「…ランス?」
パイアールは剣を魔人へと向け、不敵に笑っているランスを呆然と見る。
「え…死んだんじゃ?」
「勝手に人を殺してるんじゃないわよ」
「でも魔軍は…」
「魔軍は既にランスさんが追い払いましたよ」
「え…?」
パレロアの言葉に、パイアールは普段では出さないような間の抜けた声を出す。
(魔軍を…退けた? こんな短時間で?)
ランスと分かれたのはつい最近だ。
ハッキリ言えば、パイアールとしてはランスを捨て駒にしたつもりだった。
だが、それにも関わらずにこの男は再び戻ってきたのだ。
「とりあえず…ハイ」
レダの神魔法の力でパイアールの腕の怪我が一瞬で治る。
「神魔法か…自分が使われる立場となると、やっぱり便利なものだね」
傷が癒えた自分の腕を見て、パイアールはため息をつく。
魔法など、自分の科学力の前には意味がないと思っていたが、やはり魔法は魔法で便利だと感じる。
「なんだ、偉そうに言ってた割には全滅しているではないか」
ランスはもう動かないPA達を見て詰まらなそうにする。
「壁ぐらいにはなるかと思ったんだがな」
その言葉を聞いてパイアールは顔を歪める。
(…やっぱりボクの計算ミスだね。ランスが戻ってくると分かってたら、使い捨てにはしなかったんだけどね)
結局はパイアールは自分の力を過信し、相手の戦力と自分が雇ったはずの人間の戦力を見誤り、こうして失敗に終わってしまった。
(いや、まだ失敗じゃない)
パイアールは手元の機械が生きている事に気付き、その目に生気を取り戻す。
PAの方も中身の人間は既に死んでいるが、それでも遠隔操作が可能な固体もまだ残っている。
「どうやって魔軍をしりぞけたんだい? いくらなんでも早すぎるでしょ」
「フン、魔軍なんぞ頭を潰せば何も出来んからな。魔物将軍を殺せばそれで終わりだ」
「…随分と簡単に言うね」
「グダグダくっちゃべってんじゃねーぞ! 人間! よくも俺様の前に顔を出せたな! 次こそはぶっ殺してやるぜ!」
魔人コーク・スノーは現れたランスを前に目を血走らせて怒鳴る。
そこにあるのは、パイアールの時よりも激しい怒りだ。
自分に痛みと恐怖を与えた忌まわしい人間…自分に一モンスターだった時の屈辱を思い出させた人間。
「殺す! 殺してやるぜ! グゲゲゲゲゲゲ!」
コーク・スノーの頭に脳内麻薬が分泌され、再び目の焦点が合わなくなり、口から涎が垂れ始める。
戻った理性が、怒りによって再び麻薬物質が体全体に周り始める。
コーク・スノーは常に己が意図せずに精製する麻薬によって苛まれる。
それは人間を、魔物を殺すことでしか解消されない。
そして怒りによりアドレナリンが分泌されると直ぐにでも全身に麻薬が回る。
魔王の血による魔人への変化は、コーク・スノー自身にも強い影響を与えてしまっているのだ。
「クスリだ! クスリをよこせ!」
「フン、貴様にくれてやるクスリはこれだ!」
コーク・スノーの一撃をランスは軽々と避けると、その無防備でしかない体に一撃を与える。
それは無敵結界に阻まれるが、その衝撃は魔人であるコーク・スノーの体を揺るがせる。
それを見てパイアールは驚きに目を見開く。
自分の作ったPAによる一撃、PBによる一撃でも魔人の体を揺るがせるという事は無かった。
ランスの一撃は、自分の作った兵器よりも重い一撃だという事だ。
「ぐ…人間!」
コーク・スノーは自分が人間の一撃によって体が揺らいだ事にさらに怒りを募らせる。
その口から放たれる涎はさらに大きくなり、とうとう己の体にもその涎が降りかかる。
それと同時に奇妙な臭いを感じ、ランスは思わずコーク・スノーから距離を取る。
「なんだこいつ。妙に臭うぞ」
その体から放たれる臭いにランスは顔を顰める。
この前に戦った時にはこんな臭いはしていなかったのだが、今回は違う。
妙に不快感を感じさせる臭いが魔人の体全体から放たれていた。
