???―――
「くすくすくす…あはははは…」
広大な空間にまるで子供のような無邪気な笑い声が響く。
そこはこの世界の創造神ルドラサウムの間…そこでルドラサウムは地上の様子を見て笑っていた。
人間が魔物によって蹂躙され、時には人間同士で争っている。
三超神は非常に面白いメインプレイヤーを作ってくれた。
ドラゴンに比べると弱くて愚かで欲深い…そのくせ増える速度はドラゴンよりも圧倒的に速い。
そんなメインプレイヤーはルドラサウムのお気に入りだった。
その中でも特に気に入っているのは、聖女の子モンスターセラクロラスの力で移動をしている人間だった。
イレギュラーと言えばイレギュラーなのだが、全てが全て杓子定規では世界は面白くない。
だからこそ、あの存在も一つの楽しみとして放置しているのだ。
そしてその楽しみは人間のくせに魔人と渡り合うという、ルドラサウムの楽しみからすれば異端の人間だ。
人間が魔物に蹂躙される事が何よりの楽しみ…のはずだったが、何故かこの人間がその力と頭を使って物事を解決していくのが非常に愉快だった。
愚かな生き物が足掻いているのが楽しみなのではなく、この人間はこの状況をどう切り抜けるか…それが楽しみの一つになっていた。
「まさか魔人とあそこまで戦えるなんてなあ…でも面白いなあ」
ここ最近は象バンバラの魔人と戦っている所を見ていたが、それも興奮した。
無敵結界の壁の前に四苦八苦しても、結局はその力を使って切り抜けた。
まだ無敵結界について頭を悩ませている所を見るのもまた楽しい。
だが今はまた別の楽しみがルドラサウムをわくわくさせていた。
今度は魔人や魔物ではなく、神が相手だ。
ルドラサウムは三超神を作ってから、その大陸の事には一切関与していない。
三超神は自分の下に永遠の八神、1級神、2級神とピラミッド体系でこの世界の基盤を作っていった。
そして今回地上に現れたのは、2級神であり破壊神であるラ・バスワルドだ。
三超神がどういう意図でラ・バスワルドを地上に送ったのかは知らないが、最初は別にラ・バスワルドに注目していた訳ではなかった。
何故なら神が強いのは当たり前であり、特に破壊神ラ・バスワルドは魔王の強さを上回る。
そんな存在が地上を蹂躙しても、それは当然でありルドラサウムが望むドラマチックな展開は起こりえない。
別に口出しするつもりは無かったが、ここに来て非常に面白い展開が起こりそうだった。
破壊神ラ・バスワルドがあの人間と接触したのだ。
勿論人間が2級神に勝つということは絶対にありえない。
だからこそ自分は一つ三超神の一人、ローベン・バーンに命令した。
『決してあの人間達を殺すことは無いように』と。
その言葉は効果覿面で、破壊神ラ・バスワルドは決してその人間達を殺さないように戦っている。
人間と魔人が協力して戦っているというのも中々面白い光景だった。
「あの人間…どうするのかなー。ふふふ…」
ルドラサウムは無邪気に笑い続けた。
「あんぎゃー!!」
今日もランスの悲鳴が辺りに響き渡る。
あれから何回かラ・バスワルドに挑んだが、やはり結果は伴っていない。
上空から放たれる魔法の前には、ランスですらも手も足も出ない。
いや、ランスだけではなく、魔人達ですらラ・バスワルドに一撃を与えることも出来ずにいた。
ケッセルリンクの魔法も、メガラスのスピードを生かした攻撃も、カミーラのブレスもラ・バスワルドに傷一つつけることが出来ずにいた。
その様子にプライドの高いカミーラは明らかにイラついていた。
カミーラは昔の天使によるドラゴン狩りをただ見ていただけだったが、まさかこれほどの強さを持つとは思ってもいなかった。
「…気に入らんな」
魔人四天王と呼ばれ、この世界の支配階級の自分が手も足も出ない…確かに魔王やマギーホア等の絶対的な強者が居るのは知っていたが、それでも圧倒的な力だ。
そしてその澄ました顔がまた気に入らない。
まさに完璧な美しさとはこの事を言うのだろう。
その感情をみせない無表情もまたその美しさを際立たせている。
カミーラは自分よりも美しい存在が気に入らない。
そして己よりも強い存在もまた気に入らない。
だからこそカミーラはその天使に挑む。
挑むのではあるが、
「ク…!」
カミーラ全力のブレスも相手の魔法バリアの前には無力だ。
いかなる相手をも叩き潰してきたカミーラのブレスも魔法も爪も相手には届かない。
「化物か…!」
カミーラのブレスに対しても一切身動き一つしないラ・バスワルドの前にケッセルリンクは舌打ちをする。
自分もメガラスもそしてあのカミーラも本気で相手を倒しにいっているにも関わらず、傷一つつけることすら適わない。
