ランス再び   作:メケネコ

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魔王ジルの決断

「ランス様!」

 少女―――ジルはランスを力いっぱい抱きしめる。

「あだだだだ! おいコラ! そんな思いっきり抱き着くな! とういうかどういう力をしとるんだ!」

「あう」

 ランスは取り敢えずジルに拳骨を喰らわせる。

 ジルはランスから手を離して叩かれた頭部を撫でる。

 でも、その顔は喜びに満ちており、歓喜の涙が流れている。

「というかどうなっとるんだ!? お前本当にジルか!?」

「はい…ランス様に助けられて…奴隷になって…魔人トルーマンを倒して…そして魔王ナイチサに…」

 ジルの声がどんどんと小さくなっていく。

「む…それを知っているという事はジルか? いや、でもスラルちゃんは何処に消えた?」

 ランスは地面に落ちているIPボディを見る。

 これが無ければスラルは肉体を持つ事が出来ない。

「それについては我が説明しよう」

 その時スラルの声が聞こえてきた。

 が、それはジルの口から放たれた言葉だった。

「な、何だ!?」

「え…? わ、私は何も…」

「ジル、暫く口を貸してくれ。状況の説明をしたい」

 戸惑うジルの言葉を遮るように、ジルの口からスラルの言葉が放たれる。

「…ジルの体の中にスラルの魂があるって事?」

 レンはジルを見る。

 ただのエンジェルナイトであるレンにはどういう事なのかは分からないが、それ以外に考えられない。

「そういう事だ。ジル、これはお前も知るべき事だ。それに、色々と話を聞きたい奴も居るだろうが…その前にいいか?」

 ジル―――スラルは苦笑する。

「とりあえず服が欲しい。何時までもこんな姿では我は落ち着かないからな」

「加奈代、ジル様の服を。まだ魔法ハウスに残っているでしょう」

「あ、はーい」

 エルシールの言葉に加奈代は再び魔法ハウスを展開し、その中からジルの服を取って来る。

「どうぞ、ジルさん…いえ、スラル様ですか?」

「ややこしいのは重々承知だ。まずは説明をしたいが…大きいな」

 加奈代から服を受け取ったスラルが着替えようとするが、当然の事ながらその服は合わない。

 体が小さくなっているのだから、それは当然の事だ。

「加奈代、後で大きさを整えてあげて」

「はーい。パレロアさんも手伝ってくださいねー」

「ええ、勿論です。それよりも…何がどうなっているのか」

 誰もが困惑した様子でジル―――スラルを見る。

「まずは説明しよう。あの時何が起きたのかを」

 

 ランス達はそれぞれ思い思いの場所に座る。

 ランス達は疲労が大きいので、メイド達はそれぞれソファを用意してくれた。

 スラルはそこで皆を見渡す。

「まずは…今の状況を説明しよう。結論から言うと、これはジル…人間ジルの体で有る事は間違いない」

「…どういう事だ。あの時確かにジルは居たぞ」

 ランスが覚えているのは、ガイにカオスを突き刺された光景だ。

 魔王ジルはあの時間違いなくランスを庇った。

 だが、その後でジルは気になる事を言っていたのも事実だ。

『ジルを返してやる』、確かに魔王ジルはそう言っていた。

 ランスには何の事なのか分からなかったのだが。

「そしてそうなった原因は…魔王ジルと我…正確にはランスとの間に起きた折衷案とでも言うべきか…妥協案とも言うべきか」

「今一要領を得ぬな。魔王が人に妥協する、と聞こえるが」

 お町の言葉にスラルは苦笑する。

「ああ。『魔王』でありたいジルと、『魔王』を捨てたいジルの間で揺れ動いた結果だ。それがこの結果だ」

 スラルはジルの右手を見る。

 そこには今でも黒く変貌しており、それが魔王であるジルを思い出させる。

 しかし、左手にはその影響は無い。

「分裂魔法…魔王ジルが出した結論がそれだ」

「分裂魔法って…それってLV3の技能じゃない」

 スラルの言葉にレンは驚く。

 分裂魔法とはレベル3の魔法であり、そう簡単に使えるものでは無い。

 レンも名前を知っているだけで、それがどんな魔法なのかは正直興味も無かった。

「分裂魔法…ああ、あれか。志津香とナギが分かれた奴か」

 ランスは逆に納得がいく。

 何しろ前例が有り、魔想志津香とナギ・ス・ラガールの二人はそれで子供からやり直す事になってしまったのだから。

「そうだ。だが、ジルでも都合良く分裂魔法を使う事は出来なかった。それに魔人ガイの反乱もあったからな…我等が乱入して居なければ、ジルはあのまま負けていただろうな」

「で、それからどうなった」

「魔王ジルは自分を『魔王』であるジルと、『人間』であるジルの二つに分けようとした。だが、力の落ちたジルにはそんな都合の良い状態を作れはしない。だからこそ、我に取引を持ちかけてきた。それが人間ジルと魔王ジルを分ける事を手伝う事だった。