「気をつけたほうがいい。アレは麻薬に近い成分だよ。迂闊に吸い込めばそれだけで頭がやられるよ」
パイアールはPBによって得られた情報から、それが麻薬の成分に近い事を知らせる。
姉を助けるために、あらゆる情報を求めたパイアールはその手の薬の事も少し調べたが、姉のためにはならないと早々に手を引いた。
何かのためにその情報を蓄積させていたが、それが功を奏したようだ。
「麻薬だと? こいつはそんな厄介なものを振りまいているのか。これはとっとと殺すべきだな」
「落ち着いて。無敵結界は破れないんだから」
「そうだよ。ここはボクの依頼通りに捕らえて欲しいね」
パイアールは手元を操作している内に、魔人キャッチャーの機能がまだ死んでいない事が分かる。
ただ、もう遠隔操作機能は死んでいるようで、そこはもう反応しない。
「ボクの作った魔人キャッチャー…あの中に魔人を放り込んでくれればそれで大丈夫だよ」
「魔人キャッチャー? あれか」
ランスが見たのは、どこかで見たような奇妙な筒状の物体だった。
「どっかで見たことがあるような…」
過去の冒険をランスは思い出す。
間違いなく、似たような物をどこかで見たような気がしていた。
「…ああ、そうだ。ハイパービルにあった奴に似てるんだな。そうだ、シィルがサテラに捕まっていた時に入れられてたやつだ」
ハイパービル、それはランスが最初に出会った魔人サテラと戦った場所。
そして魔人サテラを初めて抱いた場所でもある。
そこにあった装置に似ている物がパイアールの言う魔人キャッチャーであるらしい。
「まあどうでもいいな。麻薬なんぞをばら撒く厄介な奴はとっとと始末するか」
「気をつけてよ。クスリ関係は流石に神魔法でも治せないんだから」
病気や薬害に関しては魔法でもどうにもならない。
レダはランスの横に並び立つと、その剣を魔人へと向ける。
その二人を見てコーク・スノーは血走った目をさらに紅く染め上げる。
「グゲゲゲゲ! 人間は全て殺す! 魔物も殺す! 俺様以外の全ての存在は全員ぶっ殺すんだよ!」
コーク・スノーは空気を取り込むと、その鼻から勢い欲空気弾を飛ばす。
その見えない攻撃を、ランスはその剣で切り裂き、レダはその盾で全てを弾き飛ばす。
「フン、そんな攻撃が俺様に通用すると思ってるのか」
「カミーラのブレスに比べればそよ風よね」
二人は魔人の攻撃を平然と受け流す。
それを見てパイアールは首を捻る。
(うーん…人間ってこんなに強かったっけ。いや、この二人が特別なだけだね)
「2人とも気をつけてよ。奴は気化した麻薬を弾丸として飛ばしているみたいだから」
パイアールは自然と放たれた言葉に自分で驚く。
まさか自分が姉以外の人間にこんな言葉をかけるとは思っていもいなかったからだ。
「それはやっかいね…私はともかく、ランス達じゃ少しきついかもね」
「うーむ、麻薬を撒き散らすような奴に近づきたくないな。それに臭そうだ」
ランス達が遠巻きに自分を見ているだけなのに気付くと、コーク・スノーは上機嫌に笑い声を上げる。
「グヘヘヘヘ! 近づけないならこのまま殺してやるぜ!」
コーク・スノーはそのまま連続で空気弾を放つ。
勿論それらはランスとレダにはまるで当たらない。
ランスはその空気弾が見えているかのような動きで、その塊を斬って無効化する。
レダはその盾を使って全ての空気弾を弾く。
そんな鬩ぎ合いが続いていくと、その状況に苛立ったのはやはり魔人コーク・スノーであった。
いくら攻撃を加えても、人間にはまるで届いていない。
その事実にただでさえ少ない理性があっさりと吹き飛んでしまう。
「うぜえ! 直接この手で殺してやる!」
ドスドスと足音を立てながらコーク・スノーはランス達へと近づいてくる。
「スラルちゃん、行くぞ!」
「いいけど、大規模の付与はもう出来ないわよ! さっきので今日は打ち止め!」
