「…ッ!」
カミーラが目を覚ました時は、そこには知らない天井があった。
「目を覚ましたか」
「ケッセルリンク…?」
そして聞こえてきたのは、今は魔物界にいないはずのケッセルリンクの声だった。
横を見れば、そこには確かに魔人ケッセルリンクが自分を見ている。
「…ここは」
自分はあの得体の知れない存在…かつての天使達と似ていた奴と戦っていた。
そしてそいつが放つ白色破壊光線にメガラスと共に飲み込まれた…そこまでは覚えている。
「ランスの魔法ハウスだ。お前が巨大なクレーターの中で倒れていたのを見た時は流石に驚いた。何があった」
そう言うケッセルリンクの目は鋭い。
問題はカミーラとメガラスが傷を負って倒れていたという点。
つまりは魔人の持つ無敵結界を貫通して二人を倒したという事になる。
魔人同士の戦いで魔人四天王のカミーラを気絶させるなど、それこそ有り得ない事だ。
複数の魔人がカミーラを襲ったというなら話は別だが、それはいくらなんでも有り得ない事だ。
魔王ナイチサは基本的に魔人同士での争いを認めていない。
小競り合いくらいならナイチサも黙認するだろうが、巨大なクレーターが出来るほどの争いとなれば話は別だ。
「ランス…だと」
カミーラはランスという名を聞くと、直ぐにベッドから起き上がる。
「カミーラ!」
「…そう言わずとも教えてやる。だがその前にスラルに聞きたい事がある」
「スラル様に?」
ケッセルリンクはカミーラの言葉に驚く。
カミーラは魔王スラルの事を好いてはいなかった。
いや、あの魔人カミーラに好かれる方が難しいのだが、魔王スラルに対しては割りと反抗し続けたのが魔人カミーラだ。
そのカミーラがスラルに話を聞く日が来るとは、流石のケッセルリンクも思ってもいなかった。
「それよりも怪我はもういいのか?」
「フン…この程度など怪我にも入らん」
カミーラの言葉にケッセルリンクは苦笑する。
レダが回復魔法を使ったとはいえ、カミーラとメガラスが負った傷は大きい。
それでもカミーラはなんとも無いように振舞う。
(ランスがいるからか? いや、カミーラの本質なのだろうな)
己の無様な姿をこれ以上晒せないという事なのだろう。
しかもここにいるのはかつての主であるスラルと、己が使徒へと誘っているランス…この二人は特に意識してしまうのだろう。
「ケッセルリンク…お前が思っているような事ではない。断じてな」
「分かったよ。私は何も言わないさ」
ケッセルリンクは己の苦笑を消し、顔を引締める。
そう、カミーラが何者かに倒され気絶していたというのは紛れも無い事実。
つまりは、強大な何かが今この世界には居るという事だ。
二人はスラルと話をするべく彼女が待つ1Fのリビングへと歩き始めた。
カミーラが起きる前の1F―――
「凄い…これどうなってるのかしら」
エルシールは恐る恐る椅子に座る魔人―――メガラスの体に触る。
肌だと思われる白い体を触ると、その感触は見た目どおりに硬い。
(うわあ…私、魔人の体に触ってる)
魔人ケッセルリンクには何度か触れる機会があったが、人の姿をしていない魔人に触れるなど当然初めてだ。
ましてや相手はあの魔人メガラス…そんな存在触れる機会などこの先あるかどうかと聞かれれば無いだろう。
「………」
触られているメガラスはというと、何時もの通りに無表情かつ無言であるためそれをどう思っているかは分からない。
だがそれでも身動き一つしないのを見ると、決して嫌がってはいないようにも感じられる…少なくともスラルはそう感じた。
(私が魔王の時から殆ど喋らなかったけど…今でもそうなんでしょうね)
魔人メガラスは自分から話しかけなければ応えてくれる事は殆ど無い。
話しかけても無視される事の方が圧倒的に多いのだ。
それは魔王であったころの自分でも変わらないのだから、今も無視しているのだろうなと思った。
(でも…もしかしてメガラス嬉しい?)