上空から魔法を放つ…ただそれだけの行動なのに、魔人である自分達がまるで相手になっていなかった。
そしてこの争いを終わらせるかのように白色破壊光線が放たれ、全員が吹き飛ばされる。
そんな事がこの数日間繰り広げられていた。
???―――
「………」
人類管理局女神ALICEの間では、女神ALICEが少し面白くなさそうにその光景を見ていた。
本来人類の苦しみこそが彼女の楽しみであり、どのようにして人類を苛め抜くか…そんな事ばかり考えてる彼女だが、今人間が必死で逃げている光景は彼女にとっては不本意なものだった。
「どうしたものかしらね」
今吹き飛んでいるのは、件の人間であり、システム神預かりとなっている人間。
そしてあのクエルプランにレベル神の真似事をさせているような人間。
正直あの人間がラ・バスワルドの前に出てくれた時は丁度良いと喜んだ。
が、その喜びは直ぐに落胆へと変わってしまう。
それは「あの人間を殺してはならない」という三超神直々の言葉。
そうなれば、あの神が持つ本来の力である破壊の力を使う事など出来はしなかった。
直接殺すのは無理でも、副次的な事即ち崖崩れや吹き飛ばされた衝撃によるショック死は期待していたのだが、どうやらそれも起こりそうには無い様だ。
「はぁ…」
女神ALICEは最早ラ・バスワルドへの興味を失っていた。
その代わり、今楽しみなのは2級神アマテラスの事だ。
何と地獄とJAPANを繋ぐというミスを犯してしまい、その事により鬼が出現するようになってしまった。
だがそのお詫びとして、大陸とJAPANを繋ぐ天満橋を作り、三種の神器を与え、帝システムを作り、味噌をも教えた。
だからこそ自分は勝手なことをするなと言ったのだが、その機嫌取りかは知らないが、帝レースという興味深いプランを提出してきた。
「これはこれで面白いことになりそうね」
女神ALICEは普段と同じ様に薄っすらと笑みを浮かべた。
「うぐぐぐぐ…強すぎるぞ」
(そりゃ当然でしょ。相手は2級神のラ・バスワルド様なんですから)
ランスはテーブルの上に乱暴にひじをつきながらイライラしている。
レダはさも当然と言わんばかりに疲れた体をテーブルに投げ出す。
「あなた達はまだいいわよ。カミーラとメガラスはしばらく動けないみたいだしね」
今回の戦いは今までよりも熾烈で、魔人達はその強力な魔法に晒され流石に少しの間動けないほどの傷を受けた。
魔人の再生能力は高いのだが、今回の傷は相当に大きいようで、あのカミーラですらも何も言わずに寝込んでいるほどだ。
「私は空を飛べない分幸いだったな。まあだからどうしたという事もあるのだが」
ケッセルリンクは地上から魔法を放つのがほとんどだったので、今回の白色破壊光線からは逃れることが出来た。
だが、その一撃を完全に防ぎきれなかったカミーラとメガラスに関しては、少しの間動くことが出来ないと思われる。
それほどまでにラ・バスワルドの力は異常なのだ。
「どうする、ランス。私の意見としては、関わらないほうがいいと思うのだがな」
「そうよ、ランス。関わるべきじゃない…これはアンタのために言ってるんだからね」
「ランス…私も同感だ。アレは危険すぎる。人間の力でどうにか出来る存在ではないと思うわ」
ケッセルリンク、レダ、スラルの言葉にランスは唸るだけだ。
ランスも分かっているのだ。
あんな無茶苦茶な存在には関わるのは止めたほうがいいと。
これまで相対してきた存在の中でも圧倒的すぎる。
魔人を複数体…それも魔人四天王であったザビエル、ノス、カミーラを倒してきたランスでもアレだけは話は別だ。
(だがなあ…)
しかし釣り餌が非常に魅力的なのも事実だ。
それに何だかんだ言ってもランス達は死んではいないのだ。
そして何よりも『無理だ』という言葉をこの男はこれまで何度もひっくり返してきた男なのだ。
「ランスさん…」
パレロアの心配そうな顔が目に入ると、流石のランスも少し迷う。
「…寝る!」
ランスはそれらを全て振り切るように自分の部屋へと戻っていく。
その様子を見て、皆がため息をつく。
「諦めて寝た…なんて事は無いでしょうね」
「そうでしょうね。何しろスラル様が相手でも引かなかった男ですから」
ケッセルリンクとスラルは心配そうな顔でランスが去った跡を見る。
ランスの負けず嫌いもカミーラに勝るとも劣らないと思っている。
だからこそ、何か無茶をしそうで心配なのだ。
「ランスが無茶をしないといいんだけどね…でもするなと言われれば余計に首を突っ込みそうで」
レダは正直どうすればいいのか分からないというのが本音だ。