「がはははは! こんな奴には必要ないわ!」
ランスは魔人コーク・スノーの突撃にも一切の恐怖も見せずに突っ込んでいく。
「え…」
その様子には流石のパイアールも思わず呆然とする。
確かにランス達が魔人と戦ったとは事実だろうが、自分と戦って逃げていったとは流石のパイアールも考えてはいなかった。
魔人と戦い、相手に空気弾を使わせたのは事実だろうが、実際には無敵結界の前にどうする事も出来ずに逃げてきたと内心では思っていた。
そしてパイアールはその目で見る。
魔人と互角に渡り合う人間の姿を。
「がはははは! 貴様なんぞにこの俺様が倒せると思っとるのか!」
「潰れろ! 人間!」
魔人の攻撃をランスは避け、当たりそうなのは剣で弾き、4本のメイス等意にも欠かさぬように魔人の体にその剣を当てていく。
離れて見ているパイアールの目から見ても、その一撃は尋常ではない事が分かる。
無敵結界の上から魔人の体をゆるがせる等、生身の人間が出来る事ではないと思っていた。
しかし目の前にあるのは紛れもなく現実だ。
「フン!」
ランスもその4本のメイスの攻撃を完全に見切ったようで、その一撃はランスにかすりもしない。
「何でだ! なんであたらねえ!」
コーク・スノーが自分の攻撃が当たる気配もない事に目を見開く。
「貴様がザコだからに決まってるだろうが! 死ねー!」
ランスは振り下ろされたメイスに向かってその剣を振るう。
すると、頑丈そうなメイスがランスの剣であっさりと根元から両断される。
「ば、馬鹿な!?」
「がはははは! ラーンスアターック!」
ランスの一撃がは無敵結界に阻まれるが、それでもその衝撃までは防ぐことは出来ない。
今のランスならばランスアタックを連続で放てるが、流石に無敵結界に阻まれていては追撃する事は出来ない。
が、それでもその一撃はコーク・スノーの巨体を揺るがせる。
「…凄いな」
パイアールはその光景に思わず見入ってしまった。
自分のPAを斬ったのは知っている、魔人を退けたのも嘘ではない、そして魔物将軍を始めとした魔軍をも退けたことも。
だが、聞くと見るのとではその衝撃が全く違う。
ただの人間が、無敵結界を持つはずの魔人を見下ろしている、その光景はパイアールからしても信じられない光景だった。
「うぐぐぐ…人間が…人間の分際で…ニンゲンガ…ニンゲンガ!」
とうとう呂律も回らなくなったのか、コーク・スノーの目が完全に虚ろとなり、立ち上がるもその体は非常にふら付いている。
「クスリダ! クスリヲヨコセ!」
「とうとう狂ったか?」
「そうね…頭まで自分のクスリで汚染されたんでしょうね」
完全に理性を失ったのか、力任せに、そしてデタラメに暴れまわる。
その際に体から霧のようなものが飛び散り、それを見たパイアールが言葉を放つ。
「気をつけて。あの霧は濃縮された麻薬だよ。あれを吸ったら最後、あの魔人みたいに頭がおかしくなるよ」
「うーむ、これでは近づけんな」
無差別に暴れるコーク・スノーには流石のランスでも近づく事が出来ない。
無論、ただパイアールの用意した魔人キャッチャーとやらに魔人を押し込むだけならば出来るだろうが、流石に無差別に麻薬をばら撒くような奴には近づこうとは思わない。
「うーん…ランスはこの距離から攻撃は出来ないの?」
「出来ないことも無いけどね…この距離だと、あの魔人キャッチャーとかいうのも巻き込むわね」
ランスの変わりにスラルが答えるが、パイアールはその答えに少し悩む。
「ランスの攻撃は確かに無敵結界に阻まれてるけど、確実に魔人の体力を削っている。この距離から攻撃できれば魔人の体力を消耗させられるんだけどね」
パイアールは手元で何かを操作しながら頭をフル回転させる。
あの魔人は自分の能力をコントロール出来ず、逆に己の能力に飲み込まれる魔人だ。