メガラスは魔人最速…つまりはこの世界最速の存在だ。
その光景を見たくて、スラルもメガラスに頼んで背に乗せてもらった事があるが、その時もメガラスは何も文句は言わなかった。
それどころか、サービスするかのように空中で華麗な動きを見せてくれた。
これが世界最速の光景かと当時は非常に嬉しかった。
そして今こうしてエルシールに興味有り気に触られているメガラスを見ると、実はメガラスは女性がホルスにも関わらず人間の女性が好きなのではないかと思ってしまう。
(メガラスの恋愛感とか凄い気になるけど…絶対に話してくれないわね)
興味は有るが、メガラスは絶対に話さないだろうとスラルは確信している。
(でもそれを聞くのは野暮よね…そういえばそういえばメガラスは私が魔王になる前からの魔人だけど、どういう経緯で魔人になったのかしら)
メガラスはスラルが魔王になる前…魔王アベルが魔人にした存在であり、古参の魔人の一人だ。
極めて無口だが、自分の頼みはきちんと聞いてくれていた。
そんなメガラスをランスは少し詰まらなそうに見ている。
「どうしたのよランス」
「何であんなムシ野郎が人気なのだ」
女性に囲まれているメガラスを見て、ランスは面白くなさそうなのがレダにもハッキリと分かる。
「ホルスの魔人が珍しいんでしょ。それに人外の魔人をこんな間近で見るなんてそう無いでしょうし」
ホルス…それはこの世界の外からやってきたとされる創造神の範疇の外に存在だ。
ランスの世界…LP期から4000年以上前にやってきたとされる種族。
魔人メガラスはその外から来た種族から魔人となった存在だ。
「あのメガフォースとかそいつらと同じだろ」
ランスも珍しく覚えているのがあの巨大戦艦の中でランスが一蹴したホルス…即ちメガフォース、メガッサ、メガワスの三体のホルスだ。
男の事はあっさりと忘れるランスではあるが、やはりあの三体のホルスの事は特徴的なため頭の片隅に記憶していたようだった。
「ホルスで思い出したぞ。絶世の美女のテラとやらの姿も見てやらんとな」
そしてホルスの事を思い出したことで、あの三体の言っていた女王テラの事も思い出す。
絶対に会ってやらなければいけないとランスが改めて決意した時、ランスは視線を感じていた。
「むっ」
その視線の先は、先程から何一つ言葉を話していない魔人メガラスの姿があった。
無言のままメガラスはランスを見ている―――ようにランスは感じられた。
「何だ」
「………」
ランスの言葉にメガラスは何も答えない。
そしてそのままランスから視線を外す。
「だから何だというのじゃー!」
その態度にランスは怒鳴り声を上げた時、
「…うるさいな」
突如として放たれた言葉に部屋の温度が間違いなく下がったのをパレロアとエルシールは感じた。
二人が体を強張らせながら声の方向を向いた時、そこにいたのはまさに絶世の美女と言ってもいい存在だった。
美しい長い髪…そしてその体の線が分かる黒いドレス。
何よりも言葉通りの人を超えた美貌と言ってもいい。
だが、そこから感じられるのは異常なまでに強力なプレッシャーだ。
特に初めて感じられる魔人の強力な重圧に、エルシールは意識を手放しそうになるのを必死に堪える。
自分を助けてくれた魔人ケッセルリンク、そして今この場にいる魔人メガラスとは全く違う…明らかに人を見下している。
(これが…魔人四天王カミーラ)
名前だけは聞いたことがあるが、まさか自分の生あるうちに出会うことになるとは思ってもいなかった。
そしてパレロアも恐怖で体を震わせる。
以前にも彼女とは会った事はあるが、その時もランスとカミーラは戦っていた。
その戦いはパレロアから見ればまさに人外の戦いだった。
そしてカミーラの目的は、ランスを己の使徒にする事…もしかしたら再びあんな戦いが起きるのではないかとパレロアは不安になる。
「何だカミーラ。もういいのか」
「フン…人間がこのカミーラの体を聞くか…私も落ちぶれたものだな」
カミーラは自嘲するように笑うと、ランスに向かって歩き出す。
その仕草にエルシールは思わず息を呑む。
ケッセルリンクと違い、明確に人に敵意を持っている…そんな恐ろしい魔人が何をするのかエルシールはその恐怖に体を震わせる。
カミーラはランスに近づきその顔を見る…いや、睨むと言ってもいいだろう。
だがそこにあるのは殺意や敵意とは違うようにエルシールは感じた。
「フム…強くなったようだな」
「当然だ。俺様は世界一強いからな」
ランスの言葉にカミーラは笑う。
