???―――
「ふーん、あれが破壊神ラ・バスワルドか」
人類管理局女神ALICEはラ・バスワルドが魔物大将軍をあっさりと消滅させることを見ていた。
が、それでも女神ALICEは少し不満そうな顔をしていた。
同じ1級神であるラグナロクに頼まれ、自分が今目障りに思っている人間の所に送ろうとしたがそれは適わなかった。
やはりシステム神が動いているからか、ラ・バスワルドは魔物界の方へ現れてしまった。
「使い勝手が悪い…か。確かにそうかもしれないわね」
ラ・バスワルドは神を冒涜するものや汚染された魂が一定数に達した際に、地上に天罰を与えるために作られた神だ。
が、今までそんな事態になった事は一度も無く、結局はこうして無理矢理に動かす以外に他無かった。
(それにしても…あの目障りな人間にはさっさと退場して欲しいのだけどね。なかなか上手くいかないものね)
基本的に神が直接人間界に介入する事は好ましくないとされている。
あくまでも、自然の摂理に任せた流れこそが創造神の楽しみなのだ。
そのためには世界をひっくり返すほどの力を持った人間の存在は好ましくない。
「あの人間も魔人となったか…それはそれでいいんだけどね」
女神ALICEが注目していた人間は、驚くべきことに魔人から魔血魂を抜き取り己が魔人となった。
魔人となったからには人類の敵であり、既に女神ALICEはその人間―――パイアール・アリの事は眼中に無かった。
どうせあの技術はあの天才にしか扱えない技術なので、他の人間が利用できるという事も無いからだ。
そして女神ALICEが注目したのは、そのパイアールの依頼で魔人を捕らえるという役割を担った人間だった。
間違いなくバランスブレイカーの人間では有るが、一切の手出しは無用とのお達しが来たのだ。
勿論女神ALICEはそれに逆らう気は全く無い。
無いのだが、あの人間はシステム神…そして自分と同じ1級神である、魂管理局クエルプランがあの人間のレベル神をやっているのは何となく気に入らなかった。
そして何よりも、あの人間はシステム神の預かりなのだ。
だからこそ、同じ1級神であるラグナロクの依頼でラ・バスワルドを地上に降ろすと聞いた時に、あの人間の側に出そうと思ったがやはりそう上手くはいかなかった。
ラ・バスワルドは魔物の領域に出現し、よりにもよって魔物大将軍の一人を消滅させた。
「もう少しバスワルドをそのままにしようかしら…ラグナロクも何も言ってこないし。ふふふ…それに面白いことにもなりそう」
バスワルドが魔物大将軍を消滅させていた時、それを見ていた一人の魔人の姿を確認していた。
そしてその魔人は古い魔人の一人であり、あの時の粛清を知る存在。
それはそれで楽しい事になりそうだと女神ALICEは笑みを浮かべた。
しかしその笑みはまさに人間から見れば邪悪そのものの笑みだった。
魔王城―――
普段は魔王の強大なプレッシャーに包まれているその場所が、大きなどよめきに満たされていた。
魔王ナイチサの前に跪いているのは、ナイチサの2代前の魔王である魔王アベルが魔人へとした存在、メガラスだった。
「………」
メガラスは必要な事意外は決して話そうとはしない。
この中にはメガラスの声を一度も聞いたことの無い存在の方が圧倒的に多い。
しかしそんなメガラスから放たれた言葉は、到底信じる事は出来ないものだった。
魔物大将軍マディソンを含めた魔物部隊5,000が一体も残らずに消滅したのだ。
普通はどんな部隊でも一人も残らずに全滅するという事はありえない。
特に魔物兵は、その上に立つ魔物隊長、魔物将軍、魔物大将軍が死ねばあっという間に瓦解してしまうものだ。
だが、その5,000の兵は誰一人として戻らず、そして死体も存在しない…もし報告をしたのが魔人で無ければ誰もその言葉を信じぬだろう。