その証拠にもうあの魔人には自分達の方が見えていない。
恐らくは自身の麻薬により、完全に頭が汚染されてしまっているのだろう。
「逃げる可能性も考えられるし…だからと言って、この状況で突っ込むのもね」
コーク・スノーは周囲を出鱈目に暴れ周り、もう動かない魔物達の死体から血や臓物を吸い込むという常軌を逸した行動をしているが、それにより理性を取り戻すことは無い。
「生きている人間や魔物を摂取することでしか、理性を保てないか…このまま体力の消耗を狙ってもいいんだけど…」
「魔人の体力は未知数よ。何時体力が尽きるか分からないわよ」
スラルとパイアールが色々話しているが、ランスは何か考え事をするように顎に手を当てている。
「ちょっとランス、どうしたのよ」
「いや、俺様がこの距離から攻撃出来ないとスラルちゃんが言ったのがな。天才である俺様には弱点などあってはいかんのだ」
「…あんたほど弱点の多い人間もそういないと思うけどね」
レダは呆れたようにため息をつく。
「広範囲を狙うなら、それこそスラルに付与してもらった方がいいでしょ。確かにランスの技は凄いけど、出来ることと出来ない事があるわよ」
「いかん、それはいかんぞ。今の俺様ならば何でも出来るはずなのだ」
ランスはカミーラのブレスを切り裂くなど、普通には出来ない事が出来ている。
その自分に対し、スラルの『出来ない事は無い』という言葉はランスのプライドを刺激した。
「うーむ、こうか?」
ランスはその場で素振りをするが、特に何かが生じるという事は無い。
「なんか違うな…」
その後も何度かランスは剣を振っていたが、その内何かを思いついたようだ。
「うーむ、これでやってみるか」
「あ、そう」
ランスはあっさりとそう言い放つのを、レダは好きにしろと言わんばかりに見ている。
パイアールとスラルは何かを相談しているのを尻目に、ランスは剣を構える。
「ラーンスあたたーーーーーっく!!!」
今までのランスアタックは、助走をつけてから勢いよく剣を振り下ろすという非常に単純なものだが、その威力はまさに絶大であり、あのカミーラですらカオスが有ったとは言え一撃で形勢逆転をしてしまうほどだ。
今回の一撃は助走もつけずに、剣を振り下ろすのではなく横に薙ぎ払うようにして剣を振るうという簡単なものだ。
バキッ!
鈍い音を立てて、太い木が音を立てて崩れる。
その様子にスラルとパイアールは思わずその方向を見て、レダは呆然と口を開けてその光景を見ていた。
「うーむ、思ったより威力が無いな」
「いや…ランスさ。あっさりとそういう事をするのはどうかと思うわよ」
レダが口を開けていたのは、それがランスから大分離れた所に立っていた木だったらだ。
到底剣では届かない距離であり、弓などを使ってもあんな太い木が倒れるという事は無いだろう。
「ランス…いや、出来るとは思うけどね…あっさりとそれが出来るのは正直引くわね…」
スラルはランスの剣の腕前は知っているが、まさかこんなあっさりと新たな技を出るとは思ってもいなかった。
「ダメだな。今は到底使えんな。こんなのを出すくらいなら、普通に斬ったほうが早い」
しかしランスには大いに不満のようだった。
「ランスさん! 魔人が…」
そんなランス達を尻目に、コーク・スノーは暴れ疲れたのか、その体が既に動いていない。
パレロアの言葉にランスは魔人を見ると、ニヤリと笑う。
「行くぞ! スラルちゃん!」
「ああもう! 本気を出しちゃだめよ!」
ランスの言葉にスラルは慌ててランスの剣の中へと戻る。
そして威力を重視してランスの剣へ付与を行う。
(っ! やっぱり大きな付与は1回が限界か…私の魔力がランスの剣についていけない)
それでもランスの剣に少しの付与をする。
「がはははは!こいつで終わりだ! 鬼畜アターーック!!」
