魔人パイアール―――ナイチサが作った魔人…ではなく、当時の魔人から魔血魂を奪って魔人となった少年。
その卓越した才覚は当時の魔人から魔血魂すらも奪う程の技術を有していた。
その気になれば、人間界の制圧など彼一人いれば簡単に終わる。
だが、幸いにもパイアールの才能は姉のルートのためという一点のみに集中していた。
それは魔人になっても変わる事は無く、人間を低能と見下しながらも他の魔人の事も頭が悪いと思っている。
実際、パイアールの技術を理解出来る人間などこの世界に一人も存在しないだろう。
人間にとって幸いなのは、パイアール自身は人間の事などどうでもいいと思っている事だ。
魔王に命令されれば人類の敵となるが、命令されなければ自分から手を出すことも無い。
それが魔人パイアールという存在だった。
「また珍妙な所だな」
パイアールの施設を見てランスは声を出す。
「…ここは一体何なんですか?」
「訳が分からないな…」
日光とブリティシュも周囲を見渡しながら声を出すが、その光景をまるで理解出来ない。
「こちらです」
パレロアが先頭に立って案内すると、そこには巨大な何かを前で何かを動かしている少年の姿があった。
「パイアール様。ランスさん達をお連れしました」
「そう。ちょっと待ってもらって。今忙しいんだ」
パイアールはパレロアの言葉に短く答えて目の前の事に集中する。
それが何なのか全く分からないので、ランス達も何も言えない。
「少し待ってて下さいね。パイアール様、お茶を頂きますね」
「構わないよ」
パイアールの返事にパレロアはランス達を案内する。
するとそこは机と椅子が並んでいる部屋なのだが、それはこれまで見た物とは全く違う材質で出来ている奇妙な部屋だった。
ランスは過去にそれを見た事が有るが、日光とブリティシュにとってはまさに未知との遭遇だった。
「今お茶を用意しますね」
パレロアは手際よく人数分のお茶を用意する。
ランスとレンは椅子に座りながら躊躇いなくそのお茶を口にする。
味は普通なので特に何の感想も無い。
「ここは一体…」
「魔人パイアール…一体何者なのか…」
日光とブリティシュは少し警戒しながらも周囲を興味深く見ている。
だが、そこにあるのは何なのか全く分からない物ばかりだ。
そうしている内に扉が開き、魔人パイアールが入って来る。
「…お前、随分老けたな」
その容姿を見てランスが微妙な顔をする。
「君は変わらないね。1000年以上経ってるけど、時間を移動しているって事を改めて理解させられたよ」
パイアールはランスの言葉にも特に動じる事も無く、ランス達の所にやってくる。
そしてパレロアが差し出したお茶を飲んでため息をつく。
「ルート様はまだ治りませんか…?」
「…まだ時間はかかるね。忌々しいけどね」
パレロアの言葉にパイアールは苦虫を嚙み潰した顔をする。
そう、姉のパイアールは未だに治ることも無く、眠りについている状態だ。
「何だ、まだルートちゃんは治って無いのか。何をやっとるんだお前は」
「…正直それに関しては何も言えないね。僕が天才だからその内何とかするけどね」
魔人と割と気軽に話しているランスを見て、日光とブリティシュは目を見開く。
この少年は魔人なのに敵意が全く感じられなかった。
「ランス達が来た理由は聞いてるよ。僕の作ったバイクが壊されたんだって?」
「おう。お前の部下の魔物将軍にな。全く、どういう教育をしとるんだ」
「僕の配下に魔物将軍は居ないけどね。でも、僕の発明品がそうも簡単に壊されるなんて、それはそれで腹立たしいね」
パイアールの技術は凄まじく、その耐久力も折り紙付きだ。
