「デストラクタ」も好きですけど
「魔王…スラル」
レダがその名前を呆然と呟く。
今目の前にいるのは彼女たちが知るスラルではなく、紛れも無く『魔王』だった。
この世界最強の存在であり、メインプレイヤーを蹂躙するための神の道具──それが魔王の役割だ。
「…ケッセルリンク」
スラルの口から放たれたとは思えない無機質な言葉には流石のランスも唇を歪める。
ケッセルリンクはその場に跪く。
「スラル様! どうかお見逃しを…」
この場で必要なのは魔王の慈悲、それしか無い。
だからケッセルリンクは本気でランスの助命を願い出る。
しかし魔王スラルはそのケッセルリンクの態度にも、不適で冷たい笑みを張り付かせたままだ。
「ケッセルリンク…貴様がその男を好いているのは知っている。ならば何故その男を自分のモノとしない」
「それは…ランスが望まぬからです。私はランスが望まぬのであれば、使徒にする気はありません」
ケッセルリンクの答えにスラルは鼻で笑う。
「甘いな…魔人は、魔物は全てを力で奪うのだ」
スラルは立ち上がると、ゆっくりとランス達の元へ歩いていく。
そしてマントを靡かせながら宙を舞い、ランス達の前へと着地する。
(…完全に美樹ちゃんの時と同じだな)
今のスラルの目は完全な赤…美樹と同じく完全に魔王として覚醒している状態だ。
しかもあの時とは状況が違い、ヒラミレモンは存在しない。
「ランスよ、貴様は何故魔王の血を拒む。この血を受ければお前はこの世界で好きなように生きられる。貴様の望むように無数の女を犯せるだろう」
「魔人は所詮は魔王の下だろうが。俺様は魔人等という下らん器に収まる気は無いぞ」
「ククク…魔人を下らぬ器と切り捨てるか。魔王に対して良く言えたものだ…だからこそ、貴様は魔人となる。貴様の意思など必要無い」
魔王スラルのプレッシャーがどんどんと膨れ上がっていく。
その力は以前戦った魔王ジルすらも上回る力だ。
流石のランスもこの状況では逃げ出したくなるが、相手は魔王…大人しく逃がしてくれるとは思えない。
だからと言って、大人しく魔人になるという選択肢はランスには存在しない。
ランスは腰から剣を抜いて構える。
レダも覚悟を決めたように剣と盾を構える。
大まおーも鎌を構えて臨戦態勢へと入る。
「待てランス! 魔王には適わない! お前をここで死なせるわけにはいかない!」
ケッセルリンクが悲壮な決意を持ってランス達の前に立つ。
ここでランスが魔王に殺されるくらいならば、魔人として生きていてくれるほうがいい…そう思っての行動だ。
だが、
「下がれ、ケッセルリンク。この愚かな人間共に魔王の力を見せ付けるいい機会だ」
その言葉にケッセルリンクは従わざるを得ない。
魔王の命令は絶対なのだ。
「ランス…所詮は人間など魔物に支配されるだけの愚かな存在に過ぎない。貴様も我が血を受け入れ、全てを支配しろ。犯し、殺し、破壊しろ。そうすれば我がこの手でお前を抱いてやろう」
「スラルちゃんの言葉ならともかく、お前の言葉など何のアテにもならんわ!」
ランスは逃げ出したくなるのを無視し、魔王へと向かっていく。
「ククク…人間の無力さ、その身をもって思い知れ」
スラルの手に魔力が溜まり、それが無造作にランスに放たれる。
凄まじい威力の炎がランスに突き刺さる。
本来であれば人間などその一撃で即死してもおかしくないが、
「あちちちち!」
ランスの体は若干の火傷を負っただけでそこまで深い傷は存在しない。
「ほう…耐えるか。いや、何か魔法に対する強力な防御があると考えるべきか…」
スラルは酷薄な笑みを浮かべながら悠然とランスに近づく。
人間等まるで警戒していないような動き…いや、実際に人間は魔王に勝つ事は出来ない。
「我を楽しませろ、人間。貴様にはその義務がある」
「フン、何が義務だ! 余裕でいられるのも今のうちだぞ!」
(と、言うものの…ヤバイぞ。勝てる気が全くせんぞ)
今の魔法の一撃を受けて分かる魔王の圧倒的な魔力。
思えば美樹もあっさりとクレーターを作るなど、その力は分かっていたはずだ。
(うーむ、ジルちゃんの時は俺様が超パワーアップして力押しで倒せたが…流石にあんな事は起きる気がせんぞ)
魔王スラルは完全に遊んでいるのだが、それでも人間と魔王の実力差は嫌というほど感じさせられる。