「…そんな事が」

 スラルの説明に日光は絶句する。

 ジルとは4年間程戦っていたが、まさかジルがそんな事を考えているとは思っても居なかった。

「魔王ジルは自分の力が大きく落ちた事、そして魔人が自分に反逆した事に驚いた。だからこそ、中途半端な部分を捨てたかった。それがこの結果という事だ」

「…魔法は良く分からんが、とにかく今ここに居るのは俺の奴隷のジルで間違いないんだな?」

「そうです、ランス様。でも…正直私も何がどうなっているか分からないんです。だって私はあの時魔王ナイチサに手と足を落とされて…その後の事は全く記憶に無いんです。だから私が魔王だと言われても…一体何があったのかも分からなくて…」

 ランスの疑問に答えたのはジルだ。

 その口からは本気の困惑が有り、嘘をついているようには見えない。

「日光、お前もカオスみたいに魔人の気配とか分かるんだろ。その辺はどうなんだ」

「え…そ、そうですね」

 ランスの指摘に日光はジルを見る。

「…確かに魔王の気配も魔人の気配もありません。この場に使徒が複数居ますから、それに紛れているだけなのかもしれませんが」

「で、お前はまだこいつを殺そうと思うか」

「…いいえ。彼女は…人間です」

 ランスの言葉に日光は首を振るしかなかった。

 今のジルは本当に普通の人間で、日光はアレほどまでに強かったジルへの殺意が全く無い事に気づく。

「それで、お主がジルの体に居るとはどういう事じゃ?」

「それは我が分裂魔法を手伝ったからだ。何の因果か、ジルの体は幼くなった。そしてジルの体にはまだ魔王の血が本当に微量ながら残っている。それがさっきの力の表れだ」

「うーむ…ガキの力にしては随分と有ると思っていたが、そういう事か」

 ランスは先程のジルの力に納得がいく。

 あの時はランスの体が傷ついていたからだと思っていたが、今思えば確かにあの力は異常だった。

「そしてその微量の血を我が引き受けているという訳だ。IPボディは我の本来の肉体では無いからな…それが邪魔してジルの体は表面化しなかったという訳だ」

「という事はスラルちゃんは当分そのままという事か」

「ああ。ジルが成長するまでは当分な。ただ、流石に我は疲労が多くなるだろうから、長くはジルの体を借りれんがな」

 スラルは少しこまった顔をして言う。

「で、その体は何だ」

 ランスはジルの体を見る。

 出会った頃の香姫を思い出させる体で、流石にハイパー兵器は反応しない。

 無理すれば…という感じだが、ランスはロリコンでは無いので、当然今のジルを抱こうとは思わなかった。

「恐らくは分裂魔法が不完全だった…としか言えないな。正直今となっては予想しか言えない」

 ランスの言葉にスラルも困った顔をしている。

 彼女がそう言うという事は、本当に知らないのだろう。

「それは…困ったものですね。まさかあの時にそんな事があったとは」

「…ん?」

 その言葉は突如として聞こえてきた。

 ランスがその声の方向を向くと、そこには半透明の姿のケッセルリンクの姿があった。

「…ってケッセルリンク!? お前無事だったのか!?」

「「「「「ケッセルリンク様!?」」」」」

「無事とは言えないがな。ただ、こうして少しの間だけならこうして姿を現せる状態…かつてのスラル様の状態に近いな」

 ケッセルリンクはランスに触れようとするが、その手はすり抜けてしまう。

「何がどうなっとるんだ! おいスラルちゃん! 説明しろ!」

「我に分かる訳無いだろうが。本人に聞け」

「そうだな。おいケッセルリンク、説明しろ」

「フム…確かにそうだな。私が説明するのが一番だろう。だがその前に…話を聞かねばならぬ方が居る」

 ケッセルリンクの言葉に皆が首を傾げる。

 一体誰が居ると言うのかという疑問だった。

「それはアタシの事だろうね。と言っても私にも何が何だか…って感じなんだけど」

 その時突如として黒い髪をしたカラーが現れる。

「あ、ハンティ」

「久しぶりだね。って今はそんな事を言ってる場合じゃないか」

 その場に現れたのは、カラーの始祖であるハンティ・カラーだった。

「ケッセルリンク…今の状況を聞きに来たんだけど…何があったんだい?」

「…私も少々説明するのは難しいですが、私がこうなった経緯は話せます」

「待て、ケッセルリンク。ジルの所までは我が説明する。お前は詳しくは知らないだろうからな」

 スラルはハンティに事の経緯を話す。

 ケッセルリンクがセラクロラスの時間移動に巻き込まれた事。

 巻き込まれた先にジルが居た事。

 そして異世界へと飛ばされた事。

 その際にケッセルリンクは人質に取られてしまった事。

 そして…この世界に戻って来てからの事。

「…ああ、そういう事かい。配慮が裏目に出た形なのかね」

 ハンティは事の経緯を聞いて頭を押さえる。

「まずはゴメン! 魔人ガイがケッセルリンクを封印した事はカラーにも原因がある」

「どういう事だ!?」

 ハンティの言葉にランスは怒鳴る。

 まさかカラーがそんな事をするとは思っても居なかった。

「ガイはカラーに魔王を倒す協力を要請してきた。だからカラーが持っていた秘宝を渡した。そして、万が一ケッセルリンクが敵に回った時、ケッセルリンクを殺さずに無力化する方法が欲しいと言われた」

「まさかそれを受けたんじゃ無いだろうな」

「受けるさ。魔人は魔王の命令には逆らえない。その状況でケッセルリンクを殺したくないと言われればね」

「それは…まあそうでしょうね」

 ハンティの言葉にケッセルリンク本人が複雑な顔をする。

 カラーはケッセルリンクの事を思って万が一の保険をガイに渡した。

 ただ、ガイにとって予想外だったのは、ケッセルリンクが自らの意志でジルの味方をした事だったのかもしれない。

「でも、そんな状況になっているのは流石に予想外。ちょっと動けなくなるくらいだったんだけど…というか、今のカラーの力で魔人ケッセルリンクを封印なんて不可能だし」

「それは私が説明できます。ジル様の封印は完全に解除されていない、それだけの事です」

「はあ!?」

 ケッセルリンクの言葉にランスは驚く。

「一時的な解除に過ぎなかったんだ。ジル様は力を大きく落としていた…ならば、私の封印の解除が中途半端になっていてもおかしくは無い」

「そうだな。ケッセルリンクの封印はジルが魔王の力が全開の時だったからな…力が落ちたジルでは完全な解除は難しかったのだろう。それとカラーの封印が合わさった結果、今の状況になったとしか言えないな」

 ランスはケッセルリンクの体に触れようとするが、やっぱり触る事が出来ない。

「うーむ…パステルの親と同じような状態か」

 かつてバベルの塔で出会ったパステルの親族と戦った。

 その時のカラーの英霊と呼ばれた者達と似たような状態だとランスは思った。

「まあいいか。だったら魔王の封印を解けるアイテムを探せば良いだけだ」

「…それで全てが流せるのか。全く…お前は本当に変わらない」

 ランスの言葉にケッセルリンクは苦笑するが、その顔には嬉しさが滲み出ていた。

「ですが…問題なのは魔王が変わった事でしょう」

「何だと!?」

 シャロンの言葉にランスは驚きの言葉を出す。

「そんな…」

 日光は顔面を蒼白にし、茫然としている。

「ランス様はアコンカの花の言葉を聞いていないのですね。GLの時代は終わり…GIとなりました」

「GI…そうか、GIか」

 シャロンの言葉にランスは顔を歪める。

(GI…俺様が生まれた年か。じゃあ次が美樹ちゃんか)