女神ALICEよりランスを守るように言われているが、何しろ相手は同じ神であるラ・バスワルドだ。
魔人どころか、魔王すらも上回る絶対的な存在なのだ。
人間であるランスが勝てる存在ではない。
「ランスさんって…何時もあんな無茶する人なんですか」
エルシールは、今までの経緯からランスという人間が少しずつだが分かってきたと思っていたが、どうやら自分はまだまだあの男の事を計りかねているようだ。
「パレロア、行ってあげて。多分今はあなたが一番ランスを落ち着けられると思うから」
「え?」
スラルの言葉にパレロアは思わず疑問の声をだす。
「私よりもランスさんとの付き合いが長い皆様の方が…」
「長いからだ。私達が言うよりも、お前のような者の方がいいだろう」
「そうね。行って上げて」
スラル、ケッセルリンク、レダの言葉にパレロアは少し考えるが、皆に一礼してランスの後を追って階段を上っていく。
「しかし…本当にどうすればいいか。正直見当もつきません」
「そうね。私が魔王でもアレとは絶対に戦いたくないわ。というよりも何故あんな天使が地上に来ているのか…私はそれが疑問ね」
(レダに聞きたいところだけど…流石にカミーラの前では聞きにくいわね)
レダがエンジェルナイトである事は知っているが、そのレダが何も言わないのであればスラルも聞かないほうがいいと思っている。
何れ話してくれるなら、それでいいと思っている。
「問題はランスよりもカミーラなのよね…まさかカミーラがあんなに負けず嫌いだったなんてね」
「ランスと出会ってから変わったとガルティアも言っていました。昔はもっと無気力だったと」
ランスが一度消えてから80年間はカミーラは常に怠惰で、何をするにしても退屈そうだった。
今も少し怠惰な面はあるが、自分が動く時は必ずやり遂げる…そんな魔人だ。
「カミーラも退くとは思えないし…ランスとカミーラの負けず嫌いが合わさって負のスパイラルに陥ってそうよね」
スラルの言葉に全員が少し疲れたため息をついた。
ランスは部屋についてからベッドの上で寝転がり考えていた。
(うーむ…しかし本当にどうすればいいか分からんぞ)
何とかおしおきセックスをしようと色々考えたが、何しろ相手は上空から魔法を放ってくるのでランスの攻撃が届かない。
カミーラとの約束は、あの天使に傷をつけられればいいとの事だが、剣が届かなければランスでもどうしようもない。
スラルの付与の力で攻撃をしてみたが、やはりあの距離では当たらない。
それに炎と氷の攻撃も効果が無く、特に氷が効かないのはスラル得意魔法が効果が無いという事でもある。
完全に手詰まり…ランス自身もそれを分かっていた。
「だがなあ…」
しかしここで諦めるのはランスとしても気に入らない。
だが完全に手詰まりなのも事実だった。
「なーんか無いか」
これまでランスは色々な苦難を乗り越えてきた…魔人が倒せなければ倒す手段を手に入れ、必要があれば色々とアイテムも集めてきた。
「アイテム…アイテムだな。うん、そうだ。シィルの時もそうだったな。ヘルマンの宝物庫とやらに魔王の呪いを解くアイテムもあったからな」
シィルが魔王リトルプリンセスの呪いの氷に閉じ込められた時、ヘルマン革命の時にその呪いを解くアイテムが見つかったのだ。
魔王の呪いを解くほどのアイテムがこの世界には存在しているのだ。
「うむ、そうだな。こういう時はダンジョンだ。ダンジョンに行くに限る」
実力が足りなければ、他の物で補えばいいのだ。
そしてランスの運ならば必ずその手のアイテムを入手できるのが今までの経験でも分かる。
「がははははは! そうと決まれば明日から早速行くとするか!」
ランスが普段と同じ様に高笑いをしているとき、扉をノックする音が聞こえる。
「む、どうした」
「失礼しますね」
入ってきたのはパレロアだった。
「何だ、パレロアではないか。どうした」
「ランスさんの様子を見に来たのですけど…もう大丈夫そうですね」
自分がノックをした時も、ランスは何時ものように自信に溢れた笑いをしていた。
それを見て、ランスは自力で立ち直ったのだろうとパレロアは安堵する。
その本当に安心したような笑みを見て、ランスもまた普段と同じ笑みを浮かべる。
即ち、あのいやらしい笑みを。
「ぐふふふ…それならパレロアには俺様を慰めてもらおうか」
「え…それは…」
ランスの言葉にパレロアは少し困ったような顔をする。
勿論ランスにはこれまで何度も抱かれているのだが、まさかこんな状況でも自分を求めてくるとは思ってもいなかった。
(この人は…落ち込むことはあるんでしょうか?)
