「で、お前の家はどういう商売で大きくなったのだ。やはり女か?」
ランスの言葉は何気なく出たものだ。
決して大きな意味は無い…そのはずだった。
「違う。我が家はカラーとの交渉を得て財を得ていた。何も疚しい事は無い」
「カラー…だと?」
「ああ。私の父はカラーの信頼を勝ち得て、カラーと取引をさせて貰っている。それで富を得ていると言えばその通りだ」
エルシドの言葉に反応したのは勿論ケッセルリンクだった。
「カラーは…人間と取引をしているのか」
「そうだ。カラーからは木材を主に仕入れさせてもらっている」
「…なんと」
その言葉にケッセルリンクは愕然とする。
自分がカラーであった頃は、人間とは敵対しないまでも積極的に関わろうというつもりは無かった。
魔物…特にあの時はカラーにとっての脅威となったムシが多数居た事もあり、人間とは接点があまり無かった。
繁殖のためには確かに人間が必要だったが、特に特別な感情を持って性行為をしていた訳では無い。
特に自分はカラーの防衛部隊の隊長だった事もあり、人間と少しは小競り合いをしていた関係だ。
種族としてのカラーが、人間を迎えたのは恐らくはランスが最初であったはずだ。
「私が居ない間にカラーも変革を迎えたという事か…」
ケッセルリンクはフードを脱ぐと、今度はエルシドが驚愕する。
「カラー? いや、しかし…」
ケッセルリンクの姿は間違いなくカラーのものだが、それは彼が知っているカラーとはかけ離れていた。
カラーとは基本的に長く美しい髪を持ち、服装もまたほぼ統一されている。
目の前のカラーの髪は短く、また服装も従来のカラーとはかけ離れている。
ただ一つ分かるのは、やはりカラーだけあり絶世の美女という事だけだ。
「思わぬ所で情報が手に入ったな…これもお前の持つ何かという事か?」
「がはははは! 俺様ならば当然の事だ!」
ケッセルリンクからの依頼である、カラーの現状を調べる事もついでに情報を得ることが出来る…これもまたランスの生まれ持った技能であるのかもしれない。
「お父様!」
そこに扉を開けて、一人の女性が入ってくる。
その顔には血の気が無く、体は完全に震えてしまっている。
それもそのはず、彼女と共に入ってきたのは武装した兵士だったからだ。
「罪人エルシド! 大人しく縄につけ!」
兵士は娘―――エルシールの首筋に剣を突き付けながら下卑た笑みを浮かべている。
兵士は兵士でも、悪徳貴族の息のかかった兵士なのだろう、これからの事が楽しみで仕方ないといった表情を浮かべている。
恐らく、捕えた暁にはこのエルシールや、彼女に仕えているメイド達を好きにしていいと言われているのだろう。
「エルシール!」
(まさかこれ程早く!?)
