ランス再び   作:メケネコ

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妖怪王黒部 前編

「がはははは! 吹き飛べー!」

『ギャーーーーー!!!』

 ランスの必殺の一撃を受けて妖怪達が木の葉のように吹き飛ぶ。

 その一撃はまさに凶悪無比であり、ランス達を喰うために襲ってきた妖怪達を尻込みさせてしまうほどだ。

「こっちもいくわよ! エンジェルカッター!」

 それに合わさるようにレダの放つエンジェルカッターが妖怪達を切裂く。

 その光の力は妖怪達には効果覿面であり、まるで紙のようにその体を切裂いていく。

「それじゃあこっちも…ライトボム!」

 そして極めつけはスラルの放つ光の爆発であるライトボムが炸裂し、妖怪達はその光の爆発に飲み込まれて消えていく。

「うわぁ…」

 その光景を見てエルシールは戦闘中にも関わらず、大きく口を開けてしまう。

 レベルが違うと感じてはいるが、これほどまでの暴力的な威力は何時見ても呆れるばかりだ。

 だが、そんな人間離れをした者達だからこそ、こんな妖怪の住処に堂々と乗り込めるのだ。

「雑魚共が! 貴様らでは話にならんな! 妖怪王とかいう奴を連れて来い!」

 今のランスはこれまでのランスとは比べ物にならないほど強い。

 勿論魔王ジルと戦った時よりは大きく劣るが、それでも剣戦闘LV3技能、そして今現在のレベルを持つランスの前に立つことが出来る妖怪など存在しなかった。

「光の矢!」

 エルシールも何とか魔法を放ち妖怪達を攻撃する。

 光属性は妖怪には大きく有効なようで、レダとスラルの魔法の威力には到底及ばないがそれでも並の妖怪では立つ事も出来ない威力だ。

『な、なんだこいつ等! 強すぎるぞ!』

 この妖怪の集団の頭と思しき妖怪が驚愕の声を出す。

 確かに今までも中々の強さを持つ人間達が妖怪討伐に来ることは沢山有った。

 しかしこんな少人数で来た奴等は存在しない…それなのにこの人間の強さは今までの人間とはまさに次元が違う強さだ。

『く、黒部様を! 黒部様を呼んで…』

「がはははは! くたばれ!」

『ぎゃーーーーー!!!』

 ランスの一撃がその妖怪の集団の頭をあっさりと両断する。

「やはり雑魚は雑魚だな」

 そこにはもう妖怪の頭は存在していない。

 ランスの一撃は妖怪を実にあっさりと消滅させていた。

 が、その時地を揺るがすような雄叫びと、まるで地震のようにも感じられる足音が聞こえてくる。

「何!?」

 エルシールは反射的に音の方を向いた時、それは皆の目の前に降り立った。

「てめぇらか! 俺の子分を可愛がってくれたのは!」

 そこに立っていたのは身の丈2Mを優に超える巨大な何かだった。

 筋骨逞しい肉体を持ち、その耳まで裂けた巨大な口からは巨大な牙が覗いている。

 そして何よりも凄まじいのは、まるで魔人にも見えるほどの強大なプレッシャーだ。

 その目はランス達を鋭く睨みつけ、それだけでエルシールは体が震えてくる。

 何よりも恐ろしいのは、完全な人間への敵意―――そして苛立ちが見て取れる。

 貴族として生きているからには色々な敵意や悪意は受けてきたし、これまでの冒険で色々な魔物とも戦ってきたし、魔人とも出会ってきた。

 それらとは存在とは違う存在感にエルシールは思わず唾を飲み込んだ。

 だがそんな敵意を前にしても、全く引き下がらない者達がいる。

「お前が妖怪王のなんちゃらか! 中々でかいわんわんではないか!」

「犬じゃねえ!」

 ランスの言葉に巨大な妖怪―――黒部は犬歯を剥き出しにして睨みつける。

「これが妖怪王…私が魔王だったなら間違いなく魔人にスカウトしてたわね」

 スラルは黒部を見上げて、腕を組みながらうんうんと頷く。

「ランス、私達は別に妖怪王に用事があった訳じゃないでしょ。早く用件を済ませましょうよ」

 レダはそほれど妖怪には興味が無いのか、黒部に対しても特に感想は無いようだ。

 一方の黒部はそんな人間達の反応に少し困惑していた。

(なんだこいつらは…今までの人間とは少し違うな)