「ククク…だからお前を私に跪かせる意味がある。貴様のその自尊心を打ち砕く事もな」
そう言ってカミーラはランスの頭に手を回すと、そのままランスの唇を奪う。
「!!」
それを見てエルシールが心臓が止まりそうになるほど体が震える。
ランスが魔人ケッセルリンクとそういう関係である事は知っている。
彼女が魔人になる前からの知り合いと言う事で、その経緯も彼女に教えてもらった。
その顔は恋愛には疎いであろう自分にも分かる…ケッセルリンクはランスを異性として見ている。
そんなケッセルリンクがランスとキスをするのは分かるが、まさかあの魔人カミーラがランスに対してキスをする等驚き以外の何者でもない。
「まだお前はそんな事を言っているのか。無理だから諦めろ」
「悪いが私は欲しいと思ったものはどうあっても手に入れる…それが私だ」
カミーラは何でも無いかのように椅子へと座る。
驚いている自分達の事などまるで眼中に無いかのようだった…いや、事実自分達など本当に目に入ってもいないのだろう。
つまりは魔人カミーラにとっては、自分とパレロアなど居ないも同然の扱いという事だ。
(この場は助かったのかしらね…)
今もカミーラの放つ強大なプレッシャーは消えないが、それでもそれが自分に向けられたモノではない事にエルシールは心の中で安堵のため息をつく。
「カミーラ、メガラス。何があった」
カミーラの横に座ったケッセルリンクが硬い声で二人に尋ねる。
「………」
ケッセルリンクの問いにも相変わらずメガラスが口を開く様子は無い。
そんなメガラスの態度が分かっていたのか、ケッセルリンクはカミーラを見る。
スラルに聞くことがあるとの事だが、それでも何が起きたかはケッセルリンクとしても知っておかなければならない事だった。
「その前にだ…スラル、貴様は天使の事についてどこまで知っている」
「え? 私?」
まさかカミーラが自分に質問するなどありえないと思っていただけに、スラルは思わず声をあげてしまう。
スラルは一つ咳払いをして一呼吸置くと、
「その質問に関してだが…生憎答えることは出来ない。理由は単純…私の記憶が欠落しているからよ」
「…何?」
「言葉通り…私はお前達の事を覚えているし、魔王であった時の事も覚えている。だが、天使…いや、神に関する事だけはどうしても思い出せない」
「………嘘、では無さそうだな。お前がそんな下らぬ嘘を言う理由が無い」
スラルの答えにカミーラはつまらなそうに鼻を鳴らす。
かつての魔王であるスラルならば、知っていると思ったのだが、当てが外れてしまった。
「つまりお前達にそこまでのダメージを与えたのは神、もしくは悪魔という事か」
「悪魔…」
スラルの言葉にケッセルリンクはかつての悪魔を思い出す。
パレロアの夫を唆し、魂を回収していた悪魔…第参階級魔神フィオリと名乗っていたあの少女の事を。
あの時はレッドアイの乱入も有りその場から逃げることは出来たが、恐ろしい相手だった。
そして何よりも、悪魔には無敵結界が発動しないのだ。
「悪魔ではない…アレは間違いなく『神』なのだろうな」
カミーラが思い出すのはドラゴンが追い詰められた程の力を持つあの天使の大群…そしてあの存在は間違いなくその天使に近い存在だ。
「神だと?」
ランスが神と聞いて思い浮かぶのが、まず一番は今は呼んでも現れない自分担当のレベル神であるウィリスの事だ。
そして次は今の自分のレベル神をしているクエルプランという神。
実際には他の神…1級神である光の神GODにも会ったことはあるのだが、ポッと出の新キャラをランスが覚えているはずも無かった。
「なんでその神とやらがこんな所におるんだ」
「さあな…私も神に会った事等無い…だからお前に聞いたのだがな。当てが外れた」
「それは悪かったわね。でも魔人であるあなた達を倒したのなら、相当に上位の神が居るって事よね…でも何のために?」
自分が覚えていないだけかもしれないが、自分が魔王であった時には神が地上に現れたことは無かったと記憶している。
もしそれほどの存在が現れれば、カミーラが覚えているだろう。
「で、お前はその神とやらに負けた訳か」
「何だと」
ランスの言葉にカミーラは露骨に不機嫌そうな顔を見せる。
「ランス、貴様今何と言った。このカミーラが無様に負けた…そう言っているのか」
「事実だろうが。お前はクレーターに突き刺さってたぞ」
「…ならばランス、お前も付き合え」
「ことわーる!」
カミーラの言葉にランスは堂々と言い返す。