乗り込んでくるだろうと思ってはいたが、それはまだ時間があると思っていた。
だが、まさかこれ程までに早いとは思っていもいなかった。
「高名な貴族である方に対しての狼藉、見過ごす事は出来ませんな」
兵士達は倒れている貴族のバカ息子を見ながら笑う。
「あー…こいつをダシにしたんだ」
レダは倒れている男の首筋を掴むと、そのまま乱暴に振るって男の意識を覚醒させる。
「ほらー、起きなさいよ。あなたのお仲間よ」
「…はっ!」
男は目を覚ますが、目の前にあった光景はエルシールに剣を突き付けている兵士の姿であった。
「坊ちゃん、大丈夫ですか? 今お助けしますよ」
兵士達は男を嘲笑いながら剣を構える。
「ま、待て!」
男は必死で兵士達を止めようとする。
まさかこれ程までに早く動くなんて思わなかったし、今の状況は自分にとって非常に悪い。
何しろ、この状況で命は助かってもカラーの呪いで自分はホモになってしまうからだ。
「ランス、取り敢えず彼女を助けても構わないな?」
「おう、とっとと終わらせるぞ」
エルシールが人質になっているにも関わらず、ランス達は全く態度を変えない。
人質を取っているのは奴等だが、それはランス達にとっては全く意味の無いものだからだ。
ケッセルリンクの姿が消え、一瞬で兵士達の背後に現れる。
「へ?」
「男には容赦しない」
兵士達の背後に回ったケッセルリンクは、実にあっさりと男達を斬り捨てる。
まさに一瞬、戦闘技能の無い人間には何が起きているか全く理解できなかっただろう。
「無事か?」
ケッセルリンクの言葉にエルシールは何が起きたか分からないという感じに目をぱちくりさせる。
「ええと…あなた方は…」
「正義の味方だ。俺様は君を助けに来たのだ」
ランスは剣と構えると、楽しそうな笑みを浮かべながらも一瞬で戦士の気配へと変わる。
「レダ、どんな感じだ」
「まだ囲まれてはいないでしょ。今なら逃げれるんじゃないかしら」
「よし、とっとと逃げるぞ」
「えーと…一体何が?」
エルシールは現状を理解出来ないのか、混乱しているようだった。
「エルシール…彼らと共に行くんだ。もうこの家は…いや、この国は終わりだ」
「お父様!」
父親の言葉にエルシールは詰め寄る。
「急な話で困惑していると思う。だが、私はお前まで失う訳にはいかない」
エルシドは娘に優しく微笑むと、
「戦士殿…娘を無事に逃がして頂けますか」
「構わんぞ。最初からエルシールちゃんを助けに来たのだからな」
ランスの言葉にエルシドは苦笑する。
この男は、本気でこの状況を打破出来ると信じて疑っていない。
「お父様! お父様も…」
「私と母さんは駄目だ…これだけの人数では脱出は出来ないだろう。それにこの件で責任を取らなければ、カラーに迷惑がかかる。この状況で、カラーまで敵に回すわけにはいかない」
(あん?)
ランスは男の言葉が引っ掛かる。
カラーに迷惑をかけるという言葉はどうでもいいが、カラーを敵に回すという言葉が気になった。
ランスの知るカラーは人間とは関わろうとしないし、非常に排他的だった。
ケッセルリンクもそうだが、カラー達がランスをあっさりと迎え入れたのも、最初はパステル等の件があったからだと思ったが、実際にはパステルやイージス、リセットやサクラといったランスの知っているカラーは誰も居ない。
それなのに、カラー達は割とあっさりとランス達を受け入れた。
そして今回の「カラーを敵に回すわけにはいかない」という言葉こそ、ランスにとっては一番信じられない言葉だった。
「おい、カラーを敵に回すとはどういう事だ」
ランスの言葉にエルシドは、
「カラーは今現在勢力を増している。積極的に私達と交流を持っている訳では無いが、私が見た感じでは人間に対しても何か含みがあるように感じられていてな…」
その言葉にランスとケッセルリンクは顔を見合わせる。
今の言葉と、二人が知っているカラーがどうしても結びつかないのだ。
そもそもランスの知るカラーとは、排他的であり、子孫を残すためには人間と性交する必要があるにも拘らず、処女懐妊の方法を生み出すほどだ。
