「ここが地獄…か」
スラルは初めて足を踏み入れる場所に少し興奮気味に周囲を見渡す。
自分が魔王であった時は、JAPANという土地は無かったし鬼という種族は存在していなかった。
そのJAPANの土地でこれまた自分が知らない種族である妖怪と出会い、そして今共に進んでいる…これは魔王であった時には味わえなかった感覚と興奮だ。
この世界最強の存在でありながら、常に周囲を恐れ警戒していた魔王であった時よりも行動に制限はあるもののこうして自由に振舞えるのは本当に気楽だ。
それでいてランスは常に冒険を望むので、常に新しい出会いと知識がどんどんと入って来る。
それがたまらない。
「なんか前に行ったダンジョンに少し似ているような感じがするな…何処だったか」
ランスは常に冒険をしているが、その中にあるダンジョンを思い出そうとするがそれが何処かは思い出せなかった。
「モンスターは取り敢えず地上の奴等と変わらないみたいだけどね。それにしてもモンスターって何処にでも湧くのね」
周囲にはバンバラ系のモンスターだけでなく、うっぴーや指圧マスターといったモンスターの死体が転がっている。
これらのモンスターは当然の事ながらランス達を襲撃してきたが、当然の事ながらあっさりと蹴散らされていた。
「ねえ黒部。地獄へと繋がる道ってここだけにあるの?」
「いや、JAPANのあちこちに出来てるって話は聞いた事があるな。確かどっかの人間がやっきになって封じてるって話らしいけどな」
スラルの問いに黒部が答える。
「でもまだ鬼というのは出てきていませんね」
エルシールが散らばるモンスター達の死体を見ながら呟く。
これらのモンスターは全て大陸で見た事がある連中で、鬼という種族には当てはまらない。
「まあその内出て来るだろ。この辺はまだまだ序盤という事なんだろ」
ランスは特に焦っていない。
実際JAPANの冒険でも、鬼はダンジョンの地下に出てくることが多かった。
ダンジョンの主と言えばいいのだろうか、その中には結構な強敵も居たのは事実だ。
だがまだ鬼の姿は見かけていない。
確かにモンスターのランクはそこそこ上がったようだが、それでも今のランス達を止めること等出来はしない。
「黒部さん、大丈夫ですか?」
「…ヘッ! こんくらい怪我にも入んねーよ」
エルシールの言葉に黒部は得意そうに笑う。
こうして人間からこんな声をかけられるのも黒部には初めてだった。
(なんか…悪くねぇな。こういうのもよ)
人間と共にモンスターと戦うのも初めてだが、黒部にあったのは満足感だった。
(それに…やっぱり強えな、こいつら。エルシールだけはまだ危なっかしいけどよ)
黒部が見たとおり、ランスとレダ、そしてスラルの実力はまさに一級品だ。
自分を倒したランスは勿論だが、こうして一緒に戦ってレダとスラルの強さも改めて理解できた。
(レダは剣も魔法も使えるし、何よりも堅ぇ。そしてスラルも魔法使いってやつか…大陸の魔法も大したもんだぜ)
確かにモンスターも強くなっているが、特に問題があるとは思えなかった。
「早く鬼って種族に会ってみたいなあ…どんな種族なんだろ」
スラルは目を輝かせながら一人進んでいく。
「こらこらスラルちゃん。いくら幽霊だろうが勝手に行動するな」
ランスが剣を振ると、それに引っ張られるようにスラルの体がランスの剣の側に戻ってくる。
「ランス! 早く行きましょう! 新たな知識が私を待ってるのよ!」
「…スラルって普段からああだったのか?」
黒部は若干呆れながらスラルを指差す。