何処までも子供のようなランスを見て、パレロアは自分でも気づかぬうちに笑みを浮かべていた。
そしてランスの頭を抱き寄せると、そのままその頭を撫でる。
「おい」
「あ、すいません…もう癖になってしまっていて」
母性…いや、おかんパワーが強いパレロアには、どうしてもランスが大きな子供に見えてしまう。
自分よりも年上だと言っていても、その態度はやはり非常に子供っぽい。
何度も夜を共にしているが、ランスの頭を撫でるのが癖になってしまっているようだ。
夜も乱暴に布団を蹴飛ばしているのを、何度も直してもいる。
「そんな癖などとっとと直せ。まったく」
ランスはそのままベッドにパレロアを押し倒す。
「あっ…」
もう何度このベッドでランスに押し倒されただろう。
「もう…皆さん大変ですのに」
「俺様には関係無いからな。俺様は俺様のやりたいようにするのだ」
そしてそのままパレロアは何度も何度もランスに抱かれ続けた。
「で、何で私達はこんな所にいるのよ」
レダが襲い掛かってくるるろんたやぷりょを斬りながらランスを見る。
「どうせ出来ることも無いからな。暇潰しだ暇潰し」
ランスも襲い掛かるローパーやぶたバンバラを斬りながら進んでいく。
「まあエルシールには丁度いいとは思うけどね」
スラルは魔法でエルシールとパレロアを守りながら周囲を見渡す。
ランス達がいるのはダンジョンだが、まさかあの非常識な攻撃の中で原型を保っているというある意味奇跡の的なダンジョンだ。
メガラスが周囲を探索していた時に偶然に見つけたダンジョンだったが、ラ・バスワルドとの戦いを優先した事でランスも放置していた。
魔人はカミーラとメガラスが現在治療中のため、ケッセルリンクを残してランス達はこのダンジョンに足を踏み入れていた。
「しかし雑魚は雑魚だな。金にも経験値にもならんな」
「私達の感覚ならね。エルシール達じゃあまだきついでしょ」
「も、申し訳ありません」
エルシールは少し息が上がっているが、まだまだ余裕があるのは見て取れる。
そんなエルシールにパレロアが水筒を差し出し、エルシールはその中の水を美味しそうに飲み始める。
「でもランスさん。ここに何かあるのですか?」
「有るかもしれんし無いかもしれん。まあ俺様の行動に間違いは無い。絶対ここには何かがあるのだ」
ランスはダンジョンをどんどんと進んでいく。
パレロアはそれを必死にマッピングしながらついていく。
戦闘では役に立たない分、これくらいの事はしなければいけない…それがパレロアの考えだ。
最もランスはそれほど考えてはいないだろうが。
そして襲い掛かってくるのはやはりそれほど強くも無い魔物たちばかりだ。
ランスの一太刀で全てが切り伏せられるような奴ばかりのため、ランスもサクサクと進んでいける。
「なんかだだっ広い所に出たな」
ランスの言う通り、そこはダンジョンにしては非常に広い場所だった。
かつてランスが冒険した、マルグリッド迷宮の大きな広場くらいの大きさはあるだろう。
そしてそこには多数のモンスターが待ち構えていた。
それも先程のぷりょやるろんたといった奴等では無く、中にはジャスティスやスカイ目玉のようなそこそこの強さを持つモンスターの姿も見える。
「米の教え!」
「それは!」
「ジャスティス!!」
何時ものように喧しい叫び声を上げながらジャスティスやスカイ目玉達が襲い掛かってくる。
「雑魚共が! 俺様の経験値にしてくれるわ!」
ランスは何時ものように飛び上がると、
「ラーンスアターック!」
己の必殺技であるランスアタックを打ち込む。
