ランス再び   作:メケネコ

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血の覚醒

「…ねえ、ケッセルリンク」

「何でしょうか、スラル様」

 ランスに二人揃っていいように弄ばれた翌日。

 ケッセルリンクは朝という時間帯に少し気分が悪そうだったが、それ以上にその顔には満足気な笑みが浮かんでいた。

「ランスって…いつもあんな感じなの?」

「ええ、魔王城にいてもあの男は何も変わっていません。むしろどこか活き活きとしている感じさえあります」

「そう…」

 スラルは昨日の事のショックで未だに起き上がることも出来ない。

 あまりの恥ずかしさからか、ケッセルリンクに顔を向ける事も出来ない。

(うう…我は魔王なのにあんな事を…)

 魔王は魔物の頂点に立つ存在であり、この世界の支配者…のはずだ。

 それなのに昨日は一人の人間にいいようにされてしまった。

 それも自分が信頼する魔人の目の前で。

 今でも体に感じる感触が抜けきらない。

「…ケッセルリンク。私に幻滅した?」

「いいえ。スラル様も女性であったと逆に安堵しています」

 その言葉にスラルはケッセルリンクの顔を見る。

 彼女の顔にあるのはやはり慈愛の笑みだ。

 ランスに向けられる愛とはまた違う愛の笑み…それがスラルの心を満たす。

 ガルティアもケッセルリンクも、自分を魔王ではなくスラルとして見てくれているのが分かる。

 だからこそ、自分の人を見抜く目は間違っていなかったと確信する。

 するのだが…

(やっぱりランスだけは読めない)

 いや、能力や人を惹きつける素質は間違いない。

 だが、あの男はそれこそこれまでの人間…いや、魔人とも比較にならない。

(でも…)

 だからこそ、こんなにも自分を惹きつける。

(ランスを私の魔人に…いや、私のモノに…)

 

 

 

「ランス…お前、スラルを抱いたな」

「何だ突然」

 カミーラはランス達のいる部屋に来るなり、突然そんな事を言い放つ。

 その目には特に感情は映って無く、何かを確認するかのような感じだ。

「おう、最高だったぞ」

 ランスはあっさりとそう言い放ち、カミーラはそれを聞いて唇を歪める。

 カミーラは独占欲が強く、自分の使徒に女が近づく事を許さない。

 それ故にランスの言葉に少し不機嫌になったが、同時にあの魔王が人間に犯されたのだと思うとそれはそれで愉快な気持ちになる。

「そうか…スラルに何か変わった事はあるか」

「…別に、特に変わった事は無いぞ」

 ランスはそこで一つ嘘をついた。

 最初にスラルを抱いた時、そして2回目に抱いた時もスラルの様子は明らかにおかしかった。

 いや、アレが本来の魔王なのかもしれないと。

 過去に二人の魔王と出会っているランスだからこそ分かる。

 カミーラはそんなランスを見て唇を緩ませる。

 勿論ランスの嘘は見破っている…が、それを特に咎める気は無い。

「…私とどちらが良かった」

 だからこの言葉は自分自身すらも驚かせた。

 ランスも流石に間の抜けた顔をしている。

 まさかカミーラからこのような言葉が発せられるとは、ランス自身も全く考えていなかったからだ。

「そんなの決められるわけ無いだろ。女は一人一人感触が違うのだ。まあどっちも今まで俺様がやってきた中ではトップクラスだがな」

「そうか…」

 カミーラは自分でも馬鹿な事を聞いたと思いながらも、内心では少し苛立ちを感じていた。

 こんな事を聞いてしまった自分自身への憤り、そして自分が一番ではないと答えたランスの態度。

 それがカミーラのプライドを多少なりとも傷つけていた。

(本来であれば己の立場を分からせてやる所だが…スラルの命令が強く残っている。手は出せんか)

 やはり魔王の命令というのは厄介なものだと歯噛みする。

 カミーラはドラゴンに翻弄され、魔王に翻弄され、ようやく自由になったと思ったが、やはりそれは未だ籠の中の自由に過ぎない。

 勿論魔王をどうこうする気は無いが、それでも不愉快な事には変わりは無い。

「だがそれでもお前は使徒にも魔人にもなる気は無い…」

 カミーラはゆっくりと立ち上がると、ランスの首筋を撫でる様に掴む。

 本来であればカミーラが力を入れれば一瞬で絶命するのだが、ランスはその事に何の注意も払っていない。

 自分を恐れぬ事も非常に腹立たしいが、だからこそこの男をへし折り、自分のモノにするのだ。

(時間はある…むしろそう簡単に心が折れるのも詰まらぬ)