その様子にレダは静かに頷く。
「割と普段からああよ。何か新しい事があれば直ぐに興味を示すのよね。あれが本当に歴代魔王の中で臆病で慎重だったのか少し疑わしくなってくるわね?」
「あん?」
最後の方が小声だったために黒部も聞き取れなかったが、まあ大した事は無いと考えて聞き流すことにする。
こうしてランス達は特に問題なく進んでいく。
しかし流石に地獄への道は広大なようで、一日で進めるのは難しかった。
「しっかし本当にすげえな…便利なもんだよな」
黒部はダンジョンでも展開できる魔法ハウスの凄さを改めて認識する。
自分のような人間よりも遥かに体を大きい自分でも入ることが出来るし、こんなダンジョンの中でも水と食料も困らない。
まあこのダンジョンが魔法ハウスを広げられるくらいに大きいという事も有るが。
「はい、黒部さん」
「おう、すまねえな」
黒部は自分の目の前に置かれた食材―――キャベツを目にすると、それを美味そうに頬張り始める。
「かーーーーーっ! やっぱりキャベツはたまらねえな!」
嬉しそうにキャベツを食べる黒部をランスは少し呆れたように見ている。
その視線に気づいたのか、黒部もランスに視線を向ける。
「何だよ」
「いや…人を喰う妖怪とか言われてるくせにキャベツが好物なんだな」
「…わりぃか」
黒部も何処か少し恥ずかしそうにしながらもキャベツを頬張るのを止めることはない。
「あなた、実は好んで人を食べてた訳じゃないでしょ」
「人間共が口を揃えて俺の事を人を喰う妖怪とか言いやがるからな。だったらそうなってやろうじゃねえかと思ったら何時の間にかな」
何年も、そして何度も『人を喰う妖怪』として恐れられていた。
だからこそ黒部は人が望むように人を喰う妖怪となり、それこそが妖怪王黒部という存在を作り出していた。
「…やっぱりわんわんだな」
「だから犬じゃねえって言ってんだろ!」
「そう怒鳴るな。ほら、芋もあるぞ」
「おう、芋も好物だぜ」
黒部はランスに出された芋をまるかじりにしながら嬉しそうにする。
「これが人を喰う妖怪の正体かと思うと面白いわね」
スラルはキャベツを美味そうに食べる黒部を見ながらうんうんと頷く。
そして黒部、そしてランス達が食事を終わらせるのを見るとスラルは自分の思っている疑問を黒部にぶつける事にする。
「ねえ黒部、あなたも結構長いこと生きてるんでしょ?」
「まあな」
「それなのに大陸へ行った事は無いの?」
「それか…」
スラルの言葉に黒部は少し複雑な顔をする。
大陸とJAPANを繋ぐ天満橋…それが出来てから誰でも大陸とJAPANを行き来できる。
黒部とて大陸に興味は無い訳では無かったのだが。
「妖怪はJAPANを離れられないんだよ。俺がいれば問題は無いみたいだけどよ…まあ別に大陸へ行く用事も無かったしな」
妖怪王黒部はこのルドラサウム大陸を支えるオロチの牙から生まれた妖怪ゆえに、自分は問題無く大陸へと出れるが一般の妖怪は話は別だ。
普通の妖怪はJAPANから出ると消滅してしまうため、誰も大陸へと向かう事が出来ない。
黒部が居れば他の妖怪もJAPANから出れるのだが、黒部自身も特に大陸へ向かう気も無かった。
「じゃあ黒部だけが特別って訳? やっぱり興味深いわね」
黒部の話を聞いてスラルはやはり目を輝かせながら黒部を見上げる。
その二人の話を聞いてランスはある一つの事を思い出していた。
(でもノワールの奴は大陸へ出てきてたよな…)
ランスが思い出していたのは、独眼流政宗の嫁の一人である蜘蛛の妖怪であるノワールの事だ。