 流石のランスでも、自分がGI生まれなのは知っている。

 正直どうでもいい事だと思っていたのだが、今のランスには結構重要な事だったりする。

「私達魔の者は新たな魔王の元へと向かわねばなりません。そしてケッセルリンク様は…」

 魔人ケッセルリンクはジルにつき、現魔王ガイに逆らった。

 その結果がどうなるかは火を見るよりも明らかだ。

「ケッセルリンク様…」

 使徒達は心配そうな顔で主を見る。

「………そこまで問題は無いとも思うが。ただ…私は行く事は難しいな。正直、今こうして姿を現すのも結構疲れている」

「ああ…それは魔王の封印の影響だろうね。そうなるとカラーの方でもどうしようも無いのが現実かな…」

 ケッセルリンクの言葉にハンティは申し訳なさそうにする。

 カラー達はケッセルリンクの事を思ってガイに協力したのだが、まさかそれがこんな事になるとは誰も想像していない。

「私達は魔王城に向かいましょう。そこでどんな事が起きても、それは受け入れなければなりません」

「エルシールさん…」

 メイド長の言葉にメイド達はすぐさま覚悟を決める。

「ランスさん…ケッセルリンク様を頼みます」

「む…それはあの野郎がお前達に何かするって事か。それは許さんぞ」

 ランスとしてはガイは許せない敵であり、ケッセルリンクの使徒達もランスと共に戦って来た仲だ。

 それを見捨てる事はランスという男は絶対にしない。

「ランス様。私達はケッセルリンク様に命を救われました。その恩を返すためならば、この命は惜しくはありません」

 シャロンはきっぱりと言い切る。

「そうです。それにケッセルリンク様はランスさんと一緒に居るのが良いと思います。他の魔人が今のケッセルリンク様を見れば、どういう行動を取るか分かりません。それよりも、行方不明の方がいいと思います」