しかし、それでもランスは諦める事は無い。
この男に後退の言葉はあっても、諦めるという言葉は存在しない。
どうせ逃げられないのであれば死中に活を求めるのがランスという男なのだ。
ランスはスラルに斬りかかるが、無敵結界とは違う感覚でランスの剣が弾かれる。
「むっ!」
「ほう…我の魔法バリアを斬るか。やはりその剣…そしてその腕、人を凌駕する存在よ」
スラルの魔法が再びランスに放たれるが、今度はレダがその一撃を防ぐ。
が、流石に魔王の放った魔法を完全にガードすることは出来ずに、鎧の一部が砕けレダに傷を負わせる。
(これが…魔王か)
レダは流石に冷や汗をかく。
魔王の強さは勿論知っているつもりだったが、自分の想像以上の力だ。
かつてエンジェルナイトが一度この世界を崩壊させた事は聞いているが、目の前の魔王は下っ端とはいえ、エンジェルナイトの自分を圧倒的に上回っている。
(1級神や2級神には及ばないと聞いているけど…それでも私では話にならないか)
いくら4級神レダのコピー体の自分とはいえ、あまりにかけ離れた実力差に絶望的になる。
が、自分の隣にいる男はそんなものを感じさせぬ覇気を放ちながら魔王に斬りかかる。
ランスを象徴するかのような鋭い一撃も、魔王には届かない。
「ぐぐぐ…」
目の前には悠然と笑みを浮かべる魔王が立っている。
ランスの一撃は魔王の魔法バリアの前には無力…かと思われたが、ランスの一撃はその魔法バリアを打ち消していく。
「むっ」
魔王の表情が若干変わる。
今まで浮かべていた笑みを消し、自分の目の前に迫るランスの剣をその手で受け止める。
すると、受け止めていたその手から僅かな血が流れる。
「我のバリアを消すだけで無く傷もつけるか…面白い」
魔王の手から風が吹き荒れ、ランスをいとも簡単に吹き飛ばす
「ランス!」
レダは吹き飛ばされるランスを空中で掴んで見事に着地を決める。
「ぐぬぬ…まったく効いてないぞ」
「当たり前でしょ。相手は魔王よ」
魔王は少しの間自分につけられた傷を見ていたが、直ぐにランス達を見て凶悪な笑みを浮かべる。
「ランス…貴様は魔人となるべきだ。人間を蹂躙し、殺し、犯せ。お前にはそれが相応しい」
「俺様のやる事は俺様が決める。魔王が決める事ではないわ!」
「人間がよく言う…ならば抵抗して見せろ」
「魔王がなんぼのもんじゃー!」
ランスの剣を魔王は余裕の表情で防ぐ。
そしてランスの攻撃に合わせるようにレダと大まおーの攻撃が重なるが、それでも魔王には届いていない。
魔王は何重にもバリアを張り、そのバリアを剥がしても再び何重にもバリアを張られる。
(あの時の闘神なんちゃらの時と同じだな…あのときは確かパットンが何とかしたが)
しかしあの時と完全に違うのは、相手がこの世界最強の存在である魔王であることだ。
そして今回はランス、レダ、大まおーしかいない。
まさに絶体絶命である。
「どうした、ランス。もっと我を楽しませろ」
魔王の手に魔力が宿り、それが光線となってランスに襲い掛かる。
この世界の魔法は避ける事が出来ないという非常に理不尽なものとなっている。
「あんぎゃー!」
その魔法はランスに直撃し、ランスは再び吹き飛ばされる。
しかし傷は浅いようで、レダのヒーリングによって直ぐに立ち上がる。
(ヤバイ、全然勝てる気がせんぞ)
今までどんなピンチをも乗り越えてきたランスではあるが、流石にここまでのピンチは無かった。
魔王ジルも、魔人カミーラも、魔人ザビエル達も遥かに凌駕する圧倒的な力がここに存在した。
こういう時は今まで何かの横やりが入ったりしたものだが、今回はそれも望むことは出来ない。
ここに居るのはランスとレダと大まおーだけなのだ。
「どうしたランス。もっとだ、もっと我を楽しませろ。それが出来ないのであれば、全てを我に委ねるのだ。それだけで貴様は世界を蹂躙出来る力を得る」
「お断りだ。スラルちゃんならともかく、魔王の僕になるなどごめんだからな」
ランスの言葉に魔王は唇を歪める。
それは初めて見せた魔王の感情の揺らぎだった。
「貴様…ランス…お前は…」
魔王の言葉がどんどん支離滅裂になっていき、その目が時には緑にかかったりと明滅を繰り返す。
(む…これはチャンスか?)
