ランス再び   作:メケネコ

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運命の再会

「どわ────!」

 ランスは再びあの光の中に居た。

 最初にセラクロラスと会った時と同じ状況となり、前後左右も分からぬ状況だ。

「あだっ!」

 そしてランスが地に叩きつけられた時、非常に奇妙な場所だった。

「どこだここは」

 ランスは立ち上がると周囲を見渡す。

 数えるのが馬鹿らしくなる大量の本棚が、前後左右どころか、上下左右に所狭しと移動し続けている。

「…来ましたか」

「誰だ?」

 ランスが周囲を見渡しても誰も居ない。

「うーむ、声からすると若い女の声だったが」

 何気なく上を向いていると、巨大な光がまるで太陽のように照らしていた。

「こういう時はやはり上に行くに限るな」

 ランスが上を目指そうとした時、

「いえ、それには及びません」

「へっ?」

 声が聞こえたかと思うと、突然目をつぶさんばかりにまばゆい光。

 強烈な光が辺り一帯を照らしていた。

 その光が、言葉を発した。

「あなたを呼んだのは私です」

「な、なんだ?」

 ランスは以前に似たような事があった…ような気がした。

 あの時は何も無い空間から猛烈な光がさしたが、今回は違うような気がした。

「人間よ…私の声が聞こえていますか?」

(な、なんだこいつ…眩しすぎて何も見えんぞ…)

 ランスはまともに目を開けることも出来ず、目の前で手をかざして、なんとか光の根源と向かい合った。

「何者だ? 大体、目が痛いくらいピカピカしおって! 偉そうだぞ!」

 その言葉には何も帰っては来ない。

「偉そう…ですか」

「む、ぐ…」

 光の主が声を発する…たったそれだけでランスは気圧された。

(なんちゅうか…すごい存在感の奴だな…)

 これまでにも強い存在感を持つ奴とは色々と出会ってきた。

 魔人や闘神、中には魔王も存在する。

 しかし目の前の光の主は、それすらも凌駕しかねない存在感を放っていた。

 その強い光に照らされていると、自分がどこまでも矮小な存在になったかのような錯覚に陥る。

「…わかりました」

「あん?」

 目の前の存在が放つ、まばゆりばかりの光が、徐々にその威力を弱めていく。

「これでいかがですか?」

「お…お──────っ!」

(こりゃまた、中々お目にかかれないレベルの超上玉ではないか)

 エメラルドのような緑の瞳、小さくも形のいい唇、キメ細やかにキラキラと光を放つ薄紅色の髪。

 まさに目が眩むほどの美少女…そうとしか形容し得ない存在がそこには居た。

「私は1級神魂管理局クエルプラン…あなたは何者ですか」

「がはははは! 俺様はランス様だ! うーむ、まさかこんな所でこんな上玉と会えるなど思ってもみなかったぞ!」

 ランスは一瞬で機嫌を直すと、クエルプランと名乗った美少女に近づいていく…が、突如として体が動かなくなる。

「む、何だ!?」

「ランス…やはりありませんね。完全なイレギュラーという訳ですか」

 クエルプランの周りに膨大な数の書類が動き回る。

 どうやら彼女はそれだけで全ての書類を把握したらしい。

「ではあなたは何者なのでしょうか」

 クエルプランがランスに近づく。

(おお…近くで見ると改めて美人だぞ)

 そしてランスの胸に手を伸ばすとそのまま何かを探るように目を閉じる。

(む、何だ)

 胸に手を当てられているだけだというのに、ランスはまるで自分の全てを見透かされているような気とになる。

「…これは」

 しかしそこでクエルプランは驚きの声を上げる。

(魂の情報が…隠されている?)