 カミーラは両手でランスの顔を掴むと、そのままランスの唇を奪う。

 最初にランスに唇を奪われたとき、不覚にもランスにされるがままだったのが腹立たしかった。

『この男の所有者は自分だ』と言わんばかりにその唇を貪る。

「むぐぐ…」

 ランスは突然の事に驚きながらも、自分の口内を蹂躙しているその舌を押し返すように舌を絡める。

 カミーラはランスの反撃にも動じずに、余裕を持って応えた──ーつもりだったが、やはり経験の少なさ故に相応の経験を持つランスには敵わぬようだ。

 二人の唇が離れた後、カミーラは珍しく憮然とした表情でランスを睨んでいた。

「…」

「何故俺様を睨む」

 カミーラはしばらく無言でいたが、ランスの襟首を掴むとそのまま風呂場へと連れて行く。

「おい」

「お前のせいで汚れた…私に触れる事を許す。お前が綺麗にしろ」

「はあ?」

 その言葉で二人は浴室に消えていく。

 その内カミーラの声とランスの笑い声が響く…それが今の魔王城にある日常。

 しかしその日常は決して長くは続かなかった。

 

 

 

 あれからスラルも何度もランスに抱かれていた。

 頭の中の声が大きくなる度にランスに抱かれることによって、心の均衡を保ってきた。

 しかしその感覚もどんどん短くなっていった。

【──せよ、──せよ、──せよ

 破壊せよ──破壊せよ──破壊せよ──

 殺せ──虐殺せよ──凌辱せよ──

 苦しめよ──絶望を与えよ──

 メインプレイヤーに──決して安息を与えるな!】

 頭の中の声がどんどん大きくなっていくにつれて、スラルの目は緑から赤でいる時間帯の方が大きくなっていった。

 そしてもうそれはランスに抱かれても止まらない。

「ううう…」

 スラルは決して心が強い存在ではない。

 本来であれば魔王スラルはその臆病さと思慮深さゆえに、魔王の血が表立つことが無かった。

 それはまだ新たなメインプレイヤーからの魔王という事で、三超神が手を加えていなかったからかもしれない。

 スラルが特に強い欲望や破壊衝動を持たなかったからかもしれない。

 しかし本来はあり得ぬ存在が居る故に、その歴史の歯車は徐々に歪んでいき、そしてそれがついに外れた。

「うわぁぁぁああああ!!」

 魔王スラルから凄まじいまでのオーラが溢れる。

 それは今までの魔王スラルからは比較にならない程の魔王の力。

 スラルが再び顔を上げた時、その顔には最早何の表情も映っていない。

 血のように赤く輝く眼だけが光っていた。

 

 

 

 その夜、魔王の間に魔人、そして魔物の中でも有力者が集められていた。

 スラルがこのように全ての主なる者を呼び出すなど、今までには無かった事だ。

 だからこそ魔物達は少し浮足立っていた。

 そしてこの場に集められたのは、この『魔王』が招集したにも関わらず、この場に現れない魔人ますぞえ以外の全ての魔人がいる事も魔物達には大きな衝撃だった。

 何よりも、朝に感じられた凄まじい魔王の力…それが何よりも魔物達に衝撃を与えていた。

「カミーラ…あなたも来たのか」

「魔王の命令だ…魔人であれば逆らう事は出来ぬ」

 そんな中でも美しい魔人であるカミーラとケッセルリンクは特に注目を集める。

 最初は殺し合いという形でのコンタクトだった二人だが、今は特に互いに争うような事はしていない。

 ランスの事で少し話し合う…そんな間柄だった。

「それよりも何が起きた」

「それは私にもわからない。だが、スラル様が私達を集めたのは事実だ」

 ケッセルリンクは一段高い所から辺りを見渡す。

 そこには自分が知っている魔人…カミーラ、ガルティア、メガラス、ケイブリス以外の魔人も集められているようだ。

 一番様子がおかしいのが魔人ケイブリスであり、その体は震えに震えていた。

(マジかよ…今の魔王の力…前と同じだぞ)

 ケイブリスは今現存している全ての魔人の中でも最古参である。

 それ故に前魔王アベル、前々魔王ククルククルの事もよく知っている。

 魔王スラルはアベルやククルククルに比べれば確かに力は劣るが、それでも現存する全ての魔人を合わせてもそれらを遥かに凌駕する存在だ。

 そして今日感じたあの波動は、間違いなく歴代魔王のモノと確かに同じだった。

 ケイブリスが震えていると、ざわついていた空気が一気に凍る。

 誰もがその圧倒的なプレッシャーと存在感に息を呑み、ケイブリスに至っては既に頭を上げる事も出来ない。

 コツ…コツ…と一人の人間の足音だけがやたらと大きく響く。

 そしてその存在が魔王の玉座に座った時、全ての魔物達が一斉に頭を垂れる。

 それはあのプライドの高いカミーラとて例外ではない。

 カミーラも今まで感じた事の無いプレッシャーに驚いていた。

 目の前にいるのは確かに魔王スラル…それは間違いない。

 しかしカミーラには目の前の少女が普段のスラルとは全く一致しなかった。

(スラル…あのような目をした事は無かったはずだがな)