彼女は大陸に来て、ランスと共に冒険をしていた。
(確かなんかのアイテムがあれば大陸に出られるとか言っていたが…何だったか)
ノワールがそのアイテムがあったからこそ大陸に出て来れたと言っていた。
ランスも見た事も無いアイテムだったため記憶にはしていたが、自分には全く影響の無いアイテムだったので流石のランスもそこまでは思い出せなかった。
「俺からも聞きたいけどよ…お前らは今までどんな奴らと戦ってきたんだ。俺を全く恐れなかった事といい…特にランス、お前の強さは異常だぜ」
「がはははは! 俺様は世界最強だからな! その俺様が今はレベルを上げるために努力しているのだ。強くて当然だ」
ランスの目から見ても絶世の美女である1級神クエルプランとHするために、ランスは自分のレベルを上げている。
普段は面倒くさいという理由で必ずレベルが下がっているランスだが、今は不思議とレベルが下がるスピードが遅い。
その分レベルが上がるのも遅くなっているが、それでも下がらないという事だけでもランスには十分だった。
「確かに強いけどよ。本当に一体何と戦ってたらそうなるんだ」
「色々だ。ドラゴンだの魔人だの魔王だの。まあ俺様にかかれば何も問題は無いがな。がはははは!」
「ドラゴンに魔人か…流石に俺もそいつらとは戦った事はねえな。聞く話じゃあ無敵なんだろ? どうやって戦ったってんだ」
黒部も魔人の話は聞いた事はあるが、流石にこの辺境の地とも言えるJAPANには魔人が来た事は無い。
無敵という話も、伝聞でしかないためどのような奴等なのか想像も出来なかった。
「魔人は魔王の血を与えられ、24体まで存在できる。そして魔人が無敵なのは無敵結界があるからよ」
「無敵結界? なんだそりゃ?」
スラルの言葉に黒部は首を傾げる。
魔人は無敵という言葉は聞いた事はあるが『無敵結界』というのは聞いた事が無かった。
「その言葉通りよ。無敵結界が有る限り絶対に魔人を傷つける事は出来ない」
「絶対にだと?」
「そう、絶対よ。魔人が自ら無敵結界を解かない限りはね。例えどんな力があろうとも…ランスの剣技を持ってしても傷一つつかない」
黒部はそれを聞いても今一ピンとこないようだ。
こればかりは実際に魔人と戦った者で無ければ分からぬだろう。
「そうか…大陸も大変だな。まあJAPANも鬼だの妖怪だのと色々あるけどな。ランス、その辺の事も聞かせろよ」
「お前も俺様の輝かしい経歴に興味があるのか。仕方ないな、教えてやろう」
この日黒部はランスからこれまでの事を聞いたのだが、
(…なんかあんまり現実味がねぇな)
黒部は密かにこんな事を思っていた。
次の日―――
ランス達の目の前には黒部にも勝るとも劣らなく体格を持つ鬼達が並び立っていた。
「これが…鬼」
エルシールは大きく唾を飲み込む。
その厳つい顔に、大きな福耳を持ち、その体は筋骨隆々であり、その腕は彼女の腰よりも太い。
肌の色も赤や青、緑や灰色と複数の種類が存在している。
スラルもその鬼を興味深そうに見ているが、同時に相手の強さも理解する。
(なるほど…JAPANにはこういった連中が沢山いるって訳ね。妖怪もそうだけど、この鬼も一筋縄じゃいかなそうね)
ランスの剣の中でスラルは魔力を溜めこむ。
何時でもランスとの合体技を放てるようにするためだ。
(鬼…か。別に人に悪さをするために作られた存在じゃ無いとは聞いた事あるけど…詳しくは知らないのよね)
エンジェルナイトであるレダと鬼は管轄が全く違う。