そして魔人メガラスがそんな下らない冗談を言うはずが無いのだ。
その報告に魔王ナイチサが放ったのは誰も予想もしていない言葉だった。
「捨て置け…」
「「「!!!」」」
魔王の言葉に誰もが言葉を失う。
まさか魔王であるナイチサが…魔物の王が己の配下を消滅させた存在を無視するとは思ってもいなかったからだ。
そしてそのまま魔王ナイチサは言葉を発しようともしない。
それ以上の言葉は許さないとばかりに、魔王の間には恐ろしいほどの沈黙で満たされていた。
メガラスは何時もの様に一人立ち去ろうとした時、
「お待ちください、メガラス様」
そのメガラスを引き止めたのは、自分と同じ時代に魔人となったカミーラの使徒である七星だった。
「カミーラ様の所に来て頂けますでしょうか」
七星は魔人であるメガラスに一礼する。
普段であればメガラスは我関せずという感じに直ぐに飛び去ってしまうだろうが、その日のメガラスは違った。
「……」
メガラスは何も言わずに頷く。
その様子に七星は神妙な顔で歩き出す。
ドラゴンである七星にはメガラスの見た存在が非常に気にかかっていた。
何故ならば、七星もまたあの事を知る者の一人だからだ。
「来たか…メガラス」
メガラスが案内されたのは、七星の主であるカミーラの城だ。
そこに座るカミーラは、かつてメガラスが知っていたカミーラの姿とは似ているようでかけ離れている。
カミーラは怠惰でやる気が殆ど感じられない魔人であった…が、それはスラルが消滅するまでだ。
しかし今のカミーラには少し気だるげな様子は見えるが、その目は間違いなく獲物を狙う狩人の目だった。
「お前が見たのはあの時の光景か?」
「………」
カミーラの言葉にメガラスは何時ものように何も答えない。
が、その沈黙はカミーラは肯定と受け取った。
そもそも、魔王に対してさほど好意的ではないメガラスが、魔王ナイチサに報告するために自ら魔王城を訪れぬなど有り得ない事だからだ。
「ククク…流石のお前もあの光景は忘れられないと見える」
「………」
カミーラの言葉にもメガラスは何も返さない。
それでもカミーラには分かっている…あの時の光景が頭に残っているのはカミーラも同じなのだから。
(ドラゴンですらあの連中…天使共には敵わなかった。あのマギーホアでさえもな…)
ドラゴンの王マギーホア…魔王アベルすらも倒した存在であり、カミーラにとってはまさに最強のドラゴンだ。
が、そのマギーホアもまたカミーラが子を成せなくなってから自分への興味を無くしたようだった。
あれからドラゴンには会っていないが、今のマギーホアの無様な姿を思うと少しは溜飲が下がるというものだ。
今現在でも飽くなき闘争心を持っているのは地竜ノスくらいだろう。
「メガラス…私と共に来るか」
「………」
カミーラの言葉にメガラスは特に言葉を発しないが、カミーラには分かる。
今はここにいないケッセルリンクを除けば、恐らくは自分と一番付き合いが長い魔人だ。
ケイブリスは自分よりも更に長く生きているが、生憎とあの小さなリスの事は眼中に無かった―――今はまだ。
メガラスも現れた存在…恐らくは天使の一種が気になっているだろう。
カミーラはランスに会わなければ今もまだ己の城に引き篭もっていただろう。
だが今のカミーラにはその存在に対する興味が有った。
それこそが今のカミーラの鋭い眼光の招待なのだろう。
「そして動かぬ魔王か…もしかしたらナイチサ…そしてスラルはその正体を知っているのかもしれぬな」
今、自分が求める人間の側にいるかつての主を思い出し、カミーラは薄い笑みを浮かべた。
魔法ハウス―――
「ハァ…」
エルシールは疲れた体をソファに預け、大きくため息をつく。
「今日の飯はなんだ」