何かは分からないが、魔王の動きが止まる。
しかしそう思った瞬間、魔王が苛立ったようにその魔力を爆発させる。
それは巨大な魔力の柱となって辺りを吹き飛ばす。
「どわ!」
「くっ!」
「まーおー!」
「ス、スラル様!」
その場に居た全員が魔王の魔力を受けて倒れる。
が、ランスは直ぐに体を起こすと未だ俯き無防備な魔王に斬りかかる。
「ラーンスアターック!」
魔王もそのランスの殺気を感じ取ったのか、目を上げた時にはランスの剣が迫っていた。
ランスの渾身の一撃は──ー魔王にダメージらしいダメージを与える事無く弾き飛ばされる。
「だー! クソ!」
「ランス…何故私を拒む。人間…何故魔王の血を拒む」
それは奇妙な声だった。
最初の声はランスも知っているスラルの声、後半は先程までに聞こえていた魔王の声。
(スラル様…まだ魔王の血に飲み込まれている訳では無い)
ケッセルリンクは己の体が動く事が出来るのに気づく。
今の魔王からは先程のような強力なプレッシャーは感じない。
「拒むのであれば…死ね」
スラルの手から強烈な風が吹き荒れランスを襲う…前に何かにぶつかるように霧散する。
「ケッセルリンク!?」
ランスの前に魔法バリアを張ったのはケッセルリンクだ。
「スラル様…どうか正気にお戻りください!」
「ケッセルリンク…魔人が魔王に逆らうか。いや、何故逆らえる…魔人は全て魔王の道具…道具が主に逆らえるはずもない」
魔王は何かを確認するかのように呟くが、それはランス達に向けられた言葉ではなく、自問自答するかのような声だ。
「大丈夫なの、ケッセルリンク」
レダは魔王の血の仕組みをある程度は知っている。
魔人は魔王の命令に絶対服従…逆らう事など一部の例外を除いてあり得ない事だ。
「ああ…どうやらスラル様が不安定のようでな。体が急に動くようになった」
「大丈夫なのか。急に敵に回るなどごめんだぞ」
「何とも言えんがな。しかし今は自由に体が動く。恐らくはこれが最後のチャンスだ。頼む…力を貸してくれ」
ケッセルリンクにとっての魔王スラルとは、今の魔王の力を振るうスラルではなく、一人の少女でもあるスラルだ。
そしてスラルを正気に戻す機会はこれが最初で最後かもしれない。
「ほとんど強制ではないか。全く…これだから魔王という奴は厄介だ」
かつてのジルも美樹も非常に厄介な存在だった。
だが、目の前にいる少女はそれに輪をかけて厄介だ。
その魔王から逃れるには今しかない。
「でもどうするの。魔王に勝つなんて不可能よ」
「勝つのは無理だ…しかしスラル様が正気に戻ればそれだけで私達の勝ちだ」
「それしかないな」
あの時のJAPANの時と一緒だ。
スラルが魔王の血から理性を取り戻せばランスの勝ち、出来なければランスが魔人となって終わる。
「…我の言葉が届かぬならば全てを消滅させる。この世に生きる全ての生命体を…抹殺する!」
魔王の力が大きくなるが、そこには先程のような安定性が存在しない。
強大な己の魔力を制御できていないようで、その魔力は自分の体をも傷つけている。
その様子にケッセルリンクは痛ましい顔をして、次の瞬間には戦士の顔になる。
「スノーレーザー!」
魔王の手から放たれた魔法は、まるで何かに操られているかのようにランス達から狙いが逸れる。
「な…に…」
魔王は自分の魔法が外れた事…いや、外した事に対して驚愕していた。
魔法は防ぐことは出来るが、必ず当たるという性質を持つ。
それが外れたという事は、自らが意図的に外したという事に他ならない。
「行くぞ! 魔王!」
ランスは自分を鼓舞しながら、以前と同じように…魔王ジルにそうしたようにその剣で斬りかかる。
「にん…げん! ラン…ス!」