だが、流石にバイクは精密機械なので、その辺りの事はあまり考えないで作ってしまった過去がある。
何しろ自分で使えなかったから、耐久性能の事までは頭が回らなかった。
「で、ルートちゃんの様子はどんな感じだ。久々にルートちゃんのあのいい体を見たいぞ」
「姉さんをそういう目で見るのは止めて欲しいな。いくら恩人でも、姉さんに近づくなら話は別だよ」
「相変わらずのシスコンだな。まあルートちゃんはいい女だからな」
「それは勿論だよ。姉さんは世界一の女性だからね」
ランスの言葉に同意するようにパイアールは頷く。
そんな二人を見て日光は唐突にガルティアの事を思い出す。
あの魔人も人間に敵意を持っておらず、話せば分かる魔人だった。
魔人は全て殺したいと思っている日光だが、ランスと出会った事でその意識が少し変わり始めている。
「とりあえずルートちゃんを見せろ。見るくらいは良いだろ」
「………」
ランスの言葉にパイアールは心底苦い顔をする。
「…そんなに見たいのかい?」
「何を言っておる。お前が世界一の姉だと言ってるんだろうが。それとも少し老けたとか?」
「姉さんの容姿が醜くなる訳ない! いや、でもそれは時と場合というか何と言うか…」
ランスの言葉に反論するパイアールだが、その声が段々と小さくなっていく。
その様子にランスは流石に訝しむ。
以前に出会った時はルートは非常に心優しく、パイアールの事をお願いします、とまで言ってきた女性だ。
自慢の姉だとパイアールも言っていたが、こうまで口ごもるのは流石に不自然だ。
「じゃあ会わせろ。別に声が出せなくても見るくらいなら良いだろ」
「………はあ、分かったよ。あの時の事情も知っているしね」
パイアールは諦めたようにため息をつく。
本当は見せたくは無いのだが、事情を知られている身としてはそこまで隠す必要は無いと判断したのだ。
それに、ルートの最後の言葉はパイアールの脳裏によく焼き付いている。
ルートの技能と合わさり、過去の歴史が変わりパイアールとランスが協力して魔人を捕獲した事により、彼の意識は少し変わっていた。
「それにしても随分と楽そうだな」
「まあね。それにこうしながら色々とやれるから便利なんだよ」
パイアールは宙に少しだけ浮いている台座のような物に乗っていた。
それを見てランスはヘルマン革命で使った浮遊要塞を思い出す。
あれも少しだけだが浮いていたのと、ランスとしても『悪くない』と評を下す程度には気に入っていた。
そしてある一室に案内された時、そこにあったのは何だかよく分からない肉塊だった。
「…なんだありゃ」
「その…姉さん…」
ランスの言葉にパイアールは小さく呟く。
過去の生体改造によって、ルートの肉体は無残な体に変わってしまった。
その後で彼女の脳細胞から情報を取り出す目的でPCを作成。
だが、それを使ってもルートの人格データの再生には至らなかった。
しかし、そのおかげでLP期にまでPCという特殊な道具が残る事となったのは皮肉としか言えないだろう。
「…これがルートちゃんか」
「いやいや! 僕の理論が確かなら姉さん再生用のボディの中で姉さんは復活するはずだったんだ! でも別の魂が入り込んだりしたり僕の理論外に有る事があってね! そう、これが姉さんの新たなボディさ」
パイアールが手を動かすと、一斉に明かりが灯り、暗がりの中から巨大なロボットとしか言えない物が現れる。
「これこそPE、新たな姉さんのボディさ」
パイアールは得意げに胸を張るが、ランス達はそれを見上げて何とも言えない顔をする。
特にランスは目を細くして、剣を握る。
「おい、お前無敵結界は張ってるんだよな」
「え? それは勿論だけど…」
「だったらいいな。フン!」
ガンッ!