鬼は2級神アマテラス、そして同じく2級神である鬼王の管轄だ。
レダとしても特に興味がある訳でも無かった。
「フン、随分といやがるな。まあ俺様の前では全部が雑魚だ。大人しく経験値になりやがれ!」
ランスが剣を向けると同時に全員が身構える。
鬼の数は当然の事ながら多いため、何時でも動けるように全身に力を溜めるのだが…
「オイ、人間ガキタケド何カアッタノカ?」
「いや、特には何も無かったはずだ。まあ前にも人間が来たことがあるから問題は無いだろ」
意外にも鬼達には殺気や敵意が全く感じられなかった。
「あん?」
その様子にはランスも少し拍子抜けする。
以前JAPANで鬼と戦った時は、北条家によって人に使役されていた鬼、そして死国では坂本龍馬を犯している鬼等沢山の鬼が人間に敵意を向けていた。
しかしこの鬼達にはそれらが全く無い。
「じゃあ仕事に戻るぞ」
「オウ」
この鬼達の纏め役であろう黒鬼の言葉に鬼達が解散していく。
その様子には流石のランスも首を捻る。
ランスは当然知らない事だが、鬼は別に人間に悪意がある者達だけでは無い。
本来は鬼は自分の職務に真面目な存在であり、地上で悪さをする鬼が多いのは事実ではあるが、積極的に人間を襲う者は全体に比べれば少数だろう。
そして鬼の本拠地である地獄にいる鬼は至極真っ当に己の職務を守る鬼達であった。
「…いなくなってしまいましたね」
エルシールはポカンと口を開けながら呟く。
鬼と戦う事になると覚悟していたが、まさかの結果に拍子抜けしてしまった。
それはもちろんランスも同じであるが、戦う必要が無いのであればそれでもいいとランスは考えている。
「黒部…あなたも鬼と戦った事あるんでしょ? 鬼ってあんな感じなの?」
「いや…俺の知る鬼とは大分違うな。あいつら、人間の女を襲ってやがったくらいだからな」
黒部の知る鬼は、人間の女を襲い男を殺しにかかるというある意味蛮族みたいな連中だった。
しかもやたらと好戦的で、黒部が鬼の首を刎ねてもその首だけが襲い掛かってくるという有様だった。
流石の黒部も鬼と戦う理由が見当たらなかったため、それ以降なるべく鬼とは関わらないようにしていた。
なので黒部も相応の覚悟はしてきたのだが、今の鬼の態度には流石に拍子抜けしてしまった。
「どうする、ランス。進む?」
「当然だろ。むしろ邪魔者がいないなら好都合だ」
ランスは探索に来たのであり、鬼を退治しに来た訳ではない為この状況は好都合だった。
そしてそのまま探索を続けるのだが、やっぱり特に鬼に襲われるという事は無い。
地獄と言うだけあり、確かに不気味な所ではあるのだがある意味とても静かな所とも言える。
だがその時、ランス達に不思議な光景が広がり始める。
まるで牧場のような所に出てきたのだ。
「何ここ。牧場?」
レダが周囲を見渡すと、そこは間違いなく牧場と言うべき所だった。
牧場ではあるのだが、そこには動物らしき物は存在しない。
ただ一匹、変なバイザーをつけた人型の何かがいるだけだ。
「あ! あれプラムズゴーストじゃない!」
スラルがそれを見て声を出す。
「プラムズゴースト? なんだそれは」
ランスの言葉にスラルは珍しいものを見たと言わんばかりにため息をつく。
「ランスでも知らないのね…まあ私も数えるくらいしか見た事無いしね。あれはレアなモンスターで、次のレベルまで経験値をくれるというモンスターよ」
「幸福きゃんきゃんみたいなもんか。よーし、俺様の経験値となるがいい!」
ザクーーーーーー!