(…あの魔人カミーラに対してあんな口をきけるなんて)
エルシールは今も内心は非常にびくびくしている。
魔人カミーラの恐ろしさはエルシールも伝聞だけではあるが知ってはいる。
そして今なら分かる…魔人カミーラは自分達など眼中に無いのは、目の前にこの男が居るからだろう。
もしランスがいなければ…自分達は虫けらのように殺されてもおかしくは無いという事も理解してしまう。
「…臆したか? ランス」
今度はカミーラが挑発的にランスを見る。
「そんな訳が無いだろう。そもそも俺様はJAPANへ向かう途中だったのだ。新たな女が俺様の登場を待っているのだ」
「貴様は…それほどその地の女がいいというのか」
「当然だ」
「このカミーラよりもか」
「あん?」
カミーラの言葉に今度はランスが思わずカミーラを見る。
カミーラ自身も、何故自分がそんな言葉を発したのか理解できないかのように唇を歪めている。
「ならば…ランス。お前がその天使に傷一つつけることが出来たなら…お前の願いを叶えてやろう」
「何?」
カミーラの言葉には流石のランスも驚く。
まさかあの女王様気質のカミーラがそんな事を言うとは思っても居なかったからだ。
「先に言っておくが…お前を使徒とするのを諦めるというのは無しだ。それでは私が詰まらぬからな」
「そんな願いなどするか。だがお前がなあ…」
ランスもカミーラの言葉に流石に悩んでいるようだ。
それもそのはず、かつてのカミーラはランスを殺さんばかりに憎み―――そして全てを諦めたかのように無気力となっていた。
だが今のカミーラは、ランスが知っているカミーラに比べればかなり魅力的だ。
ゼスの時の様な無気力ではなく、今の覇気に溢れたカミーラとのセックスはランスにとっても何よりの刺激だった。
そのカミーラが自分に対して『願いを叶えてやる』と言っているのは、彼女にとっては最大限の譲歩だろう。
(志津香の奴ともやるのは苦労したからな…カミーラは志津香よりも遥かにハードルが高いからな)
あの時の無気力だった時のカミーラよりも、今も少し挑発的に笑みを浮かべているカミーラはやはりこの上なく魅力的だ。
だがそれでもランスが悩むのは、やはり魔人カミーラと魔人メガラスが敗れたという現実だ。
それを考えれば、態々危ない道に足を運ぶのは躊躇われた。
「…そいつは美しい女だぞ」
「何だと」
カミーラの言葉にランスが食いつく。
「レダに似ているか…最も強さは段違いだがな」
「悪かったわね…」
レダは憮然とした顔でカミーラを見る。
(私に似てる…天使…まさか4級神レダ様? いや、まさかそんなはずは無いわね。私達天使は悪魔を狩るために地上に来ることはあるけど、魔人と戦う理由は無いし。でも話を聞く限りは間違いなくエンジェルナイト…あるいはもっと上の方だろうけど)
頭を悩ませているレダを尻目に、ランスは結論を出す。
「いいだろう。だがお前が言い出したんだ、約束は守れよ」
「人間と約束など本来は絶対にありえないがな…私が言い出したことだ。約束は守ろう」
「いや、ランス…カミーラを倒すほどの存在よ? 本当に大丈夫なの? パレロアとエルシールは間違いなくついて来れない世界よ」
スラルはランスのあっさりとした言葉に不安そうだが、
「やばければ逃げればいいだけだ。簡単だろ」
「そうだけど…」
(それをさせてくれる相手なのかしらね…)
スラルには大きな不安がある。
だがこうしてランスが笑っているのを見ると、自分は何も言う事は出来ない。
自分はランスの剣から離れることは出来ないのだから。
「ケッセルリンク、お前も手伝え」
「分かっている。まったく…カミーラ、お前が動くと必ず大きな問題に突き当たるな」
ケッセルリンクの言葉にカミーラはくつくつと笑う。
「ククク…それは違うな。このカミーラが動くところにランスがいる。ならばあいつが元凶だろう」
「否定はしないがな…」
カミーラの言うとおり、全てがランスが元凶…確かに否定は出来ない。
ランスが行動するたびに何か大きな騒動が起きるという気がするのも事実だ。
(だがそれでもこの男は止まらないのだろうな)
ケッセルリンクは何時ものように笑っているランスを見る。
ランスは決して止まらない。
それがランスという男なのだろうが、振り回される周りの者は大変だろう。
(まあそれに付き合う私も今更か)
「どわーーーーーっ!!!」
「ちょ!!! 何よこれ!!」
ランスは爆風に吹き飛ばされながらも何とか姿勢を立て直す。
確かにカミーラの言っていたとおり、絶世の美女である事は間違いなかった。