大きな音を立ててパイアールの脳天にランスの剣がぶつかる。
それは無敵結界に阻まれるが、パイアールはその衝撃で頭を押さえる。
「いたっ! え、ていうか無敵結界があるのに痛い!? どういう事だ!?」
「やかましい! アレの何処がルートちゃんだ!?」
ランスが山のように大きな物体を指さして吼える。
「…まあアレをルートと判断するのは無理があるな」
スラルもパイアールが新たなボディと言い張る物を見てため息をつく。
それは明らかに人間の肉体とはかけ離れており、それが何であるかを理解できる者はパイアール以外には存在しないだろう。
「何を言うんだい。アレをベースに人間と同じく機能を持たせるのに僕がどれだけ苦労している事か」
「お前の目は節穴か!」
ランスはパイアールの頭を掴むと、その頭がミシミシと音を立てる。
「あああああ! 痛い痛い! っていうか魔人の法則無視しないでよ!」
パイアールはランスの手を叩くが、元々非力なパイアールが魔人になったとしてその腕力はランスに適う訳が無い。
「あれじゃあ全く楽しめんだろうが!」
「人の姉を前にして楽しむとかいう方がどうかしてるんだけど…」
ランスはパイアールから手を離すと、新たなボディだというPEを見上げる。
人間とはかけ離れた姿…その姿は何処となくランスが見てきた闘神に似て居なくも無い。
とにかく、それは生前のルートとはかけ離れ過ぎた姿なのは間違いない。
「姉ちゃんを作ってどうする! 治せ!」
「!!」
ランスの怒鳴り声にパイアールの体が震える。
「あ…えーと…」
「お前、自分を天才と言っていたが実は馬鹿だろ。そんな単純な事にも気づかんのか」
ランスの言葉にパイアールは茫然自失という様子を見せる。
「…僕が1000年以上経っても姉さんの病気は治らなかった。だったらどうしろって言うんだい」
「病気は神魔法でもどうにもならないしね」
ルートがかかっている病はカスケードという死病だ。
それはNC期では治る見込みは全く無く、パイアールもルートを『治す』という手段を放棄するのは無理も無かった。
パイアールが並外れて優秀だった事、そして己の力で必ず姉を救うという決意が起こした悲劇でもあった。
「うーむ…あ、そうだ。IPボディがあっただろ。取り敢えずアレを使えるか?」
「IPボディをか? 出来なくは無いと思うぞ。レンなら問題無く魔法を使えるだろうからな」
「別に構わないわよ。確かこれよね」
レンは荷物からIPボディを取り出す。
「…アレ、何だい?」
「私に聞かれても…ホ・ラガなら知ってるかもしれませんが」
ブリティシュと日光は話に全くついていけない。
「まずは試してみましょうか。ソウルブリンク!」
レンが魔法を唱えると、人形は人の形を模る。
それは生前のルートの姿へと変わる。
「え…姉さん!?」
「…パイアール? コホッ!」
ルートは弟の声に反応するが、直ぐに血を吐き出す。
「レン! IPボディの解除を!」
「分かったわよ。ソウルブリンク!」
レンが魔法を唱えると、ルートの姿が消えてそこにはIPボディだけが残る。
「姉さん!? い、一体どうなってるんだい!?」
流石のパイアールも姉が現れた事、そして消えた事に困惑した声を出す。
「おい、スラルちゃん。どういうつもりだ?」
ランスも意図が分からず、スラルに疑問を投げかける。
「うむ…どうやらIPボディで体を用意しても、その者の状態を引き継ぐようだ」
「どういう事だ」
「つまりは病気だった場合はその病気のままだという事だ。カスケードという病を治す方法が無いと、ルートは助からないという事だ」
「なんと…そんな落とし穴があったか」
てっきりIPボディを使えばルートは助かると思っていたのだが、どうやらそう上手くは行かないらしい。
「…姉さん」
パイアールは肉塊になっている姉に縋りつく。
久々に触れた姉の感触は柔らかった。
病で体は冷たいが、それでも姉の感触は本物だった。
