向けて突っ込んでくる。
「ランス! ひとまず下がって!」
レンの言葉にランスは素直に従い、狭い入口へと体を隠す。
そしてそこに魔物兵が群がり―――ランスの剣でその体が弾け飛んだ。
「へっ?」
魔物兵は自分に向けて飛び散った血、そして魔物兵の中身の内臓に思わず茫然とする。
「雑魚が!」
ランスの行動は非常に素早く、茫然としている魔物兵を斬っていく。
いとも容易く魔物兵の手足が斬り飛ばされ、中には四肢を失っても死ぬことが出来ずにもがき苦しむ魔物兵も居る。
「ば、バケモノだ!?」
「な、なんだこいつ!? 滅茶苦茶強いぞ!?」
魔物兵にはランスの剣が全く見えていない。
恐ろしい速度で放たれた剣が、その一振りだけで大勢の仲間を斬り捨てるのだ。
その威力はまさに魔人級と錯覚しても仕方の無い事だった。
「な、何だあの人間は!?」
「な、何をしたのだ!? 全く見えなかった…!」
「むう…伊達や酔狂で魔人様の城に侵入した訳では無かったという事か…!」
ジャジャアルもランスだけでなく、その仲間達も恐るべき強さを持っているのを感じ取り喜色を浮かべる。
「城の中に居る兵に伝えろ! 奴等の背後を突く! 魔物兵の一部は奴等の背後を取れ! 急げ!」
「ははっ!」
将軍の指示に魔物兵は的確に動く。
魔物将軍は存在が貴重な事も有るが、何よりもその能力はやはり高い。
魔物将軍が居なければ何も出来ないとランスは言うが、逆に言えば魔物将軍が居れば魔軍は軍隊として的確に動く事が出来るのだ。
「お前達! 接近戦は控えろ! 遠距離から攻撃をしろ! 魔法部隊は奴等に魔法を浴びせろ!」
灰色の衣装を纏った魔物兵が一斉に魔法の詠唱を始める。
「炎の矢!」
「氷の矢!」
「雷の矢!」
そして無数の魔法がランス達に襲い掛かる。
魔法は必中、いかにランスが優れた戦士でも魔法だけは避けられない。
「下がって!」
レンはランスの前に立つと、そのまま無数の魔法を盾で受け止める。
高い魔法防御能力とガードレベルを持つ彼女にとっては魔物兵も魔法くらいはなんともない。
「…流石にこう数が多いとね」
だが、魔法魔物兵だけでも100以上存在するので、流石にそれだけの魔法を防ぎ続けるのは難しい。
「レン! 退いていろ!」
レンの背後からスラルが姿を見せると、
「白色破壊光線!」
スラルの魔法が魔物兵を薙ぎ払う。
「ぎゃーーーーー!」
「ひ、ひぃ~~~!」
魔物兵の悲鳴と怒号が響き渡ると、そこには多くの魔物兵の死体が転がっている。
運悪く生き延びた者は悲惨であり、その半身が光に飲み込まれても尚死ぬことも出来ずにもがき苦しんでいる。
「な、なんという威力だ! まさに魔人級…」
ジャジャアルはその威力に驚愕する。
何しろ今の魔法で魔物隊長の1体が光に飲み込まれて消滅してしまった。
だが、驚きはすれど動揺はしない。
魔軍も魔物将軍がいるためか、大した動揺は見せずにそのままランス達に向けて魔法を放ってくる。
それだけでなく、弓も加わりより一層攻撃が激しくなっていく。
「流石に…これはね」
レンも何とか防いでいるが、これだけ波状攻撃が続けば体力が尽きるだろう。
勿論長時間防げる自信はあるが、何れは背後をつかれてしまうだろう。
「ランス、何か考えはある?」
レンにそう言われるが、ランスとしてもピンチで有る事には変わりは無い。
何しろ今の目的はカラーを救出する事であり、ハンティの腕の中で眠るカラーを傷つける訳にはいかない。
そしてこれだけの戦闘をしているのであれば、魔人が直接襲ってくる可能性は十分すぎる程にある。
ランスとしてはメディウサという魔人は殺したいのだが、今の状況で魔人と戦うのは正直避けるべきだとも考えている。