そしてカラーが人間を嫌う理由…それは人間によるカラー狩りにある。
勿論パステルのように頑ななカラーが全てという訳ではないが、それでもカラーは人間を嫌い恐れている。
カラーのクリスタルを奪った人間には非常に大きな報復もある。
(勿論俺様はカラーの英雄だから何も問題は無いが…)
ヘルマンのペンシルカウの大虐殺からランスはカラーを守り、時期女王であるリセットの親という事もありカラーからも英雄視されている。
ただ何れも、カラーは人間を嫌っている…簡単に言えば人間に関わろうとはしないという認識だった。
ランスとしても、ケッセルリンクやルルリナ、アナウサやメカクレ等のカラーには正直面食らったものだった。
いや、あの時に出会ったカラーの殆どが人間であるランスに警戒はすれど、敵意は持っていなかった。
「ふむ…」
一方のケッセルリンクも今の話を聞いて、ランスとは別の意味で話を聞いていた。
あの頃…ケッセルリンクがカラーであったころ、確かにカラーと人間の関係は良いとは言えなかった。
それは敵対していたとかいう訳ではなく、そもそも人間とカラーの間に交流がほぼ無かったからだ。
あの時のカラーは…正確にはケッセルリンクが居たカラーの集落は非常に危うい状態だった。
何しろ、魔物よりもはるかに強いムシの襲撃があったからだ。
今でこそその姿は見えなくなったが、あの頃はムシ…ヴェロキラプトルやティラノサウルスが当たり前のように歩いていた時代だ。
カラーはムシとの戦いでその数を減らしていたが、そこに現れたランスの協力もあってムシを退けることは出来ていた。
間が悪いことに、その頃にオウゴンダマの魔人も現れた上に、魔王スラルすらも現れ、自分は彼女に命を救われる形で魔人になった。
それからはカラーには関わらないようにしてきたが、幸いにも魔王ナイチサはカラーには興味が無かった。
そしてまだカラーが存続しているのは知ってはいたが、まさかそんな状況になっているとは考えもしなかった。
「カラーも変革期という事か…人が変わったのと同じように、カラーも変わる…か」
ケッセルリンクは少し難しい顔をしているが、
「二人ともそこまで。カラーの件はともかく、今はこの状況をどうにかする方法を探しましょ」
スラルの言葉で思考を元に戻す。
彼女の言うとおり、事態はランス達が考えていたよりも遥かに悪くなってしまっているのだ。
スラルもこの状況をどうしていいか分からず、縋る様にランスを見ている。
それも見てランスは何時ものように馬鹿笑いを浮かべる。
「がはははは! ごく単純にこうすればいいだけだ!
ランスはケッセルリンクが倒した人間を見てから、
「おいお前、俺様はお前に雇われた傭兵だよな」
「え…あ、は、はい。そうです」
男はランスが言わんとしている事が分かったのか、勢いよく頷いてみせる。
「そしてこいつらはお前に逆らったから死んだ。そうだな」
「そ、その通りです…」
「で、俺様はお前の命令でエルシールちゃん達を捕らえた。そうだな」
「は、はい…」
「で、その後お前は俺様にどういう命令をした」
ランスの言葉に男は震えながらも答える。
「エ、エルシールを連れて行け…?」
男の言葉にランスはニヤリと笑い、
「そうか。それが依頼主の言葉ならその通りにしなければならんな」
ランスの言葉にその場の全員が唖然とする。
何かをするとは思っていたが、まさかそれが完全な脅迫だとは思ってもいなかった。
「よーし、行くぞ。ケッセルリンクはフードを被っておけよ」
「それは構わないが…当主とその婦人はどうする?」
ケッセルリンクの言葉に当主は大きくため息をつく。
「私達は行くわけにはいかない。仮にも貴族としての誇り…いや、やるべき事が残っている」
「お父様!」
「エルシール…お前だけでも助けねばならない。分かってくれ」
エルシールは抗議するように父親に詰め寄るが、父の意思は固いようだった。
だが、この頑固でありながらも一途な所がカラーにも認められ、若くしてカラーとの交易を担ってきたのだ。