 今まで黒部が出会ってきた人間は、自分を倒して名を上げようという欲望や敵討ちとのたまっていた人間だった。

 だがこの人間達は今までの者とはその目が違う。

 一人は純粋に自分を恐れているのは分かる…それが人間が自分にする正しい反応だ。

(これが俺を見る人間の正しい反応だよな…)

 黒部がこのJAPANには無い髪の色をした人間…レダの方に視線を向ける。

 黒部も見たことの無い鎧に身を包んだ人間は自分を一瞥するだけで特に何の反応も返さない。

 無反応と言えばいいのだろうか、今まで自分を見てそんな態度をした人間は居なかったため、黒部は少し戸惑っていた。

「何よ」

 それどころか自分を少し睨んでくる等、随分と気の強い女だと思った。

(そしてこいつは…幽霊かなんかか?)

 自分を興味深そうに爪先から頭までじっくり見ている人物に視線を向ける。

 半透明のその人間は自分に対して興味深そうに視線を向けるだけだ。

「うーん…妖怪ってどんな種族なんだろう。じっくり調べてみたいなあ」

 その目は非常にキラキラと輝いており、黒部でもこの人間が自分に並々ならぬ興味を持っていることが分かる。

 普通の人間とはあまりにもかけ離れた視線には、流石の黒部も少し引き気味だった。

(だがよぉ…一番はコイツだな)

 黒部が一番気にかかっているのは黒い剣を肩に担いだ大陸の戦士だ。

 自分をいきなりでかいわんわんと言って来た人間など今までは存在しない。

 そして口元に浮かんでいるのは不敵とも言える笑み…そして自分を見てもまったく物怖じしない目。

 これまで自分を恐れ、敵意を向けてきた人間とは全く違う目に、黒部は思わず笑みを浮かべた。

「てめぇ…JAPANの人間じゃねえな。この俺を見て随分とふざけた事を言ってくれるじゃねぇか…喰ってやろうか!」

 その怒声は雷鳴の如く響き渡り、エルシールはその声に完全に腰が引けてしまう。

 が、ランスとレダとスラルはその程度では全く怯みはしない。

「フン、声だけは一人前だな。だが俺様は少し機嫌がいい。お前がお宝を差し出すなら見逃してやろう」

 ランスの声に黒部は更に笑みを深くする。

「お宝を差し出せば見逃すだぁ? 人間が随分と言うじゃねえか!」

 黒部はその巨大な足で地面を蹴ると、そのまま一直線にランスへと向かっていく。

 そして鋭い爪で何時ものように人間を切裂こうとした時、その爪とランスの剣が鋭い火花を散らす。

「へっ! 言うだけはあるじゃねぇか」

 黒部は自分の爪を受け止めたランスを見て笑みを浮かべる。

 大抵の相手はこの爪の一撃で終わっていた。

 しかし目の前の相手はそこそこやるようだ。

「フン! 俺様に勝てると思っているのか!」

 対するランスは相手の巨体をものともせずにその一撃を受け流すと、返す刃で黒部へと斬りかかる。

 だが相手もその一撃を後方に跳んで避ける。

 それは黒部にしても予想外の行動…本能的に男の剣を避けてしまった。

 妖怪はほぼ不死身であり、未練が消えない限りは基本的には消えることは無い。

 が、男の剣だけは何故か『受けてはいけない』という本能が働き、その攻撃を避けてしまったのだ。

「なんだ。偉そうな事を言っとるくせに逃げるのか」

「ケッ! せっかく楽しめそうなんだ。そんな簡単に終わらせるのは勿体無いだろうが」

 そう言いながらも黒部の巨体には少し冷たい汗が流れている。

(あの剣…絶対普通じゃねえ。なんつーか…妖怪への殺意みたいなものを放ってやがる)

 黒部は聖獣オロチの牙から生まれた存在。

 それ故にランスの持つ剣の異質さを感じていた。

 そのままランスと黒部は睨みあう時間が続く。

 ランスもまた、この妖怪の強さを感じ取っていた。

(うーむ、こいつは強いな。政宗の奴も少しは苦労したが、こいつはそれ以上かもしれないぞ)

 かつてランスが倒した妖怪王伊達政宗…目の前にいるランスが知らない妖怪王は政宗よりも強い…ランスはそれを感じ取っていた。

(が、しかーし! カミーラに比べれば大したことないな!)