レダに似ているというのも確かで、その美しい金色の髪に人を超えた美しさも天使と言われれば納得がいく。
だが、ランスに向かって放たれたのは無慈悲なまでの威力を持つ魔法の嵐だった。
ただの炎の矢でもそれはまるでアニスの放つ必殺魔法と言われても納得がいく威力だ。
「これ…私が魔王だった頃の威力…いえ、それ以上じゃない! 何なのよアレは!」
スラルの悲鳴に似た叫びは上空の天使…破壊神ラ・バスワルドが放つ魔法によって強制的に口を塞がれる。
ランスの剣から必死に魔法バリアを貼り、少しでもこの尋常ではない威力の魔法を軽減する。
「あはは…アレってもしかしなくてもあの方よね…」
レダは必死に魔法を防ぎながら乾いた笑いを出す。
勿論自分程度がお目にかかれる方ではないというのもあるが、あの神は自分達がいた本来の時代にはいないはずの神だ。
破壊神ラ・バスワルド…2級神であり、魔王をも超える力を持つ破壊の神。
だが、ランスがいるLP期には既に魔人ラ・ハウゼルと魔人ラ・サイゼルに分けられている。
しかし今はNC期…まだこの神は二人の魔人に分けられていない時期だ。
(でも妙ね…ラ・バスワルド様が本気なら、私達程度あっさりと消滅させられるはず…それなのに、ラ・バスワルド様は魔法しか使ってこない。それも下級魔法を)
魔王を超える力というのは、この世界にいる魔王以外の全ての存在を消滅させる力があるという事だ。
それなのに使ってくるのは下級魔法…それも意図的に攻撃が外れるように放たれている。
「ぐぐぐ…降りてこーい!」
ランスが上空にいるラ・バスワルドに対して怒鳴るが、この神には感情というものは存在しない。
ただ、機械的に魔法を放ってくるだけだ。
「ク…この威力は」
ケッセルリンクも何とかランスを助けに行こうとするが、そのあまりの魔法の密度と威力の前には流石に近づくことも難しい。
何しろ相手の魔法は魔人の無敵結界を貫通してくるのだから。
「カミーラ!」
ケッセルリンクはカミーラを見るが、彼女はじっと上空にいるラ・バスワルドを睨むだけだ。
メガラスは果敢にラ・バスワルドに突っ込んでいくが、その強力な魔法障壁と不可視の攻撃によって吹き飛ばされるだけだ。
まさに圧倒的…そう言わざるを得ない力だ。
恐らくは現存する全ての魔人が力を合わせたところで太刀打ちできない程の力を感じてしまっていた。
そして破壊神ラ・バスワルドから強大な魔力が膨れ上がる。
「げ!」
ランスはそれを見て驚愕する。
その魔法こそ、ランスもよく知る魔法…志津香やマジックといった実力のある魔法使いが得意とする魔法、白色破壊光線だったからだ。
が、その二人とは決定的な違いがある。
それはその魔法の圧倒的な威力の違いだ。
魔法に関して詳しくないランスでもその魔法の威力は分かる。
ランスが脅威に感じている天災アニスを遥かに上回るほどの威力なのは明らかだ。
「ちょっとランス! あれは無理よ無理無理!」
「分かっとる! とっとと逃げるぞ!」
ランス達は踵を返して逃げようとするが、ラ・バスワルドの魔法の詠唱はそれよりも早い。
そして魔法が放たれ、ランス達はその光の奔流に飲み込まれた。
「はっ」
ランスが目を覚ました時、そこは見覚えのある天井…即ちランスが普段から生活している魔法ハウスの天井だ。
「目が覚めたか」
「…カミーラ?」
ランスが目を覚ました時、そこにいたのは魔人カミーラだった。
「…カミーラ! お前わざと俺様を見捨てただろ!」
「さて…何のことか」
そう言うカミーラの顔にはあのカミーラとは思えないほど意地の悪そうな笑みが浮かべられている。
「貴様が地に突き刺さるところ…確かに見させてもらったぞ」
「何だとー!」
「ククク…だがこれでお前も分かっただろう。あれがどれほどの存在なのかを」
「ぐぬぬ…」
カミーラに言われなくともランスには分かっている。
何しろかつては魔王ジル、そして半覚醒とはいえ魔王リトルプリンセスとも相対している。
だからこそ分かる…あの存在は非常に厄介すぎる存在であることも。
しかし…それでもランスは諦めるような人間では無かった。
「見てろ! 俺様が必ずあの無表情をアヘアヘ言わせてやる!」
「フッ…貴様はそれでいい」
未だ諦める様子の無いランスを見てカミーラは笑みを浮かべる。
それは獰猛でありながら、どこか面白いものをみているような目でもある。
そんなカミーラの視線に気づかぬまま、ランスは破壊神ラ・バスワルドをどうやっておしおきしてやろうか考えていた。