 まるで何かの検閲を受けたかのようにその経歴の部分だけが見ることができない。

 唯一分かったのが「魂番号 ぴ‐563978」という事だけだ。

 しかしこれで何故クエルプランがランスの事を知らないのか、自分で納得がいった。

(この番号はまだ割り振られるはずが無い番号…つまりはこの時代に存在しない魂)

「理解しました。ではあなたには消えていただきます」

「な、何だと!」

 いきなりの言葉には流石のランスも驚く。

 そこには何の感情も存在していなく、事務的な作業をするかのように淡々としていた。

「問題ありません。適切な時期が来ればあなたは問題なく転生します」

 クエルプランはランスを消滅させようと手を伸ばし──その手が止まる。

「おかしいですね。エラーが生じました」

 一度首を傾げ、もう一度ランスを消滅させるべくその手を動かそうとするも、その腕がどうしても動く事は無かった。

 一方のランスは動かないクエルプランを怪訝な目で見ている。

 本来であればここから逃げるべきなのだが、生憎とどこへ逃げればいいかが分からない事と、目の前の存在に目を奪われているからに他ならない。

(うーむ…何とかしてやりたいぞ。こういうガードが固そうな女こそはまり易いからな)

 しかしランスが動けないのは、やはりその圧倒的な存在感からだ。

 魔王すらも上回りかねない気配を持っているため、迂闊に手を出すのは躊躇われた。

「…どうしてでしょうか。あなたを消滅させる事が出来ません」

「だから勝手に消滅しようとするな!」

 ランスの言葉など耳に入らないようにクエルプランは自分の手を見る。

 本来であれば人間を消滅させるなど、時間をも支配する1級神ならば容易い事だが、自分でも考えられないようなエラーにその体が止まってしまう。

 改めてランスを見ても、普通の人間にしか見えない。

「失礼します」

 クエルプランはもう一度ランスの胸に手を当てる。

 どうやら消滅させる行為が出来ないだけで、触れるだけならば問題は無いようだ。

「いい加減俺様の動きを止めるのはやめろ!」

 ランスは目の前に絶世の美女が居るのにも拘らず、触れることすら出来ない事に強い不満を抱く。

 そんなランスの不満など聞いていないようにクエルプランはランスの魂に触れ続ける。

 やはりランスの情報は不明だが、その中に少しの異変を感じられる。

「やはり分かりませんね…」

 クエルプランはより深くランスの魂に触れるべく集中する。

(おっ…)

 その時ランスは自分の体が動ける事に気づく。

(うーむ、だがどうする。なーんか相手が悪い気がするぞ)

 つい先程まで魔王と戦っていたが、この相手はそれとはまた違う次元に居るような気がした。

 しかしそれでもランスは手を出す…何故ならば、それがランスだからだ。

(だがしかーし! そんな事で諦める俺様ではなーい!)

 

ズキュ────ン!!

 

 ランスは目の前でランスの胸に手を当てているクエルプランの唇を塞ぐ。

 クエルプランは微動だにしないが、少し時間がたってから多少慌てたようにランスから離れる。

「…何の真似ですか?」

「がはははは! クエルプランちゃんが隙だらけだったから俺様がキスを教えてやったのだ」

「そうですか…これが人間の言うキスというものですか」

 人間がそういう行為をしているのは知ってはいたが、まさか自分が体験する…いや、させられるとは思ってもいなかった。

 本来であれば人間が1級神に対してこのような行為は許されるはずは無い。

 一瞬で消滅させられてもおかしくは無い行為だが、不思議とクエルプランにはそのような気が起きなかった。

 逆に何かが自分の頭を刺激するような感覚に戸惑うほどだ。

「で、結局クエルプランちゃんは何者なのだ。1級神だか何だか知らんが、レベル神と似たようなものなのか」

「大分違います」

「ふーん…まあどうでもいいが。あ、そうだ! それよりも俺様のレベルが全然上がらんぞ! ウィリスの奴も呼び出しても出てこないし、どうなっとるんだ!」

「…そうですか」

 1級神相手にもまったく物怖じせずに言葉を発するランスに、クエルプランも少し呆れてしまう。

「それに関しては私の管轄ではありません。ですが、私から話してみましょう。それでは…」

「ムッ!?」

 再びランスの視界が光に包まれ、やがてその光がランスを包み込むと、ランスの体が光の中に消えていった。

 

 