 だがそれでもあの魔人四天王であるカミーラには及ばない。

 ランスはそのまま果敢に黒部に斬りかかる。

「!」

 黒部はそんなランスの一撃の早さに舌を巻きつつも、その巨体に似合わぬ素早さでランスとの距離を取る。

(なんだこいつは!? 人間のくせにやけにつええな)

 これまで戦ってきた人間の強さもピンからキリまでだったが、JAPANという国の特色のせいか強い人間が多かった。

 が、それと比較しても目の前の男の強さはそれこそ次元が違う。

(これが大陸の人間って訳か? いや、そんな事はねぇか…)

 黒部は大陸の人間と真っ向からぶつかった事は無いが、それでも人間である以上はそこまで強さに変わりは無いと思っている。

(だけどよ…こいつは…極上だぜ)

 黒部の口が弧を描き、その目には歓喜の光が宿る。

「なんだ貴様。そんな目で俺様を見るな。鬱陶しい」

「つれねえなあ。俺は嬉しいんだぜ? お前みたいな目で俺を見た奴は今まではいねぇからな」

 今までの黒部に向けられた視線…恐怖、敵意、欲望…そういった感情が目の前の男からは感じれられない。

 何の目的で自分に向かってくるのかは知らないし、興味も無い。

 が、黒部は初めて『楽しめそうだ』と思った。

 これまでのようなただ自分の黒い感情を晴らすために人間を襲うのではない、純粋に1体の妖怪としてこの男と戦ってみたい。

 それが黒部にこのような笑みを浮かべさせたのだ。

「男に喜ばれても嬉しくも何とも無いわ。むしろ不愉快だ」

 ランスは心底うんざりした様に黒部を見ると、次の瞬間にはその表情を消して黒部の爪を防ぐ。

「防ぎやがるか」

「俺様にそんな一撃が通用するか!」

 不意をついた筈の黒部の一撃はランスの剣によって防がれる。

 確かに早いが、メガラスのような超スピードでも無く、カミーラのように一撃が重いという事も無い。

 勿論普通の魔物や人間に比べれば遥かに強いが、今の自分であれば十分に戦える。

「大人しくお宝を差し出せば見逃してやろうと思ったがやめた! 貴様をぶちのめしてから頂いてやろう!」

「上等じゃねえか!」

 そしてランスと黒部、この時代…いや、この大陸の歴史の中でも規格外の人間と妖怪王の激しい戦いが始まる。

 何時の間にか全ての存在がこの二人の戦いを見守っていた。

 妖怪達はレダ達を襲うのをやめ、ただ己の王の戦いを見ているだけだ。

「凄い…」

 エルシールはただ呆然のランスと黒部の争いを見ていた。

 ランスが戦っている所は何度も見たはずなのに、それでもまだ自分はランスの事を全然知らなかったのだと思い知らされる。

 魔人とも戦った、破壊神とも戦ったのは知っている…だが実際に見るのと聞くのでは差が有り過ぎるのを今になって理解させられる。

 ランスの剣を黒部はその規格外の身体能力で避け、逆にその爪をランスに向けて振るう。

 膂力で劣るはずのランスだが、それを感じさせない動きと技で相手の攻撃を防ぎ、そして返す刃で黒部に攻撃をする。

 そんな高度なレベルの戦いが目の前で繰り広げられているのだ。

「妖怪王か…伊達じゃ無いって事ね」

「そうね。まさか魔人以外でランスと相対できる存在が居るなんて、考えてもいなかったわ」

 レダとスラルはランスの強さではなく、黒部の強さに関心がいっているようだ。

 妖怪の事は殆ど知らないが、やはりその力は人間を超えている。

 だがそれでも、まさか今のランスとここまで渡り合えるというのは驚きだ。

(まあ私とスラルが手を貸せば問題無く倒せるでしょうけどね)