魔王はその手をランスの前に向けようとするが、体が上手く動かないのか非常にぎこちない。
そしてランスに対してその一瞬があれば十分だった。
「ラーンスアターック!」
ランスの一撃は魔王に当たる…が、当然のように魔王は無傷だ。
(無敵結界…違うな。単純に魔王が硬いだけか)
無敵結界とは違う感触にランスは改めて魔王の力を思いしる。
思えばジルもカオスを持ったランスの攻撃を軽々と捌いて見せていた。
「ラン…ス!」
間近で見るスラルは血の涙を流していた。
その目は最初にランスがスラルを抱いた時のように、赤と緑が交互に入れ替わっている。
スラルもまた魔王の血に必死で抗っているのだ。
(が、どうする? ヒラミレモンなどこの場には無いし、そもそもどうすればスラルちゃんに戻る)
そのランスの一瞬の思考をつくかのように、スラルの腕が無造作にランスに放たれる。
それは技能も何も無いただの手刀。
しかしそれは恐るべき威力を持ってランスに襲い掛かる。
ランスはその手刀を持っている剣で器用に受け流し、そのまますり抜けざまに魔王の胴体を斬る。
が、当然の事ながら魔王にはダメージは存在しない。
「まーおー!」
「ファイヤーレーザー!」
大まおーの炎とケッセルリンクの魔法が魔王を包むが、それは魔王には届いていない。
「クッ、やはりダメージを与えるのは不可能か…!」
予想はしていたが、魔人と魔王の絶対的な力の差にケッセルリンクは歯噛みする。
魔王は何処か戸惑うようにランスを、そしてケッセルリンク達を見る。
まるで今自分が何をしているのか分かっていないかのように。
「ケッセルリンク…」
スラルは一瞬動きを止めていたが、その目が赤く染まったかと思うと、
「グレイトライト!」
ケッセルリンクに向かって魔法を放つ。
その力量はまさに圧倒的であり、魔人となったケッセルリンクをもあっさりと殺せるだけの威力がある。
が、その前にレダがケッセルリンクの前に立つとその魔法をその身で受ける。
「っ! 流石に魔王の放つ魔法ね…魔法防御力を高めていてもこれだわ」
エンジェルナイトで防御技能LV2を持っているレダが魔法で魔法防御力を高めていて尚、ダメージを受ける程の威力。
「だけど…少し攻撃が雑になってきたかしら」
先程の魔法の威力と比べても威力が低くなっている。
恐らくは上手く集中出来ていないのために、魔法の精度が大分低下している。
これならばまだ耐える事が出来る。
「おの…れ。人間風情が…魔物に蹂躙されるだけの存在が魔王に逆らうか! グッ…ケッセルリンク、何故お前までもが…」
魔王は自分自身に起こっている変化が分からないかのように首を振る。
「駄目だ…ランスもレダも殺せない…魔人にするのだ…いや、人間は全て殺す!」
魔王の魔力が一気に膨れ上がり、先程と比べても恐ろしい程の力が溜まる。
「おいおい…これはヤバイぞ」
流石のランスもこれ程の力は見た事が無い。
「これは…」
レダもこの魔力が放たれればランスを守るどころか、自分の一緒に消滅させられる程の力を見て背筋が凍る。
「スラル様!」
ケッセルリンクはその魔力よりも、その魔力に負けて自分の体を傷つけている事に心を痛める。
スラルも自分の心の中で必死で耐えているのが嫌でも分かってしまうから。
「死ね! 人も魔人も…全て等しく塵となるがいい!」
魔王が構えを取り、レダは決死の覚悟でランスを守るべくその背にランスを隠す。
「ソリッドブラスト!!」
魔王の声が響き、その魔力が放たれようとした時、突如として上空から凄まじい威力のブレスが魔王を襲い、魔王の体勢が崩れる。
「何!?」
魔王が放った魔力は、ランス達を直撃せずに別の方向に逸れる。
が、その余波だけで皆が吹き飛ばされる。