 何よりもあの無機質な目が異常に感じられた。

 臆病だが聡明さも感じさせる、カミーラにとっては気に入らぬ目…しかし今のスラルからはそれが全く感じられない。

 しかしその眼光だけで相手を殺しかねない目を持っている。

 一方のケッセルリンクも現状のスラルには戸惑いを隠せなかった。

 普段ならば、どこか背伸びをした少女のようにも感じさせる大人しい少女のような魔王が…今は全ての存在を殺しかねない異様な空気を纏っていた。

(…あれは何だ)

 特に感情を感じさせない無機質な赤い目…それがケッセルリンクの背筋を凍らせる。

 確かに少し前はスラルは不安定だったが、ランスとセックスをした時にはそれが収まっていた。

 それからはスラルはランスを呼び、度々夜を共にしていた。

 時には自分も巻き込まれたり、自分だけがランスに抱かれたりと色々とあったが、その時でもこれほどの異質さは感じられなかった。

 しかし目の前にいる少女──ー少女の形をした何かは違う。

 自分を魔人にした時のような本当に申し訳なさそうな目、自分を信頼している目、時には自分とランスの関係に嫉妬を感じているような目とは根本的に違う。

(あれが…魔王だというのか)

 そう思うと体が震えるのが止まらなかった。

 自分はアレから血を受けて魔人になったのか、と。

(おいおい…アレが本当にスラルなのかよ)