その一撃はやはり絶大であり、魔物達はその一撃で粉々になる。
それでもランスアタックの範囲から逃れたスカイ目玉達が襲い掛かってくるが、エルシールもここ最近の冒険でレベルが上がり、経験も積んできたため焦る事無く魔法を唱える。
「氷雪吹雪!」
スラルに教えてもらった新しい魔法を放つ―――が、何も起きない。
「え?」
エルシールは思わず呆然とするが、それで魔物達は止まってはくれない。
「何やってるのよ!」
レダが突っ込んでくるスカイ目玉をそのたてで吹き飛ばし、そしてその剣で切裂く。
「光の矢!」
そしてさらなる追撃で魔法を放つ―――が、それは先程のエルシールと同じ様に魔法が発動しない。
「え?」
レダも思わず呆然とするが、それでもエンジェルナイトとして戦闘経験は彼女の体を自然に動かす。
その剣と盾ですべての魔物を吹き飛ばし、あるいは切り伏せる。
中でもやはりランスの力は異常と言っても良いほどに敵を切り伏せる。
ジャスティスを、スカイ目玉を、レッドハニー達をどんどんと斬っていく。
そしてランスは見た…その魔物の後方に一体の落書きのようなモンスターがいるのを。
それはゴブリン…このモンスターが居る所では、一切の魔法が使えなくなるというこの世界のバグのようなモンスターだ。
「なんだ、ゴブリンではないか」
「何ですか? それは」
不思議な踊りを踊っているゴブリンを見てパレロアは首を傾げる。
「ああ。あいつが居ると魔法が使えなくなるんだと。まあ俺様には関係無いがな」
ランスのようなファイターにとって天敵となるのは、同じ様な性質を持つトロールというモンスターだ。
トロールがいると、そこでは物理攻撃が出来なくなるという非常に迷惑なモンスターだ。
「何アレ…私も知らないモンスターなんだけど。うーん…スノーレーザー! …発動しない」
スラルが試しに自分も魔法を使ってみるが、レダとエルシールと同じで魔法が発動しない。
(世界のバグのモンスターよね…まあ面白いから放置されてるみたいだけど)
レダもゴブリンというモンスターは知っている…何しろ、自分達エンジェルナイトにすらその条件を押し付けてくるような奴なのだから。
最も、武器の扱いにも優れるエンジェルナイトからすれば何の障害でも無いので、特に問題視していないモンスターでもある。
「まあ俺様ならば余裕だ余裕」
ランスはゴブリンもその剣で斬ろうとするが、突如としてその剣を止める。
「どうしたの? ランス」
それを見て不思議そうにスラルが尋ねる。
モンスターならば倒して経験値にする…それは当たり前の行動だ。
スラルがランスの顔を覗き込むと、ランスの唇がどんどん歪んでいく。
「がはははははは! これだ!」
「え? 何が?」
スラルにはランスが何を言っているかさっぱり分からない。
一体何が「これだ!」と言うのだろうか。
「こいつを利用すればいいのだ! うむ、そしてあいつも此処では…ぐふふ」
ランスはゴブリンの首筋に剣を突きつけると、不思議な踊りを踊っていたゴブリンが大人しくなる。
「よーし、レダ。こいつを捕らえる檻のようなものはあるか」
「檻って…そんなの無いわよ」
「無いなら作れ。こいつが動けなくさえなればそれでいい」
「えー…魔法を使えないのは私にとっても不便なんだけど…」
レダはぶつぶつ言いながらもその辺りを探すが、そこには檻のような物は当然ながら無い。
が、それでも色々な廃材を組み合わせれば粗末ながらも檻は作れるだろう。
「何をするのよ」
「がははははは! これさえあれば楽勝だ!」
ランスの高笑いがダンジョンの中で響き渡った。