「おぉう!」
ランスは躊躇う事無くプラムズゴーストを切裂く。
「がはははは! 経験値をゲットだ!」
ランスが剣を掲げて高笑いとしていると、
「ああああああああ!?」
突如として野太い声が響き渡る。
「何だ?」
ランスがその声の方を向くと、そこには黄色い肌をし、数本の腕を持つ鬼が立っていた。
「あれも鬼、よね。さっきの鬼の中には居なかった鬼みたいだけど」
スラルは先程自分達を見ていた鬼の中にはこんな鬼はいなかったのを思い出す。
鬼の姿は確かに個性的だが、この肌の色に加え数本の腕を持つ鬼等一度見たら嫌でも記憶に残るだろう。
「私の名は黄羅闘鬼! 鬼一族でも最強に近い戦士だ!」
鬼―――黄羅闘鬼は剣を掲げているランスに大きな足音を立てながら近づいてくる。
間近に迫ってくると確かに体も大きく、中々の迫力だ。
「なんだなんだ、なんか用か?」
「用か、だと? 自分の胸に聞いてみろ!」
黄羅闘鬼は倒れているプラムズゴーストを見て体をぶるぶると震わせる。
「ここにいるプラムズゴーストは私がこれから育てようとしてようやく見つけたんだぞ!」
「はぁ?」
「私は無敵の強さを手に入れ、鬼の王になる。その為の経験値の素としてプラムズゴーストを養殖しようとしたのだ! その貴重なプラムズゴーストをよくも…!」
黄羅闘鬼の筋肉が盛り上がり、一目で激怒しているのが分かる。
「プラムズゴーストの養殖かあ。中々面白い事を考えるわね。やっぱり鬼も相当に寿命が長いのかしら?」
「そのために地上を駆けずり回り、ようやく見つけたプラムズゴーストをあっさりと殺しおって! 絶対に許さんぞ! その命で償ってもらうぞ!」
その言葉にランスは何時ものように高笑いをする。
「フン、そんなに大事なら金庫にでも閉まっておけばよかっただろうが! それもしなかったお前が悪い! いや、むしろこの俺様の経験値になれたのだからこいつも喜んでるだろ」
「何だと! 私の苦労を一瞬で踏みにじりおって! 許さん!」
怒りのまま黄羅闘鬼はランスに向かってその拳を放つが、その拳は非常に堅い何かに阻まれる。
「ムッ! 妖怪! 邪魔をする気か!」
その拳を己の肉体で止めたのは黒部だ。
「ヘッ! こいつを喰うのは俺だと決めてるんだよ! それにお前みたいな鬼とやりあうのも面白そうだ」
黒部は舌なめずりをしながら黄羅闘鬼と睨み合う。
自分にも劣らない体格、そして何よりも純粋な闘気…それらが黒部を刺激し、黄羅闘鬼と黒部は互いに手四つの形になって力比べの体勢になる。
(うーむ、暑苦しいな)
その光景をランスは少し嫌そうに見ていた。
パットンやガンジーのような色々な意味で暑苦しい奴は居たが、黒部と鬼の絡み合いもランスには非常に暑苦しく見える。
「とーーーーーっ!」
「ギャアアアアアアアアア!!」
だからこそランスの取る手段といえば、当然の如く不意打ちである。
ザクーッ! とランスの剣が黄羅闘鬼を背後から切裂く。
「うわー…」
「やると思った」
「ランスさん…」
「ラ、ランス! お前!」
その行動は当然ながら仲間の批判を浴びる。
「なんだ。こんなに楽に倒せるならそれでいいだろ」
げしげしと倒れている黄羅闘鬼の体を踏みながらランスは堂々と胸を張る。
スラルは呆れながら、レダはため息をつきながら、エルシールは何処か非難するように、黒部は始めてみるランスの驚愕の行動を見て声を出す。
「大体楽に倒せるならそうするべきだろう。まともにやり合う必要は無いだろ」
「まあ…ランスの言っている事は正しいけどね」
ランスの言うとおり、あっさりと倒せるのならばそれに越したことは無い。
黄羅闘鬼はスラルの目から見ても中々の強さ…もしかしたら魔人級の強さがあるかもしれなかった。
それを不意打ちとはいえ一撃で倒したランスの剣が流石と言うべきだろうか。
「お前なあ…せっかく楽しい喧嘩が出来そうだってのによ」
ランスに対して一番咎めるような視線を送っているのが黒部だ。
鼻息も荒くランスに詰め寄る。
「何を言っとるか。まだまだ探索の途中でそんな疲れる事をする必要は無いだろ。俺様の目的はここにあるお宝を頂く事で、この鬼を倒す事じゃ無いからな」