「はい。今日はこかとりすのスープとステーキです」
「うむ、グッドだ」
ランスはパレロアに本日の献立を聞き、その内容に大いに満足しているようだ。
意外と食には煩く、同じ料理が続くと怒る。
パレロアは料理が得意なので、同じ料理や同じ味が続くことは無い。
もし自分が貴族のままなら、パレロアはお抱えの料理人となっていてもおかしくは無いだろう。
それこそが料理LV1という神が与えた才能なのだから。
「それにしても…よくこかとりすみたいな高級食材を簡単に手に入れるわね」
こかとりすはその味ゆえに狙われるモンスターではあるが、価格が高いのはやはりその強さゆえだ。
そう簡単に市場に出回らず、それこそ貴族等といった王族達ご用達の食材なのだが、この男はそのこかとりすをあっさりと倒してしまう。
こうして自分が疲れているのはこの男に付き合って色々と回っているからだ。
「パレロアさん…私が思っている以上に体力があるのね」
「私は皆様の邪魔にならないようにしているだけですし、レダさんが守ってくださいますから…エルシールさんは魔法を使っていますから、私以上に疲れているだけですよ」
「まだエルシールの体力が無いだけでしょ。レベルもまだまだ差がある訳だしね」
レダが用意された水を飲みながら、エルシールの側の椅子に腰を落とす。
その顔には汗一つ存在していない。
(それにしても…レダさんってびっくりするくらい綺麗)
レダの容姿は女である自分ですらも思わず見惚れる程の美しさだ。
それもただ美しいという訳ではなく、まるで何か彫像のような美しさがある。
そして何よりもその強さはエルシールの目から見てもやはり異常だ。
ランスの強さも異常だと思うが、この女性の強さもまた異常だ。
レダに救われたのは一度や二度ではない。
もし彼女がいなければ、自分はとうの昔にモンスターに殺されてしまっているだろう。
(剣が上手で守りも堅くて魔法も使える…完璧ってレダさんみたいな人を言うのね)
実際にはレダはエンジェルナイトなので人を遥かに上回っているからなのだが、それを知っているのはランスとスラルだけだ。
ランスもスラルもそんな事は言うタイプではないので、まだ誰も知らない事だった。
「でもエルシールも中々良くなって来てると思うわよ」
スラルがふわふわと浮かびながらエルシールを評価する。
「…そうでしょうか」
流石に周りにいるのがランスとレダとスラルの三人だと、自分が大きく足を引っ張っているのが嫌でも分かる。
さらにここに魔人ケッセルリンクが加わることもあるので、自分の存在意義に大いに疑問を抱くのはあるいみ当然かもしれなかった。
「それにエルシールにはリーダーシップがあると思うわ。ランスの持つ強烈なものとはちょっと違うけどね」
「ありがとうございます…」
スラルの言葉にエルシールは曖昧な笑みを浮かべる。
流石に冒険においては自分はランスに劣るのは明白である…というよりも、ランスという男は冒険においてはまさに的確と言わざるを得なかった。
いい加減なようでその実効率的とでも言うのだろうか、冒険の失敗と呼べるものは無かった。
もっともその冒険も必ずしも結果が出るという訳ではないし、何も見つからないという事もあるのだが。
それでもやはりランスという人間の不思議さを思い知るには十分だった。
何より、自分と同じ冒険をしているのに、ランスもレダもまだまだ余裕が有るのは分かる。
いや、もしかしたらパレロアよりも体力が無いかもしれない。
それを考えると思わずため息が出てしまうのを止める事は出来ない。
「戻ったか」
ケッセルリンクが1階へ降りてくる。
彼女は昼間は起きているのが辛い為、今しがた起きた所なのだろう。
「すまないわね、ケッセルリンク。留守番みたいな事をさせて」
「構わないさ」