「そうですねー。ケッセルリンク様はジル様の命令で何処かに行った…という言い訳が出来ればいいんですけど。問題は本当に魔王様なんですよねー」

 パレロアの言葉に加奈代も同意する。

 どっちにしろ、魔人や使徒の命運は魔王が握っているのだ。

 こればかりは本当にどうしようもなく、どんな理不尽だろうが受け入れなければいけないのだ。

 それが永遠の命を持つ魔人と使徒の宿命なのだ。

「ですので私達はこれから魔王城に向かいます。ランス様達は身を隠してください」

「ぐぐぐ…」

 シャロンの言葉にランスは呻く。

 しかし、流石に100%の魔王には勝てないのは分かり切っている。

 結局はシャロンの言う通りに行動する以外には無いのだ。

「そういう事なら協力するよ。ケッセルリンクの事も有るしね」

 ハンティとしてもケッセルリンクの事は何とかしたいので、協力を申し出てくる。

「ランス、暫くは身を隠す必要があるんじゃない? もしかしたら魔王の追っ手が来ないとも限らないし。問題は何処に行くかだけど」

「それでしたら私達が去った後に相談してください。魔王様の命令があれば、私達はランスさん達の事を話さなければいけませんから」

 レンの言葉にエルシールが忠告する。

「それが良いです。私達は明日魔王城に向かいます。それまではここで休んでいてください」

「…そうだな。明日考えるか」

 シャロンの言葉にランスは同意する。

 正直体を休めたいのはランスも本音だった。

 今も結構無理しており、かなりしんどい状況だ。

 魔法で傷は癒せても、体力までは回復はしてくれない。

「怪獣王子もまだ目を覚まさないし…それにジルの事もあるでしょ」

 話の蚊帳の外だったジルは申し訳なさそうな顔をしてる。

 そんなジルを見てランスはその頭をやや乱暴にぐりぐりと撫でる。

「お前が気にする事じゃない。それよりもとっととでかくなれ。それじゃないとやれんだろうが」

「ラ、ランス様…」

 ジルは顔を真っ赤にする。

 自分はランスの奴隷であり、ランスに求められたら拒むことが出来ない。

 出来ないのだが…流石に体が幼過ぎて、ランスは手を出さないだろう。

「いかん、疲れた。寝る」

 ランスは緊張の糸が切れたのか、そのまま倒れて眠ってしまった。

「ランス様!」

 ジルはランスの体を支える。

 少女の肉体ではあるが、ランスを軽々と支える事が出来る。

「ランスもこうなった事だし、休みましょうか」

 レンはランスを軽々と持ち上げる。

「こちらです」

 そのレンをパレロアが案内していく。

 同じようにバーバラが怪獣王子を、加奈代がお町を運んでいく。

 お町も疲労が限界で、ランスと同時に眠ってしまっていた。

「…ジル様」

「あの…私は魔王の記憶が無いから、ケッセルリンクさんに様付けで呼ばれるのは…」

「そうでしたね…いや、そうだったな。だが、私は君に謝らなければならい。私は決して許されない事をしてしまった」

 ケッセルリンクは本当に申し訳なさそうに頭を下げる。

 今も彼女の脳裏に焼き付ているあの光景…それは決して許されない彼女の過ち。

 そんなケッセルリンクに対してジルは首を振る。

「いいんです。私は…またランス様に、皆に会えましたから」

 ジルは本当に気にしていなさそうに微笑む。

 そんなジルを見てケッセルリンクも僅かにだが笑う。

「…私も意識を留めておくのに限界が来たようだ。シャロン…君には申し訳ないが、エルシールと共に後を頼む」

「お任せください、ケッセルリンク様」

 シャロンは力強く微笑んで見せる。

 もしかしたらこれが今生の別れになるかもしれないが、彼女達に後悔も何も無い。

「始祖様…皆に伝えて下さい。私は決して怒っていないと。ですが、暫くの間私がカラーの皆を守れるか分からないとも…」

「分かってるさ。アンタが悪い訳じゃ無い。カラーはカラーで生き残らなきゃならない。ま、何とかなるさ」

 ケッセルリンクの言葉にハンティは苦笑する。

 彼女が起こっていなくて、取り敢えずハンティも安心した。

 ハンティの言葉にケッセルリンクは同じように苦笑を浮かべると、その姿が消えていく。