(やばいぞ…どうする)
「ランス、全力で行くか」
その時スラルがランスの顔を見る。
ランスはそれだけでスラルが何をしたいのかを理解する。
「大丈夫なのか、スラルちゃん」
「ああ。アレから我もレベルが上がっているからな。それにこのままという訳にはいかないだろう」
「うーむ…だが、アレはなぁ…」
ランスが考えているのは、スラルとの合体技、それもスラルがランスの剣の中に入って扱う技の完全制御には至っていないという事だ。
魔法LV3の魔法使いが放つ災害級の威力と同じだけの力はあるのだが、それはまだランスでも制御が出来ない。
自分だけでなく、周囲にも多大な被害が及ぶ可能性が高いのと、普通にスラル自身が強いので積極的には使ってこなかった。
「だがどうする。背後からも迫ってくるのなら、ここで防ぐのにも限界が来るぞ」
「分かっとるわ!」
ランスは苛立ち気に言葉を荒くするが、ランスも今の状況が理解出来ていた。
何しろ援軍は望めず、ここにる者達だけでこの場を乗り切らなければならないのだ。
(…それしかないか)
だが、ランスもそれしか無いと判断し、スラルとの合体技を行おうとした時、レンが声を上げる。
「…どういう事? 攻撃が止んだ」
「何!?」
レンの言葉通り、あれほどしつこく撃ち込まれた魔法の音が消える。
ランスはレンの後ろから状況を見るが、魔軍は明らかに動揺をしていた。
だが、魔物将軍が合図をすると、そのまま魔物兵が撤退を始める。
そして、一人の男が魔軍の中から現れる。
「…あいつは」
ランスはその男には見覚えがあった。
長い金色の髪に、黒い衣服を身に纏った色男。
ランスがかつてリーザス城で戦い、一番最初にランスが倒した魔人。
「…何て名前だったっけ」
ヘルマン革命の時、ミラクルが見せてくれば彼女の騎士団の予想図の中に居た男であり魔人の一人。
そして男が声をかけてくる。
「出てきて構いませんよ。誓って手は出させません。この魔人アイゼルが保証しましょう」
「…ああ、確かそんな名前だったな。リーザス兵を操ってた奴か」
現れたのは、魔人一の美形と呼ばれる男である魔人アイゼルだった。
少し前―――
「ふむ…中々面白い場面に出くわしたようですね」
魔人アイゼルは魔物将軍が勝手な動きをした事に気づいた。
それはたまたまそこを通りがかっただけなのだが、アイゼルにはそれを見過ごす事は出来なかった。
魔物将軍が食料を運んでいる事は分かっていたが、その任務を放棄して勝手な行動をとり始めたのだ。
勿論それは魔王ジルの命令に背く行動ではあるが、アイゼルはそれを少しの間黙認していた。
魔王ジルはアイゼルにとっては恐怖の象徴であり、逆らう事など考えられない程に大きな存在だった。
それは自分が魔人になった今でも全く変わらない。
本来ならば魔人として魔物将軍の勝手な行動を許さぬべきなのだろうが、ここは魔人メディウサの城だ。
なので魔人メディウサの命令かと思い、アイゼルも何もする気は無かった。
ただ、魔物将軍が何故こんな行動をしているのかは興味があった。
どうやらメディウサの城に侵入した人間を捕らえようとしてたようで、魔物兵達は攻撃を開始した。
戦いは直ぐにでも終わると思ったが、アイゼルはその人間の戦いぶりに目を見開いた。
「…成程、魔人の城に侵入する力があるという事ですか」
人間の男の剣は恐ろしいものだった。
アイゼルは魔法だけでなく、剣にも覚えがある魔人だ。
だが、その人間の男の剣は明らかに魔人である自分をも上回っている。
無敵結界があるので戦いには負けないが、純粋な剣だけならば自分はあの人間には及ばないだろうと確信させられる技がそこにはあった。