そんな父が言うのであれば、もう父を止めることは出来ないのだろう。
「それでいい訳? 助けてくれ、と言われれば私はその通りに策を考えるわよ」
スラルの言葉にエルシドは首を振る。
「いや、国が決めた事には逆らえん…そしてそれ以上にやらなければならない事がある」
そう言って、エルシドは首から下げていたネックレスをエルシールに握らせる。
「お父様! これは…」
「お前には酷な事を頼むかもしれない。だが、今カラーを刺激する訳にはいかんのだ。お前には我が家が潰れた事をカラーに話して欲しい。そしてくれぐれも人間と敵対をしないようにと…」
この男が恐れているのは、やはり人よりもカラーという存在だった。
もしカラーが本気になれば、今のこの国ではそれに耐えることは出来ないだろう。
今のカラーはそれだけの力を蓄えているのだ。
だからこそ、今の状況で人類とカラーを争わせる訳にはいかないのだ。
今は魔軍は大人しいが、いつその牙が人類に向けられるかわからないのだ。
そんな時に人はカラーと争っている暇は無い…この男は珍しく魔軍を相手取る事を考えていた人間だった。
しかしそれが結果的に彼の首を絞めてしまったのだから、皮肉というほか無かった。
もしこの男がもっと後…後に世界を統一間近までいく男と同じ時代に生まれていれば、後世に名を残す貴族となったかもしれない。
「エルシールをお願いします」
エルシドはランスへ向かって頭を下げる。
この男が只者ではない事は何となくだが分かる。
そして今はこの男に賭けるしか無い事も。
「そして…出来ればこの子をカラーの里に向かわせて欲しい。行き方はエルシールが知っている」
「構わんぞ。俺様もカラーに用があるからな」
ランスにとってはこれは渡りに船というものだった。
どうやってカラーの村に行こうと考えていたが、こうしてカラーの村へと問題無く行けるのであれば何も問題は無かった。
「じゃあ改めて行くか」
ランスはこの危機的状況にも関わらず、何処か楽しげに笑っている。
「行くって…どうするのよ、ランス」
レダの言葉にランスは笑う。
「ここにちょうどいい奴が居るだろ」
ランスの目に貴族の男は体を震わせる。
その視線は完全に脅えており、次は何をさせられるのかという不安がありありと見える。
「ははーん…そういう事ね」
スラルもそれを見てランスと同じ様に笑って見せる。
(スラル様があんな笑みを…)
その笑みはランスと同じく、少し意地の悪い笑みにケッセルリンクは感じた。
あの臆病だったスラル様はもういないのだなぁ…と感じつつも、スラルの変化はそれはそれで良い事だと思うことにした。
「あのね、あんたは外にいる奴等にこう言いなさい。いいわね」
「は、はい…」
スラルは男に何かを耳打ちしている。
その間にランスは改めてエルシールを見る。
(ふむ…)
貴族の娘というからどんな感じかと思ったが、中々気丈にランスを見ている。
先程は顔が青かったが、それはやはり剣を突きつけられていたから無理も無い事だろうとランスは判断した。
どちらかと言えば、彼女の方がランスを値踏みしている…そんな印象も受ける。
「あなたは…何故私達を助けようと思ったのですか」
エルシールは何処までも冷静にランスを見ている。
(なんだ、貴族の娘だと聞いたからどんな感じかと思ったが、こういうタイプか)
ランスが知る貴族王族には、エルシール並…いや、彼女以上に肝が据わった女が多い。
だからランスとしても別に面食らうことも無かった。
「うむ、それは俺様が正義の味方だからだ」
「………」
ランスの言葉にエルシールは無言でランスを見る。
彼女には分かる…この男は『正義の味方』等という人種ではないことを。
『正義の味方』が、こんな状況であれほど悪辣で楽しそうな笑いを出来るわけが無いのだ。
「分かった分かった。そんな目で見るな。俺様はお前とヤりたい。だからお前を助けに来た。それだけだ」
「………」
ランスの言葉にエルシールは目を丸くする。