 スラルによって魔人となったガルティアもまた、今のスラルに困惑していた。

 あれほど冷たい目をした事は一度だって無かった。

 何よりもこれほどのプレッシャーを感じ事は無い。

 普段から飄々としているガルティアにも、今の魔王スラルに恐怖を感じていた。

 自分の腹の中使徒達も、今のスラルに対して恐怖を感じている。

「お前達…」

 スラルが一言発しただけで、この場の空気が完全に凍る。

 誰もが今のスラルのプレッシャーに押されているのだ。

「作業はまだはかどらぬのか…」

「そ、それは…」

「ああ…」

 その言葉に担当の一人であるケイブリスの顔が引きつる。

 同じく担当をしていたガルティアも冷や汗を隠すことが出来ない。

「まあいい…手が足りないのならば、人間共を連れて来ればいい」

 その言葉にその場にいた全員が驚く。

 スラルは基本的に人間にはあまり干渉をしないタイプだ。

 そのスラルからまさかこんな言葉が出てくるとは思ってもいなかった。

「スラル様、それは…」

 意を決したようにケッセルリンクが言葉を放つが、スラルに一睨みされるだけで言葉が出なくなってしまう。

 スラルの目は明らかに『お前の意見など求めていない』と言っていた。

「ガルティア…貴様が先頭に立って人を狩れ」

「…おう」

 ガルティアは短くそう言うと、一部の魔物兵を連れてその場を立ち去る。

「貴様らも魔物としての本分を果たすがいい…奪い、殺し、蹂躙せよ」

 その言葉に全ての魔物達が内心で笑みを浮かべる。

 魔物にとっては人間を殺し、蹂躙する事が本懐。

 今まではそれをスラルによって止められていたが、とうとうその魔王が許可をだしたのだ。

 魔物達は静かにその場から立ち去るが、実際にはその心は喜びに満ち溢れている。

「お前達も行くがいい…カミーラとケッセルリンクはこの場に残れ」

 スラルはやはり無機質な目で魔人達を見る。

 その言葉に従い、カミーラとケッセルリンクを除く全ての存在がこの場から離れる。

 ケッセルリンクは未だに体の震えを止めることが出来ない。

 カミーラは流石に長い間生きているからか、その顔や態度には焦りや恐怖といった感情は感じられない。

「さて…あの人間、お前達はどうしたい?」

 その冷たい声にケッセルリンクはより一層背筋が凍る。

 スラルは今までランスの事を『人間』等と形容した事は無い。

 そしてその冷たさ…いや、まるで気にも留めていないような声が非常に恐ろしい。

「…どういう意味だ」

 カミーラはそんな魔王を気にしてなどいないように声を出す。

 実際にカミーラにとっては魔王等どうでもいい存在だ。

 しかし今現在に限って言えば、その魔王の言葉が非常に重要となる。

「あの人間を使徒にするのか」

「………」

 最初にカミーラがランスに目をつけたのは、ランスがスラルの魔人の候補だと聞いたからだ。

 だが、その後でカミーラ自身がランスを気に入ったために使徒にする事を決めた。

 しかし今のスラルにはランス等どうでもいい存在に映っているのか、その言葉はどこまでも冷たい。

「あの男を貴様の目の前で八つ裂きにするのはどうだろうな」

「!」

 ここで初めてスラルは表情を見せる。

 それは今までのスラルには絶対に見せない表情…まさに冷笑というのが相応しい笑みだ。

「…何のつもりだ」

「貴様の嫌がる顔が見たい…と、言ったらどうする」

 スラルの言葉にカミーラの表情が歪む。

 魔王の言葉は絶対で有り、魔人である限りは魔王の命令に逆らうことは出来ない。

 例えそれが死であってもだ。

「ククク…お前のその顔…中々傑作だな」

 スラルはカミーラを嘲る様に笑う。

 そのスラルの態度にプライドの高いカミーラは怒りを隠さずにスラルを睨みつける。

 しかしスラルはそんなカミーラを無視して、今度はケッセルリンクに対して言葉を発する。

「ケッセルリンク…お前はあの人間を使徒には望まぬのか」

「それは…スラル様がランスを魔人として欲していますので…」

「構わぬ。欲しければ奪え。それが魔物の常識だ」

 スラルの目はどこまでも暗く、冷たい。

 ケッセルリンクには魔王の真意が理解できかった。

(一体…スラル様に何があったというのだ)

「いや、やはり殺すか…退屈凌ぎにあの男が命乞いをする姿を見るのも一興だ」

(…!)

 その言葉にケッセルリンクは本日最大の驚きを覚える。

(何故だ…スラル様はランスを魔人としたがっていた…あれほどまに情も重ねていた。この間までは何も問題は無かったというのに)

 突然のスラルの変貌が全く理解できず、ケッセルリンクの頭は混乱の極みにあった。

 だが、一つだけ分かっている事がある。

(ランスを逃がさねば…)

 今のスラルはランスをどうするか分からない。

 魔人とするのか、それとも殺されるのか…どちらにしても、それはスラルのためにはならないと感じた。

「…まあいい。下がれ」

 その言葉に絶対的な強制力を感じ、カミーラとケッセルリンクはその場を立ち去る。

 魔王の間から離れると、ようやくケッセルリンクは大きく肩で息をつく。

「あれが魔王だ」

「カミーラ…」

 カミーラの方を向くと、カミーラも何時もの無表情の中に、静かな怒りが灯っているのをケッセルリンクでも理解できた。

「私を奪い、魔人とした時と同じだ。全ての存在の意志を無視し、好き勝手に振舞う…それが魔王なのだ」

「だが何故…何も問題は無かったはずだ」

「それは私にも分からぬ…だが、全てはあの男がここに来てから始まった」

「ランス…か」

 カミーラは静かに頷く。

 あの時…スラルが自分とランスの情事を覗き、その場から去って行ったときはこのような事になるとは思ってみなかった。

 しかし、現実にスラルは変貌を遂げた…それも全ての魔物達の予想外の方向に。

「ケッセルリンク…逃がすのであれば好きにするがいい」

「…いいのか」

「今私の使徒にしても、魔王ならば直ぐに奪う…魔人は魔王には逆らえぬ。ならばあの男を逃がす方がまだいい」

 カミーラはケッセルリンクの横を通り過ぎたため、ケッセルリンクにはカミーラの表情は分からない。

 それでも全く納得していないであろう事は分かる。

「逃がすのであれば急ぐのだな。魔王が動いた時には最早手遅れだ」

 カミーラの言葉に頷き、ケッセルリンクはランス達がいる場所に向かって走る。

 その気配を感じながら、カミーラは無言で壁を殴りつけた。

 カミーラの力に耐えることが出来ず、その壁には巨大な亀裂が走る。

「魔王…何時までも私を好きに出来ると思うなよ…!」

 その目には確かに小さな炎が映っていた。

 

 

 

 ケッセルリンクがランスの元へ向かう途中、ケッセルリンクは確かな異変を感じた。

(これは…血の匂いと肉が焼ける匂い)