レダの言葉にケッセルリンクは本当に何でも無いという感じに応える。
(…かっこいいなあ)
ケッセルリンクを見て、エルシールは美しいというよりもかっこいいと感じる。
その仕草は実に様になっており、まさに淑女という言葉は彼女のためにあると感じてしまう。
「成果はあったのか?」
「特には無いな。まあそんな時もあるだろ」
ランスは何事も無かったかのように、パレロアが用意した食事を食べ始める。
今まで無数の冒険をしてきたが、それでも成果が無かったことも多々ある。
「やっぱり帰り木が少ないのが気になるわね」
「うむ、お帰り盆栽さえ見つかれば何も問題無いのだがな」
ランスとしてはやはり数が少ない帰り木よりも、時間さえあれば何度でも帰り木が生えてくるお帰り盆栽が有った方が当然有り難い。
お帰り盆栽はランスも持っていたのだが、それをシィルに持たせていたために今は僅かな帰り木しかないのだ。
ランスも冒険者として、帰り木の予備は何かあった時のためにとっておきたかった。
以前にゼスの琥珀の城で、お帰り盆栽が一時的に尽きた時に少し苦労をした。
その苦い経験からランスとしても予備の帰り木だけは残しておきたかった。
「でもこの辺にはもう無いんじゃないかな。そろそろ移動してもいいと思うけど」
「そうだな。そろそろ移動するか」
スラルの言葉にランスは同意する。
バイクと魔法ハウスがあればある程度何処へでも行くことが出来る。
「そうだな。今度こそJAPANに向かうか」
「JAPAN…東の果てに出来た新しい国ですね」
ランスの言葉にエルシールが反応する。
「何だと?」
「つい最近…今から20年程前でしょうか。突如として橋がかかり、分かれてしまった地と繋がったと」
エルシールもその国の名前は聞いたことはあったが、自分がいる国とは離れすぎていたため関わることは無いと思っていた。
だから国の名前は聞いた事はあっても、それがどんな国なのかは想像も出来なかった。
「よし、次はJAPANに行くぞ。JAPANは色々と変わったアイテムがあるからな。スラルちゃんの体をどうにかするアイテムもあるかもしれん」
ランスの目的の第一はシィル達を探すことなのだが、流石に今の状況ではあの戦艦の有る所には行けないと自覚していた。
ケッセルリンクに頼めばいいかもしれないが、魔人は魔王の命令には逆らえないし、何よりも魔王ナイチサは相当に残虐な魔王だと皆が口を揃えて言っている。
流石のランスもそんな状況で魔物の地に向かおうとは思っていなかった。
「それだがな…ランス。私はそろそろ戻ろうと思う」
「む」
ケッセルリンクの言葉にランスは少しケッセルリンクを睨む。
自分の女が自分について来ないなど、ランスにとってはありえない事だったからだ。
「私も魔王に睨まれるのはまずいからな。確かにある程度の自由はあるが、魔王ナイチサは正直何を考えているか分からないからな」
魔王の名前を出されれば流石にランスも何も言えない。
その力は魔王ジルと魔王リトルプリンセスで嫌というほど味わっているからだ。
「そんな顔をするな。直ぐに戻る訳ではない。確かに私もそのJAPANという国には興味があるからな。そこまでは付き合おう」
ランスに向けてケッセルリンクは微笑む。
「フン、俺様の側に居たいならそう言えばいいんだ」
「フッ…」
ケッセルリンクもランスとの付き合いが長いので、ランスの言うような事は大体分かる。
そのまま彼女も優雅に食事を初め、スラルを除いた全員が食事を取り始める。
(ううう…結構きつい…けど食べなきゃ)
まだ冒険を始めて日が浅いエルシールには食事も辛いが、それでも食べなければ明日が辛くなる。
(パレロアは普通の食事量だけど…この二人はよく食べるわね)
ランスとレダの二人は自分の倍の量の食事を軽く平らげている。