しばらく姉を見ていたパイアールだが、ランスを見る。
「…そのIPボディ、僕に譲ってもらう事は出来るかい」
「それは駄目だな。スラルちゃんの肉体だからな」
「そう…じゃあ改めて依頼をしてもいいかな」
パイアールの言葉に日光とブリティシュは驚く。
まさか魔人の口からそんな言葉が出るとは思わなかった。
「何だ」
「そのIPボディというのを探したら僕に渡して欲しい。それが依頼だ」
「ふーん。まあ構わんぞ。見つけたら渡してやる」
ランスは男の頼みではあるが、すんなりと引き受ける。
それはパイアールから貰える物がランスにとっても魅力的だからだ。
「まあいいだろう。その代わり…」
「分かってるよ。ああ…それよりも、新しいPBは作ってあるよ」
パイアールは一度姉を撫でると、ランス達について来るように促す。
そこに行くまでに色々な光景が見られるが、それが何をしているのか全く分からない。
そしてパイアールがドアの前に立つと、ひとりでに扉が開く。
その中にあるのは何だか分からない物体だった。
「…これは何かな?」
ブリティシュにはそれが何なのかは分からない。
だが、ランス達にはそれが何なのかが分かる。
分かるのだが、以前に貰ったバイクとは形が明らかに違っていた。
「以前の物とは形が違っているな」
スラルの指摘にパイアールはため息をつく。
「ボクの作ったものが魔物将軍に壊されたって聞いたからね」
そう言うパイアールの顔は本当に不本意そうだ。
確かに以前に作ったバイクは『走る』という事を目的にしていた。
なので、その耐久性まではあまり考えていなかった。
自分の作った物は万能だと己惚れているつもりは無いが、それでも魔物将軍に壊されたのは不愉快な事だった。
「最初は球体に足をつけていた物を作ったんだけど…それは以前に作ったバイクとはかけ離れた事に気づいたんだ」
ランス達にはパイアールが何を言っているのかは全く分からない。
パイアールの癖として、何故だが作った作品に足をつけるという行為がなされていた。
それはパイアール自身も気づいており、直したいと思っていても何となくつけてしまう。
「次に僕が今使っている物のように少し浮かせて走る事も考えたけど、障害物を避けるのが難しくてそれもダメになった」
「えーい! お前だけが分かる言葉なんぞ言わんでいい! つまりはどういうバイクなんだ!」
ランスが苛立ったように声を出す。
「…まあそうだね。壊されたと聞かされた時から色々考えて作ったんだけど、人間に必要なのは実用性だからね。実用性ならこういうのもあるけど」
パイアールが何かを押すと、奥から一つの奇妙なモノが出てくる。
「…おい」
「これはボクの自信作でさ。この車輪の中に入って操るんだ。質量兵器としても十分だし、これが量産された暁には…あたっ!」
「いい加減にしろ! お前はマリアよりも酷いぞ」
「…いいものなんだけどなあ。まあ確かに誰でも使える物じゃないか。じゃあ戻っていいよ。コードネームゲド〇フ」
パイアールが指示を出すと、魔物兵がすっぽり入りそうな車輪が消えていく。
「まあそれはいいとして、これがボクの作った新たなPB-Ⅱ…いや、何回か作り直しているからPB-4くらいかな」
「前のとは随分違うわね」
レンの言葉にパイアールは少しだけ得意気になる。
「そりゃ前より遥かにバージョンアップしてるからね。前回はボクが使えないから結構いい加減になったんだよね」
パイアール自身自分で作ったバイクは使えなかった。
ランスと出会わなければ、バイクは一生この世界で日の目を見る事が無かっただろう。
「前よりも大型化してるけど、代わりに耐久力は増加したよ。それに人数も多くなったりするみたいだしね」
パレロアから色々と話は聞いていたのと、200年ほど開発のために考えれたので、以前のバイクとは全く違う形になった。
「どこから乗るんだ。これでは乗れんだろうが」