ランスは吹き飛ばされる前に、ブレスが飛んできた方向を見る。
そこに居たのは魔人カミーラ…彼女のブレスが魔王の体勢を崩して、狙いを逸らしたのだ。
ランスは素早く身を翻すと、魔王に向けて走り出す。
そして一方のカミーラも上空から魔王に向けて魔法を放つ。
「いい加減に目を覚ませ! スラルちゃん!」
ランスの言葉に魔王──―スラルの体が震え、一瞬の隙が出来る。
そしてカミーラの魔法が直撃し、さらに体勢が崩れた所へ、
「鬼畜アターック!!!」
ランスの超必殺技である鬼畜アタックがスラルに直撃する…が、流石は魔王それでもほとんどダメージはならないようだ。
ランスはそのままスラルに詰め寄ると、呆然としているスラルに抱きつく。
「ここまでだスラルちゃん!」
(えーと、確か健太郎の奴がこんな風にしていたような)
実際には違うのだが、ランスの頭の中ではこのような光景が繰り広げられていたように補完されていたようだ。
「よーし、いい子だスラルちゃん。だからこのまま落ち着くのだ」
「にんげ…ランス」
スラルもその言葉に落ち着くかのように魔力が静まる。
その様子を見てカミーラも地に降りる。
「ふん…相変わらずの無謀さと強運だな…ランス」
カミーラはランスとスラルを引きはがすと、スラルに見せつけるように自分の腕に抱く。
先のスラルの振る舞いにはカミーラとしても腹が立つモノがあったため、スラルに見せつけるという意味でもある。
スラルはしばらく呆然としていたが、腰を抜かしたかのようにそのまま地に腰を落とす。
「スラル様!」
ケッセルリンクが慌ててスラルの元へ駆け寄り、汚れた血を持っていたハンカチで優しく拭う。
気になっていたその顔は、今は落ち着いた緑色になっているのを確認し、ケッセルリンクは安堵のため息をつく。
「…大丈夫なの?」
レダは警戒しながら近づくが、ケッセルリンクはそれに笑みを浮かべる事で答える。
「まったく。毎回毎回本当に魔王には苦労させられる。で、スラルちゃんはもう大丈夫なのか」
ランスはカミーラの腕から逃れると、そのまま無造作にスラルに近づいていく。
それは完全に油断だったのだろう、その場にいる全員がもう終わったと思い込んでも無理は無かった。
しかしカミーラの行為、そしてランスが近づいてきた事で再びスラルの瞳の色が変わる。
「ラン…ス!」
スラルは笑みを浮かべながら立ち上がると、その爆発した魔力がカミーラとケッセルリンクに襲い掛かる。
完全に油断をしていた二人は抗う事も出来ずにその場に叩きつけられる。
「グッ…」
「スラル…様!」
その圧倒的な魔力に二人は立ち上がる事も出来ない。
(魔王の強制力が復活している)
カミーラは完全に油断をしていた自分に歯噛みする。
魔王の気配が消えた事にカミーラでも気を抜いてしまっていた。
「ランス…見事だ。貴様のその剣の腕、そして魔人をも味方につけるその力…気に入った。そしてレダ、この魔王の魔力を防ぐ貴様の実力もな」
スラルはその左腕でランスを掴み、開いた右腕でレダの動きを止めている。
レダの頭部に収まっていた大まおーも動けないようで、身動き一つしない。
カミーラとケッセルリンクは魔王の強制力によって動く事が出来ずにいた。
「だー! またか!」
ランスは必死にスラルの腕を引きはがそうとするが、その細腕にも関わらず動かす事すら出来ない。
レダもその魔力によって体の動きを止められており、ランスを助ける事が出来ない。
「もう逃がさぬ。お前は今から魔人となる…そして我に永遠に仕えるのだ。お前は我の物だ」
そう言ってスラルはその腕でランスを引き寄せ、その口に顔を近づける。
その時ランスは見た…スラルの口の中にある魔王の血を。
(ゲッ! やばいぞ!)