自分が小食というのもあるが、それでも良く食べれるものだと感心してしまう。
そして食事が終わると、各々で好き勝手な時間が始まる。
ランスは早々に部屋へと戻り、己の趣味である貝を磨いている。
レダは一人どこからか購入してきた本を見ており、スラルはエルシールに魔法の講義をしている。
ケッセルリンクはそんなエルシールを見て笑みを浮かべる。
「ケッセルリンク様」
パレロアがケッセルリンクのグラスにワインを注ぐ。
「すまないな、パレロア」
ケッセルリンクはそのワインを香りを楽しみ、そしてあくまでも優雅にそれを飲み干す。
「嬉しそうですね」
「…そうだな、私はこうしてスラル様が生き生きとしているのが嬉しいのかもしれないな。そして彼女も…完全に救われたとは言えないが、それでも今を精一杯生きている」
完璧に助けられた訳ではないが、それでも今の顔を見ていると安心する。
「ケッセルリンク様なら…助けられたのでは無いですか?」
「…命を助けることは出来るだろう。だが、私はその後で彼女達に出来ることが無い。私は魔人…人では無いのだ」
「そうですか…」
ケッセルリンクの言葉にパレロアは暗い顔をする。
自分もランスとレダ、そして魔人ケッセルリンクに救われた人間だ。
確かにエルシールは助かったが、家族を失う結果になってしまった。
果たしてそれは彼女にとって良かったのか悪かったのか、それはパレロアには分からなかった。
(でも…今のエルシールさんを見てると、それも良かったのかもしれない)
エルシールは頭を抱えながらもスラルから魔法の事を教わっている。
戦う技能を持っていない自分は、こうして料理を初めとした家事くらいしかランスに恩を返すことは出来ない。
「これからの事は彼女自身で決めることだ。その彼女がこうして今を精一杯生きている…後は彼女次第だ」
ケッセルリンクの顔はどこまでも優しい。
魔人であるはずの彼女がそんな顔をするのを見てパレロアはやはり少し戸惑ってしまう。
自分にとっては彼女は恩人…しかし恐ろしい魔人の一人だ。
ランスと魔人カミーラの戦いは今でも頭に残っているし、あの時の象バンバラの魔人の事もそうだ。
「シャロンさんは大丈夫ですか?」
「シャロンは大丈夫だよ。まあ魔人の使徒が大丈夫というのも人間から見れば変な話なのだろうな…」
ケッセルリンクは笑うと、徐に立ち上がる。
「ケッセルリンク様」
「ランスの所に行く。もうそろそろ別れねばならないからな」
「あら…」
ケッセルリンクの言葉にパレロアは思わず口元を押さえる。
この時間にランスの所に行くという事は、そういう事なのだろう。
そしてこの距離だからパレロアには分かる…ケッセルリンクは仕方ないというような口調だが、その顔は確かに自分達には向けない表情を一瞬とはいえ浮かべていたのを。
ケッセルリンクはランスの部屋へと向かっていく。
「本当にランスさんは不思議な人。ケッセルリンク様だけでなく、魔人カミーラとも…」
魔人相手にも一歩も引かない人間であるだけでなく、その魔人に求められる人間。
「ランスさんは本当にどういう人なのでしょうか」
自分の想像を遥かに超えるランスという人間の事を思い、パレロアはため息をつく。
「さて…明日の準備をしないと」
???―――
クエルプランは突如として舞い込んだ仕事を黙々とこなしていた。
何しろ今回は5,000の魔物という数だ。
勿論それ以上に人間が死ぬのは珍しく無いが、今回は自分の下…2級神が起こしたことだ。
彼女にとってはそれはどうでもよいことだったが、まさかあの2級神である破壊神であるラ・バスワルドが動くとは思ってもいなかった。
ラ・バスワルドの行動原理は彼女も知っているが、今の状況はその神が動く状況ではなかった。