「…行きましたか」

 ランスを元の場所に戻してから、クエルプランはこれからの事を考えていた。

 本来であれば消滅させるだけで済むはずだった…が、それを果たす事は出来なかった。

 不思議と体にエラーが発生し、それ以上に行動する事は不可能に終わった。

「それに…何故あの人間はこのような事をしたのでしょう」

 自分の唇に残るあの柔らかい感触…クエルプランは自分の指を唇に当て考える。

「…考えても分かりませんか」

 クエルプランは考えるのをやめると、元の仕事に戻る。

 人、そして魔物も等しく死に、そして生まれていく。

 その魂を管理するのが魂管理局なのだ。

「ですがその前に…」

 クエルプランは一枚の白紙の書類を取り出すと、そこに文字が浮かび上がる。

『魂番号 ぴ‐563978』と書かれた書類には、他のものとは違いそれしか書かれていない。

 そこに書かれるべきこれまでの情報が一切書かれていないもの。

「レベルが上がらない…ですが。しかし魂の限界には程遠い…ALICEの役目ではあるのですが、どうしましょうか」

 人間に関することは全て人類管理局である1級神ALICEの役目であり、本来であれば自分が関わるべき事ではない。

 しかしあの我侭ALICEがこちらの頼みを引き受けるかと考えれば答えはNOだ。

『たかが人間一人、死ぬまで放っておけばいいじゃない』といいそうだ。

 本来であればそれが正しいと思うのだが、不思議とクエルプランにはそうすべきではないと考えていた。

 だからと言って、自分が干渉をするのはまさにお門違いというものだ。

「お久しぶりです、クエルプラン。よろしいですか?」

 クエルプランが思案していたとき、彼女の元に珍しい…それこそ女神ALICEよりも珍しい存在が現れる。

「あなたは…もしやシステム神ですか」

「はい」

 システム神は自分と同じ1級神であるが、その全ての平行世界を管理する…らしいが、自分でもその力は理解することは出来ない。

 ただ分かっているのは、かなり特殊な神であり、それこそ他の神ともあまり接することが無い存在だ。

「何の用でしょうか。あなたがここに来るなど初めてですが…」

 今のシステム神は、手のひら大でありながら、人と同じ姿をとっている。

 それはつまりは今の人に干渉をしているということに他ならない。

「あの人間…ランスの事は私に任せてもらえませんか」

「あなたに、ですか」

 クエルプランは少し迷う。

 魂が関わっているのであればそれは確かに自分の役割ではあるが、まさかシステム神が直々に任せてほしいと言ってくるとは流石に思ってもいなかった。

「…分かりました。あなたにお任せします」

 しかし他ならぬシステム神が担当するというのであれば、任せるのが良いと考える。

「ありがとうございます。あと、あなたに頼みがあるのですが」

「私に、でしょうか」

「はい」

 このランスとの出会いにより、クエルプランの運命も大きく変わっていく。

 いや、クエルプランの運命が早まったと言ったほうが正しいのかもしれない。

 女神ALICEの目論見は、全てが意図せぬ方向に向かっていった。

 

 

 

 ──魔王城の一室 ケッセルリンクの部屋──

 