自分とヤりたい…勿論そんな人間は大勢いただろうが、こうして自分を目の前にして堂々と言い切るとは思ってもいなかった。
しかもこれが男の本音だとすると、自分を抱きたいがためにこうしてここまで乗り込み、危険な依頼を受けたということだ。
「嘘じゃないぞ。と、いう訳でここから脱出したらヤらせろ」
「………本当にそれが目的なんですね」
エルシールは呆れたようにため息をつく。
男の目には曇りの何も無く、純粋に自分という人間が欲しいのだと理解してしまったからだ。
改めてランスを見るが、
(私と同い年…いえ、少し年下かしら? 容姿はまあまあ整ってる…貴族のボンボンに比べれば全然マシね)
だが何よりも違うのは、その自信に溢れた目だ。
どこまでも真直ぐに自分を見ている目が、欲望に満ち溢れた貴族とはかけ離れている。
「まあ…あなたがお父様の依頼を完全を完了すれば考えますけど…」
「それはいかんな。考えるだけでは駄目だ。約束しろ」
ランスの言葉にエルシールは少し困ってしまう。
目の前の男はかなりの修羅場を潜っている様で、自分の言葉に対してあっさりと切り返してきた。
エルシールは少し考えるが、男は自分を抱きたいという意思を変える事は無いだろう。
もしここで強く断れば男は一旦は引き下がるかもしれないが、何としてでも自分の意思を曲げる事は無いだろう。
そして今の自分は非常に無力…貴族の娘という肩書きも失われようとしている。
(はぁ…この人に頼るしか無いか…)
自分は…貴族で無くなる自分はあまりにも無力なのだ。
「…分かりました。約束しましょう」
「がはははは! エルシールちゃんゲットだー!」
自分の言葉に男は非常に嬉しそうに笑う。
この男は自分が貴族で無くなろうが全く関係ないのだろう…純粋に、女としての自分を欲しているというのは分かる。
だからといってどうということは無いが、それでもあの貴族の連中よりは遥かにマシだ。
「そのためにもここから脱出する必要があるでしょう。どうするんですか?」
「うむ、それはだな…スラルちゃん!」
「こっちも大丈夫よ。あなたも理解したわね? 言う通りにしなければ…あなたはホモになるだけよ」
スラルお満面の笑みに男は顔を引きつらせて頷く。
「よーし、行くか」
ランスの言葉に全員が頷いた。
「おい、来たぞ」
問題の貴族の屋敷の前には、兵士達が屯していた。
この屋敷に貴族の息子が入っていったのは既に判明してた。
阿呆のボンボンとはいえ、自分達の上に立つ貴族であり、仲間が数人入っていったが未だに出てこない。
少し不信に思っていたが、その貴族が複数の者と共に出てきた。
「いや…あいつらじゃないぞ」
しかし一緒に出てきたのは先程の人物ではなく、明らかに冒険者風の男が一人と、戦士風の女性、メイド服を着ている女性、そしてフードを被った性別不明の人間が貴族の息子と共に出てきた。
男の手にはロープが握られており、その先には例の貴族の娘…エルシールが縛られていた。
「お前達、ご苦労」
「は、ハッ!」
貴族のボンボンのあまりにも堂々とした言葉に兵士達は少しいぶしがる。
何しろこいつはまさに役立たずの代名詞のような男であり、町のゴロツキを雇って何かをしようとしていたが、どうせ役に立たないだろうと放置されていた男だ。
「エルシド候はまだ部屋の中だ。エルシールはカラーとの交渉に私が連れて行く。エルシド候も既に承知の上だ」
ボンボンの口から出たとは思えない理知的な言葉に兵士達は顔を見合わせる。
この家がここまで栄えたのは、カラーとの交渉を一手に引き受けていたからだ。
その利権を奪うべく、貴族達はこの家を潰すことにしたのだ。
「し、しかしそれは…」
カラーとの交渉権は、後々の話し合いの結果で決まるはずだった。
「ここで私がカラーとの交渉を成功させれば、我が家が一歩上に立つ。お前達もそれを望んでいるだろう?」
「それは…」
ここにいる兵士達は皆この貴族のボンボンの親の息がかかった者達だ。
その息子が仮にもカラーとの交渉を成功させれば…それは自分達の出世にも繋がる。