が、それに同じ1級神である女神ALICEが絡んでいるとなると少し嫌な予感が感じるのも事実だ。
恐らくは、彼女はラ・バスワルドを魔物界ではなく人間の住まう場所に降ろそうとしたはずだが、どうやらそれは適わなかったようだ。
「しかしラ・バスワルドはまだ戻ってきていない…まだ続くのでしょうか」
彼女には意思も何も存在していない。
ただ、破壊するという己の行為をしているに過ぎない。
勿論何れは戻るだろう…神による直接の介入は創造神が望む所ではないからだ。
だが、まだ戻る気配は無い所を見ると、もう少し破壊をしてくるのだろう。
そして気になるのは…自分が今担当している人間であるランスの所にラ・バスワルドが向かうのではないかという思い。
「…どうして私はそんな事を考えているのでしょうか」
確かにあの人間が普通ではない事は事実だ。
しかし、たかが人間に何故自分はここまで考えているのだろうと疑問に思う。
そしてあの男は本当にあれから自分を呼ぶようになり、そしてそれを当然のように受け入れている自分がいるのに気づく。
ランスのレベルは上がっていないが、その仲間は順調にレベルが上がっているようだ。
「しかし…これはどうしましょうか」
そしてレベルを上げていく中で自分が気づいたこと…それはランスに抱かれている女性の才能限界が上がっている事だ。
パレロアという人間は才能限界を迎えたはずだったが、その限界レベルが上がっているのだ。
才能限界とはその人間…いや、人間だけではなくこの世界の全てに存在しているものだ。
生まれた時から決まっており、それは決して変動することは無い。
才能限界を上げるアイテムはこの世界に存在しているし、レベル神が賄賂を貰ってレベルを上げる事はあるが、それは些細な事であり何も問題は無い。
しかし他者の才能限界を上げてしまう人間など聞いたことも無い。
本来は女神ALICEが対処すべき事だと思うのだが、何故かそれを言うのは憚られた。
あの人間の事を知っているのは自分だけでいい…そうとも考えてしまっている自分がいる。
「ランス…」
人間…ランスの白紙の魂情報に、クエルプランは己の手でランスの事を書き込んでいく。
真っ白だった用紙に、ランスの情報が載ることに不思議とクエルプランは嬉しく感じてしまっていた。
まるで自分の足りない何かが埋まっていくような感じがするのだ。
戯れにランスの事を覗いて見ると、そこにはランスが女性…それも魔人を組み敷いて性交している姿が映し出される。
本来はこれは子を作るための行為なのだが、女性の魔人が子を成すことはありえない。
それがこの世界のシステムなのだから。
「…何故人間はこの行為を頻繁に行うのでしょうか」
人間は好んで性交を行う…中には避妊魔法というのを使って純粋に性交に耽る者もいる。
それは男も女も同じだ。
そして特にランスという人間はほぼ毎日女性達と体を重ねている。
その顔は非常に楽しそうだと思った。
「………」
クエルプランは無言で己の唇を押さえる。
今ランスは、魔人の女性と唇を重ねている。
それは人間の感覚からすれば遥か昔に…それこそ人間の寿命を遥かに越える程の昔に、ランスが自分にした事だ。
女性―――ケッセルリンクは魔人にも関わらず、ランスとの口付けに夢中になっているようだ。
必死にランスの体にしがみ付き、何度も何度もその唇を重ねる。
「私は何を考えているのでしょうか」
クエルプランは今の自分の行為を自覚し、その映像を消す。
そして記憶から消去しようとして、やはりその記憶にロックがかかっている事に首を傾げる。
自分の頭の中で、あの人間との記憶がどんどんと膨れ上がっていく。
でもそれは決して無駄な事だとは思えない。
「…ランス」
最後にもう一度名前を呼んで、クエルプランは何時ものように仕事へと戻っていく。