「あれから80年…か」

 ケッセルリンクは日記を手にため息をつく。

 ランス達が自分達の前から消えて80年…それからの事はあまり記憶には残ってはいない。

 それだけランス達と居た時間が刺激的であり、波乱に満ち溢れていたのだ。

「カラーも順調のようだ…もう大丈夫だろう」

 あれからカラーは一つに集結し、その勢力を少しずつ増していった。

 何やら凄いカラーが現れたらしいのだが…ケッセルリンクはあれからは表立ってカラー達には会ってはいなかった。

 ルルリナや、アナウサ、メカクレ等古い仲間達を思うと、同時にどうしてもランスの事が思い浮かんでしまう。

「いかんな…私とした事が」

 何時の間にか彼女は『夜の王』と呼ばれる存在になっていた。

 魔人の中でも指折りの強者…それが今の彼女の立場だ。

 魔王スラルに仕え、今まで生きてきているのだが、目下の悩みはその魔王スラルに関してだ。

「スラル様…ランス達が消えてからは臆病になられた…」

 80年前の魔王の血の惨劇は、今でもスラルに深い傷として残っている。

 あれから直ぐに魔王の命令は撤回され、城の修繕は魔物達の手によって長い時間をかけて完了した。

 が、スラルはその事にはほとんど関心を向けず、一人でいる事が多くなった。

 自分とガルティアがそのスラルを慰めているが、本当の意味では彼女は癒されていないのは分かっている。

 何かを試すかのように魔人を作ったりはするが、それも作っただけで命令もせずに放置している状態だ。

 カミーラはカミーラで興味を失ったようで、あれからはほとんど魔王城には現れず、自分の城で怠惰に過ごしているらしい。

 たまに自分と会うこともあるが、あの時…ランスを使徒にしようとしていた時の様な覇気は感じられなかった。

 人間も人間で魔物と戦ったり、人間同士で戦ったりとケッセルリンクとはあまり接点は無い。

 簡単に言えば、この80年は何の変化も無い、まさに停滞と言ってもいい時間にしか過ぎなかった。

「だが…あの時確かにセラクロラスはまた会えると言っていた」

 聖女の子モンスターセラクロラス…あれからケッセルリンクも探しては見たが、一向に出会うことは出来なかった。

 たまに男の子モンスターがセラクロラスとの間に子を作った…という話を聞くくらいだ。

 セラクロラス以外の聖女の子モンスターも居るらしいが、残念ながらまだ出会ったことは無かった。

 彼女達を拉致して無理矢理子供を作ろうとする輩も居るらしいが、その誰もが失敗しているという話は聞いている。

「この80年…長いのか短いのか…どっちなのだろうな、ランス」

 今彼女の手元に残っているのは、ランスがつけていたボロボロのマントだけだ。

 魔法で腐らぬようにしており、そのマントに触れるとランスの事を今でも思い出せる。

 あれほどの刺激を感じさせる存在はやはり現れない。

 そのマントを手に取り、ケッセルリンクはランスの感触を思い出す。

 その時、ケッセルリンクの部屋の扉が無造作に開かれる。

「カミーラか…」

「今でもそれを持ち続けているのか」

 カミーラの顔には表情は無い。

 ランス達が消えてから彼女との接点は増えた。

 ケッセルリンクが強くなった事も有り、対等と言ってもいいくらいには付き合えていると思っている。

「性分だ。それにあの男が残した唯一のものだからな」

「変わらぬな…貴様も」

 カミーラは備え付けのソファーに優雅に腰を下ろす。

「しかしお前が来るとは珍しいな。何か面白い事でもあったのか」

 ケッセルリンクの言葉にもカミーラの表情は変わらない。

 ただ、気だるそうに彼女を見るだけだ。

「今でも探しているのか」

「…ああ。時の聖女の子モンスター、セラクロラスがまた会えると言った。ならば信じてみるのもいいだろう」

「信じれば信じるほど落胆は大きい…それでもか?」

「生憎私はお前ほど長くは生きていない。そう簡単に諦めるくらいならば、カラーはとっくに滅んでいてもおかしくはないさ」

 ケッセルリンクの言葉にカミーラは唇を歪める。

 彼女の言葉が自分に対する若干の皮肉である事に気づいているからだ。

 今ではそういった言葉くらいは言い合える仲という事でもある。

「スラルは…まだ出てこぬのか」

「ああ…ここ最近は会ってもくれぬ」

 以前に会った時も、何かに怯えているような状態だった。

 まさか80年前の事が繰り返されるのではないかと、ケッセルリンクはただそれが心配だった。

「お前がスラル様の事を気にかけるとは珍しいな。どういう風の吹き回しだ」

「他意はない…久々にあの魔王の姿を見ようと思っただけだ」

「カミーラ…」

 今度はケッセルリンクが唇を歪める。

 カミーラがスラルを好いていない事は知ってはいるが、まさか弱っている彼女を見るためだけに来たというのであれば、いささか趣味が悪い。

 カミーラはそんなケッセルリンクをからかうように笑みを浮かべる。

 そこでケッセルリンクは先程の意趣返しを受けていたのを思い知った。

「…私はスラル様に会いに行く。お前はどうする」

「お前に付き合ってやろう…」

 ケッセルリンクとスラルは立ち上がると、そのままスラルの居る部屋へと歩いていく。

 すれ違う魔物兵達が一斉に跪き、中には冷や汗を流している存在いる。

 今のケッセルリンクはそれほどの力を持つ魔人となっていた。

 

 

 