「まあそうだけどよ…」
黒部もランスの言う事が分からない訳では無い。
だが感情では納得出来ない思いがあるのも事実だ。
「それよりも先に進むぞ」
ランスの言葉にそれぞれ複雑な感情を抱きつつその後に続く。
誰が何と言おうと、これがランスという男だった。
ランス達がいなくなってから、倒れていた黄羅闘鬼の体がぴくりと動く。
「うう…今度はもっと上手くやってやる…」
黄羅闘鬼の挑戦はまだ続く。
鬼の王を倒すその日まで。
ランスが二股の道を右に曲がり進んだ時、そこから明らかに空気が変わる。
「これは…」
その空気に最も敏感なのがレダだ。
この身に纏わりつく嫌な空気…悪魔とも違う違和感にレダは眉を顰める。
「おいおい…何だってんだこの空気は」
黒部も己が初めて味わう空気に思わず大きく唾を飲み込む。
エルシールは何も言う事が出来ずにその体を小さく震わせていた。
『はるか昔、この世界には3つの弓があった』
~Haruka、mukashi、Konosekainiha mittsunoyumigaatta~
そして突如として聞こえてくる不気味な声。
『神が作りし聖弓ヤンクー』
~Kamiga tsukurishi Seikyuu Yanku-~
『悪魔が作りし魔弓ギノード』
~Akumaga tsukurishi Makyuu Gino-do~
『精霊の王が作りし神弓カリス』
~Seireinoouga tsukurishi Shinkyuu Karisu~
『これらは神話戦争の折り、切り札の兵器として使用されずに済んだが、魔弓ギノードだけが別であった』
「あ、2回言うの無くなったわね」
「なんかこんな事前にもあったような気がするぞ」
スラルの言葉にランスは少し考える。
このやり取りは昔どっかのだれかとしたような気がしたのだ。
(誰だったか…シィルやかなみじゃないな。たしかサ…サチワヌだったか)
『戦争が膠着した際、1匹の悪魔が、とある神、フィアーに向けてその弓の力を解き放つ』
「フィアー…? そんな神居たかしら」
生憎とエンジェルナイトのレダでもこれらの言葉は聞いた事が無かった。
『弓に貫かれたフィアーはその姿を醜く変貌させ、広がり、巨大化し、感覚を失い、自立する力を失う。そのなれの果てが現在の奈落という空間であると言われている』
「そんな土地あったかしら? 私の前の世代の魔王の時の話かしら?」
『奈落…この世のどこかにあるとされる世界。世界の闇を一手に引き受ける別の世界』
「奈落か…ヘヘッ、楽しくなってきそうだぜ」
奈落という言葉を聞き、黒部は思わず笑みを浮かべる。
『その原因とは、奈落に発生する破壊の…』
「やかましい!」
ランス投擲!
「あいやー!」
パリーンと音を立てて1匹のグリーンハニーが割れる。
「酷いよ! まだナレーションの途中なのに!」
「もっとかっこいいセリフを沢山言いたかったのに!」
「やかましい! ハニワの分際で寝言をほざくな! それともお前ら全員叩き割ってやろうか」
ランスの手元に剣が戻ると、ハニー達は一斉に散らばっていく。
「あれ…ハニーですよね?」
「どうみてもハニーよね…」
レダとエルシールは顔を見合わせる。
「ハニー…そうか、あいつが居たか」
逆にスラルは顔を強張らせる。
「昔に同じ事があったのを思い出したぞ。なんでこんな所におるんだ」
ランスもこれまでの一連のやりとりを思い出す。
それはランスがJAPANから戻ってからの事…その時一度ある魔人と戦った。
「ランスも知ってるの?」
「どーでもいいから今まで忘れてたがな。だが流石にこうまで同じだと思い出すぞ」
基本的に戦った魔人の事も思い出せないランスだが、流石にこの状況では嫌でも思い出してしまう。
ランスが進んでいくと、そこには一つの祭壇がある。
そこに居るのは禍々しい気配を発する巨大な何か。
その姿が露わになると、エルシールは言葉も無く口を押さえる。
「やっぱりここに居たのね…ますぞえ」
そこに居たのはかつてスラルの命令すらも拒んだ魔人…ハニーの魔人であるますぞえだった。
少し楽になったと思ったけど、やっぱり忙しいです
でも今週中にもう一話投稿したいなあ…