何時ものような広範囲に渡るランスアタックではなく、そのランスアタックを連続して放つ技である鬼畜アタックを放つ。
「グゲ…?」
コーク・スノーは既に頭が完全に汚染されているようで、迫り来るランスを見ても身動き一つ取らない。
そしてランスの連撃がコーク・スノーの無敵結界に当たり、凄まじい衝撃が周囲をも振るわせる。
「がはははは! くたばれ!」
ランスはその無敵結界の衝撃に負けずに、剣を振り切る。
勿論それでも無敵結界を破ることは出来ない。
それでもコーク・スノーの巨体はゆっくりと後方に倒れる。
そしてコーク・スノーはその衝撃で気を失ったようで、ピクリとも動く気配は無い。
「うーむ…これでもまだ無敵結界を破れんか」
ランスとしてはこれ以上無い一撃のつもりだったが、それでも無敵結界を貫く事は出来なかった。
「いや、この魔人が動けなかったとはいえ、無敵結界の上から衝撃を与えて気絶させるなんて、ランスにしか出来ないと思うわよ」
スラルはむしろ、無敵結界の上からその衝撃で魔人を気絶させた事に呆れている。
確かに無敵結界は衝撃までは防ぐことは出来ないが、まさかその上から魔人を気絶させるとは思ってもいなかった。
「…凄いね。いくら魔人が動けないとは言っても、まさか気絶させるなんてね。でもこれで分かったのは、魔人とはいえ必ずしも無敵の存在では無いという事だね」
パイアールは動かぬ魔人をPAを使って持ち上げると、そのまま魔人キャッチャーの中に魔人を放り込む。
そしてそのままPAがボタンを押すと、魔人コーク・スノーは透明な壁に囲まれる。
「捕獲完了、大きさは丁度魔人のサイズだからね。この状況では身動き一つ取れないはずだよ」
「これで終わりか」
「そうだね。魔人の捕獲、これで終了だね」
パイアールは魔人キャッチャーに閉じ込められた魔人を見て、ようやく安堵のため息を吐く。
その瞬間、緊張の糸が切れたように倒れこむ。
「…そうだ、魔人をボクの研究室に運ばなきゃ…PAを操作して…」
パイアールは気を失う前に、PAを操作すると、PAが魔人キャッターを担いで歩き始める。
「…良かった。これで姉さんを…」
それを見届て、パイアールはとうとう気を失う。
「…これまでずっと頑張って来たのでしょうね」
パレロアはそのまま気を失ったパイアールの頭を撫でる。
「フン、こんなの普通だろう。俺様も…」
「俺様も、何よ」
「別に。何でもない」
ランスは少しだけ己の過去を思い出す。
が、それも直ぐに頭の片隅に追いやり、
「それよりもとっとと成功報酬を貰わんとな。それとルートちゃんも…グフフ」
これからの事に向けて何時ものように笑っていた。
「ん…あれ、ここは…ラボか?」
パイアールが目を覚ますと、そこは見慣れた光景である、自分の研究室の天井だった。
「気が付きましたか?」
声の方を見ると、メイド服を着た女性…パレロアが自分に向けて笑っていた。
「魔人はどうなった?」
「魔人はあなたの作ったPAと言うのが運んでいきました」
「そうか…良かった」
パイアールは改めて安堵のため息をつく。
魔人が自分の作った魔人キャッチャーの中に入っているのは確認したが、あれから直ぐに気絶してしまったようだ。
「おい、ガキ。どうなっとるんだ!」
「え? 何?」
そこにランスが声を荒げて入ってくる。
「何とは何だ! ルートちゃんだルートちゃん!」
「ああ…姉さんはもう体が限界だから、冷凍睡眠に入ってもらったんだ。これ以上病気が進行しないようにね」
「は? なんだそりゃ」
「言っても理解出来ないだろうけど…もう姉さんは当分目覚めることは無いんだよ」
「むぐぐ…あんな上等な体を…勿体無い」
確かにランスにはパイアールの言ってる言葉の意味は分からないが、とにかく病のためにもう起きれないという事は分かる。
「だが魔人を捕らえたからにはルートちゃんは治るのだろう」
「…それはまだ未知数だね。魔人が必要なのは事実だけどね」