 封印されているクリスタルの中に戻っていったのだろう。

 ハンティはそれを見て頭を悩ませる。

「さて…問題は魔王の封印か。こればっかりはカラーにもどうしようもないだろうからね…」

 魔王の魔力にはハンティでも到底敵わない。

 新たな魔王の登場によって嫌でも世界は変わる。

 ハンティはこれからのカラーに未来を残す道筋を立てねばならない。

 それこそが始祖と呼ばれる自分の仕事なのだから。

 

 その夜―――ランスは余程疲れていたのか、女を抱く事も無く寝ていた。

 そんなランスをジルは安心したように見ている。

「ランス様…」

 ジルはランスが自分を助けてくれたことを分かっている。

 自分とランスを繋ぎとめた指輪…あのダンジョンで見つけた運命のアイテムが自分を助けてくれた。

 ただ、自分が魔王だったと言われても全くと言っていい程記憶が無い。

 しかし、ジルにはそんな事はもうどうでも良かった。

 ランスは本当に約束通り、自分を助けてくれたのだ。

 その時部屋がノックされる。

「はい」

 ここに居るのはランスの知り合いだけなので、ジルは躊躇わずに静かに扉を開ける。

 そこに立っていたのは女性としては長身で、ジルはその女性を見上げる形になる。

「あなたは…ごめんなさい、私名前を憶えていなくて…」

「構いません。その様子ですと、本当に記憶が無いのですね」

 長身の女性―――日光はジルに軽く一礼してから部屋に入る。

 日光は眠っているランスを見ると、安心したようにため息をつく。

「あの…」

「名前を名乗っていませんでしたね。私は日光…ランス殿の…仲間、です」

「ランス様の。あ、私は…ランス様の奴隷で…ジルです」

 ジルは日光に対しても笑顔で挨拶をする。

 そのジルを見て、日光は困った顔をする。

「何か…?」

「いえ…あなたは本当に魔王では無いんですね」

「はい。魔王、と言われても私は全然何のことか分からなくて…」

「…大丈夫ですよ。魔王ジルとあなたは別人なのでしょう。いえ、あなたと話して確信しました」

 日光から見たジルは普通の少女だ。

 ランスとの再会を心から喜び、そしてランスの事を心から想っている。

 まだ少女の容姿ではあるが、それもでこの少女もまた女性なのだろう。

「ランス殿は…本当に自分の言った事を実行したのですね」

 日光は嬉しそうにランスの手を取る。

 魔王ジルは倒せなかったが、人間としてのジルをランスは取り戻したのだ。

 その後で日光は小さなジルの体を優しく抱きしめる。

「あ、あの…」

「ごめんなさい…私はランス殿を信じられずに、あなたを殺そうとしたんです」

「…魔王の私を、ですよね。それはあなたが悪い訳では無いですから」

 ジルは特に気にすることも無く言う。

 そんなジルに対し、日光は思わず涙が流れる。

「あ、ど、どうしたんですか?」

「…ごめんなさい。あなたは本当に普通の人で…ランス殿の大切な人で」

 色々な感情に日光は思わず涙を流した。

「大丈夫です。今こうして私はランス様と出会えたんですから」

「あなたは…強いですね」

 日光の言葉にジルは首を振る。

「私は強くなんて無いです。ランス様が居てくれたから…ランス様が私を買ってくれたから今の私があるんです。全部ランス様のおかげなんです」

 ジルはランスに奴隷として買われた。

 でも…それはジルにとっては辛い日々では無かった。

 ランスと共に旅をし、そしていくつもの危険を乗り越え、そして今ここに再び出会う事が出来たのだ。

「私も…ランス殿に命を救われました。私の家族の仇の魔人を討ち…そして今私は魔人を倒す刀となりました」

「魔人を倒す刀…?」

「あなたは知らないのですね。では私がランス殿と出会った時の話をしましょう」

 こうしてランスに救われた二人は、夜が明けるまで話し合った。

 そこにはアレほどまでに向けていた強い敵意は無く、ただ一人の少女が助かった事への嬉しさがあった。

 そしてその事は…次の時代への移り変わりの時へと繋がっていくのであった。

 

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