だが、そんな人間達も魔物の波状攻撃に押し込まれる。
人間達の居る所は狭いため、魔物兵達は魔法攻撃に切り替えて攻撃を開始したのだ。
それは理に適っており、確実に人間を追い詰めているとアイゼルは思った。
その時、眩い光が魔物達を飲み込み消滅させる。
「あの状況からここまで…中々に興味深い」
人間の放った魔法は魔物兵達を飲み込むだけでなく、魔物隊長すらも倒す。
だが、魔物兵も動揺は少なく、そのまま魔法攻撃と遠距離攻撃を交えて攻撃を加えていく。
そしてそれを全て防いでいる一人の金髪の女性。
「…素晴らしい」
アイゼルはその様子を見て目を輝かせた。
アイゼルは脆く、弱い事を自分自身が良く分かっていた。
魔王ジルに心を折られ、その弱さを認める事が出来ずに人である事を捨てた。
人間は弱い、そしてそんな弱い人間である自分を認めたくなかった。
だが、目の前の人間達は絶望的な状況にも関わらず、全く抵抗を止めない。
それは恐らくは魔人が出てきても同じだろう。
「この騒ぎでもメディウサは出てこないか。ならば、私も好きにしよう」
そう言ってアイゼルは魔軍へと向かって歩いていく。
「このまま攻撃を続けろ! 必ず綻びが出てくるはずだ! そして奴等の背後をつく者達が現れる! その時が奴等の最後だ!」
ジャジャアルの檄に魔物兵は雄叫びを上げて攻撃を続ける。
将軍の言う通り、波状攻撃を続けている限りは人間達もこちらに攻撃は出来ない。
その命令通りに、魔法攻撃を続けていた。
その時、魔物兵がこちらに近づいてくる男に気づく。
「人間…? い、いや違う!」
男を見て魔物兵は仰天すると同時に、体が震えてくるのを自覚する。
ジャジャアルもその男に気づき、その姿を確認するとそのまま体が硬直する。
「魔物将軍。あなたは誰の命令を受けて人間を攻撃しているのですか」
「ア、アイゼル様…!」
ジャジャアルは魔人アイゼルを見て背筋を凍らせる。
「答えなさい」
アイゼルの冷たい声を受けて、ジャジャアルは何とか言葉を捻りだす。
「そ、それは…メ、メディウサ様の…」
「それは本当ですか? もし嘘ならば…私は全てをジル様に報告する。その時あなたはどうなるか…考えるまでも無いでしょう」
魔王ジルの名前が出た事で、ジャジャアルは観念する。
魔人が現れた以上、魔物将軍である自分にはもう好き勝手する事は出来ないのだ。
「も、申し訳ありません…しかし、私は魔物将軍として人間と戦ってみたかったのです…」
「成程…あなたの本能という訳ですか。しかし魔王の言葉を無視した事は大きい…と、言いたいですが、ここはメディウサの地。あなたが本来の仕事に戻ると言うのであれば、私は何も見なかった事にしましょう」
「ほ、本当ですかアイゼル様!」
アイゼルの言葉にジャジャアルの口が明るくなる。
もう自分の命は終わりだと思っていた所に、何とか生きる道が見えてきた。
「ですのであなたは自分の仕事に戻りなさい。いいですね」
「ハハッ!」
アイゼルの言葉にジャジャアルは頷くと、撤退の指示を出す。
「撤退だ!」
魔人の登場に動揺していた魔軍はジャジャアルの言葉に従い、素直に攻撃を止めて撤退を開始する。
魔物兵を纏め、ジャジャアルはメディウサの城の中へと戻っていく。
元々の任務である、人間牧場に食料を届ける仕事に戻るのだ。
魔物が突如として撤退した事に、人間達は不審な目をこちらに向けていた。
「出てきて構いませんよ。誓って手は出させません。この魔人アイゼルが保証しましょう」
アイゼルがそう言った時、人間達は警戒をしながら姿を見せる。
「初めまして。我が名はアイゼル…魔人アイゼル」
アイゼルは人間に対して、最大の敬意を込めて一礼して見せた。