ランスはバイクを見るが、以前のバイクと違い跨る場所が無い。
「スピードを出した時の風よけの意味があるからね。こうやって乗るんだ」
パイアールがスイッチを押すと、バイクの側面が開き、そこにはランス使ってたバイクの座席が現れる。
そこそこ広く、何人かが座れるスペースが存在していた。
「ここを押せば開閉が出来るんだよ。操作方法は前の物と何も変わってないよ。試してみるかい?」
「試せるだけの所があるのか」
パイアールの言葉にランスは少し不機嫌な顔になる。
何しろ今はGL期、バイクを使えば間違いなく目立つ。
これまでばれないようにランスとしても結構気を使っていたのだ。
流石のランスといえども、GL期では大人しくせざるを得なかった。
「ああ。魔王はその辺は干渉してこないからね。ボクのスペースで何をしようが、魔王は何も気にしてないさ。ボクとしてはその方が有難いけどね」
「相変わらず研究一筋だな。お前は魔王の命令が無ければ特に人と争う必要も無いと考えているのか」
スラルはブリティシュと日光が一番聞きたかったであろう事を口にする。
勿論スラル自身が確認したいという事もあるのだが、ある程度親しいであろう自分が口に出すのがパイアールが答えやすいだろうと判断しての事だ。
「ナイチサは死ぬ前になったら突然ボクに人間を殺す機械を作れと言って来たけどね。あの時程絶対命令権が煩わしいと思った事は無かったね」
パイアールはその時の事を思い出し、唇を歪める。
それに比べればジルは本当に何も言ってこない、悪く言えば無関心なのだがパイアールにはそれが有難い。
「ボクは別に人間を殺すために魔人になった訳じゃ無いからね。向こうから何もしてこなければボクも動くなんて面倒な事はしないさ」
実際パイアールは魔王にも人間にも興味は無い。
魔王が人間を殺すなら好きにすればいいと思っているし、人間が自分に挑んでくるなら始末するだけだ。
パイアールの目的は唯一つ、姉を助ける事だけだ。
そのためだけにパイアールは魔人になったのだ。
「………」
パイアールの言葉を聞いて、日光は複雑な顔をする。
魔人は全て敵であり、全ての魔人を倒すという決意を持って日光は聖刀となった。
しかし、ランスという男はその魔人とも繋がりを持ち、あまつさえ肉体関係すら持っている。
勿論ランスは利己的な人間で、人間を救うという意思を持っているとは言えない。
自分のやった事が結果的に人類のためになっているだけだ。
だが…それでも日光はランスに惹かれている。
強さ、意志力、決断力、カリスマ性、ランスは全てを兼ね備えてしまっている。
日光自身、聖刀日光をランス以上に扱える人間は居ないとも感じている。
そのランスが相手次第では魔人を倒さない…というのは、日光本人としては不満だ。
そしてパイアールに案内されたのは、本当に何もいう事は無い広場だ。
特に舗装もされておらず、だからといって荒れても居ない、そんな大地だ。
「ここなら大丈夫だよ。ボクの管理してる敷地だし」
「がはははは! ここなら思いっきり飛ばせそうだな!」
ランスは剣を地面に突き刺してからバイクに跨ると、以前と同じように走らさせる。
「がはははははは!」
凄いスピードで走り出したバイクを見て、ブリティシュは目を丸くする。
「あ、アレは何だい!?」
「あれがバイク。あんなのがこの世界にあるなんて私は驚きなんだけどね…」
レンは少し苦い顔でバイクを見る。
間違いなくバランスブレイカーのアイテムで、更にそれを作ったのが1人の元人間だ。
LP期にならば普通にAL教による回収案件だろう。
「…日光は驚かないね」
「まあ…私も乗った事ありますし」
「成程ね…」
日光からそういう話を聞いた事が無かったが、日光はわざと話さなかったのだろう。
それもまた日光らしいとも思う。
「ふむ…今の所は問題無いか。じゃあ次のステップに行くか」