兵士達は顔を見合わせると、一斉に頷く。
貴族達は誰がこの国の舵を握るが、今からでも内面で争っているのだ。
そして自分の雇い主である貴族の息子が一歩出し抜けば、それで全てが決定する。
「分かりました。そして後ろのやつ等は…」
「私が個人で雇った。凄腕の上、カラーとも面識があるそうだ。こいつらを連れて行く」
兵士達は露骨に気に入らないといった感じでランス達を見る。
彼らにとっては、このまま貴族へ従属し、自分達がカラーの交渉に立ち会ったという功績が欲しいのだ。
それなのに、こんなどこの馬の骨ともわからない連中が行く等、到底許せる事ではなかった。
「こんな奴等を連れて行く必要など無いでしょう。おいお前達、とっととエルシールを置いて失せろ」
「金が欲しいなら後でくれるはずだ」
兵士達の言葉にランスは鼻で笑う。
「言ったとおりだろ。下っ端の考える事なんてこの程度だ」
「そうね。ランスもぱっと見チンピラっぽいものね」
ランスの言葉にレダは笑う。
「そういうのはやっぱりランスの方が上か…いい線行ってると思ったけどなあ」
ランスの剣からスラルが声を出す。
スラルの計画としては、このまま騙して何も問題も無くカラーの森へ行く…そんな考えだったが、どうやら自分の考えは大甘だったようだ。
結局はランスの言ったとおりになってしまった。
「じゃあケッセルリンク。お願いね」
「分かりました、スラル様」
ケッセルリンクは音も無く動くと、周りを取り囲んでいた兵士達が一瞬で昏倒する。
「殺したのか?」
「いや、ちょっとした魔力で眠ってもらっただけだ。尤も、次にいつ目覚めるかはわからんがな」
ケッセルリンクとしては、カラーを人間の欲望の道具にされるのは当然防ぎたかった。
なので、こんな欲望に塗れた人間達をカラーに近づけるのは当然の事ながら許せなかった。
「やっぱりこの貴族が他の貴族を出し抜いてたんでしょうね」
「悪党の考える事などそんなもんだ」
「ランスも十分に悪党だものね」
ランスの言葉にレダがからかうように笑う。
恐らくはランスはこの悪徳貴族よりもよっぽど悪党が出来るだろう。
ただ、ランスがそんな事にあまり興味が無いだけだ。
「しかしこれからどうしますか。カラーの森まではまだ距離があります。うしぐるまを調達出来ても、直ぐに追っ手が来るでしょう」
エルシールの言葉にランスは笑う。
「がはははは! 何も問題は無い。一度この町から出れば後はこっちのものだからな」
「ま、待ってくれ! 私はどうすれば…」
ランスの言葉に貴族のボンボンが悲鳴に近い声を上げる。
自分の親の息がかかった兵士をあっという間に昏倒させたこのカラーの事が恐ろしくて仕方が無かった。
「お前はもう用無しだ。普通なら殺すところだが、お前にはもうホモの呪いがかかってるからな。まあお前が全てを見なかった事にするなら、呪いを解いてやろう」
「お、お願いします!」
ランスの言葉に貴族のボンボンは縋りつく。
やはりホモになるという言葉は男には恐ろしいらしく、その目には涙すら浮かんでいる。
「よし、じゃあお前はエルシールが何処に逃げたか知らない。カラーの所になど行っていない。後はわかるな」
「は、はい…」
「じゃあ行くぞ」
ランスの言葉にケッセルリンクはエルシールの縄を解き、自分の持っていた予備のフードを被せる。
この時のために、エルシールには動きやすい服に着替えてもらっている。
こうして顔を隠して動けば、この人物が貴族の令嬢だとは見抜けないだろう。
仮に見抜けたとしても、自分達が彼女を守っている限りは誰も手を出すことは出来ない。
「ではランスさん…お願いします」
「うむ、俺様に任せていれば何も問題は無い。行くぞ!」
10月に入り少しだけ落ち着きましたが、やはり年末に向けて忙しくなりそうです。
以前ほど更新は出来ないかもしれませんが、エターだけは絶対にしないように書いていく所存であります。
カラーに関しては、やっぱりランスが関わってない部分は完全にオリジナルになってしまいます。