パイアールは言葉を少し濁す。
いくら彼でも、今の状態で姉を助ける事はまだ出来ない。
だが、自分が魔人となって永遠の時間を得れば、必ず姉を助けることが出来ると確信していた。
が、それをここにいる人間達に言う事は何故か出来なかった。
「とにかく、ボクの依頼を完了したのは事実だし、ボクの作ったアレを持っていっても構わないよ。それと…」
「なんだ」
「へえ…これが魔法ハウスか。どういう原理になってるかは分からないけど、中々凄いものだね」
パイアールはランスの持つ魔法ハウスを見て感心したように声を出す。
中身は確かに自分の発明からすれば大した事は無い。
だが、あのミニチュアサイズの家が、こうして人が住める程の大きさになった事は素直に驚いていた。
「確かにこれはボクにも出来ないだろうね。世界にはこういうアイテムもあるんだね」
「で、パイアール。私の依頼は受けてくれそう?」
「ああ、これなら大丈夫だよ。問題無く稼動すると思うよ」
「そう、良かった」
パイアールの言葉にスラルは安堵する。
「なんだスラルちゃん。何か頼んでたのか」
「まあね。これほどの才能の持ち主に会ったんだから、どうせなら私も色々と調べてみたくてね」
「じゃあ早速作業を始めるかな。まあ3日もあれば出来ると思うよ」
パイアールはそう言って手元で操作をすると、魔法ハウスの入口から無人のPA達が入ってくる。
「な、なんだ?」
「まあ改装と言ったところかな。ボクとしてもこれくらいなら全然構わないしね」
「まあまあ。出来てからのお楽しみよ」
スラルはニヤリと笑うと、そのままランスの剣の中に消える。
「じゃあ君達は休んでてもいいよ。ここからはボクの領域だから」
PA達が魔法ハウスの中で忙しなく動き回る。
それを見てレダは難しい顔をする。
(…これって大丈夫かしら? 明らかなバランスブレイカーよね)
レダの予想は当たってしまう…勿論悪い意味で。
―――3日後―――
「と、いう訳でどうかな? 君の依頼通りにしたつもりだけど」
「うんうん、流石にパイアールね。私の想像以上ね」
パイアールの言葉にスラルはうんうんと頷く。
「おい…一体何がどうなっとるんだ」
ランスは少し様相が変わった魔法ハウスの中で目を細くしてスラルを睨む。
勿論家具等は変わっていないが、天井には無かったライトが煌々と輝き、キッチンも一新されている。
「基本的にここで過ごすでしょ? だからパイアールに頼んで一新してもらったのよ。これで明かりも私やレダに頼まなくても大丈夫でしょ」
スラルの言葉にパレロアが壁についているスイッチを押す。
すると煌々と輝いていた天井のライトが消える。
「…魔法か?」
「科学だよ。魔法と違って魔力で動いていない…と言っても分からないだろうね。とにかく、半永久的に動くから問題無いよ」
確かにこの魔法ハウスは、ランスがゼスで手に入れた魔法ハウスよりも不便ではあった。
だが、外でテントを使ったキャンプよりも安全だし、何よりも荷物としては断然に軽い。
だからランスも特に文句は無かったが、それが何時の間にかランスがかつてゼスで使っていた魔法ハウスのような感じに様変わりしていた。
「で、どう? ランス」
スラルの言葉にランスは魔法ハウスの一通り回る。
意外と殺風景だった風呂場もどういう原理かは不明だが広くなっており、ランスの目から見ても中々のモノに見える。
ランスの部屋も1Fの広間にあったライトがつけられており、ランスがボタンを押すとやはりライトがつく。
今まではスラルやレダの魔法に頼っていたが、これはこれで悪くないと思った。
「…悪くない」
「そう、良かった」
ランスの言葉を聞いてスラルは笑う。
何となくだが、ランスの『悪くない』という言葉は、実際にはランスが意外と気に入っているのだと理解していた。
「それとバイクの方も整備しておいたよ」