パイアールはランスがバイクを走らせるのを見て、手元のパネルを操作する。
すると地響きが起こったと思うと、平坦だった道に隆起が出来る。
「むぅ」
しかし、ランスはそれに全く動じる事も無くバイクを操縦する。
タイヤの位置を巧みに変えながら荒れ地を見事に操縦して見せる。
「成程…こういう動きになるのか。やっぱり動いていないと分からないものだね」
パイアールはバイクの動きを見ながら手元を激しく動かす。
一体それがどういう事なのか、それはパイアール以外に理解出来る者は存在しないだろう。
「自分でテストをしていないのか?」
地面に突き刺さった剣からスラルが声をかける。
その言葉にパイアールは苦い顔をする。
「自動操縦じゃ分からない事が多いんだよ。そもそもボクの研究は無人を前提にしてるからね」
「…そう言えば昔お前は自分では乗れないと言っていたな」
スラルの指摘にパイアールはいよいよ憮然とた顔をする。
「ボクには必要無いからいいんだ。そもそもランスと会わなければバイクなんて作る必要は無かった訳だしね」
自分で作っておきながら、自分では使えないというジレンマがパイアールにあった。
なので早々にバイクの研究は止めてしまったのだが、ランスと出会った事で研究は進められた。
人間が使う事によって新たな発見があるかもしれないという、パイアールにしては非常に珍しい思考だ。
「それにしても…本当に苦にしないか。自動操縦装置も完璧では無いし、丁度良かったかもね」
「自動操縦…つまりは自動的に動くという事か。凄まじい技術だが…どうして完璧では無い?」
パイアールは大きくため息をつく。
「自動で操縦すると障害物や地形に突っかかるんだ。スピードが出るだけに大きな事故に繋がるんだよ」
「成程な。と、言っても我にも何にも分からんがな」
スラルにもパイアールが何を言っているのかさっぱり分からない。
ただ、パイアールはとてつもない天才だという事は間違いなかった。
ランスは思う存分いバイクを動かしたのか、非常に満足気に戻って来た。
「がはははは! 久々に飛ばすといいものだな!」
普段であれば『悪くない』程度の言葉しか出さないランスだが、本人にバイクの操縦技能があるのが大きいのかもしれない。
「相変わらず軽快に飛ばすね。動かした感じはどうだい」
「俺様は天才だから何も問題は無いな」
「それは良いけど、取り敢えず見せてもらうよ。ここで問題があるのはボクとしても看過出来ないからね」
「ランス、ここは素直にパイアールに任せればいい」
スラルにそう言われて、ランスは意外と素直にバイクから降りる。
久々に飛ばす事が出来て、ランスとしても非常に満足していた。
「あと、魔法ハウスも見せてよ。ちょっと改造しないとこのバイクは入らないと思うから」
「それはそうね。前の時も結構きつかったしね」
魔法ハウスにバイクを入れるのは結構苦労していた。
今回のバイクは前回のバイクに比べて少し大きい。
「色々とメンテナンスもしたいからね。それと細かな調整も必要だし。ああ、そっちは休んでていいよ。パレロア、後は頼むよ」
パイアールがパネルを動かすと、隆起していた大地が元に戻る。
レンはその場所に魔法ハウスをセットすると、魔法ハウスが出現する。
「…前から思ったけど、人数に比べて大きく無いかな」
「これしか無いのだから仕方ないな」
「改良できるならしてもいいんだけど。でも魔法のアイテムはボクの範囲外だから下手に動かすのも問題かもしれないね」
パイアールは魔法ハウスを見ながら呟く。
自分の技術とは全く違うが、これも魔法の力だと納得している。
「それでは案内します。今日はゆっくり休んでくださいね」
こうして久々のパイアールとの邂逅は、魔人と会ったとは思えないくらいに温厚に終わった。
改めてパイアールの食券イベント見てると結構ギャグとかも行ける感じなので
鬼畜王の時のイメージが良い意味で崩れたキャラですね