 ランスから声がかかればレダは勿論ランスを助けるが、そのランスも今は何も言ってこないため彼女も動かない。

(ランスは自分のレベルを上げたいみたいだしね…動機は不純だけど)

 レベルが上がることで、現在のランスのレベル神であるクエルプランのストリップが拝めるからという非常に不順な動機だが、それでも自発的にレベルを上げるというのであればレダとしても助かる。

 ランスを守るに当たって、ランス自身が強くなれば自分の負担も減るというものだ。

「スラル。あなたは手を出さないの?」

「ランスなら大丈夫だよ。確かにあの妖怪も強いけど…それでもやっぱりランスならどうにかするでしょ」

 スラルはランスの勝利を疑っていない。

 確かにあの妖怪も自分が魔人としてスカウトしたいくらいの力を持っている。

 だがそれでも、ランスの強さはまた別格なのだ。

「ケッ! やるじゃねえか!」

「いい加減に死ね!」

 ランスの一撃を黒部はその刃が当たらないように避ける。

 その動作でランスの肩口に喰らいつこうとするが、それは目にも止まらぬ速さで引き戻されるランスの剣捌きの前に阻まれる。

 互いに互いの攻撃が当たらない状況に、黒部は思わず笑みを浮かべた。

(まさか俺とここまでやれる人間がいるたぁな…)

 黒部はこの戦いにこれまでとは違う喜びのようなものを感じていた。

 今までの人間はどれだけ強かろうとも、自分が本気を出せばあっさりと死ぬような弱い存在だった。

 一度手加減して戦ってみたが、今度は人間のあまりの弱さにイラついてしまった事があった。

 だがしかし、目の前の大陸から来た男はまさに今までの人間とは比べ物にならない極上の人間だ。

 自分と打ち合える存在が居る…それだけで黒部は十分に楽しめていた。

「気に入ったぜ! まさか俺とここまでやりあえる人間がいるなんてな!」

「貴様に気に入られても嬉しくも何とも無いわ!」

 何度目からの黒部の爪とランスの剣が火花を散らす。

 ランスとしてもまさか相手がここまでやるとは思っていなかった。

 最初は楽勝かと思ったが、相手は想像以上の実力だった。

 カミーラのブレスやメガラスのスピード、レッドアイの魔力といったものが有る訳ではない。

 魔人や以外で、ここまで自分と渡り合うとはランスも考えてもいなかった。

 打合いはまだ続いているが、その打ち合いにも変化が訪れる。

 それはどちらがという訳でもなく、両方に訪れた変化。

 ランスも黒部も互いに相手の攻撃を受けるわけにはいかないという条件で戦っている。

 ランスは今は鎧が無いため、相手の攻撃を受けとめるという手段を使う事が出来ない。

 勿論ランスも優れた戦士であるのだが、やはり鎧があってこその戦い方が体に染み付いている。

 確かにレダとケッセルリンクの二人との特訓によりある程度の技術は見つけてはいるが、それでもランスの生来の戦い方ではないために体がついていっていない。

 黒部の方はランスの持つ剣から感じられる自分への殺意のようなものを警戒し、ランスの一撃を受けることを躊躇わせていた。

 そして互いにこの状況を打破するための一撃の機会を狙っているのが、戦士たるレダには手に取るように分かる。

(ランスも妖怪王も一撃必殺を狙ってるわね…さてどうなるか)

 ランスを守らなければいけないのだが、同時にこの戦いの結末にも興味が出てしまった。

 だがそれでもランスならば勝てる…そうも思っている。

(何しろ2級神ラ・バスワルド様と戦い生き残ったんだから)

 だからランスは絶対に負けないとレダはランスに対するある種の信頼が芽生えていた。

 天使の自分が人を信頼する…本来は絶対にありえない事だが、下界に長い事いるせいかそういう考えを持ってしまったようだ。

(体力も膂力も妖怪王の方が上…)