「ほう」
バイクと聞いてランスの目が輝く。
ランスの感心はそのバイクにあったと言っても良い。
皆が魔法ハウスから出ると、そこには何時の間に運ばれていたのか、そこには以前に見たよりも大型になったバイクの姿があった。
それを見てランスは少し目を細める。
「おい」
「何かな?」
「何で脚が生えとるんだ」
見ればバイクの足元の部分には脚が生えている。
「ああ、これは補助装置だよ。まあボクもムダにこういう事をする癖があるみたいだけど…とにかくバイクを補助するものだから問題無いよ。安全性も増してるから問題無いでしょ」
「うーむ」
ランスは唸りながらもバイクへと乗る。
そして以前と同じようにバイクを動かすと、確かに以前よりも格段に乗りやすくなっている。
安定性が増したとでも言えばいいのだろうか、とにかく前よりも安全に動かす事が可能となっていた。
「…悪くない」
「それは良かった。じゃあ約束通り、これらを全て提供させてもらうよ」
「良かったですね、ランスさん」
「うむ」
パレロアの言葉にランスは頷く。
ランスも始めて見るアイテムには興味津々なのだ。
冒険者の性とでも言えばいいのだろうか、こうした新たな発見をするのもランスにとっては非常に楽しみなことなのだ。
「………」
そんなランスを見てパイアールは何かを言おうとするが、どうしてもそれが言葉に出ない。
そのパイアールを見て、パレロアが微笑む。
「言いたい事はしっかりと言葉で出したほうがいいですよ。お姉さんも…ルートもそう言ってたでしょう?」
「あ…」
パイアールはルートの言葉を思い出す。
『パイアール…あなたは本当に凄いけど、世界にはあなたと同じくらい凄い人もいるのよ。それにあなただけで全てが成せる訳ではないでしょう? その時は素直にお礼をするのよ』
その時自分は確かに分かったと姉に言ったが、自分と同じぐらいの力を持つ人間など居なかった。
だが、目の前には自分と同じくらいの力を持った人間が確かに存在していた。
いや、魔人を気絶させたという事に関してはある意味自分を超えているだろう。
「その…ランス、有難う。君の力が無かったら魔人の捕獲は出来なかった」
「…なんだ突然」
「伝えるべきだと思ったんだ。姉さんが起きてれば…絶対にボクに言っただろうし」
「ふーん、そうか。まあルートちゃんを助けてやるんだな」
「当然さ。ボク以外に姉さんを助ける事なんで出来ないさ」
パイアールは先程までのしおらしい態度が消え、再び自身に溢れた顔つきになる。
「じゃあいくか。レダ、パレロア、お前達も乗れ」
「パレロア。私にしっかり掴まっててね」
「…少し怖いですが」
魔法ハウスをしまったレダとパレロアがランスの後ろに座り、ランスはバイクを動かす。
スラルもランスの剣の中へと消える。
「じゃあな」
ランスはそれだけど言うと、バイクを動かして自分の目の前からあっという間に消える。
その光景をしばらくパイアールは見ていた。
「…凄い人間だったな。でも、これで人として会うのは最後かな」
パイアールの声は姉が聞けば、少し寂しそうだったと言っていたかもしれない。
一度天を仰ぐと、直ぐに決意を固める。
「後は…魔人から魔血塊を抜いてボクが魔人になるだけだ。そして姉さんを必ず助ける」
こうしてパイアールは魔人となる。
そしてパイアールの技術は後の世にまでも残り続ける。
だが、今の時代にそれを予見出来る人間は存在しなかった。
パイアールは本当に悩みましたが、これから先の展開を考えるとやはり関わらない訳にはいけませんでした
特に第一次魔人戦争がね…
ちなみにパイアールが苦戦してましたが、それば全部ランスが悪いです
ランスが魔人と出会った事により魔人の行動が変わり、パイアールもピンチになりました
だからある意味ランスが全ての原因であり元凶です
でもパイアールは勿論それに気づく事はありません