「おい…カミーラ様がいるなんて珍しいな。それにケッセルリンク様も」

「ああ…俺も20年ぶりくらいにカミーラ様を見たぞ。本当に珍しいこともあるものだ」

「だけどケッセルリンク様もカミーラ様もお美しい…使徒になりたいぜ」

 魔物兵の一人の言葉に他の魔物兵は一斉に笑い声をあげる。

「な、何だよ」

「バーカ、お前なんかがケッセルリンク様とカミーラ様の使徒になれるはずがないだろ」

「そうだぞ。カミーラ様には七星様がいるし、ケッセルリンク様は今でも使徒を持っていない。相当に厳しい目を持っているだろうな」

 使徒になるという事は、永遠の命を授けられることに他ならない。

 だからこそ、魔人、使徒になる事は魔物の…いや、人間にとっても夢だろう。

「それなんだけどな…実はある噂があってよ」

「噂? どんな噂だよ」

「ああ…なんでも昔、カミーラ様はある人間を使徒にしようとした事があるって話だ。何でもその人間は魔王様からも血を与えられるはずだってな」

 その言葉にもう一人の魔物兵が頷く。

「ああ、俺も聞いた事があるぜ。何でも魔王城の修繕に時間がかかったのは、その人間が関わってるって話だからな」

「おいおい…人間がかよ」

「笑うなよ。俺も噂で聞いただけなんだからよ」

 人間は魔物にとって蹂躙されるためだけに存在する…それが魔物の共通の認識だ。

 その人間を魔王と魔人が取り合うなど、それこそありえない話だ。

「ま、噂は噂だぜ」

「まあ噂といっちゃあ結構気になる噂も他にあるけどな」

「また噂かよ。で、今度は何だ?」

 一人の赤魔物兵が声を潜める。

「何でもケッセルリンク様には昔男がいたって話しだ。で、それもまたその人間だって話だぜ」

「はあ? それこそありえんだろ! あのケッセルリンク様だぞ? 『夜の王』として恐れられている方に男がいた? 馬鹿言ってんじゃねえよ」

 赤魔物兵の言葉をその場に居る全員で笑う。

「笑うなよ! 俺も噂を聞いただけなんだからな」

 その場に愉快な笑いが響きあう中、一つの足音が聞こえる。

 魔物兵達がその方向を見ると、魔王城に住まう魔人の一人、ガルティアが歩いてきていた。

「ガルティア様!」

「おう、お疲れ」

 ガルティアは魔人の中でも気さくで明るい魔人故に、魔物兵達からも好かれていた。

「何の話してたんだ?」

「ああ、ただの噂ですよ。魔王様とカミーラ様が昔一人の人間を取り合っていたとか、ケッセルリンク様に昔男が居たとか」

「ええ、ありえないですよね。まあそんな噂が出るくらい今は退屈って事ですよ」

 魔物兵達が一斉に笑う中、ガルティアは少し難しい顔をしていた。

 その様子を見て、魔物兵達は笑い声を潜める。

「ガルティア様?」

「ああ…あんまりいい記憶じゃ無いからな。カミーラもあれから退屈そうだし、ケッセルリンクもあまり笑わなくなったからな」

 ガルティアはそう言うと食堂へ歩いていく。

 その様子を魔物兵達は呆然と見送る。

「…今の、ガルティア様なりの冗談か?」

「ガルティア様は冗談が分かる方だが…なんか深刻そうだったよな」

「まさかこの噂話…」

 魔物兵達は一斉に身震いした。

 

 

 

「…妙だな」

「何がだ」

 魔王の個室の前…ケッセルリンクは何時もと違う様子に首を傾げていた。

 最近のスラルは、80年前程ではないが不安定な状態だった。

 何かに苦しむような呻き声が聞こえてきたことも1度や2度ではない。

 それなのに、今日は妙に静かだ…いや、魔王の濃厚な気配が感じない。

「まさか…スラル様!?」

 何か異変があったのかと思い、ケッセルリンクは彼女にしてはやや乱暴に扉を開けると部屋に走っていく。

 カミーラは特に何の感情も持っていなかったが、その部屋から聞こえた声に目を見開く。

 それは80年程前に聞いた声…そしてあれから一度も聞けなかった声。

 カミーラも早足に魔王の部屋に入る。

 そして魔王の寝室についた時、ケッセルリンクはただ呆然とその光景を見ていた。

 カミーラの視線に映ったのは、スラルのマントを持っている人間…カミーラがかつて己の使徒へとしようとして、忽然と姿を消した人間と、金髪の美しい女性、そしてピンク色の妙な物体が居た。

 そしてその傍らに、透き通った体を持つ魔王スラルの姿がそこにあった。

 




予定としては次でSS期は終わりです
次も早くかければいいなぁと思っております

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