 普通に考えれば人間であるランスの方が不利なのだが、これまでランスはそんな不利な状況を何度も切り抜けてきた。

 魔人オウゴンダマ、魔人カミーラ、魔王スラル、レッドアイ、破壊神ラ・バスワルド…普通ならばとっくに死んでいてもおかしくない。

 いや、死んでいて当然なのに、この人間は生き延びている。

 だからこそ、1級神である女神ALICEが直々に自分に命令を下したのだ(とレダは思っている)。

 そして先に覚悟を決めたのはどうやら妖怪王黒部の方だったようだ。

 黒部が姿勢を低くし、ランスを睨みつける。

 姿勢を低くするといっても、それでもランスよりも大きいので威圧感は凄まじい。

 ランスもそれを感じ取ったのか、黒部から視線を外す事無くしっかりとその姿を見据える。

 それが戦士としてのランスの姿なのかとスラルとエルシールは感心するが、そのランスの口が弧を描くのを見てレダは少し嫌な予感がしてきた。

(ああいう笑いをしている時のランスって、大抵碌な事考えてないのよね…)

 

 

 ランスは目の前で力を貯めている黒部に対して気を引締めていた。

 歴戦の戦士であるランスは、黒部がこの一撃で決着をつけるべく飛び掛ろうとする動作を決して見逃すまいと剣を向ける。

 相手の力は間違いなく、かつてランスが戦った妖怪王伊達政宗をも上回る。

 だからこそ、ランスは相手の一挙一動を決して見逃さない。

 そしてそんな時間が刻々と過ぎていく中で、気が短いランスはこの状況に不満を募らせていく。

 ランスは奇襲不意打ち騙し討ちと戦いの中では何でも有りであり、勝つためには色々な意味で手段を選ばない男だ。

 自分の仲間達…特に女性達からは不評だが、ヘルマンのリーザス侵攻の時もランスがいなければどうにもならなかっただろう。

 そして今まさにそんなランスの悪知恵が働こうとしていた。

(うむ、こいつなら何も問題無いな)

 今は剣の中にスラルが居ないため、かつてカミーラと戦った時や魔物将軍を葬った時のような一撃は放てない。

 しかしこの剣にはあの魔剣カオスにも無い力が一つある。

 それを試してみるのも面白いとランスは思った。

 ジリジリと間合いを詰めようとする黒部の動きを見て、ランスは剣を振りかぶるようにして構える。

 その動作を見て全員が決着が近い事を理解する。

 黒部もランスの一挙一動を見逃さないように全身に力を貯める。

 この最高の興奮の瞬間を黒部を見逃さないようにランスを睨む。

(間合いはまだ遠い…あいつの腕を考えれば勝負は一瞬でつく。俺の爪が早いか奴の剣が早いか…たまらねえな)

 黒部は口内の唾を飲み込み、笑みを浮かべる。

 こんな興奮は今までの人間からは感じられなかった。

 ランスの動きを見逃さぬようにその目がギラリと光る。

 あの男が先に動くならば、自分はその一撃を防ぎカウンターを決める。

(このギリギリの感覚…始めてだぜ)

 そして目の前の男が黒い剣を振りかぶった所で、黒部はこれまで貯めに貯めた力を解放するべく動こうとする。

(間合いが甘いぜ! その距離からは届かねえぜ!)

 この距離では流石に相手の攻撃は届かない…黒部が相手にカウンターを入れるべく力を解放しようとした時、

「がはははは! これならどうだ!」

 黒部に迫ってきたのは、ランスが投擲した剣だった。

「ぬおおおおおお!?」

 凄まじい勢いで投げつけられた剣を黒部は慌てて避けようとするが、全く持って予想もしていなかった攻撃の前に動作が遅れてしまう。

 ランスの投げた剣は黒部の足を貫く。

 それだけで凄まじい痛みが黒部を襲う。

 妖怪であるはずの自分がこれほどの痛みを負う等これまで考えてもいなかった。

(まさか剣を投げやがるとは…! だが獲物を投げたお前の負けだ!)