「ランス…魔人になって」
スラルの目が再び赤と緑の両方に変わる。
ランスに魔人になって欲しいというスラルの本心なのだが、それでもランスはそれを受ける事は出来ない。
シィル、かなみ、志津香、マリア…自分の女達に再び会うまでは、ランスは誰のモノにもなる訳にはいかない。
しかしそんなランスの気持ちを無視するようにスラルの唇がランスの唇を塞ぐ。
その舌がランスの口内に入れば最後、ランスは魔人となってしまう。
ランスは必死で唇を離そうとするが、魔王の力は圧倒的でありその唇が動く気配が無い。
そしてその舌がとうとうランスの唇を割り、ランスの口内に侵入する。
スラルはしばらくその感触を堪能するかのようにランスと舌を絡める。
そして魔王の血をランスに与えようとした時──―
「見つけたーランスー」
そのあまりに間延びした声にランスは聞き覚えがあった。
スラルも驚きのためか、ランスから唇を離しその方向を見る。
そこに居たのはランスが探していた、時の聖女の子モンスター・セラクロラスの姿がそこにあった。
「お前…は」
スラルも呆然とその姿を見る。
時の聖女の子モンスター・セラクロラスの存在は無論スラルも知っているが、こうして姿を見るのは初めてだった。
何故ならば、セラクロラスは探して見つかるような存在では無いからだ。
「ごめんねーランス。でもランスを戻せーって言われたから。てやぷー」
気の抜けた声と共にランス、レダ、大まおーの体が光に包まれ、そして消えていく。
その様子には誰もが目を見開いて驚いている。
特にスラルは魔王である自分の手からランスが消えた事に愕然としていた。
「それからスラルもごめんね。だから光ってる偉い人が元に戻せって」
セラクロラスの力がスラルに放たれ、スラルの目が赤から完全な緑に変わっていく。
「あ…」
その瞬間スラルはその場にへたり込む。
魔王の血が完全にスラルの体から沈静化したのだ。
「それじゃーまたねー」
セラクロラスは手を振ってその場から離れようとするが、
「待て…」
低い声がセラクロラスを呼び止める。
セラクロラスの前にはカミーラが立ちはだかっていた。
「貴様…ランスをどうした」
「カミーラだー。大丈夫だよ。皆ランスにはまた会えるから」
そう言うとセラクロラスはカミーラの横を通って移動しようとする。
「待て」
カミーラがセラクロラスを捕えようとした時、その場には既にセラクロラスの姿が消えていた。
「何…?」
突如として消えたセラクロラスの姿にカミーラも怪訝な表情を浮かべる。
確かに目の前にセラクロラスは居たのに、今はもう姿形も無い。
「スラル様!」
ケッセルリンクが今にも倒れそうなスラルの体を支える。
「…私は」
彼女は全てを覚えている。
何故ならば…魔王の力を解放している時が非常に楽しかった。
全てを成し得そうな全能感が体を支配し、人間など魔物の道具にしか過ぎないと本気で思っていた。
「ランス…お前は何処へ」
スラルに残ったのは、ランスの首の感触と、暖かい唇の感触だけだった。
もうすぐSS期も終了で
セラクロラス落ちはアレかもしれないけど、人間を維持するためだから仕方ないと割り切ることにしました