 まさか…と思いつつもケッセルリンクが走っていくと、そこには無数の魔物兵がある部屋に殺到していた。

 が、少し様子がおかしく、まるでパニックをおこしているかのように魔物達は全く統制がとれていなかった。

「ギャアアアアアアアアア!!」

「ば、化物だ!」

 悲鳴が鳴り響くと、魔物達の驚愕の声が重なる。

「ラーンスアタ────ック!!!」

 そして何時ものランスの声が響くと同時に、部屋に殺到していた魔物達が一瞬で弾け飛ぶ。

「ギャアアアアアアアア!!」

「お、俺の足が…」

「腕が! 腕がねぇ!!」

 即死できた物はまだマシであり、中には肩から先が無かったり、自分の下半身が自分の目の前に転がっているなど悲惨な光景が繰り広げられていた。

「何をやっている!」

「ケ、ケッセルリンク様!」

 ケッセルリンクは驚く魔物達を吹き飛ばすようにして部屋の中に入る。

 そこにあったのは、優雅で美しい部屋が血に染まっている光景だった。

「ケッセルリンクか」

 部屋の中央にいる男は何でも無いかのようにケッセルリンクを見る。

 ランスとレダが無事な様子にとりあぜずケッセルリンクは安堵のため息をつく。

 しかし直ぐに魔物達を睨む。

 見れば、魔物隊長と思われる残骸も転がっている。

「貴様等…どういうつもりだ」

「ヒッ!」

 魔物達はケッセルリンクの鬼気を浴びて震える。

「そ、それですが、隊長が『人間ならこの部屋にいるからまずはこいつを連れて行く』と言い出しまして」

 意を決したように、赤い魔物兵がケッセルリンクの前に進み出るが、ケッセルリンクの爪が振るわれると同時に体が崩れ落ちる。

「ケ、ケッセルリンク様…」

「失せろ。ランス達は私が預かる」

 有無を言わさぬケッセルリンクの迫力に魔物達は一斉に逃げ出す。

「一体何なんだ」

「…私の予想が正しければ、事態は最悪なんだけどね」

 レダの顔はどこまでも厳しい。

 彼女は分かっていた…人間のランスには感じられないかもしれないが、これは間違いなく『魔王』の魔力だ。

 だとすると答えは一つしかない…何が切欠かは知らないが、スラルは魔王の血に飲み込まれてしまったのだろう。

「で、ケッセルリンク。何が起こってる」

「話は後だ。今からお前達を逃がす。急げ!」

「はぁ?」

 ランスは思わず間の抜けた声を出すが、ケッセルリンクの切羽詰った表情を見て直ぐに悟る。

 何かとてつもない事が起きていると。

「何が起きた」

「私にも分からない。だが、ここは最早お前達にとっては危険すぎる」

「…スラルちゃんに何か起きたんだな」

 ランスは今までの経験から、何が起きたのか何となく察した。

 ここ最近のスラルの様子はランスから見ても危ない状態だった。

 どうしても過去の美樹の事があたまから離れなかった。

 そして突然魔物達が襲ってきたと同時にケッセルリンクが逃がすと言う。

「…突如としてスラル様が変貌した。ランス、お前は魔人になるどころか殺されるかもしれない」

「まったく…これだから魔王は厄介だ。何が起きるか全く分からんからな。レダ、逃げるぞ」

「分かったわ。最も逃げられればの話だけどね」

 覚醒した魔王はこの世界の最強の存在、ランスがどれだけ強かろうが魔王の前には全く歯が立たない。

 幸いにもケッセルリンクが自分達を殺そうとしていないので、魔人達には命令は下っていないのだろう。

「行くぞ! ランス!」

 ケッセルリンクが先頭に立って走り、ランス達もそれに続く。

「だがどこから逃げれる!」

「正面からは無理だ。今は人間狩りの奴等が集まっている。ならばこの前壊れた場所からならば外に出られる」

 先の大まおーとの戦いでは魔王城に大きな損害が出ており、ランスは知らないがあちらこちらに穴が開いているという状態だ。

 普段ならば魔物将軍をはじめとした魔物兵達が昼夜問わずに修繕をしているが、本日魔王の命令で人間狩りのために皆が集められている。

 ならばそこから逃げるのが一番早い、とケッセルリンクは判断した。

「こっちだ!」

 崩れた扉をくぐり、大まおーと戦った場所までたどり着く。

 そしてその時、ランスは昔に感じ取った凄まじいプレッシャーに気づく。

 皆がその方向を見たとき、そこには魔王スラルが冷たい笑みを浮かべて座っていた。

 




スラルの魔王の血に関しては完全に独自設定です
この時代の魔王の血がどんな感じかなんてわかりませんし…
スラル時代に特に何か人間と争ったとかのイベントが無いのがなあ
人類が生まれたばかりだから仕方ないのかもしれませんが

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