 黒部はそのまま傷む足を気にせずにランスに飛びかかろうとする。

 目の前に居るのは獲物を無くして立ち尽くす人間…あとは己の爪がこの人間を引き裂くだけ。

 そして黒部がランスに飛び掛ったと同時に、

「がはははは! 来い!」

 その言葉と同時に、自分に突き刺さっていたはずの黒い剣が男の手に戻る。

「な、なん…」

「こいつでトドメだ! ラーンスあたたたーーーーっく!!」

 黒部が驚きの言葉を言い切る前に、ランスの一撃が黒部をその肩口から両断した。

「がはははは! 俺様の勝利だ!」

 ランスが倒れている黒部をその足で踏みつけながら勝ち誇る。

 そんなランスを皆が微妙な顔をして見ていた。

「なんだお前らその顔は」

「ああ…うん、何と言うかね。実にあんたらしい戦い方だなーって」

 レダは少し呆れ半分でランスを見る。

 どんな手段をとるかと思ったが、まさか自分の獲物を投擲するとは思ってもいなかった。

 ランスの持つ剣が己の意思で手元に戻ってくる事は、過去のカミーラとの戦いで知ってはいたがまさかそれを利用して剣を投擲する等誰が考えるだろうか。

「ランスさん…そういう戦い方なんですね」

 エルシールも少しランスを非難するように視線を向ける。

 先程まではまさに手に汗握る戦いが繰り広げられていたのに、最後の最後にはまさかの不意打ちだった。

「私はいいと思うけどな。自分に出来る最善の事をやっただけでしょ。自分の武器の特性を上手く使うのは当然でしょ」

 スラルは逆にランスの戦い方を高評価している。

 後世に臆病で慎重であったと証された元魔王は、いかなる手段を用いても勝つ事が当然だと思っている。

 ランスの剣が持ち主の意思によって戻る剣だとは知っていたが、まさかこのような使い方をするとは正直思ってもいなかった。

 しかしそれも己の持つ道具の使い方を理解していれば、それは攻撃の手段の一つに過ぎない。

 それが不意打ちとして決まった今回の結果はまさに最高だ。

 スラルから見て、ランスは最上の結果を出したと思っている。

「フン、妖怪王だろうが俺様の敵ではなかったな」

 ランスは遠巻きに自分達を見ている妖怪達に向かって剣を向けると、

「俺様の勝ちだ! お前らもとっととお宝を差し出せばこうならずにすむぞ」

 ニヤリと笑いながら恫喝する。

 が、その反応はランスが予想をしていたのと全く違った反応だった。

 自分達の頭が倒されたにも関わらず、妖怪達は悲鳴も上げなければ逃げるということも無い。

「そういえば妖怪王が死んだのに逃げないわね」

 レダも未だに自分達と取り囲む妖怪達を見て怪訝な顔をする。

 普通は自分達の頭が死ねば逃げ去るものだ。

 妖怪達はランス達を取り囲むだけで動きを見せないが、それは次の瞬間に嫌でも理解させられる。

 死んだはずの黒部が突如として立ち上がったのだ。

 確かにランスアタックが直撃し、肩から下半身まで両断されたはずの黒部が何事も無かったかのように立ち上がる。

「な、何だと!?」

 流石のランスもそれには驚きの声があがる。

 妖怪の事は多少は知っているつもりだが、まさか真っ二つにされても平気な顔で立ち上がるとは思ってもいなかった。

「やるじゃねえか…まさか俺が負けるなんてな」

 黒部はランスを見下ろしながらニヤリと笑みを浮かべる。

「フン、今度は手加減無しで本気で行くぞ。スラルちゃん!」

「任せて!」

 ランスの言葉にスラルの意識がランスの剣の中に戻る。

 今のランスの一番威力のある攻撃は、スラルがランスの剣に魔法の力を付与する事にある。

 ランスが黒部に剣を向けるのを見て、黒部はその場にドスンと腰を落とす。

「待てよ。もうお前等とやり合う気はねえよ」

「何?」

 確かに黒部からは先程まで満ち溢れていたの殺気や闘気が全く感じられない。

「で、一体何のお宝を探しに来たってんだ?」




予想よりも大分遅れました
まだまだ忙しいので投稿は遅れてしまうと思います

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